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雨の日の再会(1/2)

2017.11.20.Mon.
(「スカートめくり」→「赤い爪」→「ピンクの唇」)

 夕方になって店内のBGMが変わった。どうやら外は雨が降って来たらしい。

 朝に見た天気予報では降水確率は60パーセント。出かける前の空は明るかったから大丈夫だと思って傘をもってこなかった。駅直結の百貨店だから店から駅まで濡れる心配はないが、最寄り駅から家までの道のりを考えると帰りが憂鬱だ。

 しかもあと二時間ほどであがりの時間。止んでいる可能性は低い。

 今日の晩飯は何にしよう。実家を出て早3年。一人暮らしスキルはぜんぜん向上していない。汚部屋だし、洗濯は洗濯機任せ、皺のついたシャツでも平気で着てるし、炊飯器はあるけど米を炊いたのは一人暮らしを始めた頃の数回だけだ。

 見かねた母ちゃんが頃合いを見て掃除をしに来てくれる。そのたびに「早く彼女作りなさいよ」と急かされるのが鬱陶しい。

 大学の頃に一度彼女はできた。おとなしめでかわいい子だった。何度か家に来て掃除や料理もしてくれた。彼女っていいもんだなと実感してたのは俺だけだったようで、突然「村上くんとは合わないと思う」と言われて振られた。

 言われた瞬間は腹が立った。その理由もなんだ、と納得できなかったが、問い詰めて話し合うことを考えたら面倒臭くなって腹立ちは収まった。

 その後も、好きになれそうないい子はいたけど、付き合えたあとを想像したら急に面倒になって、1人のまま25歳になってしまった。
 別に不便も不満もない。洗濯はなんとかなってるし、掃除はたまに母ちゃんがやってくれるし、食事は外食やコンビニで充分。下の処理は雑誌やDVDで間に合ってる。

 不便も不満もないけど、たまに漠然とこのままでいいのかなーってのはある。今日みたいに雨が降ってなんとなく憂鬱な気分の時に、女連れでやってくる客を見たときなんか。

「啓ちゃん、これ似合いそう」

 売り場であがる女の声。新作のニットカーディガンを恋人らしき男に合わせている。若くて可愛い子だ。そんな子に服を選んでもらっている男の顔は後ろ姿で見えない。タッパはある。これで顔も良くて収入も高かったら世の中不公平だよな

「あ、こっちもいいかもー」

 女の子が男の腕を引いて移動した。すかさず男の身なりをチェックする。スーツも時計も靴も安くはないけど高くもないものばかりだ。ファッションにあまり興味がないタイプなのかもしれない。

「啓ちゃんも選んでよ」
「なんでもいいよ」
「誕生日プレゼントなんだよ。啓ちゃんが気に入ったものあげたいの」

 ダサくはないけど垢ぬけてもいない彼氏のために、彼女が服を選ぶなんてのはよく見る光景だ。俺の生活のなかにはないけど。

 困ったように頭を掻く男の横顔が見えた。平均ど真ん中のフツメンで安心する。あれならまだ俺のほうがちょっとイケてるはずだ。なのにどうして俺には若くて可愛い彼女がいないんだろう。

 他に欠点はないか男をまじまじ観察する。彼女は冬物小物を見ているのに、男のほうは興味なさそうにコートを眺めている。結婚したら彼女の尻に敷かれるタイプだろうな。

 あんまりジロジロ見過ぎていたので男と目が合ってしまった。営業用スマイルで軽く会釈する。たいてい目礼を返されて目を逸らされるのに、男は俺を凝視していた。

「……村上?」

 男の口から出て来たのは俺の名前だった。驚いて男の顔を見つめ返した。過去の知り合いファイルをひっくり返して目の前の顔と照合する。ヒットしたのは高校時代のあいつ。

「生田?」

 さっきまでつまんなそうだった男の顔に笑みが広がった。細い目がさらに細くなる。見覚えのある笑い顔。生田で間違いない。

「久し振りだな。最初わからなかった」

 ツカツカ近づいてきて生田が懐かしそうに言う。俺は名前を呼ばれるまで気づきもしなかった。きっとこいつとの記憶を封じ込めたせいだろう。

「ここで働いてるの?」
「うん、まあ」
「俺もこの近くで働いてるんだ。まさかこんな近くで村上が働いてたなんて思いもしなかった。偶然だよな」

 よりによって生田と仕事場が近いなんて最悪な偶然だ。

「あれって彼女?」

 手袋を手に取って見ている彼女に視線をやる。生田も彼女を見て頷いた。

「可愛いじゃん。生田が好きだったゆみりんにちょっと似てる」
「ゆみりんね。懐かしい」

 ゆみりんは語学留学したいと言ってアイドルグループを脱退後イギリスへ渡り、その二年後には現地の青年実業家と結婚したと報道があった。アイドルに興味なんかないのに、生田が好きだったという理由だけでゆみりんの動向には詳しくなってしまった。だが今の口ぶりだと生田はもうゆみりんのファンをやめてしまっているのかもしれない。

 あんなにゆみりんゆみりんと言っていたくせに。

 なんだか腹が立つ。腹を立てたら色々なことを一気に思い出した。スカートを穿いて生田に素股されたこととか、俺にマニキュアを塗ったあと「しごいて」と生田がちんこ出してきたこととか、ピンク色の口紅を塗った生田にフェラされたこととか、69したこととか。

 そしてそのあと俺たちはキスしたんだ。口紅を俺に塗るだけならわざわざキスなんかしなくたっていいのに。

 あの時の唇の柔らかさとか思い出したら、まともに生田の顔を見られなくなった。

「あのあと、どうしてたんだよ」
「あのあと?」
「引っ越したあと!」
「黙って行ったから怒ってる?」
「別に!」
「口調が怒ってる」
「俺には一言くらいあってもいいじゃん」
「村上にだけは言えなかったんだよ」
「なんで」

 なんでだろう、と生田は俺をじっと見た。懐かしむようでもあり、寂しげでもある、物憂げな眼差しだ。そんな目で見つめられたらのどがきゅっと狭まるじゃないか。

 気付くと手袋を見ていた彼女がこちらを見ていた。

「彼女のとこに戻ってやれよ。誕生日プレゼント買ってもらうんだろ」
「村上が見繕ってよ」
「やだよ。よその店で買え」
「そんなこと言って。店員失格だろ」
「うるせえ。仕事の邪魔。いちゃつくならよそでやれ」

 生田を彼女の方へ押しやった。やれやれって肩をすくめる生田が不意に振り返り、俺の耳元に顔を寄せて囁いた。

「そういえば、ローションは買ったくれた?」
「は……? え──あ……っ!」

 何のことか思い出した俺を見届けると、生田はにやりと笑みを残して彼女の元へ戻って行った。2、3言葉を交わすと二人は別の店舗へ移動した。

 それを見送る俺の頭の中ではさっきの生田の言葉が何度も何度も繰り返されている。

 生田も高校時代のあの出来事と最後のやりとりを完全に覚えているということだ。俺だってしっかり覚えている。簡単に忘れられるわけがない。生田も同じということだ。

 もし生田の引っ越しがなくて、あの続きがあったなら。俺たちはセックスしたんだろうか。




見せかけ俺さまくん

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