大人のスーツ(4/12)
2020.09.30.Wed.
<1→2→3>
トン、と肩を叩かれた。顔をあげると、一年の初めに俺に話しかけてきた白樫が立っていた。
「ここ、いい?」
と他にたくさん席があいているのに向かいの席を指差す。
「いいけど」
つい険しい顔つきで答えてしまった。この人を見るとどうしてもその背後にいるサンジャイを思い出す。
「そんな風に嫌そうな顔をされると座りにくいな」
苦笑しながら白樫は腰をおろした。座りにくいならよそに行ってくれよ。
白樫は腕時計を見て、
「もうすぐ勇樹が来るから、それまで話相手になってくれよ」
と言う。
「サンジャイが来んのかよ」
更に険しい顔つきになった俺を見て白樫が吹き出す。
「話は聞いていたけど本当に勇樹が嫌いなんだな。勇樹とあの子は何の関係もないんだぞ。それなのにそんなに嫉妬して馬鹿か、君は」
「ほっとけよ。あいつはなんだか気に食わねえんだよ。昔からの知り合いだかなんだか知らないけど、妙に一ノ瀬に信頼されてるし、一ノ瀬のことなら何でも知ってるような顔してやがるし」
「そんな顔はしてないだろ。ただの幼馴染みなんだから」
「幼馴染みって関係にもむかつく。俺の知らない一ノ瀬を知ってるのが許せない。あいつは俺だけのものなのに」
「僕からの忠告、ちゃんと理解してるのか?」
白樫は溜息をついた。
「理解してる。あんたは俺と一ノ瀬のことを知ってるんだから隠すことねえだろ」
「ほんとにわかりやすい性格だなぁ。勇樹が心配するわけだよ」
「あんた、サンジャイとどういう関係? あいつと付き合ってんの?」
「まさか。勇樹はノンケだし、僕には今、好きな人がいる。僕と勇樹の関係もただの幼馴染みだ」
「あんたも小学校から一緒だったのか?」
「うん。君の一ノ瀬君とは学年が違ったからほとんど面識はないけど、勇樹からたまに話は聞いていたよ。小/学生の時ね、みんな勇樹って日本名で呼んでいたのに、彼だけがサンジャイって呼んでたんだ。勇樹はそれが妙に嬉しかったらしい」
名前の呼び方ひとつでも聞いてて腹が立つ。俺の勘繰りだとしても、二人には特別な絆があるような気がして仕方がない。
「ところで君、年末は何か予定ある?」
「特にないけど」
「僕の知り合いが個展をひらくんだ。良かったら見に来ない?」
「なんで俺を誘うんだ」
「その人もゲイでね。世界中のゲイやビアンの写真を撮っているんだけど、セクシャリティ関係なく素晴らしい作品ばかりだから、一度どうかと思って。僕が手伝いに入ってる時なら無料で入れてあげるよ」
「別に興味ない」
「気が向いたらおいで。場所は吉祥寺。ここに地図が載ってるから」
白樫は鞄から出したフライヤーを俺に渡してきた。地図と一緒に、白人男性二人がお互いを抱きしめ合う写真がプリントされている。なるほど、こういう写真を撮ってるわけか。
「あ、勇樹が来た」
フライヤーから顔を上げると、大柄な男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。あいつ、しばらく見ない間に更にでかくなっていやがる。
「珍しい組み合わせだな」
何の断りもなく、空いている横の席に座った。
年々、こいつの顔の彫りが深くなっている気がする。浅黒い肌、日本人離れした顔。成長するにつれ、インド人の血が濃くあらわれているようだ。
「彼を樋口さんの個展に誘ってたんだ」
「あぁ。こいつ、行かないって言っただろ」
「うん。どうしてわかったんだ?」
「そういうひねくれた奴だからな」
とサンジャイは俺を見てニヤッと笑った。
「こいつを動かすにはコツがあるんだ。一ノ瀬の名前を出せばいい。あいつ、今アメリカに留学してるんだろう?」
「どうしてあんたがそれを知ってるんだ」
「たまにメールしてるからな。オレゴンにいるってことも知ってる。個展を開く樋口さんて人、オレゴンでも写真を撮ってきたらしい。今回の個展でそれを出すそうだ。もしかしたら、一ノ瀬があっちで作った新しい恋人と写ってたりしてな」
「おまえ……!」
カッとなって立ち上がった。白樫も立ち上がり、俺を押さえるように手を伸ばす。
「勇樹、何を言い出すんだ」
と咎める視線をサンジャイに向けた。
「冗談だ、悪かったよ。でもおまえ、高校の時と何もかわってないな。そんなんでこの先、あいつとやっていけるのか。おまえのむき出しの感情はいつかあいつを困らせるぞ。二人して追い詰められて身動きとれなくなる前に、もっと大人になれ」
さっきまでのニヤついた顔がいつの間にか真剣な表情にかわっていた。そんなこと言われるまでもない。大人にならなきゃいけないことは俺が一番よくわかってる。
「と、まぁ説教はこのぐらいにして、今夜、その樋口さんに会うんだが、おまえも出てこられないか? いいだろ、育夫」
とサンジャイは白樫を見た。
「構わないと思うよ。一人位増えたって気にしない人だから」
「じゃ、19時に吉祥寺駅な」
「おい、勝手に決めるなよ、俺は行くなんて言ってねえだろ」
「樋口さんからいま一ノ瀬がいるオレゴンがどんなところか聞いてみたくはないか?」
一ノ瀬からメールや電話で様子は知っているつもりだが、写真家というなら写真を撮っているかもしれない。オレゴンの写真があるなら見てみたい気もする。
今日は鉄雄さんの店で飲み会の約束がある。俺が行かないと鉄雄さんは一人で店をやらなきゃならない。でも写真も見てみたい。
しばらく思い悩んだ末、どんな些細なことでもいいから一ノ瀬に繋がるものがあるほうを選んだ。
「吉祥寺に19時だな」
そう言う俺を見て「な?」とサンジャイは白樫に向き直り、
「こいつを誘い出すには一ノ瀬の名前を出すのが何より有効なんだ」
と笑った。本当にむかつく野郎だ。
このあと鉄雄さんに電話して、今日、行けなくなったことを告げ、手伝えないことを詫びた。次にセミナーの奴に電話し、飲み会をパスすると伝え、鉄雄さんに迷惑をかけないこと、飲み物や料理を自分たちで取りにいくことを約束させて電話を切った。


トン、と肩を叩かれた。顔をあげると、一年の初めに俺に話しかけてきた白樫が立っていた。
「ここ、いい?」
と他にたくさん席があいているのに向かいの席を指差す。
「いいけど」
つい険しい顔つきで答えてしまった。この人を見るとどうしてもその背後にいるサンジャイを思い出す。
「そんな風に嫌そうな顔をされると座りにくいな」
苦笑しながら白樫は腰をおろした。座りにくいならよそに行ってくれよ。
白樫は腕時計を見て、
「もうすぐ勇樹が来るから、それまで話相手になってくれよ」
と言う。
「サンジャイが来んのかよ」
更に険しい顔つきになった俺を見て白樫が吹き出す。
「話は聞いていたけど本当に勇樹が嫌いなんだな。勇樹とあの子は何の関係もないんだぞ。それなのにそんなに嫉妬して馬鹿か、君は」
「ほっとけよ。あいつはなんだか気に食わねえんだよ。昔からの知り合いだかなんだか知らないけど、妙に一ノ瀬に信頼されてるし、一ノ瀬のことなら何でも知ってるような顔してやがるし」
「そんな顔はしてないだろ。ただの幼馴染みなんだから」
「幼馴染みって関係にもむかつく。俺の知らない一ノ瀬を知ってるのが許せない。あいつは俺だけのものなのに」
「僕からの忠告、ちゃんと理解してるのか?」
白樫は溜息をついた。
「理解してる。あんたは俺と一ノ瀬のことを知ってるんだから隠すことねえだろ」
「ほんとにわかりやすい性格だなぁ。勇樹が心配するわけだよ」
「あんた、サンジャイとどういう関係? あいつと付き合ってんの?」
「まさか。勇樹はノンケだし、僕には今、好きな人がいる。僕と勇樹の関係もただの幼馴染みだ」
「あんたも小学校から一緒だったのか?」
「うん。君の一ノ瀬君とは学年が違ったからほとんど面識はないけど、勇樹からたまに話は聞いていたよ。小/学生の時ね、みんな勇樹って日本名で呼んでいたのに、彼だけがサンジャイって呼んでたんだ。勇樹はそれが妙に嬉しかったらしい」
名前の呼び方ひとつでも聞いてて腹が立つ。俺の勘繰りだとしても、二人には特別な絆があるような気がして仕方がない。
「ところで君、年末は何か予定ある?」
「特にないけど」
「僕の知り合いが個展をひらくんだ。良かったら見に来ない?」
「なんで俺を誘うんだ」
「その人もゲイでね。世界中のゲイやビアンの写真を撮っているんだけど、セクシャリティ関係なく素晴らしい作品ばかりだから、一度どうかと思って。僕が手伝いに入ってる時なら無料で入れてあげるよ」
「別に興味ない」
「気が向いたらおいで。場所は吉祥寺。ここに地図が載ってるから」
白樫は鞄から出したフライヤーを俺に渡してきた。地図と一緒に、白人男性二人がお互いを抱きしめ合う写真がプリントされている。なるほど、こういう写真を撮ってるわけか。
「あ、勇樹が来た」
フライヤーから顔を上げると、大柄な男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。あいつ、しばらく見ない間に更にでかくなっていやがる。
「珍しい組み合わせだな」
何の断りもなく、空いている横の席に座った。
年々、こいつの顔の彫りが深くなっている気がする。浅黒い肌、日本人離れした顔。成長するにつれ、インド人の血が濃くあらわれているようだ。
「彼を樋口さんの個展に誘ってたんだ」
「あぁ。こいつ、行かないって言っただろ」
「うん。どうしてわかったんだ?」
「そういうひねくれた奴だからな」
とサンジャイは俺を見てニヤッと笑った。
「こいつを動かすにはコツがあるんだ。一ノ瀬の名前を出せばいい。あいつ、今アメリカに留学してるんだろう?」
「どうしてあんたがそれを知ってるんだ」
「たまにメールしてるからな。オレゴンにいるってことも知ってる。個展を開く樋口さんて人、オレゴンでも写真を撮ってきたらしい。今回の個展でそれを出すそうだ。もしかしたら、一ノ瀬があっちで作った新しい恋人と写ってたりしてな」
「おまえ……!」
カッとなって立ち上がった。白樫も立ち上がり、俺を押さえるように手を伸ばす。
「勇樹、何を言い出すんだ」
と咎める視線をサンジャイに向けた。
「冗談だ、悪かったよ。でもおまえ、高校の時と何もかわってないな。そんなんでこの先、あいつとやっていけるのか。おまえのむき出しの感情はいつかあいつを困らせるぞ。二人して追い詰められて身動きとれなくなる前に、もっと大人になれ」
さっきまでのニヤついた顔がいつの間にか真剣な表情にかわっていた。そんなこと言われるまでもない。大人にならなきゃいけないことは俺が一番よくわかってる。
「と、まぁ説教はこのぐらいにして、今夜、その樋口さんに会うんだが、おまえも出てこられないか? いいだろ、育夫」
とサンジャイは白樫を見た。
「構わないと思うよ。一人位増えたって気にしない人だから」
「じゃ、19時に吉祥寺駅な」
「おい、勝手に決めるなよ、俺は行くなんて言ってねえだろ」
「樋口さんからいま一ノ瀬がいるオレゴンがどんなところか聞いてみたくはないか?」
一ノ瀬からメールや電話で様子は知っているつもりだが、写真家というなら写真を撮っているかもしれない。オレゴンの写真があるなら見てみたい気もする。
今日は鉄雄さんの店で飲み会の約束がある。俺が行かないと鉄雄さんは一人で店をやらなきゃならない。でも写真も見てみたい。
しばらく思い悩んだ末、どんな些細なことでもいいから一ノ瀬に繋がるものがあるほうを選んだ。
「吉祥寺に19時だな」
そう言う俺を見て「な?」とサンジャイは白樫に向き直り、
「こいつを誘い出すには一ノ瀬の名前を出すのが何より有効なんだ」
と笑った。本当にむかつく野郎だ。
このあと鉄雄さんに電話して、今日、行けなくなったことを告げ、手伝えないことを詫びた。次にセミナーの奴に電話し、飲み会をパスすると伝え、鉄雄さんに迷惑をかけないこと、飲み物や料理を自分たちで取りにいくことを約束させて電話を切った。

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- 大人のスーツ(3/12)
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大人のスーツ(3/12)
2020.09.29.Tue.
