君は日向の匂い(1/1)
2015.02.14.Sat.
<前話「シンデレラアイドル」はこちら>
※シンデレラアイドルSS、エロなし
青い空を白い雲が流れていく。俺はベッドに寝転がりながらそれをぼんやりと眺めていた。
青い空はかっちゃんの色だ。
明るい太陽はかっちゃんの笑顔だ。
頬を撫でる風はかっちゃんの優しさだ。
ポカポカ陽気はかっちゃんの温もりだ。
欠伸をしたら「入るぞ」って声と同時に戸が開いて、近所に住む幼馴染みが入ってきた。
「かっちゃん、ノックしてって何度も言ってるだろ」
体を起こす動作とともにスンと部屋の臭いを嗅いだ。自慰をしていたのは午前中だし臭いも消えているだろう。
あ、だけどゴミ箱がやばい。
ベッドから下ろした足でゴミ箱を隅へと押しやった。
「おばさん、買い物行ってくるってさ」
俺の挙動に気付かないでかっちゃんもベッドに腰をおろした。
「ほれ」
と持参したスーパーの袋を俺の膝にのせる。
「なにこれ?」
「母ちゃんからバレンタインのチョコだって。どうせファンからいっぱいもらってんだから迷惑になるって言ったんだけどな」
「そんなことないよ。おばさんにお礼言っといて」
袋を覗くとチョコは二つ入っていた。
「もう一個は篠原から」
「えっ」
ギクリとしてかっちゃんを見る。かっちゃんは仕方ないって笑顔で、
「まぁ、いつものことだろ」
と肩をすくめた。
篠原さんはかっちゃんのクラスの女の子。好きかもしれないってかっちゃんに打ち明けられたのは一ヶ月くらい前の話だ。
「どうせ……義理だよ。他の子を真似た、遊びみたいな」
「俺も篠原から義理チョコもらった。チロルチョコ」
袋の中身はどちらも綺麗な包装紙に包まれていた。
「ごめん」
「光流が謝ることじゃないって。身近にこんなのがいたら、そりゃこっちに目がいくだろ」
と俺の頭をワシワシと撫でまわす。かっちゃんは優しい。そして誰よりも真っ直ぐで清くて正しい。
「今年もいっぱいもらったなぁ。お前にチョコ渡すために列が出来てたもんな」
立ち上がったかっちゃんは、部屋の角にまとめておいた二つの紙袋を見下ろした。中身は全部チョコレートだ。
芸能活動を初めてから「ファンです」と名乗る女の子が他校からもやってくるようになった。そんな俺に陰口を叩く奴らも大勢いたのに、かっちゃんだけは以前とかわらない付き合いを続けてくれた。俺を特別扱いしないで、ただの幼馴染みとして扱ってくれた。それがどんなに嬉しかったか。
「たくさんもらっても困るんだけどね」
「もういい加減、彼女作れよ。そしたらちょっとは落ち着くんじゃないか?」
かっちゃんが戻ってきて隣に座る。ぎしっとスプリングが揺れて俺の心も揺らす。
「簡単に言うなよ。俺がそういうの苦手なの、かっちゃんが一番よくわかってるだろ」
「ほんとお前は駄目な奴だな」
「いまは女の子と付き合うよりかっちゃんと一緒にいるほうが楽しいから、当分誰とも付き合う気はないかな」
「アイドルだし、スキャンダルは駄目だもんな」
女の子と付き合うよりも、もっとスキャンダラスな願望があるんだけど。それに必要不可欠な存在のかっちゃんに、まったくその気はなさそうだ。
「今日は仕事休み?」
「うん。だから今日はかっちゃんが俺を独り占めできるよ」
って言って抱き付く。ふざけてるだけだと思ってるからかっちゃんは俺を抱き留めて一緒にベッドに寝転がった。
そのとき、ごりっと股間が擦れあった。笑ってるかっちゃんは気にもしてないけど、俺はその無防備なのど元を見て生唾を飲み込んでいた。
かっちゃんの中で俺はオクテな男ってことになっている。ただかっちゃん以外に興味がなかっただけなんだけど、高2の今まで誰とも付き合わなかったらそんなイメージを作り上げられてしまった。
でもそんな俺だから、かっちゃんは今みたいに俺を構ってくれるのかもしれない。好きな女の子から俺宛のチョコを預かってくるのも、どうせ付き合わないと思っているんだろう。
だから、かっちゃんが抱くイメージをあえて壊そうとは思わない。ほんとは俺がかっちゃんを想って毎日のようにマスをかいてることも、ふざけたふりをして抱き合いながらその抱き心地にどきどきしてることも、微塵も表に出さない。
