Phantom (10/15)
2016.09.06.Tue.
<1話、2話、3話、4話、5話、6話、7話、8話、9話>
樫木は芳明の腰に跨るように膝で立ち、苛立った手つきで前髪を掻きあげた。肩で息をしながら、横を向いて呼吸を整えようとしている。
怒っている様子の樫木からふと視線を移した先でそれを見つけた。少しの驚きと喜び。芳明はそれに手を伸ばした。もうすでに、硬く太い。
手首を掴まれた。
「やめてくれ……!」
低く押し殺した声が呻くように言う。
「俺に触られるのは嫌?」
「そうじゃない、ただ、こういう形では嫌だ」
「嫌なのになんでこんな事になってるの?」
自由なほうの手で樫木の勃起したペニスを触った。ズボンの中でそれがむくりと動く。
「それはっ……! 男なら誰だって……こうなる、だろう! 好きな相手とこんな状況になったら……誰だって!」
「好きな、相手?」
布越しに弄っていた指を止め、芳明は首を傾げた。樫木は掴んでいた芳明の腕を離した。両手で顔を覆い隠し、深い溜息をつく。
「そうだ。久世のことが、ずっと好きだった」
「俺を……ずっと……? いつから?」
予想外の言葉に軽く目を見開いた。そんな素振りはまったくなかった。そもそも、恋愛感情を持つほどの間柄だったろうかと困惑する。
「学生の時からだ。こんなことにならなきゃ、言うつもりなんかなかった。言った今だって後悔してる」
ずっと顔を隠したままなので泣いているのかと思った。芳明は体を起こし、樫木の腕に手をかけた。力を入れて、顔から引き離す。泣いてはいなかった。だが、それに等しい顔つきだった。
「なんで後悔してるなんて言うんだよ」
「状況に便乗して、久世の混乱を利用しているみたいで、こんなのは嫌だ。卑怯だ」
「卑怯なんかじゃない。利用すればいい。俺だって樫木を利用してるんだからおあいこだ」
唇を噛みしめて樫木は首を左右に振った。真面目で頑固だ。潔癖なところが樫木のいいところだが、今はただじれったいだけだ。
「本音は昔の俺と違うから嫌なんじゃないの?」
「それは違う! 久世は何も変わってない!」
予想通りの反応が返って来た。芳明は口の端に笑みを浮かべた。
「だったら、躊躇う理由はないだろ」
樫木の首に手をかけ引きよせながら、自らも腰を浮かせて顔を近づけた。最後の抵抗のように弱々しい反発を見せたが、最終的に折れて芳明を抱きしめた。ベッドに戻る芳明を追って、樫木の体が降りて来る。
抱き合いながら唇を合わせた。同時に舌も絡めあった。求めっあった者同士、貪るようなキスだった。
「……俺なんかのどこが好きなわけ?」
まだ口が触れ合うほどの距離で樫木に訊ねてみた。
「裏表がなくて、前向きで、良くも悪くも他人に無関心で、そっけないくせに優しくて、責任転嫁をしない高潔さと、強い精神力と、たまに俺に甘えて来るところ」
のどの奥でくっと芳明は笑った。
「なにそれ。俺じゃなくて別の誰かと間違えてない?」
「知りあってからずっと、俺は一度も久世を見失ったことはないよ」
優しい口づけが落ちて来た。樫木の手が再び芳明の股間のものを握った。
「んっ」
弾んだ声が漏れる。入れ替わりにあの匂いが入ってくる。思考を停止させる匂い。
「ん……ぁ……あっ……」
のけぞった芳明の首元に樫木は舌を這わせた。跡が残るほど強く吸う。シャツをたくしあげ、露わになった胸を舐めた。立ちあがった乳首を口に含み、もどかしそうに甘噛みして舌で転がした。
「ふ……んっ……あっ、あっ! や……ぁあっ……」
芳明は頭を振って悶えた。股間では音が立つほど激しい手つきで扱かれた。樫木を挟むように広げた足がガクガク震える。
「ま……はぁっ……まって、あっ……あああ……俺も、触らせて……!」
背中の服を引っ張ると、樫木の顔が目の前に戻って来た。股間に手を伸ばし、樫木の勃起したものを握った。熱くて硬くて、先端からは先走りが滴り落ちている。
野性的で男の本能が剥きだしだと思った。いつもきっちりしている樫木の隠された面を見た気分だ。
扱き合いながらキスをした。敏感な部分を二か所も同時に擦り合わせている。気が昂る。昇りつめる感覚がする。腰が重たくなってきた。股間が切ない。
「……んっ……んん……ぁっ……で、る……!」
樫木のシャツを引っ張って鼻に押し当てた。
