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君が笑った、明日は晴れ(51/89)

2020.05.23.Sat.
1話前話

 今日は曇りで客の入りはいまいちだった。

 だから従業員みんな手持ち無沙汰になることが多く、暇な時間を持て余し気味だった。

「一昨日、彼女が来たんだって?」

 俺が休みの昨日、律子がきた事をバイトの誰かから聞いたらしい森下さんが、俺の隣に来て言った。

「すごい可愛いらしいじゃないか」
「まぁ、ふつうですよ」

 彼女を褒められて悪い気はしない。

 律子は今まで付き合った女の中で一番外見がいい。歩いているだけですれ違う男が振り返ってまで律子を見てくるくらいだ。

「彼女がいるのに女目当てでここでバイトしてるのか? 呆れた奴だな」
「それとこれとは別でしょ」

 実際、別問題だ。律子と付き合っていたって他の女に目がいくし、あわよくば親しい関係になりたいと思う。俺は永遠に狩人でいたいんだ。

 そういえば河中の奴、俺が終わるまで待っていると言っていたのに姿を現さなかった。俺の様子を見に来たという律子に気付いて、気を利かして帰ったのかもしれない。あいつにそんな気遣いができるとは意外だが。

「浮気するのもいいけど気をつけろよ。バレたら面倒だからな」
「あれ、その口ぶり、森下さん、もしかして経験者?」

 おそなしそうな顔して、この人もそれなりに場数踏んでるんだな。

「うん、まぁ、ひどい目にあったよ」
「へぇ、どんな?」
「どんなって……修羅場だった」

 修羅場……。律子は一度や二度の浮気で騒ぐような女じゃないが、俺も少し気をつけよう。

 もし、俺が男と寝たことがあると知ったら律子はどんな顔をするだろう? やっぱり驚くか。軽蔑されるか。案外面白がって話を聞きたがるかもしれないな。あれはなかなか肝の据わった女だから。

 男の客が一人入ってきた。顔を見て「あ」と気付く。森下さんの大学の知り合いという男だ。

 男はチラチラを店内に視線を飛ばし、俺の隣に立つ森下さんを見つけると睨むように見てきた。やっぱり今日も険悪な雰囲気。なんだ?

 森下さんも男に気付いていて、目を合わせないように俯いていた。迷惑しているのは一目瞭然。

「なんかわけあり?」
「……うん、まぁ」

 いいにくそうに口ごもる。

「今日は暇だし、ここは俺らに任せて、森下さんは裏で発注済ませちゃえば?」
「いいの? 悪いね」

 いたたまれないように、森下さんはそそくさ裏手へひっこんだ。森下さんに付き纏うストーカー男がチラと俺を睨んで来た。おいおい、俺は無関係だろう。

 男は昼前までいたが、森下さんが戻ってくる気配がないので諦めて帰った。

 ほっとした顔で森下さんが戻ってくる。

「ありがとう、助かったよ」
「にしてもしつこい男だね。なに恨まれるようなことしたの? 女取ったとか?」
「まぁそんなとこ」

 曖昧に頷いた。あまり言いたくないみたいだから、俺も深追いせずにおいた。

 昼休憩は森下さんと一緒だった。くだらない馬鹿話ついでに、今日のお礼をしたいからと食事に誘われた。

「おごり?」
「もちろん」
「それなら今日はとことん飲んでいやなことパーッと忘れましょ」
「山口君は未成年だろ」
「かたいこと言わない」
「だったら俺の家に来る? ここから近いんだけど。君さえ良かったら」
「じゃ、飯のあとは森下さんちで飲み明かしますか」
「明日もバイトだろ。ほどほどにしてくれよ」

 と森下さんは苦笑した。

 午後は晴れて日差しが強まり、急に忙しくなった。気温が上昇してビールが飛ぶように売れる。空になったビール瓶を裏に運んでほ欲しいと店長に言われ、積み重ねた3ケースを持って裏に行った。結構重い。

 一歩一歩踏み締めるように進む俺の耳に押し殺した声が聞こえてきた。

「だから、ひどいことを言ったのは俺が悪かったって、何度も謝っただろ!」

 聞き覚えのない声。誰だ? ケースが邪魔で前が見えない。体勢をずらして声の主を確認すると、帰ったと思っていたストーカー男だった。あいつまだいたのか。俺に背を向けて立っているのは森下さんだ。掴まってしまったらしい。

「そのことを言ってるんじゃないよ。浮気したのは俺が悪いんだし、どんな言葉で罵られても仕方ないと思ってる。俺が言ってるのはお前にもう気持ちがないってことを言ってるんだ。もう好きじゃないんだよ。俺も何度もそう言っただろ?」 

 ……なんの話だ?

「俺はおまえが浮気したっていい。またやりなおしたんだよ。頼むからもう一度ちゃんと話をしてくれよ。電話をかけても無視するからこんなとこまで会いに来たんだぞ」
「バイトの男の子がね、お前のこと変な客だと思ってるよ」

 そのバイトの男の子って俺のことだよな?

「そういえばなんか仲のよさそうな男がいたなぁ。あいつとなんかあるのか?」
「まさか、あるわけないよ。ノンケだよ、彼」

 えー……っと、なんとなく状況がつかめてきたぞ。とりあえず俺、ここにいちゃマズイよな。じりっと一歩下がった。

「もう俺仕事に戻らなきゃ」
「待ってくれって、頼むから」
「ごめん、もうお前とは付き合えない」

 森下さんが振り返った。ケースを持ってじりじり下がる俺を見つけ、その目が見開かれる。

「山口くん……」
「どうも」

 間抜けに笑い返した。




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