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元上司(1/2)

2014.10.14.Tue.
※NTR耐性のない方にはお勧めできない内容です

<前前話「旦那さん」はこちら>
<前話「元旦那さん」はこちら>


 キスしている時に電話が鳴った。彼は無視して続行しようとする。

「立橋くん…」
「基樹って呼んで」
「基樹くん、電話…」
「悠さんを食べるのが先」

 その言葉に顔が熱くなる。

 彼に出会うまでの僕は、マンションの一室でただ家事をこなし、妻の帰りを待っているだけの、淡々とした毎日を送っていた。
 稼ぎ頭の妻からは家政婦のように扱われ、男として不能扱いされてきた。夫として男として、自信もプライドも失っていた僕を彼が攫って行ってくれた。
 基樹くんと一緒に暮らすようになってから、僕は人に必要とされることの大切さを知った。求められることのありがたさを知った。
 いつ帰って来るともわからない妻と違い、基樹くんは帰る前に連絡をくれる。急いで帰って来てくれる。出迎える僕を見ると嬉しそうに笑ってくれる。「ただいま」と僕を抱きしめてキスしてくれる。体だけじゃなく、胸の奥がじんわりと熱くなる。
 二十近く年下の彼に、僕はすっかりのぼせあがっている。

 廊下の壁に押し付けられた。彼の膝が僕の足を割る。

「んっ…だめだよ、電話…」

 手探りで彼の背広のポケットから携帯電話を見つけ出した。顔の近くへ持って行くと、基樹くんは唇を尖らせた。

「今日、一緒にお風呂ね」

 いつもは食事の支度があるので先に一人で入ってもらっている。一緒に入るのは休日限定だ。
 拗ねたように言う彼が可愛くて、僕は頬を緩ませながら頷いた。
 僕に抱き付いたまま彼が電話に出た。

「はい、なに? どうした?」

 ぞんざいな口の利き方をする。

「またそれかよ。もういいって。俺は見合いなんかする気ないって。…兄ちゃんの事情なんか知らないよ。適当に断ればいいだろ。とにかく、俺は見合いしない。もう俺のことは放っておいて。んじゃね、いま忙しいから切るよ」

 耳から離したとき、かすかに女性の声が聞こえた。おそらく基樹くんの母親。

「お母さん?」

 問うと彼は頷いた。

「お見合い、勧められてるの?」
「兄貴の上司から話がまわってきただけだよ」
「お兄さんは結婚してるのかい?」
「大学出てすぐ。だからって俺に押し付けるなって」

 彼の手が僕の服の中に入ってくる。脇腹を撫でられてゾクリとなった。

「断ったらお兄さんの立場が悪くなるんじゃないかな」
「俺に見合いして欲しいの?」

 細められた目で睨まれた。

「僕はただ、お兄さんの…」
「そうやって兄貴のこと思いやれるなら、俺がいまどんな気持ちか考えてよ」

 叱るように言われて僕は口を閉ざした。確かに僕は無神経だった。

「ごめん」
「俺もごめん。悠さんは大人だから。俺ってガキだね」

 ぎゅっと抱きしめられた。僕も彼の背中に手をまわし、肩に頭を乗せた。
 僕は大人だから。
 彼との年齢差は永遠に縮まることはない。彼が僕と同じ四十代になったとき、僕は六十代になっている。初老の僕を彼はかわらず好きと言ってくれるだろうか。
 いやその前に僕に飽きてしまうかもしれない。枯れかかった僕よりも若くて元気な男の子に恋するかもしれない。
 この温もりが僕から離れ、知らない人のものになるなんて。
 想像しただけで切なくなってくる。いつの間にこんなに彼を好きになってしまったのだろう。僕はもう一人じゃ生きていられないほど、彼のことを愛してしまっている。

 ※ ※ ※

 洗濯ものを取り込んでいると携帯電話が鳴った。この番号を知っているのは基樹くんと僕の親と、以前勤めていた会社の上司だけ。
 着信は上司の桜庭さんからだった。

「はい、小泉です」
『やあ、その後どうだ』
「えぇ、探しているんですがなかなか」

 一緒に暮らし始めてすぐ、基樹くんに働きたいと言ってみた。一瞬は何か言いたげに口を動かしたが、彼は快く承諾してくれた。それ以来、時間を見つけては仕事探しをしている。しかし年齢的な問題と、十年ほど主夫で無職だった経歴がネックとなり、どこも門前払いだ。
 そこで、主夫になるために仕事を辞めると言ったとき、僕を引き留めてくれたかつての上司に連絡を取った。恥を忍んで、妻と離婚し、仕事を探していると打ち明けた。
 大変だったなと慰められ、仕事がないか探してみると言ってもらえた。