「んっ、んっ、あ、あああ……出るっ……出っ……はあっ、あ……あっ!!」
男の匂いに包まれるなか、体を突っ張らせながら芳明は達した。熱い塊が体の外へ飛び出していく。久し振りに味わう達成感に頭が真っ白になった。以前樫木のシャツでしたときとは全然違う。
息を整えながら、芳明は止まっていた手を動かした。
「俺はいいよ」
「こんなにしておいて?」
笑って言いながら先端を挟むように指を小刻みに動かす。クチュクチュと水音がする。それを亀頭に馴染ませ、全体を手で包みこんだ。優しく扱く。カサがぶわっと膨らんで開いた。
芳明は唇を舐めた。
「……挿れる……?」
誘うような声色になったのは無意識だった。樫木は首を振った。
「それは駄目だ」
「どうして」
「歯止めが効かなくなる。それに道具もない」
「道具って?」
「例えば……ローションとか、ゴムとか」
全部いらないんだけど、と言いかけてやめた。頭に浮かんだのは、いつも男がしてくれていたこと。男は時間をかけて芳明の尻を舐めた。唾液と舌だけでそこを解していた。流石にそれを樫木にさせられない。
「じゃあ次。用意して、しようよ」
樫木の頬に手を添えた。顔をずらした樫木が手の平に口づけする。
「久世は酔ってる。酒と、香水の匂いに。素面になってもそう思うなら、そうしよう」
樫木らしい言葉だ。そして的を射ている。酒を飲んでいなければ、香水が手元になければ、樫木とこんなことはしていなかっただろう。発情して、自分に好意を寄せてくれている親切な友人を利用した。最低の人間だ。
「樫木が嫌じゃなかったら、俺はしたい」
そしてとことんズルイ。
樫木は答えなかった。芳明の肩口に顔を埋め、ほどなくして射精した。
朝のリビングは白い光に溢れて輝いて見えた。周囲に建造物がないとこんなにも明るいのかと感心しながら、洗顔と歯磨きを済ませてリビングに戻った芳明はキッチンに立つ樫木の隣に並んだ。
樫木はフライパンで卵とベーコンを焼いていた。食欲をそそる匂いがする。
芳明はこっそりと樫木のことを観察した。昨夜、あんなことになったせいで、もう以前のようには見られない。友人ではなく、男として意識してしまう
「パンとご飯、どっちがいい?」
ベーコンを裏返しながら、樫木がちらりと視線を寄越す。
「朝からそんなに食べないから、それだけでいい」
芳明はフライパンを指さして答えた。わかった、と頷く樫木は、芳明がリビングに戻って時からずっと笑顔だ。
「俺が昨日のこと謝りださないように予防線張ってる?」
「えっ?」
意表をつかれたように樫木は少し驚いて見せながら、少量のサラダが乗った皿にフライパンの中身を移し替えた。
「香水が似てるだけって嘘ついたこと。樫木の気持ちを聞いたのに利用したこと。あんなことに付き合わせたこと。俺が謝りださないように、わざと満足げな顔してんじゃないの?」
「そんな顔してたか?」
フライパンをコンロに置いて、樫木は自分の顔を撫でた。持ちあがっていた頬を下げる。ふっと芳明は皮肉に笑った。
「謝んないぜ、俺は。昨日言った通り、樫木が嫌じゃなかったら、続きをしたいと思ってるから」
「俺も気持ちは変わらない。素面の久世がそう思うなら、俺はそこに付け入ることにしたから」
そうきたか、と芳明は内心で苦笑した。開き直って攻めに転じたふりで、芳明の罪悪感を軽くしようとしてくれているのだろう。
素早く樫木にキスした。離れる前に腰に腕を回され、引きよせられた。朝から予定していなかった濃厚なキスになった。まだ微かに香水の匂いがする。ふと、芳明は思い出した。
「そういえば、彼女いるんだっけ」
香水は彼女からの誕生日プレゼントだと言っていたはずだ。
「今は……いない」
樫木はバツの悪そうな顔をした。
「誕生日プレゼントをもらったって」
「あれは嘘なんだ。香水をくれたのは前の従業員の子なんだ」
「なんでそんな嘘を?」
「見栄、かな。それに、久世を好きだって気付かれたくなかったから、そういうことにしておいた」
「ふん、だからコンドームも常備してないんだ」
「今度買っておくよ」
皿を両手に持つと、樫木は逃げるようにそれをテーブルへ運んだ。横を通りすぎる樫木の耳は赤くなっていた。芳明の頬は自然と緩んだ。
