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Question (6/11)

2020.08.31.Mon.


 冬休みになり、一ノ瀬が本当に泊りのためにやってきた。一ノ瀬が俺の隣にいることがまだ信じられないでいる。夕方、迎えに行った駅の改札口で一ノ瀬が待っているのを見た時は心の中でガッツポーズを作った。

 今は、バスケットゴールを一対設置しただけの公園に一ノ瀬と並んで立っている。

「ここで昔練習してたことがあるんだ」

 隣に立つ一ノ瀬に話しかける。黒のコートのポケットに両手を入れた一ノ瀬は「へぇ」とバスケットを見上げた。

 首にまいてるマフラーでその手を縛り上げ、泣こうが喚こうがお構いなしで俺の欲望のままに一ノ瀬を扱うことが出来たら……そんな想像をしているとも知らず、一ノ瀬は俺に向きなおり、

「どうしたんだ、木村、ぼうっとして」

 と訝しむ。

「いや、なんでもないよ。 寒くない? そろそろ行こうか」

 ここにいるのは、一ノ瀬が俺の通っていた中学校を見てみたいと言い出したからだ。ついでに散歩をしてこの公園に辿り着いた。

 懐かしい場所だ。中学の時に始めたバスケの練習のためにしばらくここに通った。 来づらくなって、家のガレージにゴールを設置してもらってからは一度も来ていなかった。

 来づらくなった理由は単純、失恋したからだ。俺の初恋の相手、瀬川鉄雄さんにこっぴどく振られた。告白した途端、

『てめえとはこれで終わりだ、二度と俺の前にその面出すな、わかったな!』

 すごい剣幕で怒鳴られた。あれはこたえた。目の前が真っ暗になった。帰る足取りは半端なく重たくて、ちっとも前に進まない気がしたものだ。

 鉄雄さんと初めて会ったのがこのバスケットコート。鉄雄さんに会ってしまうかもしれない、と振られてからは来ていない、苦い思い出のある場所。ここに今一ノ瀬と立っているのも不思議な感じだ。

 そう言えば鉄雄さんは今頃どうしているだろう。あれから4年が経っているから、鉄雄さんは成人して今年21歳。

 鉄雄さんは男に好かれるタイプの人だ。きっと今も本人の自覚なしに、男の色香を振りまいているに違いない。知り合った当時中1だった俺はすっかりそれにやられ、鉄雄さんに恋焦がれた。寝込みを襲うような真似すらした。

 挙句、女相手に嫉妬して、とち狂って愛の告白、見事玉砕。俺も青かったな。

 一ノ瀬と連れ立ってコートから出ようとした時、フェンスの向こうに人影を見つけた。じっと俺を見ている。

 見覚えのある顔、忘れることのない人。

「鉄雄さん」

 俺の呟きに一ノ瀬が怪訝な顔で振りかえった。俺の視線を辿り、鉄雄さんを見る。

「知り合いか」
「あ、あぁ、まぁね」

 急いで公園を出て鉄雄さんと向き合う。一見不健康そうに見える乾いた肌の白さ、穏やかだが底が覗けない真っ黒な瞳、 いつも口角があがっているように見える口元、何もかわらない。かわったのは、髪の色が前より大人しくなって、少し長くなったくらいだろうか。思い出の中の鉄雄さんとは少し違う。当然だが、四年の年月の間に大人っぽくなっている。

「やっぱりロンか」

 白い歯を見せて鉄雄さんが笑った。

「鉄雄さん」
「久し振りだな、 見ない間にずいぶんでかくなりやがって」
「はは、もう高二だからね」

 高校二年。初めて会った時の鉄雄さんと同じ年齢。

「元気そうじゃないか」
「鉄雄さんもね。買い物?」

 手に提げた袋を見て言った。

「あぁ、店の買い出しの帰り。お前も来るか?」
「店って、あの?」

 俺が何度も通った鉄雄さんの店。 営業していないバーで、当時は鉄雄さんたちのたまり場だった。

「あぁ、親父から譲り受けて、今俺がやってるんだ。そこの奴も一緒に来いよ」

 鉄雄さんが顎をしゃくる。その先に一ノ瀬。一瞬、一ノ瀬のことを忘れていた。

「鉄雄さん、こいつ同じ学校の一ノ瀬」
「よろしくな、ロンの友達ならいつでも歓迎するぜ」

 一ノ瀬は戸惑う顔で俺を見、鉄雄さんを見たあと、ぎこちなく頷いた。

「よし、じゃ行くか」

 背を向け、先に鉄雄さんが歩き出す。昔に戻ったような錯覚。走って鉄雄さんに追いつき、横に並んで歩いた。俺のほうが少し背が高くなっていることに気付く。鉄雄さんの横顔を見て改めて懐かしさが込み上げてきた。もう二度と会うこともないと思っていただけに、こうして誘ってくれたことは嬉しかった。



園田の歌 3

殺人注意
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Question (5/11)

2020.08.30.Sun.


 一ノ瀬に嫌われないために、期末の順位を十位以内にまで引っ張り上げた。一ノ瀬はいまいち納得していない様子だったが何も言わなかった。

 黒い髪にも飽きてまた染めた。今度は大人しくブラウン系。俺の頭を見た一ノ瀬の顔が険しくなる。が、他の生徒の中にも似たような色の奴は腐るほどいる。俺一人に標的を絞ってケチをつけられないと諦めたのか、そのことに関しても何も言ってこなかった。

 冬休みまであと一週間。先日の生徒総会の資料をまとめる一ノ瀬の横顔は、憎たらしいくらい俺を気にする素振りを見せない。

 面倒な生徒会の仕事も文句も言わずキーボードを叩いている。時折、その手を口にあて、何か考え込み、またキーボードを叩く。 見ていて飽きない。

「あ、あの、木村さん」

 書記の佐藤が俺に声をかけてきた。佐藤の隣に座る会計の大月も顔をあげた。

「ん?」
「これ、まとめ終わったんですけど」

 と、俺に冊子を渡してくる。俺はそれを横の一ノ瀬の机に置いた。

「え?」

 佐藤が驚いて目を丸くした。

「演説でも言ったでしょ、俺は仕事しないって。俺がやるより一ノ瀬がやったほうが早いしね」
「その通り、生徒総会で欠伸ばかりしていたこの男に何も期待しない方がいい。これはあとで俺が目を通しておくから、君はもう帰っていいよ」

 一ノ瀬が佐藤にチラと笑った。佐藤相手でも嫉妬してしまう。

 戸惑いながら俺と一ノ瀬の顔を交互に見る佐藤に手を振った。

「お疲れ、帰っていいよ」
「私も帰りたい! 今日友達と約束あるんだもん!」

 大月が便乗しようと身を乗り出す。俺にとってはこの上なく都合のいい申し出。拒否する理由はない。

「いいよ、大月さんもお疲れ」
「やった!」

 大月は急いで片づけを始めた。凍てつくような冷たい視線を横顔に感じつつ、にこやかに二人を見送った。

 二人が出て行った途端、一ノ瀬の長い溜息。

「俺も帰っていいか」
「いや、一ノ瀬は駄目だろ」
「本当にお前のためだけに働かされてる気分だ」

  佐藤からもらった冊子を見ながら呆れ顔の一ノ瀬が言う。1ページずつ最後まで目を通し、立ち上がって冊子を棚に差し込んだ。椅子に座ってまたキーボードを叩く。しばらくして、