<1→2>
今日は同じセミナーの連中と鉄雄さんの店で飲み会をすることになっていた。店の定員を上回る人数なので毎回貸切にしてくれている。それに味をしめて、何かある度に鉄雄さんの店で飲み会をするので困る。鉄雄さんは笑って歓迎してくれるけど、迷惑じゃないかと俺は気が気じゃない。
高校の時からずっと鉄雄さんの店でバイトを続けさせてもらっている。色々都合をつけてくれるので大変ありがたい。
鉄雄さんの友人の菱沼さんもちょくちょく顔を出す。菱沼さんの紹介で知り合ったディーラーから安くて良い中古車を買ったのが今年の夏。念願だった一ノ瀬とのドライブも果たせたが、一ノ瀬を空港へ送り届けたのを最後に、助手席はずっと空席のままだ。
三限目が空きなのでのんびり昼食をとりながら何度も携帯を開けたりしめたりしていた。一ノ瀬に電話したい。声を聞きたい。でも迷惑がられたくない。
一ノ瀬がいるオレゴンとの時差はこの時期17時間。今12時過ぎだから、向こうは19時過ぎということになる。
あと数時間の我慢も出来ない。4時間経てば、一ノ瀬の20歳の誕生日なのだ。向こうで日付の変わる瞬間に電話しておめでとうを言ってやりたい。しかしそんな時間に電話して一ノ瀬が疲れて寝ていたらどうしようと、そんな心配もある。
日本ではもう誕生日を向かえている。まったく時差というのはややこしい。どっちの時間で祝えばいいのかと戸惑ってしまう。
「ま、いっか」
俺も時間があるんだし、一ノ瀬も夜遅くに電話されるより今電話を受けるほうがいいだろう。自分に都合よく考えて、一ノ瀬に電話をした。
呼び出し音が途切れ、受話口から『はい』と一ノ瀬の声が聞こえてきた。
「い、一ノ瀬、俺」
妙に緊張して声が上ずった。
「いま、電話しても大丈夫?」
『あぁ、どうした?』
「今日、誕生日だろ。そっちじゃ明日だけど」
フッと笑った息遣いが聞こえた。
『覚えてたのか』
「当たり前だろ」
俺が一ノ瀬の誕生日を忘れるもんか。
「誕生日おめでとう。これが言いたくて電話した」
『ありがとう、嬉しいよ』
この1、2年で一ノ瀬はだいぶ素直に感情を表に出してくれるようになった。前より笑顔も増えたのに、今は声しか聞くことが出来ない。
「会いたいよ」
通話口に囁いた。向こうで一ノ瀬は沈黙する。
「会いたい、一ノ瀬に会いたい。会って抱きしめてキスしたい。一日中ずっと一緒に抱き合っていたい。帰って来てよ、一ノ瀬、寂しすぎるよ」
困らせるだけだとわかっていても、声を聞いたら感情をおさえられなくなった。
『木村』
穏やかな声で呼びかけられた。
『俺だっておまえに会いたいと思ってるよ。でも今はやらなきゃいけないことがある。俺も我慢するからおまえも我慢してくれないか』
「一ノ瀬は我慢できんの? 俺にはそれ、難しいよ」
『おまえが待っていてくれると思うから、俺は頑張ることが出来る。あと三ヶ月だ』
正確には三ヶ月と半月だ。
『高校三年の夏休み、喧嘩をしたこと覚えてるか』
「覚えてるよ」
北野が一ノ瀬に誤解させるようなことをわざと言った。そのせいで俺たちの関係は壊れかけた。
『俺はあの時のほうが辛かった。怒ってもいたし、悲しくもあった。疑心暗鬼と自己嫌悪で心が潰れそうだった。でも今は違う。おまえを信じていられるし、自分の気持ちもはっきりしている。だから俺は今を耐えていられる。おまえもそうであって欲しい。無理かな?』
そんな風に言われたら俺は何も言えなくなる。これ以上の我侭は一ノ瀬を困らせるだけ。最悪呆れられて嫌われるかもしれない。一ノ瀬は大人だ。俺よりはるかにしっかりしている。泣き言ばかり言う自分が情けなくなってくる。
「わかったよ、我慢する」
『帰ったら一日中、ずっと一緒にいよう』
「ほんとに? 約束だからな!」
忍び笑いと共に『約束だ』という一ノ瀬の声が聞こえた。今はそれに縋るしかない。
電話を切ったあと大きな溜息をついてテーブルに突っ伏した。俺にとって一ノ瀬は絶対的な存在になっている。どうしてこんなに一ノ瀬を好きになってしまったんだろう。こんな気持ちで一ノ瀬の帰りを待つのは辛すぎる。


【続きを読む】
今日は同じセミナーの連中と鉄雄さんの店で飲み会をすることになっていた。店の定員を上回る人数なので毎回貸切にしてくれている。それに味をしめて、何かある度に鉄雄さんの店で飲み会をするので困る。鉄雄さんは笑って歓迎してくれるけど、迷惑じゃないかと俺は気が気じゃない。
高校の時からずっと鉄雄さんの店でバイトを続けさせてもらっている。色々都合をつけてくれるので大変ありがたい。
鉄雄さんの友人の菱沼さんもちょくちょく顔を出す。菱沼さんの紹介で知り合ったディーラーから安くて良い中古車を買ったのが今年の夏。念願だった一ノ瀬とのドライブも果たせたが、一ノ瀬を空港へ送り届けたのを最後に、助手席はずっと空席のままだ。
三限目が空きなのでのんびり昼食をとりながら何度も携帯を開けたりしめたりしていた。一ノ瀬に電話したい。声を聞きたい。でも迷惑がられたくない。
一ノ瀬がいるオレゴンとの時差はこの時期17時間。今12時過ぎだから、向こうは19時過ぎということになる。
あと数時間の我慢も出来ない。4時間経てば、一ノ瀬の20歳の誕生日なのだ。向こうで日付の変わる瞬間に電話しておめでとうを言ってやりたい。しかしそんな時間に電話して一ノ瀬が疲れて寝ていたらどうしようと、そんな心配もある。
日本ではもう誕生日を向かえている。まったく時差というのはややこしい。どっちの時間で祝えばいいのかと戸惑ってしまう。
「ま、いっか」
俺も時間があるんだし、一ノ瀬も夜遅くに電話されるより今電話を受けるほうがいいだろう。自分に都合よく考えて、一ノ瀬に電話をした。
呼び出し音が途切れ、受話口から『はい』と一ノ瀬の声が聞こえてきた。
「い、一ノ瀬、俺」
妙に緊張して声が上ずった。
「いま、電話しても大丈夫?」
『あぁ、どうした?』
「今日、誕生日だろ。そっちじゃ明日だけど」
フッと笑った息遣いが聞こえた。
『覚えてたのか』
「当たり前だろ」
俺が一ノ瀬の誕生日を忘れるもんか。
「誕生日おめでとう。これが言いたくて電話した」
『ありがとう、嬉しいよ』
この1、2年で一ノ瀬はだいぶ素直に感情を表に出してくれるようになった。前より笑顔も増えたのに、今は声しか聞くことが出来ない。
「会いたいよ」
通話口に囁いた。向こうで一ノ瀬は沈黙する。
「会いたい、一ノ瀬に会いたい。会って抱きしめてキスしたい。一日中ずっと一緒に抱き合っていたい。帰って来てよ、一ノ瀬、寂しすぎるよ」
困らせるだけだとわかっていても、声を聞いたら感情をおさえられなくなった。
『木村』
穏やかな声で呼びかけられた。
『俺だっておまえに会いたいと思ってるよ。でも今はやらなきゃいけないことがある。俺も我慢するからおまえも我慢してくれないか』
「一ノ瀬は我慢できんの? 俺にはそれ、難しいよ」
『おまえが待っていてくれると思うから、俺は頑張ることが出来る。あと三ヶ月だ』
正確には三ヶ月と半月だ。
『高校三年の夏休み、喧嘩をしたこと覚えてるか』
「覚えてるよ」
北野が一ノ瀬に誤解させるようなことをわざと言った。そのせいで俺たちの関係は壊れかけた。
『俺はあの時のほうが辛かった。怒ってもいたし、悲しくもあった。疑心暗鬼と自己嫌悪で心が潰れそうだった。でも今は違う。おまえを信じていられるし、自分の気持ちもはっきりしている。だから俺は今を耐えていられる。おまえもそうであって欲しい。無理かな?』
そんな風に言われたら俺は何も言えなくなる。これ以上の我侭は一ノ瀬を困らせるだけ。最悪呆れられて嫌われるかもしれない。一ノ瀬は大人だ。俺よりはるかにしっかりしている。泣き言ばかり言う自分が情けなくなってくる。
「わかったよ、我慢する」
『帰ったら一日中、ずっと一緒にいよう』
「ほんとに? 約束だからな!」
忍び笑いと共に『約束だ』という一ノ瀬の声が聞こえた。今はそれに縋るしかない。
電話を切ったあと大きな溜息をついてテーブルに突っ伏した。俺にとって一ノ瀬は絶対的な存在になっている。どうしてこんなに一ノ瀬を好きになってしまったんだろう。こんな気持ちで一ノ瀬の帰りを待つのは辛すぎる。

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大人のスーツ(2/12)
2020.09.28.Mon.
<1>
俺の家に一ノ瀬を連れ帰った。来訪を喜ぶ母さんに一ノ瀬は丁寧に挨拶をし、俺が嫉妬するほどの笑顔を浮かべ世間話を始める。母さんに会うと毎回こうなので、俺もキリのいいところで会話を終わらせ、一ノ瀬を部屋に連れこんだ。扉が閉まる前に抱きついて頭に顔を埋めてキスする。
「話があって今日は来たんだ」
胸を押し返された。
「今日、泊まって行って」
「明日も朝から講義──」
キスして口を塞いだ。初めは抵抗していた一ノ瀬も、諦めたのか俺の背中に手をまわし、ぎこちなく応えてくれた。幸せだ。
服を脱がせようとしたら突き飛ばされた。赤い顔で俺を睨んで「馬鹿か」と言う。
「今日、泊まってってくれる?」
「……家の人の了解を得ないと」
固いなぁ、まったく。うちの母さんは一ノ瀬をいたく気に入っているから断られることはないが、問題は一ノ瀬の家の方だ。
一ノ瀬は小さい時に両親を亡くしている。祖父母の家に引き取られたのだが、そこの爺さんがとても厳しい人だと言うのだ。今は体調を崩して入院中らしいのだが、一ノ瀬のお兄さんがこの爺さんに負けず劣らず厳しいらしい。
前に一ノ瀬が「門限が20時」だと言っていたが、冗談でもなく本当のことだと知り俺はショックを受けたものだ。
さすがに大学生になると門限はなくなったが、小さい頃から身についた習慣なのか、一ノ瀬は夜になると腕時計を確認し22時には帰るようにしていた。遅くても日付が変わる前にはきっちり帰る。遊べやしない。俺の想像以上に厳格な一家らしい。一ノ瀬の外泊にいい顔をしないのも想像できる。
「じゃ、母さんに聞いてくるから、一ノ瀬も家の人に聞いてみてくれる?」
わかった、と一ノ瀬が携帯電話を取り出した。聞くまでもないが、一ノ瀬の手前、俺も母さんに断りを入れるため、下におりた。
~ ~ ~
一ノ瀬と一緒に食卓を囲むというのはいいものだ。家族になったような気がする。
客人であるのに一ノ瀬は積極的に動いて食事の後片付けを手伝った。俺はリビングでソファに寝そべりながら、キッチンから聞こえてくる母さんの笑い声と一ノ瀬の声を聞いていた。
一ノ瀬が母さんに優しいのは、幼いころに両親を亡くしているからなのかもしれない。だから嫉妬しないでいようと思うのだが、筒抜けだった会話が急に聞こえなくなり、声を潜めて二人が話をしていることに気付くといてもたってもいられない気持ちになる。何を親密に話しているのか。気になってキッチンに行くのも格好悪いし、我慢してテレビを見た。
二人とも入浴し終わったのが23時。先に風呂を済ませていた一ノ瀬が、濡れた髪のままベッドに座って本を読んでいた。
「風邪ひくよ」
持っていたタオルで髪の毛を拭いてやる。
「あ、そうだ、話って?」
「うん……」
一ノ瀬はパタンと本を閉じ、立ち上がって本を棚に戻した。なんだか言いにくそうにする一ノ瀬を見てまた不安が広がっていく。
「あとで、話す」
「気になるって。何、ほんとに」
俯いて俺から視線を逸らす。何だよ、やっぱり別れ話なのか?
「何って!」
つい語気を荒くなる。一ノ瀬が俯いたまま歩み寄ってくる。俺の目の前で立ち止まり、もたれかかってきた。
「あとで……」
俺の肩に頭を乗せ、小さな声で言う。意味を悟った俺は口から心臓が飛び出るほど驚いた。一ノ瀬から誘われたことなんて今まで一度もないことだ。思わず「嘘!」と声をあげてしまった。
「ほ、え、ほんとに? どうしたの?」
答えるかわりに一ノ瀬が俺にキスしてきた。嘘みたい。俺は何の反応もできなかった。はなれていった一ノ瀬が赤い顔で俺を睨んでいる。
「俺からこんなことしちゃいけないのか」
「そんなこと……っ、だって、嘘みたいだから、信じられなくて」
ぎゅっと抱きしめたら一ノ瀬も俺の体に腕をまわしてきた。これ、夢かな? 夢なら覚めないうちに、と俺は一ノ瀬をベッドに押し倒した。
いつものように、今日もお互いの体を触りあってイクだけで終わると思っていたのに、今日はなかなか一ノ瀬が俺を終わらせてくれなくて、どんな焦らしプレイかと思っていたら、
「き、今日は、その、最後まで、しても、いいかと思ってるんだけど……」
消え入りそうな小さな声で一ノ瀬は言った。本当に一ノ瀬なのかと俺は顔を確認したくらいだ。
「い、いいの?」
「嫌ならいい」
嫌なわけない。思わず生唾を飲み込んでしまった。
そして今朝夢で見たようなことがあったわけだが、事のあと、ベッドの上で一ノ瀬が言い出した「話」というのが、俺をしばらく落ち込ませた。
「二年の後期から半年、留学しようと思ってる」
「留学?!」
予想もしていなかった展開。
「どこに?」
「アメリカ」
「嘘、嘘でしょ?」
「本気だ」
「嫌だ」
首を振って駄々をこねた。さっきまで有頂天だった気持ちが一気に叩き落とされた。
「嫌だ、行くなよ、半年なんて長すぎる、俺が無理」
一ノ瀬の腰に抱きついてまた泣いてしまった。最近涙腺が弱いらしい。年かな。
「まだ先の話だ。それに半年なんて案外あっという間に過ぎるよ」
一ノ瀬は俺の背中をさすってくれた。まだ先と言うけれど、それは『案外あっという間に』やってくるんだろ。
「それで俺に抱かれてもいいって思ったわけ? 何それ、置き土産のつもり? 俺に悪いと思うなら行くなよ!」
「うん、ごめん」
ごめんて謝るな。一晩中、俺は泣きながら文句を言い続け、一晩中、一ノ瀬は俺を慰め続けた。翌朝の俺の顔は泣きはらしてとても見れるものではなかった。
「落ち着くまで一人にして」
心配する一ノ瀬を朝、部屋から追い出した。その日俺は部屋にこもって気持ちが悪くなるまで考えた。どんなに考えても「行って欲しくない」という答えしか出て来ない。
一ノ瀬は平気なのだろうか。俺と離れることをなんとも思わないのだろうか。
……いや、違うな。一ノ瀬は俺より自立心が強いだけだ。俺が一ノ瀬に依存しすぎているんだ。一ノ瀬の人生の一部になっちゃいけない。そんなの一ノ瀬の重荷でしかない。
俺が一ノ瀬から頼られるような男にならなくちゃいけない。だから俺は一ノ瀬を気持ち良くアメリカに送り出し、あいつ以上に成長して待っててやらなくちゃいけない。あいつが惚れ直すくらいのいい男になって、帰ってきた一ノ瀬を出迎えてやるんだ。
その考えに落ち着かせるまでに三日かかった。
そして『案外あっという間』に二年の後期になり、面接をパスした一ノ瀬はアメリカへ旅立った。
一ノ瀬が帰ってくるまであと三ヶ月と半月。この時だけはあっという間に時は経ってくれず、俺は一ノ瀬に会いたくて気が狂いそうになる。だからあんな夢を見て夢精なんてしてしまったんだ。
「あいつ、今頃何してるかなぁ」
白んでいく早朝の空を見上げてひとりごちた。
俺の家に一ノ瀬を連れ帰った。来訪を喜ぶ母さんに一ノ瀬は丁寧に挨拶をし、俺が嫉妬するほどの笑顔を浮かべ世間話を始める。母さんに会うと毎回こうなので、俺もキリのいいところで会話を終わらせ、一ノ瀬を部屋に連れこんだ。扉が閉まる前に抱きついて頭に顔を埋めてキスする。
「話があって今日は来たんだ」
胸を押し返された。
「今日、泊まって行って」
「明日も朝から講義──」
キスして口を塞いだ。初めは抵抗していた一ノ瀬も、諦めたのか俺の背中に手をまわし、ぎこちなく応えてくれた。幸せだ。
服を脱がせようとしたら突き飛ばされた。赤い顔で俺を睨んで「馬鹿か」と言う。
「今日、泊まってってくれる?」
「……家の人の了解を得ないと」
固いなぁ、まったく。うちの母さんは一ノ瀬をいたく気に入っているから断られることはないが、問題は一ノ瀬の家の方だ。
一ノ瀬は小さい時に両親を亡くしている。祖父母の家に引き取られたのだが、そこの爺さんがとても厳しい人だと言うのだ。今は体調を崩して入院中らしいのだが、一ノ瀬のお兄さんがこの爺さんに負けず劣らず厳しいらしい。
前に一ノ瀬が「門限が20時」だと言っていたが、冗談でもなく本当のことだと知り俺はショックを受けたものだ。
さすがに大学生になると門限はなくなったが、小さい頃から身についた習慣なのか、一ノ瀬は夜になると腕時計を確認し22時には帰るようにしていた。遅くても日付が変わる前にはきっちり帰る。遊べやしない。俺の想像以上に厳格な一家らしい。一ノ瀬の外泊にいい顔をしないのも想像できる。
「じゃ、母さんに聞いてくるから、一ノ瀬も家の人に聞いてみてくれる?」
わかった、と一ノ瀬が携帯電話を取り出した。聞くまでもないが、一ノ瀬の手前、俺も母さんに断りを入れるため、下におりた。
~ ~ ~
一ノ瀬と一緒に食卓を囲むというのはいいものだ。家族になったような気がする。
客人であるのに一ノ瀬は積極的に動いて食事の後片付けを手伝った。俺はリビングでソファに寝そべりながら、キッチンから聞こえてくる母さんの笑い声と一ノ瀬の声を聞いていた。
一ノ瀬が母さんに優しいのは、幼いころに両親を亡くしているからなのかもしれない。だから嫉妬しないでいようと思うのだが、筒抜けだった会話が急に聞こえなくなり、声を潜めて二人が話をしていることに気付くといてもたってもいられない気持ちになる。何を親密に話しているのか。気になってキッチンに行くのも格好悪いし、我慢してテレビを見た。
二人とも入浴し終わったのが23時。先に風呂を済ませていた一ノ瀬が、濡れた髪のままベッドに座って本を読んでいた。
「風邪ひくよ」
持っていたタオルで髪の毛を拭いてやる。
「あ、そうだ、話って?」
「うん……」
一ノ瀬はパタンと本を閉じ、立ち上がって本を棚に戻した。なんだか言いにくそうにする一ノ瀬を見てまた不安が広がっていく。
「あとで、話す」
「気になるって。何、ほんとに」
俯いて俺から視線を逸らす。何だよ、やっぱり別れ話なのか?
