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毒入り林檎(5/8)

2020.07.31.Fri.


試合当日。1位から4位の順位決定戦予備戦。対戦相手は去年のインハイでベスト8。戦力はお互い五分五分、もしくはうちが少し上と見ていた。

 試合開始。相手チームは動きが鈍く、イージーシュートも外して最悪の雰囲気。島田さんが今が攻め時と檄を飛ばし、うちのフォワードが確実に点を取り、俺もリバウンドでチームに貢献して前半戦を終えた。後半戦になってようやく向こうは立て直して果敢に攻めてきたが、うちは冷静にパスをまわし結局点差は縮まることなく試合終了。辻さんが雄たけびをあげた。

 着替えをすませ、明日の対戦相手の下見のために観客席へ。試合はすでに始まっていた。そこで一際目を引く奴が一人。身長は175cmあるかないかの小柄なほうなのに、やたら動きが素早く、ボール捌きが抜群にうまい。目にも止まらぬ早業、とはこういうことを言うのだろう。ボールを前後左右、自在に操って相手プレイヤーを惑わせる。その隙にするりとかわしてシュートを決める。会場にいる観客の視線をほとんど独占するようなプレイだ。

「サージか」

 俺の斜め前に座る木村が呟くのが聞こえた。

「知り合いか」

 隣の島田さんが聞く。

「中学で一緒だった。真田新二。あいつは要注意だぞ、厄介な野郎だ。あいつとは当たりたくねえけど、多分明日はあそことやりあうことになんだろうな」

 点数が6対12。真田という男がいるチームがリードしている。たった今も真田のシュートが決まった。木村が真面目な表情で試合を見ていた。初めてみる顔だった。

 結果、真田のいるチームと明日、 対戦することになった。

 ~ ~ ~ 

 翌日の決勝戦。 チーム全体にピリピリした緊張感が走る。その中で木村だけはいつもの眠そうな顔をしていた。気合を入れてコートへ。ジャンパーは俺。

 試合開始。ボールが投げられる。ジャンプした俺の手にボールが当たった。弾かれたボールを辻さんが取り、パスがまわされる。一斉に走った。島田さんがシュートを決めてポイント先取。悪くない出だし。

 その直後、 真田にボールがまわって空気がかわった。昨日の試合を見た俺たちは皆身構えた。真田が突進してくる。スピードで誰も敵わず、ディフェンスに立ち向かった島田さんがあっさり抜かれ、俺の目の前へ。打たせるか! 真田がシュートしようとボールを構えた、と見えたのは俺の錯覚で、ボールは床をついて俺の後ろへ。相手プレイヤーが受け取ってシュートを決めていた。早い。

 鳥肌が立った。真田を中心としたチーム。他のプレイヤーは真田の手足となって動いている。実際に対戦してそう感じた。そしてそれがうまく機能している。 これが高校三年生の実力。いや、高校生でもこいつはトップクラスだろう。

 負けてたまるか。俺の闘志に火がついた。リング下で好き勝手にはさせない。 そう簡単にシュートさせてたまるか。

 インターバルで、木村が島田さんに声をかけるのが聞こえた。

「15点以上あけられるなよ」

 ベンチに座ってるだけのくせに、何をえらそうに言ってやがる。島田さんはただ、黙って頷いた。

「木村は後半投入だ。お前には起爆剤として働いてもらうぞ」

 監督が木村の背中を叩いた。木村は返事をせずに肩をすくめた。

 コートに戻って島田さんが皆に声をかける。落ち着け。取り返すぞ。その後、うちも点を取り返すが、じわじわ点差が開いていく。辻さんがてんぱってきている。チームプレイがだんだんくずれていく。嫌な空気のまま前半戦が終わった。

 ハーフタイム。無言でベンチに戻る俺たちに監督が檄を飛ばす。気持ちを奮い立たせようとするが、真田の高校生離れした動きに手も足も出ない。

「辻、木村と交代だ」

 監督の言葉に、辻さんはむしろほっとした表情を浮かべて頷いた。いつの間にかウォームアップしていた木村が加わる。その目が相手ベンチを鋭く射抜く。そして観客席を仰ぎ見た。俺もつられてみた。誰か知った顔があるんだろうか。木村は人を探して目を動かしていたが、諦めて視線を戻した。

 そうか、一ノ瀬か。こいつは一ノ瀬が来るのを待っているんだ。こんな大事な局面にまで男のことを考えているのか。ぶん殴ってやりたいがいまは試合中だ。なんとか堪える。試合で足手まといになりやがったら、その時ぶん殴ってやる。

 後半戦、開始。点差は15点。早速ボールが真田に渡った。木村が真田に迫る。真田の顔つきがかわったのが見えた。

「誰かと思ったけど、やっぱお前かよ。ベンチウォーマーがここで何してんだよ」

 真田が木村に話しかけた。中学が一緒だったというから不思議はないが、真田の口調には敵意のようなものが感じられた。

「よぉ、サージ。今日は助っ人だ」
「バスケ、辞めるんじゃなかったっけ?」
「辞めたよ、だから今日は助っ人だって言ってんだろ」

 木村の手が伸びる。真田はその動きを予想していたようにレッグスルーでボールを持ちかえた。

「とろいぜ、お前。なまってんな」
「これから調子あげてくんだよ」
「その前に試合終わらせてやるよ」

 木村の横をすり抜けて真田が出た。 俺の真下に真田の顔。打つか、パスか。考える一瞬の間に俺の手の下を潜り抜け、真田がダンクを決めた。

「嘘だろ」

 ぶらさがったリングから下りる真田を呆然と見た。不敵に笑う真田はまっすぐ木村を見ていた。

「お前には負けねえよ、へたれが」

 と走りながら木村を指差し、戻って行く。木村が片頬をあげて笑った。目つきが鋭くなる。まさかこんな安っぽい挑発に乗ってブチ切れたか? まさか辻さんよりてんぱるんじゃないだろうな。大丈夫か、本当に。

 ボールが木村に渡った。木村に張り付く真田が虎視眈々とボールを狙っている。

「勝負しろよ、補欠」

 真田の挑発。そんなもんに乗るなよ。

「誰がてめえと。俺にはもっと大事な用があるんだよ」

 低い位置でドリブルし、真田に負けないスピードでボールを捌いて後方の味方にパス。真田を背中で牽制しながらまたボールを受け取り、体を反転させ真田を抜いた。無駄のない動きでセンターをかわし、シュート。決まった。味方のベンチから歓声があがる。俺もほっとしたが、たかが一度シュートを決めたくらいでみんな大袈裟に喜びすぎだ。

 木村は真田の動きをよんでパスをカットし、奪いにきた真田の足の間を潜らせボールを味方へパス。もらった本人が予想外のパスだったらしく一瞬出遅れたがシュートを放ち、バスケットに当たったボールを俺がリバウンドして得点した。相手チームの加点が止まった。

 真田に余裕がなくなったのがその顔つきでわかった。ワンマンなチームはその中心人物が調子を崩すと全体が崩れる。チーム全体に動揺が伝わっているのがわかった。

「こっちだ!」

 木村が声をあげた。島田さんがパスを出す。

「調子乗んなてめえ」

 真田が追い縋る。木村は後ろ手で味方にパス。ボールを見失った真田を横目にすり抜け、パスをもらってドライブで切りこみジャンプ。 空中で体を捻りながらダンクを決めた。会場から歓声があがる。

 あいつ、何してやがんだ! 大事な試合で格好つけてんじゃねえ! 

