君が笑った、明日は晴れ(89/89)
2020.06.30.Tue.
<1話、前話>
ふ、とまどろみの中から目が覚めた。すぐそばに先輩の寝顔。僕がずっと片思いをしてきた人。手を伸ばして髪に触れる。以前より短くなったけど、今の髪型もとても似合ってて格好いい。だから少し心配になってしまう。こうして躊躇わずに触れていいのは僕だけでいてほしい。
まだ寝ている額にキスする。これって夢じゃないよね? 幸せすぎて怖いって言葉があるけど、まさに今そんな感じ。
今日は高校の卒業式だった。中には泣いてる奴もいたけど、僕はやっとこの日を向かることができて嬉しくて仕方なかった。
このあとみんなでカラオケに行こうと誘われたのを断り、待ち合わせのファーストフード店に急いだ。
先輩はまだ来ていない。とりあえずドリンクを注文してそれを飲みながら先輩を待つ。しばらくしてバイクのエンジン音。見覚えのあるバイクが店の前で止まり、ヘルメットを外した先輩が中に入ってきた。
そうやってかっこよさを振りまいて来ないで欲しい。今だって窓際に座る女の子二人が顔を見合わせ何か囁き合っている。
「待ったか?」
店の中を一直線に僕のところへやって来て先輩が言う。眉間には皺。最近、先輩はずっと不機嫌だ。
「今来たところです」
「そ」
「僕、今日卒業しました」
「ん」
と目を逸らす。
「僕の気持ちはかわりません。約束です、僕と付き合ってください」
ジロ、と先輩が僕を睨む。しばらくして、
「行くぞ」
店を出て行く。僕もそのあとを追いかけた。外に来てヘルメットを渡される。
「掴まってろ」
バイクに跨り、先輩の背中にしがみつく。やっとこの日がやってきた、と僕は喜びを噛み締めた。
健兄ちゃんの電話のあと、僕は先輩をつかまえ、なだめすかして、なんとかようやく「好きかもしれない」という言葉を先輩の口から聞き出すことが出来た。その時の先輩ったら顔を真っ赤にさせてすごく可愛くて……。
当然の流れで僕は「付き合いましょう!」と言ったのだけど、先輩は健兄ちゃんが言っていた通り「いつか終わるならこのままの方がよくねえか?」なんて言い出した。
必死に説得して脅すようなことも言って、最後は泣き落としでやっと「じゃ、おまえが高校卒業するまで気持ちがかわらなかったら付き合う」となった。
また3年も片思い……。絶望的な気分になったけれど、その間、僕たちは何度もセックスした。それでも先輩は付き合ってるつもりはないみたいで、先輩の「付き合う」って定義が僕にはよくわからない。あまり突っ込んで聞くとそれもお預けになるから黙っておいたけれど。
そして向かえた卒業式。僕の顔はにやけっぱなし。前半3年間は完璧な片思い、後半は両思いなのにお預けの3年間。合計6年間。僕の気持ちがかわることはなかった。先輩はどうなんだろう、とそっちのほうが心配だったけど、今日迎えに来てくれたってことは、先輩も同じ気持ちなんだと信じていいはず。
僕を乗せたバイクはホテルに直行した。いきなりヤルんですか。まぁ、僕はいいけど。
先輩と一緒にシャワーを浴びて、そこで一回。ベッドに連れて行ってそこでも一回。先輩は相変わらず抜群の感度と締まり具合で僕を喜ばせてくれる。
「先輩、約束、守ってくれますよね」
終わったあと、隣で寝そべる先輩に聞いた。先輩はまた眉間に皺を作って横を向いた。
「知らねえぞ」
とぼそっと言う。
「おまえに飽きたり、他に好きな奴が出来たらすぐに捨てるからな」
「はい、構いません」
「でも、おまえは誰も好きになるなよ。俺だけのものでいろよ。それでもいいんだな」
「はい、構いません」
「じゃあ、付き合ってやる」
横柄に言い放ち、僕の上に覆いかぶさってきた。またやるの?
「先輩、僕もう無理かも」
「今度は俺がやる」
と僕にキスしてきた。
先輩は律子って彼女と別れている。セックスの最中ちょっと乱暴にしてしまい、彼女が気絶したのが原因らしい。
「あの時のことよく覚えてねえんだよ。もう一回、気絶させてみたい」
って理由で僕を抱くんだけど、今のとこまだ気絶にまでは至っていない。僕の弱点が背中だってこと、先輩は知らない。エッチの時くらい僕が主導権を握りたいから、それはまだ当分の間秘密にしておくつもりだ。
でもそんな弱点教えなくても、僕は先輩が相手だと理性を失うほど感じてしまう。先輩の手が触れた場所が僕の性感帯になってしまうし、先輩の肌が触れた場所からどんどん熱を持っていく。先輩の感じ入った顔や吐息だけで気持ちが昂っていく。僕たち、体の相性抜群ですよ。
先輩の頭が下にさがって僕のをパクッと咥えた。もう無理だろうと思っていたのにだんだん大きくなっていく。
「あっ、あ、先輩……」
手を伸ばしたら握り返してくれた。指の間に指を入れる恋人つなぎ。
「はなして、先輩、出ちゃいます」
「出していいよ」
先輩に飲まれたことは今まで一度もない。飲むつもりなのかな。それって僕を恋人として扱ってくれる証拠なのかな。
「先輩、だめ、ほんとに出ちゃう」
先輩の唇が先を揉みしだいて吸い上げる。ビリビリッと全身に電気が走ったような衝撃。
「あっ! イクっ……!!」
先輩はすべて口で受け止め、のどを鳴らしてそれを飲みこんだ。舌を出して唇をなめる。濡れた口元が卑猥だ。
「無理しなくていいのに」
「おまえだっていつも俺の飲むじゃん」
いいながらコンドームを掴んだ。
「あっ、嫌だ!」
それを取り上げる。
「返せよ」
「今日は無しがいいです」
やっと先輩の恋人になれた日だ。よけいな物をつけずに、直接先輩を感じたかった。
しょうがない奴、と言いながら先輩が苦笑する。
「だったら下から俺の、飲ませてやる」
ニヤッと笑って言う。その顔に僕はときめく。何年経っても先輩より僕の方が好きなんだろうな。
ぐっと先輩のが入ってきて体を揺さぶられる。断続的に口から飛び出る僕の嬌声。先輩は腰をグラインドさせて僕の反応を楽しんでる。
先輩はウケ体質なんだと思ってたけど、タチの素質も充分で、存分に僕の中を蹂躙したあとでも平気な顔をするタフさを見せる。
角度をかえて僕をギリギリまで追い詰めたくせに、もう少しってところですっと身を引く。早く、とねだってもなかなか叶えてくれない。
もともとSっ気のある先輩は言葉責めなんて朝飯前で、僕から赤面ものの台詞を言わせて楽しんでいる。
僕は完全に先輩の手のひらの上。
先輩が終わるまで散々焦らされ嬲られて、僕はもう全身汗だく。先輩がタチのセックスをする時は僕は体力のほとんどを失ってしまう。
ようやく終わってぐったりする僕の横に先輩が寝転がった。息も絶え絶えの僕を見て先輩が微笑む。見とれるくらい男の色気が漂う笑み。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
先輩は優しく僕にキスしてくれた。その幸福感の中、抱き合って眠ったのだった。
いま、僕の目の前には先輩の寝顔。やっとここまできたんだと思うと自然と顔が綻ぶ。先輩の目が開いた。僕と目が合うと、少し恥ずかしそうに笑った。初めて見る可愛い顔。僕の知らない先輩がまだいるんだ。
「起きてたのか」
この声を聞いて僕はびっくりした。なんて優しい声のトーン。こんな声ははじめて聞く。
「咽喉渇いたな」
「取ってきます」
「おまえは寝てていいよ。俺が取ってくるから」
と僕の頭をくしゃっと撫でてベッドから抜け出す。その背中を信じられない思いで見つめる。
戸田さんや浦野、僕の母さんに向けてきたそれとはぜんぜん違う笑みと声。本当に優しく接する時、先輩の声は低くなるみたいだ。少し擦れた響く低音。ゾクゾクする。
「おまえも飲む?」
振り返って僕にペットボトルを差し出してくる。
その声やばい。僕が特別な存在になったんだと実感出来る。今まで付き合った彼女はみんなこの声を聞いていたのかな。過去のことでも嫉妬してしまう。
「先輩、僕、先輩が好きです」
独占欲丸出しで愛の告白。
「知ってるよ」
と先輩が笑う。
「先輩は?」
「好きに決まってんだろ」
当たり前の事を聞くな、と先輩が僕にキスする。
先輩の目に僕が映っている。僕の目には先輩が。この先も、きっとずっと。
【続きを読む】
ふ、とまどろみの中から目が覚めた。すぐそばに先輩の寝顔。僕がずっと片思いをしてきた人。手を伸ばして髪に触れる。以前より短くなったけど、今の髪型もとても似合ってて格好いい。だから少し心配になってしまう。こうして躊躇わずに触れていいのは僕だけでいてほしい。
まだ寝ている額にキスする。これって夢じゃないよね? 幸せすぎて怖いって言葉があるけど、まさに今そんな感じ。
今日は高校の卒業式だった。中には泣いてる奴もいたけど、僕はやっとこの日を向かることができて嬉しくて仕方なかった。
このあとみんなでカラオケに行こうと誘われたのを断り、待ち合わせのファーストフード店に急いだ。
先輩はまだ来ていない。とりあえずドリンクを注文してそれを飲みながら先輩を待つ。しばらくしてバイクのエンジン音。見覚えのあるバイクが店の前で止まり、ヘルメットを外した先輩が中に入ってきた。
そうやってかっこよさを振りまいて来ないで欲しい。今だって窓際に座る女の子二人が顔を見合わせ何か囁き合っている。
「待ったか?」
店の中を一直線に僕のところへやって来て先輩が言う。眉間には皺。最近、先輩はずっと不機嫌だ。
「今来たところです」
「そ」
「僕、今日卒業しました」
「ん」
と目を逸らす。
「僕の気持ちはかわりません。約束です、僕と付き合ってください」
ジロ、と先輩が僕を睨む。しばらくして、
「行くぞ」
店を出て行く。僕もそのあとを追いかけた。外に来てヘルメットを渡される。
「掴まってろ」
バイクに跨り、先輩の背中にしがみつく。やっとこの日がやってきた、と僕は喜びを噛み締めた。
健兄ちゃんの電話のあと、僕は先輩をつかまえ、なだめすかして、なんとかようやく「好きかもしれない」という言葉を先輩の口から聞き出すことが出来た。その時の先輩ったら顔を真っ赤にさせてすごく可愛くて……。
当然の流れで僕は「付き合いましょう!」と言ったのだけど、先輩は健兄ちゃんが言っていた通り「いつか終わるならこのままの方がよくねえか?」なんて言い出した。
必死に説得して脅すようなことも言って、最後は泣き落としでやっと「じゃ、おまえが高校卒業するまで気持ちがかわらなかったら付き合う」となった。
また3年も片思い……。絶望的な気分になったけれど、その間、僕たちは何度もセックスした。それでも先輩は付き合ってるつもりはないみたいで、先輩の「付き合う」って定義が僕にはよくわからない。あまり突っ込んで聞くとそれもお預けになるから黙っておいたけれど。
そして向かえた卒業式。僕の顔はにやけっぱなし。前半3年間は完璧な片思い、後半は両思いなのにお預けの3年間。合計6年間。僕の気持ちがかわることはなかった。先輩はどうなんだろう、とそっちのほうが心配だったけど、今日迎えに来てくれたってことは、先輩も同じ気持ちなんだと信じていいはず。
僕を乗せたバイクはホテルに直行した。いきなりヤルんですか。まぁ、僕はいいけど。
先輩と一緒にシャワーを浴びて、そこで一回。ベッドに連れて行ってそこでも一回。先輩は相変わらず抜群の感度と締まり具合で僕を喜ばせてくれる。
「先輩、約束、守ってくれますよね」
終わったあと、隣で寝そべる先輩に聞いた。先輩はまた眉間に皺を作って横を向いた。
「知らねえぞ」
とぼそっと言う。
「おまえに飽きたり、他に好きな奴が出来たらすぐに捨てるからな」
「はい、構いません」
「でも、おまえは誰も好きになるなよ。俺だけのものでいろよ。それでもいいんだな」
「はい、構いません」
「じゃあ、付き合ってやる」
横柄に言い放ち、僕の上に覆いかぶさってきた。またやるの?
「先輩、僕もう無理かも」
「今度は俺がやる」
と僕にキスしてきた。
先輩は律子って彼女と別れている。セックスの最中ちょっと乱暴にしてしまい、彼女が気絶したのが原因らしい。
「あの時のことよく覚えてねえんだよ。もう一回、気絶させてみたい」
って理由で僕を抱くんだけど、今のとこまだ気絶にまでは至っていない。僕の弱点が背中だってこと、先輩は知らない。エッチの時くらい僕が主導権を握りたいから、それはまだ当分の間秘密にしておくつもりだ。
でもそんな弱点教えなくても、僕は先輩が相手だと理性を失うほど感じてしまう。先輩の手が触れた場所が僕の性感帯になってしまうし、先輩の肌が触れた場所からどんどん熱を持っていく。先輩の感じ入った顔や吐息だけで気持ちが昂っていく。僕たち、体の相性抜群ですよ。
先輩の頭が下にさがって僕のをパクッと咥えた。もう無理だろうと思っていたのにだんだん大きくなっていく。
「あっ、あ、先輩……」
手を伸ばしたら握り返してくれた。指の間に指を入れる恋人つなぎ。
「はなして、先輩、出ちゃいます」
「出していいよ」
先輩に飲まれたことは今まで一度もない。飲むつもりなのかな。それって僕を恋人として扱ってくれる証拠なのかな。
「先輩、だめ、ほんとに出ちゃう」
先輩の唇が先を揉みしだいて吸い上げる。ビリビリッと全身に電気が走ったような衝撃。
「あっ! イクっ……!!」
先輩はすべて口で受け止め、のどを鳴らしてそれを飲みこんだ。舌を出して唇をなめる。濡れた口元が卑猥だ。
「無理しなくていいのに」
「おまえだっていつも俺の飲むじゃん」
いいながらコンドームを掴んだ。
「あっ、嫌だ!」
それを取り上げる。
「返せよ」
「今日は無しがいいです」
やっと先輩の恋人になれた日だ。よけいな物をつけずに、直接先輩を感じたかった。
しょうがない奴、と言いながら先輩が苦笑する。
「だったら下から俺の、飲ませてやる」
ニヤッと笑って言う。その顔に僕はときめく。何年経っても先輩より僕の方が好きなんだろうな。
ぐっと先輩のが入ってきて体を揺さぶられる。断続的に口から飛び出る僕の嬌声。先輩は腰をグラインドさせて僕の反応を楽しんでる。
先輩はウケ体質なんだと思ってたけど、タチの素質も充分で、存分に僕の中を蹂躙したあとでも平気な顔をするタフさを見せる。
角度をかえて僕をギリギリまで追い詰めたくせに、もう少しってところですっと身を引く。早く、とねだってもなかなか叶えてくれない。
もともとSっ気のある先輩は言葉責めなんて朝飯前で、僕から赤面ものの台詞を言わせて楽しんでいる。
僕は完全に先輩の手のひらの上。
先輩が終わるまで散々焦らされ嬲られて、僕はもう全身汗だく。先輩がタチのセックスをする時は僕は体力のほとんどを失ってしまう。
ようやく終わってぐったりする僕の横に先輩が寝転がった。息も絶え絶えの僕を見て先輩が微笑む。見とれるくらい男の色気が漂う笑み。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
先輩は優しく僕にキスしてくれた。その幸福感の中、抱き合って眠ったのだった。
いま、僕の目の前には先輩の寝顔。やっとここまできたんだと思うと自然と顔が綻ぶ。先輩の目が開いた。僕と目が合うと、少し恥ずかしそうに笑った。初めて見る可愛い顔。僕の知らない先輩がまだいるんだ。
「起きてたのか」
この声を聞いて僕はびっくりした。なんて優しい声のトーン。こんな声ははじめて聞く。
「咽喉渇いたな」
「取ってきます」
「おまえは寝てていいよ。俺が取ってくるから」
と僕の頭をくしゃっと撫でてベッドから抜け出す。その背中を信じられない思いで見つめる。
戸田さんや浦野、僕の母さんに向けてきたそれとはぜんぜん違う笑みと声。本当に優しく接する時、先輩の声は低くなるみたいだ。少し擦れた響く低音。ゾクゾクする。
「おまえも飲む?」
振り返って僕にペットボトルを差し出してくる。
その声やばい。僕が特別な存在になったんだと実感出来る。今まで付き合った彼女はみんなこの声を聞いていたのかな。過去のことでも嫉妬してしまう。
「先輩、僕、先輩が好きです」
独占欲丸出しで愛の告白。
「知ってるよ」
と先輩が笑う。
「先輩は?」
「好きに決まってんだろ」
当たり前の事を聞くな、と先輩が僕にキスする。
先輩の目に僕が映っている。僕の目には先輩が。この先も、きっとずっと。
(初出2009年)
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君が笑った、明日は晴れ(88/89)
2020.06.29.Mon.