「そんなに俺ばかり見ていて楽しいか」

 画面を見ながら一ノ瀬が言った。

「だってもうすぐ冬休みになるじゃん。毎日会えなくなるから今のうちに目に焼き付けておかないとね」
「二週間ほどじゃないか」
「一ノ瀬は平気なの、俺、浮気しちゃうかもしれねえぜ」
「俺には関係ないことだ」

 そうは言ったが一ノ瀬がキーボードを打ち損じたのを俺は見逃さなかった。

「なぁ、一ノ瀬」
「なんだ」
「冬休み入ったらさぁ、俺んち、泊まりにこない?」

 駄目もとで言ってみる。キーを叩く指が止まり、顔がこちらを向いた。

「いいよ」
「え? いいって、え? いいの? ほんとに?」
「どうしてそんなに驚くんだ。来て欲しくないなら最初から誘うな」

 顔を顰め、また画面を見る。だって、まさかそんなにあっさりOKをもらえるなんて思っていなかったから、あの手この手で説得する方法は何通りも用意してあったが、予想外の返答に対する心の準備はまったく出来ていなかった。

 俺は一ノ瀬の手を掴んで握り締めた。

「ごめん、来てもらえるなんて思ってなかったからびっくりしちゃったんだよ。来て欲しくないわけないだろ。むしろその逆だよ。ほんとに嬉しい。俺、めちゃくちゃ嬉しい」
「大袈裟な奴だ」

 俺に握られた手を見て一ノ瀬は顔を赤くした。大袈裟なもんか。一ノ瀬が素直に俺の言うことに乗ってくるなんて万にひとつのことだ。俺にとっては大チャンス。いまだにキスしかさせてくれないし、好きだと言われたこともない。このチャンスをモノにして、このあやふやな関係に終止符を打ち、はれて恋人昇格だ。

 俺は現金にも、急に冬休みが待ち遠しくなった。



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Question (4/11)

2020.08.29.Sat.



 投票の結果、俺は生徒会長なんて役職につくことになった。面倒だ。生徒会なんてただのボランティア雑用係じゃないか。

 まんまとサンジャイの策略にかかってしまたことを今更深く後悔した。まぁしかし副会長は一ノ瀬だし、プラスマイナスゼロということにしておくか。

 会計は二年の大月という女子、書記は佐藤という一年男子。お互いの自己紹介と、前任の委員からの引継ぎで初日は終了した。

 帰り支度を引き伸ばし、他の奴らを先に帰した。俺に引き止められた一ノ瀬は窓辺に立ち、黙りこくって外を見ている。顔は不機嫌そのもの。

「いつまで怒ってんの」

 無視。 そろそろ話してくれてもいいんじゃないかと思う。

「あれはウケるために言ったんだって」
「いい迷惑だ」

 ようやく一ノ瀬が口を開いた。

「あのあと俺がどれだけからかわれたか知ってるか。お前と関わるとろくな事がない」
「でも俺それで当選しちゃったしね」
「面白がってお前に票を入れただけじゃないか、みんな無責任すぎる」

 苦々しい顔で言う。一ノ瀬は真面目だ。俺はそんなところも好きだ。一番最初に興味をひいたのはこういうところだ。

 今までにないタイプ。真面目な堅物が制服を着ている、そんな印象だった。こいつを振り向かせてキスして喘がせたらどんなだろう、そんな好奇心で声をかけた。 ところが今は俺のほうがすっかり一ノ瀬のペースにはまっている。

「あんなもの演説なんて言わない、公約なんて代物じゃない」
「迷惑かけてごめんね。でも一ノ瀬は俺のものだってみんなに宣言したかったんだよ」
「いつ俺がお前のものになった」
「悪い虫がつかないように予防線はったんだって」

 窓際の一ノ瀬と向き合って立った。夕日が一ノ瀬の顔をオレンジ色に染めている。 日が落ちるのが早くなっている。来月には冬休みが始まる。一ノ瀬は俺と会えなくなることをなんとも思わないのだろうか。

 相変わらず一ノ瀬は窓の外を睨むように見ている。夕日が反射した茶色い瞳は俺を見ようとしない。

 こうして放課後の生徒会室で二人で向き合っていると、文化祭の初日のことを思い出した。

 その頃、俺と一ノ瀬は喧嘩してほとんど口をきいていなかった。 一ノ瀬のクラスの出し物はお化け屋敷で、彼女がここに入りたいと言い出した時、俺は気が進まなくて二の足を踏んでいたのだが、彼女にむりやり引っ張り込まれた。

 一ノ瀬はいないだろうと思っていたが、中でドラキュラの格好をした一ノ瀬を見た時は驚いた。俺たちを見た一ノ瀬も驚いた様子で慌てて棺の中に戻って行った。

 外に出て、彼女を残し、もう一度中に入った。一ノ瀬が隠れている棺をノックすると中から一ノ瀬が顔をのぞかせた。

「似合うな、それ」

 からかうつもりで言ったのに、一ノ瀬は無反応。内心焦った。

『二度と俺の前に現れるな。 お前の顔なんか見たくもない』

 期待を裏切った俺に一ノ瀬が言った言葉。また同じことを言われたら俺はショックで立ち直れない。合わせる顔もないのに、こうして目の前に立っているだけで相当な勇気がいる。頼むから何とか言ってくれ。

「口紅塗ってんの?」

 場を繋ぐために発した言葉。

「あ、ああ、女子に塗られた」

 一ノ瀬がそれに応えてくれた。 嬉しくて顔が緩む。

 次の客が入ってきた気配。まだ離れたくはなかったが、

「誰か来たみたいだな、じゃ、俺行くわ」

 出口へ向かって歩き出した。背中に、クイ、と抵抗を感じ振りかえると、一ノ瀬が俺の制服を掴んでいた。一ノ瀬が俺を引きとめた。嬉しくて言葉も出ない。

 すぐ近くで悲鳴が聞こえた。もうすぐここに誰か来る。俺は咄嗟に一ノ瀬と一緒に棺に隠れた。 足音をやりすごし、

「行ったみたいだな」

 俺の言葉に一ノ瀬が頷く。狭い棺の中で目を合わせ、二人共吹き出した。

「嬉しかった。さっきお前が俺を引き止めてくれて嬉しかった。死ぬほど嬉しかった」

 素直な気持ちを一ノ瀬に伝えた。安堵から一ノ瀬を抱きしめた。一ノ瀬は抵抗しない。それどころか俺の背中に手をまわしてきた。

「お、おい、お前ほんとに一ノ瀬か?」

 驚いて顔を覗きこむ。一ノ瀬は俺の肩に顔を埋めた。

「顔を見たくないなんて言って悪かった。本心じゃない」

 俺の不安も苛立ちも全部吹き飛ばす一言だった。やっぱりこいつを手放したくない。改めてそう思った。

 その日の放課後、生徒会室に一ノ瀬を呼び出した。そして、今と同じ、こんなふうに向き合って、俺は一ノ瀬と二度目のキスをしたんだ。

 その時のことを思い出し、俺は一ノ瀬の唇をじっと見つめた。真一文字に閉じられた唇。あれに触れていいのは俺だけだ。

 手を伸ばし、一ノ瀬の頬に手を当てる。一ノ瀬が俺を見る。意思の強そうな瞳。どうしてこいつはこんなに綺麗な目をしているんだろう。

 キスしてもいい?

