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君が笑った、明日は晴れ(38/89)

2020.05.10.Sun.
1話前話

 朝の駅、先輩を見つけ一緒に電車に乗り込む。電車をおりたら隣を歩く。電車の中、学校までの道のり、僕のささやかな幸せの時間だ。

 それを平気な顔をして邪魔する人なんだよな、戸田さんって。

「今日も河ちゃん、かわいいねえ。朝から目の保養になるよ」

 とヘラヘラ笑う戸田さんに愛想笑いを返す。自分が邪魔だってこと、気付いてくんないかな。

 僕が先輩に話しかけても戸田さんが返事をするので先輩とちゃんとまともに会話できなくなる。まぁ、戸田さんがいようがいまいが、先輩はいつも「ああ」とか「へえ」の短い返事しかしてくれなくて、会話とは言えないんだけれど。

「あ、宮本だ」

 戸田さんが前を歩く宮本さんを見つけて声を潜めて言った。宮本さんの、手当たり次第で強引な感じが僕も苦手だった。

 宮本さんは隣を歩く生徒の肩に腕をまわして、何か耳元に囁いている。次はあの子が新しいターゲットかと同情した。その子の横顔には見覚えがあった。最近姿を見せなくなった浦野だった。

「かわいそうに、今度はあの子が狙われてるみたいよ」

 戸田さんが言葉とは裏腹に可笑しそうに言うのを見て、先輩の友達だけあってこの人も実はたいがい性格歪んでるんだと気付く。

「ああ……俺、ちょっと行ってくる」

 先輩の行動に驚いた。足早に近づいて宮本さんに何か言っている。宮本さんも何か言い返したが、浦野が先輩の背後にまわったのを見て黙った。最後に何か吐き捨て背を向け歩き出す。

 先輩が誰かを助けるために自分から行動を起こすなんて信じられない。いったい、どうして?

 それは隣の戸田さんも同じようで、先輩に追いついた途端「なんの気まぐれ?」とびっくりした顔できいていた。

「前からあの人に絡まれて困ってるの見てたからな」

 先輩、浦野と知り合いだったの? 驚く僕の視線に気付いて先輩が一瞬こっちを見たけれど、すぐ目を逸らした。

 浦野が僕に映画は好きかと聞いてきた時のことを思い出した。そんなに好きじゃないと答えたら、浦野がなぜか不思議がっていたのはこういうわけだったのか。先輩の入れ知恵だったんだ。

 とりあえずそれは置いといて、どうして、いつ、どこで二人は知り合った? どうして先輩はわざわざ浦野を助けた? 浦野も、何嬉しそうに先輩に笑いかけてるんだ?

「やっぱり山口さん、噂通りだね」

 え、浦野ってば先輩にタメ口?

「ん? 何が?」

 先輩もどうしてそれを怒んないで優しく聞き返すの? 僕と態度、違いすぎない?

「宮本さんにしつこくされて困ったら、山口さんを頼ればいいって噂。やっぱりその通りだった」
「ああ、それか。今回限りだからな。次から自力で逃げろよ。いつも俺が助けてやれるわけじゃねえんだから」
「うん、わかった。でもあの人しつこいからなぁ」

 ……なんでそんなに親しげなんだ?

「重夫、そいつ、知り合い? 俺にも紹介してよ」

 先輩は戸田さんに向きなおり、「1年の浦野」と紹介した。浦野は戸田さんに頭をさげた。

「はーん、宮本さん好みの童顔だね。まだ体は無傷?」
「あ、はい」

 戸田さんの横で呆然とする僕に浦野が気付いた。

「あ、河中、おはよう」

 と赤い顔で呑気に挨拶してくる。こいつが僕のことで先輩に相談していたらしいことはわかったけど、いつの間にそんなに仲良くなってたんだ? 二人が一緒にいるところなんて見たことがない。僕をネタにして先輩に近づくなんていい根性してるじゃないか浦野。

「1年同士、お前ら二人で行け」

 先輩が僕と浦野の背中を押した。ちょっと先輩、僕は浦野と一緒なんて嫌ですよ!

「狼に襲われるなよ赤頭巾ちゃん」

 手を振る戸田さんの腕を掴んで、先輩は車道を越えて向こうの歩道へ渡ってしまった。

 いろんな感情でぐちゃぐちゃだ。とにかく僕はいま猛烈に腹を立てていた。間抜け面の浦野を捕まえ、

「どういうことか説明してくれる」

 と苛々を隠さず言った。

「え、どういうことって?」

 話のかみあわない浦野に更にイラつかされる。

「先輩とどういう知り合い?」
「あ、前に、宮本さんに絡まれてるとこ助けてもらったんだ。優しいよね、山口さんて」

 優しい? 先輩に似合わない形容詞。なんでこいつはそんなことが言えるんだ?

「それから? 二人はずいぶん親しそうだったけど」
「……やっぱり河中って山口さんが好きなのか?」
「僕の質問に答えてくれ。どうして二人はそんなに親しいんだ?」
「え……と、色々相談に乗ってもらってて」
「僕のことだろ」
「えっ、あ、山口さんから聞いたの?」

 聞いてないけどわかるよ。

「君、僕が好きなんだろ。だったら今返事をあげるよ。僕は君が好きじゃない、好きにはなれない。これでもう先輩に相談する必要もなくなっただろ。二度と先輩に近づくな」

 浦野の赤かった顔がだんだん青くなっていった。話しながら、僕はひどく残酷な事をしていると気付いていたが、止められなかった。嫉妬と苛立ちのせいで、浦野の表情の変化を見ながら、気味がいいと思ってしまった。

「河中……」

 浦野の顔が歪む。泣く、と思ったが唇を噛み締めるとキッと僕を睨み付けた。

「俺、お前の事好きじゃないよ。自惚れんな、馬鹿!」
「なっ、ば……!」

 言い返す前に浦野は走って行ってしまった。

「馬鹿ってなんだよ、ガキ!」

 その背中に叫ぶ僕も相当ガキだけど言わずにいられなかった。今日は最悪な朝だ。



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