 木村は走りながら観客席に向かって指をさし、アピールしている。その方向を見ると、出入り口から階段を下りる一ノ瀬の姿があった。今来たところらしい。一ノ瀬も驚いた顔をしている。こいつは一ノ瀬が来たから急に張り切って格好つけたのか? まさか、嘘だろ。一ノ瀬にいいとこ見せるために、あんなプレイしたっていうのか?

 第3クォーターが終わったインターバル、荒い息をしながらドリンクを飲む木村に、みんなの信頼が集まっているのを感じた。前半戦の重い空気がなくなっている。みんなが、こいつなら何とかしてくれると期待している。

 どうしてこいつはバスケ部に入らなかったんだ? どうしてポイントガードなんだ? こいつは謎だらけだ。




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毒入り林檎(4/8)

2020.07.30.Thu.


  放課後の体育館、部員が集まったところへ木村が遅刻してやって来た。どこまでも不真面目な奴だ。せめて時間に遅れずに来い。俺が睨んでいると、視線に気付いた木村がニヤっと笑ってきた。

「何か言いたそうだなぁ」

 バッシュの紐を硬く結びながら言う。

「中島さんのかわりを引き受けたんなら遅刻せずに来いよ」

 思わず言った。島田さんが離れたところから心配そうに見ていた。別に喧嘩をするつもりはない。一言いっておきたくなっただけだ。

「お前さぁ、何か勘違いしてるよ。俺は中島のかわりで来たんじゃねえよ。一ノ瀬に頼まれたから来ただけだ」
「けっ、ホモが」
「ホモは嫌いか? 狭い世界で生きていやがんなぁ、お前。何も知らねぇガキが、俺に一丁前の口きくなよ」
「あの一ノ瀬って人も迷惑してんだろ」
「お前があいつの何を知ってる。二度とあいつのことで俺に知ったかぶんじゃねえよ」

 木村が立ち上がった。口元に笑みこそ浮かべていたが、目は笑っていなかった。妙な気迫に俺の足が一歩退いた。

「おーい、お前ら、喧嘩はダメだぞ。もう練習始まってるんだぞ」

 島田さんに声をかけられ、木村の視線が俺から逸れた。思わず息を吐き出した。

「行くぞ、一年」
「一年じゃない、岡崎だ」

 木村はいつものやる気のない目に戻っていた。なんだ、急に凄みやがって。

 中島さんの代わりじゃないと言っていたが、木村をポイントガードのポジションで練習が始まった。ちんたら動いているわりに的確な指示をする木村に妙に苛々した。主将の島田さんも、飛び入りの木村の指示を待つ場面が何度かあって、それがまた俺を余計にイラつかせた。

 どうしてうちの先輩はみんな無条件にこいつを信頼しているのだろう。どうして誰も何も文句を言わないんだろう。

 その日の練習はずっと苛々したまま終わった。

 俺は中学ではそれなりに活躍したほうだった。恵まれた体格のおかげでほとんどの連中を上から見ることが出来た。ゴール下をまかされ続けて三年。リバウンドには自信がある。絶対にボールを取りこぼさない。 点に繋げてきた。それを認められて次の試合にだって出してもらえる。高校生になってレベルがあがった中で、自分の実力を試したい、これからの成長に繋げたい。その大事な試合に木村が絡んでくる。 そのことにチームの誰も文句を言わない。むしろ歓迎ムードだ。それがどうしても納得できない。

 ~ ~ ~

  部活が休みの放課後、教室の掃除をし、ゴミをゴミ置き場へ持って行く途中、そこに木村と一ノ瀬の姿を見つけて足が止まった。

 部活のない日にまであいつに会いたくない。あいつらがいなくなってから捨てに行くことにしよう。少し離れたところで見つからないようにして待った。

「部活が休みだからってこんなところで油を売ってていいのか」

 一ノ瀬がゴミを捨てながら木村に向かって言うのが聞こえてきた。

「生徒会の仕事、お前たちに押し付けんのも悪いしねぇ」
「そっちは俺たちに任せろと言っただろう。お前は次の試合まではバスケに専念していろ」

 そうだ、もっと言ってくれ。一ノ瀬は案外話のわかる奴のようだ。

「試合で体力はもつのか」
「俺、ベンチの補欠だから」
「島田はそうは思ってないみたいだぞ」
「はは、そんなに期待されてもねぇ」

 嫌味ったらしい口調。一ノ瀬の顔が曇るのが見えた。

「期待してるんじゃない、お前を信じているんだ」
「同じじゃねえの」
「違う、俺もお前を信じたから頼んだんだ」
「お前に言われなきゃ、もうバスケなんかしないつもりだったんだぜ。それ相応の見返り、 期待していいんだよな?」

 一ノ瀬の肩に腕をまわし顔を寄せる。キスするのかと思ったがその寸前で止めた。 一ノ瀬は顔色一つかえない。

 これは脅しというんじゃないのか? 中島さんのかわりに バスケ部にやって来た見返りを一ノ瀬に要求するなんてせこい男だ。

 一ノ瀬に対して同情する気持ちがわいてきた。一ノ瀬は疫病神に魅入られてしまったんだ。このあいだは失礼なことを言ってしまった。一ノ瀬が怒るのも無理はない。

「お前の口説き文句はワンパターンだな。そんなもので俺を口説き落とせると思ってるなら作戦をかえたほうがいい、そのままじゃ一生無理だ」

 一ノ瀬は大人だ。怒りもせず木村をかわしている。対して木村は子供みたいに口を尖らせている。

「言ってくれるね。 試合で俺の活躍見てろ、惚れ死にさせてやる」
「俺を殺せるほど活躍なんてできるのか?」
「今日はずいぶん挑発するねぇ。練習で相手してやれないから怒ってるのか」
「試合で負けるようなことがあったらな」
「それって俺一人の力じゃどうにもならないことだろ」
「俺を手に入れたいなら、それぐらいやってのけろ」

 なんて際どい会話だろう。ゴミ捨て場から去って行く二人の背中を見送りながら知らずに止めていた息を吐いた。まともに木村の相手を出来るのは一ノ瀬しかいないのではないか、そんな考えが浮かんだ。

~ ~ ~

 試合を明日に控えた放課後の練習、今日は5対5の練習をした。俺のチームのポイントガードに辻さん、相手チームには木村。

 中学の時、ポイントガードだったらしい木村は、パス第一でプレイヤーにボールをまわし点に繋げていった。辻さんは自分で突っ走ってしまう時があってまわりが気後れする場面がある。相手にリバウンドされ、木村が速攻をかけたときには必ず失点した。

