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Phantom (11/15)

2016.09.07.Wed.
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「最近、ハローワークに行っているのか?」

 ある朝、父親が声をかけてきた。引っ越した先にあるハローワークに行ったことを母親から聞き知ったのだろう。

 まだ1回しか行っていないので返事に迷っていたら、「仕事を探しているのか?」と次の質問がきた。曖昧に頷くと、「そうか。無理するな」と言い残して、父は仕事へ出かけた。

 その数週間後、父の紹介で就職が決まった。

 特殊な建築材の製造販売をしている会社の社長室配属。つまり、秘書だ。最初にこの話を聞いた時は自分に務まるかと不安になった。だが以前勤めていた会社では社長付き秘書は男だったことを思い出し、面接を受けた。

 会議室で人事課の人間が面接をするのかと思っていたが、案内されたのは社長室だった。やたら血色の良い社長自ら、芳明の面接をした。

 簡単に秘書課の仕事を説明し、それが出来るか? と質問をされた。自信はないが、全力で頑張りますと答えた。その後2、3の質問をされて形だけの面接は終わった。

 尾関社長と芳明の父は昔なじみの知り合いなのだそうだ。面接の終盤は、ほとんど父との思い出話を聞くだけだった。

 事件のことは聞いているのか、失業期間については一切触れず、最近はセクハラについて厳しいだとか、コンプライアンスがどうたらという理由で男の君が入ってくれると昔気質の自分は助かる、ということを言われた。

 そして採用が決まり、勤めに出ることになった。秘書課には二人の女性社員が働いていたが、一人は寿退社し、その穴埋めで芳明が雇われた形だ。

 一緒に働くことになったのは江藤という女性で、芳明より年上の二十代後半。しばらくは江藤から仕事を教わることになる。不安はあったが気の良さそうな人で安心した。

 仕事を始めてみると、勝手がわからず戸惑うこともあったがやり甲斐もあった。社長について現場や得意先周りをしていると、いち社員として働いていた以前とは違う視点で物事を見ることが出来て勉強になった。

 毎朝早起きをして、決まった時間に家を出ると夜まで仕事をする。社会のサイクルに再び乗れた安堵感もあった。社会復帰したことで、親もひとまず安心したはずだ。

 カウンセリングにはもう通っていない。男と同じ匂いをみつけ、発情し、友人を誘ったなどとは、口が裂けても言えそうにない。それにある意味では『あの頃』に戻ったとも言えるのだから、行く意味がないような気もする。

 働き始めて一ヶ月が経った頃、樫木から電話があった。声を聞くのはあの日以来だ。忙しかったとみえる。

 新しい職場で仕事を覚えることに精一杯だったのもあるが、さすがに気が引けてこちらからは連絡できなかった。待つだけの日々は長く、やっぱり怖気づいたかと半ば諦めていたから、「明日、会えないか」と急な誘いでも嬉しかった。

 いつも通り迎えに行くと言う。芳明は働きだしたことを告白した。樫木は驚き、喜び、心配し、労い、励ましてくれた。仕事が終わる頃にメールしてくれと言われたので、翌日、その通りにしたら会社まで迎えに来てくれた。

 外で食事をしたあと樫木のマンションに向かった。その道中、訊ねてみた。

「道具は揃えてくれた?」

 意味を考える短い間のあと、樫木は「うん」と答えた。そのつもりで今日、誘ったということだ。

 マンションの部屋に入るなり、樫木に抱きしめられた。思いがけない積極さに驚きつつ、最初からそのつもりだった芳明も樫木の首に腕を回した。視線を合わせたのが合図だったように、キスをして、お互いの服に手をかけた。

「あ、待った、待って」

 会社を出る前に鞄からワイシャツの胸ポケットに移しておいたアトマイザーを取り出した。前回もらった香水だ。それを樫木に吹きかけた。

 樫木は小さく眉をひそめただけで、何も言わなかった。

 再び抱き合いキスをする。水音が混じった息遣いと、布ずれの音を立てながら、玄関から廊下へ移動する。樫木の寝室に着く頃にはほとんど半裸になっていた。ベッドに乗る動作のついでにズボンと下着を脱ぎ捨てる。