「何って!」
つい語気を荒くなる。一ノ瀬が俯いたまま歩み寄ってくる。俺の目の前で立ち止まり、もたれかかってきた。
「あとで……」
俺の肩に頭を乗せ、小さな声で言う。意味を悟った俺は口から心臓が飛び出るほど驚いた。一ノ瀬から誘われたことなんて今まで一度もないことだ。思わず「嘘!」と声をあげてしまった。
「ほ、え、ほんとに? どうしたの?」
答えるかわりに一ノ瀬が俺にキスしてきた。嘘みたい。俺は何の反応もできなかった。はなれていった一ノ瀬が赤い顔で俺を睨んでいる。
「俺からこんなことしちゃいけないのか」
「そんなこと……っ、だって、嘘みたいだから、信じられなくて」
ぎゅっと抱きしめたら一ノ瀬も俺の体に腕をまわしてきた。これ、夢かな? 夢なら覚めないうちに、と俺は一ノ瀬をベッドに押し倒した。
いつものように、今日もお互いの体を触りあってイクだけで終わると思っていたのに、今日はなかなか一ノ瀬が俺を終わらせてくれなくて、どんな焦らしプレイかと思っていたら、
「き、今日は、その、最後まで、しても、いいかと思ってるんだけど……」
消え入りそうな小さな声で一ノ瀬は言った。本当に一ノ瀬なのかと俺は顔を確認したくらいだ。
「い、いいの?」
「嫌ならいい」
嫌なわけない。思わず生唾を飲み込んでしまった。
そして今朝夢で見たようなことがあったわけだが、事のあと、ベッドの上で一ノ瀬が言い出した「話」というのが、俺をしばらく落ち込ませた。
「二年の後期から半年、留学しようと思ってる」
「留学?!」
予想もしていなかった展開。
「どこに?」
「アメリカ」
「嘘、嘘でしょ?」
「本気だ」
「嫌だ」
首を振って駄々をこねた。さっきまで有頂天だった気持ちが一気に叩き落とされた。
「嫌だ、行くなよ、半年なんて長すぎる、俺が無理」
一ノ瀬の腰に抱きついてまた泣いてしまった。最近涙腺が弱いらしい。年かな。
「まだ先の話だ。それに半年なんて案外あっという間に過ぎるよ」
一ノ瀬は俺の背中をさすってくれた。まだ先と言うけれど、それは『案外あっという間に』やってくるんだろ。
「それで俺に抱かれてもいいって思ったわけ? 何それ、置き土産のつもり? 俺に悪いと思うなら行くなよ!」
「うん、ごめん」
ごめんて謝るな。一晩中、俺は泣きながら文句を言い続け、一晩中、一ノ瀬は俺を慰め続けた。翌朝の俺の顔は泣きはらしてとても見れるものではなかった。
「落ち着くまで一人にして」
心配する一ノ瀬を朝、部屋から追い出した。その日俺は部屋にこもって気持ちが悪くなるまで考えた。どんなに考えても「行って欲しくない」という答えしか出て来ない。
一ノ瀬は平気なのだろうか。俺と離れることをなんとも思わないのだろうか。
……いや、違うな。一ノ瀬は俺より自立心が強いだけだ。俺が一ノ瀬に依存しすぎているんだ。一ノ瀬の人生の一部になっちゃいけない。そんなの一ノ瀬の重荷でしかない。
俺が一ノ瀬から頼られるような男にならなくちゃいけない。だから俺は一ノ瀬を気持ち良くアメリカに送り出し、あいつ以上に成長して待っててやらなくちゃいけない。あいつが惚れ直すくらいのいい男になって、帰ってきた一ノ瀬を出迎えてやるんだ。
その考えに落ち着かせるまでに三日かかった。
そして『案外あっという間』に二年の後期になり、面接をパスした一ノ瀬はアメリカへ旅立った。
一ノ瀬が帰ってくるまであと三ヶ月と半月。この時だけはあっという間に時は経ってくれず、俺は一ノ瀬に会いたくて気が狂いそうになる。だからあんな夢を見て夢精なんてしてしまったんだ。
「あいつ、今頃何してるかなぁ」
白んでいく早朝の空を見上げてひとりごちた。
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大人のスーツ(1/12)
2020.09.27.Sun.
<「ピーキー」→「毒入り林檎」→「未成年のネクタイ」→「言えない言葉」→「Question」→「Answer」→「OVERDOSE」>
暗い室内に、一ノ瀬の吐息と布擦れの音。
「恥ずかしい」
と言う一ノ瀬の体にキスをしながら、手を下半身へ伸ばし、今日二度目の反応を見せる屹立を優しく握った。
先から零れる透明な液体を指にとり、先端を揉みしだくと一ノ瀬は小さな声をあげた。それが悪いことでもないのに、一ノ瀬は両手で自分の口を塞いだ。
「聞かせて、一ノ瀬の声」
「いやだ」
首を横に振る。俺は苦笑する。
ずいぶん前から用意して、なかなか出番のなかったローションを手の平に出し「ちょっと冷たいよ」と前置きしてから一ノ瀬の後ろに手を入れた。途端、一ノ瀬の体が強張り、不安そうな目が俺を見あげてきた。その目に微笑みかけながらそっと指を中に押し入れた。
「ごめんね」
何に対して謝ったのか自分でもわからない。それでもまた俺は「ごめんね」と繰り返し、指を奥深くまで入れた。中でクイと動かす。
「変、な、感じ」
一ノ瀬がポツリと言った。
今まで感じた事がないほどの愛おしさが込み上げてくる。俺にはもう余裕がない。でも一ノ瀬を傷つけたくなくて、熱い息と一緒に劣情を吐き出した。肩で荒い息をしていると、自分が獣になったような気がしてくる。
さらにローションを継ぎ足し、充分時間をかけて中をほぐした。
顔の前で手を握りしめ、怖いのか、不安なのか、何かを耐えるような顔をした一ノ瀬の口から「もう、いいから」と聞いた時には、俺は汗だくになっていた。
「いいの? 俺、もう、途中で止められないと思うよ」
「いいから、木村、早く……」
一ノ瀬のそんな言葉だけで頭の中に白い火花が散った。喘ぐように呼吸をしながら、俺は自身に手を添え、一ノ瀬の体の中に身を埋めていった。
「あ、う……」
目を瞑り、顎をそらせる。そんな一ノ瀬を見下ろしながら、ベッドについた手で自分の体重を支え、腰を押し進めた。
ずっと夢見ていたこの瞬間。高校二年の春に一ノ瀬と出会い恋をした。今まで付き合った誰にも感じたことのない感情を一ノ瀬には持った。あれから二年。性的に淡白らしい一ノ瀬に最後の一線をかわされ続けて今日ようやく、俺は一ノ瀬をこの手に抱くことが出来た。
全部収まって俺は「あぁ……」と溜息とも喘ぎ声ともつかない息を吐いた。
「動いても大丈夫? しばらくこのままの方がいい?」
目をあけた一ノ瀬が俺を見て驚いた顔をする。
「何を泣いてるんだ」
と、俺に向かって手を伸ばしてくる。俺の頬に触れた一ノ瀬の手は熱い。
「俺、泣いてる? あれ、ほんとだ。感動してるからかな、ずっと一ノ瀬とこうしたかったから嬉しくて」
手で涙を拭う。一ノ瀬は優しく微笑むと俺を引き寄せ、キスしてくれた。
「ごめん、焦らすつもりじゃなかったんだけど、どうしていいかわからなかったから」
「わかってる。男同士でセックスするの、抵抗あるよね、わかってるよ」
一ノ瀬はノンケだ。男は俺だけ。いや、女とも経験がない。それでいきなり俺を受け入れるのは抵抗があるだろう。不安を感じていただろう。一ノ瀬の性格を考えるとそれは容易に想像できる。だから俺も無理強いはしたくなかった。体を触りあって射精に至る、そんな接触だけで今までずっと我慢してきた。それでも最後にはこうして俺を受け入れてくれた。だから涙が出た。
「安心して。俺、たぶん長くもたない。もう、出ちゃいそうだから」
恥ずかしいことを打ち明けたら、
「君が好きだ、論」
好きだと言われ、初めて下の名前で呼ばれ、歓喜に体が震えた瞬間、自分では止めようがなくあっさり果てた。
~ ~ ~
「あっ……」
絶頂感と自分の声で目が覚めた。慌てる俺の意思に逆らって射精は続く。
「嘘だろ……」
二十歳になって夢精する自分が情けなくて溜息が出た。気持ち悪い下着の感触。自棄になって笑い飛ばした。
時計を見ると朝の五時前。二度寝して夢の続きを見たい気もしたが、起きたままさっきの幸福感を味わっているほうを選んでシャワーを浴びる事にした。
初めて一ノ瀬を抱いた日のことは忘れもしない。この先きっと一生忘れられない記憶だろう。
大学に入って一年も終わろうという頃、俺は経済学部、一ノ瀬は外国語学部で、しめしあわせでもしない限り顔を合わすことのない構内を歩いていたら、一ノ瀬から一緒に帰ろうとメールがきた。
一ノ瀬が、英語教師になりたいのだと教えてくれたのは高校を卒業するとき。そのぎりぎりまで教えてくれなかったのは、俺が一ノ瀬のあとをおいかけて進路を決めるのではと一ノ瀬が危惧していたからだ。さすが、よくわかっていらっしゃる。
俺はそれを聞いた時、なんだか少し意外な気がした。それを言うと、
「祖父の影響かもしれない。あの年の人にしては珍しく流暢な英語をしゃべるからな。祖父は若い頃、外国のあちこちを見てまわっていたらしくて、それを子供の頃よく聞かされた」
と一ノ瀬は言った。
英語の教師ねぇ。俺はそれを想像して、愚かにもまだ見ぬ一ノ瀬の職場の同僚や一ノ瀬を慕う生徒に嫉妬したものだ。
カフェで1コマ俺が待ち、合流した一ノ瀬と一緒に帰った。
「木村に話したいことがあるんだ」
こういう前振りは妙に人を不安にさせる。まさか、俺と別れたいなんて言い出すんじゃないだろうな。
身構える俺を見て「何を怖い顔してるんだ」と一ノ瀬は首を傾げた。きょとんとした顔がかわいくて抱きしめたくなる。
大学に入って間もなく、法学部二年の白樫という男が俺に声をかけてきた。法曹ものの映画に出てくるお堅い弁護士そのままの風情の白樫は、自分もゲイだと告白し、高校で俺たちの噂を耳にしていた、とも言った。その男から俺は助言を受けた。
「本当に一ノ瀬と付き合ってるの? 彼のことは僕も少しは知ってるけど、彼はもともと男が好きってわけじゃないんだろ? 高校では、ただふざけているように見られていたけど、大学にはいろんなやつが集まってくる。高校と違って、君たちを面白おかしく思うだけじゃなく、あからさまに不快感を示して差別的なことを言ってくる奴もいるだろう。君はよくても、彼はそれに耐えられるのか? そろそろ時と場所をわきまえるべきだ。こんな忠告をするのは僕も辛いけれど、君は感情がストレート過ぎて見ていてハラハラする。こんなお節介を言うのは勇樹に頼まれたからなんだ。だから悪く思わないでくれ。僕も勇樹も、君たち二人が心配なんだ」
勇樹。最初、誰のことかわからなかったがサンジャイのことだと思い出し、舌打ちしそうになったが堪えた。
確かにこの男の言う通りだ。子供の頃なら男同士でイチャイチャしていたってからかわれて終わりだったが、大人に近づくにつれ冗談では済まなくなってくる。俺はよくても一ノ瀬が世間の目を気にしないはずがない。だから俺は、サンジャイのことはひとまず忘れて、白樫の忠言に従うことにした。
だから今だって、不思議そうな顔をする一ノ瀬に触れたいのを我慢しているんだ。
「俺、絶対別れないからな」
一ノ瀬を睨んだ。
「そんな話じゃない。おまえに話しておきたいことがあるだけだ」
話しておきたいことって一体なんだ?


出てたの知らなかった!(><)
暗い室内に、一ノ瀬の吐息と布擦れの音。
「恥ずかしい」
と言う一ノ瀬の体にキスをしながら、手を下半身へ伸ばし、今日二度目の反応を見せる屹立を優しく握った。
先から零れる透明な液体を指にとり、先端を揉みしだくと一ノ瀬は小さな声をあげた。それが悪いことでもないのに、一ノ瀬は両手で自分の口を塞いだ。
「聞かせて、一ノ瀬の声」
「いやだ」
首を横に振る。俺は苦笑する。
ずいぶん前から用意して、なかなか出番のなかったローションを手の平に出し「ちょっと冷たいよ」と前置きしてから一ノ瀬の後ろに手を入れた。途端、一ノ瀬の体が強張り、不安そうな目が俺を見あげてきた。その目に微笑みかけながらそっと指を中に押し入れた。
「ごめんね」
何に対して謝ったのか自分でもわからない。それでもまた俺は「ごめんね」と繰り返し、指を奥深くまで入れた。中でクイと動かす。
「変、な、感じ」
一ノ瀬がポツリと言った。
今まで感じた事がないほどの愛おしさが込み上げてくる。俺にはもう余裕がない。でも一ノ瀬を傷つけたくなくて、熱い息と一緒に劣情を吐き出した。肩で荒い息をしていると、自分が獣になったような気がしてくる。
さらにローションを継ぎ足し、充分時間をかけて中をほぐした。
顔の前で手を握りしめ、怖いのか、不安なのか、何かを耐えるような顔をした一ノ瀬の口から「もう、いいから」と聞いた時には、俺は汗だくになっていた。
「いいの? 俺、もう、途中で止められないと思うよ」
「いいから、木村、早く……」
一ノ瀬のそんな言葉だけで頭の中に白い火花が散った。喘ぐように呼吸をしながら、俺は自身に手を添え、一ノ瀬の体の中に身を埋めていった。
「あ、う……」
目を瞑り、顎をそらせる。そんな一ノ瀬を見下ろしながら、ベッドについた手で自分の体重を支え、腰を押し進めた。
ずっと夢見ていたこの瞬間。高校二年の春に一ノ瀬と出会い恋をした。今まで付き合った誰にも感じたことのない感情を一ノ瀬には持った。あれから二年。性的に淡白らしい一ノ瀬に最後の一線をかわされ続けて今日ようやく、俺は一ノ瀬をこの手に抱くことが出来た。
全部収まって俺は「あぁ……」と溜息とも喘ぎ声ともつかない息を吐いた。
「動いても大丈夫? しばらくこのままの方がいい?」
目をあけた一ノ瀬が俺を見て驚いた顔をする。
「何を泣いてるんだ」
と、俺に向かって手を伸ばしてくる。俺の頬に触れた一ノ瀬の手は熱い。
「俺、泣いてる? あれ、ほんとだ。感動してるからかな、ずっと一ノ瀬とこうしたかったから嬉しくて」
手で涙を拭う。一ノ瀬は優しく微笑むと俺を引き寄せ、キスしてくれた。
「ごめん、焦らすつもりじゃなかったんだけど、どうしていいかわからなかったから」
「わかってる。男同士でセックスするの、抵抗あるよね、わかってるよ」
一ノ瀬はノンケだ。男は俺だけ。いや、女とも経験がない。それでいきなり俺を受け入れるのは抵抗があるだろう。不安を感じていただろう。一ノ瀬の性格を考えるとそれは容易に想像できる。だから俺も無理強いはしたくなかった。体を触りあって射精に至る、そんな接触だけで今までずっと我慢してきた。それでも最後にはこうして俺を受け入れてくれた。だから涙が出た。
「安心して。俺、たぶん長くもたない。もう、出ちゃいそうだから」
恥ずかしいことを打ち明けたら、
「君が好きだ、論」
好きだと言われ、初めて下の名前で呼ばれ、歓喜に体が震えた瞬間、自分では止めようがなくあっさり果てた。
~ ~ ~
「あっ……」
絶頂感と自分の声で目が覚めた。慌てる俺の意思に逆らって射精は続く。
「嘘だろ……」
二十歳になって夢精する自分が情けなくて溜息が出た。気持ち悪い下着の感触。自棄になって笑い飛ばした。
時計を見ると朝の五時前。二度寝して夢の続きを見たい気もしたが、起きたままさっきの幸福感を味わっているほうを選んでシャワーを浴びる事にした。
初めて一ノ瀬を抱いた日のことは忘れもしない。この先きっと一生忘れられない記憶だろう。
大学に入って一年も終わろうという頃、俺は経済学部、一ノ瀬は外国語学部で、しめしあわせでもしない限り顔を合わすことのない構内を歩いていたら、一ノ瀬から一緒に帰ろうとメールがきた。
一ノ瀬が、英語教師になりたいのだと教えてくれたのは高校を卒業するとき。そのぎりぎりまで教えてくれなかったのは、俺が一ノ瀬のあとをおいかけて進路を決めるのではと一ノ瀬が危惧していたからだ。さすが、よくわかっていらっしゃる。
俺はそれを聞いた時、なんだか少し意外な気がした。それを言うと、
「祖父の影響かもしれない。あの年の人にしては珍しく流暢な英語をしゃべるからな。祖父は若い頃、外国のあちこちを見てまわっていたらしくて、それを子供の頃よく聞かされた」
と一ノ瀬は言った。
英語の教師ねぇ。俺はそれを想像して、愚かにもまだ見ぬ一ノ瀬の職場の同僚や一ノ瀬を慕う生徒に嫉妬したものだ。
カフェで1コマ俺が待ち、合流した一ノ瀬と一緒に帰った。
「木村に話したいことがあるんだ」
こういう前振りは妙に人を不安にさせる。まさか、俺と別れたいなんて言い出すんじゃないだろうな。
身構える俺を見て「何を怖い顔してるんだ」と一ノ瀬は首を傾げた。きょとんとした顔がかわいくて抱きしめたくなる。
大学に入って間もなく、法学部二年の白樫という男が俺に声をかけてきた。法曹ものの映画に出てくるお堅い弁護士そのままの風情の白樫は、自分もゲイだと告白し、高校で俺たちの噂を耳にしていた、とも言った。その男から俺は助言を受けた。
「本当に一ノ瀬と付き合ってるの? 彼のことは僕も少しは知ってるけど、彼はもともと男が好きってわけじゃないんだろ? 高校では、ただふざけているように見られていたけど、大学にはいろんなやつが集まってくる。高校と違って、君たちを面白おかしく思うだけじゃなく、あからさまに不快感を示して差別的なことを言ってくる奴もいるだろう。君はよくても、彼はそれに耐えられるのか? そろそろ時と場所をわきまえるべきだ。こんな忠告をするのは僕も辛いけれど、君は感情がストレート過ぎて見ていてハラハラする。こんなお節介を言うのは勇樹に頼まれたからなんだ。だから悪く思わないでくれ。僕も勇樹も、君たち二人が心配なんだ」
勇樹。最初、誰のことかわからなかったがサンジャイのことだと思い出し、舌打ちしそうになったが堪えた。
確かにこの男の言う通りだ。子供の頃なら男同士でイチャイチャしていたってからかわれて終わりだったが、大人に近づくにつれ冗談では済まなくなってくる。俺はよくても一ノ瀬が世間の目を気にしないはずがない。だから俺は、サンジャイのことはひとまず忘れて、白樫の忠言に従うことにした。
だから今だって、不思議そうな顔をする一ノ瀬に触れたいのを我慢しているんだ。
「俺、絶対別れないからな」
一ノ瀬を睨んだ。
「そんな話じゃない。おまえに話しておきたいことがあるだけだ」
話しておきたいことって一体なんだ?

