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息子さんを僕に下さい(2/2)

2014.07.25.Fri.
<前話はこちら>

 どんな女かと思っていたら稲葉はどこにでもいる普通の女だった。髪も化粧も服装も、すべてがいまどきで、またどこにでもいそうな女だった。だから和室に入ってきた稲葉を見たときは、あんなとち狂った妄言を吐くようには見えずに驚いた。

 稲葉はここにいる全員が敵だと言わんばかりの隙を見せない鋭い目つきで俺たちのことを見渡した。俯く一彦に視線をとめたときだけ、頬を緩め、大丈夫、というように頷く。その目や表情に一切の迷いはなく、夕べ見せてもらった稲葉の手紙の異常さが裏付けられた。

「お母様、こちらの方は?」

 お母様と呼ばれたおばさんが居住まいを正し、咳払いしながら俺に目配せした。

「もしかしたらうちの一彦があなたに勘違いをさせるようなことをしてしまったのかもしれないけれど、今から話すことは全部本当、嘘偽りのない事実だから心して聞いて頂戴ね」
「なんのことでしょう?今日はかず君のことで大事な話があると聞いてきたんですけど」
「稲葉さん」

 一彦が口を開いた。愛しい者を見る目で稲葉が一彦を見る。

「もし、僕が、稲葉さんに勘違いさせたのならそれは本当に申し訳ないんだけど、僕には好きな人がいるんだ。それは稲葉さんじゃない。僕はその人と付き合ってる」
「私以外、かず君にそんな人はいないよ?」

 稲葉は微笑みながら首を傾げた。その仕草にぞっとなる。

「僕は稲葉さんとは付き合っていない。付き合ったこともない。これ以上僕に付き纏わないで欲しい」
「恋人に向かって付き纏うだなんて」
「きみは恋人なんかじゃない。僕の恋人は、たっくんだけだ」

 声を張り上げた一彦がぎゅっと俺の手を握る。その手がかすかに震えている。俺も手を握り返した。
 稲葉は一瞬笑みを消したが「なんの冗談?」と口を吊り上げて笑った。

「そういう面白くない冗談、好きじゃないんだけど」
「冗談なんかじゃない。僕はゲイだ。男の人しか好きになれない」
「お母様、かず君、どうしちゃったんですか?」

 稲葉が引きつった笑顔をおばさんに向ける。

「稲葉さん、一彦の言う通りなのよ。この子、女の子が駄目みたいなの。だからねぇ…一彦を好いてくれるのはありがたいんだけど、諦めてくれないかしら。どんなに好いてくれても、一彦が心変わりをすることはないと思うから」
「お母様まで!かず君が男の人を好きになるわけないじゃないですか!だって私のことが好きなんですよ?!実家に帰って来てるのだって、ご両親に私のことを紹介するためなんですよ?!ありえないですよ!」

 声を荒げた稲葉はテーブルを叩いた。
 稲葉のなかでは、一彦が実家に逃げ帰った理由も都合よく歪められているらしい。ストーカーの心理は理解できない。なぜ現実が見えないのか。

「ありえないのはあなたのほうですよ」

 俺が口を開くと稲葉はギッと音がしそうな勢いで睨み付けてきた。

「部外者は黙ってて下さい!」
「一彦の話、聞いていましたか?一彦が好きなのはあなたじゃない。一彦の恋人はこの俺なんです」
「かず君がホモなわけないじゃないですかぁっ!!」

 両手でテーブルを打つと稲葉は腰を浮かせた。このまま飛びかかってくるつもりか。咄嗟に一彦の前に手を伸ばし、体を傾けた。

「あなたが一彦を好きになる気持ちはよくわかります。俺もこいつのことが大好きですから。何より大切だし、大事にしたい。本当に一彦のことが好きなら、こいつを困らせるようなことはしちゃいけない」
「なに説教垂れてんのよぉぉ!どうせ嘘なんでしょお!?私とかず君を引き離すための嘘なんでしょぉぉっ?!」
「嘘じゃないよ、稲葉さん!」

 一彦も座布団から腰をあげて応戦する。

「僕は男しか好きになれない。僕が好きなのはたっくんだ。ずっとたっくんのことが好きだった。いつか忘れられるかもって思ってたけど、好きだって気持ちが消える日は一日だってなかった。たっくんが僕を好きじゃなくなっても、僕はきっと死ぬまでたっくんしか好きになれない!」
「一彦…!」

 なんてことを言いだすんだ……!
 俺も腰をあげて一彦を抱きしめた。一彦もひしっと腕を回してきた。

「俺だって死ぬまでずっとお前一筋だぞ」
「たっくん…!」

 目を見開いている稲葉が視界の端に映る。あんぐりと口を開けているおばさんが一彦の向こうに見える。でももう構うもんか。俺たちは二人が見ている前で唇を重ねた。勢いで舌まで入れた。角度をかえたとき、稲葉にはそれも見えただろう。

