FC2ブログ

嘘 (4/7)

2016.08.01.Mon.
1話はこちら前話はこちら

 事が終わったあと、また二人でシャワーを浴びた。最初と違ってぞんざいな手つきではあったが、中原は俺の体をまた洗ってくれた。

「今回は店通してないし、初回割引ってことで、半額以下の5千円でいいよ」

 服を着た中原が右手を差し出す。俺は財布から出した千円札5枚をその手に乗せた。

「そのかわり、また指名よろしく。店に電話しにくかったら、直接俺に電話してくれてもいいし。その時はサービスするから」

 と、携帯の番号を書き殴った名刺を俺にくれた。

「店通さなきゃ駄目なんじゃないの」
「バレなきゃいい」

 悪戯っぽく笑う中原から、手元の名刺へ視線を落とした。これは必要ない。もう中原に会うつもりはない。ささやかながら復讐は果たせた。金を払いはしたが、中原を金で買った立場だと思うと惜しくはない。

「気が向いたら」
「他のボーイ買ってるの見つけたらぶっ殺すからな」
「客商売向いてないよ」
「これが俺の売りなんだよ。奇特な客が何回もリピートしてくれる」
「奇特って。自分で言うんだ」
「奇特は優れた人って褒め言葉なんだぜ。そんなことも知らねえのかよ」
「俺、高校中退だから」

 一瞬、中原の顔色が曇ったが、すぐ生意気そうな表情に戻って「だから馬鹿なのか」と笑った。お前のせいだよ、とネタ晴らしたらどんな反応を見せるだろう。興味を掻き立てられたが、すぐ落ち着いた。

 二人でホテルを出た。日が落ちて暗くなっていた。そのかわり、ホテルは照明がついて目立っていた。

 タクシーに乗って帰るというので、タクシーを拾いやすい広い通りまで一緒に向かった。自分の体から安っぽいボディソープの匂いがする。この匂いを中原と共有しているのだと思うと、今まで感じたことのない親近感を覚えた。

「祐樹はどのへんに住んでるの」
「ボーイのプライベートを聞きだすのはルール違反」
「そっか、そうなんだ。そうだよね」
「……なに、なんだよ、俺に惚れた?」
「そんなんじゃないけど」
「素直になれよ」
「ほんとに違うって」

 軽口を言い合っていたら空車のタクシーがやってきた。中原が手をあげて、それを止める。

 車に乗り込んだ中原が「じゃあな――」と俺の名前を言って手を振っている。見えなくなるまで、茫然とタクシーを見送った。


 ※ ※ ※


「お待たせし――」

 と、ピザの匂いに包まれた男の顔が、俺たちを見て凍り付いた。客の男への苛立ちと、セックスを見せつける羞恥心が爆発しそうになる。でもそれはスイッチを切ったみたいに治まった。

 ピザ屋の男の顔には見覚えのあった。記憶が揺さぶられ、目の前も揺れた。

 すぐに誰だか思い出し、心臓が止まるかと思った。男は今井という、高校一年の時、短い期間同級生だった男だ。

 思い出すと同時に罪悪感で心臓がきゅうと締め付けられた。まさかこんな場所、こんな場面で再会するなんて。どんな神様の悪戯だろう。

 今井は高校一年のときに同じクラスだった。俺の悪い癖で、つい、周りの連中をいじり倒していたら不登校になって、挙句退学していった奴だ。

 さすがに悪いと思った。周りからは俺のせいだと無言の圧力も感じた。針の筵だった。俺のほうこそ登校拒否をしたくなった。

 ちょっとからかわれたくらいで学校に来なるなるなんて、今井のメンタルも弱すぎる。そう開き直って意地でも学校には通った。

 最初は無言で攻めて来た奴らも、時が経てば今井がいないことが当たり前になって、数ヶ月後には存在も忘れたような顔で過ごしていやがった。

 あいつどうしてるかな、と俺はたまに思い出していたのに。どっちのほうが薄情なんだ。

 俺は嫌いな奴はいじらない。構わない。正直に言うと、今井のことは、かなり気に入っていた。好きだった。だからこそ、中退したと知った時は落ち込んだ。自分を責めた。家まで謝りに行こうかと真剣に考えた。俺のキャラじゃない、と行動しなかったことは、卒業が近づいてきた頃になって無意味なことだったと後悔した。