 聞いてもきっと駄目だと言われる。だから黙って顔を近づけた。顔を背けられた。 顔にあてた手でこちらを向かせ、唇に触れる。抵抗はない。空いた手で体を抱き寄せる。軽く押し返されただけ。薄く目を開ける。一ノ瀬の閉じた睫毛が震えていた。舌を入れた。ぎゅっと強く瞼が閉じる。一ノ瀬の手が俺の腕を掴んだ。

 やばい、止められないかもしれない。二人きりでこんな状況、まず過ぎるだろ。

 いったん口をはなし、一ノ瀬の目を覗きこんだ。どこか怯えたような目。 それを隠そうと睨むように俺を見る。一ノ瀬、俺にはそれは挑発しているようにしか見えないんだよ。

 また口付けた。一ノ瀬の喘ぐような息遣いに理性の糸が切れていく。顎、首筋へ唇をずらした。

「木村、何するっ」

  慌てる一ノ瀬を無視して制服のネクタイを緩めて解いた。こういう時邪魔だから、真面目にネクタイなんかしてくるな。

 シャツのボタンをいくつか外したところで一ノ瀬に突き飛ばされた。俺を睨む一ノ瀬の目、据わっている。それに気付いた瞬間、腹に重い衝撃。せりあがるものを堪え、俺は腹を押さえてその場に蹲った。

「お、お前……」

 殴るか? こんなに強く、手加減なしで。普通殴るか?

「俺はまだ怒ってるんだ。その程度で済んでありがたいと思え」

 真っ赤な顔でネクタイを結びなおしながら一ノ瀬は吐き捨てるように言った。

 ありがたいのか? まじで痛いんですけど。

 でもま、一ノ瀬がしゃべってくれたし、キスできたから良しとするか。腹はかなり痛むが。俺は前向きなんだ。



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Question (3/11)

2020.08.28.Fri.


 今日は朝一で生徒会立会演説会がある。前日一ノ瀬に確認されて大丈夫だと言ったが実は何も考えていない。演説、公約。さて、何を話そうか。

 体育館に移動し、舞台袖で他の立候補者と一緒に出番を待った。サンジャイと一ノ瀬が何か打ち合わせをしているのが見えた。そんなに近づくな。なれなれしく一ノ瀬の肩に触るな。

 俺の視線に気付いたサンジャイがこっちを見た。むかつく顔で笑う。一ノ瀬も俺を見た。眉をひそめる。自分がいま険悪な顔をしている自覚はある。

 最初に書記立候補者の演説、次いで会計、そして会長の番になった。俺の他に二人の立候補者。そいつらの演説が終わり、俺の名前が呼ばれた。観客から声援があがった。他人事だと思ってみんな楽しんでいる。

 一ノ瀬の前を通って舞台へ行く。その時、

「俺が当選したら副会長になれよ」

 一ノ瀬に言った。苦笑する一ノ瀬に背中を叩かれ、舞台に立った。

 クラスの奴らが手を叩き、 口笛を鳴らして野次ってくる。他のクラスからも似た反応。俺って有名人らしいからな。とりあえず手をあげてそれに応えた。

「どうも」

 マイクを通した俺の声が体育館に響いた。観客から笑い声と口笛。

「生徒会長に立候補した木村です。俺は今の学校生活にとりたて不満を感じていません。だから何もしません。不満がある奴は俺のところに言いに来い。その言い分によってはなんとかしてやる。ただし、つまんねえこと言ってくる奴は容赦しねえ。俺は出来るだけ仕事はしたくない。俺と一ノ瀬の時間を邪魔する奴は許さない、それだけは念を押しておく」

 女子からは悲鳴のような歓声、男からは口笛と大きな拍手。

 こいつら全員に一ノ瀬は俺のものだと宣言するちょうどいい機会になった。

 前の体育祭の障害物競走で、俺が引いた借り物のメモは『恋人(いない人は友達でも可)』だった。一ノ瀬しかいない。それなのにその時は喧嘩中。俺も意地になって、目についた女の子の手を引いてゴールした。競技のあとそのメモがマイクで読み上げられ、皆が勘違いした。だから今日は本当のことを言えてよかった。

 舞台袖から一ノ瀬の凄まじい殺気を感じるが、今はとりあえず無視する。

「んで、公約なんだけど、何がいいかなぁ、何も考えてないんだよね」

 本当に何も考えてない。当選すると思っていないし、当選したとしても、何もする気はない。

「あっ、そうだ」

 俺は閃いた。

「公約っつうか、ここでみんなに約束するよ。一ノ瀬を必ず俺のものにする」

 俺の宣言に、鼓膜が震えるほどの大歓声があがった。俺は両手を上げてそれに応えた。舞台袖から飛び出して来た一ノ瀬が俺の襟首を掴みマイクから引きはなす。咽喉がつまって苦しいって。

「ふざけるな! こんなものは公約じゃない、無効だ!」

 一ノ瀬の怒鳴り声に一瞬静まり返ったが、次の瞬間にはスタンディングオベーションでまた歓声と拍手の嵐。慌ててやって来た先生に押され、舞台からおろされた。

 舞台袖で一ノ瀬が怒り狂う。サンジャイは腹を抱えて笑っている。他の立候補者は唖然としている。教師陣は頭を抱えて溜息をつく。俺だけが満足していた。

 教室に戻って投票、その後すぐ職員室で開票。昼には結果が出た。最悪なことに俺は当選してしまった。

 それから二日間、一ノ瀬は口をきいてくれなかった。



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Question (2/11)

2020.08.27.Thu.
<1>

 そういうわけで、俺はサンジャイの企みによって生徒会選挙に出ることになった。

 その帰り、俺は一ノ瀬を引きとめ、グラウンドに下りる階段に二人で座った。グラウンドではサッカー部と野球部が練習をしている。

 こんなところで時間を潰すのは少しでも長く一ノ瀬と一緒にいたいから、というのが一番の理由だが、他に、一ノ瀬とサンジャイを同じ電車に乗せて帰らせないためでもある。聞けば今まで何度も一緒に帰っていたという。その話を聞いただけでひきつけを起こしそうだった。

 俺はどうも嫉妬深くていけない。もっと心を大きく構えなくちゃいけないのに、相手がサンジャイだとマジでブチ切れそうになる。一ノ瀬が特別サンジャイに懐いているせいだ。

 前に俺がテストで手を抜いて一ノ瀬を怒らせた時も、あいつは一ノ瀬に付きまとっていやがった。

 体育祭で一ノ瀬がぶっ倒れた時、仲直りできるかもしれないと思って一ノ瀬のいる保健室に見舞いに行った時も、俺より先にサンジャイがいた。

 いつかの放課後、今では名前も忘れてしまった当時付き合っていた女の子と俺が帰ろうとしている時も、一ノ瀬はサンジャイと一緒にあらわれた。その時奴は、

『お前が諦めるなら、一ノ瀬を襲って俺のものにする。指咥えて見てろ』

 そう俺に言った。一瞬で頭に血がのぼった。あの時あいつに手を出さなかったのが不思議なくらいだ。

 サンジャイは一ノ瀬の肩に手をまわし、一ノ瀬もそれを振り払わず、そのまま二人並んで帰って行った。今思い出してもはらわたが煮えくり返る。

 幼稚な嫉妬だが、 とにかく一ノ瀬に近づかせないために、わざわざこうして時間を潰しているのだ。

 隣に座る一ノ瀬は、目の前のサッカー部の練習を見て、ボールの所在に合わせ目を動かしている。いつもの気の張ったのとは違う、少し気を抜いた時に見せる穏やかな表情。何を話さなくても、俺は一ノ瀬の顔を見て何時間でも過ごせる。