 期待を押し込め、耳を澄ます。

『正社員としては難しいが、契約でならいけるかもしれない』
「それでも構いません。いえ、今の僕にはありがたい話です」
『詳しい話は会ってしよう。今晩、飲みながらでもどうだ?』

 頭に基樹くんの顔が浮かぶ。夜は一緒にいたい。

「夜は少し…」

 すらりと断れる自分に驚いた。働いていた頃には考えられないことだ。

『じゃあ…今から外回りがあるから、その前に少し会おうか』
「すみません、我が儘を言って」
『お前は今でも俺の部下だ。部下に甘えられるのが上司ってもんだ』

 桜庭さんに礼を言って電話を切った。待ち合わせ場所は会社から少し離れたホテルのラウンジ。たまに仕事で使っていた場所で懐かしくなる。
 スーツに着替え、部屋を出た。

 ※ ※ ※

 ホテルに現れた桜庭さんは、以前より少し痩せて、頭にも白いものが目立つようになっていた。

「久し振りだな」

 笑いながら僕の肩を叩く。その力強さはかわっていない。

「離婚してしょげてるのかと思ったら、案外元気そうじゃないか。むしろ一人になって悠悠自適って感じか?」
「そうですね、強がりじゃなく、離婚して良かったと思っています。それより今日はわざわざありがとうございます」
「堅苦しいのはあとだ。一杯やろう」
「このあと外回りがあるって…」
「少しくらい大丈夫だ」

 桜庭さんに背中を押され、ホテルの上にあるバーへと移動した。まだ開店したばかりで客は僕たちだけだった。

「じゃあお前もまた一人ってわけか」

 グラスを一杯空にして桜庭さんが言った。厳密には僕は一人じゃない。曖昧に笑ってごまかした。

「桜庭さん、ご結婚は…」
「してないよ。相変わらず一人」
「独身貴族ですね」
「五十過ぎると惨めったらしいだけだぞ。ただの行き遅れだ」

 お前も飲めよ、と酒を勧めてくる。仕事をしている時から酒は苦手だった。これも仕事のうちと割り切って少しは慣れたつもりだったが、久し振りにスーツで飲む酒は強くて頭がくらくらした。

「小泉が戻ってきてくれると俺も嬉しいよ」
「そう言って頂けると救われます」

 もちろん真に受けるほど馬鹿じゃない。しかし嘘でもそう言ってくれる人が一人いるのといないのとじゃ違う。感謝してもしきれない。
 グラスをあけた。桜庭さんはおかわりを注文した。
 このあとの仕事のことが気になりつつ、桜庭さんに付き合って酒を飲んだ。そろそろ夕飯の支度をしないといけない時間だったが、帰るとは言いづらい。
 桜庭さんがトイレに行ったすきに、基樹くんにメールをしておいた。

『前の上司と会っているので帰るのが遅くなるかもしれません。悪いけど、今日は外で食べてきて下さい。』

 戻って来た桜庭さんはフラフラと覚束ない足取りだった。支えるために立ち上がった僕も、綿を踏んでいるような感覚がしてふらついた。

「悪い、小泉。少し飲み過ぎたみたいだ。部屋まで連れて行ってくれないか」
「部屋?」
「ここに部屋を取ってあるんだ」
「このあと仕事があるんじゃ…」
「馬鹿、こんなに酔ってて仕事ができるか。頭まで主夫になっちまったのか?」
「そうですよね…」

 確かにその通りだが、外回りの前に会うと言っていたのは桜庭さんのほうだ。というか最初から酔いつぶれるつもりで部屋をおさえておいたのか? もやもやしたが、それ以上に、頭まで主夫になっちまったのかという言葉のほうが気になった。

 男が主夫をしているというと好奇の目で見られることが多かった。中にはあからさまに見下してくるものもいた。桜庭さんにこんな態度を取られるのはショックだった。



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コメント
旦那さんの名前は小泉悠二です。
こんばんわ
旦那さんキターーーヽ(´▽`)/
ワクワク(@゜▽゜@)
まほさん
お楽しみ頂けると嬉しいのですが。
実は今回の話はまだ続いてしまうのです…
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つきみさん
コメントありがとうございます。
出発が「昼下がりの団地妻」でいまは昼ドラ風を心がけて書いていました。ど真ん中を貫いたつもりですw
「波乱万丈・艱難辛苦の末結ばれる…大河ドラマ」というリクエストを頂きましたので、他の方の「甘々」と「奪った物は奪われて当然」の旦那堕ちを合わせたらこんな感じになりました。
私も奥さんが旦那さんを家に閉じ込めていたのはある意味最良の選択だったのだと思いましたw

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