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君が笑った、明日は晴れ(46/89)

2020.05.18.Mon.
1話前話

 先輩は2教科赤点をとったのに妙に楽しげだった。そんなに追試が嬉しいのかな? 僕だったら目の前が真っ暗になって立ち直れないくらい落ち込むのに。

 聞くと戸田さんも追試だと言う。もしかして戸田さんと2人で追試だから嬉しいのか? そんな馬鹿なことまで勘繰ってしまうほど先輩は上機嫌。普段言わない軽口まで叩いて、ほんとにどうしちゃったんだろう?

 僕の勉強机に座った先輩は鞄から教科書とノートを引っ張り出し、ページを開いた。

 僕は上からそれを覗きこみ、 追試の範囲を聞いた。うん、大丈夫、塾で習っているから教えられる。

 ノートに書かれた先輩の文字。初めて見る。少し角張っていて、全体的に小振りな文字。消しゴムを使わずに、クシャクシャと塗りつぶしているところがあった。僕には考えられない所業。教科書の端にはお約束のパラパラ漫画。

 あまりにらしくて少し笑ってしまう。可愛いことするんだな、先輩。

 先輩に教えるふりをして肩に腕をまわした。勉強に集中しているのか、先輩は何も言わず机に向かっている。手のひらから先輩の熱が伝わってくる。冷房、つけたほうがいいかな。チラとエアコンを見上げたが、先輩のにおいが好きなのでやっぱりやめた。

 先輩の肩口に顔を寄せ、匂いを吸い込む。今日は体育の授業があったのかもしれない。僕にとっては甘美な汗のにおい。

 あ、やばい、興奮してきた。間近にある先輩の真剣な横顔。先輩、無防備すぎますって。 僕の理性が持ちませんよ。先輩の睫毛が上下する動きにも欲情するなんて末期だな。

 唐突に先輩がこちらを向いた。5cmと離れていない僕と先輩の顔。先輩は眉間に皺をよせ、

「近い」

 と、鬱陶しそうに言った。ですよね。

「暑くないか? 俺、汗かいてきた」

 集中しているから僕より余計に先輩は汗をかいていた。額にも咽喉元にも汗が光って見える。……舐めたい!

「あ……、じゃあ、エアコンつけますね」

 本能をおさえこむことに必死になりながら、僕はリモコンを取って冷房をつけた。正直その時には先輩の匂いや動作に僕の股間は恥知らずにも大きくなっていたわけで、僕はそれを隠すために不自然な前傾姿勢になっていた。

「なんか疲れてきたな、休憩するか」

 集中が切れたのか、シャーペンを置いて、先輩は大きく伸びをした。僕の目の前に先輩の腕が伸びる。その腕を手にとって口付けた。

「何してんだ」

 先輩が驚いて言う。掴んだ腕を後ろへ引いて、先輩をこちらに向かせた。その首筋に顔を寄せ舌を這わせた。汗のにおいを嗅ぎながら舌の先に汗のしょっぱさを感じ、それだけでイッちゃいそうになった。僕、変態かも。

「何してんだって!」

 当然先輩に付き飛ばされた。

「我慢できなくなっちゃいました」
「ふざけろ。今日は勉強しにきたんだ。なに発情してんだよ馬鹿」

 今日じゃなかったら発情してもいいってことですか。一瞬そんなことを考えたけどそれは言わずに、

「ケーキ、食べますか?」

 餌をちらつかせた。先輩は「そうするか」と立ち上がった。あれ、どうして立つんですか。どうして部屋から出て行くんですか。どうして下に行くんですか!!

 僕も慌てて下におりた。

※ ※ ※

 この2人のどこに共通点があるのかと思う。先輩と母さん。顔を突き合わせ、まるで恋人同士かというくらい楽しそうに話をしている。

「あらぁ、山口君も中学でバスケ部だったの。うちの子と一緒ね。山口君ってモテたんじゃない?」
「そんなことないですよ。俺より」と僕を指差し「こいつのほうがモテたんじゃないかなぁ。お母さん似で可愛い顔してるから」
「やだ、可愛いなんて、口が上手いんだから!」

 と先輩の肩を叩く。母さん、それ社交辞令みたいなもんだから。本気にしなくていいから。

「そんなことないですよ。高校生の子供がいるなんて見えないもん。姉弟でも通じるんじゃないですか?」

 先輩も何言ってんですか! 僕の母さんナンパしてんですか?!

「うふふ、山口君は女の扱いに慣れてる感じね。うちの子は奥手でまだ彼女もいないのよ」
「男の理想のタイプって母親なんだって知ってます? だからなかなか彼女が出来ないんですよ。こいつの場合、理想が高すぎるもの」

 先輩はニコリと笑った。母さんは年甲斐もなく顔を真っ赤にさせ両手で頬を押さえた。もはや言葉もなくし、正面に座る先輩を熱に浮かされたように見つめている。ほんとに先輩のこと好きにならないでよ、母子揃って。

 先輩も先輩だ。どうしてそんな言葉がすらすら出てくるんですか! 男子校だから今まで気付かなかったけど、先輩って女を前にすると豹変するみたいだ。優しい目つきで相手が喜ぶ言葉をポンポン紡ぎ出す。天性のナンパ師! その才能、少しは僕に向けて発揮してください。

「今日、夕食、召し上がってらしてね」

 母さん、言葉使い、いつもと違うよ。

「いいお肉もらったの、今日はステーキにしましょう。山口君、お肉好きかしら?」
「はい、好きです」

 好青年スマイルで先輩は頷いた。天性のジゴロだ。先輩なら定職に就かなくても生きていけますよ!

「先輩、そろそろ上に戻りましょう!」

 このまま放っておいたらお互いの手を取り合いそうな勢いの2人に焦って、僕は先輩をつれて部屋に戻った。

「先輩、僕の母さんを口説いてどうするんですか!」
「なに、ちょっと予行演習だよ」
「予行演習? 何の?」
「さ、続きやるか」

 先輩は椅子に座った。はぐらかされた。ナンパの予行演習っていったいなんのことだろう? きっと戸田さんも絡んでいるに違いない。あの人からなら簡単に聞き出せるから、明日それとなく聞いてみよう。

 そのあとおとなしく勉強を続け、夜には一緒に晩ご飯を食べ、先輩は帰って行った。

「次、いつ来てくれるかしら」

 母さんが夢見るような顔つきで言う。先輩を家に連れてくるの、イヤかもしんない。どうして実の母親にまで嫉妬しなきゃいけないんだよ、もう。先輩の馬鹿!



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