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大迷惑@一角獣(2-1)

2014.02.28.Fri.
 あぁ、最悪だ。どうしてこんなことになったんだ。

 俺は手の空き缶を握り潰した。それを少し離れたゴミ箱めがけて投げたが、縁に弾かれ地面に落ちた。誰もいない夜の公園に、空き缶が転がる音が不快に響く。

 単身赴任でこちらにやってきてまだ2ヶ月しか経っていない。あと3年、俺は見知らぬ土地で一人で暮らさなきゃならない。あの忌々しい係長め。俺の異動を嬉しそうに告げやがって。

 郊外に念願のマイホームを手に入れたばかりだ。そこではいま、俺の嫁が一人きりで暮らしている。俺とはいっしょに来てくれなかった。俺より新築の家を選んだ。

「人が住んでいないと、家が傷むでしょ?」

 そう微笑む彼女の温もりがいま、とても恋しい。

 仕事終わり、夕飯を買いに入ったコンビニで、弁当を買わずに酒ばかり買った。部屋まで待ちきれずに途中の公園で一本あけたら止まらなくなった。コンビニの袋からまた缶ビールを取り出し、栓をあけた。

「よく飲みますね」

 突然降ってわいた声に驚いて振り返った。俺が腰掛けるベンチのすぐ後ろから、ジャージ姿の青年が覗きこんできた。まだ若い。大学生くらい。

「ほっとけ」

 手を振って追い払った。青年はニコニコ笑いながら俺の隣に腰をおろした。俺は彼を睨みつけた。

「なんだ? オヤジ狩りか? あいにく金は持ってねえよ、俺は使い捨てのしがないサラリーマンだからな」
「そんなんじゃ。ヤケ酒?」
「うるさいなぁ、おまえに関係ないだろ」
「一人がいいならいなくなりますよ。いっしょに飲む奴が欲しかったら、俺が付き合いますよ」

 いらねえよ、開いた口がピタと止まった。一人で飲む酒は味気なかった。一人のワンルームに帰りたくないから公園で飲んだ。知らない土地。知らない顔ばかりの会社。たった2ヶ月でも、俺は嫌というほど孤独を味わった。

 開いた口を閉じ、ビールを一本、彼に渡した。

「仕方ねえな」

 ふてぶてしく言う俺からビールを受け取ると、彼は人懐っこい笑みを浮かべた。

「俺、英一っていいます」
「ん。俺は田中。こんな時間、何してたんだ?」
「このへん、よく走るんですよ」
「学生?」
「大学3年です」

 英一は俺の顔をまじまじと見て、思い出したように一人で笑った。

「なんだよ」
「なんでも」
「気になる、言えよ」
「言ったら怒りますよ」
「言わなきゃもっと怒る」

 英一は苦笑しながら顎をかいた。弱った、と顔に書いてある。

「言えって、怒らないから」
「実は…、ここ、ゲイの待ち合わせ場所なんですよね、だから田中さんもそうなのかと思って。でも違うっぽいから、俺の勘違いだったみたいで」

 すみません、と英一が小さく頭をさげた。

「へぇ、ここ、そうなのか」

 あたりを見渡したが、俺たちの他に誰もいない。英一も遠くへ視線を飛ばしながら、

「ここの反対側、国道に近い入り口のほうが、その場所としては有名なんです。あまりこっちは利用されてないんですけどね」
「やけに詳しいな。もしかして?」

 俺の視線を受け止めた英一は黙って笑った。困ったような、照れたような笑い顔。肯定と取っていいのだろう。思わず目の前の英一を観察してしまった。

 黒のジャージから伸びる手足は今時の子らしくすらっと長い。短く刈った襟足が涼しげで、珍しく染めていない黒髪はサラサラと風に揺れている。凛々しい眉、切れ長な目、羨ましくなる形の良い鼻梁、口角が上がり気味の唇。俺の不躾な視線に照れた英一は、前を向いてビールを啜った。

「俺はおまえのタイプだったわけか?」

 俺が言うと、英一はビールを吹き出した。

「なっ、なっ…」

 ビールが滴る真っ赤な顔で俺を見る。英一の慌てように、頬が緩んだ。

「どうなんだよ?」

 顔を覗きこむ。手の甲でビールを拭う英一は俺から顔を背け、小さな声で「すいません」と言った。図星だったわけか。

「俺のどこがいいんだ?」
「い、言わなきゃいけませんかね」

 あっちを向いたまま英一が言う。英一が照れているのが伝わってくる。俺は年上の余裕でそんな英一をかわいいと思った。からかいたくなって耳を指で弾いたら、英一がびっくりしたように振り返った。

「な? 俺のどこがいいんだ?」
「ど、どこって…、スーツが似合ってて、かっこいいなって…」
「スーツかよ」

 がっかりしてベンチの背もたれにふんぞり返った。英一が慌てて否定する。

「近くで見たら、顔もかっこよくて…、ドキドキしました」
「いまも?」

 横目に英一を見た。英一は真面目な顔で頷いた。俺は唇を舐めた。

「俺の部屋、来る?」
「え……」

 虚をつかれたように英一は黙った。顔にこそ出さなかったが、俺も自分の発言に驚いていた。部屋に誘うという行為には、性的なものが付き纏う。英一を相手に、俺にその覚悟があるのか?

 英一はしばらく呆然と俺の顔を見ていたが、やがて「じゃあ…、行こうかな」と呟いた。俺の頭は大混乱した。




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