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君が笑った、明日は晴れ(52/89)

2020.05.24.Sun.
1話前話

「これ、置きにきただけだから」

  ビールのケースを置いて、俺はいそいそその場を離れた。森下さん、あのストーカー男と付き合ってたのか。森下さんの浮気が原因で修羅場になり、一度は別れたがストーカー男が未練を持ってる、そういうことらしい。

「待って、山口君」

 あとを追って森下さんがやってきた。

「さっきのことだけど」
「誰にも言いませんよ」
「驚いた?」
「まぁ、それなりに。俺、男子校通ってるから、そういう話題にはもう慣れてるし」

 現に俺も経験者だし。

「男子校ってやっぱりそういうの多いんだ?」
「多いすよ。ある意味入れ食れかも」
「あはは、乱れてるなぁ」
「さっきの奴、もういいの」
「あぁ、彼ね。別れたのにしつこくてね。それより、このあとのことだけど……」
「もうこんな時間か」

 俺は時計を見て言った。17時前。仕事が終わる時間だった。

「買い物どこでします? 飯は何を奢ってもらおうかな」

 森下さんの顔がパッと明るくなった。ストーカー男とのやりとりを俺に見られて遠慮していたようだ。

「何でも好きなの奢るよ。焼肉にする?」

「いいねぇ、肉」

 というわけで今日の晩飯は焼肉に決定した。

※ ※ ※

 海から少し離れたワンルームマンションが森下さんの住まい。焼肉を食べたあと、コンビニで酒とつまみを買いこんで部屋にあがった。カーテンをあけると、窓から小さく海が見えた。本当に海が好きなんだな。

 エアコンをつけた森下さんが、俺の横に並んで立つ。

「波の音がないと逆に眠れなくてさ」
「聞こえる?」

 耳をすましたが俺には聞こえない。

「夜になると遠くからかすかに聞こえるよ。それより何飲む?」

 テーブルに置いたコンビニの袋からチューハイ、カクテル、ビール、ツマミを取り出す。俺は缶チューハイをもらった。

「とりあえず乾杯」

 と、森下さんはビールをクイっと呷った。

「俺を軽蔑しないでくれてありがとう」
「何の話?」
「俺がゲイだって知っても君は態度をかえなかった。たいていは理解ある振りを見せて、俺から離れていくんだ」

 以前の俺ならそうしたかもしれない。でも河中やカンサイたちと色々経験した今、それを否定したら自分をも否定しなくちゃならないことになる。

 それにそんなに驚くほどのことでもない気がするのだ。阪神ファンか巨人ファンかで騒ぐところを、俺はメジャーリーグが好きだと言われたくらいのスカシ感はあるが、その程度の嗜好の違いにしか思えないというか。それは俺がどっちの「良さ」も、身をもって経験したからかもしれない。

 森下さんのようにそっち一本で来た人にはそれなりに辛い経験もあるようだから軽々しく「気にするな」とは言えないけれど、少なくとも今の俺に偏見はない、と思う。

「あいつとは長かったの?」
「半年くらいだったかな」
「森下さん、浮気するタイプに見えないのに」
「そう? ゲイのカップルの破局の原因はどっちかの浮気って相場が決まってる位、浮気は珍しくないんだ。男同士だからね。君も男だからわかるだろう」
「あぁ、わかる」

 俺も律子と付き合っていたって、他の女に目がいくし、うまくいけば相手をして欲しいと思う。

「下半身は別の生き物だからなぁ」

 でなきゃ、河中やカンサイ相手に勃たないし、イカないって。

「山口君、男子校なんだろ。男同士で経験あるの?」

 触れられたくない話題。

「俺はないよ、まぁ、ふざけて触りあった程度かな」

 気恥ずかしさから嘘をついた。やっぱり俺はノーマルな男だし、男に掘られて感じました、なんてゲイの人相手でも言いたくない。

「ふざけてねぇ、君は間違いなくノンケだろうけど、相手はどうだかわからないよ。案外君のことを好きだったりしてね」
「あはは、まさかぁ」

 誤魔化すようにチューハイを一気に飲み干した。河中もカンサイも浦野も俺のことを好きだと言ったよ、確かに。

「まぁ、襲われないように気をつけることだ」
「はは……」

 もう襲われてバッチリ経験済みなんですけど。




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君が笑った、明日は晴れ(51/89)

2020.05.23.Sat.
1話前話

 今日は曇りで客の入りはいまいちだった。

 だから従業員みんな手持ち無沙汰になることが多く、暇な時間を持て余し気味だった。

「一昨日、彼女が来たんだって?」

 俺が休みの昨日、律子がきた事をバイトの誰かから聞いたらしい森下さんが、俺の隣に来て言った。

「すごい可愛いらしいじゃないか」
「まぁ、ふつうですよ」

 彼女を褒められて悪い気はしない。

 律子は今まで付き合った女の中で一番外見がいい。歩いているだけですれ違う男が振り返ってまで律子を見てくるくらいだ。

「彼女がいるのに女目当てでここでバイトしてるのか? 呆れた奴だな」
「それとこれとは別でしょ」

 実際、別問題だ。律子と付き合っていたって他の女に目がいくし、あわよくば親しい関係になりたいと思う。俺は永遠に狩人でいたいんだ。

 そういえば河中の奴、俺が終わるまで待っていると言っていたのに姿を現さなかった。俺の様子を見に来たという律子に気付いて、気を利かして帰ったのかもしれない。あいつにそんな気遣いができるとは意外だが。

「浮気するのもいいけど気をつけろよ。バレたら面倒だからな」
「あれ、その口ぶり、森下さん、もしかして経験者?」

 おそなしそうな顔して、この人もそれなりに場数踏んでるんだな。

「うん、まぁ、ひどい目にあったよ」
「へぇ、どんな?」
「どんなって……修羅場だった」

 修羅場……。律子は一度や二度の浮気で騒ぐような女じゃないが、俺も少し気をつけよう。

 もし、俺が男と寝たことがあると知ったら律子はどんな顔をするだろう? やっぱり驚くか。軽蔑されるか。案外面白がって話を聞きたがるかもしれないな。あれはなかなか肝の据わった女だから。

 男の客が一人入ってきた。顔を見て「あ」と気付く。森下さんの大学の知り合いという男だ。

 男はチラチラを店内に視線を飛ばし、俺の隣に立つ森下さんを見つけると睨むように見てきた。やっぱり今日も険悪な雰囲気。なんだ?