 木村は抜け目がない。ゲーム自体は木村のチームに勝ったが、俺には木村が手を抜いているように見えて嫌な気分だった。

 練習が終わり、皆が更衣室へ向かう中、俺は島田さんにその事を話した。

「あいつ、わざと負けたんじゃないすかね」

 俺の言葉に島田さんは驚いた顔をした。

「あいつって木村のことか?」
「はい」
「俺はよく動いてたと思うよ。うちの部員のこともこの短時間で理解してうまく使っていたし、ゲームの流れもよく読んでる。明日は試合を控えて辻に自信をつけてやるこも忘れていないしね」

 はっとした。中島さんの代役に選ばれたプレッシャーはかなりのものだろう。 それも一週間前に急遽決まった変更。辻さんはてんぱるとすぐ舞い上がってしまう。メンタルが弱いようだから、今日の練習で負けてしまったら簡単に自信喪失してしまうだろう。木村はそんなことまで考えて行動していたんだろうか。

「急には無理だと思うけど、お前も少しはあいつを信用しろよ。明日は同じチームになるんだからな」
「……はい」

 島田さんに尻を叩かれ、更衣室へ向かった。皆に囲まれ笑っている木村がいた。こいつのまわりにはいつの間にか人の輪が出来ている。女子だけじゃなく男子にも人気がある。辻さんに見せたような気遣いを他の連中にもしているからなんだろうか。木村論という男がますますわからなくなった。



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毒入り林檎(3/8)

2020.07.29.Wed.


  翌朝になっても一ノ瀬に殴られた腹は鈍く痛みを残していた。確かに俺も失礼なことを言ったから腹は立たなかったが、試合を控えた俺をなんの手加減もなく殴ってきた一ノ瀬もどうかと思う。普通少しは加減するだろう。

 驚いたことに、木村がバスケ部に臨時入部した事、俺が一ノ瀬に殴られた事は、たった一晩で学校中に広まっていた。一体誰がこんなに素早く噂を流したのかと感心する。

 教室に入ってきた俺にクラスの女子が、

「ロン先輩がバスケ部に入ったって本当?」

 やたら興奮した様子でさっそく聞いてきた。

「あぁ、あいつね、ただの助っ人だよ」
「岡崎君、ロン先輩を怒らせて一ノ瀬さんに殴られたんだって?」

 事実と違うところがある。いつどこで捻じ曲がって伝わったんだ?

「ちょっと違うけど、まぁ、一ノ瀬って奴に殴られたのは本当だけど」
「やばっ、三角関係?」
「なぁ、あの木村って奴のどこがそんなにいいわけ?」

 ずっと不思議に思っていた。昨日本人を見てその謎はさらに深まった。どこがいいのか、俺にはさっぱりわからない。

「まず見た目」

 吉田さんはきっぱり言い切った。まぁ、確かに見た目はいい方だったな、それは認める。

「で、実は頭もいいところ」
「あいつが?」
「一ノ瀬さんが学年一位らしいんだけど、本気出したらロン先輩のが頭いいらしいよ。これはハンドボール部の先輩に聞いた話だから間違いないみたい」

 意外だ。茶髪にピアス、軽薄な態度。あいつが学年一位の学力を持ってるだって? 俄かには信じがたい。

「それに、一ノ瀬さんに対して一途」
「一ノ瀬って男だって知ってるよな」
「もちろん」

 ホモだと知ってて格好いいと言っているのか。

「先輩に聞いたんだけどね、去年の生徒会選挙に出た時のロン先輩の公約、なんだか教えてあげようか?」

 別に知りたくもなかったが、そんな言われ方をすると知りたくなる。どうせつまらない公約だろうけど。

「なんだよ、聞いてやるよ」
「年が明けるまでに、絶対一ノ瀬さんをものにするって、そう宣言したんだって。それが皆に受けて当選したって話よ」
「まじかよ」

 なんだそれ。公約なんて言えるのか? 呆れて溜息しか出ない。

「で、それ、まじで実行したのか」
「出来なかったらしいよ、むりやり実行しようとして一ノ瀬さんに殴られたんだって」

 そう言えば昨日一ノ瀬に殴られた俺に『俺も前にそれを食らった』と木村が言っていたが、そのことだったのかもしれない。あの男、本物の馬鹿だな。あいつが中島さんの代わりに呼ばれたことがますます許せない。

「それでもお前、あいつがいいのか」
「手の届かないところにいるからみんなのアイドルでいられるんじゃない。同じ女に取られるくらいなら男とくっついていてくれたほうが嫉妬しないですむしね」

 怖ぇ。バイだと公言して男を追い掛け回す木村が皆から迫害されないのは、こういう女子の支持があるからなんだろう。少しだけその人気を理解できた気がした。

「これからロン先輩と一ノ瀬さん情報まわしてね。ハンドボール部にもファン多いんだぁ」

 勝手な約束をして吉田は女子の輪に戻って行った。そこで今話したことを繰り返ししゃべるのだろう。

 放課後になるまで、二、三人に噂のことを聞かれた。中には男もいた。もっとも、そいつの興味は、木村が本当に一ノ瀬と付き合っているのかという、俺と同じ怖いもの見たさの好奇心からだった。俺は付き合っていないと答え、木村の片思いだと付け加えた。



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毒入り林檎(2/8)

2020.07.28.Tue.
<1>

  木村は一人別メニューで、コートの半面を独占して練習をしていた。ドリブル、ラン二ングシュート、3Pなど体の動きを確認するような練習のあと、1on1をイメージした動きでボールを捌く。教科書通りのような綺麗なフォームに驚いた。まったくクセも個性もない。

「木村に見とれてないで練習しろ」

 いつの間にか背後に島田さんが立っていた。別に見とれていたわけじゃないが、言われて恥ずかしくなった。

「どうしてあの人バスケ部入ってないんすか」
「やる気がしないんだって。今回も引っ張ってくんのに苦労したんだ」

 やる気のない奴に試合に出られても迷惑だ。こんな奴わざわざ連れてこなくてもよかったのに。

「大丈夫なんですか、そんな人を中島さんのかわりに入れて」
「俺は木村を信用してるよ」

 島田さんは笑顔で断言した。本当にあいつを信用している顔だ。確かにあいつの動きは下手くそじゃない。うまいほうだ。でもバスケはチームプレー、ポンと入ってきた部外者に中島さんのかわりが務まるとは思えない。

「一ノ瀬に言われて来たから大丈夫だろう」

 一ノ瀬。木村の恋人と噂の男。

「本当にその人と付き合ってるんすか」
「入学してまだ二ヶ月のお前でも知ってるのか、その噂」
「女子が面白半分に話してるのを聞いたんで」
「付き合ってるかどうかは微妙だなぁ、いつも一緒にはいるけど、一ノ瀬は拒んでるね、木村の片思いっぽい」
「でも本当に男が好きなんすね、あいつ」

 反吐が出そうだ。男が好きなホモ野郎。お前を絶対チームメイトとして認めない。

「お、噂をすれば一ノ瀬が来た」

 島田さんが体育館の入り口のほうを見た。制服姿の男子学生の姿。少し拍子抜けした。男に好かれるからどんなかわいい中性的な面をしているのかと思ったら、なんの変哲もない普通の男じゃないか。意思の強そうな鋭い目つき、真面目そうな性格をあらわす一文字に閉じた薄い唇。こいつのどこが男を惹きつけるんだ?

