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続・ひとでなし(1/2)

2017.10.18.Wed.
前話「ひとでなし」


 約束通り、伊能はその日の夜、島さんに会わせてくれた。

「誰がリストラ対象かは教えられない」

 伊能に連れられて入った店の個室で、先に一杯飲んでいた島さんは俺の顔を見るなり言った。伊能から先に話が行っていたと見える。

「それは承知で、伊能に頼んでこうして時間を作ってもらったんです」

 島さんの横に立って頭をさげた。伊能はさっさと席についてメニューを見ている。

「聞いてる。家族がいてローンの返済をしているのは君だけじゃない。会社は個人の事情まで考慮できない。何百人という従業員を守るるために、無能な社員を切るのは致し方ないことだ」

 はっきり無能な社員だと言われたことはショックだった。その声に覆すことのできない冷たさも感じた。

「せめて半年待ってもらえないでしょうか。その間に必ず成果を出してみせます」
「みんなそう言う。俺からすれば、こうなる前になぜ成果を出さなかったのだと問いたい」
「それは……」

 正論過ぎてぐうの音も出ない。俯いて手を握りしめた。

「島さん、そいつをいじめるのはもうよして、とりあえず飲みましょうよ」
「俺はあと一時間でここを出るぞ」

 俺に向けられたのとは違う、親しみのこもった声で島さんが応じる。二人はそれなりに親しい付き合いらしい。

「ほら、斉藤、お前も座れ」

 伊能が隣の椅子を引く。従うほかなく、椅子に腰をおろした。伊能が適当に飲み物と食べ物を注文する。俺にはわからない共通の話題で二人は盛りあがっている。もしかしたら伊能なりに、島さんの気を解そうとしてくれているのかもしれない。

 二人の間で、俺の知らない人たちや出来事の話が飛び交う。俺が出来ることは相槌と愛想笑いだけ。

 島さんが腕時計で時間を気にしだした頃、最後にもう一回頼んでみようと息を吸いこんだ時、テーブルの下で伊能に足を蹴られた。

「俺はそろそろ帰るが、お前ら二人はどうする?」

 島さんは椅子から腰をあげた。

「俺たちはもうちょっと飲んでから帰ります」
「そうか。見送りはいらん。じゃあな」
「お疲れさまです」

 伊能が立ちあがり頭をさげる。俺も慌ててそれに倣った。島さんは背広を羽織ると颯爽と個室から出て行った。無駄のない動き。仕事のできる男という感じだ。あの人の前では甘えは通じない。土下座したって意味はなかっただろう。

「さっきなんで俺の邪魔をしたんだ」

 足を蹴って止めたことを責めた。伊能は料理を口に運びながら「しつこいのはあの人には逆効果だ」と言った。伊能が言うならその通りなんだろう。

「でも最後のチャンスだったかもしれないのに」
「無理だ。諦めろ」
「ひとごとだと思って」
「ひとごとだよ」

 そっけなく言い捨て、伊能は料理を次々口に放り込んで行く。

「ま、早期退職優遇制度があるから、いきなり肩を叩かれることはないだろうよ」
「……今度はお前から島さんに頼んでみてくれないか? 大学の後輩のお前の言うことなら、ちょっとは耳を傾けてくれるかもしれない」
「俺にそこまでする義理が?」
「ないけど……」

 会社のトイレであんなことさせられたんだから、もうちょっと俺のために努力してくれたってバチは当たらないと思うが。

「何か見返りがないと」
「またアレをやれっていうのか?」

 睨みつけたら伊能はニヤリと唇を舐めた。

「島さんはおっかない人だから俺だって機嫌損ねたくない」
「一回くらい頼んでくれたっていいじゃないか。俺と家族の人生がかかってる」
「そんな重いもの俺にも背負わせる気なら、そっちもそれ相応の覚悟してんだろな?」