出てたの知らなかった!(><)
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OVERDOSE (9/9)
2020.09.26.Sat.
陣内が俺の部屋に転がり込んできてから10日目。今日も食事のあと2人で酒を飲んだ。
なぜか今日はどれだけ飲んでも酔うことができない。
ソファに座る陣内が動くたび、Tシャツの袖から覗く太い腕や脚を横目に盗み見た。意識ははっきりしている。だが、アルコールがまわっているのも確かだ。ぜんぜんタイプじゃない男をツマミに酒が飲めるのだから。
「ピッチ早いぞ」
陣内が笑いながら言う。いま陣内が飲んでいるのはオレンジブロッサム。ピーナッツチョコをつまみながら飲むのだからどんな舌をしているのかと思う。
「ぜんぜん酔ってなんかないんだよ」
「そのわりに顔が赤いぞ」
「酔いたいのに、酔えない」
「にしても飲みすぎだ」
俺の手からグラスを取り上げた。俺が取り返そうとするとグラスを高く掲げる。その手に追い縋った。バランスを崩して陣内の足に手をつく。陣内が咽喉を鳴らして笑った。
「酔っ払い。もうやめておけ」
陣内の足についた手をはなすことができない。体を伸ばして顔を近づけ、目を覗きこんだ。
「俺、酔ってると思う?」
「俺にはそう見える」
「じゃあ、キスしていいだろ」
「誘ってるのか?」
陣内の目。からかうように俺を見ている。本気じゃない。
「あんたの顔見てるとまじで間違い犯しそうになる。俺から離れてたほうがいいぜ」
そう言ってはなれて行ったのは陣内のほうだった。窓際に立って外の景色を見る。しばらくして、
「煙草、吸ってくる」
と部屋から出て行った。それきり、陣内は戻ってこなかった。
※ ※ ※
それから二ヶ月ぶりに姿をあらわした陣内は今、ベッドにうつ伏せになってホラー映画を見ている。
「来るぞ、来るぞ」
手で顔を覆い隠し、指の隙間から画面を見ている。そんなに苦手なら借りてこなければいいのにと思うが、そんな陣内の動作はかわいくてつい顔が綻んだ。
煙草を吸いに行くと出て行ったきり戻ってこなかったわけを陣内は一言も話さない。本当にただ煙草を吸って、そのついでにレンタルショップに寄ってきた、そんなふうに振舞う。陣内らしいと言えば、らしい。俺もそうされることが嬉しい。俺は人に振り回されてペースを乱されることが嫌いなのに、陣内だけは特別だった。
「この前、ヒシの知り合いって子が来たんだ」
「へえ」
陣内はテレビ画面から目をはなさず、上の空の生返事を返してきた。隣に座る俺はそんな陣内を見つめた。
「バイって子でね、好きな子に手が出せないからって俺をそのかわりに扱うんだ。まだ高校生なのにいい根性してるだろ」
「相手してやったのか」
テレビ画面を見ながら言う陣内の声はまったく変化がなく、平坦なものだった。
「ま、ね。ちょっと意地悪もしたけど。わりと好みだったから気に入ってる。振られたけどね」
陣内が俺を見た。頬杖をついてニヤニヤ笑っている。
「なにを笑ってるんだ」
「俺にヤキモチ焼かせたいのか?」
ニヤついた顔のまま言う。図星を指されてカッと顔が熱くなった。
「なに、馬鹿なこと」
「あんたが俺に惚れてるのは知ってる。そんな話したら俺が妬くとでも思ったのか? 期待を裏切って悪いけどそれはないな」
「誰がジンなんか」
「隠すなよ、北野さん」
体を起こした陣内は、自信たっぷりの笑みを浮かべながら俺の顔を覗きこんだ。
「俺としたいんだろ。俺に抱かれたいって思ってる、違うか」
「そん、そんなこと思うもんか。第一俺はウケじゃない」
「キスしてやろうか?」
そう言う陣内の唇に目がいった。思考が停止する。目が離せない。
「酔ってるんじゃないのか」
「どうしてほしい。俺の気がかわらないうちに言ったほうがいいぜ」
息がかかるほど顔が近い。陣内の黒い目に引き寄せられるように顔を近づけた。軽く唇が触れる。陣内が俺の手を掴んだ。強い力。
「あんたがどこの誰と何をしようが俺は構わない。ただし、心は誰にもやるなよ、あんたは俺のものなんだから。この拳もいつか俺のために使ってもらう」
「あっ」
ベッドに押し倒された。口を塞がれ、乱暴にキスされる。押し返そうとした手を掴まれ、ベッドに磔にされた。舌が入ってきて俺の口の中を犯す。頭がクラクラする。本気で抵抗なんて出来ない。体に力が入らない。これは俺が心の底で望んでいたことだ。
口をはなして陣内が俺を見る。いつも通り、一切感情が揺れていない目。そんな冷静な目で俺を見ないでくれ。
「あんたは俺のものだ、いいな」
「君は俺のものになってくれるのか」
喘ぐように言った俺の言葉を陣内は鼻で笑い飛ばした。
「あんたにやれるものは何もない。あんたが俺に全てを差し出すだけだ」
陣内の人差し指が、俺の胸、心臓に突きたてられた。
俺を利用するだけだと言いきる非道な陣内の言葉。それなのに抗うことが出来ない。それほどまでに自分は陣内に惹かれていたのかと自覚する。心もくれない、抱いてもくれないなんて、
「ずいぶん勝手なことを言うんだな。俺にはいい事なんてないじゃないか」
「俺とこうやって酒が飲めるぞ。たまにはキスくらいしてやる」
なんて言い草だろう。怒りを通り越して笑えて来た。
「それは光栄なことだね」
皮肉をこめて言う。
「さしあたって俺は何をすればいいのかな」
「とりあえず酒のおかわりを作ってくれ。そのあと一緒に映画を見る。明日は散髪をしてもらおう」
陣内が俺の上から退いたので俺も体を起こして座りなおした。
この男は全て自分の思い通りになると思っている。玄関のチャイムを鳴らせば扉が開くと思っているように、俺が陣内の言葉を呑むと信じて疑わない。
そして悔しいがそれは当たっている。俺の心を知っていて、俺の願望も見透かした上で、あんな残酷で非情なことを言うのだ。 それなのに心臓がきりきりと締め付けられる。 言われなくても、俺の心はとっくに陣内のものだった。
以前ロンに『プラトニックなんて考えられない』そう言った自分がまさかそんな恋に身を甘んじることになるなんて思いもしなかった。
注文されたカクテルを作り陣内に渡した。陣内は再びうつ伏せになって映画を見た。グロいシーンに顔を歪める。もうさっきの俺とのやりとりを忘れてしまったかのようだ。
何もくれないのに全てを差し出せという我儘で傲慢な男。そんな男に惚れてしまった以上、望むなら命だってくれてやる。
(初出2008年)
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2020.09.25.Fri.
<1→2→3→4→5→6→7>
年が開けた。店を一週間休みにし、家にこもってぐうたら過ごした。店をオープンしてからほとんど休みなしで働いてきたのだ、正月くらいいいだろう。
しかし五日目になると退屈で死にそうになり、営業再開を待ってジムで汗を流した。
寒い夜。まっすぐ帰る気もしない。陣内の顔が浮かんだ。きっと忙しくて会えないだろう。
そんなことを考える自分に顔を顰める。連絡ひとつ寄越さない薄情な男のことをいつまで女々しく思い出しているんだ俺は。
酒を買って家に戻った。一人で飲んで酔っ払って眠った。陣内の夢を見た気がする。
~ ~ ~
仕事をし、買い物に出かけ、たまにジムに行く。こんな繰り返しで日が経ち、春になった。
その間に陣内から一度電話があった。そのうち髪を切りにそっちに行く、という内容だったが、いまだに来ていない。俺も期待せずに待つ。
今日は朝から一人、予約が入っていた。カラーリングとカット。客の要望を聞いてカットしている時だった。突然インターフォンが鳴った。今日はこのあと予約は入っていない。客に断りを入れ、誰だろうと玄関の戸を開けた。驚いたことに陣内が立っていた。
「悪いな、北野さん、邪魔するよ」
呆気に取られる俺を押しのけ中に入って来る。陣内は白い三角帯で腕を吊っていた。
「客がいたのか。わけはあとで説明する」
そう言って寝室に入り戸を閉めた。いったい何があったんだ。久し振りに顔を見たと思ったら腕に包帯を巻いていてひどく動揺した。
気持ちを切り替え、客の施術を済ませて帰した。急いで寝室へ向かう。
陣内は三角帯を外し、ベッドに座ってテレビを見ていた。戸口に立つ俺を見てバツの悪そうな顔で笑う。
「悪かったな、急に押しかけて」
「そんなことよりその腕、どうした」
右手の肘から上、白い包帯が肩まで巻かれている。
「ちょっと撃たれた。かすっただけだからたいしたことはない」
撃たれただって?