「おう、一ノ瀬、俺に会いに来たのか」

 木村の声を無視して、一ノ瀬は監督のそばに行くと挨拶をした。監督が笑いながら一ノ瀬の肩を叩いて何か話をしている。一ノ瀬はそれに静かに頷いて、今度は島田さんのところへやって来た。

「木村はちゃんと練習に来たようだな」

 白い歯を見せて笑う一ノ瀬を俺は見下ろした。そばで見てもやっぱり地味な普通の男だ。本当に木村の相手なんだろうか。 男に追いかけられて何が嬉しいんだ。

「ああ、お前に頼んで良かったよ。俺から何度あいつを誘ったって来てくれなかったからな」

 一ノ瀬の笑顔が少し複雑そうなものにかわった。

「別に俺が言ったからじゃない、誤解するな」

 一ノ瀬が急に顔をあげた。俺と目が合う。

「何か用か」

 島田さんと話していた時とは違う冷たい声。

「別に」
「じゃあどうしてさっきから俺を睨んでるんだ。君に睨まれる覚えはない」

 チビのオカマのくせに、三年だからってでかい態度とりやがって。神聖なコートにホモとオカマが来るんじゃねえ。

「男に尻狙われるのってどんな気分なのかと思って」

 思わず大きな声が出た。俺の言葉に体育館がシンと静かになる。島田さんが驚いて口をあけ俺を見ている。一ノ瀬は頬を赤く染め俺を睨む。そんな目で見られたって怖くもない。視界の端で、木村が呆然と立ちつくしているのが見えた。

「どんな気分、か。教えて欲しいか、教えてやろう。どこかの恥知らずな馬鹿のおかげで、好奇の目に晒されて迷惑している。お前みたいな無礼な奴に何度も絡まれることもいい加減飽き飽きしてきたところだ」

 一ノ瀬の拳が俺の腹にめりこむ。避ける間がなかった。完全な不意打ち。腹を押さえて膝をおる俺を横目に、

「島田、後輩の教育もお前の仕事だぞ。こんな奴を試合に出したらうちの恥だ、それまでにしっかり指導しろ」

 一ノ瀬は島田さん相手に容赦なく吐き捨てた。

「了解でーす」

 島田さんが顔を引きつらせて返事をする。床に膝をついて悶絶する俺の肩を木村が叩いた。同情するような木村の顔。

「あいつを怒らせんなよ、あいつはお前の手に負える奴じゃねえんだ。俺も前にそれを食らった。しばらくあっちで休んでろ」

 とベンチを指差す。島田さんに抱えられてベンチへ移動した。他の一年が心配そうな顔で俺を見る。情けない。

「馬鹿か、お前は」

  ベンチに戻ってきた俺を見て監督が呆れたように言った。

 男に好かれるような奴だから、俺はてっきり女っぽい優男を想像していた。勝手な思いこみ。本物はぜんぜん違った。あいつ、手加減なくぶん殴りやがった。腹がまだ痙攣している。

 帰るという一ノ瀬を木村が引き止めている。なるほど、島田さんの言う通り、木村の一方的な片思いのようだ。一ノ瀬は迷惑してる。いまも追い縋る木村の腕を鬱陶しそうに振り払っている。

「サンジャイ先輩が試合を見にくるらしいよ」

 島田さんの言葉に一ノ瀬が顔色をかえた。さっきまでの不機嫌な顔にわずかながら嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「先輩が来るのか」

 明るい声。こいつもサンジャイさんの知り合いなのか。ベンチから聞き耳を立てた。

「その日は練習が休みだから来るって」

 大学生になったサンジャイさんは今頃、新人戦の練習に忙しいはずだ。それでも試合を見に来るのは後輩が気になるからなのか、木村が気になるからなのか。

「おい島田、 一ノ瀬に変なこと吹きこむなよ。こいつはその日、俺の応援のために来るんだから」

 木村が一ノ瀬の肩に腕をまわした。一ノ瀬はその腕を邪険に振りほどき、「補欠要員の何を応援するんだ」と冷笑で応える。

 木村が一ノ瀬にちょっかいを出す光景は俺たち一年生には初めて見るものだ。全員があっけに取られていたが、二年、三年は見慣れているらしく、みんな苦笑いで練習を続けている。

 俺はまだ痛む腹をさすりながら、コートでいちゃつく二人を睨み続けた。

 こんな奴が人気があるなんて、この学校は大丈夫か。




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毒入り林檎(1/8)

2020.07.27.Mon.
<前作「ピーキー」>

※健全、BL風味


  サンジャイ・勇樹・カプール。父がインド人、母は日本人のハーフ。住永大学付属高校の三年生。

 俺はその人を全国大会の準決勝の試合で初めて見た。試合には負けてしまったが、その人のプレーに俺は目を奪われた。俺と同じポジションのセンター。彼の動きはこの大会でもずば抜けているものがあった。

 当時中学三年生だった俺は、候補のひとつだった住大付属の試合を見に来ただけだったのだが、サンジャイさんを見て絶対ここに入学してやろうと、その日から猛勉強を始めた。

 サンジャイさんは高校三年、入学できたとしてもバスケ部で一緒にプレイ出来ないことはわかっていたが、あの人と同じ高校が良かった。OBとして遊びに来てくれるかもしれない。

 あの人に認められたい、ただその一心で俺はなんとか試験に合格し、住大付属のバスケ部に入部した。

 それなのに、どうして急遽助っ人要員として入ってきた奴と一緒に五日後の関東大会に出なければいけないんだ。

 発端は一週間前、試合で中島先輩が足をくじいてしまった。中島さんのポジションはポイント・ガード。その代役についたのは二年の辻さん。正直、うちの戦力はがた落ちした。そこで主将の島田さんと監督が話し合い、島田さんが連れてきたのが、三年生で生徒会長の木村論。茶髪にピアス、いつも眠そうな目をしたニヤケ顔。俺は第一印象でこいつが嫌いになった。

 背は俺より少し下だから185、6といったところだろう。この人にはいろんな噂が付きまとう。本気を出せば実は頭がいいらしいとか、男も女もいけるくちでとっかえひっかえ相手をかえているだとか、今の相手は同じ三年で生徒会副会長の一ノ瀬という男だとか。どこまでが本当でどこまでたでたらめなのかわからない。