「気色悪い奴だ、穴があくから俺の顔をそんなに見るのはよせ」

 前を向いたまま一ノ瀬が言った。

「俺のこと好き?」
「さぁな」
「キスしていい?」
「駄目に決まってる」
「だよね」

 俺としてはもっとキスしてもっと違うこともしたいんだけど、一ノ瀬はキスすら満足にさせてくれない。難攻不落? 上等だね、望むところだ。

「本当に立候補するつもりか?」

 一ノ瀬がこちらを向いた。もういつもの張り詰めたような表情。

「ま、一応ね。出さえすればサンジャイの野郎も文句はねえだろ」

  どういうつもりで俺を立候補させたいのかは知らないが、おおかた人数集めのためだろう。そのくらいの協力はしてやるさ、いつか俺に発破をかけてきた礼だ。

「当選するなんてことはどう足掻いたってないと思うが、もし万が一にでも間違って当選してしまった場合は、 お前、きちんとやれよ」

 ずいぶんくどい言い方するね。俺だって当選する気なんかないよ。

 立ち上がり、手を差し出した。

「そろそろ帰るか、寒くて風邪ひいちまうわ」

 一ノ瀬が俺の手を取り、立ち上がる。冷たい手。しまった、本当に風邪をひかせてしまう。

 しばらく手を繋いだまま歩いた。

「もう、いいだろ」

 ぎこちなく一ノ瀬が言い、手を放した。耳が赤い。それは寒いからかな、照れてるからかな。キスしたいけど一ノ瀬が怒るからしない。俺の頭の中では随分いろいろやってもらってるなんて、こいつは夢にも思わないんだろうな。

 一ノ瀬を押し倒して無茶苦茶にしてやりたい、という欲求が込み上げてくる時がある。

 真面目で品行方正、曲がったことが嫌いで、自分にも他人にも厳しい。いつも難しい顔つきで笑顔もたまにしか見せない。それも限った人間にだけ。

 俺以外の連中はこんな一ノ瀬に興味を示さない。逆に鬱陶しがる。どうして一ノ瀬がいいのか何度も聞かれた。俺はそれに答えられない。理屈抜きで一ノ瀬を気に入ったから説明のしようがない。

 ひとつ、思い当たることがあるが、これはさすがの俺でも他人には話せない。俺は一ノ瀬を犯したい。そんな残虐な欲望がいつも腹の底にある。その真面目ぶった面を滅茶苦茶にして泣き喚かせたい。

 一ノ瀬と関わった人間は、一ノ瀬に対してまったく興味を持たないか、妙に興味を引かれるか、そのどちらかに分類されると思う。そして後者は更にふたつに分けられる。ひとつは一ノ瀬を守ってやりたいという庇護欲を駆り立てられる者、もうひとつはズタズタに傷つけてやりたいと思ってしまう者。サンジャイはきっと前者だ。

 俺の場合、二つの間を行ったり来たりしている。一ノ瀬の顔を見ながら頭の中で一ノ瀬を犯す妄想が広がるが、次の瞬間には大事に慈しみたいと思っている。

 一ノ瀬の表情にも問題があると俺は思っている。

 普通に正面を向いている時は泣かせてやりたい澄ました顔。この顔の時が多いから俺の欲望も危険なものが多い。

 そのくせ、一ノ瀬が目を伏せた途端、どこか悲しげなものが浮かんで見える。本人にそんな自覚はない。なぜそんな寂しい表情をするのか何度か一ノ瀬に聞いた事があるが、言われた一ノ瀬も困った顔で「何もない」と言う。嘘をついている風でもないから、実際そうなのだろう。実に紛らわしい。

 一ノ瀬がそんな表情を見せた時は、問答無用で抱きしめてやりたくなる。大事にして守ってやりたくなる。それが自覚がないなんて、はた迷惑なことだ。

 他の奴だとこんなふうにはならなかった。

 付き合ってと言われたら付き合ったし、別れてと言われたら別れた。付き合って欲しいと言って断られたら諦めたし、特に傷つきもしなかった。

 こんなだからか、簡単に手を出すことが出来た。恐れもなにもない。嫌われたらそれまで、また次がある、そう思っていたのに、一ノ瀬が相手だと、こうして歩くだけの時間ですら大事に思える。この時間や関係を壊すのが怖い。隣にいられなくなるのは耐えられない。出会った頃の気軽さで一ノ瀬に迫ることが出来ない。慎重になりまくっている。

 実はそんな自分を俺は気に入っていたりもする。

 俺は人より少し早熟すぎた気がするのだ。女を経験したのは中1の時、この時に酒と煙草も覚えた。男を経験したのは中2の時。

 今はこんな中/学生の片思いのような恋愛が楽しい。とはいえ、やっぱり体は高校2年、チャンスが落ちていないかいつも目を光らせてはいるが、なかなか見つけることができない。

 駅に向かう一ノ瀬と途中で別れ、家に向かって歩いた。

 風が冷たい。もうすぐ冬休み。一ノ瀬と毎日会えなくなる。今の俺には休みなんていらない。


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Question (1/11)

2020.08.26.Wed.
<「ピーキー」→「毒入り林檎」→「未成年のネクタイ」→「言えない言葉」>

 俺が愛してやまない一ノ瀬が、なぜか無条件に信頼し慕っている三年生のサンジャイが、もうすぐ任期終了で生徒会室からいなくなる。とにかく邪魔で目障りだった目の上のたんこぶがいなくなると喜んでいたのに、奴は最後に面倒なことを俺に押し付けてきた。

「お前、生徒会長にならないか」

 いつものように一ノ瀬に会いに生徒会室へ行った俺に、サンジャイはそうのたまった。一ノ瀬の机に座っていた俺は一瞬呆気に取られたが、

「誰がそんなもんになるかよ」

 と、笑い飛ばした。

 俺はサンジャイが嫌いだ。なぜなら俺が知らない小/学生の時から一ノ瀬を知っている。そして一ノ瀬に好かれている。理由はそれだけだが、俺には立派で正当な理由。

「お前なら案外向いてると思うんだがな」

 まだ言うサンジャイを無視して顔を背ける。

「先輩、こいつに会長が務まるわけありませんよ」

 一ノ瀬が口を挟む。

「先輩だって知っているでしょう、こいつの最悪に低俗でだらしない性格を。こいつが生徒会長になったら他の委員が迷惑します」

 何もそこまで言わなくてもいいんじゃないかと思う。俺はつい一ノ瀬を睨んだ。一ノ瀬はまっすぐサンジャイを見ている。畜生、そんなにそいつを見つめるなよ。

 一ノ瀬の顎に手を伸ばし、こちらを向かせた。一ノ瀬が眉を寄せる。

「何をするんだ」
「俺だけ見ててよ」

 一ノ瀬の顔が一瞬で赤くなる。サンジャイは苦笑し、他の委員二人は息を飲んだ。

「はなせ、お前だけを見ていたら目が腐る」

 こんなひどい台詞、普通言うかね。かりにもキスした相手に。俺は可笑しくなって笑ってしまった。こういうところも俺はたまらなく愛しい。こうやって突きはなされることも快感だなんて俺はマゾだったらしい。

