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嘘 (2/7)

2016.07.30.Sat.
<前話はこちら>

 エントランスに先回りした。中原がやってくる。俺に気付くとさらに顔を俯けて、中原はエレベーターの前に立った。ボタンを押したあと、微動だにせず、待っている。

 俺は後ろからまじまじと中原を見た。半袖のシャツから伸びる腕はほっそりしていて、シャツの余った腰まわりも、ベルトがなければジーンズは落っこちてしまいそうだ。

 こんなに細かったっけ。俺より背は高くてがっしりしているイメージだった。苦手意識が、そういう風に記憶を作り替えてしまったのかもしれない。

「あの」

 声をかけると、中原は首を少しだけ動かして、振り向く動作を見せた。でもまだ顔は見えない。

「この前は、どうも」

 さらに言葉をかけ続けると、やっとこちらに顔を向けた。肩越しに目が合う。

「××ピザの……、配達に……」
「……ああ」

 不機嫌そうな低い声が、中原の口から聞こえた。この前も、今も、中原が俺だと気付いた様子はない。高1のわずかな期間一緒にいただけのクラスメートなんて、こいつが覚えているはずもないのだ。

「今日はチラシのポスティングに。またご利用お願いします」

 ここにいる不自然さをごまかすために嘘をつく。中原は軽く頷いた。

「あの人は彼氏、ですか」
「関係ねえだろ」

 鋭い声が発せられた。一応、あれが恥ずかしい咎められる行為だと自覚はあるようだ。

「ああいうの見たの、初めてで。びっくりしました」
「あっっっそ」

 不機嫌さを隠さない、適当で吐き捨てるような相槌。

「このへん、配達エリアだから、よく通るんですけど……、余計なお世話だと思うんですけど、あの人、あの……あなたの、彼氏? 他に男がいるみたいですよ。若くて、ちょっとかっこいい系の子といるの、何度か見ました」

 喋っている途中で、頬が持ちあがるのを止められなかった。自然と湧きあがってくる笑みを抑えきれず、最後は完全な笑顔になっていた。

 言った言葉は本当だ。このあたりをウロついている時にあのデブの部屋を訪れる男が何人かいることに気付いた。みんな、中原のような見た目。あのデブのタイプらしい。中原もその一人。あんなに恥ずかしい真似をしているくせに、結局は、何股のうちの一人でしかない。

 中原はどんな反応をするだろう。嫉妬に怒り狂う? それを期待していたのに、中原は「ハッ」と笑い飛ばした。

「それが? お前、なんか勘違いしてるみたいだけど、俺、あいつと付き合ってねえから。金もらってヤッてるだけだから。余計なお世話」

 顔の半分をこちらに見せてせせら笑う。

「えっ、金……」
「売り専のボーイ。って意味わかる? ゲイの風俗。デリヘルの男版。今日も客に家呼ばれたから来てるだけ」

 中原はボディバッグを前に回すと、なかに手を入れてゴソゴソやりながら、こちらに近づいてきた。目の前で立ち止まったと思ったら、小さなカードを俺の鼻先に突き出した。

「興味あんなら、指名お願いしまーす」

 馬鹿にしたような軽い口調。わけがわからないまま、それを受け取った。中原はくるりと背を向けると、到着したエレベターに乗り込み、俺に手を振って上へと消えて行った。

 咄嗟に受け取ってしまったカードを見る。なんてことはない、ただの名刺だった。『出張対応ウリ専 ボーイミーツボーイ 祐樹』と電話番号だけが書いてある。

 中原はウリ専のボーイ。お金をもらってゲイとセックスしている。そんな世界や人達がいることは知ってはいるが、まさかあの、中原が。

 しかしこれで納得だ。あのモテそうにないデブがとっかえひっかえ若い男を家に呼び付けているのが不思議だった。他の男たちもお金で買われたボーイなのだろう。

 中原に一矢報いることが出来たと勘違いした高揚はすっかり萎れた。次なる復讐の手段を考え始めた。名刺を手に入れた瞬間から、もう、これしかないような気がしていた。

 60~90分程度で中原は出て来るだろうと思って、当初の予定通り本屋へ行って文庫本を一冊購入した。ファストフード店で文庫を読みながら時間を潰し、入れ違いになると嫌なので少し早めにマンションに戻った。

