FC2ブログ

電話が鳴る(1/7)

2016.06.28.Tue.
※ド健全。エロなし。

 好きになんかなるんじゃなかった。好きになったのがそもそもの間違いだった。

 高校の時に好きな人がいた。告白ってかなりハードルの高い行為だ。しかもそいつは俺と同じ男だったから、ハードルなんてかわいいもんじゃなくてもう網走刑務所の壁くらいに高かった。だけど泣けちゃうくらいにそいつのことが好きだったから、思い切って卒業式に告白した。

「ずっと、池田のこと好きだった」

 気になる池田の反応はというと、静止画みたいにしばらく固まったあと、

「ずっと俺に黙ってたのが許せない。友達面しながらほんとは下心があったってことだよな。正直もう顔も見たくない。っていうか失せろよ」

 声を荒げるでもなく、無表情に近い能面顔で、淡々とした口調で言われてちびるかと思った。

 ハートブレイク。心臓が粉々になった痛みで泣きそうになりながら「ごめん。でも最後に俺の気持ち伝えたくて」って言い訳しようとしたら「それお前の自己満足だろ。親友がホモで、自分に下心抱いてたって知らされた俺の気持ち考えたことある?」って正論返されて、俺のハートは微粒子レベルにまで粉砕された。

 あとはもう尻尾巻いて逃げた。そりゃもう脱兎のごとく。卒業式だったのが不幸中の幸い。明日も学校なんて状況だったら俺は間違いなく不登校になってた。最悪死んでた。

 しかし人間は意外にタフで、粉々に砕け散ったハートも2、3か月もすれば見た目はともかく形だけはなんとか修復されて、俺は普通に大学生活を送っていた。

 そんなある日。大学生活も三年目に入ったある夜、俺は夢を見てうなされていた。卒業式のあの日の悪夢。俺が池田にこっぴどく振られて、しかも軽蔑されて、顔も見たくないって絶交宣言されたあの日の悪夢に、寝汗びっしょりになって目を覚ました。

 あの日のことは完全にトラウマになり度々夢で見ていたのだが、あの日のこれは、偶然とは思えない運命のめぐり合わせみたいなものがあった。虫の知らせ的な。

 ベッドから起きあがって時間をみたら午前4時42分。発作みたいにドッドッと高鳴る心臓を落ち着かせながら、長く長く息を吐きだしていたら、突然電話が鳴った。

 夜中の4時42分に。知らない番号から。リンリンと。実際には音楽が流れたんだけども。

 普段ならそんな時間に知らない番号から電話かかってきたら怖くて出ない。留守電に残されたメッセージを聞いてから緊急だと判断すればかけ直す。

 だけど、この日はなぜか出ようという気になった。あとになってこの電話にさえ出なければと思ったこともあった。だけど、さらにあとになって池田からこの日の話を聞いた時は、自分の判断は間違っていなかったと安心した。そのくらい実は重要な電話だった。

 ほとんど引きよせられるように、通話ボタンを押して「はい」って出てみたら。

『北村?』

 悪夢の続きかと思った。俺はまだ目が覚めていないんだと。

「誰?」

 声の主がわかっていながら震える声で誰何した。

『俺。池田』

 ベッドの底が抜けて奈落へ落ちるような感覚がした。全身から血の毛が引いた。池田の夢を見た直後に、池田からの電話。夢に違いない。

「どうした、こんな時間に」
『うん。携帯のアドレス整理してたら、お前の名前見つけて。懐かしくなってかけてみた』

 平然と。なに食わぬ顔して(見えないけど)。ぬけぬけと。しゃあしゃあと。あの日のやり取りなんかなかったみたいな口調で池田は言った。

「あ……そう」
『うん。じゃあな』

 いきなり午前4時42分に電話をかけてきた池田は4時43分には一方的に電話を切った。なんだったんだ。

 俺の手は震えていた。携帯を持つ手に力が入らなかった。数十分、ベッドの上で反芻していた。脳にこだまする池田の声。夢でなくてなんであろうか。

 気付くともう6時前になっていた。立ち上がると足がふらついた。膝に力が入らなかった。俺の初恋。俺のトラウマ。継ぎはぎだらけの心臓がキシキシと悲鳴を軋ませる。

 シャワーを浴びた後もう一度確認したが、着信履歴には4時42分に登録されていない番号からの着信が記録されていた。その日以降何度もそれを確認したが、11桁の数字が消えることはなかった。何度も見過ぎたせいで番号を覚えてしまった。



 その番号から再び電話がかかってきたのは、大学を卒業して社会人1年目の秋だった。最初は仕事関係の電話かと思ったが、見覚えのあることに気付いて池田の番号だと思い出した。

 出るか迷った。まだ心臓が苦しくなった。あんな酷い別れ方をしたのになぜ池田は電話をかけてくるのかさっぱりわからなかった。もう怒っていないということなのだろうか。こっちは電話番号を見ただけで動悸が激しくなるほどまだ引きずっているのに。