「俺は一ノ瀬を目に入れても痛くないのに」
「よし、なら入れてみろ」

 椅子から立ち上がり、立てた人差し指を俺の目の前に持ってくる。ほんとに入れたら痛いでしょうが。その手を握り、指先にキスした。途端に頭を叩かれた。

「死にたくなければ帰れ、この変態! 俺たちは選挙の準備に忙しいんだ!」

  真っ赤な顔で怒鳴る。 こんな照れ隠しはいつものことだ。 これで素直に帰っていたら一ノ瀬の相手は務まらない。

「まぁまぁ、俺も手伝うからさぁ」
「お前がいると邪魔だ」

 顰めた顔のまま椅子に座り直す。最後まで俺を追い出そうとしないのは、やっぱりある程度の好意を俺に持っているからだと解釈する。俺は前向きなんだ。

「はは、お前らいいコンビだな」

 サンジャイが笑った。

「うるせえよ」

 こいつが言うとなんかいちいちむかつく。

「しかし、本当に立候補する気はないか?」
「ないって言ってんだろうが。しつこいな、てめえはよ」
「先輩になんて口きくんだ」

 一ノ瀬が怒る。俺は肩をすくめてみせた。サンジャイに敬語なんて使ったら俺の口が腐る。

「そうか、それは残念だな。会長は副会長を指名できるんだがな」

 ん? 俺はサンジャイを見た。サンジャイはかかった、とばかりにニヤリと笑った。

「俺の時も、副会長を一ノ瀬に指名したんだよ」

 一ノ瀬の顔を見た。一ノ瀬は頷いた。

「なんで?」

 なんでサンジャイは一ノ瀬を指名した? なんで一ノ瀬はそれを受けた?

「会長には副会長を指名する権利がある。先輩じゃなかったら俺も断っていた」

 一ノ瀬が言う。だからなんで? 嫉妬がふつふつわきあがる。

 一ノ瀬に話しかける奴がいたらとりあえず睨み付ける。一ノ瀬に触る奴がいたらとりあえずその手をひねる上げる。一ノ瀬に手を出そうとする奴がいたらぶっ潰す。俺の三か条。サンジャイもそろそろ叩き潰したほうがいいかもしれない。

「お前が会長になれば副会長に一ノ瀬を指名できるぞ。それでも立候補しないか?」

  餌をちらつかせるサンジャイのやり方は気に入らないが、その餌が一ノ瀬とあっては、それが例え罠だとわかっていても飛びつかずにはいられない。

「仕方ねえな、立候補してやるよ」
「じゃこれ、受付の用紙、これに記入してくれ」

 俺の返答を見透かしていたようにサンジャイが紙とペンを俺に寄越した。どこまでも用意のいい男だ。俺はそこに自分の名前とクラスを書き込み、サンジャイにつき返した。

「木村、本気か?」

 呆れ顔の一ノ瀬が俺を見る。

「当選したら副会長にはお前を指名するからな、俺のためだけに働いてくれ」

 一ノ瀬は表現できる限界まで馬鹿にした目で俺を見た。

「お前が当選したらこの学校もおしまいだ」

 学校のため、生徒のために立候補するんじゃない。俺と一ノ瀬、二人の時間のために俺は会長になるんだ。案外悪くないかもしれない。生徒会という正当な理由で一ノ瀬と一緒にいられる。あわよくば生徒会室で2人きり……

「来週、立候補者の演説があるから、公約とか考えとけよ」

 サンジャイの言葉に適当に頷いた。 公約か。そんなもの、何も思い浮かばない。まあぶっつけ本番で大丈夫だろう。


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言えない言葉(11/11)

2020.08.25.Tue.
10

 木村と別れたあと、猛勉強のおかげでなんとか無事、志望校に合格した。そこでも俺はバスケ部に入った。ここのバスケ部は全国大会出場の常連校で、中学の時とは比べ物にならない練習のきつさだった。それでもなんとか食らい付き、実力を伸ばして行った。練習と試合に明け暮れ、あっという間に三年生になっていた。

 今日はうちと毎年全国大会をかけて争う住永大学付属高校との練習試合。俺はそこで信じられない顔を見つけた。ロンがベンチに座っていたのだ。あいつ、本当にここを受験して合格していたのか。

 久し振りに見るロンは、中学の時より背が伸びて、男らしい体つきになっていた。185cm以上はありそうだ。前より髪の色が明るくなっている。思わず目を奪われるいい男になっていた。

 俺は、男はロン以外知らないし興味もない。ロンと別れてから女にしか興味がわかなかったのに、ロンを一目見て一気に昔の感情がわきあがってきそうになり慌てた。

 練習試合が始まった。ロンはずっとベンチだった。ロンは出ないのだろうか。

 試合も終盤、諦めかかったラスト五分、ようやくロンが出てきた。俺はみんなに注意するよう呼びかけた。あいつの実力は俺が知っている。

 コートの中で目が合った。ロンがニッと笑う。俺を覚えているようだ。そんな些細なことが嬉しい。

 ロンにパスがいった。表情を消したロンがうちの選手を一人抜かし、二人抜かし俺の目の前へ。シュートの構え、目はバスケットを睨んでいる。打たせるか。ロンと一緒に飛び上がった。ロンの体がリングから離れる。フェイダウェイ・ジャンプショット! ボールがリングを通過した。

「うちが勝つぜ」

 戻っていく時ロンが俺に言った。 ロンの目つき、本気だ。ゾクリと寒気がした。ロンがこんなふうに闘志を露わにしたのを初めて見る。見ない間、いったい何があったんだ? その変貌振りに戸惑った。

 そして試合はロンの言葉通り、住大の勝ちで終わった。

 体調でも悪いのか、試合が終わった途端ロンが床に倒れこんだのが見えた。かなりスタミナ不足のようだ。練習をさぼっているのか? ロンを取り囲む部員の輪に俺も加わった。

「ロン、なんだそのざまは」

 声をかけた俺を、まわりの奴が驚いた顔で見る。

「久し振り、長野さん」
「バスケはやめるんじゃなかったのか」
「やめたよ、今日はたまたま。もうやんねえ」

 とロンが笑った。こういうところは前とかわらない。

 今日はたまたまということは、やっぱりバスケを続けていたわけではなかったのか。残念に思いつつ、試合に出たわけを尋ねると、

「かわいい恋人に頼まれちゃってね」

 と制服姿の男子生徒を指差した。真っ赤な顔で否定する男を思わず睨むように見てしまった。なんの変哲もなく、前の谷口のように中性的な顔をしているわけでもない。普通の、面白味もない真面目そうな男。こいつのどこに惹かれたのか。

 このまま別れるのも惜しくて食事に誘った。ロンはその男に行ってもいいかと聞いた。

「どうして俺に聞く」

 男が言う。俺もそう思う。どうしてわざわざこいつの了承が必要なんだ。

「俺はおまえのもんだし」
「俺のものにしてやったつもりはない。おまえとは何の関係もないんだ、好きなときに好きなところへ行け。行って二度と戻ってくるな、この変態!」
「な、いい感じだろ」

 俺を見て自慢するように言う。俺は引きつって笑いながらこの男に嫉妬した。俺の時とは違ってロンがこの男に夢中になっているように見えたからだ。

 学校を出て駅前のファーストフード店にロンと二人で入った。向き合って座りながら、目の前でポテトを口に放り込むロンを見つめた。

 中/学生の時はまだ幼さが残っていたが、高校生になったロンはその幼さが抜け、男らしさが増していた。男の俺でも見とれてしまう整った面構え。

「驚いたよ、まさか本当に住大に入っていたなんてな」
「がんばったからね、俺」

 がんばったくらいで入れる成績じゃなかったはずだ。どんな手品を使ったんだ。

「本当にバスケはしてないのか」
「してないよ、今日は一ノ瀬に言われて参加しただけだって」
「一ノ瀬って、あの制服の」

 そう、とロンが頷く。

「あいつ、お前の新しい男?」
「そうしたいんだけど、なかなか手強そうなんだよ」
「今度は諦めないのか?」
「諦める? なんで?」

 谷口の時はあっさり引き下がったじゃないか。谷口の前にも一度男に振られてる、そう言ったじゃないか。来る者は拒まず、去る者は追わず。お前はそういう性格だったじゃないか。