 森下さんも男に気付いていて、目を合わせないように俯いていた。迷惑しているのは一目瞭然。

「なんかわけあり?」
「……うん、まぁ」

 いいにくそうに口ごもる。

「今日は暇だし、ここは俺らに任せて、森下さんは裏で発注済ませちゃえば?」
「いいの? 悪いね」

 いたたまれないように、森下さんはそそくさ裏手へひっこんだ。森下さんに付き纏うストーカー男がチラと俺を睨んで来た。おいおい、俺は無関係だろう。

 男は昼前までいたが、森下さんが戻ってくる気配がないので諦めて帰った。

 ほっとした顔で森下さんが戻ってくる。

「ありがとう、助かったよ」
「にしてもしつこい男だね。なに恨まれるようなことしたの? 女取ったとか?」
「まぁそんなとこ」

 曖昧に頷いた。あまり言いたくないみたいだから、俺も深追いせずにおいた。

 昼休憩は森下さんと一緒だった。くだらない馬鹿話ついでに、今日のお礼をしたいからと食事に誘われた。

「おごり?」
「もちろん」
「それなら今日はとことん飲んでいやなことパーッと忘れましょ」
「山口君は未成年だろ」
「かたいこと言わない」
「だったら俺の家に来る? ここから近いんだけど。君さえ良かったら」
「じゃ、飯のあとは森下さんちで飲み明かしますか」
「明日もバイトだろ。ほどほどにしてくれよ」

 と森下さんは苦笑した。

 午後は晴れて日差しが強まり、急に忙しくなった。気温が上昇してビールが飛ぶように売れる。空になったビール瓶を裏に運んでほ欲しいと店長に言われ、積み重ねた3ケースを持って裏に行った。結構重い。

 一歩一歩踏み締めるように進む俺の耳に押し殺した声が聞こえてきた。

「だから、ひどいことを言ったのは俺が悪かったって、何度も謝っただろ!」

 聞き覚えのない声。誰だ? ケースが邪魔で前が見えない。体勢をずらして声の主を確認すると、帰ったと思っていたストーカー男だった。あいつまだいたのか。俺に背を向けて立っているのは森下さんだ。掴まってしまったらしい。

「そのことを言ってるんじゃないよ。浮気したのは俺が悪いんだし、どんな言葉で罵られても仕方ないと思ってる。俺が言ってるのはお前にもう気持ちがないってことを言ってるんだ。もう好きじゃないんだよ。俺も何度もそう言っただろ?」 

 ……なんの話だ?

「俺はおまえが浮気したっていい。またやりなおしたんだよ。頼むからもう一度ちゃんと話をしてくれよ。電話をかけても無視するからこんなとこまで会いに来たんだぞ」
「バイトの男の子がね、お前のこと変な客だと思ってるよ」

 そのバイトの男の子って俺のことだよな?

「そういえばなんか仲のよさそうな男がいたなぁ。あいつとなんかあるのか?」
「まさか、あるわけないよ。ノンケだよ、彼」

 えー……っと、なんとなく状況がつかめてきたぞ。とりあえず俺、ここにいちゃマズイよな。じりっと一歩下がった。

「もう俺仕事に戻らなきゃ」
「待ってくれって、頼むから」
「ごめん、もうお前とは付き合えない」

 森下さんが振り返った。ケースを持ってじりじり下がる俺を見つけ、その目が見開かれる。

「山口くん……」
「どうも」

 間抜けに笑い返した。




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君が笑った、明日は晴れ(50/89)

2020.05.22.Fri.
1話前話

「こいつ、1年の河中」
「よろしくね、あたし太田麻衣っていうの。高2」

 先輩に紹介された太田さんはうそう言って僕に笑いかけてきた。日焼けして小麦色の肌をおしげもなくさらす露出の高い服装。服、とは言えないな。水着のビキニにショートパンツ、下はサンダルという格好だ。金髪に近い色まで脱色した髪を後ろで無造作にまとめ、取りこぼした遊び毛を手でいじりながら僕をじっと見てくる。

 顔は整って可愛いけど、僕の苦手なタイプ。

 先輩はきっと僕の反応を見て楽しむつもりだ。現に今もニヤニヤ笑っている。

 宮本さんとの一件があるから僕も免疫ができて驚かないけど、暇つぶしで人を弄ぶ先輩の癖、なおして欲しいと本気で思う。

「太田さんがお前のこと気に入ったんだって」
「ちょっとー、山口君、あたしそんなこと言ってないよ」
「へぇ、じゃ、なんで俺に紹介してなんて言ったの。気に入ったからでしょ」
「そうだけどぉ」

 太田さんが先輩の腕を掴んで左右に振った。ちょっと、僕の目の前でいちゃつかないでくれませんか。いい加減、腹立つんで。

「河中、お前はどうなんだ、太田さんみたいなタイプ」

 先輩に聞かれ、僕は『ぜんぜんタイプじゃない』と言いたいのを我慢して、

「可愛いと思いますよ」

 と答えた。

「だって。良かったね、太田さん」
「なんか照れる」

 太田さんは先輩の腕にしがみついて肩に顔を埋めた。ちょっと、恋人同士みたいに先輩にくっつくな!

「太田さん、先輩みたいなタイプはどうなんですか?」

 僕の言葉に太田さんは顔をあげ、先輩を見た。

「かっこいいし、優しいけど、ちょっと男らしすぎるっていうかぁ。あたし、かわいい系の子が好きなのよね」
「プッ」

 先輩、フラれた。僕が吹き出したのを見て先輩が睨んで来る。僕だって反撃しますからね。

「でも、こないだあたしの友達が来たんだけど、その子が山口君のことかっこいいって言ってたよ」
「ほんと? 今度紹介してよ」
「いいよ」
「先輩、彼女いるでしょ!」
「えっ、彼女いないって言ってなかったっけ?」

