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電話が鳴る(6/7)

2016.07.03.Sun.
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 翌朝、セットしていたアラームの音で目を覚ました。起き上がった途端酷い頭痛に顔を顰めた。もぞもぞと体を起こした友引も同じようでこめかみを押さえながら呻いていた。

 這うようにベッドを出て、散らかったままのリビングは視界に入れないよう洗面所へ移動し、歯を磨いて顔を洗った。少し覚醒した頭でキッチンへ行って、とりあえず二人分のコーヒーを淹れた。

 熱くて苦い液体を胃に流し込みながら、昨夜の記憶を辿ってみる。池田が外泊したこと。それを友引に愚痴ったこと。卒業から昨日までのあらましを打ち明けたこと。ほんの少し、心が軽くなっていた。

 気だるげにコーヒーを飲んだ友引と一緒に家を出た。歩きたくないとごねる友引をつれて駅へ向かい、そこで別れた。満員電車に乗ったら確実に具合が悪くなる、と友引はタクシーで仕事場へ向かった。

 頭痛は昼に飲んだ二度目の鎮痛剤がようやく効いて治まった。全身のだるさは最後までなくならないまま退社時刻になり、残業をする元気もなく、仕事を持ちかえることにして帰宅した。

 食欲はわかなかったが、あっさりしたものをとスーパーの惣菜コーナーで寿司をカゴに入れた。池田の顔が浮かんだ。あいつは今夜、どうするつもりだろう。食べて来るのか、うちで食べるつもりなのか。

 連絡が一切ないから、きっと食べてくるつもりだと決めつけて、一人分の食料をレジで精算した。

 マンションのエレベーターを待ちながら、重たい瞼を瞬かせる。食べるより先に少し眠りたい。ベッドが恋しい。寝転んだらすぐに寝てしまえそうだ。

 目を閉じて立っていたら、「いま帰り?」と聞き慣れた声がした。振り返ると、リュックを肩に担いだ池田が近寄ってくる。

「そっちも?」

 意外に早かったな、という言葉は飲みこんだ。

「夕飯は?」

 俺は無言でスーパーの袋を広げてみせた。それを覗きこんで、「蕎麦をもらったから茹でるよ」と俺に笑いかけて来る。なんとも清々しい笑顔。

 到着したエレベーターに二人で乗り込んだ。蕎麦をもらったって、誰からもらったのか、俺が聞きださなきゃいけないのか? どうせ彼女だろ? わかりきった答えを、どうしてわざわざ聞かなきゃいけないんだ。

 反発してあえてスルーした。焦れたのか、池田が俺を見上げる。

「具合悪そうだな」

 恋人ができたと打ち明けるタイミングを探るために、まずは当たり障りない会話をしようって魂胆か。

「少し飲み過ぎた」

 ああ、って納得したように言うと、池田は扉の開いたエレベーターからおりた。通路を歩いて部屋の前で立ち止まり、合鍵を使って鍵をあけ、先に中に入っていった。俺はその後ろをついて部屋に入った。

 部屋に残る酒臭さで、片付けていなかったことを思い出した。肩のリュックをおろした池田が、散らかった部屋を見渡したあと、テーブルの空き缶や皿を片付け始めた。

「いいよ、俺がやる」

 怒りに似た意地からそう言って、池田の手から皿を奪い取った。呆気にとられた顔をする池田から目を逸らし、皿と空き缶を流しへ運ぶ。池田はテーブルの上のゴミを集めてゴミ箱へ入れていた。他のゴミを探す目が、隣の俺の部屋へ行きついて止まった。

 磨りガラス風の間仕切り引き戸は開けっ放しで、朝、抜け出したままの乱れたベッドが丸見えだった。一緒に寝はしたが友引と何かあったわけじゃないのに、生々しいものを見られた気がして恥ずかしさからカッと顔が熱くなった。

 洗い物を放って、濡れた手のまま引き戸を閉めた。

「片づけは俺がやるから池田は蕎麦作ってよ」
「わかった。……これは、北村のじゃないよな?」

 と持ち上げた池田の手には、昨夜飲んでる最中に友引が外したネクタイが握られていた。

「それっ……友達の……、忘れ物。飲んでる時に外して、置いてっちゃったんだな」

 池田からネクタイを受け取り、置き場所に困ってポケットに捻じ込んだ。そんな雑に扱っていいのか? という目で池田が俺を見る。

「早く、蕎麦。お腹すいた」

 池田の背中をキッチンへ押しやった。そちらへ足を踏み出した池田が、ふと振り返って、

「一緒に飲んだ相手って、北村の恋人?」

 なんて言い出した。頭のてっぺんから何かが噴き出しそうになった。

 池田は俺がホモだと思っている。あの告白が、行き過ぎた友情だったという俺の誤魔化しも通用していなかった。卒業式の日から今日に至るまで、徹頭徹尾、池田は俺のことをホモだと思っていたわけだ。

 許せない、顔も見たくない、失せろと言うほど毛嫌いしていたくせに。世間話するみたいに、俺が男と付き合って当然って口調で、いきなり、土足で。

 自分が女と一晩過ごして幸せだからホモにも寛容になれたって? 次には「お前にも幸せになってもらいたい」とか言い出すのか? 冗談じゃない。俺がホモだとわかってるなら、あの告白の意味だってわかっているだろうに。ここまで池田にお節介を焼いたのも、単なる友情だけじゃないと気付いているはずだろうに。

