アガルタ(2/2)
2014.12.01.Mon.
<前話はこちら>
母さんと妹に仏壇の前に呼び出され、そこで家族会議が開かれた結果、俺は仕事を辞めて大学受験することになった。
もう父さんに医療費も介護費も必要なくなったし、生命保険がおりて生活に余裕が出たからだ。
せっかく就職できたんだからと反対したが、妹から「お兄ちゃんが受験しないなら私もしない!」と脅されて、ありがたく受験させてもらうことにした。
準備期間は半年ほどしかない。予備校に行くのはお金がもったいないから、自力で必死に勉強した。
母さん一人を働かせてはおけず、バイトをしながらだったが苦でもなんでもなかった。勉強を続けさせてもらえるのが嬉してく、ただ受験を乗り切ることだけを考えて勉強していた一年前とは心境がまるで違った。
大学選びも前より慎重になって色々資料を取り寄せ、ネットで調べ、休みの日には実際近くまで様子を見に行ったりもした。
数か月が経った初冬、それまで自分から一度も連絡をしてこなかった中村からメールがきた。
元気にしてる? と俺が煩く思わないように注意した控えめな文章だった。返事をしたほうが中村は安心するのだろうが、なんとなく出来ずに無視した。
妹の冬休みが始まったある日、業を煮やした中村が自宅へ突撃してきた。
「いま実家に戻ってて。迷惑かと思ったんだけど、会いに来た」
とわざわざ手土産を持参して。
玄関先でどうしようと顔を見合わせあった。
「寒いんだから入ってもらったら?」
好奇心丸出しで覗き見していた妹に言われ、追い返すわけにもいかなくなり中村を家に入れた。
机に広げられた教科書や参考書に中村が気付いた。
「受験するの?」
「受かるかどうかはわかんないけど」
「応援する。橋本ならきっと大丈夫だよ」
「自信ねえわ」
「俺に出来ることがあったら言って。使ってた問題集がまだあるから、持ってこようか?」
「いや……。やっぱ借りようかな」
「明日持ってくるよ!」
明日も来る口実が出来て中村は嬉しそうだった。
「まだ俺なんかが好きなわけ?」
「うん、好きだよ」
顔を真っ赤にしてはにかむもんだから俺まで顔が熱くなってしまった。
中村は夕方まで家にいた。勉強する俺の横で本を読みながら、俺が問題に手こずっていると助け舟を出してくれた。おかげで苦手な箇所も道しるべが出来たようにわかりやすくなった。
「また明日来るよ」
との帰り際の言葉通り、中村は翌日もやってきた。
自分も大学のレポートがあるらしく、それを持ちこんで俺と一緒に机に向かった。
夕方近くに妹が俺の部屋に顔を覗かせ「中村さんも晩ご飯食べて行って下さい」と母さんからの伝言を伝えた。
どうしよう? と問うように中村が俺を見る。俺は目を逸らしつつ頷いた。
俺の家族と一緒に中村も夕飯を食べた。そのあと、母さんに押し切られて風呂にまで入った。湯冷めするといけないから、と泊まることを強要され、俺のトレーナーを着た中村は実家に外泊の連絡を入れていた。
「悪いな」
電話を切った中村に詫びた。母親の暴走が息子として恥ずかしい。
「俺こそごめん。ちゃんと断ればよかったのに」
「それは別にいいんだけど。寝るのは俺の部屋でいいか?」
「……うん」
俯いた中村の目元が赤くなっていた。それを見たら、俺まで緊張した。
歯磨きをしている間に、母さんが俺の部屋に客用の布団を敷いてくれていた。落ち着かない顔で中村がその上に正座する。
「ほんとに急に泊まっちゃってごめん」
「いや、それはうちの親のせいだし」
「明日の朝、すぐに帰るから」
「まぁ、別にゆっくりしてけばいいんじゃない」
「うん……、橋本がいいなら……」
「……」
「……」
「……電気消すぞ」
「あ、うん。おやすみ」
明かりを消して俺はベッドに、中村は床の布団に入った。暗闇に目が慣れる頃になっても眠気はやってこなかった。
隣の中村は俺に背を向けて微動だにしない。もう寝たんだろうか。
「中村」
後頭部に囁きかけると、中村はゆっくり振り返った。
「うん?」
「こっち来る?」
数秒の沈黙のあと、布団を抜け出した中村が、俺のベッドに潜り込んできた。緊張した面持ちで目を伏せている中村を抱きしめてキスした。舌を入れたら、中村も俺に抱き付いてきた。
ハァハァと荒い息をしながら口づけた。ピチャピチャと濡れた水音を立てながら中を弄りあい、お互いの体を触りあった。
