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視線の先(1/2)

2016.03.01.Tue.
※無理矢理。

 そろそろ来る時間だと下駄箱でグズグズしていたら冴島がやってきた。
 今日も冴島は朝から爽やかでかっこいい。

 夏の甲子園で大活躍してワイドショーでも取り上げられるようになってから冴島のファンは5倍くらいに増えた。

 高身長でイケメン。卒業後はプロ入り確実。今後の人気と活躍が約束された大スターだ。俺は世間に注目される前から冴島のファンだから、にわかファンの浮かれっぷりには腹が立つ。

 俺は冴島と同じ中学の出身で、クラスも一度だけ一緒になったことがある。その頃から野球はうまいと言われていたし、清潔感溢れていたし、なにより優しかった。

 人づきあいが苦手で、休み時間は一人でいることが多かった俺に声をかけてくれたのは冴島だけだった。

 俺は冴島が野球で有名になったからファンになったんじゃない。冴島の性格がいいからファンになったんだ。外見と将来性と話題性に釣られた奴らとは違う。

 冴島の周りにはいつも人がいる。テレビで紹介されるようになってその数も増えた。スマホで時間を見るふりをしながらカメラを冴島に向けると、必ず冴島以外の人間が写り込む。

 拡大して冴島だけで画面を埋め尽くしてからシャッターボタンを押した。引退したからもう坊主頭じゃない。髪が伸びている冴島も良い。爽やか度が増している。

 教室までの道のりで冴島はいろんな奴に声をかけられた。その一人一人に笑顔で受け答えをしている。ムービーで録画しながらついて歩きたいが、そんなことをしたら親衛隊の連中にバレてしまう。

 最近冴島の親衛隊が出来た。マナーのなってないにわかファンを取り締まっているらしいのだが、その本当の目的は自分たち以外の女を冴島に近づかせたくないだけだと思う。

 冴島に話しかけて来るファンがいれば睨みつけ、写真を無断で撮れば「消せ!」と怒鳴り、冴島の承諾を取った写真でも「ネットにあげるな!」と冴島本人が何も言わないのに言う。

 マナーとしては真っ当なものばかりだが、でしゃばりが過ぎて冴島も扱いに困っているようだ。

 とかくこの親衛隊が常に目を光らせているので、俺のような隠れファンは写真一枚撮るのも苦労するようになってしまった。

 俺は写真は撮ってもネットにあげたりなんかしない。自宅のパソコンに移して、大きな画面で眺めるだけだ。コレクションは他にもある。

 中学卒業前に体育の授業中こっそりもらった第二ボタン。冴島がゴミ箱に捨てたティッシュ。冴島に一度貸したことのある消しゴム。落書きして捨てられたプリント。あとを付けて知った自宅の外観写真。冴島の部屋と思われる窓の写真。などなど。

 俺はそこらのにわかとは違う。正真正銘のファンだから、冴島の邪魔にならずに、冴島のすべてを知っている。

 高校では残念ながら一度も同じクラスになることはなかった。だが、校舎のなかですれ違うことは何度もあるし、窓際の席だと体育の授業を受ける冴島を見ることが出来る。近くなくても冴島の行動を知る手段はあるのだ



 冴島はいつも昼は弁当だ。俺はトイレに行くふりをして冴島のいる教室の前を通り、さりげなく冴島をチェックする。今日も食欲旺盛で健康そうだ。

 俺も食事を済ませたあと、またトイレに行くふりをして廊下を歩いていたら、教室から冴島が出て来るのが見えた。トイレに行くのを中止してあとをつけた。

 冴島は購買に行ったあと職員室へ行った。用事のない俺は横の掲示板を眺めた。すぐ冴島が出て来て、隣の校長室をノックする。校長が出て来て冴島を中に招き入れた。

 冴島が悪さをして呼び出されるはずはないから、きっと野球関連の呼び出しだろう。少し時間がかかるかもしれない。少し離れたところで隠れて待つか。

 珍しく友達も親衛隊の奴らもいないし、ムービーを撮るチャンスだ。いつでも撮れるようにスタンバイしておかなくては。

 教職員用の下駄箱に隠れてポケットからスマホを出した。暇だから今朝撮った写真をチェックする。よく撮れている。

 冴島を見ていると癒される。嫌なことも忘れられる。冴島がいるから学校にも行ける。俺は他のファンのように多くを望まない。話が出来なくてもいい。俺のことを見てくれなくてもいい。心の距離が近いから、物理的な距離は遠くてもいい。

 俺が冴島の一番の理解者になれれば、それでいい。

「それって冴島の写真?」

 突然背後から声がした。慌ててスマホを隠して振り返ると、下駄箱の横から人の顔が生えていた。

「ききっ、木原、くん!」

 木原は冴島と同じ野球部で学校でのカースト上位、さらに冴島の親友ポジションの男だ。180越えと体格には恵まれたが、野球の才能のほうには恵まれず、ポジション争いで二年生に負けて高校野球最後の年に甲子園に行けなかった可哀そうな男。

