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Phantom (12/15)

2016.09.08.Thu.
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 8月下旬になって、金子から連絡が入った。事件に進展があったという。容疑者の事情聴取をするから、警察署に来てほしい、ということだった。

 いきなりのことで芳明は戸惑った。もう犯人は捕まらないと諦めていた。犯人に繋がる証拠はゼロ、目撃者ゼロ、手がかりゼロという状況だったのに、なぜ急にこんな展開になったのかわからなかった。

 引っ越し先のマンションに一度挨拶に来て以来、小田崎と金子には会っていなかった。今後は遠慮して欲しいと芳明が来訪を断ったからだ。

 その間になにかしらの進展があったようだ。胸が騒いだ。落ち着かない気持ちで警察署に向かい、金子と小田崎から話を聞いた。

 同一犯と思われるひったくり事件が一年ほど前から起こっていた、と小田崎が切りだした。

 狙われるのは決まって女性。夜の暗い道を一人で歩いているところをフルフェイスのヘルメットを被った原付の犯人に背後から襲われていた。

 警察もパトロールを強化してはいたが、つい先日も同一犯らしき犯人に襲われた被害者が出た。

 女性はハンドバッグの紐を離さず、バイクに振り回されて電柱に頭をぶつけ、現在意識不明の重体。予断を許さない状態なのだそうだ。

 今までは打撲に擦り傷程度だったが、今回の重篤な被害を受け、警察は過去のひったくり被害も遡って捜査を開始。被害者の中に、逃げ去る原付の映像を撮影した女性がおり、その解析をしていたら、捜査員の一人が気付いたというのだ。

 その場所は、芳明が監禁されていたマンションの近く。日付はまさに、ちょうど一年前の監禁されていた頃。そして、遠ざかる原付とは反対に、近づいて来る男の姿が映っていた。その男こそ、容疑者として一時捜査対象になった人物。トランクルームの契約者だった、最上渓一だったのである。

 金子の言う通り、事件は思わぬ方向から進展を見せたというわけだ。

 最上の住まいと勤務先は映像の場所からは遠い。この日時になぜ、こんな場所をうろついていたのか、当然警察は疑いを持った。

 事件発覚当時も念入りな捜査はされた。事件発生以前に、最上が財布を落として警察に相談に行っていたことは確認済み。

 ──計画的な自作自演とも言える。

 仕事場と自宅の往復、たまに飲み会や友人と遊びに出かけていたという証言もほとんどが証明され、監禁部屋に通っている時間はないと判断された。
 
 ──常人の体力と思考なら。

 独身で一人暮らしの最上の夜中の行動は自由だ。自宅のマンションの防犯カメラの映像には、夜中に出入りするところは映されていないが、映らず行動することは不可能ではない。

 ──芳明の監禁場所の例もある。

 裏の取りきれないアリバイがあるところも警察の目を欺くためかもしれない。普通の人は24時間きっちりアリバイ証明などできるわけがない。逆に完璧なほうが怪しい。

 犯人は用意周到で、恐ろしいまでに理性的に犯行を完遂することのできる男だ。たまたま事件に利用されてしまった市民として、捜査線上にあがることも計算の上で自分の名義を使った可能性もある、と警察は考えているようだった。

 だとしたら大胆不敵、警察を舐めた男である。

 現在最上は取調室で事情聴取中だ。小田崎たちは芳明に面通しを頼んできた。

「でも俺、顔は見てないんですよ」
「視覚以外の五感は生きていた。見て何か思い出すものがあるかもしれない。雰囲気や仕草やなんかをね。些細なことが解決の糸口になる場合もある。ダメ元で一度、頼みますよ」

 小田崎の断り切れない気迫に押され、芳明は「わかりました」と頷いた。

 小さな部屋に通された。

「あれです。向こうからこちらは絶対に見えませんので、安心してよくご覧になってください」

 刑事ドラマでよく見るようなマジックミラー越しに、取り調べ室が見渡せた。咄嗟に目を逸らした。直視出来ず、床を見つめる。足が震えた。

 向かって右の、膝の上に手を置いて俯いている男が最上だと、小田崎が言った。芳明はゆっくり顔をあげた。

 中肉中背の、髪を7:3で分けた中年男が座っていた。顔は濃い目で、若干下膨れ気味。落ち着きなく体を揺すり、頻繁に顔や髪を触った。

「あれが……」

 芳明は思わず呟いた。

 あの男が、三ヶ月に渡って自分を監禁し、犯し続けた男なのか。あの手で体中を触り、あの舌で尻の穴を舐め、股間で隠れているもので奥をこじ開け貫いていたというのか。

 顔に熱があがるのを感じた。それとは逆に、胸のうちをすーっと冷たいものが下っていく感じもした。

「どうですか」

 小田崎が訊ねる。

「やっぱり……わからないです。背格好はあれくらいだったと思うんですが……」

 最上から目を離さずに答えた。動悸が激しくなっていくのを感じる。それに合わせるように呼吸も荒くなってきた。

「なぜこの日、自宅から遠いこんな場所を歩いていたのですか?」

 取調室の声が聞こえてきた。

「だから! 何度も言ったように、その日は会社の送別会があった日なんですってば! 酔っぱらって乗る電車を間違えてそんなところに行っちゃっただけです!」

 最上の声も聞こえた。野太い声だった。緊張と焦りからか、時折声を裏返させる。息遣いも聞こえる。記憶と照らし合わせてみる。似ている。似ていない。判断つかない。息遣いなんて、誰も似たようなものだ。

「大丈夫ですか」

 心配そうに金子が芳明の背中に手を当てた。

「はい、大丈夫です……。取り調べが終わったら、あの部屋に入ってみてもいいですか?」
「えっ、それはどうしてですか」

 小田崎が驚いたように言う。

「見ても声を聞いてもなにも思い出せないなら、あとは匂いしか僕にはわからないので」
「確かに。人には体臭がありますからな」

 取り調べが終わるまで別室で待った。金子がお茶を持ってきてくれた。向かいの椅子に座って、「必ず証拠をあげて逮捕しますから安心してください」と胸を叩く。

 弱々しく笑い返し、熱いお茶を啜った。

 30分ほどして小田崎が戻って来た。三人でさっきとは違う廊下から、誰もいなくなった取調室に入った。

 芳明は深呼吸した。最初に鼻に届いた匂いは煙草の匂いだった。あとは微かに整髪料の匂いと、ビニールのような匂い、饐えた匂いも少し混じっている。もっと深く息を吸うと、背後に立っている金子がつけている香水の匂いがした。

 つまり、男の香水の匂いはそこにはなかった。

 今日はたまたまつけていなかったのかもしれない。もしかすると、監禁部屋に来る時だけつけていたのかもしれない。自分の登場を知らせるために。自分の匂いとして覚えさせるために。それこそ、パブロフの犬のような効果を狙っていたのかもしれない。

 現に、解放されたあとも、その芳明はその匂いの呪縛に囚われていた。

「久世さん?」

 小田崎に名前を呼ばれて振り返った。

「すみません。やっぱり何もわかりませんでした」

 芳明は頭を下げた。





ジェラシー 第一回

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