俺の演技力が評価されているのは、友達のふりをしてきた長年の努力の賜物かもしれない。
「重いからどけって。いつまで乗っかってんだよ。こんなことしてるから俺ら、ホモとか言われんだぞ」
服の中身を想像しながら胸に顔を埋めていたら、俺の下でかっちゃんが言った。
学校でそんな噂を立てられているのは俺も知っている。ほとんどがただの冷やかしなんだけど、俺をよく思わない一部の連中はせっせと証拠になりそうなものを集めては拡散しているらしい。暇なことだ。
「その噂、ほんとにしちゃおっか」
「ばか。俺はやだよ」
かっちゃんが顔を歪めたので「冗談だよ」と急いで付け加えた。こんな手に引っかかって俺のところへ落ちてきてくれたら楽なんだけどなぁ。
名残惜しくかっちゃんの上から退く。
かっちゃんもいつか誰かと付き合うだろう。この胸に誰かを抱くだろう。想像しただけで心臓が痛くなるのに、果たして俺は祝福できるだろうか。笑顔で、良かったね、と。
とてもじゃないが無理だ。どうしようもないほど好きなのに。
「光流、チャイム鳴ってない?」
かっちゃんが身を起こし耳を澄ませる。確かに聞こえた気がする。
「ちょっと見てくる」
下に行ってモニターを見ると、同じ学校の制服を着た子が映っていた。胸に抱くように小さな包みを持っている。
学校で渡せなかったチョコレートを自宅まで持って来る子は毎年いる。いつもは母さんが受け取ってくれるんだけど、買い物に行ったらしいから俺が対応するしかない。
玄関におりて扉を開けた。
「あの、急にごめんね」
外気は冷たくて鼻を赤くした子は、一年の時に同じクラスだった子だ。
「ううん、どうかした?」
「菅野ってさ、敷原と仲いいじゃん? これ、渡して欲しいんだけど」
と大事そうに抱えていた包みを俺に差し出してきた。「ファンです」って言いながら俺にチョコを渡してきた誰よりも顔を真っ赤にして。
これを、かっちゃんに――?
「今日じゃなくてもいいから。明日とかでも。敷原に会ったときに」
これが恋をする女の子の本当の顔なんだ。恥ずかしくて、でも勇気を振り絞って必死で、相手のことを慮って、だけど怖くて仕方ないって、そんな顔。
「わかった。渡しておくよ」
「ありがとう。ほんと、急にごめんね。菅野にも渡そうかなって思ったんだけど、ファンの子にいっぱいもらってるからいいかなって」
「気を遣わないでいいよ」
俺が笑うと彼女はもう一度「ごめんね」と言って去って行った。
リボンに小さなメモが挟まっていた。学校で渡せなくて、でもどうしても伝えたかった想いを託された小さな紙切れ。
開いて中を見た。握りつぶしたい衝動をなんとか我慢して二階へ戻った。
「かっちゃんにだってさ」
と包みを渡す。
「えっ、俺に?」
驚いた顔で受け取り、メモに気付いてそれを開いた。読みながらふっと笑う。
「コンタクト落としたときに一緒に探してくれたお礼だってさ。完全に義理だろこれ」
「義理でも嬉しそう」
「別に……まぁ、嫌ではないけど」
って照れ隠しで鼻を掻く。
義理じゃないよ、かっちゃん。あの子、すごく真剣だったよ。指先がかじかんで真っ赤だった。きっと渡そうか帰ろうか、外でずっと悩んでたんだよ。
その証拠に、玄関に立ってるあの子からは、清潔な冬の冷たい匂いがした。かっちゃんと同じくらい正しくて清くて、不純な俺には痛いほどだった。
かっちゃんが選ぶのはきっとああいう子なんだろう。俺は選んではもらえない。いつまで待ったって相手にもされない。そもそも恋愛対象として見てもらえない。
箱を開けて、かっちゃんは中のチョコを食べていた。俺はかっちゃんにチョコさえあげられないんだ。
「一個ちょうだい」
「お前いっぱいもらってるだろ」
と言いつつ、かっちゃんは俺の口に一個放り込んでくれた。たぶんこれ、手作りだ。
「俺さ、春になったら家出ようと思ってるんだ」
「えっ?!」
驚いて訊き返してくる。
「仕事に行くにはちょっと不便だから、都内に部屋借りようと思って」