「あいつを諦めるなんて考えた事ないなぁ」

  ロンは食べ終わったハンバーガーの包み紙を手で丸めた。俺はその指先を見つめた。

 ロンと別れたのは過去の話だ。いや、付き合っていたと言っていいかもわからない関係だった。密な関係だったのは二ヶ月弱と短い期間。

 俺が女の子から告白され、付き合うつもりだと言った時、ロンは俺を引きとめもせず、怒りもせず、まったく感情を揺らすことなく「いいんじゃない」とだけ言った。それが全て。

 ロンが誰かに固執するなんて初めてのことだ。あの一ノ瀬という男のために中学までと言っていたバスケの試合に出た。そこでそいつのためだけにロンは本気を出した。

 もう終わった関係なのに、俺は一ノ瀬に嫉妬した。もう終わってるのに、ロンを前にすると心がざわついた。もしかして俺はまだロンを引きずっているのだろうか。忘れられない男であるのは確かだ。なんせ俺の初めての相手だ。

「長野さんは? 彼女と続いてんの?」
「彼女って、中三の時の? まさか、いつの話だよ」

 中学三年の時にロンと別れて付き合った子とは一年足らずで別れた。そのあと二人と付き合ったが、どれもあまり長続きしない。

「俺を振ったくせに、案外あっけないんだな」

 俺がロンを振った? その逆だろ。お前は最初から俺を好きじゃなかった。俺が他の女の話をしても、眉一つ動かさなかったじゃないか。あの時お前が俺を引きとめてくれたら、俺だって他の女と付き合ったりなんかしなかった。実質的に、あの時振られたのは俺のほうだ。

「あの一ノ瀬っての、そんなに好きなのか?」

 俺の問いに、頬杖をついたロンがニンマリ笑う。

「うん、好きだね、欲しい」

 そんな言葉、俺は一度も言われたことがない。あいかわらずあっけらかんと言う男だ。

「じゃあ──、」

 俺のことは好きだったか?

 今なら聞けるような気がした。が、開いた口をまた閉じた。

「ま、頑張れよ」

 別の言葉が出た。聞くのが怖い。ロンは「おう」と応える。

 やっぱり今もまだ、傷つきたくはない。


(初出2008年)
好きすぎて泣く(´;ω;`)
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言えない言葉(10/11)

2020.08.24.Mon.


 九月の学力テストの結果がきた。順位が前と同じくらいに戻りとりあえず一安心した。二年のテストの結果をロンに聞くと、

「まぁ、そこそこ」

 との返事。また赤点か、赤点すれすれの点数を取ったのだろう。

 九月の末、俺はクラスの女子に告白された。いつもよくしゃべっていた子で、気が合う友達のような存在だった。文化祭が終わった放課後に呼び出され、前から好きだったと告白された。咄嗟にロンの顔が思い浮かんだ。返事は保留にしてもらった。

 悪い気はしない。可愛い感じの子だし、話をしていても楽しいし、彼女にするには申し分ない。

 保留にしたのはロンの反応を見てみたかったからだ。なんとなく想像は出来るが、それでも怖いものみたさ半分、期待半分、そんな感じだった。

 今日は久し振りに部に顔を出した。一際張り切って声を張り上げる真田が目に付いた。ロンは一年に付きっ切りで何やら指導している。

 大雑把な指示は真田がし、個人への指示はロンの役目。そんな役割分担が出来ているようだった。

 俺は静かに体育館の中に入って見学した。

 ロンと谷口の会話が聞こえてきた。怯えていた谷口も今では普通にロンと話が出来るようになっている。

「僕の身長ではやっぱりバスケ、無理なんでしょうか」

 自信なさげに谷口が言う。

「んなことねえよ」
「でもディフェンスでは圧倒的に不利です」
「お前は背が低いから、背の高い奴にはドライブが有効なんだよ。あとスリーポイント、これを確実に決められるようにするんだ。出来たら次はスリーポイントラインの1メートル外からでもシュートできるようになれば、お前より背の高い奴がマークについても外に引っ張り出すことが出来るだろ」

 先輩らしいロンの姿につい頬が緩む。

 ロンが俺に気付いた。谷口の肩を叩き、ロンがこちらへやってくる。

「どうしたの、珍しい」
「ちょっと話があって。終わるまで部室で待ってるよ」
「OK」

 ロンが練習に戻った。途端に一年から質問攻めにされている。いつの間にこんなに慕われていたのか。

 しばらく見学してから部室に向かった。懐かしい匂いがする。ずっと置きっぱなしになってる雑誌を拾い上げベンチでそれを読んだ。読みながら、ここでロンにいかされたことを思い出し、苦笑した。

 練習が終わり、二年生がやって来た。俺を見つけてみんなが驚いた顔をする。適当に話をして、着替えを済ませたロンと部室を出た。

「で、話って?」

 門を出たところでロンが先に切り出した。

「クラスの子に告白されたんだ」
「へぇ」

 ロンは驚いた顔をした。だが、実際驚いていないことはわかっている。

「かわいいの?」
「まぁ、そうかな」
「で?」
「付き合おうかと思ってる」
「いいんじゃない」

 気にするふうもなく、前髪をかきあげロンが言い放つ。やっぱりこういう反応だったか。予想はしていたが、内心落胆した。

「今までむりやり俺に付き合わせて悪かったね、 長野さん」

 謝られる筋合いはない。俺が好きだと言ったことは忘れたんだろうか。なんだか少しやるせない。

「俺、ほんとにお前が好きだよ、ロン」
「わかってるって」

 ロンが笑う。

 お前は俺が好きだったか? 聞いてみたい言葉を飲み込む。傷つきたくはない。

「俺も次は女の子にしようかな」

 眠そうな目つきでロンが言った。



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言えない言葉(9/11)

2020.08.23.Sun.


 夏休み頭に行われた関東大会。結果はベスト8。途中まで調子が良かったのだが、相手チームのファウルでロンが転倒。捻挫してメンバーから外れたのが一番痛かった。

 ロンと公式戦で一緒にプレイするのはこれが最後になるのかと思うと寂しさが込み上げてくる。

 バスケは全中大会まで。そう決めていた。それに出られない以上、俺は受験勉強に専念するつもりだった。

 バスケをしない夏休み。勉強机に向かっても、時計を見ては今頃みんな練習しているのだろうなと溜息が出た。

 新しい主将は真田になった。監督と副キャプテンの栗原と俺の三人で話し合った結果だ。最初はロンをキャプテンに、という話だったが、ロンが嫌がるだろうと思い至り真田になった。そのかわりロンは副キャプテンになって、真田の手綱を握ってコントロールしてもらう、というわけで満場一致。

 ロンの反応は一瞬の間こそあいたが、嫌がらず引き受けてくれた。キャプテンになった真田は異様にはりきっていた。空回りして息があがらなければいいが。

 今日は練習が終わった頃ロンと落ちあう約束になっている。その時間が待ち遠しい。

 ロンに好きだと言った。好きにならなくていいと言われた。その言葉通りの意味なのだろう。最初から『試したい』だけの関係だったのだから。不毛な関係だ。それでも、俺はあいつに対する特別な感情を捨てることが出来ない。