 ホモに対して免疫が出来たから? 俺に借金肩代わりの恩義があるから? だから自分へ向けられる好意も気付かないふりで許容しつつ、俺が男とデキることにも理解を示してくれるって? ああ、そうか、自分に向けられる矢印を他の男へなすりつけたいわけか。そういうことか。

 俺は息を吐きだした。ゆっくり、長く。そして、

「池田に関係ないだろ」

 不愉快な笑顔を池田に向ける。それを見た池田の口元が引き絞められた。悲しそうにも見える目で俺を見つめたあと、「ごめん」と前に向き直ってキッチンに立った。

 水の流れる音を聞きながら、俺は部屋の片づけを始めた。言った言葉を後悔した。だけど、触れられたくないと意思表示しておかないと、幸せのお裾分けという池田のお節介は止まらないだろう。

 好かれてると知ってる男から、彼氏を作れと急かされる。残酷すぎる仕打ちだ。次そんなことを言ってきたら、お前のことが好きだと言ってやるぞと決めて部屋の片づけを終えた。

 見計らったように池田がテーブルに箸を並べる。

「もう少しでできるから」

 とまたキッチンに引っ込んで鍋をかき回したあと、そばつゆの入ったお椀を二つ置いて、またキッチンへ戻った。俺はスーパーで買った寿司の蓋をあけ、テーブルの真ん中に置いた。

 手持無沙汰になり、冷蔵庫から酎ハイを二本出した。

「まだ飲むのか?」

 ザルに麺をあげながら池田がからかうように言う。飲むよ、と返して蕎麦が出来上がるのをリビングで待った。

 蕎麦を盛った皿をもって池田もやってきた。いただきます、と蕎麦に手を伸ばす。コシがあって蕎麦の風味が口に広がる。たまに駅で食べる立ち食いとは大違いだ。

「おいしいだろ?」

 俺の表情を見ていた池田が得意げに言った。

「おいしい」
「前の奥さんの実家が長野なんだ。たくさんあるから、持って帰ってって」

 長野と言えば信州そば。だからこんなにうまいのか。じゃなくて。

「元嫁に会ってたのか?」
「子供にも会って来た。もう小学/生になる」

 ズズ、と蕎麦を啜って、池田は「うまい」と頷いた。

「泊まりで?」
「たぶん、もう会えなくなりそうだから、最後にちゃんと時間取りたかったんだ。小学校に入る前に、再婚するつもりらしい。少し前に電話してきて、そういう事情だから離婚届けを送って欲しいって言われた」
「離婚してなかったのか?!」

 驚いて大きな声が出た。

「あの頃俺は妻子を養える状態じゃなかったけど、いつか治るかもしれないから、いますぐ決断する必要はないだろうって、向こうの親御さんが。娘の戸籍にバツをつけたい親なんていないよ」

 池田も一人の親の顔になって優しい笑みを浮かべた。そして何もなかったかのようにまた蕎麦を啜る。

 この二連休、池田は嫁と、子供に会っていた。しかも、離婚届けを持参して。この先よほどのことがない限り、子供には会えなくなると、そんな覚悟と共に。

 たしかに女には違いないが、勝手に恋人だと早合点した。友引に愚痴って、池田はもうすぐ出て行くと悲嘆して、自分が誰よりも不幸になった気になって池田に八つ当たりしたりして。

 振り返りたくない自分の愚かさが走馬灯のように脳裏を走り抜ける。居心地が悪い。

 先に蕎麦を食べ終わった池田は、自分の皿を片付けると、床に置いていたリュックを開け、中から封筒を取り出した。

「残りの借金、これで足りると思う」

 テーブルに置かれた封筒を見、池田へ視線を戻した。

「えっ」
「どうしようもなかった俺を助けてくれて本当に感謝してる。こんな俺を信じて大金を貸してくれたことは一生忘れない。本当にありがとう」

 何も言えずに茫然となる俺へ深々と頭を下げた。次に頭を上げた時、池田は重荷をおろしたような晴れやかな笑顔だった。

「これでやっと、全部のけじめがついた」

 妻と正式な離婚。子供との最後の触れ合い。俺への借金返済。確かにすべてにけじめがついた。

「そんなに急いで返してくれなくてもいいのに」
「早く返したかったんだ。貯金はゼロになったけど」

 池田は両手を広げて肩をすくめてみせた。お金は働けばまた入る。正社員になれば収入も増える。

「いつまでも北村に甘えてるわけにはいかないから、出来るだけ早く、ここを出るようにする。貯金使い果たしたからもう少し居候させてもらいたいんだけど、いいかな」
「いいに決まってる。最初は最低3年は一緒に住むつもりだったんだから」
「そんなにはかからないよ」

 苦笑した池田は、リュックを肩にかつぐと、「先に風呂入っていいか?」と聞いてきた。頷いたら、一度自分の部屋に戻ってから、池田は風呂に入った。

 小さく聞こえるシャワーを音を聞きながら、感動の薄れた残りの蕎麦を啜った。

 借金も全額返済され、新たな借金もなく、俺の監視下に置いておく必要がないほど池田も元気だし、引き留める理由が俺にはなにもない。もうここで一緒に住む必要はなくなった。女の影は俺の勘違いだったが、池田がここを出て行く予感は正しかった。




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