<1話、前話>
先輩が僕から離れていくのを見送る。動けなかった。誰とでもキスできるなんて言われて、カンサイともした、なんて言われて、今朝も森下さんて人とやってきた、なんて言われたら、さすがの僕もショックで動けなかった。
先輩が僕に照れていたように見えたのはやっぱり僕の錯覚だったんだ。先輩が僕に照れるはずなんてないんだから……。
「今朝もやって来ただなんて……そんな報告いらないよ……」
森下さんてどんな人なんだろう。大学生って言ってたっけ。そんなに大人なのかな……。海の家で知り合った人。
ん。海。大学生。森下??
携帯電話を取り出し、電話をかけた。僕の初めての人、親戚の森下健一さん。この人も確か海好きだった。まさかとは思うが一応念のため。
数コールのあと、健兄ちゃんが電話に出た。
「健にい? 山口先輩と会ってる?」
『久し振りに電話してきたと思ったら、やっぱり用件はそれか』
のんびりと健兄ちゃんは言った。やっぱり! 先輩の相手って健兄ちゃんだったのか! なんて偶然! っていうか、
「健にい、ひどいよ! 僕が先輩を好きだって事知ってるだろ! それなのにどうして先輩と?!」
ゲイの知り合いなんて健兄ちゃんしかいないから、僕は中学の頃から先輩への片思いの相談をずっとしてきた。先輩の名前も何度となく健兄ちゃんに言ったはずだ。同じ高校に進学したのだって報告してるのに。
『あははっ、初めは気付かなかったんだよ。学校の名前聞いて思い出したんだ。それがわかったのもつい最近……おまえ、いつか、重夫の体中にキスマークつけただろ? その日だよ、おまえと重夫が繋がったのって』
キスマーク。カラオケボックスの時の……! どうしてそんなこと健兄ちゃんが知ってるんだ? 先輩が健兄ちゃんの前で裸になるようなことがあったってことだ!
「もう……最悪」
僕は項垂れた。健兄ちゃんの性格はよく知ってるつもりだ。おとなしそうな外見に似合わず、いけそうな男を見つけたら誰とでも寝る人なんだ。もう溜息しか出ない。
『謝るよ、おまえの好きな奴だって気付いた時には寝たあとだったんだ』
「健にいのおかげで先輩、ずいぶん慣らされてたよ。いったいどれだけやったの」
『さぁ、もう覚えてない』
電話の向こうでカラカラと明るく笑う。人の気も知らないで……。
「今朝もしたんでしょ」
投げやりな気持ちで確認すると、健兄ちゃんは『あっ、重夫から聞いたの?』とあっさり認めた。僕の傷口に塩を塗りこむ気軽さ。ほんっとに無神経!
『で、うまくいった?』
「はっ?! なんの話?!」
つい苛々と答えた。
『あれ? 重夫から好きだって言われなかったの?』
「言われるわけないでしょ、そんなこと」
『あれ? おかしいなぁ。あの子、おまえのこと好きなんだって気付いて動揺しまくってたよ。本人は最後まで認めたがらなかったけど、あの子って意外に純情なところあるよね』
ククッと健兄ちゃんは笑う。つい最近知り合っただけのくせに、僕の先輩を知った風に言わないで欲しい。
「先輩が僕を好きなわけないよ」
嫌われることならたくさんしてきたけど、好かれるようなことは何もしてない。
『ほんとに何も言われてないの? 可愛い従兄だから教えてやるけど……彼ね、怖いんだって。おまえと付き合ったとしても、終わりが来るのが怖いから好きだって認めたくないんだってさ。だから今までの関係を選ぼうとしてた。そんな馬鹿なことやめて告白してこいって俺が背中押してやったのに。意気地なしだなぁ、重夫も』
「……それってほんとなの?」
『ほんとだよ。ずばり聞いてみれば?』
嘘だ、嘘、嘘。ぜったいそんな都合のいい話、あるわけないんだ。健兄ちゃんの勘違いに決まってる。
……ほんとに?
今日、先輩が照れているように見えたのも勘違い? 保健室で先輩がキスしてきたのも、あの時見せた優しい目も、僕の勘違い?
体がブルッと震えた。
「僕、行かなきゃ……先輩のとこ、行かなきゃ……」
『行っといで。おまえのために俺は泣く泣く身を引いたんだ。うまくやれよ』
ありがと、健兄ちゃん。
先輩が消えた廊下の先を見据える。携帯を握り締めたまま僕は走り出した。階段を駆け上がる。教室に入っていく先輩の後姿を見つけた。
「先輩!」
僕の叫び声で先輩が振り返る。恐いくらいに難しい顔をして僕を睨む。その顔がほんのり赤いのは僕の勘違いなんかじゃない。
僕の手が、先輩の腕を掴む。
先輩が僕から離れていくのを見送る。動けなかった。誰とでもキスできるなんて言われて、カンサイともした、なんて言われて、今朝も森下さんて人とやってきた、なんて言われたら、さすがの僕もショックで動けなかった。
先輩が僕に照れていたように見えたのはやっぱり僕の錯覚だったんだ。先輩が僕に照れるはずなんてないんだから……。
「今朝もやって来ただなんて……そんな報告いらないよ……」
森下さんてどんな人なんだろう。大学生って言ってたっけ。そんなに大人なのかな……。海の家で知り合った人。
ん。海。大学生。森下??
携帯電話を取り出し、電話をかけた。僕の初めての人、親戚の森下健一さん。この人も確か海好きだった。まさかとは思うが一応念のため。
数コールのあと、健兄ちゃんが電話に出た。
「健にい? 山口先輩と会ってる?」
『久し振りに電話してきたと思ったら、やっぱり用件はそれか』
のんびりと健兄ちゃんは言った。やっぱり! 先輩の相手って健兄ちゃんだったのか! なんて偶然! っていうか、
「健にい、ひどいよ! 僕が先輩を好きだって事知ってるだろ! それなのにどうして先輩と?!」
ゲイの知り合いなんて健兄ちゃんしかいないから、僕は中学の頃から先輩への片思いの相談をずっとしてきた。先輩の名前も何度となく健兄ちゃんに言ったはずだ。同じ高校に進学したのだって報告してるのに。
『あははっ、初めは気付かなかったんだよ。学校の名前聞いて思い出したんだ。それがわかったのもつい最近……おまえ、いつか、重夫の体中にキスマークつけただろ? その日だよ、おまえと重夫が繋がったのって』
キスマーク。カラオケボックスの時の……! どうしてそんなこと健兄ちゃんが知ってるんだ? 先輩が健兄ちゃんの前で裸になるようなことがあったってことだ!
「もう……最悪」
僕は項垂れた。健兄ちゃんの性格はよく知ってるつもりだ。おとなしそうな外見に似合わず、いけそうな男を見つけたら誰とでも寝る人なんだ。もう溜息しか出ない。
『謝るよ、おまえの好きな奴だって気付いた時には寝たあとだったんだ』
「健にいのおかげで先輩、ずいぶん慣らされてたよ。いったいどれだけやったの」
『さぁ、もう覚えてない』
電話の向こうでカラカラと明るく笑う。人の気も知らないで……。
「今朝もしたんでしょ」
投げやりな気持ちで確認すると、健兄ちゃんは『あっ、重夫から聞いたの?』とあっさり認めた。僕の傷口に塩を塗りこむ気軽さ。ほんっとに無神経!
『で、うまくいった?』
「はっ?! なんの話?!」
つい苛々と答えた。
『あれ? 重夫から好きだって言われなかったの?』
「言われるわけないでしょ、そんなこと」
『あれ? おかしいなぁ。あの子、おまえのこと好きなんだって気付いて動揺しまくってたよ。本人は最後まで認めたがらなかったけど、あの子って意外に純情なところあるよね』
ククッと健兄ちゃんは笑う。つい最近知り合っただけのくせに、僕の先輩を知った風に言わないで欲しい。
「先輩が僕を好きなわけないよ」
嫌われることならたくさんしてきたけど、好かれるようなことは何もしてない。
『ほんとに何も言われてないの? 可愛い従兄だから教えてやるけど……彼ね、怖いんだって。おまえと付き合ったとしても、終わりが来るのが怖いから好きだって認めたくないんだってさ。だから今までの関係を選ぼうとしてた。そんな馬鹿なことやめて告白してこいって俺が背中押してやったのに。意気地なしだなぁ、重夫も』
「……それってほんとなの?」
『ほんとだよ。ずばり聞いてみれば?』
嘘だ、嘘、嘘。ぜったいそんな都合のいい話、あるわけないんだ。健兄ちゃんの勘違いに決まってる。
……ほんとに?
今日、先輩が照れているように見えたのも勘違い? 保健室で先輩がキスしてきたのも、あの時見せた優しい目も、僕の勘違い?
体がブルッと震えた。
「僕、行かなきゃ……先輩のとこ、行かなきゃ……」
『行っといで。おまえのために俺は泣く泣く身を引いたんだ。うまくやれよ』
ありがと、健兄ちゃん。
先輩が消えた廊下の先を見据える。携帯を握り締めたまま僕は走り出した。階段を駆け上がる。教室に入っていく先輩の後姿を見つけた。
「先輩!」
僕の叫び声で先輩が振り返る。恐いくらいに難しい顔をして僕を睨む。その顔がほんのり赤いのは僕の勘違いなんかじゃない。
僕の手が、先輩の腕を掴む。
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君が笑った、明日は晴れ(87/89)
2020.06.28.Sun.
<1話、前話>
「先輩、待って!」
渡り廊下を歩いていたら追いかけて来た河中に腕を掴まれた。思わず振り払った。心臓がまた早鐘を打つ。ほんとに俺、どうしちゃったんだろ。
昼休みに、廊下を走ってくる河中を見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。食堂で斜め前にすわる河中を意識しまくって馬鹿みたいに緊張してた。こんな上ずった感情、今まで誰にも感じたことがない。その相手が河中だってことが死にたくなってくる。
「戻れよ、おまえ、飯まだ途中だろ」
河中の顔を直視できなくて顔を背けたまま言った。
「先輩だってまだ全部食べてないじゃないですか」
「俺はもういいんだよ」
あんな状況で飯なんか食ってられるか。さっきだってむりやり飲み込んでたんだ。
「僕ももういいです。先輩、あの、昨日の……」
保健室でのことなら、頼むから言わないでくれ。
「浦野のことなんですけど」
なんだ、浦野のことか。そういえば騙したとか言ってたな。それもひどく取り乱して。
「あいつが先輩のこと好きだなんて言い出したから、先輩に近づけさせないためにあいつと付き合うことにしたんです」
「あいつの好きは性欲に直結してるからな。本気で俺を好きなわけねえだろ」
「ですね」
河中が笑う。
「僕に夢中にさせて先輩のことを忘れさせて……そこまでは良かったんですけど、だんだん僕も疲れてきちゃって。先輩は僕の知らないバイト先の人と遊んで慣らされちゃってるし、僕にも余裕がなくなって。だから浦野の単純な性格を利用して、あいつを宮本さんに引き受けてもらうことにしたんです」
それで宮本と浦野が一緒にいると教えた時「良かった」と言っていたのか。なるほどね。しかしまぁ、回りくどいことをする。
「それで……宮本さんがどんな人なのか、どんなやり方をするのか確かめるために宮本さんと寝ました。浦野がどういうことが好きなのか教えるために、仕方なく」
胸がチリチリと焼ける。嫉妬? そんな馬鹿な。
「次の日、浦野を宮本さんに引渡しました。その時に、少し強引なやり方をして……浦野には悪いことをしました。ほんとに最低です、僕」
いったいどんなことをしたのか、河中は暗い顔で目を伏せた。それもこれも、全部俺のためだと言うのか。どうしてこいつはこんなに一途に俺を思うことができるんだろう。どうしてそんなに自信を持って、好きだなんて言ってこれるんだろう。どうして3年間も俺を好きでいられたんだろう。本当に俺のことだけ好きだったのか?