 俺のクラスにも木村論信者のような女子がいるが、俺は今目の前にいるこいつを見ても、ただ軽薄な印象しか受けず、いったいどこがいいのかと思う。確かに顔だけはいい。

「まぁ、そういうわけで中島が関東大会厳しそうなんで、うちの助っ人として木村に来てもらった。今日から一緒に練習する。みんな、よろしくな」

 島田さんの紹介に、木村論はわざとらしい作り笑いを浮かべた。人を馬鹿にした態度が気に入らない。

「先輩、部員じゃない人と一緒に試合なんて大丈夫なんすか」

 俺は思わず手をあげて発言していた。

「まぁ、体力的な心配はあるけど、こいつはピンチヒッターだから、フル出場はさせないよ」
「いえ、そういうんじゃなくて、こう言っちゃなんですけど、助っ人としてどうなのかと思って」

 足手まといにならないか、という俺の言いたいことに気付き、島田さんは苦笑いを浮かべた。

「こいつは中学でバスケやってたから、そのへんは大丈夫だよ」

 島田さんの言葉に納得できなかったが、それ以上は何も言わなかった。かわりに島田さんの横に立つ木村を睨んだ。俺の視線に気付いて、木村が俺と目を合わせる。

「よろしくなぁ、一年」

 俺に向かって手を振る。

「俺は岡崎啓吾です、一年なんて名前じゃありません」

 俺の言葉に他の部員が息を飲んだ。俺は昔からこういう性格なんだ。言いたいことは言わないと気がすまない。なおそうとおもってもなおらない。

 木村は口の端を吊り上げてニッと笑った。

「そいつは悪かったな、岡崎、センターか?」
「そうす」
「サンジャイと同じくらいあるんじゃねえの?」

 と、島田さんに言う。こいつもサンジャイさんを知っているのか。

「そうだな、190ある。そうだ、サンジャイ先輩が試合を見に来るって言ってたぞ」

 島田さんの言葉に俺の心臓が跳ねた。俺の憧れのセンター、サンジャイさんが来る。

「何しに来るんだ、あの野郎」

 木村はなぜか顔を歪める。

「はは、お前の話をしたら見に行くって言ってきたから、お前に会いたいんじゃないか」
「ちっ、気色の悪ぃやつ」

 この話しぶりだと、サンジャイさんとこいつは面識があって、それどころか少しは親しい間柄だったようだ。意外だ。こんなちゃらついた奴がサンジャイさんの知り合いだったなんて。

「おしゃべりは終わりだ、練習するぞ」

 監督の号令で練習が始まった。



非BL
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ピーキー(18/18)

2020.07.26.Sun.
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  午後になるとドラキュラ役から解放され生徒会室へ出向いた。先に来ていた松村と二人で学校の見回りへ向かう。ごみ拾いや揉め事の仲裁、使いっ走りなどの雑用で時間が過ぎていく。

 二年一組の前に来た。木村のクラスは喫茶店のようでずいぶん繁盛している。廊下にたくさんの女の子が行列を作って順番を待ちまでしている。

 中を覗くと女装姿の木村が客に愛嬌を振りまいているのが見えた。

「あんなデカイ女、いないっての」

 松村が苦笑している。俺も思わず笑ってしまった。

「でもあいつ、やたらウケてんだ」

 松村の言葉に納得する。この行列のほとんどが木村目当てで並んでいる子たちなのだろう。

 木村が俺たちに気付き、わざとらしい仕草で投げキスを寄越してきた。数人がそれに気付き、俺と木村を交互に見る。

「行こうか」

 好奇の目から逃れるように、俺は松村の背中を押してその場から離れた。

 一通り見回りも終わり、今日の活動は終わることにして生徒会室の戸締りをした。放課後、木村が来ると言っていたから、鍵はポケットに入れた。

 教室に戻り、今度はもぎりの仕事を手伝った。

 驚いた客があやまって壊したセットを放課後に修理し、そのあと急いで生徒会室へ向かった。一組の前を通ったが、もう誰もいなくなっている。

 生徒会室の前の壁に、木村がもたれて立っていた

「お疲れ」

 俺を見て言う。

「女装姿、似合ってたじゃないか」
「だろ。俺売れっ子なんだ、指名ナンバーワン」
「喫茶店じゃないのか」
「喫茶店だよ、でも指名されちゃうんだなぁ」

 満更でもなく笑っている。

 生徒会室の鍵を開け、中に入った。暗い室内。明かりをつける俺のあとに続いて木村も中に入ってきた。

「ここ来るの、久し振り」

 と呟く。木村が来なくなって二ヶ月が経っていた。

「俺がいなくて寂しかった?」
「別に」

 短く答えながら机に鞄を置いた。俺は嘘をついた。

「なぁ、一ノ瀬」

 木村が近づいてくる。また前みたいに抱きつかれるのかと身構えたが、木村は俺の真後ろで立ち止まった。

「おまえ、あいつに何かされたか?」
「あいつ?」

 振りかえった。木村は眉間にしわを寄せ、難しい顔つきで俺を見ていた。わからず首を傾げた。

「あいつ、サンジャイだよ」
「俺がサンジャイ先輩に何をされるんだ?」
「何もされてないよな?」
「何わけのわからないことを言ってるんだ」

 会話が噛みあわない。 木村は何のことを言っているんだ。

「前にさ、下駄箱んとこでおまえらに会った日さ、あいつが俺に、一ノ瀬を襲って自分のものにする、なんて言ってきやがったんだよ」
「先輩が? そんなことするわけないだろ」
「だよな」

 呟き、顎を掻く。目を細め、次第に苦々しい顔つきになった。

「あいつ、俺をはめやがったな」

 と舌打ちした。

 先輩は俺のことを心配してそんな嘘をついたのだろう。俺と木村のことに先輩を巻きこんでしまったことが申し訳ない。

「おまえをからかっただけだろ」
「あいつほんとに気に入らねえ。まぁ、今回はちょっと感謝だけどな。でも、ほんとにおまえに何かしていやがったらぶん殴ってやるつもりだった」

 物騒なことを真顔で言う。発言はともかく、こいういう顔をしていれば本当にいい男なのだ。

「中尾さんはいいのか」

 二人でいるところを何度となく見た。休み時間も下校の時も、木村の隣にはいつも中尾さんがいた。

「あぁ、中尾さんね、振られた」

 机に腰をおろした木村はなんともない風にさらっと言って俺を驚かせた。今日だって仲良くうちのお化け屋敷に来てたじゃないか。

「ど、どうして」
「おまえのせい」

 ふっと笑って俺に人差し指を向ける。

「これ」

 と、今度は自分の胸のあたりを指差した。制服に赤い汚れが見えた。

「あの時さ、おまえの口紅とファンデーションが俺の制服についたんだよ。それ見つかって怒られた」

 二人で棺に隠れた時か。俺は女子に白く塗られ、口紅までつけさせられた。 それがあの時木村の制服についたのか。普段そんなもの塗らないから、制服につくなんて発想がなかった。