 芳明の上に樫木がのしかかる。欲情した樫木の表情にぞくりとした。

「一応確認するけど、やり方は知ってる?」
「もちろん知ってるさ」

 どこから出したのか、いつの間にか樫木の手にはローションのボトルが握られていた。

「男としたことあるんだ?」
「大人だから、それなりに経験はあるよ」

 男と寝たことがあるのか。なんとなく意外に思ったが、モテる要素を充分に備えた樫木なら、男女共に言い寄ってくる者は多そうだ。

 樫木がローションに濡れた手で後ろに触れて来た。すぐ奥の窄まりを探りあて、その周辺を指で撫でてローションを馴染ませた。充分濡らしてから指が入って来た。

 異物の侵入の瞬間はどうしても体が強張る。監禁されていた頃の記憶が呼び起こされる。

 男によって丹念に舐め解された。体中総毛立つほどの快感だった。ペニスが勃起し、涎を垂らした。芳明も涙を滲ませながら、もう我慢できないから入れて欲しいとねだった。刺し貫かれた時は被虐性の喜びが燃え上がった。

 わざと淫らな言葉を口にした。男に可愛がられている間は身の安全が保証される。という理由だけではなく、爪の先まで全部快楽に溺れてしまいたかったからだ。

 思考せず、男に与えられるものだけを糧とする。本能だけの生活は楽だった。今振り返ると恐ろしいまでに、甘美だった。

 指を出し入れしながら、樫木は芳明の胸を舐めた。舌の先で乳首を立たせて吸い上げる。喘ぐように芳明は息を乱れさせた。

「早く……もう、いいだろ……」
「あと少し」
「んっ……俺が……もういいって言ってんのに……」
「痛いのは嫌だろ」
「あっ、や、そこ……!」

 敏感な部分を指が擦りあげた。芳明の腰がビクンと跳ね上がる。そこを押すように何度も擦られた。

「あっあっ、やだっ……そんな……っ……したら……!」

 監禁されていたのは一年前だ。それ以降、排泄以外では使っても触ってもいなかった場所だ。なのにすぐ慣れた。思い出した。どれほど強烈で、中毒性があるかを。

「いやだ……ぁあっ……いやっ、あっ、あっ……抜いて! そんなの、じゃ……いやだ……っ」
「わかった、抜くよ。いま入れるから」

 あやすような口調で言い、樫木は指を抜いた。

「早く……!」

 芳明は涙目になって懇願した。樫木の目が何か探すように逸らされる。

「いらないっ! ゴムなんかいらない……! だから、早く……ッ」
「でも」

 驚きと戸惑いの眼差しが戻って来た。芳明は唇を噛みしめながらかぶりを振った。自分でもわけがからないほど混乱して、本当に泣いてしまいそうだ。

 そんな心情を察したのか、樫木は覚悟したような表情で小さく頷くと、切なく窄まるそこへ亀頭を押しあて、ゆっくりと埋めた。指と違う太さ、大きさ。

 芳明は顎をあげ、咽喉を晒した。

「あああっ……あっ……」
「大丈夫か?」
「はぁあ……はあっ、あぁ……もっ……奥、まで…ッ…きて……ッ」

 そこが大きくこじ開けられた。芳明の目尻から涙が一筋流れ落ちる。恐怖の下で征服された初期の記憶が蘇る。あの体験は恐怖だった。暴力だった。改めて思い知らされた。

「あ、はあ……あああ……嫌ッ、だ……! あ、やめ……許して……!!」

 いま味わう苦痛と過去の記憶が混濁する。芳明は嫌々と左右に首を振りながら樫木の胸を押し戻した。

「久世? どうしたんだ?」
「嫌だ! いやっ! あ、あっ……どうして…っ…僕が、こんな目に……! 僕がなにをしたの? 酷い……っ……酷いよ……!!」

 取り乱した芳明は樫木の胸に拳を叩きつけた。力強く何度も。

 樫木はそんな芳明を悲しい目で見守った。収まるのを待って、芳明を抱きしめた。しゃくりあげる芳明の額や頬にキスをする。

「ああ、酷い。酷いよな。久世は何も悪くない。久世に落ち度なんかない。責められるべきは犯人で久世じゃない。だから苦しまなくていい。自分を責めなくていい。他にどうしようもなかった。目をつけられた以上、逃げられなかった。何も知らない久世に防ぐ手段はなかった。生き残るために久世はよく頑張った。普通だったら耐えられない状況を三ヶ月も耐えた。それを後ろめたく思う必要はない。

 落ち着いた優しい声で樫木は喋り続けた。

「怖いなら怖いと言えばいい。泣きたいなら泣いていいんだ。俺がいる。俺が久世のそばにずっといるから。必要な時でも、そうでない時でも、いつでも俺を呼び出せ。すぐに駆けつける。久世が安心して眠れるまで、ずっとそばにいる」