マネージャーに前から打診されていた。でも学校があるし、何よりかっちゃんのそばにいたいから断ってきた。だけどかっちゃんに彼女が出来るのも時間の問題だ。彼女といちゃつくところを間近で見るのは耐えられない。嫉妬して人の手紙を握りつぶそうとするくらいなら、かっちゃんから離れて自分を保つほうがいい。
「受験はどうするんだよ」
「たぶん、大学には行かない」
「そんな……」
と言葉を無くして黙り込む。俺がいなくなったら少しはショックを受けてくれるんだ。それがわかっただけでも充分だよ。
「お前がそう決めたなら俺は応援するけど」
「うん。ちょくちょく帰って来るしね」
「ほんと、帰って来いよ」
この三カ月後、チョコをくれた女の子と付き合いだしたとかっちゃんから報告があった。俺は新しい部屋で一人きりだった。
※ ※ ※
見上げると青い空に白い雲が流れていた。今日はバレンタイン。凍てつく冷たい空気が、高2のあの日を俺に思い出させる。何年経っても忘れられない。
清潔で、清らかで、正しい二人のことを。心が凍えそうなほど孤独だったあの頃を。
マフラーを口元まで引き上げてチョコレート専門店に入った。いくつか見繕って箱詰めしてもらう。
誰も俺を菅野光流とは気付かない。今日の女装も完璧。俺が女装をするのは、バレないように変装をする必要があるからだけど、外を歩くとき、出来るだけかっちゃんに男同士だって負い目を感じさせたくない気持ちがあるのも確かだ。
店員から紙袋を受け取って店を出た。待ち合わせのハチ公前。かっちゃんを見つけて手を振る。かっちゃんはそわそわ辺りを見渡す。
「待った? ごめんね」
「しーっ」
と人差し指を口に当てる。
「なんでこんな目立つ場所で待ち合わせなんかするんだよ。俺の部屋でいいだろ」
「だって、デートの待ち合わせ場所の定番でしょ、ここって」
俺はかっちゃんの手を握った。かっちゃんが握り返してくる。まさかこんな日が来るなんて。
肩にしなだれかかる。かっちゃんの匂いがする。かっちゃんの匂いは温かい。俺の孤独を溶かしてくれる日向の匂いだ。
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青い空を白い雲が流れていく。俺はベッドに寝転がりながらそれをぼんやりと眺めていた。
青い空はかっちゃんの色だ。
明るい太陽はかっちゃんの笑顔だ。
頬を撫でる風はかっちゃんの優しさだ。
ポカポカ陽気はかっちゃんの温もりだ。
欠伸をしたら「入るぞ」って声と同時に戸が開いて、近所に住む幼馴染みが入ってきた。
「かっちゃん、ノックしてって何度も言ってるだろ」
体を起こす動作とともにスンと部屋の臭いを嗅いだ。自慰をしていたのは午前中だし臭いも消えているだろう。
あ、だけどゴミ箱がやばい。
ベッドから下ろした足でゴミ箱を隅へと押しやった。
「おばさん、買い物行ってくるってさ」
俺の挙動に気付かないでかっちゃんもベッドに腰をおろした。
「ほれ」
と持参したスーパーの袋を俺の膝にのせる。
「なにこれ?」
「母ちゃんからバレンタインのチョコだって。どうせファンからいっぱいもらってんだから迷惑になるって言ったんだけどな」
「そんなことないよ。おばさんにお礼言っといて」
袋を覗くとチョコは二つ入っていた。
「もう一個は篠原から」
「えっ」
ギクリとしてかっちゃんを見る。かっちゃんは仕方ないって笑顔で、
「まぁ、いつものことだろ」
と肩をすくめた。
篠原さんはかっちゃんのクラスの女の子。好きかもしれないってかっちゃんに打ち明けられたのは一ヶ月くらい前の話だ。
「どうせ……義理だよ。他の子を真似た、遊びみたいな」
「俺も篠原から義理チョコもらった。チロルチョコ」
袋の中身はどちらも綺麗な包装紙に包まれていた。
「ごめん」
「光流が謝ることじゃないって。身近にこんなのがいたら、そりゃこっちに目がいくだろ」
と俺の頭をワシワシと撫でまわす。かっちゃんは優しい。そして誰よりも真っ直ぐで清くて正しい。
「今年もいっぱいもらったなぁ。お前にチョコ渡すために列が出来てたもんな」