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樫木は芳明の腰に跨るように膝で立ち、苛立った手つきで前髪を掻きあげた。肩で息をしながら、横を向いて呼吸を整えようとしている。
怒っている様子の樫木からふと視線を移した先でそれを見つけた。少しの驚きと喜び。芳明はそれに手を伸ばした。もうすでに、硬く太い。
手首を掴まれた。
「やめてくれ……!」
低く押し殺した声が呻くように言う。
「俺に触られるのは嫌?」
「そうじゃない、ただ、こういう形では嫌だ」
「嫌なのになんでこんな事になってるの?」
自由なほうの手で樫木の勃起したペニスを触った。ズボンの中でそれがむくりと動く。
「それはっ……! 男なら誰だって……こうなる、だろう! 好きな相手とこんな状況になったら……誰だって!」
「好きな、相手?」
布越しに弄っていた指を止め、芳明は首を傾げた。樫木は掴んでいた芳明の腕を離した。両手で顔を覆い隠し、深い溜息をつく。
「そうだ。久世のことが、ずっと好きだった」
「俺を……ずっと……? いつから?」
予想外の言葉に軽く目を見開いた。そんな素振りはまったくなかった。そもそも、恋愛感情を持つほどの間柄だったろうかと困惑する。
「学生の時からだ。こんなことにならなきゃ、言うつもりなんかなかった。言った今だって後悔してる」
ずっと顔を隠したままなので泣いているのかと思った。芳明は体を起こし、樫木の腕に手をかけた。力を入れて、顔から引き離す。泣いてはいなかった。だが、それに等しい顔つきだった。
「なんで後悔してるなんて言うんだよ」
「状況に便乗して、久世の混乱を利用しているみたいで、こんなのは嫌だ。卑怯だ」
「卑怯なんかじゃない。利用すればいい。俺だって樫木を利用してるんだからおあいこだ」
唇を噛みしめて樫木は首を左右に振った。真面目で頑固だ。潔癖なところが樫木のいいところだが、今はただじれったいだけだ。
「本音は昔の俺と違うから嫌なんじゃないの?」
「それは違う! 久世は何も変わってない!」
予想通りの反応が返って来た。芳明は口の端に笑みを浮かべた。
「だったら、躊躇う理由はないだろ」
樫木の首に手をかけ引きよせながら、自らも腰を浮かせて顔を近づけた。最後の抵抗のように弱々しい反発を見せたが、最終的に折れて芳明を抱きしめた。ベッドに戻る芳明を追って、樫木の体が降りて来る。
抱き合いながら唇を合わせた。同時に舌も絡めあった。求めっあった者同士、貪るようなキスだった。
「……俺なんかのどこが好きなわけ?」
まだ口が触れ合うほどの距離で樫木に訊ねてみた。
「裏表がなくて、前向きで、良くも悪くも他人に無関心で、そっけないくせに優しくて、責任転嫁をしない高潔さと、強い精神力と、たまに俺に甘えて来るところ」
のどの奥でくっと芳明は笑った。
「なにそれ。俺じゃなくて別の誰かと間違えてない?」
「知りあってからずっと、俺は一度も久世を見失ったことはないよ」
優しい口づけが落ちて来た。樫木の手が再び芳明の股間のものを握った。
「んっ」
弾んだ声が漏れる。入れ替わりにあの匂いが入ってくる。思考を停止させる匂い。
「ん……ぁ……あっ……」
のけぞった芳明の首元に樫木は舌を這わせた。跡が残るほど強く吸う。シャツをたくしあげ、露わになった胸を舐めた。立ちあがった乳首を口に含み、もどかしそうに甘噛みして舌で転がした。
「ふ……んっ……あっ、あっ! や……ぁあっ……」
芳明は頭を振って悶えた。股間では音が立つほど激しい手つきで扱かれた。樫木を挟むように広げた足がガクガク震える。
「ま……はぁっ……まって、あっ……あああ……俺も、触らせて……!」
背中の服を引っ張ると、樫木の顔が目の前に戻って来た。股間に手を伸ばし、樫木の勃起したものを握った。熱くて硬くて、先端からは先走りが滴り落ちている。
野性的で男の本能が剥きだしだと思った。いつもきっちりしている樫木の隠された面を見た気分だ。
扱き合いながらキスをした。敏感な部分を二か所も同時に擦り合わせている。気が昂る。昇りつめる感覚がする。腰が重たくなってきた。股間が切ない。
「……んっ……んん……ぁっ……で、る……!」
樫木のシャツを引っ張って鼻に押し当てた。
「んっ、んっ、あ、あああ……出るっ……出っ……はあっ、あ……あっ!!」