「う、撃たれたって、誰に」
「なに、知り合いのやくざ同士の抗争にちょっと巻き込まれただけだ」
ちょっと巻き込まれただけって笑って言うことじゃない。普通22、3歳の青年が出くわす場面じゃないだろう。こいつ、どんな危ない付き合いをしているんだ。
俺は血の気が引いていくのを感じた。何も言えずに黙って立っている俺を見て陣内が薄く笑う。
「俺が怖いか」
「馬鹿言うな、君を怖いと思うわけないだろ。突然やって来て撃たれたなんて平気な顔して言うお前に頭に来てるだけだ!」
陣内に背を向け口を押さえた。その手が震えている。少しずれていたらこいつは死んでいたかもしれない。俺の知らない場所で、知らない間に。今回はたまたま運が良かっただけ……そう思うと恐ろしさから体が震えてきた。
背後で陣内が立ち上がった気配がした。足音が近づいて来る。俺の肩に陣内の手が置かれた。大きく、熱い。
「震えてるな」
「死んでたかもしれないんだぞ」
「心配してくれるのか」
「当たり前だろ」
「俺は運がいいんだ。弾は俺を避けて通る。だから俺は死なねえよ」
馬鹿なことを言う。でも、本当にそうであって欲しいと思う。
「右手が使いにくくて色々不便なんだ。しばらく頼むぜ、北野さん」
「え、頼むって?」
陣内の言葉に驚いて振りかえった。
「しばらく世話になる」
「ど、どうして俺が。世話をしたがる女も、君を慕う男の子も、たくさんいるだろう」
「こんな情けない姿見せられねえよ。あんたには一度気を失うまでボコボコにされてるからな」
と悪戯っぽく笑う。俺には情けない姿を見せてもいいというのか。急にやって来て驚いたが、俺を頼ってくれたことは嬉しかった。
「ずいぶん前に、君には迷惑をかけたからね、喜んで世話をさせてもらうよ。撃たれたのはいつ?」
「一昨日」
「一昨日? つい最近じゃないか。 まだ痛むんじゃないか?」
「それほどでもない。それより北野さん、何か甘いものないか」
やってきて早々に甘い物を欲しがるなんて甘党の陣内らしい。呆れつつ、これから陣内に必要な身の回りのものを考えた。
「ちょうど午後は暇だから買い物に行って来るよ。他に必要なものも揃えなくちゃならないし。ジン、留守番頼む。誰か来ても出なくていいから」
少し心配だったが陣内を一人残して買い物へ出かけた。車に乗り込みエンジンをかける。ステアリングを握る手に力が入らない。
陣内がどんな仕事をしているのか、どんな人間と付き合いがあるのか俺は知らない、知りたくもない。陣内のほうも、俺には具体的な話は何もしてこない。する必要がないと思っているのか故意にしないのかはわからないが、聞いてしまったら最後、陣内とこうして付き合って行く事が出来なくなるような気がする。だから何も聞かないほうがいい。
ぐっと手を握り締めてから車を出した。俺はあいつを失うのが怖い。
その日、陣内は寝室にこもってずっとテレビのニュース番組を見ていた。時々電話をかけた 。早口にまくしたてるように話したり、別の誰かには丁寧な口調で話したり、いろんな顔を使い分けていた。
食事のあとに、陣内は医者から処方された薬を数種類飲んだ。そのあと風呂に入る、というのを止め、タオルで体を拭いてやった。体温が高い。
「熱があるんじゃないか」
「どってことない」
と取り合わない。つくづくタフな男だ。
夜、ベッドで一緒に眠った。ダブルベッドではやはり狭い。疲れていたのか陣内はすぐに眠った。
俺はなかなか寝つけそうになかった。俺のすぐ隣には下着一枚の陣内が無防備な寝顔を晒している。近くに寄ると陣内の体臭がかすかに香る。いかにも雄らしい匂いだ。頭が痺れたような感覚になる。
陣内はどういうつもりで俺と同じベッドで寝ているんだろう。俺がゲイだということを忘れたのだろうか。陣内のことはタイプじゃないと言ったから俺が手出ししないと安心しているのか。
寝顔を見ているとだんだん恨めしくなってきた。
~ ~ ~
陣内がやってきて一週間が経った。
抉られ、火傷を負ったようにただれていた傷口は相変わらず膿んでいたが、周辺の組織は再生を始めていて一安心というところだった。
手も動かせるようになり、熱も下がった陣内は部屋にこもっていられなくなったのか外に出かける日もあった。今日は朝から出かけ、夕方、酒を買って帰ってきた。
「あんた、ビーフィーター好きだろ」
と、テーブルにビーフィータージンを置いた。他にアイス、ピーナッツチョコ、シュークリーム。甘いものばかりで見ていてげんなりする。
陣内はその中からアイスを選んで食べ始めた。食べながら、夕食を作る俺の手許を覗き込む。
「北野さん、料理上手いよな」
と嬉しいことを言う。誰かに作って食べさせることなんてなかったから不安だったが、陣内は本当に旨そうに食べてくれるので作り甲斐がある。今日は陣内のリクエストで天ぷらだ。初めてだったが見よう見まねでなんとかなるもんだ。
揚がったさつまいもを陣内が摘まみ食いした。
「あつっ」
「馬鹿、熱いに決まってるだろ」
笑って陣内を見た。熱そうに、ちびちび食べている陣内を見てはっとなる。撃たれた右手は包帯を外し大きい絆創膏を貼っただけ。不自由な様子はまったくない。もう傷はなんともないのだろうか。顔から笑みが引っ込んだ。もうすぐ陣内はこの部屋を出て行くだろう。それも近いうちに。
「舌、火傷した」
陣内はアイスを口に入れて舌を冷やした。子供のような一面。腕には銃創があるのに、そのギャップが不思議な感じだ。
「俺にも一口」
口を開けて待つ。陣内が俺の口にアイスを入れた。俺の苦手な甘いバニラ味。舐めていたら陣内にキスしたくなってきた。
「あんた、甘いの苦手じゃなかったか」
「バニラアイスだけは別なんだ」
嘘をついて前に向きなおった。唇を舐める。 陣内に見られているだけで勃ってしまいそうだった。体が熱い。そばに陣内がいるだけで呼吸が乱れる。
「飯の前にシャワー浴びてきたら」
「そうするか」
アイスを食べ終わった陣内は風呂場へ消えた。俺は料理をいったん中断し、寝室で自慰に耽った。陣内とセックスしたい。この日はっきりそう自覚した。
年が開けた。店を一週間休みにし、家にこもってぐうたら過ごした。店をオープンしてからほとんど休みなしで働いてきたのだ、正月くらいいいだろう。
しかし五日目になると退屈で死にそうになり、営業再開を待ってジムで汗を流した。
寒い夜。まっすぐ帰る気もしない。陣内の顔が浮かんだ。きっと忙しくて会えないだろう。
そんなことを考える自分に顔を顰める。連絡ひとつ寄越さない薄情な男のことをいつまで女々しく思い出しているんだ俺は。
酒を買って家に戻った。一人で飲んで酔っ払って眠った。陣内の夢を見た気がする。
~ ~ ~
仕事をし、買い物に出かけ、たまにジムに行く。こんな繰り返しで日が経ち、春になった。
その間に陣内から一度電話があった。そのうち髪を切りにそっちに行く、という内容だったが、いまだに来ていない。俺も期待せずに待つ。
今日は朝から一人、予約が入っていた。カラーリングとカット。客の要望を聞いてカットしている時だった。突然インターフォンが鳴った。今日はこのあと予約は入っていない。客に断りを入れ、誰だろうと玄関の戸を開けた。驚いたことに陣内が立っていた。
「悪いな、北野さん、邪魔するよ」
呆気に取られる俺を押しのけ中に入って来る。陣内は白い三角帯で腕を吊っていた。
「客がいたのか。わけはあとで説明する」
そう言って寝室に入り戸を閉めた。いったい何があったんだ。久し振りに顔を見たと思ったら腕に包帯を巻いていてひどく動揺した。
気持ちを切り替え、客の施術を済ませて帰した。急いで寝室へ向かう。
陣内は三角帯を外し、ベッドに座ってテレビを見ていた。戸口に立つ俺を見てバツの悪そうな顔で笑う。
「悪かったな、急に押しかけて」
「そんなことよりその腕、どうした」
右手の肘から上、白い包帯が肩まで巻かれている。
「ちょっと撃たれた。かすっただけだからたいしたことはない」
撃たれただって?
「う、撃たれたって、誰に」
「なに、知り合いのやくざ同士の抗争にちょっと巻き込まれただけだ」
ちょっと巻き込まれただけって笑って言うことじゃない。普通22、3歳の青年が出くわす場面じゃないだろう。こいつ、どんな危ない付き合いをしているんだ。
俺は血の気が引いていくのを感じた。何も言えずに黙って立っている俺を見て陣内が薄く笑う。
「俺が怖いか」
「馬鹿言うな、君を怖いと思うわけないだろ。突然やって来て撃たれたなんて平気な顔して言うお前に頭に来てるだけだ!」
陣内に背を向け口を押さえた。その手が震えている。少しずれていたらこいつは死んでいたかもしれない。俺の知らない場所で、知らない間に。今回はたまたま運が良かっただけ……そう思うと恐ろしさから体が震えてきた。
背後で陣内が立ち上がった気配がした。足音が近づいて来る。俺の肩に陣内の手が置かれた。大きく、熱い。
「震えてるな」
「死んでたかもしれないんだぞ」
「心配してくれるのか」
「当たり前だろ」
「俺は運がいいんだ。弾は俺を避けて通る。だから俺は死なねえよ」
馬鹿なことを言う。でも、本当にそうであって欲しいと思う。
「右手が使いにくくて色々不便なんだ。しばらく頼むぜ、北野さん」
「え、頼むって?」
陣内の言葉に驚いて振りかえった。
「しばらく世話になる」
「ど、どうして俺が。世話をしたがる女も、君を慕う男の子も、たくさんいるだろう」
「こんな情けない姿見せられねえよ。あんたには一度気を失うまでボコボコにされてるからな」
と悪戯っぽく笑う。俺には情けない姿を見せてもいいというのか。急にやって来て驚いたが、俺を頼ってくれたことは嬉しかった。
「ずいぶん前に、君には迷惑をかけたからね、喜んで世話をさせてもらうよ。撃たれたのはいつ?」
「一昨日」
「一昨日? つい最近じゃないか。 まだ痛むんじゃないか?」
「それほどでもない。それより北野さん、何か甘いものないか」
やってきて早々に甘い物を欲しがるなんて甘党の陣内らしい。呆れつつ、これから陣内に必要な身の回りのものを考えた。
「ちょうど午後は暇だから買い物に行って来るよ。他に必要なものも揃えなくちゃならないし。ジン、留守番頼む。誰か来ても出なくていいから」
少し心配だったが陣内を一人残して買い物へ出かけた。車に乗り込みエンジンをかける。ステアリングを握る手に力が入らない。
陣内がどんな仕事をしているのか、どんな人間と付き合いがあるのか俺は知らない、知りたくもない。陣内のほうも、俺には具体的な話は何もしてこない。する必要がないと思っているのか故意にしないのかはわからないが、聞いてしまったら最後、陣内とこうして付き合って行く事が出来なくなるような気がする。だから何も聞かないほうがいい。
ぐっと手を握り締めてから車を出した。俺はあいつを失うのが怖い。
その日、陣内は寝室にこもってずっとテレビのニュース番組を見ていた。時々電話をかけた 。早口にまくしたてるように話したり、別の誰かには丁寧な口調で話したり、いろんな顔を使い分けていた。
食事のあとに、陣内は医者から処方された薬を数種類飲んだ。そのあと風呂に入る、というのを止め、タオルで体を拭いてやった。体温が高い。
「熱があるんじゃないか」
「どってことない」
と取り合わない。つくづくタフな男だ。
夜、ベッドで一緒に眠った。ダブルベッドではやはり狭い。疲れていたのか陣内はすぐに眠った。
俺はなかなか寝つけそうになかった。俺のすぐ隣には下着一枚の陣内が無防備な寝顔を晒している。近くに寄ると陣内の体臭がかすかに香る。いかにも雄らしい匂いだ。頭が痺れたような感覚になる。
陣内はどういうつもりで俺と同じベッドで寝ているんだろう。俺がゲイだということを忘れたのだろうか。陣内のことはタイプじゃないと言ったから俺が手出ししないと安心しているのか。
寝顔を見ているとだんだん恨めしくなってきた。
~ ~ ~
陣内がやってきて一週間が経った。
抉られ、火傷を負ったようにただれていた傷口は相変わらず膿んでいたが、周辺の組織は再生を始めていて一安心というところだった。
手も動かせるようになり、熱も下がった陣内は部屋にこもっていられなくなったのか外に出かける日もあった。今日は朝から出かけ、夕方、酒を買って帰ってきた。
「あんた、ビーフィーター好きだろ」
と、テーブルにビーフィータージンを置いた。他にアイス、ピーナッツチョコ、シュークリーム。甘いものばかりで見ていてげんなりする。
陣内はその中からアイスを選んで食べ始めた。食べながら、夕食を作る俺の手許を覗き込む。
「北野さん、料理上手いよな」
と嬉しいことを言う。誰かに作って食べさせることなんてなかったから不安だったが、陣内は本当に旨そうに食べてくれるので作り甲斐がある。今日は陣内のリクエストで天ぷらだ。初めてだったが見よう見まねでなんとかなるもんだ。
揚がったさつまいもを陣内が摘まみ食いした。
「あつっ」
「馬鹿、熱いに決まってるだろ」
笑って陣内を見た。熱そうに、ちびちび食べている陣内を見てはっとなる。撃たれた右手は包帯を外し大きい絆創膏を貼っただけ。不自由な様子はまったくない。もう傷はなんともないのだろうか。顔から笑みが引っ込んだ。もうすぐ陣内はこの部屋を出て行くだろう。それも近いうちに。
「舌、火傷した」
陣内はアイスを口に入れて舌を冷やした。子供のような一面。腕には銃創があるのに、そのギャップが不思議な感じだ。
「俺にも一口」
口を開けて待つ。陣内が俺の口にアイスを入れた。俺の苦手な甘いバニラ味。舐めていたら陣内にキスしたくなってきた。
「あんた、甘いの苦手じゃなかったか」
「バニラアイスだけは別なんだ」
嘘をついて前に向きなおった。唇を舐める。 陣内に見られているだけで勃ってしまいそうだった。体が熱い。そばに陣内がいるだけで呼吸が乱れる。
「飯の前にシャワー浴びてきたら」
「そうするか」
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2020.09.24.Thu.
<1→2→3→4→5→6>
10月1日。鉄雄の店がオープンする日だ。鉄雄はわりと好みの男だし、陣内も来るかもしれないから出かけることにした。
濃紺のスカジャンを羽織ってきたが、夜になると急に冷え込んで肌寒い。鉄雄の店が駅から遠ければ帰っていたかもしれない。
扉をあけると喧騒と熱気が顔を撫でた。今日オープンの店の中は客でひしめきあっていた。みんな顔見知りなのだろう、笑いが溢れている。
店のカウンターに座るヒシが、戸口に立つ俺に気付いて手をあげた。
「北野さん、こっち!」
その声に急に店内が静かになった。みんなの視線が俺に集まる。なんだ?
店の一番奥の席に案内された。
「わざわざ来てもらってすみません」
鉄雄が小さく頭をさげる。
「開店おめでとう」
「ありがとうございます。まだ見習いですけどね」
そういえば店の名義は鉄雄の父親だとヒシが言っていたっけ。確かにまだ20歳そこそこの鉄雄が一人で店を開けるはずはない。
「それより、なんでみんな俺を見るのかな」
ひそひそと耳打ちしあって俺を見ている。あまり気分のいいものではない。
「そりゃあそうですよ」
ヒシが隣に座って言った。
「北野さんは、あの陣内さんを足に使った人ですからね」
「足?」
「このまえ陣内さんに迎えに来させたでしょう。俺らがそんなことしたらただじゃ済みませんよ。病院送りですもん」
あの酔った日のことか。俺は随分命知らずなことをしたんだな。ボスを足に使った俺をみんなは見ていたわけか。
「あの日は俺も酔っていたからね」
言い訳するように言った。
「それで、ジンは来てるのか?」
「ついさっき帰りました。忙しいらしくて、いたのは一時間くらいです」
と、鉄雄が言う。入れ違いか。つくづく俺とは相性が悪いらしい。
「北野さん、何か飲みますか」
「そうだな、じゃあ、ジンバックを頼むよ」
「わかりました」
次第に店に喧騒が戻っていく。ほっとした。あんなふうに注目されていたら酒が飲みにくくて仕方がない。陣内はいつもこの注目の中にいるのか。よく息が詰まらないものだ。あれは生まれついて人の上に立つ人間なのだろう。
「鉄雄、あんまり北野さんに酒飲ますなよ、この人酔うとキス魔になるからな」
ヒシの言葉を聞いて赤くなってしまった。そういえば、ヒシにもキスしたことがあったっけ。
この前酔って陣内に迎えに来てもらった時も、我慢出来ずに陣内にキスをした。きっと陣内は俺が酔っ払ってキスしただけだと思っているだろう。確かに酔ってはいたけれど、あれは確信を持ってしたキスだった。酒の力を借りたとは言え、ずいぶん大胆なことをしたものだ。陣内もよく怒らなかったなと今更ながら思う。
陣内を慕う連中が俺のまわりにやってきて話しかけてきた。陣内とはどういう知り合いなのかと聞かれ返答に困った。とりあえず同じジムに通っていたと話した。
ヒシが余計なことを言った。俺がジムにやってきた陣内をのしたことを話したのだ。あれはもうだいぶ前の話。今の陣内をKOできる自信はない。それでも話を聞いた連中はそれを真に受け、驚きと尊敬の目で見てくる。俺のガラじゃなくて面映ゆい。
俺が美容師だと知ると店に行ってもいいかと言う。断る理由もないからOKした。また陣内のおかげで客が増えた。
その後、陣内の武勇伝のような話を延々聞かされた。みんなが一度は陣内の世話になっているようだった。そして彼を心から尊敬し慕っているのが感じられた。陣内が褒められると俺まで嬉しかった。
清宮さんが好きすぎる
10月1日。鉄雄の店がオープンする日だ。鉄雄はわりと好みの男だし、陣内も来るかもしれないから出かけることにした。
濃紺のスカジャンを羽織ってきたが、夜になると急に冷え込んで肌寒い。鉄雄の店が駅から遠ければ帰っていたかもしれない。
扉をあけると喧騒と熱気が顔を撫でた。今日オープンの店の中は客でひしめきあっていた。みんな顔見知りなのだろう、笑いが溢れている。
店のカウンターに座るヒシが、戸口に立つ俺に気付いて手をあげた。
「北野さん、こっち!」
その声に急に店内が静かになった。みんなの視線が俺に集まる。なんだ?
