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今日の相手は(1/2)

2016.06.07.Tue.
 結婚はまだかとせっつかれるたび適当に誤魔化していたら、とうとう強硬手段に出やがった。

 仕事場まで母親がやってきて見合い写真を置いていった。どこどこ会社役員の娘さんで現在花嫁修業中。趣味はガーデニングと裁縫、なのだそうだ。

 着物姿の彼女を見てもなんの感慨もわかない。そりゃそうだ。俺はゲイなんだから。

 親に言えないまま三十代後半になった。四十代になったら諦めてくれるかとあと数年の我慢だと楽観してたらまさか見合い話をもってこられるとは。

 こちらの都合はお構いなしでもう見合いの日時を決められている。父親の知り合いだとかで面子を潰すわけにはいかないからと強制参加だ。うやむやにして逃げ回って来たツケだ。見合いぐらいはしてやろう。悪印象を持たれるように接していれば相手のほうから断ってくるだろう。

 とは言え気が重い。久し振りに今日は羽目を外すか。

◇◇◇

 仕事が終わって馴染みの店に顔を出した。静かなバーだ。照明も絞られて音楽も心地よいボリューム。年齢層が高めのゲイバーだから、大きな声ではしゃぐ若い子はおらず、みんな表面上は紳士的に振る舞っている。

 一人で飲んでいたら横に座った男が話しかけて来た。身なりはきちんとしていて、話題も豊富で、精悍な顔つき、なにより目つきがえろい。

 適当なところで話をきりあげ二人で店を出た。すぐにホテルに行くかと思ったが男に誘われコンビニに入った。男はカゴにコンドームを入れると俺に渡してきた。

「買って来て」

 尾てい骨に響く低い声で言われたら、なんとなく抗い難くて言われた通りレジに並んだ。若い男の店員が俺たちをちらっと見た。

 ホモ同士、これからヤルつもりだと思われているだろう。間違いじゃないが、俺にも羞恥心はあるので会計の間目を逸らしていた。

 袋を受け取って店をでる。もしかしたら男の部屋に誘われるのかもしれないと思ったが、「こっち」と誘われたのは公園だった。

 夜でひと気がないのをいいことに、男は俺の腰に手をまわし、服の上から撫でまわし始めた。

「こんなところでは、嫌だ」
「誰もいないよ」
「わかった。ここで別れよう。今日は楽しかった」
「お楽しみはこれからだろう?」

 いきなり突き飛ばされ、バランスを崩して繁みに手をついた。起き上がる前に男が覆いかぶさってきてベルトを外そうとする。

「やめろっ」
「本当はめちゃくちゃにされるのが好きなタイプだろう?」

 俺の耳を舐めながら男がねっとり囁く。

「あんたの今までの相手はそうだったかもしれないが、俺は違う、嫌だ!」
「まだ気付いてないだけだよ。俺が本当の自分を教えてあげるよ」

 男は俺の股間に膝を当て、体重を乗せて来た。痛みと、潰される恐怖で失禁しそうになりながら悲鳴をあげた。その口を男の大きな手が塞いだ。

「俺の言うことをきける?」

 助かりたい一心で何度も頷いた。

「じゃあ、まずは俺のものをしゃぶってもらおうかな? 噛んだりしたら、君の、踏みつぶすからね?」

 店にいるときとかわらない笑顔が恐ろしかった。

 男の前を開いて反応の薄いペニスを取り出した。口に入れて舌を這わせた。男の尖った靴の先が俺の股間に狙いを定めている。俺のは縮こまっているのに、男のペニスはどんどん大きくなった。

「上手だ。ずいぶん慣れているんだね」

 反射的に首を振って否定する。

 若い頃は恋だの愛だのに溺れていた時期もあったが、ある程度の年齢になったら相手に合わせることや束縛が鬱陶しく感じるようになって、一夜限りの関係ばかりになった。快楽を追い求めて、人に言うのも恥ずかしいほど経験人数だけが増えていった。顔も名前も思い出せない相手はたくさんいる。

 この男もその一人になる予定だった。一週間も経てば、セックスの良し悪しでしか思い出すこともなくなるはずだったのに。

 男がゆっくり動きだした。俺の口を使ってペニスを扱くように腰を振る。のどの奥にまで亀頭が押し込まれる。えずいて涙目になる俺を男は笑顔のまま見下ろして腰を動かし続ける。正気と思えない表情に震える。

 動きが止まると同時に男が射精した。いきなり生臭い液体を吐きだされて噎せそうになる。男は中でかき混ぜるようにわざと口の中でペニスを前後に揺すった。味蕾にこすりつけられて、その味と舌触りに耐え切れなくなり、横を向いて吐きだした。

「ちゃんと飲み込まないと駄目じゃないか」

 優しく言いながら俺の肩に手を乗せる。なにもかもがおぞましい。男を突き飛ばした。よろけた隙に逃げだす。足がもつれて転んだ。振り返ると男が近づいて来るのが見えた。暗闇でもはっきり笑っているのがわかった。こんなのただのホラーだ。