「なんで俺の名前知ってんの」

 下駄箱から全身を現して木原は俺の前に立ちはだかった。退路を断たれた。

「い、一年の時、同じクラス」
「そうだっけ。覚えてねえわ」

 こういう奴は人を傷つける言葉を平気で口にするのだ。

「お前、冴島のストーカーだよな」

 木原はさらに失礼なことを言い出した。

「ストーカー?! 違いますけど!」
「じゃ、携帯見せろ」
「なんで? 見せる意味わかんないんだけど! プライバシーの侵害じゃないですか?!」
「隠し撮りもプライバシーの侵害だろうが。おら、見せろ」

 むりやり木原にスマホを奪われた。取り返そうと手を伸ばすも、頭上高く掲げられて手が届かない。

「返せ! なんの権利があってそんなことするんだ!」
「お前やっぱり隠し撮りしてたんだな」

 木原は俺のコレクションフォルダの写真を指でスイスイやりながら言った。

 俺のほうも「やっぱり」気付かれていたのかと足元がズンと重くなった。

 冴島の写真コレクションは、いらない部分をトリミングしたり、見たくないものはぼかしたりと画像処理している。親友でチームメイトの木原もよく写り込んでいたからカットしたりボカしたりしていたのだが、その作業中、木原がカメラ目線なことに気付いた。完全に画面の中で木原と目が合っていた。

 たまたまかもしれないと最初は思ったが、その後も木原がこちらを見ている写真が何枚か出て来た。もしかしたら木原に気付かれているのかもしれない。そう思って、最近は木原がいる時は写真を撮らないようにしていたのに。

「お前、冴島のこと好きなの?」
「……言ってる意味が」
「嫌いな奴なんかいないよな。甲子園のスターで、プロ確実で、誰にでも平等に優しくて、ほんといい奴だからな」

 冴島の笑顔の写真を見ながら、木原は独白のように呟いた。そして俺のスマホを自分の胸ポケットに入れた。

「好きなんだろ、あいつのこと」
「俺のスマホ返せ」
「お前ホモなんだろ」
「スマホ」
「返して欲しかったらケツ貸せ」
「……え??」

 ツラ貸せじゃなく、ケツ?

「ホモなんだろ。ケツでやらせろ」
「はっ?! はあ?! なに言ってんの?!」
「これ、返して欲しくねえの?」

 胸ポケットのスマホをコツコツ叩く。

「意味が! 意味が!! 木原くん、ホモなの?!」
「お前のストーカー行為、冴島にバラすぞ」
「だから俺はストーカーじゃないって何度!」
「じゃあこれ、冴島に見せてもいいよな」

 チラリとスマホをポケットから覗かせる。取り返そうとしたら手で隠された。

「どうする? 冴島にバラす? 俺にケツ貸す?」
「木原くん、ホモ、なんですか?」
「そうだよ」

 嘘じゃないかと思うほど木原は簡単に認めた。

「あっ、あっ、嘘、だって、彼女いたことあるし! 二年のとき、冴島くんとダブルデートしてた!」
「なんでお前が知ってんだよ。あ、冴島のストーカーだからか。いつからストーカーしてんの。俺が気付いたのって三年の始めなんだけど」
「だからストーカーじゃないって」
「認めないねぇ。じゃあこれ、冴島に見てもらって本人に判断してもらうわ」

 回れ右する木原の腕を咄嗟に掴んだ。したり顔の木原が振り返る。

「ストーカーじゃないんだろ?」
「見せるのだけは」
「悪いことしてるって自覚はあるんだ?」

 俺はゆっくり頷いた。もちろん自覚はあるさ。ボタンを盗むことも、尾行して自宅を突き止めることも、隠し撮りも、全部本人が知ったら嫌がるってわかってるさ。でもファン心理が暴走するんだ。

 冴島の物が欲しくなるし、冴島のことを知りたくなる。だから盗んでしまう。尾行してしまう。見張ってしまう。盗み撮りしてしまう。
バレたら終わり。嫌われるって、ほんとはわかってる。

「冴島に黙ってて欲しかったら俺の言う通りにするしかないんじゃない?」
「わかり、ました……」

 冴島に嫌われるのだけは嫌だ。軽蔑されたら俺は死にたくなる。

 それを阻止できるなら木原にケツを貸す。それくらい俺の冴島への愛は深い。だいたい、木原がホモだというのも嘘かほんとか怪しい。詳しくはないが、木原だってそこそこモテて彼女もいたはずだ。俺をからかっているだけかもしれない。

「じゃ、ついて来い」

 木原は俺の腕を掴むと、職員用の出入り口から校舎を出た。





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