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続続・ひとでなし(1/2)

2017.10.20.Fri.
「ひとでなし」「続・ひとでなし」

 ガチャンと大きな音がして、斉藤が部屋を出て行ったことがわかった。天井を見つめながら大きく息を吐きだす。前戯も愛撫も睦言もキスもないセックスだったが、体の方はトロトロに蕩けてまだその余韻に浸ることができた。

 心の方は複雑ではあったが、体と心は別物のようで、挿入されただけでイキそうだった。

 ベッドから体を起こすとテーブルに五千円札が見えた。斉藤が律儀に置いていったようだ。

 嫌々俺とセックスしたのは会社に残るため。大事な家族を守るため。普通そこまでするだろうか。斉藤の嫁と小さなこどもに嫉妬せずにいられない。

 さっきまでは本当にここで一晩過ごすつもりだったがやはり帰ることにした。斉藤に置き去りにされたホテルの一室で一人でいたら悪いことばかり考えて寝られなくなりそうだ。

 服を着て、斉藤が残した五千円札を使って部屋を出た。

 ※ ※ ※

「どうだった?」

 島さん行きつけの店で一人先に飲んでいたら、あとからやってきた島さんが開口一番そう言った。

「先に注文しませんか」

 そうだな、とやって来た店員へ注文すると「で、どうだったんだよ」とまた訊いてきた。その顔は愉しげだ。

「うまく……いきました。はい。島さんのおかげです」
「そのわりに浮かない顔だな」
「そりゃそうですよ。あいつを騙してるんですから」
「実際営業成績が悪いんだろう? これで発奮して仕事に精を出してくれれば会社にも彼にも良い結果になる。つまり一石三鳥」
「罪悪感が半端ないです」
「でも止めなかった。最後までやったんだろ」
「ハア……そうです。最後までしました」

 斉藤がリストラ対象だというのは俺と島さんがでっちあげた根も葉もない噂だ。飲みの席での、他愛ない会話から始まった。

 島さんに飲みに行こうと誘われたその日は、斉藤から娘自慢を聞かされた後だったのでついいつもより多く飲んでしまった。完全に酔っぱらった状態の時に「最近どうだ?」とお馴染みの質問をされ、適当にはぐらかすのを忘れて好きな男がいるとぶちまけてしまった。

 どんな男だと質問攻めにされて、斉藤の人となりも含めて全部、数年がかりの片思いを白状した。

 結婚して子供もいるノンケ相手に手も足も出せないでいる。そんな俺に島さんは悪魔の囁きをした。

「そんなにそいつが好きか?」
「好きです。一緒にいると凄く楽なんです」
「だったらそいつの弱みを握って脅してやればいい」
「そんなこと……嫌われるじゃないですか」
「じゃあずっと片思いを続けるつもりか」

 沈黙する俺に、島さんは身を乗り出して言った。

「俺の経験上、本当にドノーマルな人間ってのは少ないもんだ。初めは嫌がっていてもやってみて嵌る奴も多い。お前がそうだったようにな。斉藤って奴もそうかもしれん。試しに一度寝てみろ。駄目ならそれを最後に諦めろ」
「僕の恋愛に口出ししないでください」
「……まったく、お前の優柔不断は完全には治らないようだな」
「僕は島さんにはなれません」
「そいつにお前はリストラ候補だと伝えろ。そして人事部の知り合いならなんとかしてくれるかもと匂わせるんだ。それに食いついて来たらチャンスはある」
「そんな弱みに付け込むようなやりかた」

 島さんは俯く俺の顎を掴んで上を向かせた。

「その男が好きじゃないのか? セックスしたくないのか?」

 酔った頭でぼんやりと島さんを見つめた。大学のサークルで出会って十年近く経つ。飲み会で泥酔した俺を介抱すると言って送り狼に化け人だ。男も女も知らなかった俺に、いろんなことを教えた人からセックスなんて言葉を聞かされると、翻弄され続けた日々を思い出してたまらない気持ちになる。

「親身になってくれるのは斉藤に僕を押しつけたら安心するからですか?」

 島さんは軽く目を見開いた。

「そんなことしなくたって、もう島さんのことはなんとも思ってないですよ」
「特別可愛い後輩にお節介を焼いてるだけだ」

 まったくこの人は……。内心溜息が零れる。

 酔った俺を抱いたあと、好きだのかわいいだのと言って俺をなだめたこの人は本当に口達者だ。

 老若男女問わず好かれる島さんはいつも人の輪の中心にいた。気取らず下級生にも気さくに声をかけてくれて、厳しさと優しさが絶妙なバランスだからつい心を許してしまう人だった。

 憧れの、雲の上のような存在だった島さんから好きだのなんだのと口説かれてついほだされた。

 それから俺は島さんのセフレのようなポジションについた。付き合う彼女はコロコロかえていたが、俺だけはそのポジションを外されることがなかったので自分は特別なんだとうぬぼれた時期もあった。そう思わせるのがうまい人だった。

 島さんの就職が決まった時は、俺を追いかけて来いと言われてその通りにした。いきなり島さんから別れを切りだされた時には、この俺と付き合えたんだ、幸せだっただろ? とまで言われて一瞬納得しかけた。

 実際、この人のおかげで今の俺があると言っても過言じゃない。好感の持てる見た目の作り方や人にウケる立ち居振る舞いを教えてもらった。色んな人から声をかけられるようになり、友達も増えた。女の子からもモテるようになった。それは自信に繋がった。自信がつくと余裕も生まれ、視野も広がった。物事を俯瞰的に見られるようになり、最善の道を選べるようになった。良い営業成績を出せるのも、島さんの手ほどきあってこそだ。

