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君が笑った、明日は晴れ(47/89)

2020.05.19.Tue.
1話前話

 今日も先輩を家に誘った。先輩も素直についてきた。

 今週末から夏休みが始まる。先輩は海の家でバイトするつもりだと戸田さんから聞き出した。そして女の子をナンパして今年の夏は遊び倒す計画なのだそうだ。

 先輩、彼女いましたよね? ほんっとに先輩は下半身で考える典型的な人だ。呆れるやら、呆れるやら、呆れるやら……。

「あれ、今日、おふくろさんは?」

 家に入るなり、先輩が言った。

「さぁ? もしかしたら近所の人のところかもしれません」

 ご近所に母さんの仲良しの人がいる。暇になるとその人のところに遊びに行っているから、今日もそこかもしれない。僕にはそっちのほうがいい。今日は先輩と2人きり。少し邪な期待を持ってしまう。

 部屋に入り、先輩がベッドに寝転がって携帯をいじっている間に僕は服を着替えた。メールの相手はきっと彼女だろう。少し心が痛むが、仕方のないことだ。

 背後でパタンという携帯を折りたたんだ音が聞こえた。

「お前、日に焼けないね」

 仰向けで寝転がる先輩が僕の背中を見て言った。先輩はもうすでに小麦色。

「昔からです。赤くなるだけであまり焼けなくて」
「だからよけい女みたいに見えるんだな」
「言わないで下さい。けっこう気にしてるんです」

 昔から女顔でからかわれた。僕は自分の顔が嫌いだ。僕だって先輩のように男らしく生まれてきたかった。この外見だけでウケだと思われて迫られたことが何度もある。僕がタチになったのは、そのことへの反発があったからかもしれない。

「俺はお前の顔は好きだよ」
「えっ!」
「性格は最悪だけどな」

 飴と鞭を使い分けて先輩は嫌味なほどニヤついた顔で僕を見た。そんな底意地の悪い笑みにすら、僕はときめく。

「お前の初めての相手って誰よ?」

 先輩が僕に興味を持つなんて珍しい。あまり話したくない話題だけれど、僕は先輩の横に腰をおろし、

「親戚の人です」

 と返事をした。

「やっぱ男?」
「はい。前からちょくちょく行き来してた人で、優しくてお兄ちゃんのように慕ってました。僕が小4の時に、その人は中3で、ある日部屋に誘われました」
「よくあるパターン?」
「はは、まぁ。そのときキスされて、触られました」
「それだけ?」
「はい。その時は」
「続きがあるのか」
「はい。それから会うたびにキスして触りあうようになりました。それが続いて僕が中1になった時、初めて……」
「しちゃったの?」

 僕は頷いた。その人が僕の初めての人。僕は経験も知識もなかったから、その人にはウケだった。この道のイロハを教えてくれたのはこの人だった。

「そいつとは今も続いてんの?」
「いえ、もう終わりました」

 少し嘘をついた。実を言うと、今でも親戚の集まりでたまに会うことがある。もう体の関係はなくて、お互いの恋愛相談をしあうくらいで、それ以上は何もない。

 先輩は興味がなくなった顔つきで「ふぅん」と言って起き上がった。

「勉強するか」
「そうですね」

 僕は手に体重を乗せ、先輩に顔を近づけてキスした。一瞬、かすめただけのキスだ。先輩がムッと顔を顰める。

「何してんだ、おまえ」
「いま僕が好きなのは先輩だけです。いつも、先輩のことを思っています」
「気持ち悪いこと言うな」

 先輩の顔が少しだけ赤くなったように見える。

「でも僕の本当の気持ちです。先輩、キスしてもいいですか?」
「イヤだ」
「一回だけ、お願いします」

 顔を近づけても先輩は逃げない。伏せられた目が僕の口元を見ている。唇が触れても先輩は動かなかった。肩に手を置いて、深く口付けた。舌を入れたら先輩も応えてくれた。嘘みたいだ。痺れた頭の隅で浦野のことがよぎった。浦野と何度もキスしていたようだから、抵抗が薄れているのかもしれない。

 そっと先輩を押し倒した。

「おい、河中」

 抗議の声をあげ、押し返してくる。

「調子に乗るなよ」
「はい、すみません」

 先輩の胸に頭を乗せた。浦野とはキス以上のこともしたくせに、どうして僕にはさせてくれないんですか。そう問いただしたいのをぐっと堪える。

 先輩はあれから浦野の話題を口にしない。忘れている。

 浦野はいま僕に夢中になっている。あれから毎日メールがくるし、たまに会ってキスしたり、体を触ったりしている。もう先輩と浦野を関わらせたくない。だから思い出させるようなことも言いたくない。

「重いからどけよ」
「もう少しだけ」
「河中」
「お願いします」

 頭の上で先輩の溜息が聞こえた。



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