店の一番奥の席に案内された。
「わざわざ来てもらってすみません」
鉄雄が小さく頭をさげる。
「開店おめでとう」
「ありがとうございます。まだ見習いですけどね」
そういえば店の名義は鉄雄の父親だとヒシが言っていたっけ。確かにまだ20歳そこそこの鉄雄が一人で店を開けるはずはない。
「それより、なんでみんな俺を見るのかな」
ひそひそと耳打ちしあって俺を見ている。あまり気分のいいものではない。
「そりゃあそうですよ」
ヒシが隣に座って言った。
「北野さんは、あの陣内さんを足に使った人ですからね」
「足?」
「このまえ陣内さんに迎えに来させたでしょう。俺らがそんなことしたらただじゃ済みませんよ。病院送りですもん」
あの酔った日のことか。俺は随分命知らずなことをしたんだな。ボスを足に使った俺をみんなは見ていたわけか。
「あの日は俺も酔っていたからね」
言い訳するように言った。
「それで、ジンは来てるのか?」
「ついさっき帰りました。忙しいらしくて、いたのは一時間くらいです」
と、鉄雄が言う。入れ違いか。つくづく俺とは相性が悪いらしい。
「北野さん、何か飲みますか」
「そうだな、じゃあ、ジンバックを頼むよ」
「わかりました」
次第に店に喧騒が戻っていく。ほっとした。あんなふうに注目されていたら酒が飲みにくくて仕方がない。陣内はいつもこの注目の中にいるのか。よく息が詰まらないものだ。あれは生まれついて人の上に立つ人間なのだろう。
「鉄雄、あんまり北野さんに酒飲ますなよ、この人酔うとキス魔になるからな」
ヒシの言葉を聞いて赤くなってしまった。そういえば、ヒシにもキスしたことがあったっけ。
この前酔って陣内に迎えに来てもらった時も、我慢出来ずに陣内にキスをした。きっと陣内は俺が酔っ払ってキスしただけだと思っているだろう。確かに酔ってはいたけれど、あれは確信を持ってしたキスだった。酒の力を借りたとは言え、ずいぶん大胆なことをしたものだ。陣内もよく怒らなかったなと今更ながら思う。
陣内を慕う連中が俺のまわりにやってきて話しかけてきた。陣内とはどういう知り合いなのかと聞かれ返答に困った。とりあえず同じジムに通っていたと話した。
ヒシが余計なことを言った。俺がジムにやってきた陣内をのしたことを話したのだ。あれはもうだいぶ前の話。今の陣内をKOできる自信はない。それでも話を聞いた連中はそれを真に受け、驚きと尊敬の目で見てくる。俺のガラじゃなくて面映ゆい。
俺が美容師だと知ると店に行ってもいいかと言う。断る理由もないからOKした。また陣内のおかげで客が増えた。
その後、陣内の武勇伝のような話を延々聞かされた。みんなが一度は陣内の世話になっているようだった。そして彼を心から尊敬し慕っているのが感じられた。陣内が褒められると俺まで嬉しかった。
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OVERDOSE (6/9)
2020.09.23.Wed.
<1→2→3→4→5>
陣内が来ることはもうないとわかっていても、ジムに行くとつい陣内が来ていないか探してしまう。そして失望する。
何度か電話をしてみたが繋がらなかったり、繋がっても忙しいようですぐ切られてしまったりでろくに話も出来ない。もう随分長く陣内に会っていない。どうしているのだろうか。
店にヒシがやってきた。カットしながら、陣内のことを聞いてみた。
「一ヶ月くらい前に会いましたよ。モデルの女連れて、今から海外に行くって言ってましたけど。それから音沙汰なしですね」
モデルの女と海外旅行か。呆れつつ、内心はむかついた。女と旅行に行く暇があるなら俺のところに電話の一本ぐらいかけられるじゃないか。
「あ、そうだ、北野さん、今度鉄雄の店がオープンするんですよ。って言っても、鉄雄の親父さんの名義なんですけど。バーなんで、飲みに行ってやってください」
「へぇ、鉄雄君の。オープンはいつ?」
「来月です。もしかしたら陣内さんも来るかもしれませんよ」
義理堅く、身内思いの陣内のことだ、きっと顔を見せるだろう。タイミングが合えばヒシの言う通り会えるかもしれない。
「是非寄らせてもらうよ」
「わかりました。日にちが決まったらまた連絡します。あとで携帯の番号教えてください」
最近俺は知り合いが増えた。携帯のメモリーも公私共にたくさん登録してある。それもこれも陣内に出会ってからだ。
陣内は頼り甲斐がある。そして面倒見が良い。人から好かれる奴のそばにいると、周りにいる人間にもいい影響があらわれるのだろう。俺はあいつのおかげで随分助かっている。
9月の頭に、ヒシから連絡があった。10月1日に鉄雄の店のオープンが決まったそうだ。必ず行くと返事をし、電話を切った。陣内に会えるだろうか。考える自分に気付き、顔を顰めた。どうかしてる。最近俺は陣内のことばかり考えている。
あいつは俺の好みじゃないし、だったとしてもあれが俺に組み敷かれるようなタマじゃないことはわかってるはずだ。そんなことをしようとしたら確実に殴り飛ばされる。最悪殺される。
あいつに抱いているのは純粋な友情。それ以外、ない。
~ ~ ~
今日は夕方から暇になるのでジムに向かった。試合を控えた選手のスパーリングの相手をし、それが終わると一人でサンドバック相手に打ち続けた。
シャワーで汗を洗い流したあと、更衣室で携帯を開く。以前ハッテンバで出会った青年のアドレスを探し出して電話した。ちょっとした気晴らしにはいい相手。
「俺だけど」
『連絡くれてありがとう。ずっと待ってたんだよ』
「今晩、いけるかな」
『あ、ごめん、今日はちょっと……』
と口ごもる。理由なんて聞かなくてもわかる。
「突然ごめんね、じゃ、また」
電話を切った。
ジムを出て二丁目へ。いつもの店で酒を飲む。今日も機嫌が悪そうだね、とマスターが苦笑する。そんなつもりはない。
マスターの彼氏が店にやって来た。仕事終わりらしくスーツ姿。カウンター越しに二人がキスするのを見せつけられた。
上着を脱いだマスターの彼氏の腕は太く逞しい。陣内といい勝負。
マスターの手伝いをする彼氏の体をツマミに酒を飲んだ。いつの間にかずいぶん飲んでいて、ひどく酔っ払ってしまった。
「大丈夫? タクシー呼ぼうか?」
心配そうなマスターの申し出を断り店を出た。足がふらつく。素直にタクシーを呼んでもらえばよかったかもしれない。
駅へ向かって歩きながら陣内に電話をする。留守電に繋がった。切ってからもう一度電話した。数コール目、陣内が電話に出た。
「俺だ」
『北野さん、どうした』
「今なにしてる?」
『なにって、知り合いの店で飲んでるけど』
知り合いのところには顔を出すくせに、俺のところには来られないのか。だんだん腹が立ってきた。
「今から迎えに来い」
『は? なに言って……、あんた、酔ってるな』
「いいから、迎えに来い」
『わかったわかった、誰か迎えに行かせる』
「駄目だ、お前が来い」
電話の向こうで溜息が聞こえた。
『どこにいる?』
笑いを含んだ陣内の声。
「新宿、二丁目」
『近くについたら電話するから、そうだな……仲通りの交差点付近で待ってろ、20分で行く』
言って電話が切れた。会える。陣内が迎えに来る。急いで指定の交差点に向かった。そこで電話が鳴るのを待つ。クラクションに顔をあげると、交差点に入ってきた車の助手席から陣内が顔を出して手招きしているのが見えた。運転席には知らない男。一人じゃないのか。
「後ろに乗って」
言われて後部座席に乗り込む。それと同時に車が走り出した。
「あんたの店でいいな?」
振りかえって陣内が言う。俺は頷いた。車内が酒臭い。俺も人のことは言えないが、陣内もだいぶ飲んでいた様だ。
車がマンションの前に止まった。少しウトウトして動作がのろくなった俺は陣内に抱えられ、車をおりた。
「俺も手伝いましょうか」
運転席の男が言うのを「お前はここで待ってろ」と断り、陣内は俺を担いでマンションに入った。
エレベーターで11階まで行き、部屋の前。
「鍵は」
言われてポケットを探り、部屋の鍵を渡した。扉をあけて中に入る。陣内が手探りでスイッチを探し、明かりをつけた。
「寝室のベッドに」
俺をソファに座らせようとする陣内に寝室を指差す。陣内は黙って俺を寝室につれて行きベッドに寝かせた。腰に手をあて、溜息をつく。呆れている。
「酔っ払いめ、大丈夫か」
「水、持って来てくれ」
寝室から出るとミネラルウォーターを持って戻ってきた。
「ここに置いとくぜ。あとはもう一人で平気だな」
帰ろうとする気配。久し振りに会ったっていうのにもう帰るのか。一年近くまともに顔をあわせて話をしていないんだぞ。なんとかして陣内を引き止めたかった。
「水、飲ませてくれ」
俺は我儘を言った。陣内はベッドに膝をつくと俺の首の後ろに腕をまわして頭を持ち上げた。ペットボトルを口元に持ってきて、水を飲む俺を黙って見ている。
飲み終わり、俺も陣内を見た。衝動をおさえられず、陣内の首に抱きついてキスをした。陣内は動じずにそれを受けている。俺だけが馬鹿みたいに興奮していた。
口をはなしても陣内は表情ひとつかえずに平然と見てくる。手にはまだペットボトルを持ったまま。
「前にされた時にも思ったんだけど」
陣内が口を開いた。口調も至って平静だ。
「北野さんのキスって随分おとなしいんだな。ゲイってのは皆こんなもんなのか」
馬鹿にするというわけでもなく、ただの好奇心、疑問に思ったから口にしただけ、そんな口調で訊く。
「そんなの人それぞれだと思うけど──ッ」
言い終わる前に頭を引き寄せられ陣内にキスされた。噛みつくような激しいキスに目が白黒する。一瞬呼吸の仕方を忘れた。喘いで空気を吸い込む。それが追いつかないほど、陣内のキスは深く激しい。 キスというより陵辱に近い。
陣内が口を離した時、お互いの唇に唾液が糸を引いた。熱い吐息が顔にかかる。
「どう? 俺のキスって下手なのかな」
と真顔で聞いてくる。
「……腰が抜けた」
答えて顔を背けた。恥ずかしい。どうしようもないくらい、あの乱暴なキスに感じてしまった。
陣内のごつい手が俺の顎を掴んで正面を向かせる。間近に陣内の顔。
「あんたってほんと、男にしとくのが勿体ないくらい綺麗な面してるよな」
目を細めて言う。
「女顔だって意味じゃない。あんたはどう見ても男にしか見えないからな、男として綺麗だって、褒め言葉だ。あんたは嫌がるかもしれないけどな」
嫌じゃない。それどころか顔と体が熱くなっていく。心臓がどきどきしている。なんだこれ。陣内相手に、何ときめいてるんだ俺は。
「君は、俺の顔が好きか?」
「あぁ、見ていて飽きねえよ」
「だったら俺も、少しは自分の顔が好きになれそうだ」
ふっと笑って陣内は立ち上がった。
「じゃ、俺は行くわ。下に人待たせてるからな」
「今日はありがとう、悪かったね」
「まったくだ、これは大きな貸しだぜ。鍵は新聞受けから中に戻しておくから、あんたはこのまま寝てろ」
言って陣内は部屋から出て行った。扉の開閉のあと鍵が閉められ、玄関に鍵が放りこまれる音が続いた。
まだ俺の心臓はどきどきしていた。
陣内にキスされながら俺はなんて思った? このまま抱かれてもいい、抱いて欲しいと思わなかったか?
どうしたんだ俺は。 酒のせいか? 悪酔いしてるのか? そうだ、飲みすぎだ。それともどこかで転んで頭でも打ったか。俺はタチだ。今までも、これからもずっと。その俺が、タイプでもない男に抱いて欲しいなんて絶対にありえない!
3巻楽しみ!
陣内が来ることはもうないとわかっていても、ジムに行くとつい陣内が来ていないか探してしまう。そして失望する。
何度か電話をしてみたが繋がらなかったり、繋がっても忙しいようですぐ切られてしまったりでろくに話も出来ない。もう随分長く陣内に会っていない。どうしているのだろうか。
店にヒシがやってきた。カットしながら、陣内のことを聞いてみた。
「一ヶ月くらい前に会いましたよ。モデルの女連れて、今から海外に行くって言ってましたけど。それから音沙汰なしですね」
モデルの女と海外旅行か。呆れつつ、内心はむかついた。女と旅行に行く暇があるなら俺のところに電話の一本ぐらいかけられるじゃないか。
「あ、そうだ、北野さん、今度鉄雄の店がオープンするんですよ。って言っても、鉄雄の親父さんの名義なんですけど。バーなんで、飲みに行ってやってください」
「へぇ、鉄雄君の。オープンはいつ?」
「来月です。もしかしたら陣内さんも来るかもしれませんよ」
義理堅く、身内思いの陣内のことだ、きっと顔を見せるだろう。タイミングが合えばヒシの言う通り会えるかもしれない。
「是非寄らせてもらうよ」
「わかりました。日にちが決まったらまた連絡します。あとで携帯の番号教えてください」
最近俺は知り合いが増えた。携帯のメモリーも公私共にたくさん登録してある。それもこれも陣内に出会ってからだ。
陣内は頼り甲斐がある。そして面倒見が良い。人から好かれる奴のそばにいると、周りにいる人間にもいい影響があらわれるのだろう。俺はあいつのおかげで随分助かっている。
9月の頭に、ヒシから連絡があった。10月1日に鉄雄の店のオープンが決まったそうだ。必ず行くと返事をし、電話を切った。陣内に会えるだろうか。考える自分に気付き、顔を顰めた。どうかしてる。最近俺は陣内のことばかり考えている。
あいつは俺の好みじゃないし、だったとしてもあれが俺に組み敷かれるようなタマじゃないことはわかってるはずだ。そんなことをしようとしたら確実に殴り飛ばされる。最悪殺される。
あいつに抱いているのは純粋な友情。それ以外、ない。
~ ~ ~
今日は夕方から暇になるのでジムに向かった。試合を控えた選手のスパーリングの相手をし、それが終わると一人でサンドバック相手に打ち続けた。
シャワーで汗を洗い流したあと、更衣室で携帯を開く。以前ハッテンバで出会った青年のアドレスを探し出して電話した。ちょっとした気晴らしにはいい相手。
「俺だけど」
『連絡くれてありがとう。ずっと待ってたんだよ』
「今晩、いけるかな」
『あ、ごめん、今日はちょっと……』
と口ごもる。理由なんて聞かなくてもわかる。
「突然ごめんね、じゃ、また」
電話を切った。
ジムを出て二丁目へ。いつもの店で酒を飲む。今日も機嫌が悪そうだね、とマスターが苦笑する。そんなつもりはない。
マスターの彼氏が店にやって来た。仕事終わりらしくスーツ姿。カウンター越しに二人がキスするのを見せつけられた。
上着を脱いだマスターの彼氏の腕は太く逞しい。陣内といい勝負。
マスターの手伝いをする彼氏の体をツマミに酒を飲んだ。いつの間にかずいぶん飲んでいて、ひどく酔っ払ってしまった。
「大丈夫? タクシー呼ぼうか?」
心配そうなマスターの申し出を断り店を出た。足がふらつく。素直にタクシーを呼んでもらえばよかったかもしれない。
駅へ向かって歩きながら陣内に電話をする。留守電に繋がった。切ってからもう一度電話した。数コール目、陣内が電話に出た。
「俺だ」
『北野さん、どうした』
「今なにしてる?」
『なにって、知り合いの店で飲んでるけど』
知り合いのところには顔を出すくせに、俺のところには来られないのか。だんだん腹が立ってきた。
「今から迎えに来い」
『は? なに言って……、あんた、酔ってるな』
「いいから、迎えに来い」
『わかったわかった、誰か迎えに行かせる』
「駄目だ、お前が来い」
電話の向こうで溜息が聞こえた。
『どこにいる?』
笑いを含んだ陣内の声。
「新宿、二丁目」
『近くについたら電話するから、そうだな……仲通りの交差点付近で待ってろ、20分で行く』
言って電話が切れた。会える。陣内が迎えに来る。急いで指定の交差点に向かった。そこで電話が鳴るのを待つ。クラクションに顔をあげると、交差点に入ってきた車の助手席から陣内が顔を出して手招きしているのが見えた。運転席には知らない男。一人じゃないのか。
「後ろに乗って」
言われて後部座席に乗り込む。それと同時に車が走り出した。
「あんたの店でいいな?」
振りかえって陣内が言う。俺は頷いた。車内が酒臭い。俺も人のことは言えないが、陣内もだいぶ飲んでいた様だ。
車がマンションの前に止まった。少しウトウトして動作がのろくなった俺は陣内に抱えられ、車をおりた。
「俺も手伝いましょうか」
運転席の男が言うのを「お前はここで待ってろ」と断り、陣内は俺を担いでマンションに入った。
エレベーターで11階まで行き、部屋の前。
「鍵は」
言われてポケットを探り、部屋の鍵を渡した。扉をあけて中に入る。陣内が手探りでスイッチを探し、明かりをつけた。
「寝室のベッドに」
俺をソファに座らせようとする陣内に寝室を指差す。陣内は黙って俺を寝室につれて行きベッドに寝かせた。腰に手をあて、溜息をつく。呆れている。
「酔っ払いめ、大丈夫か」
「水、持って来てくれ」
寝室から出るとミネラルウォーターを持って戻ってきた。
「ここに置いとくぜ。あとはもう一人で平気だな」
帰ろうとする気配。久し振りに会ったっていうのにもう帰るのか。一年近くまともに顔をあわせて話をしていないんだぞ。なんとかして陣内を引き止めたかった。
「水、飲ませてくれ」
俺は我儘を言った。陣内はベッドに膝をつくと俺の首の後ろに腕をまわして頭を持ち上げた。ペットボトルを口元に持ってきて、水を飲む俺を黙って見ている。
飲み終わり、俺も陣内を見た。衝動をおさえられず、陣内の首に抱きついてキスをした。陣内は動じずにそれを受けている。俺だけが馬鹿みたいに興奮していた。
口をはなしても陣内は表情ひとつかえずに平然と見てくる。手にはまだペットボトルを持ったまま。
「前にされた時にも思ったんだけど」
陣内が口を開いた。口調も至って平静だ。
「北野さんのキスって随分おとなしいんだな。ゲイってのは皆こんなもんなのか」
馬鹿にするというわけでもなく、ただの好奇心、疑問に思ったから口にしただけ、そんな口調で訊く。
「そんなの人それぞれだと思うけど──ッ」
言い終わる前に頭を引き寄せられ陣内にキスされた。噛みつくような激しいキスに目が白黒する。一瞬呼吸の仕方を忘れた。喘いで空気を吸い込む。それが追いつかないほど、陣内のキスは深く激しい。 キスというより陵辱に近い。
陣内が口を離した時、お互いの唇に唾液が糸を引いた。熱い吐息が顔にかかる。
「どう? 俺のキスって下手なのかな」
と真顔で聞いてくる。
「……腰が抜けた」
答えて顔を背けた。恥ずかしい。どうしようもないくらい、あの乱暴なキスに感じてしまった。
陣内のごつい手が俺の顎を掴んで正面を向かせる。間近に陣内の顔。
「あんたってほんと、男にしとくのが勿体ないくらい綺麗な面してるよな」
目を細めて言う。
「女顔だって意味じゃない。あんたはどう見ても男にしか見えないからな、男として綺麗だって、褒め言葉だ。あんたは嫌がるかもしれないけどな」
嫌じゃない。それどころか顔と体が熱くなっていく。心臓がどきどきしている。なんだこれ。陣内相手に、何ときめいてるんだ俺は。
「君は、俺の顔が好きか?」
「あぁ、見ていて飽きねえよ」
「だったら俺も、少しは自分の顔が好きになれそうだ」
ふっと笑って陣内は立ち上がった。
「じゃ、俺は行くわ。下に人待たせてるからな」
「今日はありがとう、悪かったね」
「まったくだ、これは大きな貸しだぜ。鍵は新聞受けから中に戻しておくから、あんたはこのまま寝てろ」
言って陣内は部屋から出て行った。扉の開閉のあと鍵が閉められ、玄関に鍵が放りこまれる音が続いた。
まだ俺の心臓はどきどきしていた。
陣内にキスされながら俺はなんて思った? このまま抱かれてもいい、抱いて欲しいと思わなかったか?