 マンションの周りをグルグル歩いていたら、中原がエントランスから出て来た。俺に気付かず、駅のほうへ歩いて行く。追いかけて、声をかけた。

「あのっ」

 振り返った中原はさっきの俺だとわかると、呆れたような笑い方をした。

「え、さっそく? 相当溜まってんなぁ」

 出て来るまで待っていた理由を中原は察したようだった。

「初めてなんで、ど、どうしたらいいか、わかんないんですけど」
「ほんとなら店通さなきゃなんないんだけど、今日は俺、直帰選んでるから、このままでいーよ。そのかわり、絶対店に内緒にしとけよ。とりあえず、ホテル探すか。こっから一番近いホテルってどこよ」
「えっ、ホテ……えっ、えーっと」
「配達まわって詳しいんじゃねえのかよ。使えねえなぁ。あんたの家でもいいけど?」
「ホテル、あります! ちょっと遠いですけどっ」
「じゃあ、案内よろしく」

 こっちです、と今更敬語を崩せないまま、幹線道路に近いホテルへと中原を連れて向かった。

「名前。俺は祐樹。おたくは?」
「あっ、俺、い……い、伊藤です」

 本当は今井だが嘘をついた。本名を名乗ったって中原が俺を思い出すとは思えなかったが、どうせなら知らせないまま、俺の方が優位だと安心したかった。

「伊藤、ね。苗字かよ」
「え、あ、下の名前?! 」
「どっちでもいいよ。で、まだ? 遠いんならタクシーで行こうぜ」
「もうすぐ、だから」

 タクシーで男二人、ラブホテルに乗りつけるのか? そんな恥ずかしい真似俺にはできない。それが出来るくらい、中原の羞恥心はすり減っているのだろう。ピザの配達スタッフに、事の最中を見せつけるくらいなのだから。

 中原に容赦ない文句を言われながら十分後にやっとホテルに到着した。夕方近いが、外はまだまだ明るい。躊躇する俺とは正反対に、中原は颯爽とホテルのなかに入って、慣れた様子で部屋を選んでしまった。

「男同士でも入れるんですね」
「文句言われたら、俺は女だって逆切れすりゃいい」

 確かにそう言われたら引っ込むしかないかもしれない。俺も客商売をしているから、そのあたりの難しさはわかる。

 部屋の中に入ると、効きすぎた冷房の肌寒さと、空気の乾燥が気になった。絞られた照明、外の言えない窓、閉鎖的な空間で息がつまる。

 中原は何も気にならないのかソファに腰をおろして足を組んだ。

「60分、90分、120分。時間はどれにする?」
「え、あ、えーっと、どんなコースがあるんですか」
「今回初めてだから、伊藤ちゃんの要望から聞くわ。どうして欲しい? なにがしたい?」
「なにが……」

 中原に屈辱を与えられるなら、なんだっていい。とりあえず、

「く、口……フェラを……」
「オッケー。じゃまず、シャワー浴びるか」

 ソファから腰をあげた中原に手招きされる。

「えっ、俺も? 一緒に?!」
「お前のムレムレになったきったねえちんこしゃぶらせる気かよ」
「そんなつもりは!」

 否定してから、そのほうが中原にダメージを与えられると気付いたが、もう遅かった。

「じゃ、来い。俺が脱がせてやろーか?」

 と、中原は俺の胸倉を掴んだ。終始中原のペースだ。これじゃ駄目だ。俺が主導権を握らなくては。

 中原の手を振り払って自分で服を脱いだ。それを見た中原もニヤッとして服を脱ぎ棄てた。全裸になって二人で浴室に入る。

 そういうマニュアルなのだろう。中原が俺の体を丁寧に、隅々まで洗ってくれた。貧相な体だとか、短小で早漏そうだとか、ここでも言いたい放題コケ下ろしてくれたが、体を撫でる泡だらけの手は優しくて、いやらしくて、からかうように乳首やペニスを触られると、ドッドッと心臓が高鳴って、たまらない気分になった。

「そーいえば、伊藤ちゃん、何歳?」
「あ、21」
「俺とタメじゃん」

 タメどころか、一時期、同じ高校に通ってたんだよ。偽名を名乗ったせいもあるだろうが、俺が元クラスメートだと気付く様子は微塵もない。

「もうちょっと待ってな」

 中原は勃起した俺のペニスに話しかけると、自分の体を洗い出した。中原も勃起していた。浴槽の縁に片足を乗せ、俺に見せつけるように尻の穴に指を入れてそこも綺麗にした。

 そこは使わない。と、思っても、口に出しては言えなかった。荒々しい鼓動が、のどに蓋をしてしまっていたのだ。




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