「なぁ、河中」
「はい」
河中が顔をあげる。
「なんで俺が好きなの」
「えっ……と、先輩がかっこよかったから」
「中学ん時からって言ってたっけ?」
「はい、バスケ部に入りたてで緊張してる僕たちに先輩は優しくしてくれました。あの時先輩が決めた3ポイント、すごくかっこよくて今でもはっきり覚えてます」
俺はぜんぜん覚えてない。
「3年間、ずっと好きだったのか」
「はい、今も好きです」
どさくさにまぎれて変なことを言う。
「3年の間、他の誰かを好きになったり、俺を忘れたりしなかったのか」
「一度もありません。それができてたら僕だってもっと楽でした。それが出来ないから先輩にあんなことしたんです。本当にあの時はすみませんでした」
とまた下を向いた。あんなこと……あぁ、縛って俺を犯したことか。そういや、そんなこともあったっけ。あれがきっかけで俺もずいぶんかわってしまった。今日だって自分から森下さんを誘ったし。
「なんでそんなに俺を好きでいられんの」
「好きって気持ちが枯れないんです。次から次に湧き出てくるんです。その気持ちに溺れそうになるんです」
「あぁ、そ」
口を押さえ横を向く。自分から聞いておいてなんだが、面と向かっていわれると恥ずかしいもんだ。
「先輩、僕にはもう隠し事も嘘もありません。だから先輩も正直に答えて下さい。昨日、どうして僕にキスしてくれたんですか」
ついに核心に触れてきたか。森下さんは告白してこい、みたいなことを言っていたけど、そんなこと俺が出来るはずがない。というか、こいつとどうこうなりたいなんて思ってないんだ。確かに行き詰ってんのかもしれないけど、俺は今のままのほうがいい。このままなら、お互いどちらかが飽きたって、まだ傷は浅いだろ。
「キスくらい誰にだって出来るよ俺は」
「昨日のはいつもと違った気がするんです」
「熱のせいだろ。おまえの前にカンサイともしたし、今日だって、朝から森下さんとやってきたし」
河中の顔に動揺が走る。
「森下さん……って?」
「夏休みのバイト先の人。俺の遊び相手。大学生でお前よりぜんぜん大人だし、セックスもうまい。おまえが言う通り、俺はこの人と慣れるまで何度もやったよ。おまえにしたキスくらい、誰とでも出来る」
河中の顔から血の気が引いていく。青白い顔。目が宙を泳ぐ。
「遊びでいいってんならたまには相手してやるよ。でも何も期待すんなよ。俺がお前を好きになる可能性なんて万に一つもないんだから」
傷ついた顔で言葉をなくす河中に背を向け歩き出す。河中は追いかけてこない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。臆病者だと言われてもいい。だって俺、たぶん本気だから。
「先輩、待って!」
渡り廊下を歩いていたら追いかけて来た河中に腕を掴まれた。思わず振り払った。心臓がまた早鐘を打つ。ほんとに俺、どうしちゃったんだろ。
昼休みに、廊下を走ってくる河中を見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。食堂で斜め前にすわる河中を意識しまくって馬鹿みたいに緊張してた。こんな上ずった感情、今まで誰にも感じたことがない。その相手が河中だってことが死にたくなってくる。
「戻れよ、おまえ、飯まだ途中だろ」
河中の顔を直視できなくて顔を背けたまま言った。
「先輩だってまだ全部食べてないじゃないですか」
「俺はもういいんだよ」
あんな状況で飯なんか食ってられるか。さっきだってむりやり飲み込んでたんだ。
「僕ももういいです。先輩、あの、昨日の……」
保健室でのことなら、頼むから言わないでくれ。
「浦野のことなんですけど」
なんだ、浦野のことか。そういえば騙したとか言ってたな。それもひどく取り乱して。
「あいつが先輩のこと好きだなんて言い出したから、先輩に近づけさせないためにあいつと付き合うことにしたんです」
「あいつの好きは性欲に直結してるからな。本気で俺を好きなわけねえだろ」
「ですね」
河中が笑う。
「僕に夢中にさせて先輩のことを忘れさせて……そこまでは良かったんですけど、だんだん僕も疲れてきちゃって。先輩は僕の知らないバイト先の人と遊んで慣らされちゃってるし、僕にも余裕がなくなって。だから浦野の単純な性格を利用して、あいつを宮本さんに引き受けてもらうことにしたんです」
それで宮本と浦野が一緒にいると教えた時「良かった」と言っていたのか。なるほどね。しかしまぁ、回りくどいことをする。
「それで……宮本さんがどんな人なのか、どんなやり方をするのか確かめるために宮本さんと寝ました。浦野がどういうことが好きなのか教えるために、仕方なく」
胸がチリチリと焼ける。嫉妬? そんな馬鹿な。
「次の日、浦野を宮本さんに引渡しました。その時に、少し強引なやり方をして……浦野には悪いことをしました。ほんとに最低です、僕」
いったいどんなことをしたのか、河中は暗い顔で目を伏せた。それもこれも、全部俺のためだと言うのか。どうしてこいつはこんなに一途に俺を思うことができるんだろう。どうしてそんなに自信を持って、好きだなんて言ってこれるんだろう。どうして3年間も俺を好きでいられたんだろう。本当に俺のことだけ好きだったのか?
「なぁ、河中」
「はい」
河中が顔をあげる。
「なんで俺が好きなの」
「えっ……と、先輩がかっこよかったから」
「中学ん時からって言ってたっけ?」
「はい、バスケ部に入りたてで緊張してる僕たちに先輩は優しくしてくれました。あの時先輩が決めた3ポイント、すごくかっこよくて今でもはっきり覚えてます」
俺はぜんぜん覚えてない。
「3年間、ずっと好きだったのか」
「はい、今も好きです」
どさくさにまぎれて変なことを言う。
「3年の間、他の誰かを好きになったり、俺を忘れたりしなかったのか」
「一度もありません。それができてたら僕だってもっと楽でした。それが出来ないから先輩にあんなことしたんです。本当にあの時はすみませんでした」
とまた下を向いた。あんなこと……あぁ、縛って俺を犯したことか。そういや、そんなこともあったっけ。あれがきっかけで俺もずいぶんかわってしまった。今日だって自分から森下さんを誘ったし。
「なんでそんなに俺を好きでいられんの」
「好きって気持ちが枯れないんです。次から次に湧き出てくるんです。その気持ちに溺れそうになるんです」
「あぁ、そ」
口を押さえ横を向く。自分から聞いておいてなんだが、面と向かっていわれると恥ずかしいもんだ。
「先輩、僕にはもう隠し事も嘘もありません。だから先輩も正直に答えて下さい。昨日、どうして僕にキスしてくれたんですか」
ついに核心に触れてきたか。森下さんは告白してこい、みたいなことを言っていたけど、そんなこと俺が出来るはずがない。というか、こいつとどうこうなりたいなんて思ってないんだ。確かに行き詰ってんのかもしれないけど、俺は今のままのほうがいい。このままなら、お互いどちらかが飽きたって、まだ傷は浅いだろ。
「キスくらい誰にだって出来るよ俺は」
「昨日のはいつもと違った気がするんです」
「熱のせいだろ。おまえの前にカンサイともしたし、今日だって、朝から森下さんとやってきたし」
河中の顔に動揺が走る。
「森下さん……って?」
「夏休みのバイト先の人。俺の遊び相手。大学生でお前よりぜんぜん大人だし、セックスもうまい。おまえが言う通り、俺はこの人と慣れるまで何度もやったよ。おまえにしたキスくらい、誰とでも出来る」
河中の顔から血の気が引いていく。青白い顔。目が宙を泳ぐ。
「遊びでいいってんならたまには相手してやるよ。でも何も期待すんなよ。俺がお前を好きになる可能性なんて万に一つもないんだから」
傷ついた顔で言葉をなくす河中に背を向け歩き出す。河中は追いかけてこない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。臆病者だと言われてもいい。だって俺、たぶん本気だから。
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君が笑った、明日は晴れ(86/89)
2020.06.27.Sat.
<1話、前話>
先輩が気になって2時間目が終わった休み時間、教室に行ってみた。僕を見つけた戸田さんが「重夫ならまだだよ」と首を振る。
先輩、どうしたんだろう。まだ僕のこと怒ってるのかな。それとも昨日保健室でしたキスのことで照れてるのかな。
昨日のキスは今までしてきたどのキスとも違った気がする。熱に浮かされていたから僕も記憶が曖昧だけど、先輩の優しい目つきとか、熱い舌の動きとか、それだけはハッキリ覚えている。
先輩からあんなふうにキスされたのは初めてだ。それだけ浦野やカンサイ、僕の知らないバイト先の人に慣らされたってことなのかな。
もし、僕の都合のいいように考えていいなら、先輩が僕にキスしたいと思ったからしてくれたのかな。
そのことも聞いてみたいし、浦野の事もちゃんと告白するつもりだったのに先輩はまだ来ていない。今日は休むつもりなんだろうか。
3時間目が終わり、僕はまた先輩に会いに教室を出た。廊下で浦野と鉢合わせてしまった。
浦野は僕を見つけて飛び上がるほど驚いていた。心が痛む。浦野は僕に軽蔑の眼差しを向けてきた。強い不快感と敵意。それでいい。
目を逸らし、先に進む。
「待てよ」
浦野が僕を呼びとめた。
「話がある」
立ち止まる僕の横を追い抜いて、浦野が先を歩く。仕方なくついて行った。水道の前で立ち止まり、壁によりかかって腕を組んで僕を見ている。
話なら早く済ませて欲しい。先輩の教室に行く時間がなくなってしまう。
「まだ僕に何か用なの? また縛られてぶたれたい?」
口に笑みの形を作った。浦野は顔を少し赤くして、そんな僕を睨むだけ。なんだよ、早くしてくれ。
「相手をして欲しいならまた体育倉庫で……」
「殴らせろ」
鋭く遮られた。殴って終わるなら早く殴ってくれ。
「いいよ、それで気が済むなら」
歩を進め、浦野の前で立ち止まって目を閉じる。なのにいくら待っても何も起こらない。目を開けたら、浦野が涙をためた目で僕を睨んでいた。
「そんなに……そんなに山口さんが好きなら、最初からそう言えばいいだろ」
そう言って伏せた目から大粒の涙が零れる。
「宮本さんが教えてくれた。おまえの頭の中には山口さんのことしかないって。山口さんに近づけないために俺の相手してたってことも、一昨日の体育倉庫でのことは、俺がおまえを嫌いになるようにしたってことも、全部聞いた」
あの人……余計なことを。奥歯を噛み締める僕に向かって浦野は言葉を続ける。
「俺だって気付いてたよ、おまえが山口さんのことしか好きじゃないってことは。おまえが俺に優しくしてくれるからもしかしたらって思うこともあったけど、でもいつだってお前の目は山口さんを探してたもん。誰でもわかるよ。おまえ、バレバレなんだよ、馬鹿」
と下を向いたまま鼻をすすった。
「あんなことしなくても、もう山口さんには近づかない。メールもしない。だから、俺に謝って」
浦野が視線をあげた。真っ赤な目。こいつの泣いた顔、いったい何度見たっけ。
「宮本さんは……優しくしてくれてる?」
「うん。あの人、河中からみっちり仕込まれたって、すごい優しくしてくれる。たまに乱暴な言葉使うけど、俺が嫌がったらゴメンって言てくれる」
「そう、良かった」
本当に良かった。
「ごめんね、今まで」
「うん」
「ごめんね、嫌なこと言って」
「うん」
「ごめんね、いっぱい殴って」
赤い頬に手を伸ばして優しく包む。びくっと浦野の体がすくんだ。
「あ、ごめん」
「違っ……」
耳まで顔を赤くして浦野が首を振る。
「やっぱ、もういい。謝ってくれなくていい。優しくされたら俺、また勘違いしちゃうから」
そう言うと、浦野は廊下を走って戻って行った。その背中を見ていたら後悔と安堵、その両方が胸を満たした。あんなやり方をしなくても正直に話をすれば良かったのかもしれない。今更そんなことを思っても栓ないことではあるが。
チャイムが鳴った。休み時間が終わってしまった。仕方なく教室に戻った。
四時間目が終わった。さすがに先輩は来ているだろう。昼休み、人の流れに逆らって先輩の教室へ急ぐ。ちょうど先輩と戸田さんが教室から出てきたところだった。
「先輩!」
声に気付いた先輩の視線が戸田さんから僕に移動して、そして素通りした。
「やぁ、河ちゃん、今日は一緒に飯食おうね。昨日は重夫と二人だったからつまんなかったんだよ」
戸田さんに肩を抱かれ食堂へ向かう。戸田さんの横を歩く先輩は向こうをむいている。やっぱりまだ怒ってるんだ……。変に優しい態度を取られないだけマシか。
食堂についた。僕の正面に戸田さん、戸田さんの横には先輩が座る。先輩はさっきから黙りこくってずっと横を向いている。僕と目を合わせないどころか、顔すら合わせてくれない。
「河ちゃん、昨日はどうして来なかったの?」
正面でカレーうどんをすする戸田さんが言った。
「昨日はちょっと体調が悪くて保健室にいたんです」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
ちら、と先輩を見る。俯いて黙々と食事をしている。
「あぁ、こいつね、遅刻して来たと思ったらずっとこんな調子なのよ。なんか知んないけど、難しい年頃みたいだから気にしないでいいよ」
「うるせえな、黙って食え」
不機嫌に言い放つ先輩の顔が赤く見えるのは僕の気のせいかな。
「はいはい、我儘な奴を友達に持つと苦労するよ」
戸田さんは僕に苦笑して肩をすくめて見せた。それに笑い返し、俯いたままの先輩を見る。なんだろう。やっぱり様子が変な気がする。なんか……照れてるみたい、な。
そんなことを考えていたら先輩に上目遣いに睨まれた。
「何見てんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、はい、すみません」
「重夫、おまえ、何照れてんの?」
半笑いでからかうように戸田さんが言った。先輩が立ち上がり、戸田さんを睨む。その顔が……真っ赤だった。
やっぱり! 戸田さんが言うんだから間違いない!