 今井の陰気な感じが好きだった。閉じこもった殻をこじ開けたい欲求を常に感じていた。愛情の裏返しで今井にはしつこいくらい絡んだ。昔からそうだった。

 口も態度も悪くて人に好かれたことがない。好きになった奴には特に嫌われた。そういう性格だったからだ。直したくても直せなかった。気を付けようとしても、思いと裏腹な悪い言葉が出てしまうのだ。

 誰ともまともな人間関係を築けないまま高校を卒業し、趣味と実用をかねてウリ専の仕事を始めた。まさか、今井と再会するきっかけになるとは。

 あの日俺を買った客は露出のけもある悪趣味な奴で、今までもきわどいプレイは何度かあった。Tバックを穿かされ宅急便の受け取りをさせられたり、ベランダで犯されたりと、よく通報されなかったものだと思う。

 エスカレートした男の要求は、ピザの宅配員にセックスを見せつけることだった。嫌だと拒否すれば金は倍払うと言われ、もうどうにでもなれ、と男と繋がったままピザを受け取りに玄関に出た。

 そうしたら、今井が立っていたのだ。

 今井が俺に気付いているかわからなかった。出来れば気付かれたくない状況でもあったから、俺はただの変態になりきることに集中して、その場をなんとかやり過ごした。

 次、マンションの太った男に買われた時、またピザを頼んでくれないかと密かに願ったが、その日は趣味の悪いシースルーの服に着替えさせられ、その格好のままセックスして終わった。

 ならば自分で注文しようと店の番号を調べた。でも電話をする勇気はなかった。今井が来るとは限らないし、来たとしても、自分の望みが何なのかはっきりしなかったからだ。

 気付かれたいのか、気付かれたくないのか。気付かれたとしても、あの時は悪かったと素直に謝れる自信はない。ただ、もう一度顔を見てみたい。それだけ。

 そんな願望に頭を支配されていたある日、またマンションの男に呼び出された。今日は俺からピザの配達を頼んでみようか、そう考えながら、マンションに向かったら。そこに今井がいた。

 恥ずかしかった。あんなに会いたいと思っていたのに、いざ、そこに現れると、恥ずかしさと、申し訳なさと、恐ろしさから顔を俯けて素通りした。

 そしたら、今井の方から「あの」と声をかけてきた。さらに脈拍が早くなるのを感じた。まともに顔を見られなくて最小限の動作だけで今井のほうを向いた。

 ダサい私服で、陰気な雰囲気は相変らずだった。それがわかって俺は昔みたいにときめいた。ゲイ仲間や店のスタッフから、俺の男の趣味はかわってると言われ続けて来た。箸にも棒にもかからないような男ばかりを好きになる、と。ライバルもいないのに、俺の口の悪さと態度の悪さもあって、成就したことは一度もない。

 今井は俺に、マンションの男は他に男がいると教えてきた。その意図がわからなかった。俺に気付いているのかも、表情や態度からはわからなかった。

 俺は自分がウリ専ボーイであることを明かした。あの太った客と恋人だと思われたくないのと、わざわざこんなことを言ってくるってことは、少なからずの興味があると踏んでのことだ。そこに一縷の望みをかけ、今井に名刺を渡した。

 客とセックスして、マンションを出たら、なんと今井が待ち伏せしていた。心臓が歓喜の発作を起こしそうになった。逃がしちゃ駄目だと思った。なにがなんでも今日、ヤッてしまおう、と。

 商売ではあるが、生まれて初めて、好きな男とセックスできるかもしれないのだ。俺の焦りは相当なものだった。今井に気付かれないよう、悟られないようにしていたら、いつも以上に口が動いて今井を罵ってしまった。

 俺の口の悪さに怒りだす客もいる。今井は耐えていた。男を買う経験なんて初めてだから、今回の勢いに乗ってしまおうと我慢していたのだと思う。

 ホテルに入ればこっちのものだった。手短に説明をして、一緒に風呂に入って、自分のペースに持っていくことで緊張を解した。普段通りに振る舞えばいい。相手は今井。神様からのプレゼントだ。これはご褒美なのだから、ぞんぶんに楽しめばいい。




関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Jさま

ご指摘ありがとうございます!修正しておきました。
本当にありがとうございました。とても助かります!

管理者にだけ表示を許可する