「すまない」
「いいよ、別に好きで付き合ってたわけじゃねえしさ」

 表情を消した顔で木村が俺を見つめてくる。静かな間があいた。

「ほんとはあの時、おまえをつれてゴールしたかったんだぜ」
「あの時?」
「体育祭の借り物競争。俺の相手はおまえしかいないだろ。でもおまえは怒ってるし、サンジャイとイチャイチャしてやがんし、俺も頭くるでしょ」
「イチャイチャなんかしてない」

 俺と先輩をそんな風に見ていたのか、こいつは。

「してたろ、 こないだも肩抱き合って帰ってたじゃねえか、見せつけやがってあの野郎」

 こないだ? いったい何の話をしているんだ? 先輩と肩なんか抱き合って……、あぁ、あれか。木村と中尾さんに偶然会った放課後、確かに校舎から出る時先輩は俺の肩を抱いた。でもあれは俺を慰めようとしただけで、イチャイチャしていたわけじゃない。こいつは何でもかんでもすぐそっちに結びつける。

「本当にサンジャイ先輩とは何でもない」
「……じゃあ、ちょっとは俺が好き?」
「どうしてそうなる」
「今日、なんで俺を引き止めた?」
「あれは、謝りたくて」

 木村が立ち上がり、近づいてくる。

「ほんとにそれだけ?」
「そうだ」
「じゃ、なんで俺に抱きついてきたのかな?」
「あれは、隠れるために、仕方なく」

 言いながら顔が熱くなっていく。

「俺、勘違いしちゃうよ」

 木村に抱きしめられた。

「おまえには理性的でいられねえんだ。みっともないくらいおまえの事しか考えられないし、嫌んなるくらい他の奴らに嫉妬しちまうし、サンジャイの挑発には簡単に乗せられちまうし、ストーカーみたいにいつもおまえの事見てたし」

 思わず吹き出してしまった。こいつの隠し事のない性格が羨ましい。俺も似たようなものだった。ずっと木村のことを考えていたし、木村の姿はすぐに見つけられた。木村の噂には耳聡くなったし、中尾さんと一緒にいるところを見たら嫌な気分になった。

「笑うなよ」

 拗ねたように言う木村と目が合った。どちらともなく顔を寄せ合い、唇を重ねた。

「好きでもない奴とキスすんの?」
「何言ってるんだ。こんなの手を繋ぐのとかわらない、おまえがそう言ったんだ」

 俺の言葉に木村がニヤリと笑った。

「そうだった。じゃ、もう一回、仲直りの握手」

 二度目は、もっと長く。

(初出2008年)

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ピーキー(17/18)

2020.07.25.Sat.
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 生徒総会もおわり、次は創立記念日に行う文化祭の準備に忙しくなった。秋は行事が目白押しで、俺は木村を忘れて慌ただしく動いていた。

 クラスの出し物はお化け屋敷に決まった。女子が衣装と小物担当、男子は大道具担当。当日の役割も決まった。 午後は生徒会の仕事があるので俺は午前中にドラキュラの格好をし、来た客を脅かすことになった。

 文化祭まであまり日はなく、連日遅くまで作業に追われた。なんとか前日までには完成したが、絵の具の乾き切っていない場所や、立て付けの悪い道具なんかがあったりして心配は残る。

 文化祭当日。俺は朝からドラキュラに変身させられた。タキシードにシルクハット、黒いマントを身にまとい、顔を白く塗られ、口紅まで塗られた。必要だろうか?

 迷路の中程、壁に立てかけられた棺の中に隠れる。ここが俺の持ち場だ。

 棺は正面から見ただけではわからないが、後ろは板がないので、窮屈そうに見えて実は広い。気を抜くとマントが後ろからはみ出して見えてしまうので、そこに気をつけねばならない。

 しばらくして客が入ってきた。最初の脅しに悲鳴と笑い声があがった。なかなかウケているらしい。だんだん客が近づいてくる。タイミングを見て棺から飛び出した。客が驚いて声をあげた。恥ずかしくてすぐ中に戻った。

 30分くらい、そんなことを繰り返した。また客が入ってきた気配。聞こえてくる声で男女二人組らしいとわかる。

 女の悲鳴が聞こえた。男は無反応だ。気配が近づいて来る。俺は外に飛び出した。

「あっ」

 二人組みを見て思わず声が出た。客は木村と中尾さんだった。

 中尾さんは悲鳴をあげて木村にしがみついている。木村と目が合った。木村も俺を見て驚いた顔をしていた。俺は急いで棺に戻った。驚かせる立場の俺が逆に驚かされた。まだ心臓がどきどきする。

 5分ほどしてまた誰か入ってきた。正直なところもう出たくなかった。今度は一人らしい。うちのクラスに知り合いがいるようで、中に進んで来ながらお化け役の男子と話をしているのが聞こえた。それでも出なくちゃならないのか。暗い棺の中で溜息をつく。

 棺の蓋をノックされた。そんなことは初めてで、何かトラブルだろうかといぶかしみながら蓋を開けると木村が一人で立っていた。

「似合うな、それ」

 俺の姿を上から下まで見て木村は笑った。咄嗟に何も言い返せず、馬鹿みたいに木村の顔を見つめた。暗い室内で、木村は目を細める。

「口紅塗ってんの?」
「あ、あぁ、女子に塗られた」

 木村が小さく笑う。入り口で客が入ってくる声がした。もう次の客がここにやってくる。 まだ木村と別れたくない。

「誰か来たみたいだな、じゃ、俺行くわ」

 片手をあげ、木村が出口に向かって歩き出す。俺は反射的に木村の制服を掴んでいた。驚いた顔で木村が振りかえる。悲鳴がすぐそこの角から聞こえた。

 木村は俺の肩を掴むと一緒に棺の中に入ってきた。前から見えることはないだろうが、それでも身を寄せ合って息を潜めた。

 足音が前を通過し、遠ざかっていく。

「行ったみたいだな」

 木村が囁き、俺は頷いた。顔を見合わせ、思わず吹き出した。慌てて口を押さえる。

「嬉しかった」

 木村が小さな声で言って俺を抱きしめた。

「さっきおまえが俺を引き止めてくれて嬉しかった。死ぬほど嬉しかった」

  木村とのこういうスキンシップは本当に久し振りだった。俺は木村の肩に顔を寄せ、背中に手をまわした。

「お、おい、おまえほんとに一ノ瀬か?」

 驚く木村に顔を覗きこまれる。見られたくなくて肩口に顔を埋めた。木村のにおいがする。懐かしいと思うほど、木村は俺のそばにいた。そして急にいなくなった。俺があんなことを言ったから。

「顔を見たくないなんて言って悪かった。本心じゃない」

 ずっとこの事を謝りたかった。

「いいってそんな事。 俺だっておまえのこと裏切ったしな」

 と優しく俺の頭をポンポン叩く。

 また客が入って来た。今度は女子二人組のようだ。悲鳴が近づいてくる。木村に強く抱き寄せられた。2人で息を潜める。足音が前を通り過ぎ、出口へ向かっていく。いなくなっても木村は俺をはなさなかった。