どうしたんだ俺は。 酒のせいか? 悪酔いしてるのか? そうだ、飲みすぎだ。それともどこかで転んで頭でも打ったか。俺はタチだ。今までも、これからもずっと。その俺が、タイプでもない男に抱いて欲しいなんて絶対にありえない!
3巻楽しみ!
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OVERDOSE (5/9)
2020.09.22.Tue.
<1→2→3→4>
夏になった。
ようやくジムで陣内をつかまえることができた。俺より先にジムに来ていた陣内は少し痩せたように見える。よほど忙しいようだ。やってきた俺を見つけ「よ、北野さん」とグローブをはめた手をあげた。
「店のほうはどうだ?」
「おかげでなんとかやってるよ。君にはあらためて礼がしたいんだ、このあと飯に行かないか」
「礼を言われるようなことはしてねえよ。俺がしたのは人を紹介しただけだからな。今も客が絶えないってことは、あんたの腕が良かったってことだろ。今度俺の髪も切ってもらおうかな」
「君ならいつでも」
陣内はいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。その笑顔が今日はやけに眩しく見えた。
練習が終わった20時、陣内とシャワー室で一緒になった。
「北野さん、出身どこだ?」
シャワーを浴びながら陣内が言う。
「東京だけど?」
「なんだ。色が白いからさ、上のほうなのかと思った」
気にしていることを。俺は日にあたっても赤くなるだけでなかなか焼けない。 陣内はもうすでに日焼けして小麦色。
俺は細身の綺麗系な男が好きだが、陣内を見ているとガチ系が好きな男の気持ちが少しわかるような気がする。
今日はなぜかチラチラ陣内を目で追ってしまう。慌てて視線を正面に戻しシャワーを浴びた。ありえない。こいつは全然俺のタイプなんかじゃない。
先に着替えをすませ、ジムのベンチに座って会社帰りにやって来た練習生と世間話をしながら、陣内が更衣室から出てくるのを待った。
更衣室から出てきた陣内を見て驚いた。今日は珍しくスーツ姿だった。 ダークスーツに身を包んだ陣内はどうみても21歳には見えず、また堅気の会社員にも見えなかった。圧倒される色気を放って、本人はその自覚なしに俺に笑いかけてくる。
「今日は昼間に人と会ってたからこんな格好なんだよ。久し振りにネクタイなんて結んだぜ」
スーツのポケットからネクタイの端が垂れているのが見えた。一度それを締めた姿を見てみたい。きっと似合うだろう。
ワイシャツが胸の筋肉に押し上げられ、上二つのボタンを外した隙間からは地肌が見える。思わず目を奪われた。
「行こうか」
陣内が俺の肩を抱いて歩き出した。普段通りの接触なのにドキリとする。こいつのボディタッチは誰彼構わず日常茶飯事だ。深い意味なんてない。年下の、しかもタイプでもない男にときめいたなんて認めたくない。
スーツの陣内と並ぶと、ラフなTシャツ姿の俺はかなり浮いて見えることだろう。しかも頭は金髪。目はブルー。変な組み合わせだ。
「俺、しばらくジムには顔出せそうにないんだ」
道を歩きながら陣内が言った。
「どうして」
「仕事が忙しくなってきてな、暇がないんだよ。だから今日、会長のおっさんにしばらく休むって言って来た」
「そんな」
言葉に詰まった。陣内に会えなくなる、そう思うと寂しさが込み上げてきた。電話してもなかなか会うことが出来ないのに、これじゃますます疎遠になる。
「のし上がるためだ、仕方ねえよ。どこだって中間管理職が一番仕事がきついだろ、それと同じだ」
いったいどんな仕事をしているんだ。咽喉まででかかった言葉を飲みこんだ。今まで陣内が自分の仕事について何かを明言したことはない。聞いてもはぐらかされるような気がした。
「いつでもジムに顔だせよ」
「ああ、あんたに負けたままじゃ癪だしな。いつかリベンジに行くよ」
今のこいつとやりあったら俺でも勝てるかわからない。重くて威力のあるパンチ、タフなスタミナ、それに今までの練習でガード、フットワークなどの基礎もしっかり身について、 同じ階級の練習生の中ではこいつが一番強い。
「俺は店にいるから、カットして欲しくなったら来いよ」
「そうするよ。あ、悪い」
携帯の着信音。陣内はポケットから携帯を取り出し、電話に出た。
「陣内です……はい……ええ。だったら俺から言ってみましょう、あいつには貸しがありますから。……わかりました、では今すぐそちらに向かいます」
通話を切って携帯をポケットに仕舞う。俺に向きなおった陣内が口を開く前に、
「用事が出来たみたいだな、俺のことはいいから行っておいで」
言われる前に先に言った。
「悪いな、北野さん、埋め合わせはきっとするから」
言いながら足早に去って行く。その後ろ姿を見ながら溜息をついた。今日も駄目だったか。ここのところ本当に忙しいようだ。
その足で新宿二丁目に向かった。馴染みの店で一杯やる。
俺は少し苛々していた。ようやく今日、多忙な陣内をつかまえて礼が出来ると思っていたのに土壇場でどこかへ行ってしまった。口調からして仕事相手なのだろうがまったくタイミングが悪い。
「マティーニ、おかわり」
三十代後半のマスターが苦笑いでマティーニを作る。
「今日はずいぶんイラついてるみたい。何かあったんですか」
グラスにオリーブを入れて俺の前に差し出す。それを一気にあおった。
「べつにイラついてなんか」
「そうですか。俺にはとても不機嫌そうに見えますよ」
「マスターの今の彼氏って確か、結構ガタイ良かったですよね」
「ええ、クライミングが趣味の人だから、体は鍛えてますよ」
「やっぱりいいの?」
「俺はあの体のために随分粘って彼を落としましたから」
「体だけ?」
「はは、もちろん心も好きですよ。まさか北野君、今度はそういう系なんですか? 好み、かわったんですね」
「違いますよ」
否定した。頭に陣内の顔が浮かんだのを慌てて追い払う。
「ちょっと興味があって聞いただけですよ」
「筋肉に覆われた体って、一度知ったら癖になりますよ。あの時だって、俺の体を軽々持ち上げて色々体位をかえますからね。逞しい男の体ってのはそれだけで興奮します」
「俺にはよくわかんないな」
「北野さんはイケメンが好きですもんね」
曖昧に笑って、俺は店内に視線を走らせた。
今日は誰か拾って帰るつもりで来たがなかなか好みの男がいない。いてもすでに相手がいたりして条件に合うのが見つからない。
そうなると余計に苛々するものだ。とにかく今日は誰でもいいからやりたい。
「お勘定」
立ち上がり、金を払って店を出た。その足で久し振りにハッテンバへ向かった。
20分ほど歩いたビルの地下一階。受付を済ませ、ロッカーに荷物を入れ、シャワールームへ。 そこに先客が一人。筋肉質な体にはっとした。 無意識に陣内の体と比べる。陣内はもっと実用的な筋肉のつき方をしている。この男は見せるための筋肉だ。こいつを相手にしているところを想像してみたが途中で萎えた。やっぱりこういうタイプは俺の好みじゃない。目を合わせず、さっさとシャワーを浴びて出た。
ミックスルームへ移り、ソファに座った。壁のスクリーンに映し出されるビデオを見ながら客を物色する。
数人がチラチラと俺を見てくる。一人が俺のところへやってきた。タイプじゃない。薄く笑い首を振る。男は諦めてどこかへ行った。
二十代前半の男に目が行った。整った顔立ち、無駄な肉もなく綺麗な体。気に入った。立ち上がって彼の肩に手を置いた。俺を見上げ、彼も立ち上がる。
「個室行く?」
「うん」
甘えるように腕をからませてくる。彼をつれて個室へ入った。
「ウケだよね?」
「そうだよ。あなたがタチだなんて思わなかった」
そう言う彼の体にキスした。小さい備え付けのテーブルに置いてあるローションを手に取り、それを彼のものに垂らす。手で扱いてやると身をくねって大袈裟に喘いだ。
もしこれが陣内だったら?
まったく想像出来なかった。
自分のものにゴムをつけ、彼の中に入った。 体を動かし、キスをする。彼が自分で前を触るのを許さず、手を掴んだ。
「いかせて」
懇願するのを無視して腰を動かした。 入れたまま果てた。彼の体の上で呼吸を整えてから中から出た。外したゴムをゴミ箱に捨て、彼に覆いかぶさった。キスしながら彼もいかせてやった。可愛い声で啼く。もう一度聞きたくて口に咥えた。
「そんなすぐには無理だよ」
甘えた声で言う。 シックスナインで口淫にふけったあと、また彼の中に身を埋めた。
「ね、彼氏いるの?」
彼が聞いてきた。
「いないよ」
「僕なんて駄目かな」
「ごめんね、俺、誰とでもОKだけど、誰か一人に決めるつもりはないんだ」
「僕、あなたが好き」
「ありがとう」
「もっとして」
キスして舌を絡めあう。腰をひいて、彼の顔に出した。彼は口をあけてそれを受けた。
「もし僕のこと気に入ったら連絡して」
別れ際に彼から携帯の番号とアドレスをもらった。
彼に言った通り、一人に決める気はない。ましてハッテンバで出会った男を彼氏にするなんて絶対ない。どうせ浮気するに決まっている。
すっきりした気分で家に帰った。服を脱いでベッドに寝転がる。すぐ、眠ることが出来た。
夏になった。
ようやくジムで陣内をつかまえることができた。俺より先にジムに来ていた陣内は少し痩せたように見える。よほど忙しいようだ。やってきた俺を見つけ「よ、北野さん」とグローブをはめた手をあげた。
「店のほうはどうだ?」
「おかげでなんとかやってるよ。君にはあらためて礼がしたいんだ、このあと飯に行かないか」
「礼を言われるようなことはしてねえよ。俺がしたのは人を紹介しただけだからな。今も客が絶えないってことは、あんたの腕が良かったってことだろ。今度俺の髪も切ってもらおうかな」
「君ならいつでも」
陣内はいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。その笑顔が今日はやけに眩しく見えた。
練習が終わった20時、陣内とシャワー室で一緒になった。
「北野さん、出身どこだ?」
シャワーを浴びながら陣内が言う。
「東京だけど?」
「なんだ。色が白いからさ、上のほうなのかと思った」
気にしていることを。俺は日にあたっても赤くなるだけでなかなか焼けない。 陣内はもうすでに日焼けして小麦色。
俺は細身の綺麗系な男が好きだが、陣内を見ているとガチ系が好きな男の気持ちが少しわかるような気がする。
今日はなぜかチラチラ陣内を目で追ってしまう。慌てて視線を正面に戻しシャワーを浴びた。ありえない。こいつは全然俺のタイプなんかじゃない。
先に着替えをすませ、ジムのベンチに座って会社帰りにやって来た練習生と世間話をしながら、陣内が更衣室から出てくるのを待った。
更衣室から出てきた陣内を見て驚いた。今日は珍しくスーツ姿だった。 ダークスーツに身を包んだ陣内はどうみても21歳には見えず、また堅気の会社員にも見えなかった。圧倒される色気を放って、本人はその自覚なしに俺に笑いかけてくる。
「今日は昼間に人と会ってたからこんな格好なんだよ。久し振りにネクタイなんて結んだぜ」
スーツのポケットからネクタイの端が垂れているのが見えた。一度それを締めた姿を見てみたい。きっと似合うだろう。
ワイシャツが胸の筋肉に押し上げられ、上二つのボタンを外した隙間からは地肌が見える。思わず目を奪われた。
「行こうか」
陣内が俺の肩を抱いて歩き出した。普段通りの接触なのにドキリとする。こいつのボディタッチは誰彼構わず日常茶飯事だ。深い意味なんてない。年下の、しかもタイプでもない男にときめいたなんて認めたくない。
スーツの陣内と並ぶと、ラフなTシャツ姿の俺はかなり浮いて見えることだろう。しかも頭は金髪。目はブルー。変な組み合わせだ。
「俺、しばらくジムには顔出せそうにないんだ」
道を歩きながら陣内が言った。
「どうして」
「仕事が忙しくなってきてな、暇がないんだよ。だから今日、会長のおっさんにしばらく休むって言って来た」
「そんな」
言葉に詰まった。陣内に会えなくなる、そう思うと寂しさが込み上げてきた。電話してもなかなか会うことが出来ないのに、これじゃますます疎遠になる。
「のし上がるためだ、仕方ねえよ。どこだって中間管理職が一番仕事がきついだろ、それと同じだ」
いったいどんな仕事をしているんだ。咽喉まででかかった言葉を飲みこんだ。今まで陣内が自分の仕事について何かを明言したことはない。聞いてもはぐらかされるような気がした。
「いつでもジムに顔だせよ」
「ああ、あんたに負けたままじゃ癪だしな。いつかリベンジに行くよ」
今のこいつとやりあったら俺でも勝てるかわからない。重くて威力のあるパンチ、タフなスタミナ、それに今までの練習でガード、フットワークなどの基礎もしっかり身について、 同じ階級の練習生の中ではこいつが一番強い。
「俺は店にいるから、カットして欲しくなったら来いよ」
「そうするよ。あ、悪い」
携帯の着信音。陣内はポケットから携帯を取り出し、電話に出た。
「陣内です……はい……ええ。だったら俺から言ってみましょう、あいつには貸しがありますから。……わかりました、では今すぐそちらに向かいます」
通話を切って携帯をポケットに仕舞う。俺に向きなおった陣内が口を開く前に、
「用事が出来たみたいだな、俺のことはいいから行っておいで」
言われる前に先に言った。
「悪いな、北野さん、埋め合わせはきっとするから」
言いながら足早に去って行く。その後ろ姿を見ながら溜息をついた。今日も駄目だったか。ここのところ本当に忙しいようだ。
その足で新宿二丁目に向かった。馴染みの店で一杯やる。
俺は少し苛々していた。ようやく今日、多忙な陣内をつかまえて礼が出来ると思っていたのに土壇場でどこかへ行ってしまった。口調からして仕事相手なのだろうがまったくタイミングが悪い。
「マティーニ、おかわり」
三十代後半のマスターが苦笑いでマティーニを作る。
「今日はずいぶんイラついてるみたい。何かあったんですか」
グラスにオリーブを入れて俺の前に差し出す。それを一気にあおった。
「べつにイラついてなんか」
「そうですか。俺にはとても不機嫌そうに見えますよ」
「マスターの今の彼氏って確か、結構ガタイ良かったですよね」
「ええ、クライミングが趣味の人だから、体は鍛えてますよ」
「やっぱりいいの?」
「俺はあの体のために随分粘って彼を落としましたから」
「体だけ?」
「はは、もちろん心も好きですよ。まさか北野君、今度はそういう系なんですか? 好み、かわったんですね」
「違いますよ」
否定した。頭に陣内の顔が浮かんだのを慌てて追い払う。
「ちょっと興味があって聞いただけですよ」
「筋肉に覆われた体って、一度知ったら癖になりますよ。あの時だって、俺の体を軽々持ち上げて色々体位をかえますからね。逞しい男の体ってのはそれだけで興奮します」
「俺にはよくわかんないな」
「北野さんはイケメンが好きですもんね」
曖昧に笑って、俺は店内に視線を走らせた。
今日は誰か拾って帰るつもりで来たがなかなか好みの男がいない。いてもすでに相手がいたりして条件に合うのが見つからない。
そうなると余計に苛々するものだ。とにかく今日は誰でもいいからやりたい。
「お勘定」
立ち上がり、金を払って店を出た。その足で久し振りにハッテンバへ向かった。
20分ほど歩いたビルの地下一階。受付を済ませ、ロッカーに荷物を入れ、シャワールームへ。 そこに先客が一人。筋肉質な体にはっとした。 無意識に陣内の体と比べる。陣内はもっと実用的な筋肉のつき方をしている。この男は見せるための筋肉だ。こいつを相手にしているところを想像してみたが途中で萎えた。やっぱりこういうタイプは俺の好みじゃない。目を合わせず、さっさとシャワーを浴びて出た。
ミックスルームへ移り、ソファに座った。壁のスクリーンに映し出されるビデオを見ながら客を物色する。
数人がチラチラと俺を見てくる。一人が俺のところへやってきた。タイプじゃない。薄く笑い首を振る。男は諦めてどこかへ行った。
二十代前半の男に目が行った。整った顔立ち、無駄な肉もなく綺麗な体。気に入った。立ち上がって彼の肩に手を置いた。俺を見上げ、彼も立ち上がる。
「個室行く?」
「うん」
甘えるように腕をからませてくる。彼をつれて個室へ入った。
「ウケだよね?」
「そうだよ。あなたがタチだなんて思わなかった」
そう言う彼の体にキスした。小さい備え付けのテーブルに置いてあるローションを手に取り、それを彼のものに垂らす。手で扱いてやると身をくねって大袈裟に喘いだ。
もしこれが陣内だったら?