 聞いていた話と違ったらしく、大田さんが意外そうに聞き返した。余計なことを言った僕を先輩は鋭く睨む。僕は目を逸らし、ウーロン茶を飲んだ。

「彼女とは最近うまくいってなくて」

 苦しい言いわけをして先輩は太田さんの肩を叩いた。

「じゃ、俺仕事戻るから」

 と、去っていく。まったくもう。女のことばっかり考えてないで、ちゃんと仕事してください。

 太田さんは先輩を見送ったあと僕の前に座り、顔を近づけてきた。

「今日、遊びに行かない?」
「すみません、今日は人と待ち合わせてるんです」
「彼女?」
「いえ、あ、まぁ、似たようなもんです」

 嘘はついてない、はず。

「そっかぁ。彼女いるのかぁ。あたし、こういう外見だけど二股とか遊びの付き合いとかはNGなんだぁ。残念」

 思っていたより、いい子かもしれない。そう見なおした次の瞬間、

「山口君ってほんとに彼女とうまくいってないのかな? 実は初日に見た時からけっこう気に入ってるんだよね。別れたらあたしにもチャンスあるかなぁ?」

 なんて言い出した。前言撤回。先輩より僕がタイプだと言ったばかりじゃないか。

「彼女とは順調みたいですよ。なんか、結婚の約束してるとかしてないとか」

 言いながら自分で傷ついた僕は正真正銘のバカだ。

 結婚。日本の法律では僕は先輩とは結婚できない。先輩はいつか僕以外の誰かと結婚してしまうんだろうか。白のタキシードを着て、隣の誰かに向かって優しく微笑みかけたりする日が来るんだろうか。

 想像したら泣きそうになった。

 注文したウーロン茶を飲みながら先輩の働きぶりを眺めて過ごした。仕事と割り切っているのか、お客さん相手には愛想がいい。僕の時とは大違い。

 同い年くらいの女の子たちへの愛想は特にいい。楽しそうに喋っている先輩を見ているだけで辛くなってくる。もし僕が女として生まれていれば、先輩はあんなふうに優しい言葉使いと、軽い冗談を交えながら僕に笑いかけてくれたのだろうか。

 好きだと告白した時だって、「男は無理」なんていきなりフラれることもなく、少しは可能性を考えてくれた?

 どうして僕、男に生まれちゃったんだろう。

 だんだん気持ちが落ち込んでいく。ウーロン茶で体が冷えたせいかもしれない。あんまり長居も悪いし、そろそろ出た方がよさそうだ。

 最後に先輩に挨拶したかったけど、先輩は大田さんと談笑中で席を立った僕に気付いてもいない。がっかりしながら海の家を出た。

 どこを見ても男女のペアばかりが目に付く。自分が世界で一人きりになったような気がしてくる。自分がゲイだって自覚した日から覚悟していたつもりだったけど、好きな人が自分以外の誰かと幸せになるのを見るのは想像以上にツラそうだ。

 僕は誰もいない岩場の日陰に座り、落ち込んだ気持ちのまま時間を過ごした。

 ※ ※ ※

 17時過ぎ。僕はまた海の家に向かった。太田さんには見つかりたくないな。そう思いながら歩いていた僕の足が途中で止まった。

 海の家の前で、先輩が知らない女の人と腕を組んで話をしていた。髪の長い綺麗な人。先輩はポケットに手を入れたまま、その人と親しげに話をして笑っている。昨日今日知り合ったんじゃない雰囲気。

 直感で先輩の彼女なんだとわかった。 初めて見た。少し、意外だった。太田さんのように派手なタイプの人だと勝手に想像していたが、実際は黒髪で肌も白く、意外にも女のいやらしさがまったくない人だった。

  この人とは遊びで付き合ってるんじゃない、別格なんだ。そう知るに充分な特別な雰囲気。純白のウェディングドレスがとても良く似合いそうだ。

 今日は最悪の日だったみたいだ。来るんじゃなかった。僕は身を翻し、一人で帰った。




morning lover

アルーンの続編ー!
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君が笑った、明日は晴れ(49/89)

2020.05.21.Thu.
1話前話

 追試は夏休みの初日。終業式を終えた翌日にまた学校へ行き、俺と戸田は追試をうけた。

 河中に勉強をみてもらった甲斐あって、俺は一発合格。戸田は憐れにも追追試だった。

「じゃ、俺先にバイトしてるから」

 情けなく縋ってくる戸田を放って俺は今日から海の家でバイトだった。

 電車を一回乗り換えて20分の海。暑い日差しに海がキラキラ照り輝いている。夏休みだ! 海だ! 戸田には悪いが、俺は目一杯楽しむつもりだ。

 人のよさそうな店長とその奥さん、 あとはバイトが5人。なかなかきれいな海の家だった。高校生は俺を入れて3人。あとは大学生だ。大学生の2人は海開きからすでにバイトを始めていて、仕事のことはこの2人から教わってくれと店長に言われた。

「よろしく、俺は森下」

 黒髪でおとなしそうな雰囲気の人が俺に向かって自己紹介した。俺も「山口です」と会釈した。年齢は俺と4歳違いの21歳。たった4歳しか違わないのに、やけに大人びて見える。

 森下さんに仕事内容を教わりながら、接客と簡単なオーダーをこなして初日は終わった。今日は残念ながら女っ気ゼロ。

 二日目。接客にも慣れ、ドリンクオーダーや備品の貸し出し程度なら一人で出来るようになった。

「疲れてない?」

 森下さんが声をかけてきた。

「大丈夫っすよ」
「物覚えがいいね」
「そうかな」
「うん、安心して任せられる」
「森下さん、彼女いるんですか」
「いないけど、どうして?」
「海の家でバイトするとモテるって聞いたから」
「はは、それが目当てでバイトしにきたのか?」
「森下さんもでしょ?」
「俺は海が好きだから」
「またまた」
「ほんとだってば」

 森下さんは静かに微笑み、目の前の海を眩しそうに見つめた。

「実家が湘南でね、小さい頃からずっと海を見て育ったから、家を出て部屋を探した時も、海の見える場所っていうのが第一条件だったんだ」
「へぇ」
「こう見えて、休日には清掃のボランティア活動もしてるんだよ、俺」

 こう見えて、というか、見たまんま、というか。確かにこの人、真面目そうで、オンナ目的でバイトしているようには見えないな。俺とはあきらかに違う人種。

 客が一人入ってきて俺は接客についた。

「ビール」

 注文を聞いてふと気付く。この客、昨日も来ていたな。20歳前後の男で、短髪。俺を見ず、チラチラと店を窺うように見ていたから覚えていた。今日も、何か探すように目を動かしている。

 男の前にビールを置いてから、俺は森下さんのところへ行き、「変な客がいる」と耳打ちした。

「変な客?」

 洗い物をしていた森下さんは顔をあげ、俺の視線の先を辿り、顔色をかえた。

「あいつ……」
「知り合い?」
「うん。あいつは俺と同じ大学の奴なんだ。大丈夫、何かする奴じゃないから」

 手をぬぐった森下さんは、その客のところへ行って何か言い、険しい顔つきで戻ってきた。

 知り合いにしては、険悪な雰囲気だ。

 男は店にいる間ずっと森下さんのことを睨むように見ていたがしばらくして出ていった。

※ ※ ※

 一週間が経ち俺もだいぶ仕事に慣れた。休憩には海に入って泳ぐ余裕もできた。「海の家で働いている人ですよね」と女の子2人組みに声をかけられたが、タイプじゃないから適当に話をしてお別れした。ちょっともったいなかったかな。

