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今日の相手は(2/2)

2016.06.08.Wed.
<前話はこちら>

自分の名前は菱川だと彼は言った。だから俺も早瀬だと名乗った。

「早瀬さん、知らない奴に付いて行っちゃ駄目だって言ったのに」

 俺のワイシャツのボタンを外しながら菱川くんが笑う。子供っぽい笑顔のくせに、中身はしっかり大人の男だった。

「君はこういうことに慣れてるの? 男とは何度も?」
「ぜんぜん慣れてないですよ。初めてです。男を好きになったのも一度だけです」
「じゃあどうして俺なんかと」
「どうしてですかね。初めて見た時、なぜか目が離せなかったんです。心臓がドクンってなって」

 と俺の胸、心臓の上に手を当てた。温かい手の平の下で、自分の乳首が隆起していくのがわかる。

「早瀬さんはこういうの、多いんですか」
「楽だから」
「楽?」
「愛だの恋だの、そんなの若い頃にしてきたからね、もう充分。最小限の前置きで欲しいものを得られるほうが、俺くらいの年になると楽なんだ」
「なんだか味気ないし、寂しいですね、そんなの」

 菱川くんの手が脇腹のほうへ移動した。背中を撫でて、今度は腰のほうへ移動する。焦らしているのか、俺の出方を待っているのか、怖くなって躊躇しているのかわからない手つき。

「君はどうして俺に声をかけたの?」
「声をかけてきたのは早瀬さんですよ」
「代わりに自分がと言ってきたのは君だ」
「そうでしたね。完全に勢いでしたけど。こんなチャンス、逃したら駄目だって」
「チャンス」
「そう。僕も男とシテみたかったから」

 菱川くんがキスをしてきた。他人との接触に怯える躊躇いがちなキスだ。だから顎を持ち上げてピタリと密着した。自分から舌を入れて奥で縮こまっている菱川くんの舌を絡めとった。

 キスをしながら菱川くんのベルトに手をかけた。中に手を入れてペニスを擦った。すぐ熱くなって硬くなる。ズボンと下着をずりおろしてそこへ顔を埋めた。

 先ほどの男のことが頭をよぎった。嫌悪感一杯で逃げだしたくせに、一時間もしないうちに違う男のペニスをしゃぶっている。なんて自分は現金で汚らしい大人なのか。

「入れるほう? 入れられたいほう?」

 菱川くんを上目遣いに見る。菱川くんはうっすら微笑みながら俺のこめかみのあたりを撫でた。

「入れてみたいです」
「わかった。準備する」

 ホテルの備品ケースを探る。一回分が入ったローションの袋が三つあった。一つを破って手に出した。それを自分の尻へ持っていき指を入れる。菱川くんは穴を解す俺のことをじっと見つめていた。

「やりにくくないですか? 僕がやりましょうか?」
「嫌だろ、他人のケツの穴に指入れるの」
「ちんこ入れるのに?」
「コンドーム……生ではしない」
「僕がやりますよ」

 菱川くんはローションを手に出し、ぬめる指を俺の中に入れて来た。俺はベッドの上で四つん這いになり、彼に向かって尻を上げた。

「うわ、温かいんですね。意外に柔らかい」

 グリグリ指を回したり、中で関節を曲げたりする。

「…っ……ふっ……ん……」
「あ、痛いですか」
「大丈夫……あ、そこっ……そこ、もっとして……」
「ここですか」
「いっ、あっあぁっ……!」
「あ、早瀬さん、勃ってますね。いいですか?」

 菱川くんは俺の勃起したペニスを握った。ぎこちない左手の愛撫だが、同時に前立腺を刺激されているのでビクビク震えて先走りが止まらない。

「早瀬さんの中、すごく熱くなってきました。大丈夫ですか、これ」
「いふっ、あっ、いい……! もっと……! して欲し…ッ…ふあっ、あひ……!」
「これ? ここ? 良いですか?」

 前立腺の感触とそれを擦ると俺が腰砕けになることに気付いた菱川くんは、手つきを少し荒っぽくしてそこを責め立てた。俺のペニスから滔々と液体が零れ出る。それをすくって扱くから、陰部からネチネチと音がする。

「はぁあぁ……! あ、やっ……イクッ……いやだ……まだ! まだ……止め……! イヤッ……入れてっ……君の、入れて!!」
「え、大丈夫ですか」
「早く!!」

 怒鳴ると菱川くんは慌てて指を抜き、コンドームをはめた。尻に硬くて太いものが捻じ込まれる。俺に怒られたと思って早急な挿入だった。でも痛みはなくて、いま知りあったばかりの年下のコンビニ店員が相手だと思うと頭の芯まで燃えた。

 今日は羽目を外すつもりだった。あのコンビニにはきっともう二度と行かない。彼ともこれっきり。

 自分から腰を振った。タイミングが合わなくて抜けそうになった。菱川くんのほうがうまく合わせてくれて、奥深くまで彼が来た。

「いいっ……すごく、いいっ……! もっと強くして! 奥……ッ……あっ、あふぅっ……! あぁっ、おちんちん、きてる! 菱川くんのッ……あうっ、あっ、あはあッ!!」
「すっごい……」