「なっ…な…なにやってんのよおおおぉぉぉぉっ!!!!汚らわしいぃぃぃっっ!!!」

 稲葉の絶叫に驚いて口が離れる。だが俺も一彦も、お互いの体に巻き付けた腕は解かなかった。

「ホォモォとぉかぁぁあぁぁつ!!まじ、ありえないんですけどぉっ!!!ヒイィィ!!どういう育て方したのよババア!!!」

 奇声をあげながら稲葉がおばさんに人差し指を向ける。おばさんも負けじとテーブルをバンと叩いて腰をあげ、

「大事な一人息子ですからね。そりゃあどこへ出しても恥ずかしくないように手塩にかけて育てましたよ。おかげで自慢の優しい息子になってくれたわよ。だからあなたみたいな人がお嫁に来てくれるより、孫の顔が見れなくても一彦のことを一番大事にしてくれる卓くんと一緒になってくれるほうが私は嬉しい。女だろうが男だろうが関係ありませんよ。一彦の幸せが親の幸せってもんですよ。私も卓くんのことは大好きだからね。息子の人を見る目だけは確かだと、母親として誇らしいわよ」
「なんなのよぉぉ、それぇぇぇっ!一人息子がホモになった負け惜しみダロォ?!ふざけんじゃないわよぉっ!!ホモなんて聞いてねえんだよぉぉおお!!せっかく私の王子様が見つかったと思ったのにぃぃいい!!!!こっちから願い下げなんだよおぉ!!二度と私に近づくんじゃねえぞオラァッ!!」

 口汚く罵った稲葉は鞄を持つとドカドカ足を踏み鳴らして部屋を出て行った。玄関のほうから扉の開閉の音がしたあと、ドカッと大きな音が聞こえた。きっと稲葉が扉を蹴っていったのだろう。

「塩!塩撒かなきゃ!!」

 立ち上がったおばさんが台所へと駆けて行く。
 二人きりになった和室で、俺たちはへたりと腰をおろし、ふふっと笑いあった。

「稲葉さんがあんなふうに豹変するなんて思わなかった…」
「だから言ったろ、女だからって油断するなって」
「ほんとだね。キレて人格かわったときは怖かった。たっくんがいてくれてよかった」
「逆切れしたあいつが何して来るかわからないから用心しろよ。もう大事にしたくないなんて言ってられないんだから、会社の上司にもこういうことがあったって報告くらいはしておけ」
「うん、そうだね、そうする」

 ことん、と俺の肩に一彦は頭を乗せた。

「さっき、僕が言ったこと、ほんとだからね。でもたっくんを縛るつもりはないから。僕以外の誰かを好きになったら、その時は僕、潔く身を引くつもりだから。泣いちゃうかもしれないけど…絶対、ごねたりはしないから」
「ばか。俺も本気だぞ。本気で死ぬまでお前一筋だ。今回のことでよくわかった。お前を守るのは俺しかいないってな」
「私も、さっき言ったの本音だからね」

 いつの間にか戻ってきていたおばさんが、開いたふすまから顔を出してニヤリと笑い、また奥へ引っ込んだ。
 俺たちは顔を見合わせた。

「本音って…」
「そういえばさっき僕たちキスしちゃったね…」

 思い出した瞬間、二人とも顔が真っ赤に茹った。

「お、お芝居だと思ってないかな」
「どうだろう。母さん、たまに鋭かったり鈍かったりするから」

 半々の確率か。いや、なんだかもう一彦の恋人役に俺を選んでる時点で100パー勘付かれてる気がする。今回のゴタゴタに乗じて、俺たちに言いやすい環境を整えてくれたようにも思える。

「うーん…いずれは言わなきゃいけないよな、俺たちのこと」
「い、言うの?!」
「あんな風に言ってくれてるんだから、ちゃんと筋は通さなきゃな」

 ほんとにあれがおばさんの本音なら。大事な一人息子の孫を見せてやれない分、こっちは誠意みせなきゃいかんだろと思うわけで。

「ってことは俺、アレをやるのか」
「あれって?」
「息子さんを僕に下さいってやつ」
「はうっ」


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コメント
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お返事
takechunさん

感想ありがとうございます!
これ(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡可愛いですね!可愛い…!
もうちょっと一彦のお母さんがニヤニヤ見守る描写を入れたかったのですが、ストーカーというちょっと大き目なネタにしたのであんな具合になりました。ゲイの息子に理解のある親というのは理想的ですね。
私もハッピーエンド好きです!少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです!

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