 今日は河中がやってきた。白い肌が日に反射してさらに白く浮き上がり、浜辺に不自然なほどだった。

「何しに来やがった」

 テーブルについた河中の前に座って言った。

「先輩の働き振りを見に。また焼けましたね、先輩」
「お前は海に似合わねえな。一人で来たのか」
「はい。終わるまで待っててもいいですか。一緒に帰りましょうよ」
「終わんの17時過ぎだぞ」
「待ってます」

 あと2時間はある。まぁ、海で泳いでいればあっという間にすぎる時間ではある。

「好きにしろ」
「はい。じゃ、とりあえずウーロン茶下さい」

 河中のオーダーを聞いて戻ると、バイトの女子高生、太田に「あの子、知り合い?」と声をかけられた。ビキニに下はショートパンツという格好で、スタイルも良くて顔も可愛い。バイトの中でこの子が一番俺のお気に入りだったのだが、よりによって河中に興味を持つなんて。

「高校の後輩」
「女の子……じゃ、ないよね?」
「あんなツラしてるけどね」
「かわいくない? ちょっと紹介して欲しいんだけど」
「いいよ。じゃ、今から行こうか」

 ウーロン茶を持って、俺は太田と河中のところへ向かった。俺の後ろを歩く太田を見て、河中が問うような目を俺に向ける。河中って女とはどう接するんだろう。これはみものかもしれない。

 ニヤつく俺を見て、河中の顔が険しくなっていった。



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君が笑った、明日は晴れ(48/89)

2020.05.20.Wed.
1話前話

 河中と一緒に映画を見に行った時も思ったけれど、こいつってどうしてこういい匂いがするんだろう。

 河中は俺の胸に頭を乗せ、ずっと黙っている。

「もういいだろ、どけ」

 声をかけたが無反応。寝てるんじゃないだろうな。河中の頭に手を置いて前髪をかきあげた。長い睫毛が上下したのが見えた。起きている。

「聞いてんのか、人の話」
「聞いてます。もう少しだけ。ね、いいでしょ」

 と顔をこちらへ向けた。改めて見るとやっぱり女にしか見えない河中の顔。栗色のサラサラの髪が指に絡んで心地よい。肌も透き通るように白くて、唇だけが濡れて赤い。こいつの性格を知らなかったら、今のこの状況でいつまでも理性を保っていられる自信がない。こいつが性悪で良かったと思う。本性を知っているから以前のようにドキドキとうろたえることもない。

「河中、お前、何してる?」

 下半身でゴソゴソと河中の手が動いている。俺のベルトを外し、ズボンの中に手を入れてきた。

「おい!」

 起き上がろうとしたが上から押さえつけられた。

「勉強の前に、一回出してスッキリしましょうか」
「いい加減にしないと怒るぞ」
「最後までしませんから。先輩の出して終わりにしますから」
「そういう問題か!」
「最近、先輩に触ってなかったから我慢出来なくて。手と口でやるの、どっちがいいですか」
「どっちもいらねえよ、早くどけ」

 言い合う間、河中の手が俺のものを優しく揉みしだき、それが反応を見せはじめる。確かにこれは久し振りの感触だった。あれ、でも俺、つい最近誰かに触られたような気が……。思い出した。浦野だ。そういえば最近あいつ顔を見せない。メールもしてこない。どうしたんだろう。元気でやってるんだろうか。

 浦野としたことは、男同士の悪ふざけの範疇だ。だが河中は愛情を滲ませ俺に絡んでくるのでその行為にはセックスの意味合いが付いてまわる。あやうい駆け引き。普段ならはぐらかしてかわせるのに、部屋に2人きり、ベッドの上、こんな状況で俺は圧倒的に不利だった。

 河中の手が俺の先走りでヌルヌルになったそこを追い立てている。なのに俺はたいした抵抗もせず、ベッドの上で横になったままだ。 俺の顔を見ていた河中にキスされたが、それに応えて俺も舌を絡ませた。浦野のせいで、かなり抵抗がなくなっている。

 2人の唾液を咽喉を鳴らして飲み込んだ。口を離した河中がぞっとするほど妖艶に微笑んで俺を見下ろす。

「先輩、手より口でやるほうが好きでしたよね」

 河中の頭が下がっていった。俺のものが温かな粘膜に包まれる。

「はぁ」

 思わず溜息のような声が漏れた。浦野の拙い手なんか比べ物にならないくらい気持ちいい。理性が吹っ飛びそうだ。

 慈しむような河中の舌の動きは俺を焦らす以外のなにものでもなかった。イく寸前まで引っ張り上げられたと思ったらその直後突きはなされる、ということを何度か繰り返し、頭がおかしくなりそうだった。

「河中、も、ムリだって」

 チラと視線をこちらに飛ばし、目だけで河中が笑った。こいつ、わざとこんなことして俺の反応を楽しんでいたんだ。ふざけやがって。

 満足したのか、河中が俺を追い詰めはじめた。

「はぁっ、くっ、口、離せ、出る」

 言うことを聞かず、河中は俺のぶちまけたものを口で受け飲み込んだ。飲むなと何回言えばわかるんだこいつは。

 睨み付ける俺の視線を悠然と受け止めながら、河中はティッシュで後始末し、ズボンのファスナーをあげ、ベルトを締めた。ほんとに今日はそれだけでいいのか。少し拍子抜けしたような、ほっとしたような。

「母さん帰ってきたみたいですね。勉強しましょうか」

 扉の方を見ながら河中が立ち上がった。差し出された手を握って俺もベッドからおりた。確かに階下で物音が聞こえる。

 勉強机に向かって歩き出すと、河中が背中に抱きついてきた。

「ほんとは最後までしたかったんですけどね」

 俺の尻に河中の熱く猛ったものが押し付けられ、背筋がぞくっとした。

「馬鹿なこと言うな。俺はご免だぜ」
「冗談、ですよ」

 音を立てて頬にキスし、河中は離れた。悪戯っぽく笑う河中を睨みながら椅子に腰掛けた。なんで俺、ドキドキしてんだろ。河中の雄を押し付けられて、焦りと戸惑いの他に期待する気持ちが混ざっていなかったか? 服を元に戻された時も、少しガッカリしてなかったか?!

