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今日の相手も(2/2)

2016.06.16.Thu.
<前話はこちら>

 男がトイレに立った間、菱川くんからのメールを見返していた。一日一通きていたメールは、会うのをやめると言われた夜からこなくなった。十日間まったく音沙汰なし。

 他愛ない文章。たまに彼の指が写り込んでいる画像。俺にとっては在りし日の、遠い残像のような初々しいメール。19歳の彼と、37歳の俺とでは年が離れすぎていたのだ。価値観や考え方が合うわけがない。

 やっぱり男は一夜限りにしておいたほうがいい。ちょっと情を持ったのが間違いだった。

 電源を落としたタイミングで男がトイレから戻って来た。少し生やした顎髭は嫌いだが、会話の距離感が心得ている感じがして、今日の相手はこの男に決めていた。

 二人でバーを出た。ホテルに向かって歩く。途中のコンビニの前で足を止めた。

「ここ、寄っていい?」
「いいよ」

 男とコンビニに入った。

「いらっ――」

 レジの菱川くんが俺の顔を見て固まった。その目が隣の男に気付くと、菱川くんは難しい表情になった。

 男は雑誌コーナーで立ち読みを始めた。その間に飲み物やら軽い食べ物をカゴに入れた。コンドームも忘れずに入れてから菱川くんのレジに持って行った。

「久し振り」
「……はい」

 出来るだけにこやかに話しかけてやった。菱川くんは下を向いてカゴから商品を取り出し、バーコードを読み取っていく。コンドームの箱を手にした時、目をあげた。

「あの人とは知りあいですか?」
「ああ。今さっき知りあった」
「危なくないですか?」
「さあ。でも君に関係ない」
「関係はあります」

 ピッとバーコードを読み取って次の商品に手を伸ばす。

「僕は早瀬さんの知り合いです。知り合いの心配はします」
「知り合いだった、だよ。いまはただの客と店員。まったくの赤の他人」
「…………なんか、怒ってます?」
「俺が? なんで? これからお楽しみが待ってるっていうのに?」
「言える立場じゃないことはわかってるんですけど、そういう無茶なことするの、控えた方がいいと思います。前に危ない目に遭ってるし。次はもっと酷い目に遭うかも」
「忠告ありがとう。でもそれは価値観が違うとしか言いようがないね」

 傷ついたように悲しげ顔をした菱川くんの手から商品の入った袋を取りあげ、二千円をカウンターに置いた。

「お釣りは募金箱に入れといて」

 何か言いたげな菱川くんに背を向け、雑誌コーナーの男のもとへ戻った。菱川くんに見えるように、わざとらしい笑顔を作って男と一緒にコンビニを出た。子供相手にみっともないことをしている自覚はあったが、一方的に振られたままで終わるのはプライドが許さなかった。



 その後、男とホテルに入ってセックスをしたがいまいちノリきれなかった。慣れた男のセックスは悪くなかった。むしろ良かった。明るい笑顔と裏腹の執念深い前戯は年季が入っていておかしくなりそうなくらい気持ちよかったし、俺のしたいプレイに気付いて乗っかってくれた言葉責めも興奮した。

 家に帰れば快眠できそうなくらい満足したはずなのに、どうしても気持ちが上向かない。

「暗い顔してるけど、俺、下手だった?」

 シャワーを浴びた男が、ベッドに座って呆っとする俺に声をかけてきた。

「いや、ぜんぜん」
「のわりに、暗い。賢者タイム? 自己嫌悪真っ只中?」
「最近忙しかったから疲れが出たのかもしれない」
「本当に疲れか? コンビニの男の子、思い出してたんじゃないの?」

 からかう口調に顔の表面が熱くなった。

「なんでっ」
「なんか話し込んでたじゃん。内容までは聞こえなかったけど。彼氏? 俺、当て馬に使われた?」
「違うっ、彼氏なんかじゃない。そういうのは作らない主義なんだ」
「へぇ、主義ねえ」

 タオルで頭を拭きながら男は俺の横に座った。振動でベッドが揺れる。

「でも好きなんじゃないの?」
「好きじゃ……気に入ってはいたけど……、見合いするって言ったらもう会いたくないって……親が勝手に進めた話で俺の希望したことじゃないのに」
「あー。最近の若い子って真面目だったりするからな」
「理解できないって言われたら取り付く島もない」
「お互い歩み寄りも必要なんじゃない?」

