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隣人(3/3)

2014.10.24.Fri.
<前話はこちら>

 俺はまた学校終わりに時間を潰して帰るようになった。小泉さんとは会えば挨拶をする程度の関係に戻った。
 もう二度と「元気くん」とは呼んでくれない。自分のしたことを百万回は後悔して反省して時間が戻ればと神様に祈ったりした。

 振られても俺はまだ小泉さんが好きだった。壁にもたれて隣の部屋の物音に耳を澄ましていた。壁を隔てた隣に小泉さんを感じられるだけでも幸せだった。だがとても切ない。

 小泉さんは仕事を見つけたようだった。今週の頭から、俺の登校時間よりあとに出て、俺のバイト終わりより遅い時間に帰宅するようになっていた。
 何もする気力がないまま壁にもたれていると、小泉さんが帰宅するにはまだ早い時間に、隣へ向かう足音が聞こえた。俺は玄関扉に耳を張り付けた。

 コンコン、とノックしているから小泉さんじゃない。しばらく待って、諦められないのかもう一度ノックしている。
 小泉さんの客。誰だろう。真っ先に浮かんだのは小泉さんが離婚するほど惚れた浮気相手。どんな女なのだろう。今でも小泉さんを独占しているのは、いったいどれほどの女なんだろう。
 苛立ちと好奇心が勝った。俺は戸を開けて顔を出した。スーツ姿の男が立っていた。拍子抜けする。

「こちらは小泉悠二さんのお宅で間違いありませんか?」

 俺を見つけて男が言う。
 誰だろう。小泉さんの知り合いにしては若かった。まだ二十代前半くらい。さすがに小泉さんの息子ではないだろうが。浮気相手の旦那か? 俺は警戒しつつ頷いた。

「いつも何時ごろに帰宅するかご存じですか」
「わかりません」

 日付がかわってからだと知っていたが、見ず知らずの相手に教える義理はない。

「そっか…」

 男はため息をついた。前髪をかきあげながら中に誰もいない部屋の扉を見つめている。

「伝言があるなら預かりますけど」

 それを口実に会いに行ける。話が出来る。

「いや…あぁ、でも…」

 男は迷った末、ポケットから手帳を出して何か書き込むと、ビリッと破いて二つに折った紙切れを俺に渡した。

「必ず渡して下さい」
「はい。あっ、名前…」
「立橋です、立橋基樹」

 もとき!

 雷に打たれたような衝撃、というやつだった。もとき。俺と同じ名前。耳の奥でその名前が木霊する。男の声で。小泉さんの声で。俺の首に抱き付いてイッたときの、あの時の声で。
 小泉さんは俺を身代わりにしたと言った。ただ性処理しただけの意味だと思っていた。だが違った。小泉さんは本当に俺を身代わりにして、この男のことを思い出していたんだ。俺の名前を呼びながらこいつの名前を呼んでいたんだ。
 怒りと、何も知らずに喜んでいた羞恥の熱が顔に立ち上った。

 小泉さんの浮気相手はこの男。離婚するほど好きになって、なのに一緒にはいられなくて、だけど今でもずっと思い続けているのが、こいつだと言うのか!
 どうして今頃会いに来たんだろう。小泉さんと一緒にいられるようになったから迎えに来たんだろうか。じゃあ小泉さんはこのアパートからいなくなってしまうのか?!

「…小泉さんは…恋人がいるのでこれを渡すのは明日になると思いますけど」
「恋人?」

 俺の嘘に、男はひそっと眉を寄せた。

「はい。すごく仲がよくて…毎日会ってるみたいです」
「本当に?」
「ここのアパート、壁が薄くて。あの…声がよく聞こえるんですよね」

 男は俺の言葉を信じていないのか「へえ?」と片頬を持ち上げた。それにむっとして俺は嘘を続けた。

「小泉さんより年上で…落ち着いた大人の人って感じの、男の人でしたけど」

 男とは反対の男性像を作り上げる。男の顔から余裕がなくなり、険しい表情になった。それを見て溜飲がさがる。ざまあみろ。お前に小泉さんを渡すもんか。

「本当に悠さんが?」

 こいつは小泉さんのこと、悠さんって呼んでるのか。

「はい。あれは恋人同士だと思うんですけど。すごくラブラブです。声が聞こえて、こっちが恥ずかしくなるくらい」

 男は小泉さんの部屋を睨むように見ていた。奥歯をギリと噛みしめて。俺と同じくらい嫉妬すればいいんだ。

「どうしますか、これ」

 紙切れを男にかざす。予想に反して「渡してくれ」と男は言い切った。わかりました、と返事をし、男と別れた。
 部屋に戻ってメモを開く。

『探しました。もう勝手にいなくならないで下さい』

 携帯の番号も記されていた。強調するように下線を引いてある。俺はそれを破り捨てた。

 ※ ※ ※

 数時間後、小泉さんが帰って来た。立橋が来たと知らずに部屋の鍵をあけている。
 中に入られるまえに外に出た。

「こんばんは、小泉さん」
「こんばんは。こんな時間に出かけるの?」
「小泉さんに用があって」

 小泉さんの表情が少し硬くなる。俺に警戒している。

「今日、お客さんが来てましたよ」
「僕のところに?」
「はい。立橋って人が」

 ハッと息を飲む音がここまで聞こえた。鍵を落とすほど激しく動揺している。そんなにあいつのこと好きなんですか?

「……立橋くんが」
「伝言頼まれました。えーっと…結婚するかもしれないとか、なんかそんなことを言ってました」
「結婚…」

 茫然と小泉さんが呟く。俺の嘘だと気付かれていない。二人のことは何も知らない。二人の事情もないも知らない。手探りで吐く嘘は一つ一つが賭けのようなものだった。

「だから悠さんも幸せになって下さいって言ってました」

 立橋がつい漏らした「悠さん」という呼び方をここで使った。それを聞いた小泉さんは痛みを感じたように顔を歪めた。
 こんな顔をさせて罪悪感がないわけじゃない。でもこれで立橋のことを忘れてくれたら。俺にも可能性が出て来るかもしれないのだ。人でなしと呼ばれてもいい。

「伝言はそれだけ…?」

 弱々しい声で訊ねる。

「そうです」
「…ありがとう、おやすみ」

 鍵を拾い上げると小泉さんは部屋の中に入った。パタン、と静かに閉じられた扉に耳を当てると、かすかに嗚咽が聞こえてきた。


相生結び

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コメント
まだ続くっていう。
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読んでてこんなに憎しみを募らせたのは初めてかもしれません…(`;ω;´)
あのクソガキめ…

はやく幸せになりますように!!!!
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お返事
つきみさん
凸回避できたようで良かったですw
ちゃんとハピエンなんですが、途中のビッチ堕ちがいま心配です(^^;

きとさん
その歌好きなんです~。主題歌に使われたドラマで百合もありって思いました。ちゃんとハピエンです!

mariyawさん
ああ、すみませんっ。波瀾万丈なストーリーを作る時は性格を悪くしろって某漫画家さんが言ってたんですっ。成功したってことかな。

Lさん
申し訳ないです。でもそこまで感情移入してくださってありがとうございます。また気が向いたらお越しくださいね。







この昼ドラのようなドロドロな展開正直たまりません...今後も期待です!!
お返事
galaxyさん

昼ドラ風を目指して書いたので良かったですi-179
「隣人」のあとは「支配人」「伴侶」と続きます。ずっと昼ドラ風ですw

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