 俺、相当ヤバイとこまで来ちゃってるのかもしれない。

 机に向かう俺に覆いかぶさるように河中が手許を覗きこんでくる。ふわりと漂う河中の匂い。妙に居心地が悪い。

「お前、近いよ」

 左手で振り払った。河中が少し悲しそうに笑った。なんでそんな顔すんだよ。俺はお前を受け入れることはムリだって。そら見ろ、へんに気まずくなったじゃねえか。

 気詰まりな沈黙。その時ノックの音。

「あ、やっぱり山口君だったのね、いらっしゃい」

 河中のおふくろさんが顔を出し、にっこり笑った。重苦しい雰囲気が消えてほっとする。

「勉強してたの? スイカあるんだけど、少し休憩にしたらどう?」
「頂きます」

 立ち上がって部屋を出た。その時には河中も普段の表情に戻っていた。



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君が笑った、明日は晴れ(47/89)

2020.05.19.Tue.
1話前話

 今日も先輩を家に誘った。先輩も素直についてきた。

 今週末から夏休みが始まる。先輩は海の家でバイトするつもりだと戸田さんから聞き出した。そして女の子をナンパして今年の夏は遊び倒す計画なのだそうだ。

 先輩、彼女いましたよね? ほんっとに先輩は下半身で考える典型的な人だ。呆れるやら、呆れるやら、呆れるやら……。

「あれ、今日、おふくろさんは?」

 家に入るなり、先輩が言った。

「さぁ? もしかしたら近所の人のところかもしれません」

 ご近所に母さんの仲良しの人がいる。暇になるとその人のところに遊びに行っているから、今日もそこかもしれない。僕にはそっちのほうがいい。今日は先輩と2人きり。少し邪な期待を持ってしまう。

 部屋に入り、先輩がベッドに寝転がって携帯をいじっている間に僕は服を着替えた。メールの相手はきっと彼女だろう。少し心が痛むが、仕方のないことだ。

 背後でパタンという携帯を折りたたんだ音が聞こえた。

「お前、日に焼けないね」

 仰向けで寝転がる先輩が僕の背中を見て言った。先輩はもうすでに小麦色。

「昔からです。赤くなるだけであまり焼けなくて」
「だからよけい女みたいに見えるんだな」
「言わないで下さい。けっこう気にしてるんです」

 昔から女顔でからかわれた。僕は自分の顔が嫌いだ。僕だって先輩のように男らしく生まれてきたかった。この外見だけでウケだと思われて迫られたことが何度もある。僕がタチになったのは、そのことへの反発があったからかもしれない。

「俺はお前の顔は好きだよ」
「えっ!」
「性格は最悪だけどな」

 飴と鞭を使い分けて先輩は嫌味なほどニヤついた顔で僕を見た。そんな底意地の悪い笑みにすら、僕はときめく。

「お前の初めての相手って誰よ?」

 先輩が僕に興味を持つなんて珍しい。あまり話したくない話題だけれど、僕は先輩の横に腰をおろし、

「親戚の人です」

 と返事をした。

「やっぱ男?」
「はい。前からちょくちょく行き来してた人で、優しくてお兄ちゃんのように慕ってました。僕が小4の時に、その人は中3で、ある日部屋に誘われました」
「よくあるパターン?」
「はは、まぁ。そのときキスされて、触られました」
「それだけ?」
「はい。その時は」
「続きがあるのか」
「はい。それから会うたびにキスして触りあうようになりました。それが続いて僕が中1になった時、初めて……」
「しちゃったの?」

 僕は頷いた。その人が僕の初めての人。僕は経験も知識もなかったから、その人にはウケだった。この道のイロハを教えてくれたのはこの人だった。

「そいつとは今も続いてんの?」
「いえ、もう終わりました」

 少し嘘をついた。実を言うと、今でも親戚の集まりでたまに会うことがある。もう体の関係はなくて、お互いの恋愛相談をしあうくらいで、それ以上は何もない。

 先輩は興味がなくなった顔つきで「ふぅん」と言って起き上がった。

「勉強するか」
「そうですね」

 僕は手に体重を乗せ、先輩に顔を近づけてキスした。一瞬、かすめただけのキスだ。先輩がムッと顔を顰める。

「何してんだ、おまえ」
「いま僕が好きなのは先輩だけです。いつも、先輩のことを思っています」
「気持ち悪いこと言うな」

 先輩の顔が少しだけ赤くなったように見える。

「でも僕の本当の気持ちです。先輩、キスしてもいいですか?」
「イヤだ」
「一回だけ、お願いします」

 顔を近づけても先輩は逃げない。伏せられた目が僕の口元を見ている。唇が触れても先輩は動かなかった。肩に手を置いて、深く口付けた。舌を入れたら先輩も応えてくれた。嘘みたいだ。痺れた頭の隅で浦野のことがよぎった。浦野と何度もキスしていたようだから、抵抗が薄れているのかもしれない。

 そっと先輩を押し倒した。

「おい、河中」

 抗議の声をあげ、押し返してくる。

「調子に乗るなよ」
「はい、すみません」

 先輩の胸に頭を乗せた。浦野とはキス以上のこともしたくせに、どうして僕にはさせてくれないんですか。そう問いただしたいのをぐっと堪える。

 先輩はあれから浦野の話題を口にしない。忘れている。

 浦野はいま僕に夢中になっている。あれから毎日メールがくるし、たまに会ってキスしたり、体を触ったりしている。もう先輩と浦野を関わらせたくない。だから思い出させるようなことも言いたくない。

「重いからどけよ」
「もう少しだけ」
「河中」
「お願いします」

 頭の上で先輩の溜息が聞こえた。



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君が笑った、明日は晴れ(46/89)

2020.05.18.Mon.
1話前話

 先輩は2教科赤点をとったのに妙に楽しげだった。そんなに追試が嬉しいのかな? 僕だったら目の前が真っ暗になって立ち直れないくらい落ち込むのに。

 聞くと戸田さんも追試だと言う。もしかして戸田さんと2人で追試だから嬉しいのか? そんな馬鹿なことまで勘繰ってしまうほど先輩は上機嫌。普段言わない軽口まで叩いて、ほんとにどうしちゃったんだろう?