立ち上がったかっちゃんは、部屋の角にまとめておいた二つの紙袋を見下ろした。中身は全部チョコレートだ。
芸能活動を初めてから「ファンです」と名乗る女の子が他校からもやってくるようになった。そんな俺に陰口を叩く奴らも大勢いたのに、かっちゃんだけは以前とかわらない付き合いを続けてくれた。俺を特別扱いしないで、ただの幼馴染みとして扱ってくれた。それがどんなに嬉しかったか。
「たくさんもらっても困るんだけどね」
「もういい加減、彼女作れよ。そしたらちょっとは落ち着くんじゃないか?」
かっちゃんが戻ってきて隣に座る。ぎしっとスプリングが揺れて俺の心も揺らす。
「簡単に言うなよ。俺がそういうの苦手なの、かっちゃんが一番よくわかってるだろ」
「ほんとお前は駄目な奴だな」
「いまは女の子と付き合うよりかっちゃんと一緒にいるほうが楽しいから、当分誰とも付き合う気はないかな」
「アイドルだし、スキャンダルは駄目だもんな」
女の子と付き合うよりも、もっとスキャンダラスな願望があるんだけど。それに必要不可欠な存在のかっちゃんに、まったくその気はなさそうだ。
「今日は仕事休み?」
「うん。だから今日はかっちゃんが俺を独り占めできるよ」
って言って抱き付く。ふざけてるだけだと思ってるからかっちゃんは俺を抱き留めて一緒にベッドに寝転がった。
そのとき、ごりっと股間が擦れあった。笑ってるかっちゃんは気にもしてないけど、俺はその無防備なのど元を見て生唾を飲み込んでいた。
かっちゃんの中で俺はオクテな男ってことになっている。ただかっちゃん以外に興味がなかっただけなんだけど、高2の今まで誰とも付き合わなかったらそんなイメージを作り上げられてしまった。
でもそんな俺だから、かっちゃんは今みたいに俺を構ってくれるのかもしれない。好きな女の子から俺宛のチョコを預かってくるのも、どうせ付き合わないと思っているんだろう。
だから、かっちゃんが抱くイメージをあえて壊そうとは思わない。ほんとは俺がかっちゃんを想って毎日のようにマスをかいてることも、ふざけたふりをして抱き合いながらその抱き心地にどきどきしてることも、微塵も表に出さない。
俺の演技力が評価されているのは、友達のふりをしてきた長年の努力の賜物かもしれない。
「重いからどけって。いつまで乗っかってんだよ。こんなことしてるから俺ら、ホモとか言われんだぞ」
服の中身を想像しながら胸に顔を埋めていたら、俺の下でかっちゃんが言った。
学校でそんな噂を立てられているのは俺も知っている。ほとんどがただの冷やかしなんだけど、俺をよく思わない一部の連中はせっせと証拠になりそうなものを集めては拡散しているらしい。暇なことだ。
「その噂、ほんとにしちゃおっか」
「ばか。俺はやだよ」
かっちゃんが顔を歪めたので「冗談だよ」と急いで付け加えた。こんな手に引っかかって俺のところへ落ちてきてくれたら楽なんだけどなぁ。
名残惜しくかっちゃんの上から退く。
かっちゃんもいつか誰かと付き合うだろう。この胸に誰かを抱くだろう。想像しただけで心臓が痛くなるのに、果たして俺は祝福できるだろうか。笑顔で、良かったね、と。
とてもじゃないが無理だ。どうしようもないほど好きなのに。
「光流、チャイム鳴ってない?」
かっちゃんが身を起こし耳を澄ませる。確かに聞こえた気がする。
「ちょっと見てくる」
下に行ってモニターを見ると、同じ学校の制服を着た子が映っていた。胸に抱くように小さな包みを持っている。
学校で渡せなかったチョコレートを自宅まで持って来る子は毎年いる。いつもは母さんが受け取ってくれるんだけど、買い物に行ったらしいから俺が対応するしかない。
玄関におりて扉を開けた。
「あの、急にごめんね」
外気は冷たくて鼻を赤くした子は、一年の時に同じクラスだった子だ。
「ううん、どうかした?」
「菅野ってさ、敷原と仲いいじゃん? これ、渡して欲しいんだけど」
と大事そうに抱えていた包みを俺に差し出してきた。「ファンです」って言いながら俺にチョコを渡してきた誰よりも顔を真っ赤にして。
これを、かっちゃんに――?