先輩は何か言い返そうと口を動かしていたが言葉にならないみたいで、そんな自分に苛立ったように舌打ちした。持ってた箸をテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出す。
「先輩、待って下さい!」
「来るな」
冷たく言われた。でも、今はなんて言われようが追いかけなきゃいけないタイミングだってことは僕でもわかった。
先輩が気になって2時間目が終わった休み時間、教室に行ってみた。僕を見つけた戸田さんが「重夫ならまだだよ」と首を振る。
先輩、どうしたんだろう。まだ僕のこと怒ってるのかな。それとも昨日保健室でしたキスのことで照れてるのかな。
昨日のキスは今までしてきたどのキスとも違った気がする。熱に浮かされていたから僕も記憶が曖昧だけど、先輩の優しい目つきとか、熱い舌の動きとか、それだけはハッキリ覚えている。
先輩からあんなふうにキスされたのは初めてだ。それだけ浦野やカンサイ、僕の知らないバイト先の人に慣らされたってことなのかな。
もし、僕の都合のいいように考えていいなら、先輩が僕にキスしたいと思ったからしてくれたのかな。
そのことも聞いてみたいし、浦野の事もちゃんと告白するつもりだったのに先輩はまだ来ていない。今日は休むつもりなんだろうか。
3時間目が終わり、僕はまた先輩に会いに教室を出た。廊下で浦野と鉢合わせてしまった。
浦野は僕を見つけて飛び上がるほど驚いていた。心が痛む。浦野は僕に軽蔑の眼差しを向けてきた。強い不快感と敵意。それでいい。
目を逸らし、先に進む。
「待てよ」
浦野が僕を呼びとめた。
「話がある」
立ち止まる僕の横を追い抜いて、浦野が先を歩く。仕方なくついて行った。水道の前で立ち止まり、壁によりかかって腕を組んで僕を見ている。
話なら早く済ませて欲しい。先輩の教室に行く時間がなくなってしまう。
「まだ僕に何か用なの? また縛られてぶたれたい?」
口に笑みの形を作った。浦野は顔を少し赤くして、そんな僕を睨むだけ。なんだよ、早くしてくれ。
「相手をして欲しいならまた体育倉庫で……」
「殴らせろ」
鋭く遮られた。殴って終わるなら早く殴ってくれ。
「いいよ、それで気が済むなら」
歩を進め、浦野の前で立ち止まって目を閉じる。なのにいくら待っても何も起こらない。目を開けたら、浦野が涙をためた目で僕を睨んでいた。
「そんなに……そんなに山口さんが好きなら、最初からそう言えばいいだろ」
そう言って伏せた目から大粒の涙が零れる。
「宮本さんが教えてくれた。おまえの頭の中には山口さんのことしかないって。山口さんに近づけないために俺の相手してたってことも、一昨日の体育倉庫でのことは、俺がおまえを嫌いになるようにしたってことも、全部聞いた」
あの人……余計なことを。奥歯を噛み締める僕に向かって浦野は言葉を続ける。
「俺だって気付いてたよ、おまえが山口さんのことしか好きじゃないってことは。おまえが俺に優しくしてくれるからもしかしたらって思うこともあったけど、でもいつだってお前の目は山口さんを探してたもん。誰でもわかるよ。おまえ、バレバレなんだよ、馬鹿」
と下を向いたまま鼻をすすった。
「あんなことしなくても、もう山口さんには近づかない。メールもしない。だから、俺に謝って」
浦野が視線をあげた。真っ赤な目。こいつの泣いた顔、いったい何度見たっけ。
「宮本さんは……優しくしてくれてる?」
「うん。あの人、河中からみっちり仕込まれたって、すごい優しくしてくれる。たまに乱暴な言葉使うけど、俺が嫌がったらゴメンって言てくれる」
「そう、良かった」
本当に良かった。
「ごめんね、今まで」
「うん」
「ごめんね、嫌なこと言って」
「うん」
「ごめんね、いっぱい殴って」
赤い頬に手を伸ばして優しく包む。びくっと浦野の体がすくんだ。
「あ、ごめん」
「違っ……」
耳まで顔を赤くして浦野が首を振る。
「やっぱ、もういい。謝ってくれなくていい。優しくされたら俺、また勘違いしちゃうから」
そう言うと、浦野は廊下を走って戻って行った。その背中を見ていたら後悔と安堵、その両方が胸を満たした。あんなやり方をしなくても正直に話をすれば良かったのかもしれない。今更そんなことを思っても栓ないことではあるが。
チャイムが鳴った。休み時間が終わってしまった。仕方なく教室に戻った。
四時間目が終わった。さすがに先輩は来ているだろう。昼休み、人の流れに逆らって先輩の教室へ急ぐ。ちょうど先輩と戸田さんが教室から出てきたところだった。
「先輩!」
声に気付いた先輩の視線が戸田さんから僕に移動して、そして素通りした。
「やぁ、河ちゃん、今日は一緒に飯食おうね。昨日は重夫と二人だったからつまんなかったんだよ」
戸田さんに肩を抱かれ食堂へ向かう。戸田さんの横を歩く先輩は向こうをむいている。やっぱりまだ怒ってるんだ……。変に優しい態度を取られないだけマシか。
食堂についた。僕の正面に戸田さん、戸田さんの横には先輩が座る。先輩はさっきから黙りこくってずっと横を向いている。僕と目を合わせないどころか、顔すら合わせてくれない。
「河ちゃん、昨日はどうして来なかったの?」
正面でカレーうどんをすする戸田さんが言った。
「昨日はちょっと体調が悪くて保健室にいたんです」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
ちら、と先輩を見る。俯いて黙々と食事をしている。
「あぁ、こいつね、遅刻して来たと思ったらずっとこんな調子なのよ。なんか知んないけど、難しい年頃みたいだから気にしないでいいよ」
「うるせえな、黙って食え」
不機嫌に言い放つ先輩の顔が赤く見えるのは僕の気のせいかな。
「はいはい、我儘な奴を友達に持つと苦労するよ」
戸田さんは僕に苦笑して肩をすくめて見せた。それに笑い返し、俯いたままの先輩を見る。なんだろう。やっぱり様子が変な気がする。なんか……照れてるみたい、な。
そんなことを考えていたら先輩に上目遣いに睨まれた。
「何見てんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、はい、すみません」
「重夫、おまえ、何照れてんの?」
半笑いでからかうように戸田さんが言った。先輩が立ち上がり、戸田さんを睨む。その顔が……真っ赤だった。
やっぱり! 戸田さんが言うんだから間違いない!
先輩は何か言い返そうと口を動かしていたが言葉にならないみたいで、そんな自分に苛立ったように舌打ちした。持ってた箸をテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出す。
「先輩、待って下さい!」
「来るな」
冷たく言われた。でも、今はなんて言われようが追いかけなきゃいけないタイミングだってことは僕でもわかった。
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2020.06.26.Fri.
<1話、前話>
「馬鹿馬鹿しい」
森下さんは俺を振りほどいて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「付き合う前から終わる時のことを心配するなんてどこまで臆病なんだ? 君がそんなことを心配するなんて意外だな」
「誰とも本気で付き合えないあんたに言われたくねえよ」
「へぇ! その子は本気なんだ?」
しまった、と口を噤む。押し黙る俺の横に森下さんは座り、顔を寄せてきた。
「認めちゃうんだ? その子が……好きだって」
最後は俺の耳に唇を押し当て囁いた。だからその言葉を言うなって言っただろ。森下さんを睨んだらキスされた。口移しで水が入ってくる。
「もうこんなこと出来るのも最後かな」
言いながら俺を押したおし、服を脱がせていく。
「どうして最後になんの」
「行き詰るほどその子が好きなんだろ。終わるのが怖いから認めたくないほど好きなんだろ。その子にはそれだけ本気なんだろ」
「わかんねえ」
「いまさらとぼけるなよ」
「たぶん、そうなのかなって気はするけど、あいつが男だからはっきり確信持てねえんだよ。あいつが女みたいな顔してるから間違ってそう思ってんのかもしんねえし」
「どっちにしろ気になるんだろ。好きなんだろ。物にしろよ……あぁ、もう物にされてたんだっけ」
「うるせえ」
ふっと笑って森下さんは俺の股間に顔を埋めた。膝を立てられ、後ろを弄られる。
「シャワー……」
「いいよ、このまま」
口が離れ、手で俺の先をクチュクチュと揉む。快感が走りぬけ体がブルブル震えた。
「こんなおいしい体、これが最後だなんて」
「最後にしなくてもいいだろ」
「誰かに夢中の男なんていらないよ」
「もう会わねえの?」
「そんな目で見るなよ。未練残っちゃうじゃないか。君が会いに来るのは拒まない。でも俺からはもう連絡しない」
誰とでも浮気する森下さんらしくない台詞だと思った。
「入れるよ」
森下さんの膝で腰を少し持ち上げられる。その中心に熱い塊。ぐっと押し広げられ、下腹部が圧迫される。
「今日もすごい締め付けだな。食いちぎられそう。ココ、鍛えてるの?」
「馬鹿なこと言うな。そんなわけねえだろ」
「あぁ、ほんとに嫉妬する。君を渡したくないよ。どうしてこんな生意気な子……、あぁ、もう!」
何かを振り払うように首を振り、森下さんは俺の腰を引き寄せた。深く繋がり、痛みのような感覚が背骨を引っかいた。
「俺は年上だからね、ここは潔く引き下がるよ。君は俺じゃなくあの子を好きになったんだしね」
いつになく激しくせわしない動作で腰を打ちつけてくる。俺の体がその度にずり上がり、また強い力で引き戻された。
「好きなら好きだと言えばいい。終わることを心配して何もしないと始まりもしないんだから。あのキスマーク、あれは本気の証だろ。君もそれにこたえればいい。それだけのことだよ」
「あっ! ん! ゆっくり! 森下さん……!」
「ゆっくりしてたら君を手放せなくなる。だから早く終わらせる。そのあと君を学校に送り届けてやる。そしてその1年の子に君は気持ちを伝えるんだよ、いいね!」
言葉に合わせて最も深い場所を突かれた。目に火花が散る。なんでそんなに乱暴なんだ。どうしてこれを最後にしようとするんだ。およそ森下さんらしくない。
「ん、あ、ああっ……!」
触られてもいないのに俺はイッてしまった。森下さんの腰の動きも小刻みになる。荒い息遣いが一瞬止まり、俺の中に勢い良く射精した。怒ったような表情で俺の中から出て行き、ティッシュで後始末をする。
「なに怒ってんだよ、あんた」
「ごめん」
森下さんは俯いた。大きな溜息。
「俺ね、自分でも意外なほど重夫のこと好きだったみたい。遊びじゃなくさ」
いや、だからそんな事言われても……。
「迷惑だって言いたいんだろ、わかってるよ。もう言わない。シャワー浴びといで。学校まで送ってあげる」
腕を持って引っ張り立たされ、浴室に押し込まれた。
学校行って、どうすんの、俺。
あいつに言うの? 好きだって? まさか!
「馬鹿馬鹿しい」
森下さんは俺を振りほどいて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「付き合う前から終わる時のことを心配するなんてどこまで臆病なんだ? 君がそんなことを心配するなんて意外だな」
「誰とも本気で付き合えないあんたに言われたくねえよ」
「へぇ! その子は本気なんだ?」
しまった、と口を噤む。押し黙る俺の横に森下さんは座り、顔を寄せてきた。
「認めちゃうんだ? その子が……好きだって」
最後は俺の耳に唇を押し当て囁いた。だからその言葉を言うなって言っただろ。森下さんを睨んだらキスされた。口移しで水が入ってくる。
「もうこんなこと出来るのも最後かな」
言いながら俺を押したおし、服を脱がせていく。
「どうして最後になんの」
「行き詰るほどその子が好きなんだろ。終わるのが怖いから認めたくないほど好きなんだろ。その子にはそれだけ本気なんだろ」
「わかんねえ」
「いまさらとぼけるなよ」
「たぶん、そうなのかなって気はするけど、あいつが男だからはっきり確信持てねえんだよ。あいつが女みたいな顔してるから間違ってそう思ってんのかもしんねえし」
「どっちにしろ気になるんだろ。好きなんだろ。物にしろよ……あぁ、もう物にされてたんだっけ」
「うるせえ」
ふっと笑って森下さんは俺の股間に顔を埋めた。膝を立てられ、後ろを弄られる。
「シャワー……」
「いいよ、このまま」
口が離れ、手で俺の先をクチュクチュと揉む。快感が走りぬけ体がブルブル震えた。
「こんなおいしい体、これが最後だなんて」
「最後にしなくてもいいだろ」
「誰かに夢中の男なんていらないよ」
「もう会わねえの?」
「そんな目で見るなよ。未練残っちゃうじゃないか。君が会いに来るのは拒まない。でも俺からはもう連絡しない」
誰とでも浮気する森下さんらしくない台詞だと思った。
「入れるよ」
森下さんの膝で腰を少し持ち上げられる。その中心に熱い塊。ぐっと押し広げられ、下腹部が圧迫される。
「今日もすごい締め付けだな。食いちぎられそう。ココ、鍛えてるの?」
「馬鹿なこと言うな。そんなわけねえだろ」
「あぁ、ほんとに嫉妬する。君を渡したくないよ。どうしてこんな生意気な子……、あぁ、もう!」
何かを振り払うように首を振り、森下さんは俺の腰を引き寄せた。深く繋がり、痛みのような感覚が背骨を引っかいた。
「俺は年上だからね、ここは潔く引き下がるよ。君は俺じゃなくあの子を好きになったんだしね」
いつになく激しくせわしない動作で腰を打ちつけてくる。俺の体がその度にずり上がり、また強い力で引き戻された。
「好きなら好きだと言えばいい。終わることを心配して何もしないと始まりもしないんだから。あのキスマーク、あれは本気の証だろ。君もそれにこたえればいい。それだけのことだよ」
「あっ! ん! ゆっくり! 森下さん……!」
「ゆっくりしてたら君を手放せなくなる。だから早く終わらせる。そのあと君を学校に送り届けてやる。そしてその1年の子に君は気持ちを伝えるんだよ、いいね!」
言葉に合わせて最も深い場所を突かれた。目に火花が散る。なんでそんなに乱暴なんだ。どうしてこれを最後にしようとするんだ。およそ森下さんらしくない。
「ん、あ、ああっ……!」
触られてもいないのに俺はイッてしまった。森下さんの腰の動きも小刻みになる。荒い息遣いが一瞬止まり、俺の中に勢い良く射精した。怒ったような表情で俺の中から出て行き、ティッシュで後始末をする。
「なに怒ってんだよ、あんた」
「ごめん」
森下さんは俯いた。大きな溜息。
「俺ね、自分でも意外なほど重夫のこと好きだったみたい。遊びじゃなくさ」
いや、だからそんな事言われても……。
「迷惑だって言いたいんだろ、わかってるよ。もう言わない。シャワー浴びといで。学校まで送ってあげる」
腕を持って引っ張り立たされ、浴室に押し込まれた。
学校行って、どうすんの、俺。
あいつに言うの? 好きだって? まさか!
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2020.06.25.Thu.
<1話、前話>
「おはようございます」
駅のホーム。河中が爽やかに笑って立っていた。思わず構えてしまう。昨日自分からしたキスを思い出して顔が熱くなっていく。いやいや、落ち着け俺。忘れろ、あのことは忘れるんだ。
「熱は。もう平気なのか」
「はい、一晩寝たらすっかり」
そんなに簡単に下がるもんなのか?