男の匂いに包まれるなか、体を突っ張らせながら芳明は達した。熱い塊が体の外へ飛び出していく。久し振りに味わう達成感に頭が真っ白になった。以前樫木のシャツでしたときとは全然違う。
息を整えながら、芳明は止まっていた手を動かした。
「俺はいいよ」
「こんなにしておいて?」
笑って言いながら先端を挟むように指を小刻みに動かす。クチュクチュと水音がする。それを亀頭に馴染ませ、全体を手で包みこんだ。優しく扱く。カサがぶわっと膨らんで開いた。
芳明は唇を舐めた。
「……挿れる……?」
誘うような声色になったのは無意識だった。樫木は首を振った。
「それは駄目だ」
「どうして」
「歯止めが効かなくなる。それに道具もない」
「道具って?」
「例えば……ローションとか、ゴムとか」
全部いらないんだけど、と言いかけてやめた。頭に浮かんだのは、いつも男がしてくれていたこと。男は時間をかけて芳明の尻を舐めた。唾液と舌だけでそこを解していた。流石にそれを樫木にさせられない。
「じゃあ次。用意して、しようよ」
樫木の頬に手を添えた。顔をずらした樫木が手の平に口づけする。
「久世は酔ってる。酒と、香水の匂いに。素面になってもそう思うなら、そうしよう」
樫木らしい言葉だ。そして的を射ている。酒を飲んでいなければ、香水が手元になければ、樫木とこんなことはしていなかっただろう。発情して、自分に好意を寄せてくれている親切な友人を利用した。最低の人間だ。
「樫木が嫌じゃなかったら、俺はしたい」
そしてとことんズルイ。
樫木は答えなかった。芳明の肩口に顔を埋め、ほどなくして射精した。
朝のリビングは白い光に溢れて輝いて見えた。周囲に建造物がないとこんなにも明るいのかと感心しながら、洗顔と歯磨きを済ませてリビングに戻った芳明はキッチンに立つ樫木の隣に並んだ。
樫木はフライパンで卵とベーコンを焼いていた。食欲をそそる匂いがする。
芳明はこっそりと樫木のことを観察した。昨夜、あんなことになったせいで、もう以前のようには見られない。友人ではなく、男として意識してしまう
「パンとご飯、どっちがいい?」
ベーコンを裏返しながら、樫木がちらりと視線を寄越す。
「朝からそんなに食べないから、それだけでいい」
芳明はフライパンを指さして答えた。わかった、と頷く樫木は、芳明がリビングに戻って時からずっと笑顔だ。
「俺が昨日のこと謝りださないように予防線張ってる?」
「えっ?」
意表をつかれたように樫木は少し驚いて見せながら、少量のサラダが乗った皿にフライパンの中身を移し替えた。
「香水が似てるだけって嘘ついたこと。樫木の気持ちを聞いたのに利用したこと。あんなことに付き合わせたこと。俺が謝りださないように、わざと満足げな顔してんじゃないの?」
「そんな顔してたか?」
フライパンをコンロに置いて、樫木は自分の顔を撫でた。持ちあがっていた頬を下げる。ふっと芳明は皮肉に笑った。
「謝んないぜ、俺は。昨日言った通り、樫木が嫌じゃなかったら、続きをしたいと思ってるから」
「俺も気持ちは変わらない。素面の久世がそう思うなら、俺はそこに付け入ることにしたから」
そうきたか、と芳明は内心で苦笑した。開き直って攻めに転じたふりで、芳明の罪悪感を軽くしようとしてくれているのだろう。
素早く樫木にキスした。離れる前に腰に腕を回され、引きよせられた。朝から予定していなかった濃厚なキスになった。まだ微かに香水の匂いがする。ふと、芳明は思い出した。
「そういえば、彼女いるんだっけ」
香水は彼女からの誕生日プレゼントだと言っていたはずだ。
「今は……いない」
樫木はバツの悪そうな顔をした。
「誕生日プレゼントをもらったって」
「あれは嘘なんだ。香水をくれたのは前の従業員の子なんだ」
「なんでそんな嘘を?」
「見栄、かな。それに、久世を好きだって気付かれたくなかったから、そういうことにしておいた」
「ふん、だからコンドームも常備してないんだ」
「今度買っておくよ」
皿を両手に持つと、樫木は逃げるようにそれをテーブルへ運んだ。横を通りすぎる樫木の耳は赤くなっていた。芳明の頬は自然と緩んだ。
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