股間に手を伸ばすとそこはもう固くなっていた。下着のなかに手を入れて熱い勃起を握った。
「あ──ッ」
声を押し殺そうと中村は顎を引いた。
「あ、あ、だめ、橋本、あ、あぁ…」
中村のペニスからたくさんの先走りが溢れてくる。手を動かすと布団のなかから粘ついた音が聞こえて来た。
「あ、やっ…、あぁ……っ」
「静かに」
「んっ、あ、だって…、気持ちい…っ」
「ほんとお前ってエロい奴だよな」
「ふぁっ…ンッ…そんなにしたら…出ちゃうから……」
「布団汚すなよ」
「じゃ、アッ、もう…止めてっ…!」
布団を羽織るように体を起こし、中村の腰に跨った。中村を見下ろしながら扱きあげる。
「ふぅっ、んっ、あぁっ、やだ、あ、声…っ…!」
両手で口元を押さえて必死に声を殺している中村が愛しく見えた。
廊下を挟んだ斜め前に妹の部屋がある。聞かれてもいいという気になって扱く手つきを早くした。
「はぁっ、あんッ、あっ、あぁっ、だめ、や…っ」
「久し振りなのに、敏感すぎるだろ」
「あ、や…ん、んんっ…!」
先端を擦っていたとき、指の間から生温いものが飛び出した。
それは放物線を描いてビタビタと中村の腹に降りかかり、俺の指にも垂れ落ちた。
「ごめん…汚してない…?」
「大丈夫だよ」
「よかった」
中村は起き上がり、枕元のティッシュで腹の精液を拭った。
「次は俺にさせて」
囁いて俺の腰に手を回す。ズボンと下着をずらして飛び出したペニスを寝そべりながら咥えた。すぼまった口のなかをペニスが出たり入ったりする。
親父が死んだあと、中村をホテルに呼びつけたときはぜんぜん反応しなかったのに、今日は気を抜くともう達してしまいそうだった。
間抜けな音を立てて先端が中村の口から弾かれた。中村は愛しそうに下から上へと舐めあげる。
いつも酷いセックスばかりだった。自分さえ出せば中村のことなんかお構いなしでホテルを出た。イクなと命じたこともある。根元を握りしめて、放してと頼む中村をイカせず帰したこともある。
文字通り性処理の道具として扱ってきたのに、よく俺なんかを好きでい続けられたものだ。
本当に物好きな奴だ。
「…っ…、出る……ッ」
根本まで咥えむと中村は激しく顔を上下に揺すった。
口淫に促されて精液を吐き出した。中村はそれを飲み込んだ。そうしろと俺たちが躾けた。
「今まで酷いことばっかして、悪かったな」
言葉が勝手に口から出ていた。中村は零れるほど大きく目を見開いた。
「俺が田中たちに言わなきゃ良かったんだよな。女装させられてんの見て、やめろって言ってやりゃよかったんだよな。自分が大学行けないからって、お前に八つ当たりして悪かった。本当、ごめん」
見開いたままの目から涙を零しながら、中村はゆっくり首を左右に振った。
「俺、橋本だったら何されても嬉しかったから……、そばにいられるだけで、俺を覚えててくれるだけで嬉しかったから……っ」
顔を歪めると中村は声をしゃくりあげて泣き出した。大きく震える中村の肩を抱きよせた。首筋を中村の熱い吐息と涙が滑り落ちて行く。
今度は俺が、泣き止むまで背中を撫でてやる番だった。
※ ※ ※
三月。
合格発表があった。母さんと妹に遠まわしに急かされながら、昼過ぎにやっとパソコンを開いて確認した。
部屋に戻って中村に電話をかけた。直接会って伝える勇気がなかった。
中村は数コールで電話に出た。『はい』と硬い声。今日が合格発表の日だと知っている。
「俺」
『うん』
「……今日発表だった」
『うん……』
「はぁ……。ね」
『うん』
「……なんとか……、受かった」
『良かった……っ!』
電話の向こうから安堵の息遣い。
重大発表はまだ終わったわけじゃないんだぞ。俺は居住まいを正して携帯を握りなおした。
「で、俺もそっち出ることになったんだけど、良かったら一緒に暮らさない?」
中村が息を飲む音。それはどっちの驚きなんだろう。怖くて汗がにじみ出る。
「嫌ならいいんだけど」
『明日! 一緒に部屋探しに行こう!』
「明日かよ、さっそくだな」
『一日も早く一緒に暮らしたいから』
「うん。じゃあ、明日会おう」
『うん』
「……やっぱ今日会える?」
『会える!』
と中村は即答する。妙なことに俺の目はじんわりと熱くなってきた。眉間に力を込めてぎゅっと目を瞑った。
「好きだ」
涙のかわりに通話口に吹き込んだ。
母さんと妹に仏壇の前に呼び出され、そこで家族会議が開かれた結果、俺は仕事を辞めて大学受験することになった。