「また無理してんじゃねえだろな」
考えるより先に体が動いた。手を伸ばし、河中の額に手を当てた。確かに平熱のようだ……と思うと同時に自分のしていることに気付く。パッと手を引っ込め、ポケットに突っ込んだ。何やってんだ俺。
河中が赤い顔で俺を見上げてくる。
「先輩、あの、昨日……の事なんですけど」
「あ、俺、忘れもんした。お前先に行っとけ」
「えっ、先輩!」
呼び止める河中の声を無視してホームを離れ、改札を出た。駅前のコンビニに駆け込み、適当に雑誌を取り上げ、パラ読みする。内容なんてぜんぜん見てなくて、中/学生みたいに心臓をドキドキさせていた。
どうしよう。あいつの顔、まともに見られない。ほんとにどうした俺。相手はあの河中だぞ。いくら顔が可愛くても俺と同じ男だぞ。そうだよ、男同士なんだよ。なのにどうしてあんなに可愛い顔してんだよ。なに無駄にいい匂いさせてんだよ。あんな熱っぽい目で俺を見るなよ。どうしてあいつ、男なんだよ……。
あいつが女だったら……女だったら、もっと簡単に事は片付いたんだ。ドキドキしたって気持ちが惹かれたって何も不思議はない。あいつが男だってことが大問題なんだ。
女じゃなく、男だから、だから、つまりは俺……。
とにかく今日はあいつに会っちゃいかん。会えばみっともない醜態をさらすだけだし、戸田にもなんて突っ込まれるかわかったもんじゃない。
家に帰っても親がいるし、どこかで時間を潰すか。時計を見る。もう学校に行ってるかもしれないと思ったが、森下さんに電話をしたら繋がった。
「今から会える?」
『ええ? 今から? どうしたの、何かあったのか?』
「大有りだよ。俺、いま人生で一番最悪な選択を迫られてるかもしんない」
『何かよくわからないけど……相当困ってるんだな。わかった、迎えに行くよ。今どこ?』
居場所を伝え、コンビニで立ち読みをして時間を潰した。30分後、コンビニの前に乗りつけた森下さんの車に乗り込み、更に30分後、森下さんの部屋についた。
向き合って座りながら、俯いて黙っている俺に、
「ねぇ、さっきから溜息ばっかり。相談したい事があるから俺を呼んだんじゃないの?」
呆れ顔で森下さんが言う。相談……。するつもりで森下さんを呼んだんだろうか。よくわからん。もうわからん!
「あああぁぁ!!!」
喚いて頭をかきむしった。
「やろう!」
森下さんの手を掴む。
「やるって……朝から? どうしたの重夫。今日ほんとに変だよ」
「変なんだよ、もうとっくに! 昨日から! 自分でもそんなことわかってんだよ!」
怒鳴りながら森下さんに抱きついた。それを抱きとめた森下さんが俺の頭を撫でる。
「とりあえず落ち着こうか。話聞くから。何があったの? 何をそんなに悩んでるの?」
「……言いたくねえ」
「それじゃ相談に乗れないよ」
「言えるかよ、あんな……恥ずかしいこと」
まさか自分から河中にキスして、まともに顔も見られないくらいドキドキしてるなんて口が裂けても言えない。言ったら俺の中で何かが終わる気がする。
「もしかして……以前、君の体中にキスマークを作った一年生のことで悩んでるのか?」
ガバッと顔をあげた。どうしてわかったんだ。森下さんは目を細め「やっぱりそうなんだ」と微笑んだ。
「俺、死にたい」
再び森下さんの胸に顔を埋める。ユニセックスな香水の匂い。少し気分が落ち着く。少なくとも河中の甘ったるい匂いを忘れられる。
「どうして死にたくなるんだ?」
「俺らしくないから」
「もしかして、その子のこと、す」
「言うな!」
途中で遮った。その言葉を言われたら終わりだ。あいつとはもうやってけない。俺は今のままがいいのに、それを認めたらもう先輩後輩でなくなる。お気に入りのおもちゃでも、そこに油性マジックで自分の名前を書きたくない。
「別にいいんじゃないの? 付き合ってる彼女に悪い?」
「そういうんじゃなくて!」
「男同士だから? さんざん俺と寝たのに今更?」
「だから!」
顔をあげて森下さんを睨む。今の俺の顔、きっと真っ赤だ。
「だって……俺もあいつも男なんだぞ。絶対うまくいかないって! どっちかが浮気して終わるに決まってんだ」
「まぁ、その可能性はあるけど。そんな事気にしてるの? 彼女がいるのに俺とセックスしてる君が?」
「あんたには一切恋愛感情ないから」
あ、森下さんの目が据わった。横を向いて溜息をつく。
「そうだったね、前から言ってたもんね。俺とは体だけの気楽な関係だって。だからって……他の男の相談してくるなんてちょっと無神経なんじゃないか? 俺は君に好意を持ってるのに」
「いや、持たれても困る」
言ってからマズッたと思った。森下さんはまたわざとらしく溜息をついた。口の端をあげた皮肉な笑みを浮かべて、呆れきった目が俺を見ている。
「はぁ、なるほどねぇ、そういうことか。君が自由に遊んでいられるのはそういう理由か。気持ちがないうちは君は好き勝手に誰とでも遊びで寝ることが出来る。でも『気に入った』相手とは終わらない関係を選ぼうとする。前に言ってたよね、どうせいつか終わるのに、くだらない感情に振り回されたくないって。その子とは終わらせたくないから、そんなに悩んでるんだろう?」
つまるところ、そういうわけだった。
ハルが丸くなってるー!(>q<)
「おはようございます」
駅のホーム。河中が爽やかに笑って立っていた。思わず構えてしまう。昨日自分からしたキスを思い出して顔が熱くなっていく。いやいや、落ち着け俺。忘れろ、あのことは忘れるんだ。
「熱は。もう平気なのか」
「はい、一晩寝たらすっかり」
そんなに簡単に下がるもんなのか?
「また無理してんじゃねえだろな」
考えるより先に体が動いた。手を伸ばし、河中の額に手を当てた。確かに平熱のようだ……と思うと同時に自分のしていることに気付く。パッと手を引っ込め、ポケットに突っ込んだ。何やってんだ俺。
河中が赤い顔で俺を見上げてくる。
「先輩、あの、昨日……の事なんですけど」
「あ、俺、忘れもんした。お前先に行っとけ」
「えっ、先輩!」
呼び止める河中の声を無視してホームを離れ、改札を出た。駅前のコンビニに駆け込み、適当に雑誌を取り上げ、パラ読みする。内容なんてぜんぜん見てなくて、中/学生みたいに心臓をドキドキさせていた。
どうしよう。あいつの顔、まともに見られない。ほんとにどうした俺。相手はあの河中だぞ。いくら顔が可愛くても俺と同じ男だぞ。そうだよ、男同士なんだよ。なのにどうしてあんなに可愛い顔してんだよ。なに無駄にいい匂いさせてんだよ。あんな熱っぽい目で俺を見るなよ。どうしてあいつ、男なんだよ……。
あいつが女だったら……女だったら、もっと簡単に事は片付いたんだ。ドキドキしたって気持ちが惹かれたって何も不思議はない。あいつが男だってことが大問題なんだ。
女じゃなく、男だから、だから、つまりは俺……。
とにかく今日はあいつに会っちゃいかん。会えばみっともない醜態をさらすだけだし、戸田にもなんて突っ込まれるかわかったもんじゃない。
家に帰っても親がいるし、どこかで時間を潰すか。時計を見る。もう学校に行ってるかもしれないと思ったが、森下さんに電話をしたら繋がった。
「今から会える?」
『ええ? 今から? どうしたの、何かあったのか?』
「大有りだよ。俺、いま人生で一番最悪な選択を迫られてるかもしんない」
『何かよくわからないけど……相当困ってるんだな。わかった、迎えに行くよ。今どこ?』
居場所を伝え、コンビニで立ち読みをして時間を潰した。30分後、コンビニの前に乗りつけた森下さんの車に乗り込み、更に30分後、森下さんの部屋についた。
向き合って座りながら、俯いて黙っている俺に、
「ねぇ、さっきから溜息ばっかり。相談したい事があるから俺を呼んだんじゃないの?」
呆れ顔で森下さんが言う。相談……。するつもりで森下さんを呼んだんだろうか。よくわからん。もうわからん!
「あああぁぁ!!!」
喚いて頭をかきむしった。
「やろう!」
森下さんの手を掴む。
「やるって……朝から? どうしたの重夫。今日ほんとに変だよ」
「変なんだよ、もうとっくに! 昨日から! 自分でもそんなことわかってんだよ!」
怒鳴りながら森下さんに抱きついた。それを抱きとめた森下さんが俺の頭を撫でる。
「とりあえず落ち着こうか。話聞くから。何があったの? 何をそんなに悩んでるの?」
「……言いたくねえ」
「それじゃ相談に乗れないよ」
「言えるかよ、あんな……恥ずかしいこと」
まさか自分から河中にキスして、まともに顔も見られないくらいドキドキしてるなんて口が裂けても言えない。言ったら俺の中で何かが終わる気がする。
「もしかして……以前、君の体中にキスマークを作った一年生のことで悩んでるのか?」
ガバッと顔をあげた。どうしてわかったんだ。森下さんは目を細め「やっぱりそうなんだ」と微笑んだ。
「俺、死にたい」
再び森下さんの胸に顔を埋める。ユニセックスな香水の匂い。少し気分が落ち着く。少なくとも河中の甘ったるい匂いを忘れられる。
「どうして死にたくなるんだ?」
「俺らしくないから」
「もしかして、その子のこと、す」
「言うな!」
途中で遮った。その言葉を言われたら終わりだ。あいつとはもうやってけない。俺は今のままがいいのに、それを認めたらもう先輩後輩でなくなる。お気に入りのおもちゃでも、そこに油性マジックで自分の名前を書きたくない。
「別にいいんじゃないの? 付き合ってる彼女に悪い?」
「そういうんじゃなくて!」
「男同士だから? さんざん俺と寝たのに今更?」
「だから!」
顔をあげて森下さんを睨む。今の俺の顔、きっと真っ赤だ。
「だって……俺もあいつも男なんだぞ。絶対うまくいかないって! どっちかが浮気して終わるに決まってんだ」
「まぁ、その可能性はあるけど。そんな事気にしてるの? 彼女がいるのに俺とセックスしてる君が?」
「あんたには一切恋愛感情ないから」
あ、森下さんの目が据わった。横を向いて溜息をつく。
「そうだったね、前から言ってたもんね。俺とは体だけの気楽な関係だって。だからって……他の男の相談してくるなんてちょっと無神経なんじゃないか? 俺は君に好意を持ってるのに」
「いや、持たれても困る」
言ってからマズッたと思った。森下さんはまたわざとらしく溜息をついた。口の端をあげた皮肉な笑みを浮かべて、呆れきった目が俺を見ている。
「はぁ、なるほどねぇ、そういうことか。君が自由に遊んでいられるのはそういう理由か。気持ちがないうちは君は好き勝手に誰とでも遊びで寝ることが出来る。でも『気に入った』相手とは終わらない関係を選ぼうとする。前に言ってたよね、どうせいつか終わるのに、くだらない感情に振り回されたくないって。その子とは終わらせたくないから、そんなに悩んでるんだろう?」
つまるところ、そういうわけだった。
ハルが丸くなってるー!(>q<)
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君が笑った、明日は晴れ(83/89)
2020.06.24.Wed.