「今日終わったあと、生徒会室行っていい?」

 木村の囁き声に頷いて返事をする。

「じゃ、あとで」

 木村が棺から出て行った。ふわりと匂いも離れていく。おそらく外で中尾さんが待っているのだろう。中尾さんのもとへ戻っていく木村の後ろ姿を見送っていたら切なくなった。



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ピーキー(16/18)

2020.07.24.Fri.
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 体育祭で木村が連れてきた一年生の女子は中尾さんと言うらしい。翌日には木村の新しい彼女としてその名前が全校生徒に知れ渡っていた。

 今まで一切木村と接点のなかった中尾さんだが、体育祭の大抜擢で一躍有名人になった。

「あんな子がロンの新しい彼女に選ばれるんなら一ノ瀬君が彼氏のままでいてくれたほうが良かったのに」

 ある日クラスの女子に言われた。前は早く木村を解放しろと言われたような気がするが。

 女子生徒の大半はこの意見と同じようなものらしい。生徒会の岡田さんも、

「中尾さんて子、すっごい自慢しまくってるらしいの。なんか見てて腹立つっていうか、早く別れちゃえっていうか。どうして木村君は中尾さんを選んだのよ」

 俺に聞かれても困る。

「そんなことより岡田さん、これコピーお願い、40部ずつね」

 サンジャイ先輩から書類を渡され、岡田さんが立ち上がってコピーをとる。その間もずっと文句を言っていた。

 9月は体育祭と学力テストがあってバタバタしたためまともに仕事が出来ず、今は10月の生徒総会の準備に追われていた。

 先日行われた学力テストは上位30名までが張り出された。俺は1位だったが、木村の名前はやはりなかった。

 夕方に作業を切りあげた。あとは専門委員から提出される予算をまとめれば終わりだ。

 松村と岡田さんを先に帰し、俺とサンジャイ先輩は後片付けと戸締りをしてから帰った。職員室に鍵を戻し、下駄箱へ向かう。

 そこで話し声に気がついた。こんな時間まで残っているのは部活動をしていた生徒だろう。そう思って気を抜いていたせいで、声の主が木村と中尾さんだとわかった時、みっともなく動揺して靴を落としてしまった。その音で二人が振り返る。 俺は急いで靴を履きかえ、立ち去ろうとした。

「木村じゃないか」

 サンジャイ先輩が木村に声をかけた。

「最近生徒会室に顔出さないんだな」
「もう行く用事がなくなったからな」

 ぶっきらぼうに木村が答える。

「みんな寂しがってるんだ、また遊びに来いよ」
「俺の顔を見たくないって奴がいるんだ、行けねえよ」

 と俺をチラと見た。

「そういうのを気にするタイプとは思わなかったけどな」
「そんなこと言って、本当は俺にチョロチョロされたくないんじゃないの」
「まぁな、 俺も今いい感じだからおまえに邪魔されたくないんだ」

 木村は無言で先輩を睨みあげた。一触即発の気配に見ているこちらがハラハラする。

「邪魔してるのはそっちでしょ!」

 突然中尾さんが大声を出した。

「私たちの邪魔しないで下さい、一ノ瀬さんも、もうロンに構わないでっ」

 中尾さんは木村の前に立ち、俺から隠すように両手を広げた。

 構うな。また言われた。前は長野に言われた。次は中尾さんに。俺は木村を構っているつもりはない。木村に避けられているのに、どう構えと言うんだ。

「先輩、行きましょう」

 サンジャイ先輩に声をかけた。頷いた先輩は、すれ違い様、木村に何か耳打ちするのが見えた。

「なっ」

 驚いて絶句する木村の肩を叩き、先輩が俺の隣に並ぶ。

 校舎を出たところで先輩に肩を抱かれた。

「頼むから、そんな泣きそうな顔するな」

 と弱りきった顔で俺に言う。俺はそんな顔をしているのだろうか。そんなつもりはなかったが、先輩がそう言うなら、泣きそうな顔をしていたのだろう。




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ピーキー(15/18)

2020.07.23.Thu.
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  保健室のベッドで横になる俺の耳に、体育祭が終わり解散になった声が聞こえてきた。本当ならこのあと片づけをしなくてはならないのに俺はベッドの上。生徒会のみんなには申し訳ない。

 誰もいない静かな保健室。天井をぼんやり眺めながら、リレーのあとで見た木村の顔を思い出していた。

 優しい笑顔だった。木村はいつもあんな顔で俺に笑いかけていたのだろうか。思い出せない。つきまとわれている、そんな意識が強すぎて、俺は今までまともに木村と向き合ってこなかった。そんなことにいまさら気付いても仕方のないことだ。

 俺は手を抜いた木村が許せなかった。そのことで怒った俺を木村は許せなかった。 そして今までの妙な関係が終わった。ただ、それだけのことだ。そう自分に言い聞かせた。

 突然保健室の扉が開き、サンジャイ先輩が入ってきた。

「大丈夫か」
「はい、片付け出来なくてすみません」
「いいから寝てろ」

 起き上がろうとする俺を手で制す。 俺はまた横になった。

「最後のはすごかったな、おまえ」
「夢中でした」
「あいつのためか?」

 先輩の探るような目。あいつとは木村のことだ。

「わかりません」

 素直に答えた。ただ、木村にだけは絶対勝たなくちゃならない、そう思っただけだ。先輩は何も言わずにただ微笑んだ。

 また扉が開いた。今度は木村だった。サンジャイ先輩を見た途端険しい顔つきになり、舌打ちをする。

「邪魔して悪かったな」

 不機嫌に言い放ち、扉を閉めた。 足音が遠ざかっていく。

「なんか、タイミング悪かったな」

 先輩が頭を掻いた。

「あいつ、すごい目で俺のこと睨んでいきやがった。噂じゃ、おまえたちは別れただのなんだの言ってるけど、あいつまだおまえに未練タラタラじゃないか。おまえと入場門に行った時も俺を睨んできたしな」
「そんなことありませんよ。借り物競争であいつの紙になんて書いてあったか、先輩も知ってるでしょう」

 競技のあと、それがマイクで読み上げられたのだ。だから木村が今回誰を「恋人」として選んだのか全校生徒が知っている。

「ほんとにあいつ、あの子が好きなのかね。俺にはそう思えないけど」
「でも、もう俺じゃないことは確かですよ」
「一ノ瀬はそれでいいのか」
「もちろん」
「じゃ、どうしてそんな顔してる」

 目を細めて先輩が俺を見る。伸ばされた先輩の手が俺の頬に触れ、涙を拭った。

「なんでですかね、わかりません」

 笑おうとして失敗した。なぜ涙が出るのか自分でもわからない。 先輩は困ったような顔で俺の頭を撫でた。

「まったく、俺の可愛い後輩を泣かせるなんて、 木村の奴、許しちゃおけないな」

 と冗談めかして言う。俺は涙を拭いながら笑った。



馬鹿とハサミ

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ピーキー(14/18)