 僕の勉強机に座った先輩は鞄から教科書とノートを引っ張り出し、ページを開いた。

 僕は上からそれを覗きこみ、 追試の範囲を聞いた。うん、大丈夫、塾で習っているから教えられる。

 ノートに書かれた先輩の文字。初めて見る。少し角張っていて、全体的に小振りな文字。消しゴムを使わずに、クシャクシャと塗りつぶしているところがあった。僕には考えられない所業。教科書の端にはお約束のパラパラ漫画。

 あまりにらしくて少し笑ってしまう。可愛いことするんだな、先輩。

 先輩に教えるふりをして肩に腕をまわした。勉強に集中しているのか、先輩は何も言わず机に向かっている。手のひらから先輩の熱が伝わってくる。冷房、つけたほうがいいかな。チラとエアコンを見上げたが、先輩のにおいが好きなのでやっぱりやめた。

 先輩の肩口に顔を寄せ、匂いを吸い込む。今日は体育の授業があったのかもしれない。僕にとっては甘美な汗のにおい。

 あ、やばい、興奮してきた。間近にある先輩の真剣な横顔。先輩、無防備すぎますって。 僕の理性が持ちませんよ。先輩の睫毛が上下する動きにも欲情するなんて末期だな。

 唐突に先輩がこちらを向いた。5cmと離れていない僕と先輩の顔。先輩は眉間に皺をよせ、

「近い」

 と、鬱陶しそうに言った。ですよね。

「暑くないか? 俺、汗かいてきた」

 集中しているから僕より余計に先輩は汗をかいていた。額にも咽喉元にも汗が光って見える。……舐めたい!

「あ……、じゃあ、エアコンつけますね」

 本能をおさえこむことに必死になりながら、僕はリモコンを取って冷房をつけた。正直その時には先輩の匂いや動作に僕の股間は恥知らずにも大きくなっていたわけで、僕はそれを隠すために不自然な前傾姿勢になっていた。

「なんか疲れてきたな、休憩するか」

 集中が切れたのか、シャーペンを置いて、先輩は大きく伸びをした。僕の目の前に先輩の腕が伸びる。その腕を手にとって口付けた。

「何してんだ」

 先輩が驚いて言う。掴んだ腕を後ろへ引いて、先輩をこちらに向かせた。その首筋に顔を寄せ舌を這わせた。汗のにおいを嗅ぎながら舌の先に汗のしょっぱさを感じ、それだけでイッちゃいそうになった。僕、変態かも。

「何してんだって!」

 当然先輩に付き飛ばされた。

「我慢できなくなっちゃいました」
「ふざけろ。今日は勉強しにきたんだ。なに発情してんだよ馬鹿」

 今日じゃなかったら発情してもいいってことですか。一瞬そんなことを考えたけどそれは言わずに、

「ケーキ、食べますか?」

 餌をちらつかせた。先輩は「そうするか」と立ち上がった。あれ、どうして立つんですか。どうして部屋から出て行くんですか。どうして下に行くんですか!!

 僕も慌てて下におりた。

※ ※ ※

 この2人のどこに共通点があるのかと思う。先輩と母さん。顔を突き合わせ、まるで恋人同士かというくらい楽しそうに話をしている。

「あらぁ、山口君も中学でバスケ部だったの。うちの子と一緒ね。山口君ってモテたんじゃない?」
「そんなことないですよ。俺より」と僕を指差し「こいつのほうがモテたんじゃないかなぁ。お母さん似で可愛い顔してるから」
「やだ、可愛いなんて、口が上手いんだから!」

 と先輩の肩を叩く。母さん、それ社交辞令みたいなもんだから。本気にしなくていいから。

「そんなことないですよ。高校生の子供がいるなんて見えないもん。姉弟でも通じるんじゃないですか?」

 先輩も何言ってんですか! 僕の母さんナンパしてんですか?!

「うふふ、山口君は女の扱いに慣れてる感じね。うちの子は奥手でまだ彼女もいないのよ」
「男の理想のタイプって母親なんだって知ってます? だからなかなか彼女が出来ないんですよ。こいつの場合、理想が高すぎるもの」

 先輩はニコリと笑った。母さんは年甲斐もなく顔を真っ赤にさせ両手で頬を押さえた。もはや言葉もなくし、正面に座る先輩を熱に浮かされたように見つめている。ほんとに先輩のこと好きにならないでよ、母子揃って。

 先輩も先輩だ。どうしてそんな言葉がすらすら出てくるんですか! 男子校だから今まで気付かなかったけど、先輩って女を前にすると豹変するみたいだ。優しい目つきで相手が喜ぶ言葉をポンポン紡ぎ出す。天性のナンパ師! その才能、少しは僕に向けて発揮してください。

「今日、夕食、召し上がってらしてね」

 母さん、言葉使い、いつもと違うよ。

「いいお肉もらったの、今日はステーキにしましょう。山口君、お肉好きかしら?」
「はい、好きです」

 好青年スマイルで先輩は頷いた。天性のジゴロだ。先輩なら定職に就かなくても生きていけますよ!

「先輩、そろそろ上に戻りましょう!」

 このまま放っておいたらお互いの手を取り合いそうな勢いの2人に焦って、僕は先輩をつれて部屋に戻った。

「先輩、僕の母さんを口説いてどうするんですか!」
「なに、ちょっと予行演習だよ」
「予行演習? 何の?」
「さ、続きやるか」

 先輩は椅子に座った。はぐらかされた。ナンパの予行演習っていったいなんのことだろう? きっと戸田さんも絡んでいるに違いない。あの人からなら簡単に聞き出せるから、明日それとなく聞いてみよう。

 そのあとおとなしく勉強を続け、夜には一緒に晩ご飯を食べ、先輩は帰って行った。

「次、いつ来てくれるかしら」

 母さんが夢見るような顔つきで言う。先輩を家に連れてくるの、イヤかもしんない。どうして実の母親にまで嫉妬しなきゃいけないんだよ、もう。先輩の馬鹿!