もう父さんに医療費も介護費も必要なくなったし、生命保険がおりて生活に余裕が出たからだ。
せっかく就職できたんだからと反対したが、妹から「お兄ちゃんが受験しないなら私もしない!」と脅されて、ありがたく受験させてもらうことにした。
準備期間は半年ほどしかない。予備校に行くのはお金がもったいないから、自力で必死に勉強した。
母さん一人を働かせてはおけず、バイトをしながらだったが苦でもなんでもなかった。勉強を続けさせてもらえるのが嬉してく、ただ受験を乗り切ることだけを考えて勉強していた一年前とは心境がまるで違った。
大学選びも前より慎重になって色々資料を取り寄せ、ネットで調べ、休みの日には実際近くまで様子を見に行ったりもした。
数か月が経った初冬、それまで自分から一度も連絡をしてこなかった中村からメールがきた。
元気にしてる? と俺が煩く思わないように注意した控えめな文章だった。返事をしたほうが中村は安心するのだろうが、なんとなく出来ずに無視した。
妹の冬休みが始まったある日、業を煮やした中村が自宅へ突撃してきた。
「いま実家に戻ってて。迷惑かと思ったんだけど、会いに来た」
とわざわざ手土産を持参して。
玄関先でどうしようと顔を見合わせあった。
「寒いんだから入ってもらったら?」
好奇心丸出しで覗き見していた妹に言われ、追い返すわけにもいかなくなり中村を家に入れた。
机に広げられた教科書や参考書に中村が気付いた。
「受験するの?」
「受かるかどうかはわかんないけど」
「応援する。橋本ならきっと大丈夫だよ」
「自信ねえわ」
「俺に出来ることがあったら言って。使ってた問題集がまだあるから、持ってこようか?」
「いや……。やっぱ借りようかな」
「明日持ってくるよ!」
明日も来る口実が出来て中村は嬉しそうだった。
「まだ俺なんかが好きなわけ?」
「うん、好きだよ」
顔を真っ赤にしてはにかむもんだから俺まで顔が熱くなってしまった。
中村は夕方まで家にいた。勉強する俺の横で本を読みながら、俺が問題に手こずっていると助け舟を出してくれた。おかげで苦手な箇所も道しるべが出来たようにわかりやすくなった。
「また明日来るよ」
との帰り際の言葉通り、中村は翌日もやってきた。
自分も大学のレポートがあるらしく、それを持ちこんで俺と一緒に机に向かった。
夕方近くに妹が俺の部屋に顔を覗かせ「中村さんも晩ご飯食べて行って下さい」と母さんからの伝言を伝えた。
どうしよう? と問うように中村が俺を見る。俺は目を逸らしつつ頷いた。
俺の家族と一緒に中村も夕飯を食べた。そのあと、母さんに押し切られて風呂にまで入った。湯冷めするといけないから、と泊まることを強要され、俺のトレーナーを着た中村は実家に外泊の連絡を入れていた。
「悪いな」
電話を切った中村に詫びた。母親の暴走が息子として恥ずかしい。
「俺こそごめん。ちゃんと断ればよかったのに」
「それは別にいいんだけど。寝るのは俺の部屋でいいか?」
「……うん」
俯いた中村の目元が赤くなっていた。それを見たら、俺まで緊張した。
歯磨きをしている間に、母さんが俺の部屋に客用の布団を敷いてくれていた。落ち着かない顔で中村がその上に正座する。
「ほんとに急に泊まっちゃってごめん」
「いや、それはうちの親のせいだし」
「明日の朝、すぐに帰るから」
「まぁ、別にゆっくりしてけばいいんじゃない」
「うん……、橋本がいいなら……」
「……」
「……」
「……電気消すぞ」
「あ、うん。おやすみ」
明かりを消して俺はベッドに、中村は床の布団に入った。暗闇に目が慣れる頃になっても眠気はやってこなかった。
隣の中村は俺に背を向けて微動だにしない。もう寝たんだろうか。
「中村」
後頭部に囁きかけると、中村はゆっくり振り返った。
「うん?」
「こっち来る?」
数秒の沈黙のあと、布団を抜け出した中村が、俺のベッドに潜り込んできた。緊張した面持ちで目を伏せている中村を抱きしめてキスした。舌を入れたら、中村も俺に抱き付いてきた。
ハァハァと荒い息をしながら口づけた。ピチャピチャと濡れた水音を立てながら中を弄りあい、お互いの体を触りあった。
股間に手を伸ばすとそこはもう固くなっていた。下着のなかに手を入れて熱い勃起を握った。
「あ──ッ」
声を押し殺そうと中村は顎を引いた。
「あ、あ、だめ、橋本、あ、あぁ…」