 伊能は目を細めた。

「またあれをしろって言うんだろ」
「あれって?」

 とぼけた口調。わかっているくせに。

「舐めろって言うんだろ」

 伊能は俺の耳に口を寄せると「フェラじゃ足りねえよ。セックスしようぜ」と囁いた。

「なっ……!! 馬鹿いうな! 冗談じゃない!!」

 近すぎる伊能の体を押し返す。

「俺が優秀だから島さんは一目置いてくれてるんだ。感情に流される奴だと思ったらあの人は俺を見限るかもしれない。このリスクにはちょうどいい代償だろ」
「どこが!! 俺の、俺のプライドは?! 尊厳は?! どこまで俺をコケにする気だ!!」

 あまりの怒りで声が裏返り震えた。

「会社でも言ったけど、お前がやるかどうかで、俺は別にどっちでもいいんだよ」

 俺の激高とは裏腹に、落ち着き払った伊能は紙ナプキンで口を拭うと、グラスに残っていた酒を飲みほした。

「俺が無償でお前を助ける義理はないし、助けを必要としてるのはお前だけでギブアンドテイクも成立しない。もっと落ち着いてよく考えてみろよ。会社の決定を覆そうとしてるのに、お前は駄々っ子みたいに俺に喚くだけなのか? そっちこそ俺を舐めてんじゃないのか?」
「そんなことはない! もし頼みを聞いてくれるなら、いつかお前が困った時は絶対助ける! 俺に出来ることは限られてるだろうけど、なんだってやるよ!」
「いつになるかわからない恩返しを待つより、いま手っ取り早く体で返して欲しいって言ってんの俺は」
「だから、それは……!!」

 泣きそうな気持ちで伊能を見つめる。いくら家族のためだからって、さすがにそこまでは出来ない。伊能のものをしゃぶった後に感じた疲労感、喪失感。あれ以上のものを味わうことになったら俺は俺でいられなくなる気がする。なんのために働くのか。なんのために家族を守るのか。もう嫁と子供の前に立てなくなる。

「そんな無茶を言わないでくれよ、頼むから」

 がくりと項垂れた。目に浮かんだ涙を見られたくなかったからだ。

 隣で伊能が椅子を引いて立ちあがった。

「選ぶのは斉藤だよ。俺は待つだけ。じゃ、お先に。お疲れ」

 俺の背中を叩いて伊能は個室を出て行った。瞬きしたら涙がこぼれ落ちた。自分の未熟さが腹立たしい。伊能の豹変ぶりが悲しい。こんな時になってもまだ、土壇場で伊能が助け舟を出してくれるのではないかと期待してしまう自分が悔しい。
 
 気持ちが落ち着いてから店を出た。帰る足取りが重い。

 島さんに頼むかわりに尻を差し出せという条件はさすがに飲めない。自分でどうにかするしかない。出来るはずだ。

 言っても俺はまだ29歳だ。再就職に遅いという年でもないはずだ。伊能の言うとおり、早期退職優遇制度を利用して、退職金をもらって再就職先を斡旋してもらえばいい。給料は下がるかもしれないが、頑張って上げていけばいい。

 営業は俺には向いていなかったが、今度こそ自分に合った仕事が見つかるかもしれない。そうなれば出世だって夢じゃない。

 それまでは嫁にも働いてもらえばいい。夫婦なんだからこんな時は支え合うべきだ。意地やプライドなんて言ってる場合じゃない。共働きの夫婦なんてごまんといるんだ。情けなく思う必要はない。