「今日じゃなくてもいいから。明日とかでも。敷原に会ったときに」
これが恋をする女の子の本当の顔なんだ。恥ずかしくて、でも勇気を振り絞って必死で、相手のことを慮って、だけど怖くて仕方ないって、そんな顔。
「わかった。渡しておくよ」
「ありがとう。ほんと、急にごめんね。菅野にも渡そうかなって思ったんだけど、ファンの子にいっぱいもらってるからいいかなって」
「気を遣わないでいいよ」
俺が笑うと彼女はもう一度「ごめんね」と言って去って行った。
リボンに小さなメモが挟まっていた。学校で渡せなくて、でもどうしても伝えたかった想いを託された小さな紙切れ。
開いて中を見た。握りつぶしたい衝動をなんとか我慢して二階へ戻った。
「かっちゃんにだってさ」
と包みを渡す。
「えっ、俺に?」
驚いた顔で受け取り、メモに気付いてそれを開いた。読みながらふっと笑う。
「コンタクト落としたときに一緒に探してくれたお礼だってさ。完全に義理だろこれ」
「義理でも嬉しそう」
「別に……まぁ、嫌ではないけど」
って照れ隠しで鼻を掻く。
義理じゃないよ、かっちゃん。あの子、すごく真剣だったよ。指先がかじかんで真っ赤だった。きっと渡そうか帰ろうか、外でずっと悩んでたんだよ。
その証拠に、玄関に立ってるあの子からは、清潔な冬の冷たい匂いがした。かっちゃんと同じくらい正しくて清くて、不純な俺には痛いほどだった。
かっちゃんが選ぶのはきっとああいう子なんだろう。俺は選んではもらえない。いつまで待ったって相手にもされない。そもそも恋愛対象として見てもらえない。
箱を開けて、かっちゃんは中のチョコを食べていた。俺はかっちゃんにチョコさえあげられないんだ。
「一個ちょうだい」
「お前いっぱいもらってるだろ」
と言いつつ、かっちゃんは俺の口に一個放り込んでくれた。たぶんこれ、手作りだ。
「俺さ、春になったら家出ようと思ってるんだ」
「えっ?!」
驚いて訊き返してくる。
「仕事に行くにはちょっと不便だから、都内に部屋借りようと思って」
マネージャーに前から打診されていた。でも学校があるし、何よりかっちゃんのそばにいたいから断ってきた。だけどかっちゃんに彼女が出来るのも時間の問題だ。彼女といちゃつくところを間近で見るのは耐えられない。嫉妬して人の手紙を握りつぶそうとするくらいなら、かっちゃんから離れて自分を保つほうがいい。
「受験はどうするんだよ」
「たぶん、大学には行かない」
「そんな……」
と言葉を無くして黙り込む。俺がいなくなったら少しはショックを受けてくれるんだ。それがわかっただけでも充分だよ。
「お前がそう決めたなら俺は応援するけど」
「うん。ちょくちょく帰って来るしね」
「ほんと、帰って来いよ」
この三カ月後、チョコをくれた女の子と付き合いだしたとかっちゃんから報告があった。俺は新しい部屋で一人きりだった。
※ ※ ※
見上げると青い空に白い雲が流れていた。今日はバレンタイン。凍てつく冷たい空気が、高2のあの日を俺に思い出させる。何年経っても忘れられない。
清潔で、清らかで、正しい二人のことを。心が凍えそうなほど孤独だったあの頃を。
マフラーを口元まで引き上げてチョコレート専門店に入った。いくつか見繕って箱詰めしてもらう。
誰も俺を菅野光流とは気付かない。今日の女装も完璧。俺が女装をするのは、バレないように変装をする必要があるからだけど、外を歩くとき、出来るだけかっちゃんに男同士だって負い目を感じさせたくない気持ちがあるのも確かだ。
店員から紙袋を受け取って店を出た。待ち合わせのハチ公前。かっちゃんを見つけて手を振る。かっちゃんはそわそわ辺りを見渡す。
「待った? ごめんね」
「しーっ」
と人差し指を口に当てる。
「なんでこんな目立つ場所で待ち合わせなんかするんだよ。俺の部屋でいいだろ」
「だって、デートの待ち合わせ場所の定番でしょ、ここって」
俺はかっちゃんの手を握った。かっちゃんが握り返してくる。まさかこんな日が来るなんて。
肩にしなだれかかる。かっちゃんの匂いがする。かっちゃんの匂いは温かい。俺の孤独を溶かしてくれる日向の匂いだ。

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いつもありがとうございます。来て下さる皆さんのおかげで今まで続けてこられました。本当に感謝です。
今週は一周年記念で密かに更新頑張ってました^^
明日も更新する予定なので良かったら読んでやって下さい。
これからもよろしくお願いします!
これからもお話し楽しみにしてます(●´mn`)
でも、無理はしないで下さいねぇ(≧ω≦)
ありがとうございます!それもこれも来て下さる皆さんのおかげです^^
これからも自分の萌えを吐きだしつつ、誰かに楽しんでもらえたらこんな嬉しいことはありません。
これからも頑張ります!!
コメントありがとうございます!突発的に思いついたSSです。
シンデレラアイドルはリクエストを頂いておりますので、また書く予定です!
半分ほど話は出来てるんですが、残りの半分が…降りてきて小説の神様!!(><)