2020.07.22.Wed.
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 長い夏休みが終わり、新学期が始まった。

 俺に木村のことを話してくる奴の数はだいぶ減った。次の噂は、木村の新しい相手が誰になるか、ということのようだった。

 木村はあれから一度も俺の前に姿をあらわさない。廊下ですれ違うことは何度かあったが、木村が顔を背けるので正面から顔を合わせたことはなかった。

 久し振りの生徒会室にはサンジャイ先輩がいた。 今まで留守にしがちだったがこれからはちょくちょく顔を出す、と先輩は笑った。少し寂しい笑顔だった。

 9月にある体育祭の準備で生徒会も忙しくなる。生徒会室で行われるミーティングには今までのメンバーの他に、体育祭実行委員会から二人、保健委員から一人が加わった。それぞれの役割や実行についての打ち合わせを何度か行い、あっという間に体育祭当日がやってきた。

  生徒会は体育祭実行委員会と同じテントの下に席を構え進行を手伝った。

 学年選抜100メートル走で木村の姿を見つけた。金髪が黒髪になり以前より目立たなくなったはずなのにすぐわかる。

 遠目で表情は見えないが、順番を待ちながら他の奴と話をしている。

 木村の番が来て、外野から歓声があがった。学年、性別を超えた声援だ。こいつはこんなに人気があったのかと改めて気付かされる。木村は両手をあげてそれに応えていた。

「すごい人気だな」

 隣に座るサンジャイ先輩が感心したように言った。

 合図が鳴り、木村が走り出した。近くで顔を見なくてもわかる、あいつは本気を出していない。まわりと速度を合わせながら結局二着でゴールした。

『周囲はあいつに過度の期待をしてしまった。中学に入ってあいつは一度壊れた。口がきけなくなったんだ』

 長野の言葉を思い出した。今の木村と重ならない過去。あの笑顔の下には繊細な心の木村がいるというのか。期待されないように、自分を守るために、今も実力を隠し続けているというのか。そんな生き方をあいつは選んだのか。苛立つのと同時に少し胸が痛んだ。

 昼休みに入り、生徒会の面々と午後の打ち合わせをしながら昼食をとった。午後の競技では俺もグラウンドに出て作業することになっている。競技を終えて戻ってきた生徒を誘導する旗持ちだ。

 いくつか競技が終わり、次は障害物競争。入場門から入ってくる生徒の中に木村を発見した。目ざとく見つける自分に嫌気がさす。

 何人か走って木村の番。俺は遠くから木村の姿を見つめた。

 スタートの合図で走り出した木村は軽々と障害物を突破していく。外野からは相変わらずの大歓声だ。それに笑顔で応えながら木村は最後の障害物エリアに到着した。長テーブルに置かれた紙を一枚拾い上げる。最後は借り物競争。眼鏡とかハチマキだとか妥当な借り物の他に、物理の何某先生と言ったものまである。難問だったのか、内容を確認した木村は困った様子で頭を掻いた。

 木村の顔がこちらを向いた。目が合ったような気がしたが、木村はすぐに横を向いて、トラックの向こう、外野席に走った。

 歓声のあがる一年の生徒の中から一人の女子生徒を引き連れて走ってくる。他の走者は借り物にいまだ奔走中で、二人が一着でテープを切った。

 俺は気後れしながら二人のそばに行き、木村が無言で差し出す紙を確認した。

『恋人(いない人は友達でも可)』

 紙にはそう書かれてあった。一瞬目の前が真っ暗になったような気がした。俺は本部に「OK」サインを作って見せた。

 定位置に誘導する俺のあとを、女子と一緒に木村がついて来る。木村に連れてこられた女の子はとにかく大興奮で、ずっと「嘘みたい」「やばい」を連発していた。

  他の完走者をそれぞれの順位の位置へ誘導しながらどうしても木村の姿が視界に入ってしまう。その隣には女の子が。

 競技の間、木村は一度も俺に話しかけてこなかった。顔を背けたまま、一度も俺と目を合わさなかった。

「どうした、真っ白な顔してるぞ」

 テントに戻ってきた俺を見てサンジャイ先輩が驚いて椅子から立ち上がる。

「何でもありません」
「木村に何か言われたのか?」
「いいえ、何も。次のリレーに出なきゃいけないんで行ってきます」
「俺も出るんだ、一緒に行こう」

 心配そうな顔をするサンジャイ先輩と並んで入場門の手前の集団に加わった。さっき競技を終えたばかりの木村もそこにいた。すぐに見つけてしまう自分に嫌気がさす。

 木村がこちらを見ていた。鋭い目付きで睨みつけている。思わぬ敵意にうろたえたが、すぐに目を逸らされた。もう俺には睨む価値もないというわけか。

 一年、二年、三年の順で入場し、列に並ぶ。一年生が走り、次に俺たち二年の番がきた。

 中学の時に陸上をやっていたという理由で俺はアンカーをまかされている。 二つ隣のクラス、一組のアンカーは木村だった。

 第一走者がスタートした。順位は一組、四組、三組、二組だったが、二人目で三組が追い上げ二位になった。三人目、順位は変わらず。四人目の俺と木村はスタートラインに立った。

 俺たちが並んで立っていることに気付いた外野がざわざわと騒ぎだす。

「木村と木村の元彼対決だ」

 誰かのそんな声が聞こえた。無視して集中した。

 一組と三組、接戦で競り合い、バトンを渡したのはわずかに木村の一組が先。一瞬遅れて俺もバトンを受け取った。最初から全力を出した。

 すぐに木村に並んだ。お互いの腕が当たる。チラと木村が俺を見た。まだこいつは本気を出していない。俺は負けない。負けるわけにはいかない。絶対勝つ。陸上経験者を舐めるな。

 俺が少しリードした。木村が顔色をかえるのを感じた。そうだ、本気を出せ。出せる力以上の全速力で木村を追い抜いた。木村が俺に追い縋る。ゴール直前まで横一直線、俺がわずかに前に出て先にテープを切った。最後は経験と意地の差だった。

 俺はそのままトラックの中に倒れこんだ。息が苦しい。酸素が足りない。肺が痛い。パンクしそうだ。

 俺の隣に座りこんだ木村も俺と同じように荒い呼吸をしていた。久し振りにまともに木村の顔を見た。黒い髪が似合っている。コンタクトをしていない黒い瞳がまっすぐ俺を見つめている。口元に優しい笑み。

「おまえ、そんなに速く走れんのかよ」

 荒い呼吸の合間に言う。俺に向かって声をかけてくるのは一ヶ月以上なかった。

「何でもおまえが一番だと思うな、誰もおまえに敵わないなんて思いあがりだ」
「くっそ、 おまえがそんなに速いなんて聞いてなかった」
「お互い様だろ」

 顔を見合わせ笑った。たったこれだけの事に涙が出そうになった。

 このあと、ちょっと無茶をしすぎた俺は担任の畑中先生とサンジャイ先輩に担がれ保健室に運ばれるという醜態を晒したが、それでも満足だった。




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