<1話、前話>
昨日からの微熱は、今朝になって微熱どころではなくなっていた。
体温計で計ると38度2分。どうりで体中が熱いはずだ。昨日の体育倉庫での一件、浦野へのひどい仕打ちの罰だと甘んじて受け入れる。
あれから浦野はどうしただろう。宮本さん、ちゃんとうまくあいつを慰めてくれたかな。そのことが気になって昨夜はよく眠れなかった。うなされて目が覚めたらこの様。自業自得だから仕方が無い。
支度をして家を出る。休んでも良かったが、浦野のことが気になって学校に行くことにした。先輩の顔を一目みたいという思いもある。
口の中が熱い。体がダルイ。歩いているだけで辛い。途中コンビニに入って水を買った。それを飲んで口の熱をさまし、咽喉を潤わせてまた駅に向かって歩く。
汗をかいてきた。腕時計を見るといつも乗る電車の時間が迫っていた。この調子だと間に合わない。先輩はきっと先に行ってしまっただろう。僕が宮本さんと寝たことを知って怒っているから、待ってくれるなんて甘い期待は持たないほうがいい。
案の定、駅のホームに到着しっとき先輩の姿はなかった。一本あとの電車に乗り込み、学校へ。
熱はどんどんあがっていくようだった。教室についた時には立っているのも辛くて机につっぷした。
気付いたクラスメイトが声をかけてくる。熱がある、と話すと額に手を当てられ、驚かれた。そんなに熱かったのだろうか。二人のクラスメイトに付き添われ、朝から保健室のベッドで過ごすことになった。
親に迎えに来てもらうか、と言われたが断った。浦野がどうなったか確認するまでは帰れない。寝不足も手伝って僕は少し眠った。
目が覚めたのは昼過ぎ。眠ったおかげで頭は少しスッキリしていた。引き止める保健医に礼を言って保健室を出る。浦野を探さなきゃ。
と顔を上げた時、廊下に先輩が立っていた。心臓が一瞬で縮こまる。蛇に睨まれた蛙のよう。
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね……だから怒ってるんですよね」
熱と緊張とで咽喉がカラカラに乾き、声を出すのがやっと。
「そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
浦野。あいつ、ちゃんと学校には来てるんだ。良かった。宮本さんと一緒だってことはあの二人うまくいったんだろうか。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
「笑ってたけど……」
良かった。本当に良かった。安堵から涙が出た。
浦野にひどいことをした。宮本さんを利用した。好きでもない人に抱かれた。これで失敗して何もかも無駄になったら僕は立ち直れない。
僕だってあんなことしたくなかった。全ては先輩に浦野を近づけさせないため。先輩を僕一人で独占するため。
だから他人を利用して傷つけることもしてきた。あの二人には本当に悪いことをしたと思っている。
だから浦野が笑っている、と聞いた時は体から力が抜けた。張り詰めていたものが切れて涙が止まらなかった。
先輩が何か言っているのは聞こえたが、熱のせいもあって、何も反応できなかった。
熱があがっていく僕の体がふわりと宙に浮いた。眩暈かと思ったら先輩に抱き上げられていた。目の前に先輩の顔。反射的に抱きついた。
保健室に運ばれ、さっきまで僕が使っていたベッドの上に寝かされた。離れていく先輩の体温。悲しくなってまた泣けてきた。
先輩が僕の背中をさする。優しい目が僕を見ながら額に手をあてた。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
なんて言う。先輩が優しいのは僕に怒っているから。どうでもいい奴には優しいから。僕には本気で相手をする価値もなくなったから。
「い、いや」
嫌だ、嫌だ。こんなのは嫌だ。先輩じゃない。こんな風に優しくされたくない。他の大勢と同じ扱いなんて嫌だ。そんなの寂しすぎる。僕が欲しかったのはこんなものじゃない。
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから、僕を見捨てないで。嫌わないで」
「わかったから落ち着け」
立ち上がった先輩は棚から冷却シートを見つけ出し、それを僕の額にはりつけた。
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
本気でそう思った。先輩を思って悩むあまり自殺未遂までしたことがある。嫌われて見捨てられたらもう生きていられない。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
先輩は苦笑しながら僕の目尻の涙を拭った。その手が今度は僕の前髪をかきあげ、熱い頬を包み込んだ。
「先輩……」
黙っている先輩の顔に見とれた。格好いい。僕の好きな人。僕だけの人。世界で一番誰よりも好き。
先輩の顔が近づいてきて、僕の口を塞いだ。すっと舌が入ってきて、熱い口の中で僕の舌を吸う。あれ、これってキスだよね……。先輩が僕に? 熱のせいかな。熱のせいで幻覚みてるのかな。
でも舌の感触は生々しくてリアル。煽られて熱がどんどん上がっていく。
不意に先輩が離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
離れていかないで。僕のそばにいて。後ずさる先輩に手を伸ばした。でも先輩は手を掴んでくれなくて、保健室から出て行ってしまった。
かわりに保健医のおばちゃんが僕の横にきて何か話をしてくる。僕は目を閉じた。眼も目蓋も熱い。頭が沸騰したみたいに煮えたぎっている。やっぱり夢だったのかな。
昨日からの微熱は、今朝になって微熱どころではなくなっていた。
体温計で計ると38度2分。どうりで体中が熱いはずだ。昨日の体育倉庫での一件、浦野へのひどい仕打ちの罰だと甘んじて受け入れる。
あれから浦野はどうしただろう。宮本さん、ちゃんとうまくあいつを慰めてくれたかな。そのことが気になって昨夜はよく眠れなかった。うなされて目が覚めたらこの様。自業自得だから仕方が無い。
支度をして家を出る。休んでも良かったが、浦野のことが気になって学校に行くことにした。先輩の顔を一目みたいという思いもある。
口の中が熱い。体がダルイ。歩いているだけで辛い。途中コンビニに入って水を買った。それを飲んで口の熱をさまし、咽喉を潤わせてまた駅に向かって歩く。
汗をかいてきた。腕時計を見るといつも乗る電車の時間が迫っていた。この調子だと間に合わない。先輩はきっと先に行ってしまっただろう。僕が宮本さんと寝たことを知って怒っているから、待ってくれるなんて甘い期待は持たないほうがいい。
案の定、駅のホームに到着しっとき先輩の姿はなかった。一本あとの電車に乗り込み、学校へ。
熱はどんどんあがっていくようだった。教室についた時には立っているのも辛くて机につっぷした。
気付いたクラスメイトが声をかけてくる。熱がある、と話すと額に手を当てられ、驚かれた。そんなに熱かったのだろうか。二人のクラスメイトに付き添われ、朝から保健室のベッドで過ごすことになった。
親に迎えに来てもらうか、と言われたが断った。浦野がどうなったか確認するまでは帰れない。寝不足も手伝って僕は少し眠った。
目が覚めたのは昼過ぎ。眠ったおかげで頭は少しスッキリしていた。引き止める保健医に礼を言って保健室を出る。浦野を探さなきゃ。
と顔を上げた時、廊下に先輩が立っていた。心臓が一瞬で縮こまる。蛇に睨まれた蛙のよう。
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね……だから怒ってるんですよね」
熱と緊張とで咽喉がカラカラに乾き、声を出すのがやっと。
「そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
浦野。あいつ、ちゃんと学校には来てるんだ。良かった。宮本さんと一緒だってことはあの二人うまくいったんだろうか。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
「笑ってたけど……」
良かった。本当に良かった。安堵から涙が出た。
浦野にひどいことをした。宮本さんを利用した。好きでもない人に抱かれた。これで失敗して何もかも無駄になったら僕は立ち直れない。
僕だってあんなことしたくなかった。全ては先輩に浦野を近づけさせないため。先輩を僕一人で独占するため。
だから他人を利用して傷つけることもしてきた。あの二人には本当に悪いことをしたと思っている。
だから浦野が笑っている、と聞いた時は体から力が抜けた。張り詰めていたものが切れて涙が止まらなかった。
先輩が何か言っているのは聞こえたが、熱のせいもあって、何も反応できなかった。
熱があがっていく僕の体がふわりと宙に浮いた。眩暈かと思ったら先輩に抱き上げられていた。目の前に先輩の顔。反射的に抱きついた。
保健室に運ばれ、さっきまで僕が使っていたベッドの上に寝かされた。離れていく先輩の体温。悲しくなってまた泣けてきた。
先輩が僕の背中をさする。優しい目が僕を見ながら額に手をあてた。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
なんて言う。先輩が優しいのは僕に怒っているから。どうでもいい奴には優しいから。僕には本気で相手をする価値もなくなったから。
「い、いや」
嫌だ、嫌だ。こんなのは嫌だ。先輩じゃない。こんな風に優しくされたくない。他の大勢と同じ扱いなんて嫌だ。そんなの寂しすぎる。僕が欲しかったのはこんなものじゃない。
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから、僕を見捨てないで。嫌わないで」
「わかったから落ち着け」
立ち上がった先輩は棚から冷却シートを見つけ出し、それを僕の額にはりつけた。
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
本気でそう思った。先輩を思って悩むあまり自殺未遂までしたことがある。嫌われて見捨てられたらもう生きていられない。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
先輩は苦笑しながら僕の目尻の涙を拭った。その手が今度は僕の前髪をかきあげ、熱い頬を包み込んだ。
「先輩……」
黙っている先輩の顔に見とれた。格好いい。僕の好きな人。僕だけの人。世界で一番誰よりも好き。
先輩の顔が近づいてきて、僕の口を塞いだ。すっと舌が入ってきて、熱い口の中で僕の舌を吸う。あれ、これってキスだよね……。先輩が僕に? 熱のせいかな。熱のせいで幻覚みてるのかな。
でも舌の感触は生々しくてリアル。煽られて熱がどんどん上がっていく。
不意に先輩が離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
離れていかないで。僕のそばにいて。後ずさる先輩に手を伸ばした。でも先輩は手を掴んでくれなくて、保健室から出て行ってしまった。
かわりに保健医のおばちゃんが僕の横にきて何か話をしてくる。僕は目を閉じた。眼も目蓋も熱い。頭が沸騰したみたいに煮えたぎっている。やっぱり夢だったのかな。
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君が笑った、明日は晴れ(82/89)
2020.06.23.Tue.
<1話、前話>
依然泣き続ける河中の背中を見ながらため息をつく。
「そんなに辛いなら学校に来るなよな」
しゃくりあげる胸が苦しそうだった。ベッドの端に腰をおろし、震える背中をさすってやる。華奢な体。どうしてそこまで無理をして登校してきたのか。俺だったら平熱以上の熱を出したら絶対学校をサボ……休むのに。
「先生がお前の親を呼びに行ったから、もう少しの辛抱、な」
背中越しに顔を覗き込む。握り締めた手を顔の前で交差している。その手を掴んで剥がした。涙でぐちゃぐちゃの泣き顔。子供みたいだ。
額に手をやる。熱い。河中の嗚咽が大きくなる。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
「い、いや」
河中は体ごとこちらを向いて俺の腰に抱きついてきた。
「いや、いや、優しくしないで。そんなの先輩らしくない。嫌です、怒らないで」
駄々をこねるように首を振る。やれやれ。優しくしたら「らしくない」と言われる俺ってどれだけ性格悪いと思われてるんだ?
「怒ってないから安心しろ。心配してやってるんだ」
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから僕を見捨てないで。嫌わないで」
これも演技なのかと一瞬疑ったが、さすがの河中も熱が出て苦しい時に必死になってまで嘘はつかないだろう。俺を好きだって気持ちは本気なんだと信じてやってもいい。
「わかったから落ち着け」
河中の肩をもって引き剥がし、ベッドに寝かせる。涙で濡れる目が不安そうに俺を見ている。
ベッドから立ち上がって棚を物色した。冷却シートを見つけ、それを河中の額に貼り付ける。
「馬鹿だろ、お前。熱があるなら休めよ」
「だって……先輩に会いたかったし、浦野のことも心配だったから……」
「浦野の何が心配なんだ? そういえばさっき騙したとかなんとかって言ってたな。あいつに何したんだ?」
「僕、あいつにひどいことしたんです……」
河中の目にまた涙が溢れてきた。今はこいつを興奮させるようなことは避けた方がよさそうだ。
「それはまた今度聞く。今日はゆっくりしてろ」
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
俺の腕を掴み、縋るような目で切実に言ってくる。いったい何をしでかしたんだ、こいつは。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
苦笑し、俺を掴む熱い手をはなした。涙が目尻からポタッとベッドのシーツに零れて落ちた。それを指で拭ってやる。ギュッと目を閉じた河中の前髪をかきあげ、熱い頬に手を添える。
「先輩……」
目を開いた河中の潤んだ目。囁く河中の唇。隙間から見える赤い舌。
誘われるように口を寄せた。絡める舌がとても熱い。
「んっ、ふ」
河中の吐息にハッと我に返った。慌てて河中から離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
「先輩……」
呆然と呟く河中を直視できなくて目を逸らした。顔が熱くなっていく。やばい、これ、やばい!
「先生、遅いな」
ベッドから離れた。
「先輩、こっち来て」
河中が手を伸ばしてくる。ひたむきな目が俺を見ている。俺の心臓はドクドク脈打ち、その音がうるさくて耳を塞ぎたくなった。
「先輩」
抗えない何かを感じ、一歩踏み出した。思わず生唾を飲み込む。
「か」
河中。そう呼びかけて「どうするつもりなんだ?」とわずかに残った冷静な部分が思う。引き寄せられるようにまた足を前に出そうとした時、
「お待たせ!」
扉がガラリと開き、保健医のおばちゃんが戻ってきた。緊縛から解かれたように、ほっと体から力が抜けた。助かった、咄嗟にそう思った。
「じゃ、俺はこれで」
「悪かったわね、ご苦労様」
河中の視線を感じながら保健室をあとにした。
階段をかけあがる。顔が熱い。体が熱い。心臓が締め付けられたように痛い。なんだよ、今の。なんで俺、あいつにキスなんかした?
あいつがあんな顔をしてるから……。あんな濡れた目で、誘うように口を開いて、紅潮した顔で、擦れた声で俺を呼ぶから……。
河中の顔にはもう慣れたつもりだったのに、熱に浮かされたあいつを見て欲情してしまった。よりによって河中に!
※ ※ ※
放課後、正気を取り戻すために律子を呼び出した。ホテルに連れ込んでキスしたら、河中の唇を生々しく思い出した。
なんでだ。あいつとはもう何度もキスしただろ。それ以上のことも。それなのにどうして今日はこんなに胸がドキドキ騒ぐんだ。
律子の胸に顔を埋めながら頭に浮かぶのは河中のこと。あの華奢で熱い体。あの芳香。あの顔。あの唇。あの声。あの吐息。
股間が痛いくらいに反応を見せる。律子に興奮しているんじゃない。河中に発情してる。
今日の俺は変だ。律子を抱きながらあいつの顔がだぶって見える。振り払っても、今度は首筋にあいつの細い腕が絡まりついた感触が甦ってくる。
もうやめて。
律子の声が聞こえた。止められない。挿入を繰り返す。頭が真っ白になっていく。無表情に腰を打ちつける俺を律子が怯えた目で見ている。そんなはずはないのに河中の匂いをかいだ気がした。
律子の乳房を鷲掴み、より一層激しく腰を振った。
獣じみた呻き声をあげ、噴き上げる。ギュッと締め付けられ、慌てて腰を引き抜いた。
膣痙攣かと思ったが違った。律子は気を失い、ベッドの上に四肢を投げ出し伸びていた。
「あ、俺……」
我に返って言葉をなくす。溜息をつきながらベッドに座りこんだ。
おかしい。おかしいぞ、俺は。何をどう間違った。なんだこの感情は。まさか。まさか。認めるのが怖い。そっちを向くことも恐ろしい。目を逸らした先に河中の幻影。
頭を掻き毟る。落ち着け俺。これは何かの間違いだ。取り上げられたおもちゃが自分の手許に戻ってきたから、少し舞い上がって興奮してるだけだ。
そりゃあちょっとはお気に入りのおもちゃだったと認めてやろう。でも、それだけの事だ。あのおもちゃは俺にとって必要不可欠なものではない。暇つぶしに遊ぶには丁度いいってだけで、他の誰があれで遊ぼうが俺には関係ないし、俺のものだと目くじら立てるつもりもない。
それなのになんだ、この心もとない感じは。意味のわからない高揚感は。
あいつが本気で俺を好きだってことがわかって、何をこんなに浮かれて昂って喜んでるんだ。
有り得ない。こんなのおかしい。
忘れよう。今日のことは忘れよう。きれいサッパリ忘れてしまおう。
依然泣き続ける河中の背中を見ながらため息をつく。
「そんなに辛いなら学校に来るなよな」
しゃくりあげる胸が苦しそうだった。ベッドの端に腰をおろし、震える背中をさすってやる。華奢な体。どうしてそこまで無理をして登校してきたのか。俺だったら平熱以上の熱を出したら絶対学校をサボ……休むのに。
「先生がお前の親を呼びに行ったから、もう少しの辛抱、な」
背中越しに顔を覗き込む。握り締めた手を顔の前で交差している。その手を掴んで剥がした。涙でぐちゃぐちゃの泣き顔。子供みたいだ。
額に手をやる。熱い。河中の嗚咽が大きくなる。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
「い、いや」
河中は体ごとこちらを向いて俺の腰に抱きついてきた。
「いや、いや、優しくしないで。そんなの先輩らしくない。嫌です、怒らないで」
駄々をこねるように首を振る。やれやれ。優しくしたら「らしくない」と言われる俺ってどれだけ性格悪いと思われてるんだ?
「怒ってないから安心しろ。心配してやってるんだ」
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから僕を見捨てないで。嫌わないで」
これも演技なのかと一瞬疑ったが、さすがの河中も熱が出て苦しい時に必死になってまで嘘はつかないだろう。俺を好きだって気持ちは本気なんだと信じてやってもいい。
「わかったから落ち着け」
河中の肩をもって引き剥がし、ベッドに寝かせる。涙で濡れる目が不安そうに俺を見ている。
ベッドから立ち上がって棚を物色した。冷却シートを見つけ、それを河中の額に貼り付ける。
「馬鹿だろ、お前。熱があるなら休めよ」
「だって……先輩に会いたかったし、浦野のことも心配だったから……」
「浦野の何が心配なんだ? そういえばさっき騙したとかなんとかって言ってたな。あいつに何したんだ?」
「僕、あいつにひどいことしたんです……」
河中の目にまた涙が溢れてきた。今はこいつを興奮させるようなことは避けた方がよさそうだ。
「それはまた今度聞く。今日はゆっくりしてろ」
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
俺の腕を掴み、縋るような目で切実に言ってくる。いったい何をしでかしたんだ、こいつは。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
苦笑し、俺を掴む熱い手をはなした。涙が目尻からポタッとベッドのシーツに零れて落ちた。それを指で拭ってやる。ギュッと目を閉じた河中の前髪をかきあげ、熱い頬に手を添える。
「先輩……」
目を開いた河中の潤んだ目。囁く河中の唇。隙間から見える赤い舌。
誘われるように口を寄せた。絡める舌がとても熱い。
「んっ、ふ」
河中の吐息にハッと我に返った。慌てて河中から離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
「先輩……」
呆然と呟く河中を直視できなくて目を逸らした。顔が熱くなっていく。やばい、これ、やばい!