 自分では気付いていなかったが俺は島さんに依存していた。だからいきなり結婚前提の女性がいるからお前とはもう寝ない、と一方的に言われた時はかなり落ち込んだ。

 新しい恋人は、俺との関係を維持しながら付き合ってきた過去の女とは扱いがまるで違った。自惚れが勘違いだったと気付かされてショックだった。立ち直り、吹っ切るまでにそれなりに時間がかかった。その時間を無駄にするようなことを、この人は平気で言うんだからたちが悪い。

「うまくいくとは思えません。あいつは奥さんと子供を大事にしてますから」
「大事だからこそ、自分を犠牲にしてでも守りたいと思うものだ」

 島さんとそんなやり取りをした数日後、斉藤と飲んでいたらいつもののろけ話が始まった。人の気も知らないで、と思ったら、口が勝手に動いていた。斉藤はリストラ話を信じた。そして島さんの言う通り、家族を守るために自分を犠牲にするほうを選んだ。

 怖気づいてフェラで妥協した。そのことを島さんに報告したらせっかくのチャンスを不意にするなんて大馬鹿だと呆れられた。しかしフェラが出来たならセックスも出来るはずだと次の手を考えだした。

 島さんは斉藤を冷たく突き放した。斉藤はまた俺に縋りついてきた。強気でいけと島さんに指示された通り、俺は嫌な奴になりきって斎藤を誘ってみた。ここまでしてもまだ家族を優先するのか、確かめてみたかったのもあった。

 さすがに断るだろうと思っていたのに、斉藤は承諾した。嫁と子供には敵わないのだと敗北感に打ちのめされた。

 俺が欲しかったのは斉藤の体でも思い出でもない。斉藤の心が欲しかったんだ。心を通わせあって、理解しあって、愛しあいたかった。島さんには望めなかったものが欲しかったのだ。

「それでどうだった? 斉藤のほうはお前に興味を持ったか?」

 好物のオリーブを口に放り込んで島さんは言った。

「もつわけじゃないじゃないですか。家族を人質にされて嫌々してるのに」
「あと一回寝てみろ。お前も受け身じゃ駄目だ」
「斉藤は既婚者なんですよ。島さんと同じ」

 自分は結婚前提の付き合いを開始したら早々に俺との関係を清算したくせに。それ以降、誰かと遊んでいる素振りもない。

 島さんはワインを一口飲んだ。

「久し振りにするか」
「え?」
「話しを聞いてたら俺もお前としたくなった。どうだ?」

 この後店をかえて飲むか? みたいな口調で言われても。

「無理です。俺がもう。……好きな奴とじゃないと」
「初めてだな。お前に断られたのは」

 特に気を悪くした様子もなく笑って、島さんは残りのワインを飲みほした。

 けじめをつけた島さんが正しい。嫁と子がいる斉藤をいつまでも想い続ける俺が駄目なんだ。心は一生手に入らない。好きな奴と一度寝れただけでも俺は感謝しなきゃいけないんだ。

 今度は自分からけじめをつける番だ。

※ ※  ※

 翌日の昼、エレベーターホールでぼうっと窓の外を見ていたらいきなり腕を掴まれた。振り返ると斉藤が俺を睨みつけていた。

「話が違うぞ」

 低く押し殺した声で言う。

「なんの話だ」

 驚いて聞き返した。

「さっき外で島さんに会った。リストラされたくなかったらもう一度お前と寝ろと言ってきた。どういうわけだよ!」

 あと一回寝てみろという昨夜の島さんの言葉を思い出した。まったくあの人は余計なことをしてくれる。

「それは俺が言いだしたことじゃないぞ」
「お前、あの人に俺とやったこと喋ったのか?!」

 ハッとして言葉に詰まった。

「なんでそんなこと喋るんだよ? 頭おかしいんじゃないか?!」

 迂闊に喋れば斉藤を騙したことがバレてしまう。辻褄の合う適当なストーリーを組み立てようと必死に頭を働かせた。

「お前、あの人とも寝てるのか?!」

 思考が止まった。たぶん、それは俺の弱点。斉藤にだけは知られたくなかった過去。

 沈黙を肯定と取ったか、斉藤は顔を歪めて言った。

「そんな汚い体を抱くのは二度とご免だ。それなら会社辞めた方がマシだ!」

 投げ捨てるように俺の腕を放すと、斉藤はくるりと背を向け立ち去った。ホールに響く足音が怒り狂っていた。

 ポケットからスマホを出して島さんへ電話した。待ち構えていたかのようにすぐに繋がった。

「どういうつもりですか」
『さっそく来たか』
「俺と寝るくらいなら会社辞めるって息巻いてますよ。本当に辞めたらどうするんです?」
『慌てるな。目の前に安定した生活がぶら下がってるんだ。必ずまた来る』
「これ以上、あいつを騙せませんよ」
『一度も二度も同じことだ。お前だって二度目はかなり渋っただろう』

 流されて半ば無理矢理抱かれた初めの夜。二度目は素面だった。何度もキスされて、たくさん愛の言葉を耳に吹きこまれながら嫌らしい目と指先で体中をまさぐられた。こちらが折れる頃には心身ともに準備万端の状態だった。俺を説得する数時間はほとんど前戯を施されていたも同然だったのだ。

「仕事場で変なこと思い出させないで下さい」

 電話の向こうで島さんは笑った。

『あと二、三日様子を見ろ。俺はただ、お前を幸せにしてやりたいんだ』

 自分が出来なかったからですか。そんな嫌味が頭に浮かんだが飲みこんだ。

「とにかく島さんはもうこの件には関わらないでください」
『報告はしろ』

 有無を言わせぬ口調で告げると、島さんは電話を切った。溜息しかでない。




狂犬ハチ公 第1話

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