 もうすぐ時間だった。少し早いが俺は家を出た。いつも別れる三叉路、そこでロンを待つ。十分ほどしてロンがやってきた。俺を見つけ、のんびり手をあげる。

「いつから待ってたの、汗だくじゃんか」
「ちょっと前だ」
「ふぅん。行こっか」
「ああ」

 行こっか。ああ。このなにげないやり取りが嬉しいなんて、隣のこいつは知りもしないんだろう。

「練習どうだった?」
「サージがはりきってうるさい」

 俺は笑った。真田がはりきる姿は容易に想像できた。

「俺もまた練習したいなぁ」
「すればいいだろ」
「受験が終わったらな。高校入ったらまたやるよ。お前もバスケ、続けるだろ?」

 学校が違ってもバスケをしていたら、いつかロンと試合ができる日がくるかもしれない。そんな期待をしていたのだが、

「俺はやんない」

 ロンはきっぱり言った。

「なんで」
「バスケは中学だけで充分。高校行ったら遊ぶ」
「遊ぶって……なんでっ」

 ロンくらいの才能があるなら高校でも続けるべきだ。中学まででやめてしまうのはもったいない。

「今遊ばなきゃいつ遊ぶの」
「いつだって遊べるだろ」
「バスケもいつだって出来るよ」

 続けろよ、言いかけて口を閉ざした。ロンは人からやれと言われることを嫌う。期待されることも嫌う。

 関東大会の時、みんな無意識にロンに期待して、苦しい局面にはロンにボールを集めた。ロンが捻挫してベンチに戻った時、負けるかもしれない、そう思った。その時点でもう負けていた。ロンはみんなのそんな期待を肌で感じていたに違いない。ロンは期待されることを嫌う。バスケを続けることは、かつてロンを失語症になるまで追い詰めた状況を再び作るようなものなのかもしれない。そう思うと俺は何も言えなくなった。

 大きな家に到着した。今日は誰もいない、ロンがそう言っていた通り、家の中は静まり返っていた。

 汗かいたからとロンがシャワーを浴びている間、俺は一人、ロンの部屋で待った。時間を持て余し、本棚を物色する。高校生向けの問題集を見つけた。まさか、と思って開いてみる。途中まで回答が書かれてあった。意外に綺麗なロンの文字。小学/生の時から高校の問題を解いていたのか。そりゃ壊れもするだろう。なんだかやるせない気持ちになった。

 することもなくベッドに寝転がった。ロンの部屋にはテレビがない。退屈だ。

 しばらくしてロンが戻ってきた。ボクサーパンツ一枚。手にお茶の入ったコップが二つ。そのひとつを机において、もうひとつは自分で一気に飲んだ。

「これからどうする? 外にバスケットゴールがあるけど少しする?」

 さっき俺が練習したいと言ったからそんなことを言い出したのだろう。俺は首を横に振った。ベッドからおりてロンの前に立つ。肩に手を置き、顔を近づけキスをした。石鹸の匂いがする。キスしたままベッドに倒れこんだ。ロンが俺の服を脱がせる。

「今日はちょっと先に進むよ」

 今までお互い触りあってイクだけだった。先に進むということはそれ以上のことをする、という意味。不安や恐怖に勝る欲。

 ロンが俺のものを手に握り、上下に動かす。俺の顔を見る目が優しい。ロンの背中に手をまわした。

「も、ムリ」

 いきそうなところで手をはなされた。 え、とロンを見る。ロンはいつの間にか手に小さなボトルを持っていて、その中身を手のひらに出していた。透明な粘り気のあるそれ。実物を見たのはこれが初めて。

「ローション?」

 ロンが頷く。手のひらをこすり合わせ、その手で俺のものを握った。 少し冷たい。

「力抜いて」

 息を吐き出す。ロンの手が俺のうしろへ伸びる。自分でさえ触った事のない場所をロンの指がなぞった。鳥肌が立った。

「ロン、何する気だよ」
「指入れるだけ、力抜いてて」

 俺はロンの言いなりだ。言われた通り力を抜こうとしたが、触られるとどうしても力が入ってしまう。

「ムリだよ」
「ちょっと入れるよ」

 異物感。俺の顔を見ながらロンが指を入れる。俺は目を閉じ、我慢した。人差し指が一本、根元まで入った。中で動かされ、眉間にしわが寄る。また冷たい感触。ローションがそこに垂らされた。 二本目が入る。中を広げられ、ローションが中に入るのがわかった。

「平気?」
「う、うん、まだ大丈夫」

 中で指が動く。

「このへんに性感帯があるはずなんだけどなぁ」

 ロンの呟きが聞こえた。俺は自分のものを握り、上下に扱いた。

「入れてもいい?」

 ロンが俺を見て言う。上気して顔が少し赤い。口で息をしながら、俺は小さく頷いた。 もうなんとでもしてくれ、そんな気分だった。

 ゴムをつけた自分のものにもたっぷりローションを垂らし、ロンが俺の中に入ってくる。指とは違ってやっぱりきつい。それでも指である程度ほぐしたせいか、ローションのせいか、案外すんなり入った。

「すごいな、きついよ、長野さん」

 ロンの声が擦れていた。ロンが腰を動かすたび、異物感に顔が歪んだ。だがそれに慣れると自分でも腰を振っていた。あたると気持ちいいところがある。そこがさっきロンが言っていた性感帯なのかもしれない。ロンにしがみついてみっともなく声をあげた。

 今回はロンのほうが先にいった。俺の上に覆いかぶさって荒い息を整え、それが終わると俺のものを握って扱き上げる。俺も簡単に果てた。

「どうだった?」

 後片付けをし、身繕いを終えてロンが俺に聞く。そんなふうに聞かれて俺はどう答えればいいんだ。

「ロンはどうだったんだ」
「俺は気持ち良かった」

 恥ずかしげもなく言う。あっけらかんとした性格がたまに羨ましい。

「長野さんは?」
「俺も、まぁ」
「気持ち良かった?」
「まあな」

 恥ずかしくて顔を背けた。そんな俺の頬にロンがキスする。顔が熱い。

「これから色々楽しめるな、長野さん」
「無理だよ、俺は受験生だからな」
「つまんないこと言うなよ」

 立ち上がったロンは机から煙草を取り出し火をつけた。

「お前っ、煙草なんか吸ってんのか」
「うん」

 振りかえって無頓着に頷く。

「吸う?」

 と俺に差し出してきた。少し悩んで俺もそれに口をつけた。吸い込み、吐き出す。まずい。

「うまくないだろ」

 頷いて煙草を返した。ロンは返された煙草の火を見ながら、遠くを見るように目を細めて笑う。なぜか嬉しそうだ。

「そろそろ帰るよ、もう遅いし」
「送る?」
「いいよ」

 玄関先でロンと別れ、家に帰った。

 それから何度かロンの家を訪ね、 そのたびに体を重ねた。

 ロンの好奇心は俺の想像を超えていた。俺の後ろに指を入れ、「一度肘まで入れてもいい?」そんな恐ろしいことを言い出した。さすがにそれは断った。

 たまにバスケで1on1をした。少し動かない間にずいぶん体がなまっていて、ロンの動きについて行くことができなかった。

 夏休みはあっという間に終わった。



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言えない言葉(8/11)

2020.08.22.Sat.