「先生、遅いな」
ベッドから離れた。
「先輩、こっち来て」
河中が手を伸ばしてくる。ひたむきな目が俺を見ている。俺の心臓はドクドク脈打ち、その音がうるさくて耳を塞ぎたくなった。
「先輩」
抗えない何かを感じ、一歩踏み出した。思わず生唾を飲み込む。
「か」
河中。そう呼びかけて「どうするつもりなんだ?」とわずかに残った冷静な部分が思う。引き寄せられるようにまた足を前に出そうとした時、
「お待たせ!」
扉がガラリと開き、保健医のおばちゃんが戻ってきた。緊縛から解かれたように、ほっと体から力が抜けた。助かった、咄嗟にそう思った。
「じゃ、俺はこれで」
「悪かったわね、ご苦労様」
河中の視線を感じながら保健室をあとにした。
階段をかけあがる。顔が熱い。体が熱い。心臓が締め付けられたように痛い。なんだよ、今の。なんで俺、あいつにキスなんかした?
あいつがあんな顔をしてるから……。あんな濡れた目で、誘うように口を開いて、紅潮した顔で、擦れた声で俺を呼ぶから……。
河中の顔にはもう慣れたつもりだったのに、熱に浮かされたあいつを見て欲情してしまった。よりによって河中に!
※ ※ ※
放課後、正気を取り戻すために律子を呼び出した。ホテルに連れ込んでキスしたら、河中の唇を生々しく思い出した。
なんでだ。あいつとはもう何度もキスしただろ。それ以上のことも。それなのにどうして今日はこんなに胸がドキドキ騒ぐんだ。
律子の胸に顔を埋めながら頭に浮かぶのは河中のこと。あの華奢で熱い体。あの芳香。あの顔。あの唇。あの声。あの吐息。
股間が痛いくらいに反応を見せる。律子に興奮しているんじゃない。河中に発情してる。
今日の俺は変だ。律子を抱きながらあいつの顔がだぶって見える。振り払っても、今度は首筋にあいつの細い腕が絡まりついた感触が甦ってくる。
もうやめて。
律子の声が聞こえた。止められない。挿入を繰り返す。頭が真っ白になっていく。無表情に腰を打ちつける俺を律子が怯えた目で見ている。そんなはずはないのに河中の匂いをかいだ気がした。
律子の乳房を鷲掴み、より一層激しく腰を振った。
獣じみた呻き声をあげ、噴き上げる。ギュッと締め付けられ、慌てて腰を引き抜いた。
膣痙攣かと思ったが違った。律子は気を失い、ベッドの上に四肢を投げ出し伸びていた。
「あ、俺……」
我に返って言葉をなくす。溜息をつきながらベッドに座りこんだ。
おかしい。おかしいぞ、俺は。何をどう間違った。なんだこの感情は。まさか。まさか。認めるのが怖い。そっちを向くことも恐ろしい。目を逸らした先に河中の幻影。
頭を掻き毟る。落ち着け俺。これは何かの間違いだ。取り上げられたおもちゃが自分の手許に戻ってきたから、少し舞い上がって興奮してるだけだ。
そりゃあちょっとはお気に入りのおもちゃだったと認めてやろう。でも、それだけの事だ。あのおもちゃは俺にとって必要不可欠なものではない。暇つぶしに遊ぶには丁度いいってだけで、他の誰があれで遊ぼうが俺には関係ないし、俺のものだと目くじら立てるつもりもない。
それなのになんだ、この心もとない感じは。意味のわからない高揚感は。
あいつが本気で俺を好きだってことがわかって、何をこんなに浮かれて昂って喜んでるんだ。
有り得ない。こんなのおかしい。
忘れよう。今日のことは忘れよう。きれいサッパリ忘れてしまおう。
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2020.06.22.Mon.
<1話、前話>
「失礼します」
と、中の保健医に頭をさげた河中がこちらに向きなおり、俺を見つけて大袈裟に驚いた顔をした。
「先輩……」
呟いて体を硬直させる。
どうして保健室から出てきたんだ、こいつ。
「体調でも悪いのか」
「あ、はい、少し。昨日から熱があって……」
そういえば、昨日そんなことを言っていたっけ。大方昨日は浦野とやりまくって熱があがったんだろう。俺にはまったく関係ない話だ。
「ま、頑張んのもホドホドにな」
「あの! 先輩!」
歩き出した俺を河中が呼び止める。
「なんだ」
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね」
「聞いたけど」
「だから怒ってるんですよね」
「怒ってないって。なんで俺がそんなことに怒んの」
「だって、先輩、優しいから……」
と俯く。俺がブチ切れたら優しくなるって? 戸田に指摘されたことを河中も言ってきた。確かにその通りかもしれない。こいつを前にすると怒りで感情が上ずりなぜか俺の顔に笑みを作るのだ。
「優しくして欲しいって言ってただろ。望み通りにしてやってんだ、喜べよ」
「喜べないですよ……、先輩、怒ってるのに。どうして怒ってるんですか? 怒るのは……もしかして、その、し、嫉妬、してくれたんですか? 僕と、宮本さんのことに」
怒りも頂点を過ぎると熱を失うらしい。さっきまでグツグツ煮えたぎっていた感情が嘘みたいに一瞬で冷めた。
「おまえ、何か勘違いしてんじゃない。おまえがどこの誰と寝ようが俺には関係ねえし。そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
「えっ、宮本さんと?」
弾かれたように河中は顔をあげた。
「あぁ、仲良さそうにしてたぞ。おまえ、浦野と付き合ってんだろ。あぁ、宮本とも寝てんだっけ。おまえらってどういう関係なわけ? 乱れすぎだろ」
皮肉をこめて言ったのに、河中は泣き笑いの顔で「良かった」とその場にへたり込んだ。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
と聞いてくる。
「笑ってたけど……」
なんだ? 様子がおかしいな。
「良かった……」
河中は両手で顔を覆い、肩を震わせ泣き出した。
なんだ? いったい、どういうわけだ? どうして良かった、なんて泣き出すんだ?
「おい、河中」
呼びかけても河中は泣き顔をあげない。しまいにしゃくりあげて、本格的に泣き出した。
「おい、河中って」
肩に手を置いて顔を覗き込む。泣きやむ気配はまったくない。手の隙間から涙がたくさん零れ落ちる。何をこんなに泣くのか。俺は泣かれると弱い。かける言葉を探していたら、保健室の戸が開き、保健医が顔を出した。
「まぁ! 河中君! そんなに辛かったの? そこのあなた、彼を中に入れてちょうだい」
保健医のおばちゃんに言われ、俺は河中の腕を掴んで引っ張り上げた。軟体動物みたいにグニャリと河中の体が崩れる。
「おい、立てよ」
河中は顔の前で腕を交差させ、まだ泣きじゃくっている。歩くつもりも、立つ気もないらしい。舌打ち。河中の腕を肩に抱え、膝の裏に手をまわして抱き上げた。河中の体は驚くほど軽く、驚くほど熱い。
「先輩……っ」
河中が抱き付いてきた。俺の鼻に、ふわりと優しい甘い匂い。
ベッドに河中をおろした。河中は横を向いて体を丸めた。まだ泣きやまない。
「こいつ、どうしたの」
保健医に聞く。
「朝から体調が悪かったらしくてね。遅刻してやって来たのはいいんだけど、授業も受けられなくなってここに運ばれたのよ。熱も39度近くあるから家の人を呼びましょうかって言っても、一人で帰れるから大丈夫ってきかなくて。でもやっぱり無理なようね。私が電話して戻ってくるまで、彼のこと頼んでもいい?」
「まあいいけど」
震える河中の背中を見ながら返事をした。さっきまでの怒りも消えていた。
「じゃ、よろしくね。すぐに戻ってくるから」
保健医のおばちゃんは足早に保健室を出て行った。
「失礼します」
と、中の保健医に頭をさげた河中がこちらに向きなおり、俺を見つけて大袈裟に驚いた顔をした。
「先輩……」
呟いて体を硬直させる。
どうして保健室から出てきたんだ、こいつ。
「体調でも悪いのか」
「あ、はい、少し。昨日から熱があって……」
そういえば、昨日そんなことを言っていたっけ。大方昨日は浦野とやりまくって熱があがったんだろう。俺にはまったく関係ない話だ。
「ま、頑張んのもホドホドにな」
「あの! 先輩!」
歩き出した俺を河中が呼び止める。
「なんだ」
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね」
「聞いたけど」
「だから怒ってるんですよね」
「怒ってないって。なんで俺がそんなことに怒んの」
「だって、先輩、優しいから……」
と俯く。俺がブチ切れたら優しくなるって? 戸田に指摘されたことを河中も言ってきた。確かにその通りかもしれない。こいつを前にすると怒りで感情が上ずりなぜか俺の顔に笑みを作るのだ。
「優しくして欲しいって言ってただろ。望み通りにしてやってんだ、喜べよ」
「喜べないですよ……、先輩、怒ってるのに。どうして怒ってるんですか? 怒るのは……もしかして、その、し、嫉妬、してくれたんですか? 僕と、宮本さんのことに」
怒りも頂点を過ぎると熱を失うらしい。さっきまでグツグツ煮えたぎっていた感情が嘘みたいに一瞬で冷めた。
「おまえ、何か勘違いしてんじゃない。おまえがどこの誰と寝ようが俺には関係ねえし。そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
「えっ、宮本さんと?」
弾かれたように河中は顔をあげた。
「あぁ、仲良さそうにしてたぞ。おまえ、浦野と付き合ってんだろ。あぁ、宮本とも寝てんだっけ。おまえらってどういう関係なわけ? 乱れすぎだろ」
皮肉をこめて言ったのに、河中は泣き笑いの顔で「良かった」とその場にへたり込んだ。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
と聞いてくる。
「笑ってたけど……」
なんだ? 様子がおかしいな。
「良かった……」
河中は両手で顔を覆い、肩を震わせ泣き出した。
なんだ? いったい、どういうわけだ? どうして良かった、なんて泣き出すんだ?
「おい、河中」
呼びかけても河中は泣き顔をあげない。しまいにしゃくりあげて、本格的に泣き出した。
「おい、河中って」
肩に手を置いて顔を覗き込む。泣きやむ気配はまったくない。手の隙間から涙がたくさん零れ落ちる。何をこんなに泣くのか。俺は泣かれると弱い。かける言葉を探していたら、保健室の戸が開き、保健医が顔を出した。
「まぁ! 河中君! そんなに辛かったの? そこのあなた、彼を中に入れてちょうだい」
保健医のおばちゃんに言われ、俺は河中の腕を掴んで引っ張り上げた。軟体動物みたいにグニャリと河中の体が崩れる。
「おい、立てよ」
河中は顔の前で腕を交差させ、まだ泣きじゃくっている。歩くつもりも、立つ気もないらしい。舌打ち。河中の腕を肩に抱え、膝の裏に手をまわして抱き上げた。河中の体は驚くほど軽く、驚くほど熱い。
「先輩……っ」
河中が抱き付いてきた。俺の鼻に、ふわりと優しい甘い匂い。
ベッドに河中をおろした。河中は横を向いて体を丸めた。まだ泣きやまない。
「こいつ、どうしたの」
保健医に聞く。
「朝から体調が悪かったらしくてね。遅刻してやって来たのはいいんだけど、授業も受けられなくなってここに運ばれたのよ。熱も39度近くあるから家の人を呼びましょうかって言っても、一人で帰れるから大丈夫ってきかなくて。でもやっぱり無理なようね。私が電話して戻ってくるまで、彼のこと頼んでもいい?」
「まあいいけど」
震える河中の背中を見ながら返事をした。さっきまでの怒りも消えていた。
「じゃ、よろしくね。すぐに戻ってくるから」
保健医のおばちゃんは足早に保健室を出て行った。
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続・ほんとにあったら怖い話(2/2)
2020.06.22.Mon.