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君が笑った、明日は晴れ(45/89)

2020.05.17.Sun.
1話前話

 一夜漬けの勉強で片付けていた期末考査が終わり、その結果がかえってきた放課後、電車に揺られながら河中が試験結果を聞いてきた。

「また欠点取ったんですか?」

 2教科追試だと聞くと河中が呆れたように言った。うるさい、ほっとけ。

「前も欠点とってましたよね。先輩、けっこう馬鹿だったんですね」
「喧嘩売ってんのか。お前はどうだったんだ?」
「学年で一番でした」

 驚いて河中の顔を見た。こいつ、ただの色ボケだと思っていたけど、そんなに頭良かったのか。

「でももっと勉強しなきゃ。あっという間に大学受験だもの」

 受験ねぇ。まだ1年なのに、もうそんなこと考えて勉強しているのか。俺はまだ何も進路なんて考えてないぞ。さすがにちょっとヤバいかも。

 一緒につるんでいる戸田も追試組なので、あまり今まで危機感もなく過ごしてきた。夏休みも海の家でバイトをしようと今日、話し合っていたところだ。

「先輩、追試は大丈夫そうなんですか?」
「なんとかなるだろ」
「夏休み、一緒に遊びに行く約束でしょ」
「そんな約束してねえよ」
「しましたよ。どこ行きます?」
「知るか」
「一回で追試パスして下さいね」

 戸田とバイトをする計画があるから、言われなくてもそのつもりだ。

「僕が勉強みましょうか?」
「は? 1年のおまえが何言ってる」

 いくら学年一位の成績でも、2年の試験勉強がみれるわけないだろう。そう高を括っていたら、

「もう高校で習うとこは塾で終わらせてるんです。だから教えること出来ますよ」

 なんでもないふうに河中が言った。まじかよ……。いやしかし、1年の河中に教わるなんて屈辱的なことができるか! 俺にも年上としてのプライドがある。だが俺と戸田は追追試まで受けた過去がある。今年もそんなことになったら海の家でバイトしながら可愛い女の子をひっかけて遊び倒す計画が危ういものになる。ここは恥をしのんで河中に教わるべきか……。

「うちの母さんも先輩に会いたがってるんです。だから遊びに来てくださいよ」

 韓流スターが好きな河中のおふくろさんを思い出した。河中と違って性格が明るく柔らかな印象の人だ。

「そういうことなら……」
「じゃ、さっそく今日からはじめましょうか」
「今日から?」
「善は急げっていうでしょ」
「急がば回れとも言う」
「追追試受けたいんですか」
「わかったよ」

 というわけで、急遽河中の家に寄ることになった。

 家に向かって歩きながら、いつかの日のことを思い出した。俺が河中にむりやり犯された、あの日のことだ。

 あんなことをされたのに、俺は河中と普通に話をし、それどころか忌まわしい記憶しかない河中の家にまた行こうとしている。へんな気分だ。

「今日、お前のおふくろさん、いるのか」
「いますよ。いないほうがいいですか?」
「いや、いるほうがいいだろ」
「僕は2人きりがいいですけどね」

 とにっこり笑う。2人きりだったらどうするつもりだ、こいつ。考えて、胸が少しざわついた。アレ。俺、いま何か期待した?

※ ※ ※

 河中の言う通り今日はおふくろさんがいて、急にやってきた俺を嫌な顔せず出迎えてくれた。

「いらっしゃい、また来てくれて嬉しいわ。ずっと待ってたのよ、さ、あがってちょうだい」

 満面の笑みで歓迎を示してくれる。俺もつられて笑いながら会釈し、中にはいった。

「ケーキがあるの。用意するから手を洗って来てね」
「母さん、今日は僕たち勉強するから」
「あら、試験終わったばかりでしょ?」
「そうだけど、夏休み前にまた小テストがあるんだ。その勉強するから、しばらく邪魔しないでね」

 河中にかばわれるとうい屈辱。でも本当のことを言わないでくれた河中に少しだけ感謝した。こいつにも情けというものがあるらしい。

 河中のおふくろさんは俺に向きなおり、

「テストばかりで高校生は大変よね。じゃあ、勉強終わったら言ってね。一緒にケーキ食べましょうね」

 と首を傾げて笑った。少女のような人だ。河中の顔は母親似なんだな。笑うと親子でそっくりな顔になる。

 河中に背中を押されながら2階にあがった。

「すみません。僕の母さん、すっかり先輩のこと気にいっちゃってて」
「そういうとこも、母子で似てるんだな」
「え?」

 咄嗟には意味がわからなかったらしい。河中は一瞬考えたあと、顔を真っ赤にした。

「何赤くなってんだよ、いつも散々俺に好きだとか抜かしてるくせに」
「そ、そうですけど、先輩からそう言われると照れます」
「俺、さきにケーキでも良かったんだけどな」
「ダメですよ、先に勉強!」
「へーへー」

 これで追試を一発で片付ければ、誰にも文句の言われない自由な夏休みだ。海の家でバイトをするとけっこう女にモテるらしく、ナンパの成功率も高いらしい。たまに逆ナンもあったりすると聞く。今から楽しみで仕方がない。考えるだけで口元がニヤついてしまう。




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2020.05.16.Sat.
1話前話

 浦野の中はキツくて熱かった。

「河中……痛い」
「うん、もう少し我慢して。全部入ったら楽だから」
「ほんとに?」

 返事をするかわりに腰を打ちつけ、一気に根元まで入れた。浦野の体が反り返る。

「ごめん、僕も余裕なくて焦っちゃった。浦野が好きでたまらないんだ」
「痛いよ」

 涙の滲む目尻を舐めてやった。そのまま口づけする。

「動くよ?」

 浦野の返事を待たずに腰を動かした。

 心と体、きれいに切りはなされたように、体は快感を得て反応しているのに、心のほうはまったく醒めていた。機械的に腰を動かし、自分の男性器へ刺激を与える作業に没頭した。

 まったく浦野のことを考えていなかった。それなのに、浦野はわずかばかりの快楽を得たのか、呻くだけだった声に変化があらわれ始めた。

「なんか、変な感じ」

  わけのわからない感情に戸惑い、僕にそれを訴えてくる。

「変じゃないよ、気持ちいいんだよ」
「そうなのかな。河中は?」
「僕も気持ちいい。大好きだよ、浦野」
「うん、俺も」

 僕に向かって手を伸ばしてくる。浦野はキスが好きらしい。こんなふうに先輩にキスをねだったんだろう。先輩は流されるまま、浦野とキスを重ねた。大方そんなとこだろう。あの人は流されやすい人だから。

 浦野の股間のものを握ってしごいた。

「あっ」
「一緒にいこう」

 浦野のものをしごきながら、僕も腰を動かした。

「僕と先輩、どっちが好き?」
「河中が好きっ」
「じゃあ、もう先輩に会わないでね。僕だけの浦野でいてくれるね」
「はっ、あっ、もう、出る」

 浦野が先に出し、僕も少しあとで果てた。

 ※ ※ ※

 身繕いを終えた浦野がチラチラと僕を見る。

「どうしたの?」
「なんか、恥ずかしいなぁと思ってさ」
「何が?」
「だって河中とこんなことになるなんて、いまだに信じられないもん」
「僕のどこが好き?」
「うーん、はじめは顔だけで好きになったけど、今は優しいところが好きかな」