中村のペニスからたくさんの先走りが溢れてくる。手を動かすと布団のなかから粘ついた音が聞こえて来た。
「あ、やっ…、あぁ……っ」
「静かに」
「んっ、あ、だって…、気持ちい…っ」
「ほんとお前ってエロい奴だよな」
「ふぁっ…ンッ…そんなにしたら…出ちゃうから……」
「布団汚すなよ」
「じゃ、アッ、もう…止めてっ…!」
布団を羽織るように体を起こし、中村の腰に跨った。中村を見下ろしながら扱きあげる。
「ふぅっ、んっ、あぁっ、やだ、あ、声…っ…!」
両手で口元を押さえて必死に声を殺している中村が愛しく見えた。
廊下を挟んだ斜め前に妹の部屋がある。聞かれてもいいという気になって扱く手つきを早くした。
「はぁっ、あんッ、あっ、あぁっ、だめ、や…っ」
「久し振りなのに、敏感すぎるだろ」
「あ、や…ん、んんっ…!」
先端を擦っていたとき、指の間から生温いものが飛び出した。
それは放物線を描いてビタビタと中村の腹に降りかかり、俺の指にも垂れ落ちた。
「ごめん…汚してない…?」
「大丈夫だよ」
「よかった」
中村は起き上がり、枕元のティッシュで腹の精液を拭った。
「次は俺にさせて」
囁いて俺の腰に手を回す。ズボンと下着をずらして飛び出したペニスを寝そべりながら咥えた。すぼまった口のなかをペニスが出たり入ったりする。
親父が死んだあと、中村をホテルに呼びつけたときはぜんぜん反応しなかったのに、今日は気を抜くともう達してしまいそうだった。
間抜けな音を立てて先端が中村の口から弾かれた。中村は愛しそうに下から上へと舐めあげる。
いつも酷いセックスばかりだった。自分さえ出せば中村のことなんかお構いなしでホテルを出た。イクなと命じたこともある。根元を握りしめて、放してと頼む中村をイカせず帰したこともある。
文字通り性処理の道具として扱ってきたのに、よく俺なんかを好きでい続けられたものだ。
本当に物好きな奴だ。
「…っ…、出る……ッ」
根本まで咥えむと中村は激しく顔を上下に揺すった。
口淫に促されて精液を吐き出した。中村はそれを飲み込んだ。そうしろと俺たちが躾けた。
「今まで酷いことばっかして、悪かったな」
言葉が勝手に口から出ていた。中村は零れるほど大きく目を見開いた。
「俺が田中たちに言わなきゃ良かったんだよな。女装させられてんの見て、やめろって言ってやりゃよかったんだよな。自分が大学行けないからって、お前に八つ当たりして悪かった。本当、ごめん」
見開いたままの目から涙を零しながら、中村はゆっくり首を左右に振った。
「俺、橋本だったら何されても嬉しかったから……、そばにいられるだけで、俺を覚えててくれるだけで嬉しかったから……っ」
顔を歪めると中村は声をしゃくりあげて泣き出した。大きく震える中村の肩を抱きよせた。首筋を中村の熱い吐息と涙が滑り落ちて行く。
今度は俺が、泣き止むまで背中を撫でてやる番だった。
※ ※ ※
三月。
合格発表があった。母さんと妹に遠まわしに急かされながら、昼過ぎにやっとパソコンを開いて確認した。
部屋に戻って中村に電話をかけた。直接会って伝える勇気がなかった。
中村は数コールで電話に出た。『はい』と硬い声。今日が合格発表の日だと知っている。
「俺」
『うん』
「……今日発表だった」
『うん……』
「はぁ……。ね」
『うん』
「……なんとか……、受かった」
『良かった……っ!』
電話の向こうから安堵の息遣い。
重大発表はまだ終わったわけじゃないんだぞ。俺は居住まいを正して携帯を握りなおした。
「で、俺もそっち出ることになったんだけど、良かったら一緒に暮らさない?」
中村が息を飲む音。それはどっちの驚きなんだろう。怖くて汗がにじみ出る。
「嫌ならいいんだけど」
『明日! 一緒に部屋探しに行こう!』
「明日かよ、さっそくだな」
『一日も早く一緒に暮らしたいから』
「うん。じゃあ、明日会おう」
『うん』
「……やっぱ今日会える?」
『会える!』
と中村は即答する。妙なことに俺の目はじんわりと熱くなってきた。眉間に力を込めてぎゅっと目を瞑った。
「好きだ」
涙のかわりに通話口に吹き込んだ。
「これ前編と人格変わりすぎてやしないか?」と書きながら心配してしまうほど橋本が生まれ変わっていました。改心する系、いじめられっ子を好きになっちゃう系が好きです。
けっこう好きなもの詰め込んだのでコメ嬉しいです!ありがとうございます!