<前話>
夢と現実の狭間のような感覚のなか、父さんに抱えられて風呂場で体を洗われた。まだ熱を持つ肛門に指が入ったときははっきり覚醒して父さんにキスをねだった。
勃起した俺のちんぽを父さんは優しく撫で、フェラでイカせてくれた。精も根も尽き果てぐったりする俺を父さんは寝室へ運び「おやすみ」と額にキスすると寝室を出て行った。リビングのほうから洗い物の音がする。あんなに激しいセックスをしたあとなのに家事をするなんて父さんはタフだ。
ウトウトしていたら携帯電話が震えた。表示された「くそ野郎」という発信元を見てハッと飛び起きた。
声をひそめ、電話に出た。
『明宏、考えてくれたか?』
さっきまで体中を温めていた幸福感が霧散した。本当にただ忌まわしいだけでしかない。
「もう少し待ってよ。今日会ったばっかじゃん」
『向こうがゴネるなら、俺が出てやるからな』
冗談じゃない。父さんとこいつを絶対会わせたくなんかない。でもこいつは俺がどんなに止めてもやってくるだろう。そして非常識なことを父さんに言うだろう。
父さんに迷惑はかけられない。
「……ずっと血の繋がりのない俺を育ててくれたんだ。本当に優しくて良い人なんだ。傷つけたくない」
『優しいな、お前は』
「だから、なにも言わないで出てくよ。父さんが寝てから家を出るから……三時くらいにさっきの場所に迎えに来てくれる?」
『わかった。迎えに行ってやる』
ニヤついた声を聞きたくなくて早々に通話を切った。家事の音に耳を澄ませながら鞄に荷物をつめ、机の下に隠した。
~ ~ ~
0時過ぎになって父さんも寝室へやってきた。布団に入ると、寝たふりをする俺を抱きしめる。父さんの胸に飛び込んで思いきり甘えたいのを堪え、時間が過ぎるのを待った。
父さんも疲れていたらしくすぐ寝息が聞こえてきた。俺を抱きしめる腕の力も緩む。その腕からそっと抜け出した。父さんの寝顔を見下ろす。
母さんにも俺にも、もったいないくらいの良い人だ。優しくて、まっすぐで、人生に一点の曇りもない。そんな父さんに父との接点を持って欲しくない。そこから真っ白できれいな父さんが汚染されてしまう気がする。
軽く揺さぶったり小さく呼びかけたりして、父さんが起きないか試してみた。静かに寝息を立てるだけで起きる気配はない。仕事のあと俺とセックスして家事までこなしたんだ。疲れていて当然。
父さんを起こさないよう服を着替え、机の下に隠しておいた鞄を掴んだ。部屋を出る前に振り返り、父さんの顔を目に焼き付けた。
人目を避けつつ夜の道を静かに移動した。約束の三叉路に、父はいた。
「近くのコンビニに車止めてるから、そこまで歩くぞ」
とあくびをしなが先に歩き出す。
「コンビニって駅前の?」
「いや、携帯ショップのある角のコンビニ」
「そこならこっちの道の方が早いよ」
父は俺の指さすほうを見て方向をかえた。
「荷物はそれだけか?」
「うん。あんまり用意する時間もなかったし」
「本当に何も言わずに出てきたのか? 気付かれなかったか?」
「大丈夫。父さんが寝てるときに出てきたから」
俺は静かに鞄のチャックを開けてなかに手を入れた。
「あれか、お前ら。やっぱり一緒に寝てるのか?」
「えっ?」
「やっぱり俺が話つけてやろうと思って、夜になってからお前らの家に行ったんだ。そしたら妙な声が聞こえてくるから裏にまわってみたら……まあ驚いたなんてもんじゃなかったな。お前、いつからあいつと寝てるんだ?」
振り返った父が俺に笑いかける。酒を飲み母さんと俺に暴力を振るったあと、興奮がおさまらない父が母さんを犯したときによく見せた顔に似ている。
「あれは昨日今日の関係じゃないだろ。ずいぶん仕込まれやがって。どこの淫乱かと思ったぞ。母さんが出てった本当の理由はお前らがデキたからじゃないのか?」
「ち───違う……」
「なにが違うんだ。聞いてるこっちが赤面するようなこと叫びながらイキやがって。あの男、案外最初からお前が目当てだったんじゃないのか?」
俺の父さんをこいつの汚い言葉で穢されていく。目の前が真っ赤になったような気がした。
「調べたらあいつ、金は持ってるっぽいな。田舎だけど山も持ってるようだし。未成年者に手を出した慰謝料くらいもらっておかないとな」
鞄から出した手を振りあげた。ニヤついた顔のまま父はそれを見上げ、何かわかると目を見開いた。俺は手を振り下ろした。鈍い感触と父の呻き声。陥没の形状が同じだと事故死だと思われなくなるかもしれない。だから今度は金槌の側面で父の頭部を殴った。
頭を庇いながら俺から逃げるために父が後ずさる。俺は金槌を持って追い詰める。恐怖に歪んだ顔。そこへもう一発。父の体が大きく傾いで、消えた。見下ろすと、父は長い階段の下にいた。
素早く階段を駆け下り父の傍らに膝をついた。鞄から出した軍手を手にはめ、父のポケットを探る。見つけた携帯電話。着信履歴やメール、データフォルダを確認する。俺への着信があるだけで、父さんとのセックスを記録したデータは出てこなくて安心した。着信履歴には××ローンとか○○金融といった怪しげな名前が並んでいた。俺や母さんへの愛情じゃなく、金に困って会いに来たのだとわかってこれも安堵した。いまさら親子の情に目覚められても迷惑なだけだ。
「んっ……ううっ……」
呻き声がして驚いた。てっきり死んだとばかり思っていたのに父は生きていた。虫の息だ。放っておいてもいずれ死ぬ。でも不安は取り除いておくにこしたことはない。あたりを見渡し、誰もいないことを確認してから、もう一度金槌を振り下ろした。
~ ~ ~
朝から振り続いた雨は夜になっても止む気配がない。
今日は父の通夜だ。最後だから、と祖父母に言われて父の死顔を見た。あの夜血だらけだった顔は修復されて綺麗になっている。ただ生気がないだけ。
父の遺体は朝になって犬の散歩をしていた通行人に発見された。コンビニに車を置きっぱなしにして、別れた元妻の家の近くで死んでいたからうちにも警察が聞きとりにやってきた。母さんがいないと知って警察は一瞬表情を変えたが、半年もまえに男を作って出て行ったと聞くと同情にかわった。
俺は学校帰りに父に会ったこと、その時連絡先を交換し、その夜電話がかかってきたことを話した。母さんを探しているようだ、本当は家にいるんじゃないかと疑っている、ずっと見張ってるからな、と言われたと警察には話した。
通話記録は残っているからうまく嘘と真実を織り交ぜないといけない。アリバイ確認をされたときは父さんが憤慨して警察に抗議してくれた。身内の証言は意味がないと知りつつ、一晩中俺は家にいたと胸を張って言いきってくれた。
俺はその間、突然の実父の訃報に驚きショックを受け、まだ現実が飲みこめず茫然とする子供を演じた。警察が引きあげる頃に、ようやく父の死を実感したように泣いてみせた。
警察は、金に困った父が元嫁を頼ってやってきたのだろう、と思っているようだった。元嫁を見つけだすためにコンビニに車を置いて家の周辺を探っていたら暗い夜道で階段を踏み外し、転落死したと。
俺が警察から話を聞かれたのはその一度だけだ。でもまだ安心はできない。どこに綻びがあるかわからない。
警察が帰ったあと、どうして父に会ったことを黙っていたのかと父さんに少し責められた。一緒に暮らそうと誘われたことを知ったら、父さんは俺を追い出そうとするんじゃないかと思うと怖かった、と話した。これは本当だ。父に会って、俺があんな奴の息子だと知ったら嫌気がさすんじゃないかと怖かった。
父さんは「そんなことあるわけないだろう」と、怒ったように言って俺を抱きしめた。何があっても一生離さない、とも言ってくれた。
俺が父を殺したとは疑っていないようで安心した。
通夜が終わり、葬儀場の近くに取ったホテルへ父さんと戻った。
部屋に入るなり父さんに抱きついてキスした。こんな時に不謹慎だと怒られるかもと思ったが、どうしても父さんが欲しくなった。
父親を亡くした俺が悲しみ動揺しているせいだと思ったようで、父さんは殊更優しく俺を抱いた。
「もう俺には父さんしかいない」
俺と父さん、2人きりだ。まったく悲しみはない。むしろ、その逆。
「大丈夫だよ。母さんの分も、明宏のお父さんの分も、僕がいっぱい愛してあげる。一生そばにいて守ってあげるから」
「ほんとに? 約束できる?」
「ああ、約束する」
何も知らない優しい父さんを騙すのは心苦しいけれど本当のことは絶対言えない。俺は一生父さんから離れない。父さんを離す気もない。もし父さんが俺を捨てて他の女や男を取ったら、その時は──。
「もし嘘ついたら、その時は殺してやるから」
夢と現実の狭間のような感覚のなか、父さんに抱えられて風呂場で体を洗われた。まだ熱を持つ肛門に指が入ったときははっきり覚醒して父さんにキスをねだった。
勃起した俺のちんぽを父さんは優しく撫で、フェラでイカせてくれた。精も根も尽き果てぐったりする俺を父さんは寝室へ運び「おやすみ」と額にキスすると寝室を出て行った。リビングのほうから洗い物の音がする。あんなに激しいセックスをしたあとなのに家事をするなんて父さんはタフだ。
ウトウトしていたら携帯電話が震えた。表示された「くそ野郎」という発信元を見てハッと飛び起きた。
声をひそめ、電話に出た。
『明宏、考えてくれたか?』
さっきまで体中を温めていた幸福感が霧散した。本当にただ忌まわしいだけでしかない。
「もう少し待ってよ。今日会ったばっかじゃん」
『向こうがゴネるなら、俺が出てやるからな』
冗談じゃない。父さんとこいつを絶対会わせたくなんかない。でもこいつは俺がどんなに止めてもやってくるだろう。そして非常識なことを父さんに言うだろう。
父さんに迷惑はかけられない。
「……ずっと血の繋がりのない俺を育ててくれたんだ。本当に優しくて良い人なんだ。傷つけたくない」
『優しいな、お前は』
「だから、なにも言わないで出てくよ。父さんが寝てから家を出るから……三時くらいにさっきの場所に迎えに来てくれる?」
『わかった。迎えに行ってやる』
ニヤついた声を聞きたくなくて早々に通話を切った。家事の音に耳を澄ませながら鞄に荷物をつめ、机の下に隠した。
~ ~ ~
0時過ぎになって父さんも寝室へやってきた。布団に入ると、寝たふりをする俺を抱きしめる。父さんの胸に飛び込んで思いきり甘えたいのを堪え、時間が過ぎるのを待った。
父さんも疲れていたらしくすぐ寝息が聞こえてきた。俺を抱きしめる腕の力も緩む。その腕からそっと抜け出した。父さんの寝顔を見下ろす。
母さんにも俺にも、もったいないくらいの良い人だ。優しくて、まっすぐで、人生に一点の曇りもない。そんな父さんに父との接点を持って欲しくない。そこから真っ白できれいな父さんが汚染されてしまう気がする。
軽く揺さぶったり小さく呼びかけたりして、父さんが起きないか試してみた。静かに寝息を立てるだけで起きる気配はない。仕事のあと俺とセックスして家事までこなしたんだ。疲れていて当然。
父さんを起こさないよう服を着替え、机の下に隠しておいた鞄を掴んだ。部屋を出る前に振り返り、父さんの顔を目に焼き付けた。
人目を避けつつ夜の道を静かに移動した。約束の三叉路に、父はいた。
「近くのコンビニに車止めてるから、そこまで歩くぞ」
とあくびをしなが先に歩き出す。
「コンビニって駅前の?」
「いや、携帯ショップのある角のコンビニ」
「そこならこっちの道の方が早いよ」
父は俺の指さすほうを見て方向をかえた。
「荷物はそれだけか?」
「うん。あんまり用意する時間もなかったし」
「本当に何も言わずに出てきたのか? 気付かれなかったか?」
「大丈夫。父さんが寝てるときに出てきたから」
俺は静かに鞄のチャックを開けてなかに手を入れた。
「あれか、お前ら。やっぱり一緒に寝てるのか?」
「えっ?」
「やっぱり俺が話つけてやろうと思って、夜になってからお前らの家に行ったんだ。そしたら妙な声が聞こえてくるから裏にまわってみたら……まあ驚いたなんてもんじゃなかったな。お前、いつからあいつと寝てるんだ?」
振り返った父が俺に笑いかける。酒を飲み母さんと俺に暴力を振るったあと、興奮がおさまらない父が母さんを犯したときによく見せた顔に似ている。
「あれは昨日今日の関係じゃないだろ。ずいぶん仕込まれやがって。どこの淫乱かと思ったぞ。母さんが出てった本当の理由はお前らがデキたからじゃないのか?」
「ち───違う……」
「なにが違うんだ。聞いてるこっちが赤面するようなこと叫びながらイキやがって。あの男、案外最初からお前が目当てだったんじゃないのか?」
俺の父さんをこいつの汚い言葉で穢されていく。目の前が真っ赤になったような気がした。
「調べたらあいつ、金は持ってるっぽいな。田舎だけど山も持ってるようだし。未成年者に手を出した慰謝料くらいもらっておかないとな」
鞄から出した手を振りあげた。ニヤついた顔のまま父はそれを見上げ、何かわかると目を見開いた。俺は手を振り下ろした。鈍い感触と父の呻き声。陥没の形状が同じだと事故死だと思われなくなるかもしれない。だから今度は金槌の側面で父の頭部を殴った。
頭を庇いながら俺から逃げるために父が後ずさる。俺は金槌を持って追い詰める。恐怖に歪んだ顔。そこへもう一発。父の体が大きく傾いで、消えた。見下ろすと、父は長い階段の下にいた。
素早く階段を駆け下り父の傍らに膝をついた。鞄から出した軍手を手にはめ、父のポケットを探る。見つけた携帯電話。着信履歴やメール、データフォルダを確認する。俺への着信があるだけで、父さんとのセックスを記録したデータは出てこなくて安心した。着信履歴には××ローンとか○○金融といった怪しげな名前が並んでいた。俺や母さんへの愛情じゃなく、金に困って会いに来たのだとわかってこれも安堵した。いまさら親子の情に目覚められても迷惑なだけだ。
「んっ……ううっ……」
呻き声がして驚いた。てっきり死んだとばかり思っていたのに父は生きていた。虫の息だ。放っておいてもいずれ死ぬ。でも不安は取り除いておくにこしたことはない。あたりを見渡し、誰もいないことを確認してから、もう一度金槌を振り下ろした。
~ ~ ~
朝から振り続いた雨は夜になっても止む気配がない。
今日は父の通夜だ。最後だから、と祖父母に言われて父の死顔を見た。あの夜血だらけだった顔は修復されて綺麗になっている。ただ生気がないだけ。
父の遺体は朝になって犬の散歩をしていた通行人に発見された。コンビニに車を置きっぱなしにして、別れた元妻の家の近くで死んでいたからうちにも警察が聞きとりにやってきた。母さんがいないと知って警察は一瞬表情を変えたが、半年もまえに男を作って出て行ったと聞くと同情にかわった。
俺は学校帰りに父に会ったこと、その時連絡先を交換し、その夜電話がかかってきたことを話した。母さんを探しているようだ、本当は家にいるんじゃないかと疑っている、ずっと見張ってるからな、と言われたと警察には話した。
通話記録は残っているからうまく嘘と真実を織り交ぜないといけない。アリバイ確認をされたときは父さんが憤慨して警察に抗議してくれた。身内の証言は意味がないと知りつつ、一晩中俺は家にいたと胸を張って言いきってくれた。
俺はその間、突然の実父の訃報に驚きショックを受け、まだ現実が飲みこめず茫然とする子供を演じた。警察が引きあげる頃に、ようやく父の死を実感したように泣いてみせた。
警察は、金に困った父が元嫁を頼ってやってきたのだろう、と思っているようだった。元嫁を見つけだすためにコンビニに車を置いて家の周辺を探っていたら暗い夜道で階段を踏み外し、転落死したと。
俺が警察から話を聞かれたのはその一度だけだ。でもまだ安心はできない。どこに綻びがあるかわからない。
警察が帰ったあと、どうして父に会ったことを黙っていたのかと父さんに少し責められた。一緒に暮らそうと誘われたことを知ったら、父さんは俺を追い出そうとするんじゃないかと思うと怖かった、と話した。これは本当だ。父に会って、俺があんな奴の息子だと知ったら嫌気がさすんじゃないかと怖かった。
父さんは「そんなことあるわけないだろう」と、怒ったように言って俺を抱きしめた。何があっても一生離さない、とも言ってくれた。
俺が父を殺したとは疑っていないようで安心した。
通夜が終わり、葬儀場の近くに取ったホテルへ父さんと戻った。
部屋に入るなり父さんに抱きついてキスした。こんな時に不謹慎だと怒られるかもと思ったが、どうしても父さんが欲しくなった。
父親を亡くした俺が悲しみ動揺しているせいだと思ったようで、父さんは殊更優しく俺を抱いた。
「もう俺には父さんしかいない」
俺と父さん、2人きりだ。まったく悲しみはない。むしろ、その逆。
「大丈夫だよ。母さんの分も、明宏のお父さんの分も、僕がいっぱい愛してあげる。一生そばにいて守ってあげるから」
「ほんとに? 約束できる?」
「ああ、約束する」
何も知らない優しい父さんを騙すのは心苦しいけれど本当のことは絶対言えない。俺は一生父さんから離れない。父さんを離す気もない。もし父さんが俺を捨てて他の女や男を取ったら、その時は──。
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