まったく想像出来なかった。
自分のものにゴムをつけ、彼の中に入った。 体を動かし、キスをする。彼が自分で前を触るのを許さず、手を掴んだ。
「いかせて」
懇願するのを無視して腰を動かした。 入れたまま果てた。彼の体の上で呼吸を整えてから中から出た。外したゴムをゴミ箱に捨て、彼に覆いかぶさった。キスしながら彼もいかせてやった。可愛い声で啼く。もう一度聞きたくて口に咥えた。
「そんなすぐには無理だよ」
甘えた声で言う。 シックスナインで口淫にふけったあと、また彼の中に身を埋めた。
「ね、彼氏いるの?」
彼が聞いてきた。
「いないよ」
「僕なんて駄目かな」
「ごめんね、俺、誰とでもОKだけど、誰か一人に決めるつもりはないんだ」
「僕、あなたが好き」
「ありがとう」
「もっとして」
キスして舌を絡めあう。腰をひいて、彼の顔に出した。彼は口をあけてそれを受けた。
「もし僕のこと気に入ったら連絡して」
別れ際に彼から携帯の番号とアドレスをもらった。
彼に言った通り、一人に決める気はない。ましてハッテンバで出会った男を彼氏にするなんて絶対ない。どうせ浮気するに決まっている。
すっきりした気分で家に帰った。服を脱いでベッドに寝転がる。すぐ、眠ることが出来た。
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OVERDOSE (4/9)
2020.09.21.Mon.
<1→2→3>
「俺に任せろよ」
陣内がジムに通うようになってから一年がたったある日、俺が自分の店を持ちたいという話をしたら陣内が簡単なことのようにそう言った。
「どこかに押さえてる物件あるのか」
練習終わりの更衣室、ロッカーに片手をつき、もう一方の手は腰にあてながら、着替えをする俺を見て陣内が言う。
「ないよそんなもの。まだ金も用意出来ていないのに」
「期限なし、無利息無担保で貸してくれるとこ紹介するぜ」
「どうせ危ないとこなんだろ、遠慮するよ」
「大丈夫だって、俺の名前出せば下手なことはしない奴らだから」
それが怖いって言うんだ。
「そうだな、一等地でなければたたいて手に入れられる土地があるけど……」
顎に手をあて、何か考え込む。
「ジン、いいから。俺は俺で考えてるんだよ」
「どう考えてるんだ?」
「ここから一駅離れたところに古いマンションがあって、そこは構造上に問題がない程度ならどんなふうにリフォームしてもいいってところでね。そこの部屋を俺の好きに手直しして、一人で店をやりたいと思ってるんだ。あまり人と一緒にはやりたくないからな」
「そんなとこ流行んねえぞ」
「構わない。俺一人でやるんだし、一日二、三人の客が来ればいい」
「欲がないのか、ただの怠け者なんだか」
陣内が呆れたように言う。
「俺の場合は後者だな」
俺は笑った。
「そういう物件があるってのは聞いたことがあるよ。オーナーと面識はないけど、中に入ってる奴らなら一人くらいは知り合いがいるかもしれねえな」
また顎に手をあて考え込む。まだ二十歳そこそこの陣内の頭の中には何百もの人間の情報が詰め込まれている。今も頭のキーボードを叩いて条件に合う人物を検索照会しているのだろう。
「俺、金はそんなにないけど人との繋がりはあるから」
いつか陣内が言っていた。時として、金より人脈が物を言うことをこの男は知っているのだ。
こんなやり取りを忘れた一ヵ月後、ジムで一緒になった陣内が練習を終えた俺を呼びとめた。
「北野さん、このあとちょっと付き合えよ」
「また酒か」
「違うよ、見せたいものがある」
陣内の運転で向かった先は、先日俺が陣内に話したマンションだった。驚く俺の顔を見て陣内は片頬をあげ、にっと笑った。黙ってエレベーターに乗り込み、11階のボタンを押す。
「どういうことだ」
「ま、一度見てからのお楽しみってことで」
11階でエレベーターが止まった。人気のない、人の住んでいる気配もない廊下を歩いて突き当たりの部屋の前で立ち止まる。ポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。ぎぃと嫌な音。陣内が部屋の明かりをつけた。明るくなった室内。入って正面にカット台が二台、その後ろにシャンプー台、壁一面の大きな鏡が見えた。
「これって」
「居抜き物件なんだけど、いらないものは処分すればいいし、内装は好きにかえればいい。出費は最小限でおさえられるんじゃねえかな」
陣内はポケットから両手を出して広げ、「どう?」と俺に笑いかける。
「この部屋の権利書付きで400万まで値切った。ペンキの塗り替えと鍵の取替えくらいならタダ同然でやってくれる知り合いがいる。行政書士にもつてがあるから、登記関係も任せてくれていい。ここをどうするかはあんた次第だ」
高校を中退して17歳で専門学校に入った。それから美容理容業界でずっとやってきた俺にとってはこれ以上ないくらい魅力的な話。300万の貯金がある。今後の準備金であと300万借金したとしても返していけない額じゃない。そんな計算を頭の中で始めてしまう。
「前にも言ったけど、300万までなら俺の知り合いに頼んで無利息で金を貸すことが出来る。しかも記録に残さずに、な」
まるで俺の頭の中を読んだかのように陣内が付け足す。こいつは魔術師か何かか。
「一晩、考えさせて欲しい」
本当は九割方、心は決まっていた。
それから半年後の秋、俺は自分の店をオープンさせた。店の内装を自分好みにかえ、客間として使っていたらしい奥の部屋を寝室にかえた。
古いマンションの11階という辺鄙な場所、当分客はこないだろうと思っていたが、陣内の紹介だという客が毎日やって来た。他に前の美容院の客が数人俺について店に通ってくれた。
美容師としての腕前はあるつもりだ。陣内の知り合いという客を満足させて帰し、そいつらの紹介だという客がやってくるようになってようやく軌道に乗り始めたと思えた。
300万金を借りたが、実際使ったのは200万ちょっと。オープンまでにかかった費用のほとんどを、陣内がツテやコネを使って値切り倒してくれたおかげだった。あいつだけは一生無料で施術してやろう。感謝してもしきれない。
年があけて初春、久し振りにジムに顔を出した。今は店のことで手一杯でなかなかジムに行くことも出来なかった。陣内に会えることを期待していたが陣内には会えなかった。
陣内はこちらから電話して食事に誘っても都合が合わないことが多い。いつも先約が入っている。実際、俺より忙しい毎日を過ごしているのではないだろうか。どちらにしてもタフな男だ。
いつか店で会ったヒシという男が、鉄雄という友達を連れてやって来た。鉄雄は物静かな男で、体は細身、顔も悪くない。俺のタイプだったがヒシの知り合いなので手を出すことはやめておいた。
非BL
「俺に任せろよ」
陣内がジムに通うようになってから一年がたったある日、俺が自分の店を持ちたいという話をしたら陣内が簡単なことのようにそう言った。
「どこかに押さえてる物件あるのか」
練習終わりの更衣室、ロッカーに片手をつき、もう一方の手は腰にあてながら、着替えをする俺を見て陣内が言う。
「ないよそんなもの。まだ金も用意出来ていないのに」
「期限なし、無利息無担保で貸してくれるとこ紹介するぜ」
「どうせ危ないとこなんだろ、遠慮するよ」
「大丈夫だって、俺の名前出せば下手なことはしない奴らだから」
それが怖いって言うんだ。
「そうだな、一等地でなければたたいて手に入れられる土地があるけど……」
顎に手をあて、何か考え込む。
「ジン、いいから。俺は俺で考えてるんだよ」
「どう考えてるんだ?」
「ここから一駅離れたところに古いマンションがあって、そこは構造上に問題がない程度ならどんなふうにリフォームしてもいいってところでね。そこの部屋を俺の好きに手直しして、一人で店をやりたいと思ってるんだ。あまり人と一緒にはやりたくないからな」
「そんなとこ流行んねえぞ」
「構わない。俺一人でやるんだし、一日二、三人の客が来ればいい」
「欲がないのか、ただの怠け者なんだか」
陣内が呆れたように言う。
「俺の場合は後者だな」
俺は笑った。
「そういう物件があるってのは聞いたことがあるよ。オーナーと面識はないけど、中に入ってる奴らなら一人くらいは知り合いがいるかもしれねえな」
また顎に手をあて考え込む。まだ二十歳そこそこの陣内の頭の中には何百もの人間の情報が詰め込まれている。今も頭のキーボードを叩いて条件に合う人物を検索照会しているのだろう。
「俺、金はそんなにないけど人との繋がりはあるから」
いつか陣内が言っていた。時として、金より人脈が物を言うことをこの男は知っているのだ。
こんなやり取りを忘れた一ヵ月後、ジムで一緒になった陣内が練習を終えた俺を呼びとめた。
「北野さん、このあとちょっと付き合えよ」
「また酒か」
「違うよ、見せたいものがある」
陣内の運転で向かった先は、先日俺が陣内に話したマンションだった。驚く俺の顔を見て陣内は片頬をあげ、にっと笑った。黙ってエレベーターに乗り込み、11階のボタンを押す。
「どういうことだ」
「ま、一度見てからのお楽しみってことで」
11階でエレベーターが止まった。人気のない、人の住んでいる気配もない廊下を歩いて突き当たりの部屋の前で立ち止まる。ポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。ぎぃと嫌な音。陣内が部屋の明かりをつけた。明るくなった室内。入って正面にカット台が二台、その後ろにシャンプー台、壁一面の大きな鏡が見えた。
「これって」
「居抜き物件なんだけど、いらないものは処分すればいいし、内装は好きにかえればいい。出費は最小限でおさえられるんじゃねえかな」
陣内はポケットから両手を出して広げ、「どう?」と俺に笑いかける。
「この部屋の権利書付きで400万まで値切った。ペンキの塗り替えと鍵の取替えくらいならタダ同然でやってくれる知り合いがいる。行政書士にもつてがあるから、登記関係も任せてくれていい。ここをどうするかはあんた次第だ」
高校を中退して17歳で専門学校に入った。それから美容理容業界でずっとやってきた俺にとってはこれ以上ないくらい魅力的な話。300万の貯金がある。今後の準備金であと300万借金したとしても返していけない額じゃない。そんな計算を頭の中で始めてしまう。
「前にも言ったけど、300万までなら俺の知り合いに頼んで無利息で金を貸すことが出来る。しかも記録に残さずに、な」
まるで俺の頭の中を読んだかのように陣内が付け足す。こいつは魔術師か何かか。
「一晩、考えさせて欲しい」
本当は九割方、心は決まっていた。
それから半年後の秋、俺は自分の店をオープンさせた。店の内装を自分好みにかえ、客間として使っていたらしい奥の部屋を寝室にかえた。
古いマンションの11階という辺鄙な場所、当分客はこないだろうと思っていたが、陣内の紹介だという客が毎日やって来た。他に前の美容院の客が数人俺について店に通ってくれた。
美容師としての腕前はあるつもりだ。陣内の知り合いという客を満足させて帰し、そいつらの紹介だという客がやってくるようになってようやく軌道に乗り始めたと思えた。
300万金を借りたが、実際使ったのは200万ちょっと。オープンまでにかかった費用のほとんどを、陣内がツテやコネを使って値切り倒してくれたおかげだった。あいつだけは一生無料で施術してやろう。感謝してもしきれない。
年があけて初春、久し振りにジムに顔を出した。今は店のことで手一杯でなかなかジムに行くことも出来なかった。陣内に会えることを期待していたが陣内には会えなかった。
陣内はこちらから電話して食事に誘っても都合が合わないことが多い。いつも先約が入っている。実際、俺より忙しい毎日を過ごしているのではないだろうか。どちらにしてもタフな男だ。
いつか店で会ったヒシという男が、鉄雄という友達を連れてやって来た。鉄雄は物静かな男で、体は細身、顔も悪くない。俺のタイプだったがヒシの知り合いなので手を出すことはやめておいた。
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