 顔を覗きこみながら、男はよしよしと俺の頭を撫でた。なんだかよくわからないが懐の広さを感じてしまう。なんでも受け入れてくれそうな空気が、この男の真の魅力なのだろう。一緒にいたら気が楽そうだ。

「俺と付き合う?」
「またまたぁ。彼氏作らない主義だって言ったっばっかのくせに」

 よく考えもせず、思い付きで口走っていた。断られることはなんとなくわかっていた。

「やっぱり恋愛って面倒臭い。どうしてなにを考えてるかわからない相手のことを思って悩まなきゃいけないんだ」
「それ、恋愛の醍醐味だから」

 笑いながら言って男は腰をあげた。

「出る準備して。そろそろ帰ろう」

 頷いて俺も立ち上がった。
 男とホテルを出たら、暗がりから一人の男が姿を現した。

「早瀬さん」
「菱川くん!」

 いきなりのことで驚いた。まさかいるとは思ってもいなかった。菱川くんはじりじりとためらう足取りで近づいて来る。時間からしてバイト終わり。以前使ったホテルに当たりをつけて待っていたのか。

「なんでいるんだ」
「心配、でした。でも大丈夫そうで、良かったです」

 菱川くんは隣の男へ向かって軽く会釈のようなものをした。なんだこのスリーショットは。

「心配して待ち伏せするくらい、早瀬くんのこと好き?」

 急に男が俺の肩を抱きよせて言った。菱川くんは男をまっすぐ見つめ返しながら「はい」と返事をする。なにを今更。よくぬけぬけと言えたものだ。

「早瀬くんの彼氏でもないのに?」
「彼氏にしてもらえなくても好きです。急に嫌いになれないです」
「早瀬くんも同じみたいだから、二人でちゃんと話してみるといいよ」

 男に背中を押されて菱川くんのほうへ体が傾く。踏ん張った俺の手を菱川くんが掴んで引きよせた。

「ありがとうございます。そうします」

 男に向かってペコリと頭を下げると菱川くんは俺の手を掴んだまま駅と反対方向へ歩き出した。振り返って見た男は笑いながら手を振っていた。



 連れて行かれたのは菱川くんが借りてるハイツの一室。

「入って下さい」

 戸を開けて菱川くんに言われたが、有耶無耶なまま入っていいかどうか悩む。

「なんの話があるって言うんだ」
「部屋の中でしませんか」
「嫌だ。意味のない話ならここで帰る」
「もう一回、チャンス欲しいです」
「なんの。セックスの?」
「違います。早瀬さんの、彼氏になれるかもしれないチャンスです」
「そういうの作らないんだって言ったよな」
「彼氏と思ってくれなくていいです。僕が一人で勝手に恋愛ごっこします。他の男と寝るのはやめて欲しいって勝手に言います。見合いもして欲しくないって言います。毎日好きだって言います。嫌じゃなければ毎日キスしたいです。体にも触れたいです。全部の決定権、早瀬さんに譲りますから、僕と付き合って下さい」

 言いたいことを言い終わると、菱川くんは右手を出して頭を下げた。呆気に取られながら彼の後頭部を眺める。欲求の赴くまま彼の髪を触った。整髪料をつけて少しごわついた髪。指の間を通りすぎる感触がひたすら愛おしい。

「年齢も価値観も、すべて違うんだと思うよ、俺たちは」
「それでも、諦めたくないです」
「束縛されるのは嫌だ」
「そんなことしません」
「でも放置されるのも嫌だ」
「早瀬さんを放置なんてできません」
「十日も俺を放ったらかしにしていたくせに」

 差し出された右手を掴んだ。弾かれたように菱川くんが顔をあげた。

「すみません。次からそんなことしませんから」

 俺の右手を引きよせながら、菱川くんがキスをしてきた。俺も目を瞑ってそれに応えた。




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コメント
「その後」とのことでしたけど、まだまだ続きが読みたくなるくらい焦れったい二人ですね~(*´∀`)
お返事
mariyaさん


最後エロいことして終わらなかったせいか、これちゃんとオチてるのかなぁと今でもよくわかっていなかったりします^^;。最後ちょっと削った部分があったので、それを使って書けたらいいなぁ。書きたい気持ちはあるので頑張ってみます!e-271

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