 錯乱状態だった芳明も、樫木の体のぬくもりと優しい声にだんだん気を落ち着けていった。

 白い天井。視線を横にずらすと、自分を抱きしめ、頭を撫でる樫木がいる。目が見える。姿を見せなかったあの男じゃない。一言も声を聞かせなかった男じゃない。

 芳明は大きく息を吸いこんでから、深々と息を吐いた。

「…………樫木ってそんなふうに口説くんだ? ……熱烈で、意外」

 涙声で言うと、芳明はフフッと笑った。樫木も微笑んだ。

「こんなに必死になるのは久世だからだ」
「俺だって。こんなみっともないとこ見せたのは樫木だけだぜ」

 樫木の頬に手を添え、顎を持ち上げた。樫木が躊躇を見せる。

「ここまできて止めるつもりか?」
「今日はもうやめておいたほうが」
「さっき取り乱した俺が言っても説得力ないだろうけど、もう平気だ。お前が誰か混乱したりしない。今はもう、樫木しか見えてないから。それに」

 芳明は腰に力を入れて樫木を締め付けた。ニヤリと笑い、

「これ、このまんまじゃ可哀そうだろ」

 樫木の顔が赤くなる。小さいとは言い難い大きさだったのだ。

「無理に続きをしなくても俺は、」
「俺がしたいんだよ。言わせんなよ」

 樫木の言葉を遮って言い、腰に足を巻きつけた。ぐ、ぐ、と樫木を締め付ける。中で体積を増すのがわかった。樫木は自己嫌悪の表情だ。可愛いところもある。芳明はのどの奥でくっと笑った。

「嫌になったら我慢しないですぐ言ってくれ」
「わかったって」

 まだ気の進まない顔で樫木は体を起こした。様子を見ながらゆっくり腰を動かす。乾いてきたのか少し引きつる感じがする。樫木もそれを感じたようでローションを継ぎ足した。熱い結合部に冷たい液体が少し心地良い。それもすぐ、体温と摩擦で熱くなった。

 相変らず恥ずかしくなるくらい樫木はじっと見つめてくる。心配でたまらないといった目だ。優しくて誠実な目。忠犬みたいだ。

 その目に欲情した。胸の奥から熱い塊が噴き出るのを感じる。

「や……あっ、ああ……あっ、樫木っ……」
「どうした?」
「あっ……っ……俺、やばい、気持ち……いいっ……」
「……俺も」

 少し、樫木の動きが早まった。中を探るように角度をつけ、円を描いた。

「ああっ、あっ、ん! んんっ……それっ……そこ、気持ちいいっ……」
「ここか?」
「ああぁっ、そ、こっ……ッ……ん、あっ、かしわ……ぎ! や、ああっ」

 敏感な前立腺を中心的に責め立てられる。じんじんと腰が熱くなって、ペニスは痛いほど勃起した。樫木の一突きごとに、体中の神経がびりびりっと震える。

 頭がぼうっとして、意識が彼方へ消えて行きそうな気配がした。慌てて樫木の腕につかまり、顔を見た。見慣れた顔が別人のように見えた。これは誰だ。あの男か? 違う。樫木だ。大学からの知り合いで、こんな自分を好きだという、変わった奴だ。

「はぁ、んっ、あ……あっ、樫木の……熱い……おっきくて……っ……俺、どうか、なりそ……」
「嬉しいことを言ってくれるんだな」
「んっ! はあっ、あっ、もぅ……出る……」

 樫木の手が芳明のペニスを握り、射精を促すように動いた。体を痙攣させながら、芳明はあっけなく果てた。精液は芳明の咽喉元まで飛んだ。自分が吐きだしたもので汚れた胸を上下させながら呼吸を繰り返す。

 中で蠢く樫木を感じる。前立腺に当たると腰が跳ねる。射精直後で敏感過ぎる。苦痛に近い快楽で、芳明は顔を歪ませながら息を弾ませた。

「はっ、あっ、あっ、樫木も、イッ……っ……て……俺の中で……! あいつの記憶を……お前で塗り替えて欲しいっ」

 樫木は寂しげにも見える顔で微笑んだ。足掻く芳明が哀れでたまらなかったのかもしれない。

 腰を抱え直すと、樫木はピストンの速度を上げた。突かれる度に、芳明の頭のなかで白い閃光が走った。

「久世…………!」

 体の奥で熱いものが噴きあがるのを感じた。その瞬間、かすかに、あの香水の匂いがした。それはただの匂いで、二人の体臭と体液に簡単にかき消された。




土下座、して下さい。

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