 感心したような、若干引き気味の菱川くんの声さえ俺の興奮材料になった。別人のように乱れたい。毎日白衣を着て、誤診しないように、患者に隙を与えないように気を張って仕事して、医者仲間に愚痴を言えばそれが原因で足をすくわれるかもしれない職場。

 ゲイであることを隠して。親には早く結婚しろとせっつかれて。興味のない女から言い寄られて。断ればヒソヒソと陰口を叩かれて。

 何が楽しみで生きているのか。俺ですらわからなくなるような人生。柵や重圧やストレスから解放されたい。たまに羽目を外して馬鹿になったっていいじゃないか。すべて自己責任でやっているのだから。

「あふっ、あん! いひぃっ……ひ、し、ひぃ……ひしっ、かわくん、気持ち、い……? 俺の…をぉッ……ケツ、まんこ、どうっ?!」
「どうって、やばいです」
「おふ、んっ!! んんっ! 俺も……! ヤ……ッバイ!! おちんぽ、良すぎ……てッ……イッちゃいそぉっ!! ふぅっ……ンンッ……ぁあんっ! も、もっと突いて!! 君のおちんぽで、俺のおまんこ壊して……ッ!!」

 菱川くんは無言だったけれど、俺の中の彼自身はぐわっと育ち、腰の動きが激しくなった。スパンキングされてるかのように、肉と肉がぶつかりあう。

「早瀬さん、凄いです……、中、どろっどろ」
「俺のまんこ……グチョグチョ?!」
「はい、女みたい」
「だって……気持ちいいっ……菱川くんのガチガチちんぽ、気持ちよくってお汁止まらな……! ドロドロのけつまんこ! 硬いちんぽ、ハメッ……ハメられてっ……ガン掘りされて……はっ、あ、だめもう、イクッ! 知らない子のおちんぽでイク――っ!!」

 シーツに顔を押し付けて絶叫しながら射精した。

 大声を出すと体の凝りがほぐれる気がする。射精の脱力感がそれを手伝う。わざと色キチみたいに淫語をわめくことで頭の中が空っぽになる。下手なマッサージより効くし、アロマより癒される。夜も寝付きがよくなって熟睡できる。

「わ……締まる……早瀬さん、俺も……ッ」

 射精の余韻に浸っていると、奥のほうで菱川くんの脈動を感じた。

◇◇◇

 ホテルを出た。菱川くんは恥ずかしそうに少し俯き加減だ。汚いことに慣れた大人の俺は堂々とコートの裾を翻す。

「それじゃ」
「え、あの、早瀬さん」

 背を向けて歩きだした俺を菱川くんが呼び止める。どうせまた会いたいとか言い出すんだろうが、そういう奴らはすべて断ってきた。彼も例外じゃない。断りの三文字を舌の上に乗せて振り返る。

「何かな?」
「今日はありがとうございます。あと、危ない奴についていかないようにしてください。気を付けて」
「……うん」

 ぺこりと頭を下げると菱川くんは俺と反対方向へ歩き出した。味を占めてまたやりたいと言い出すと思っていたのに。嫌だ、とばっさり切り捨ててやろうと準備していたのに。

 彼はスタスタ夜の街へと消えて行こうとしている。

 意外に物分かりがよくて割り切れるタイプの青年だったらしい。初対面で他人の精液を拭い取って、綺麗だとか、心臓がどくっとしたとか俺を口説いてきたくせに。向こうも最初から体だけが目的だったようだ。

 なんとなく納得がいかなかった。動転している時に気遣ってくれた優しさとか。顔や体つきが好みだったこととか。断ってもどうしてもとねだるなら、あと一度くらいは相手してやろうかと思っていたのに。

 いつも性の匂いがつきまとう場所で出会った男ばかりが相手だったから、コンビニという場所、コンビニ店員というイレギュラーな出会いに少し浮ついてしまったようだ。

 疲れるから恋愛ごっこはしないと決めていたのに俺は馬鹿だ。

 気持ちを切り替え、帰るために駅へ向かう。しばらくしてタッタッと足音が近づいてきて、いきなり腕を掴まれた。

「早瀬さん、やっぱり!」

 振り返ったら息を切らした菱川くんだった。

「やっぱり、連絡先とか、教えてもらえませんか? ご迷惑じゃなければ」
「聞いてどうするの?」

 こういう場面で迷惑そうな顔を作ってしまうのは俺の癖だ。本当は頬の筋肉が持ちあがってしまいそうなのに。

「メールとか、したいです。暇な時ご飯行ったり」
「セックスしたり?」
「いやっ、それは……下心なくもないですけど、このまま別れるのは寂しいなって」

 俺の今の気持ちを素直に代弁されるとこれ以上の意地悪は可哀そうになってくる。

「いいよ。交換しよう」

 携帯電話を出したら向こうもポケットから出した。

「しつこいと返事しないよ」
「しつこくしません」
「非常識な時間もNG」
「わかってます」
「笑うな」
「すみません」

 菱川くんがあまりに嬉しそうに笑うからこっちはどんな顔すればいいかわからなくなってつい邪険にしてしまう。

「それじゃ」
「はい、おやすみなさい」

 また駅に向かって歩きだした。菱川くんの視線を感じて背中が熱い。まだ見ているか確かめたいが、いま振り返ったら俺の負けな気がする。名残を見せずに、少しでも余裕のあるふりをしないと、汚い大人は大人のふりが出来なくなるんだ。





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