 そうだ。必死にやればなんとだってなるはずだ。

 退職して再就職すると決めると心が軽くなった。気分も前向きになって、この選択は正しい選択だと自信も沸いて来る。

 こんなことならもっと早く覚悟を決めていればよかった。この会社にしがみつくことばかり考えて、しなくてもいい屈辱的なことまでしてしまった。

 伊能と離れられるのもいい点だ。人の弱みに付け込んで自分の性欲を晴らすなんて犬畜生にも劣る。

 あんな奴の顔を見ながら仕事をしなくて済むだけでも、転職の価値はあるというものだ。

 余計な迷いが生じないよう自分を鼓舞しつつ帰路についた。明るい家。夕食の匂い。娘を抱っこした嫁が「おかえり」と出迎えてくれた。何があっても俺たち家族は大丈夫だ。

「なんだ、まだ起きてるのか?」
「今日はお見舞いに行ったから、変な時間にお昼寝しちゃって。でもさすがにもう眠いみたい」

 言ったそばから娘があくびをする。

「あとで、ちょっと話があるんだけど」
「わかってる。お義父さんのことでしょ?」

 嫁に言われて父が骨折し入院していたことを思い出した。

「どうだった、親父」
「なんか、単純骨折じゃないから治りは遅いだろうって。でもお義父さん、元気だったよ。桃香ともいっぱい遊んでくれたし。ねー?」

 嫁がほっぺにキスすると娘はキャッキャと笑い声をあげた。

「次の休みに俺も行ってみるよ」
「うん。そうしてあげて。なんかね、色々あるみたい」
「色々って?」
「お義父さん、この際だから仕事辞めて、畑仕事やりたいって言いだしたみたいなの」
「畑?! ほんとに?」
「お義母さんは反対してるみたいだけど。お義父さんがそろそろ俺もゆっくりさせてくれって、ちょっと険悪ムードになってさ。なんで急にそんなこと言いだしたのか、息子のあなたならお義父さんも本音で話せるかもしれないし」
「わかった。見舞い行った時にきいてみるよ」

 突拍子もない話には、なにか理由があるのかもしれない。正直、いまそんなことを言いだされるのは困る。ちゃんと収入を確保してもらわなければ。親が年金をもらえるのはまだ先なのだ。

 先に風呂に入ってから夕食を済ませた。娘はもう眠ってしまっている。話すならこのタイミングだ。

 どういう風に切りだそうか。考えていたら嫁がビールを持ってきてくれた。

「俺だけ? 飲まないのか?」
「私はいい」
「一緒に飲もうよ」
「飲めなくなっちゃったの」
「え? なんで?」
「実はね。まだ病院に行って確かめたわけじゃないんだけど、妊娠したみたいなの」

 嫁は自分のお腹を大事そうに撫でた。妊娠ということは、そこに赤ん坊がいるということだ。

「そっ……」

 それはすごいぞ! と喜び半分、戸惑い半分。素直に喜ぶ自信がなくて言葉に詰まった。感動のすぐあとに襲って来たリストラという現実。嫁が働きに出る選択肢が潰れた事実。でもそれを悟られちゃいけない。これは喜ばしいことなんだから。

「やったな。おめでとう! まだ病院に行ってないなら、俺も一緒に行こうか?」
「一人で大丈夫。私も頑張るから、あなたもお仕事頑張ってね」
「ああ。無理するなよ。大事な体なんだから」

 自分の言葉がこんなに空々しく感じるとは。子供が出来たことは嬉しいのに、のしかかってくる不安がそれを台無しにしている。とにかく嫁に不安を気取られてはいけない。その一心でむりやりにでも笑顔を保った。

 働きに出て欲しいということはもちろん、リストラされそうだなんてとても言えなくなってしまった。






ちょっと時間がかかりましたがやっと続きが出来ました!
途中飽きて燃え尽きてしまって集中力が切れたりしました。パパッと一気に書きあげないと駄目ですね。ちゃんと話が繋がってるか不安ですがお楽しみいただけたら嬉しいです。
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コメント
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お返事
つきみ様

コメントありがとうございます!
たいへん長らくお待たせいたしました。
本当に一歩外へ出ると大変なことが多いですよね。そういう人をBL的に甘やかしたり幸せにしてあげたくなります。
この世界は萌えに満ちている……!!
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お返事
とも様

コメントありがとうございます!
前回から一ヶ月以上おまたせしてすみません。
今日更新します「続続・ひとでなし」は視点交代で伊能がなに考えてるかがわかる回になっています。最初攻めっぽく出したのにけっこう女々しい奴になっているのが心配ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
斉藤の無能感出てましたか(笑)良かった!

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