FC2ブログ

行きつく先は(4/5)

2016.07.12.Tue.
<前話はこちら>

 毎日電話してその日一日の行動を報告することを強制された。休みの日にはデート。たまに泊まることも強要された。「やっぱり女には興味がないの?」と一緒に入ったベッドの中で体を触られたこともある。ピクリとも反応しない俺を揶揄するように弄ぶのだ。

 監視のためなのか、花井さんは抜き打ちで病院や自宅へやってくることもあった。だからいつも気が落ち着かない。似たような背格好の女を見るだけでギクリと心臓が縮み上がり動悸が激しくなった。

 あの女から逃れたい。でも逃れられる場所がない。毎日が地獄のようだ。

 眠れなくなり、思考力も低下し、食欲も落ち、体重も減った。病院のナースから心配されるほどに変わってしまったらしい。

 今日も日課の花井さんへの報告を済ませると、職場の同僚に出してもらった睡眠薬を酒で飲みこんだ。眠れても花井さんが出て来る恐ろしい夢ばかり見る。寝ても覚めても、地獄のような毎日だ。

 缶ビールを2本空けた頃に電話が鳴った。見ると菱川くんからだ。これで何度目だろう。

 街中で偶然会ったあの日から、菱川くんから何度か電話をもらっていたが無視を続けていた。会った時に携帯電話のチェックも当然のようにされるから、彼との通話の記録は残せない。

 メールは毎日来ている。

 連絡がないことを心配する内容。電話に出てください。声を聞かせて。怒ってるんですか? 説明してください。無視は辛いです。
 そんな文面に「いまは仕事で忙しい」とだけ返し、花井さんに読まれる前に削除していた。

 今日も呼び出し音が止まったあと、菱川くんはメールを送って来た。

『マンションの前にいます。会えるまで、待ってます』

 ぎょっとしてベランダへ走った。下の往来は遠い上に暗くてよく見えない。どこかに菱川くんがいるのかと目を凝らしてみると、外灯の下で手を振る人影があった。

『帰ってくれ』

 とメールを送った。

『会えるまで帰りません』

 頑固な返事が来た。

 花井さんへの報告は済ませた。こんな時間だし、いきなりやってくることはないだろう。少しくらいなら、菱川くんと会ってもバレないはず。そんなことを思いながら、『じゃあ少しだけ。入ってきて』と焦る指先で打った。

 少ししてインターフォンが鳴る。モニターに映る菱川くんを見つめながらオートロックを解除した。菱川くんが来る前に部屋を片付けた。もう寝るつもりだったから寝間着も着替えた。鏡の前で髪の毛をチェックしていたら、玄関チャイムが鳴った。

 菱川くんを出迎えるために玄関へ向かう。開いたドアから菱川くんが現れた。偶然会ったあの日から3週間ほどしか経っていないのに、3ヶ月離れていたような感覚で緊張する。

 中に足を踏み入れた菱川くんが正面から見つめて来る。

「少し、痩せましたか?」
「最近、忙しくて」
「僕の電話に出られないほど?」

 優しい口調で責められる。口元に笑みは浮かんではいるが、凄く寂しげで悲しげな目をしていた。

「やっと会ってくれましたね」

 俺の手を取って呟いた。

「すまない。時間がなくて」
「花井さんって人と会ってるからですか?」

 菱川くんは誤解をしている。でも間違ってもいない。現に休みの日は花井さんと会っている。

「これには事情があるんだ」
「結婚するんですか?」
「したくない」
「でも、話、進んでるんですよね?」
「勝手に進められてるんだ。俺の希望じゃない」
「前に早瀬さん、言ってましたよね。やむにやまれぬ状況になったら結婚するかもしれないって。いまがそうなんですか?」

 言葉に詰まった。確かにそういう状況なのかもしれない。弱みを握られ、逃げられない状況で結婚を迫られている。逃げれば身の破滅、他に選択肢は残されていない。

 俺が黙り込んだのを肯定と取ったようで、菱川くんは横を向いてため息をついた。

「結婚して欲しくないけど、そこまで僕がわがままを言っていいのかわからないです。だって早瀬さんの人生だから。僕はまだ差別だの世間体だの実感がないけど、早瀬さんの言うこともわからなくもないし」

 力の抜けていく菱川くんの手が不安になって強く握り返した。

「あの人とは付き合ってると思っていいんですか?」

 俺のほうを向いて、菱川くんは言った。痛いくらいまっすぐな目だ。首を横に振った。

「じゃあ、結婚はしないんですか?」

 返答に困り俯いた。そこへまた長い溜息が降りて来る。

「やっぱりそういうの、僕には理解できないです。相手の人にも失礼だと思うし。好きでもない人と結婚するなんて正しいことだと思えません」

 今回はその相手から脅迫という手段で結婚を迫られているんだ。拒めば人生をめちゃくちゃにされる。だから言う通りにするほかない。

「空気読めなくてすみませんでした。早瀬さんはこのままフェードアウトするつもりだったんでしょ? それなのに何度も電話したり、会いに来たりしてすみません。もう電話もメールもしません。これで終わりにします」
「えっ」

 手を離されて顔をあげた。

「これで、終わり……?」
「はい。早瀬さんが結婚するのに、付き纏うわけにはいきませんから」
「結婚なんか……したくない……」
「決断するのは僕じゃなく、早瀬さんだと思います。どっちも手に入れるなんて、無理なことだと思うから。できればちゃんと早瀬さんの口から聞きたかったです。あんな形で知らされるんじゃなく」

 つらそうな顔で言うと、菱川くんは踵を返し、部屋を出て行ってしまった。




関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する