 放課後、俺はそわそわしていた。昨日、木村の家に行くと約束したが、いつどこで木村と落ち合えばいいのか決めていなかったのだ。木村が三年の俺のクラスまで迎えに来るのか? 俺が行くのか? 部室で待つほうがいいのだろうか。

 考えながらノロノロ教室を出てとりあえず靴を履きかえた。校舎裏の体育館へ向かう途中、後ろから声をかけられた。

「今日、練習休みだぜ」

 木村が立っていた。

「お前を待ってたんだよ」
「あぁ、そうなんだ。じゃ行こっか」

 木村と並んで歩く。いつもとかわらない木村の表情。こいつは今何を考えているんだろう。俺だけが落ち着かない気分なんだろうか。どうしてこいつはいつもこんなに落ち着いていられるんだろう。

 いつも別れる三叉路を木村と一緒に曲がる。しばらく歩いて「ここ」と木村が顎をしゃくった。

 次の曲がり角までぐるりと廻る白い壁。駐車場らしいシャッター、その横に勝手口のような小さな戸。そこの鍵をあけて木村が中に入った。ここが木村の家。その大きさに驚いた。

 木村に続いて勝手口から中に入る。右手に屋根だけの倉庫のような広い駐車場。シャッターの前に車が二台並んでとめてある。その奥の空きスペースには大きなバイクが一台、更に奥の壁にはバスケットのゴールが設置してあった。こいつはここで毎日練習しているのかもしれない。

 左手には洋風な建物に似合わない小さいが立派な日本庭園。俺はそこで初めて鹿威しを見た。

 大きな玄関の戸を開け中に入る。俺の部屋ほどある広い玄関。白く光る床。

「あがって」

 言って木村は俺の前にスリッパを置き、さっさと歩き出す。気後れしながらあとに続いた。

 廊下の先の階段を上っている時、女の人の声がした。立ち止まって振りかえる。綺麗な女の人が立っていた。

「お帰りなさい、論」
「ただいま、昨日言った部活の先輩」

 と、木村が俺を指差す。俺は頭をさげた。木村のお母さんのようだ。にしても綺麗な人だ。木村は母親似なんだろう。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。あとでケーキを持って行くね」

 木村が階段をのぼって先に進む。もう一度木村の母親に会釈し、俺も二階へあがった。

 木村が開けた部屋の中に入った。 六帖の俺の部屋の倍はありそうな広い部屋。左手、壁一面の棚、そこに本がびっしり埋まっている。漫画の類はなく、すべて勉強に関するものだ。

 正面に勉強机、手前にベッド、右手はベランダ。中に入ってから、本棚の奥は三帖ほどのウォークインクローゼットになっていることに気付いた。

「お前、すごいな。金持ちだったんだ」
「金持ちは爺さんだよ、俺はただの学生」

 爺さんの財産はいつかはお前が相続するんだろうとは言わないでおいた。つまらんやっかみだ。

 本棚の奥のクローゼットで着替えを済ませ、木村が戻ってきた。左耳にピアス。

「お前、ピアスなんてしてるのか」
「うん、そうだよ」

 なんでもない顔で言ってベッドに座る。

「いつまでもつっ立ってないで長野さんも座ったら?」

 木村の隣には座れず、勉強机の椅子に座った。その直後ノックの音。扉が開いて、木村のお母さんが中に入ってきた。勉強机にケーキと紅茶を置いた。

「本当にゆっくりして行ってちょうだいね、論がお友達を連れてきたのは初めてなの」

 嬉しそうにニコニコ笑う。

「母さん、もういいから」

 木村に言われ、おばさんは名残惜しそうに部屋を出て行った。

「優しそうなお母さんだな」
「普通だよ」
「甘やかされて育ったんだろ、お前」
「昔はああ見えてスパルタだったんだぜ」

 論は立ち上がり、机のケーキに手を伸ばした。上に乗っかるフルーツを指でつまんで口に入れる。

「すごい勉強してたって本当か?」

 ちらりと壁一面の本を見た。すごい量だ。 参考書と辞書、事典に並んで、小中/学生には縁のない難しい専門書まである。

「昔の話だよ。母さんは俺に期待しまくってたから、今はさぞがっかりしてるだろうな」

 ニヤっと皮肉に笑った。

「人からやれって言われたり期待されたり、そういうの、もううんざりなんだ」

 言ってフォークをケーキに突き立て、かぶりついた。

 勉強のしすぎで壊れた。そう聞いた話も、満更デタラメではないようで、これ以上聞くのは躊躇われた。

「今キスしたら甘い味がするよ、長野さん」

 口のまわりのクリームを拭った木村が俺に向きなおって言う。俺の肩に手をおいて顔を近づけてくる。甘ったるいにおい。俺は目を閉じ、少し口をあけた。唇が触れたと同時に舌が入ってくる。木村の言う通り、クリームの甘い味がした。

「ベッド行こう」

 腕を引っ張られ、ベッドに連れて行かれた。下には木村のお母さんがいる。もし急に部屋に入って来られたら……。俺の不安を見透かして、

「母さんは滅多に俺の部屋には来ないから」

 木村が俺にキスしながら言った。少し安心。しかし緊張する。ベッドに押し倒された。木村の手がベルトを外し、中に入ってくる。じかに触られるのは前に更衣室でイカされた時以来。

「今日は反応早いね」

 笑いを含んだ木村の声。俺のものはもうすでに大きくなっていた。ずっと焦らされ続けたせいで俺の体と心はおかしくなっている。

「早く」

 喘ぐようにねだった。

「俺のも触って」

 耳元に囁かれた。抗えず手を伸ばす。木村のベルトをもどかしく外し、それを引っ張り出す。初めて触る他人のもの。

 二人でそれを扱きあった。何度もキスした。興奮して我を忘れた。相手が木村じゃなかったらこうはならなかった。これが『好き』という感情なのかわからない。でもいつだって俺は木村のことばかり考え、その姿を探していた。

「木村、俺、もう」

 空いてる左手で口を押さえた。ただイカせるだけの愛撫にあっけなく果てた。木村が俺の顔の横に突っ伏す。耳元に荒い呼吸。木村ももう出そうなんだろう。びくっと脈打ち、木村も果てた。大きな溜息をついて、木村が顔をあげる。

「やべ、汚しちゃった」

 手から零れたものが俺の下着を濡らしていた。木村がティッシュで拭いてくれたがそんなもので乾くはずもない。俺の履く? という木村の申し出は断り、じっとり湿る下着を我慢することにした。

「手、洗いに行こっか」

 木村に言われ、下におりて手を洗う。先に木村が上に戻った。少し遅れて上に戻ろうとしたら木村の母親に引きとめられた。

「今日は来てくれてありがとう。私のせいであの子、友達が一人もいなかったから。これからも論と仲良くしてやってね」

 昔はスパルタだった母親。期待され部屋に閉じ込められて勉強漬けの毎日。そして木村は壊れ、声を失った。

「安心してください。木村は学校で人気がありますから」
「ほんとに? 良かったわ」

 安堵して母親は微笑んだ。息子への負い目、罪悪感が見え隠れする笑みだった。

 母親と別れ、部屋に戻った。木村はベッドの上で目を閉じて寝転がっている。

「ロン」

 初めて下の名前で呼んだ。パチっと目が開く。

「なに?」
「俺、お前のこと好きだよ」

 一瞬だけ木村が驚いたような表情を見せた。

「別に好きになんなくていいって言ったのに」

 少し困ったような笑顔だった。この日初めて、俺は自分から木村にキスした。



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