 必死に走って公園を出た。明るく安全な場所。頭に浮かんださっきのコンビニに向かった。

 自動ドアが開くのを待たずに身を滑り込ませ店内へ。トイレに直行したが使用中だった。待ってられなくて水道で手を洗い口をゆすいだ。

 鏡に写る姿は髪が乱れて顔色も白くてみっともなかった。よく見るとスーツもコートも泥で汚れている。手を拭いたペーパータオルで汚れを叩き落としていたらトイレの戸が開いた。

「あ」

 出て来た若い男が俺を見て口を開く。反射的に目を合わせてしまったが、知り合いでもなければ見覚えもない。

「大丈夫ですか」

 様子がおかしいと心配されてしまったようだ。

「大丈夫」
「もしかしてさっきの男に襲われました?」

 さらっと言われて心臓が止まりそうになった。改めて顔を見て思い出した。青年はさっきレジに立っていた店員だった。制服を脱いでいたから気がつかなかった。青年にはホモだとバレている。それどころか、男に襲われたことまで見透かされてしまっている。

「違います」

 裏返りそうになる声で否定したが、これも彼には嘘だと見抜かれているのだろう。いたたまれなくて店内へ戻ろうとしたら、「あ、待って」と青年に呼び止められた。立ち止まる義理はないのに、逃げたと思われたくないケチな自尊心から足を止めた。

「なにかな」
「あの、髪」
「髪?」

 乱れならもう手櫛でなおした。

「髪に……ちょっと、失礼します」

 ペーパータオルを取った青年が俺の肩に手を置いて顔を覗きこんでくる。さっきの出来事がフラッシュバックして思わず青年の胸を押し返した。

「や、やめ……っ」
「取れましたよ」

 こめかみのあたりをゴソゴソやったあと、青年は簡単に離れて行った。離れ際にちらっと見たペーパータオルには、白い液体が見えた。男の精液だ。どうしてこんなところに!? きっと顔を背けた時に付着したのだろう。それをまさかコンビニ店員に見つかり後始末までされるなんて。顔から火が出そうだった。

「あ、ありがとう」
「いえ。さっき一緒にいたのは恋人なんですか?」
「君に関係ないだろう」

 好奇心に晒されるのは我慢がならなくてきつい口調になった。青年は気にもせず小さく肩をすくめた。

「すいません」

 素直に謝られるとこっちが大人げないみたいじゃないか。

「さっきのは、違う。今日知り合ったばかりの人だ」
「初対面の人と?」

 幼い質問に身を焼かれる思いがする。自分はなんて汚れてしまったのだろう。

「どうだっていいだろう」
「そうですけど……簡単について行かない方がいいですよ、あなたみたいに綺麗な人は特に」
「え」

 思いがけない単語を耳にして素で驚いた。綺麗? 初対面の男に付いていって髪に精液をつけたままコンビニのトイレに駆け込むような、この俺が? 嫌味か? からかっているのか?

 青年は顔を赤くして笑うと「それじゃあ」と頭を下げてトイレを出た。レジにいる店員にも「お疲れ様でした」と挨拶して店を出て行った。

 もしかして俺は口説かれたのか?

 二十歳前後の若い青年だ。あんなに若い子と関わるのは仕事場の病院くらい。私生活ではほとんどない。

 照れて頬を染めた青年の顔が頭をぐるぐるする。あんなにうぶな表情を見たのは何年ぶりだろう。

 悪い気はしない。忘れていた感覚を思い出して、どきどきする。

 ふらふらと店を出て左右を見渡した。駅と逆方向へ向かって歩く後ろ姿を見つけた。あとを追いかけながら、なんて声をかけようかと考えている。

 声をかけてどうする。勘違いするなと鼻で笑われたら? 逆に受け入れられたら? 最初から期待せずにいけばいい。今日はもともと羽目を外すつもりだったんだし。

 追いついて青年の肩を叩いた。彼が振り返る。

「さっきはありがとう」
「あ……いえ」

 追いかけてきた俺に明らかに驚いている。だけど足を止めてくれた。

「お礼がしたいんだけど」
「僕何もしてませんよ」
「心配してくれたし、髪の汚れも取ってくれたじゃないか」
「それだけですよ」

 いつも相手にしている男たちならば、この会話だけで俺の言わんとするところを察してくれる。しかし彼はまだ幼い子供だった。

「軽く、食事でも」
「ほんとに、そんな必要ないですよ。それに僕さっき食べたとこだし」
「じゃあ飲みに」
「一応まだ未成年なんで」

 いくら子供とは言えいい加減気付きそうだがここまで誘いを断られるということは、やはり脈なしなのだろうか。

「そうか……。帰るところを呼びとめて悪かったね」
「お礼はいらないんですけど、今日の相手、僕じゃ駄目ですか?」
「えっ」

 うぶで何もわかってない子供だと思っていたが、俺の勘違いだったようだ。

「近くのホテルでいいですか?」

 彼の問いに俺は黙ってうなずいた。







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