 迷ったすえに結局電話には出た。

『俺、池田だけど』

 感情の起伏が窺えない平坦な声。心拍数50くらいの強心臓な声。俺のほうは心臓が破裂しそうだ。

「どうした?」
『旅行行ったんだけど』
「……あ、うん」
『土産買って来た』
「……えっ、俺に?」
『渡したいんだけど』

 渡す?! ということは会うということか?! 電話でもこんなに手汗が凄いのに直接会ったらどうなることか。

「あ、ありがと……でも、いま仕事忙しくて時間が、ちょっと、なかなか……」
『仕事ってなに?』
「あ、不動産関係……」
『へぇ、凄い』

 これほど無味乾燥した「凄い」を初めて聞いた。

「だから土産はまた……落ち着いた頃に……」
『わかった。じゃあ』

 あっさり引き下がると同時に池田はこれまた一方的に話を切りあげた。

 この時の俺はただ池田からの電話に焦りまくっていて電話の内容や池田の様子にまで気が回らなかった。少しでも冷静であれば、いきなり旅行に行ったから土産を渡したいと言い出した池田のことを、午前4時に電話してきた以前のことも合わせて訝しんでいただろう。

 冷静すぎる声についても、この時充分、違和感を感じるほどだったのに。



 3度目に池田から電話がかかってきたのは1年後だった。自宅で資料作りに追われていた夜、例の番号から電話がかかってきた。

 3度目ともなれば多少心に余裕も出来て、むしろ、この忙しい時に、と怒りさえ抱いた。だけど無視するという選択肢はなぜかなく、俺は電話にでた。

『俺。池田』

 わかってるよ、と心の中で答えつつ、

「久し振り」

 と返せる自分に感動した。トラウマを克服できるかもしれない、そんな可能性を感じた。

『ごめん。北村にあげる土産、なくした』

 最初意味がわからなかった。少しして、1年前の旅行に行った時の土産の話だと思い出した。会うことを避けて有耶無耶にしたまま1年を過ごすうちにそんな話も忘れていた。

「あ、いいよ。そんな。俺も忙しくて連絡できなかったし」

 たとえ暇で売るほど時間があったとしても、自分から池田に電話をする勇気はまだない。会うなんて以ての外。

『それだけ。じゃあ』
「えっ、あっ」

 毎度のことだが、今回も池田は短いやり取りを終えるとすぐさま電話を切った。この時やっと俺は池田の態度に違和感を覚えた。



 また1年が経った頃に4度目の着信があった。

『結婚するから』

 午前零時を少し過ぎた時間に、俺はかつての親友であり、初恋の相手でもあり、たまに見る悪夢の原因でもある池田からそんな事実を伝えられた。

「……お、おめでとう」

 不意を突かれて返事が遅れた。それを、まだ池田のことが好きだからショックで返事が出来なかったと思われたらまた池田に気持ち悪がられて嫌われて罵られると焦った俺は、

「わ、びっくりした! 急に! 結婚?! 凄いな! 相手はどんな子? 池田の彼女だときっとかわいい子なんだろうな。お祝いしなきゃな! お祝い! あっ、住所! お祝い送るから住所教えてよ!」

 と矢継ぎ早にまくした。必死になりすぎて顔が熱くて脇汗が半端ない。

『近々引っ越しすると思う。今のところはワンルームで狭いから。子供も生まれるし』
「あ、あぁ! 子供! 子供?! 生まれるんだ? わぁ、ますますめでたいな! えぇ……と、子供は女の子? 男? まだわかんないか!」
『うん。まだ小さいらしいから』
「わぁ、凄いなぁ。池田がもうすぐ父親になるのか。びっくりしたぁ。ほんとおめでとう!」

 自分のオーバーアクションの白々しさに気付いていたが、出だしから間違えていたから今更修正不可能だった。ぜんぜん心の籠らない言葉の羅列に池田も気付いていただろうが、『ありがとう』と大人の対応だった。

『それだけ。じゃあ』
「え、おう、引っ越したら住所教えて。お祝い、送るから」
『いいって。じゃ』

 最後の声に少しだけ池田の笑みが含まれていた。温かいような、呆れたような笑いだった。

 自分のみっともない狼狽えようや最後に届いた池田の呆れた笑いを思い出しては数日落ち込んだ。




関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント
更新しました!健全!エロいこと何一つしません!ひとつの話としては最長記録!なのに 健 全 !!!それでも良いという方だけ、お読みください。全7話です。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
お返事
インディゴ さん

こんばんは。ありがとうございます!
このあと更新する予定なんですが、楽しんでいただけるといいなぁ。ちょっと長い話なので、また明日も更新予定です!

管理者にだけ表示を許可する