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好きと言って(3/4)

2014.08.31.Sun.
<前話はこちら>

「ついてくんじゃねえ!!」

 沖田の剣幕に土屋は足を止めた。
 少し時間を置いてからトイレを出て辺りを見渡す。沖田の姿はない。教室にもいなかった。

 授業が始まっても沖田は戻ってこない。またサボリか、と周りは気にしない。土屋だけが居心地の悪い思いをしていた。
 もしかして。いや、きっとそうなんだ。それしか考えられない。
 土屋はポケットの中の小さな瓶を握りしめた。この中には惚れ薬が入っていたが今はもう空だ。

 間違ってこれをクラスメートの沖田に飲ませてしまった。沖田は豹変した。自分に迫り、キスしてきた。そして流れでセックスしてしまった。惚れ薬が効いているだけなのに、土屋ことを好きになったと思い込んでいた。
 もしそれが勘違いだったと気付いたら、急激な体の変化にさすがの沖田も薬を盛られたと気付くだろう。そうなったらただではすまない。
 それ以来、学校にいる間は効き目の切れないよう、あの手この手で沖田に薬を服用させた。

 一滴でだいたい2時間の効果だということがわかった。じゃあ三滴垂らせば6時間かというと違った。効きは強くなっても200分程度で効果は薄れた。三滴が沖田の理性を保てる限界で、薬が切れそうな頃を見計らって沖田に薬を盛った。
 思い通りに薬を飲んでくれない日もあってヒヤヒヤしたが、沖田が好きだと思い込んでくれていたのでなんとか命拾いした。

 薬が半分減ったくらいから、土屋は占い師を探し始めた。最初に会った高架下は曜日や時間をずらしたりしてもう何度も探した。通行人に聞き込みまでしたが、誰も占い師なんか知らないという。土屋自身、あの一度きりでそれ以降占い師の姿を見たことはなかった。
 小さな瓶だからもともと量は微々たるもの。どんどん薬は減っていく。焦る土屋を嘲笑うかのように占い師は忽然と行方をくらましたままだった。

 底がついたのがつい先日のこと。最後は水道水を入れて瓶に付着した薬の残滓でなんとか乗り切った。予想外に薬が効いて、発情した沖田に体育倉庫に連れ込まれた。
 沖田と何度セックスしただろう。きっとこれが最後のセックスになる。いやもしかしたら今日が人生最後の日になるかもしれない…。
 効き目の切れたあとの沖田が怖くて、土屋は倉庫から逃げ出した。

 放課後は必死になって占い師を探し回った。足が棒になりくたくたになって家に帰ると、土屋はとりあえず遺書でも書こうか、とペンを持って机に向かった。文面を考えていたら疲労からいつの間にか眠りこけ、朝になってしまった。
 何もしらない母親に家から追い出され、行く当てもなく結局学校に行くしかなかった。
 できるだけ沖田の目につかないよう小さくなって過ごした。
 休み時間や授業中、沖田から視線を感じた。ガンを飛ばされているのかと戦々恐々となった。

 いつも通り一人でお昼ご飯を食べていたら沖田がトイレまで押しかけて来た。ついにこの時が来た…!殴られる覚悟をしたのに、沖田はなぜかキスしてきた。まだ勘違いをしているのか?もしかしてまだ好きだと思い込んでいるのか?
 確認せずにいられなかった。

「お、沖田くん、まだ俺のこと、好きなの?」

 沖田はビクッと肩を揺らした。
 違うとも、そうだとも言わない。はっきりした答えを得られないまま教室に連れ戻された。便所飯がなんでここにいるんだという視線を痛いほど感じながら沖田に食事を強要された。
 新手の嫌がらせにしか思えなかったが、それ以来、クラスで露骨にハブられることはなくなった。誰かが土屋をからかっていると必ず沖田が止めに入った。だから誰もからかってこなくなった。話をしているだけだと何も言ってこない。そのかわり睨むような目で監視された。学校にいるあいだ中、そばにいさせられた。

 沖田が何を考えているのかわからない。何をしたいのかわからない。
 薬はとっくに切れている。体育倉庫でしたのを最後にセックスもしていない。もうとっくに心身ともに正気に戻っているはずだ。これ以上俺を混乱させないでくれ。あんたは男より女の方が好きだろう。早くそのことを思い出してくれ。
 そう思って新田の話をしたのに

「てめぇ、俺の気持ちわかってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」

 そりゃあ今まで何回もセックスはしてきたけど、それは薬のせいであって、好きとか恋愛感情があったからじゃない。

「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」

 迷惑なんかじゃなかった。何度も肌を合わせた。たくさんの時間を共有した。ポツリポツリと会話もあった。知れば知るほど沖田のことを苦手に思わなくなった。
 薬を飲ませることに心が痛むようになった。好きでもない相手に強制的に発情させられ、プライドもかなぐり捨てて抱いてくれと男に懇願するのはさぞ屈辱的だっただろう。
 保身のために安全性も確認できないものを飲ませ続けた。沖田に申し訳ないと思っていた。
 俺が悪かったから、だからもう、元に戻ってくれ。

「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったが、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」

 沖田に押しのけられた。違いざま見た沖田の顔は辛そうに歪んで今にも泣きだしそうだった。それを見た瞬間、鋭い針で心臓を突かれたような気がした。
 薬はとっくに切れている。勘違いや思い違いの期間もとっくに終わっているはずだ。
 愕然となった。

「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」

 振り返った沖田は自虐的に笑った。

「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」

 とトイレから出て行ってしまった。
 怒鳴られ追いかけることを躊躇った。学校が終わったら沖田に会いに行こう。鞄も届けてあげよう。そこでもう一度気持ちを確かめて…確かめてどうしよう。
 土屋はまだ自分の気持ちがはっきりわかっていなかった。まだ少し怖いが苦手意識はだいぶ減った。沖田が自分のことを好きだというなら付き合ってもいい。
 そう考えて放課後になると沖田のマンションへ向かった。インターフォンを鳴らしたが誰も出てこない。沖田の両親は仕事だ。仕方なく待つことにした。
 夕方になって沖田は帰って来た。土屋を見るなり顔を顰める。

「何しに来たんだよ」
「鞄、持ってきた」

 チッと舌打ちしながら鞄を受け取る。その時、沖田が上靴のままなのに気付いた。

「くつ…」
「うるせえ。とっとと帰れ」
「あの、話が」
「話なんかねえよ、帰れ」
「1つだけ!沖田くん、ほんとに俺のこと、好き?」

 キッと睨まれた。ぎこちなく引き攣った顔がみるみる赤くなっていく。

「そんなことを言うためにわざわざ来たのか?どこまで人をおちょくりゃ気が済むんだよ。いい加減にしねえとマジでぶっ飛ばすぞ」
「違うの?でも今日、こんなに誰かを好きになったのは初めてだって…」
「もういいだろ、黙れよ!!」

 大声を出されて土屋は口を閉ざした。下を向いて沖田は肩で息をしている。握りしめる拳が小さく震えていた。

「…何が、楽しいんだよ…」

 辛そうに声を絞り出すと、沖田は鍵をあけ、家の中に姿を消した。
 しばらく扉を眺めていた土屋は「また明日、学校でね」と声をかけてからその場を立ち去った。



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