 顔と優しいところ、ね。これからはそれを使って浦野を僕に引き止めていよう。もう二度と先輩に近づかせないために。

「先輩のこと、まだ好き?」
「うん……やっぱり好きかな。山口さんてかっこいいし優しいから。河中もそこが好きなんだろ?」
「うん、そうだね」

 かっこいいのは認めるけど、先輩が優しいとは同意できない。いったい先輩はどんな姿を浦野に見せていたんだろう。またぞろ嫉妬心がわきあがってきた。

「でも先輩、男はムリな人だから」
「そうかな? 俺とキスしたし、裸で抱き合ったよ」

 裸で抱き合った? こいつ、何をしゃあしゃあと言ってくれるんだ。

「河中は山口さんとはほんとに何もしてないの?」
「はは、しないよ。浦野も、もう僕がいるんだから先輩の優しさにつけこんでこれ以上あの人に迷惑かけるなよ。いいね?」

 浦野はとたんに真面目な表情になってじっと僕を見つめた。

「それって俺を山口さんに近づけないために言ってるんじゃないよな?」

 と聞いてくる。間抜けなガキかと思っていたら意外に鋭い読みをする。僕はわざとらしいくらい優しい笑顔を作って浦野の肩を抱き寄せた。

「あの人にはただの片思いだけど、浦野には本気になりそうなんだ。だから他の男に近づいて欲しくない。こんなふうに言われるの迷惑?」
「ううん、迷惑じゃない」

 浦野は俯いて、「ちょっと嬉しい」と小さな声でつけたした。

 1時間目終了のチャイムが鳴った。

「そろそろ戻ろうか」

 立ち上がって浦野に手を伸ばした。僕の手を掴み、浦野も立ち上がる。寝癖をなおしてやると恥ずかしそうに俯いた。

 これから目一杯優しくして甘やかしてやる。だから僕を好きになれ。僕に夢中になれ。心が僕で占められて先輩のことは忘れてしまえ。



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君が笑った、明日は晴れ(43/89)

2020.05.15.Fri.
1話前話

 以前先輩がここの体育倉庫の鍵をレンガの下に隠しているのを見た。探すと同じ場所に鍵はまだあった。それを使って浦野を中二連れこんだ。

「もうチャイム鳴ったけど」
「戻りたかったら戻ってもいいよ」

 浦野はその場から動かず、視線を下に落とした。

「どうして俺と? 河中は山口さんが好きなんだろ」
「好きだよ。でも浦野のことも気に入ったんだ」

 言いながら僕は優しく笑いかけた。顔はひきつらない。僕もなかなか役者だな。

 先輩に付きまとう位なら、僕のことを好きになって僕に付きまとっていてくれたほうがいい。これ以上先輩に馴れ馴れしくして欲しくない。

「河中の考えてることがよくわかんないよ俺」
「この前はひどいこと言ってごめんね」
「すっごい傷ついた」
「うん、ごめんね」

 浦野の肩に手をおいて頬にキスする。こちらを向いた浦野と唇を重ねる。音を立ててキスしながら、浦野の制服を脱がしていった。

「か、河中、お前、なんか慣れてない?」
「そんなこと聞くなよ」

 奥のマットに浦野を押し倒した。意外な顔で僕を見上げてくる。

「河中って、その、入れる、ほうなのか?」
「僕が欲しいんだろ、ここに」

 布の上から浦野の後穴に指を当てると体がビクンと跳ね上がった。

「河中がそんなことするなんて信じられない」
「すぐ実感するよ」

 ベルトを外し、ズボンを下着ごと脱がした。身じろぎする浦野を押さえつけ、小さいそれを手に握る。

「怖い?」
「怖くなんかっ!」

 ほんとに浦野ってガキだな。目一杯虚勢張ってるつもりなんだろうけど緊張して顔が強張ってる。先輩とした時もこんなふうにガチガチだったのかな。いったいどうやって先輩をたらしこんだんだ、こいつは。

「はぁあ……」

 溜息をもらす浦野のものがだんだん大きくなってきた。

「可愛いね、好きだよ」

 心にもないことを言う。浦野は薄目を開けて僕を見た。

「ほんとに?」
「うん、ほんと」
「キスしたい」

 浦野の舌を吸いながら、先走りを指に絡めて手を動かした。

「んあ、あ……っ」
「先輩にやられるのと僕にやられるの、どっちが気持ちいい?」
「わかん、ないっ」
「どっちが好き?」
「どっちも……好き」

 欲張りな奴。内心では呆れつつ、僕は笑みを浮かべたまま浦野の体にキスした。早く僕だけを好きになれ。僕に夢中になれ。先輩のことを忘れろ。

「はっ、あ、出して、いい?」
「いいよ」

 浦野の熱いほとばしりを手のひらに受けながら、先輩が同じことをこいつにしてやったのかと思うと腹がねじれるような嫉妬を感じずにはいられなかった。遊ぶならもっと他にいるだろう。こんな奴のどこがいいんだ。

 乱暴になりそうな気持ちをなんとかおさえつけ、浦野の出したものを潤滑油がわりに後ろへ指を入れた。

「あっ!!」

 驚いて浦野が叫ぶ。非難するような目が僕を見た。

「痛かった? ごめんね、でもここを使うってことは浦野も知ってるんだろ?」
「し、知ってるけど、でも、もっと」
「うん、優しくするね」

 うるさい口を自分の口で塞いだ。キスが好きらしい浦野が舌を絡めてきた。

「少し、動かすよ」

 浦野が頷くのを見て、指を動かした。

「ん……」

 ぎゅっと目を瞑って浦野が耐えている。こいつの経験はほとんど皆無と言っていいだろう。キスだってお粗末なものだ。その程度で先輩をたらしこむなんて100年早い。

 ズボンから自分のものを取り出し、僕はしごいた。体はそれなりに反応するが、気持ちはまったく興奮しない。面倒で早く終わらせたかった。

「入れるよ」

 本心を隠し、僕は浦野に優しい声で囁いた。

「俺、怖い」

 いまさら何言ってるんだ、こいつは。そんな生半可な決意で先輩を誘ったのか? 本当に子供みたいでイライラする。

「怖くないよ、ゆっくり、優しくするから。それに僕、浦野が欲しくてたまらないんだ。君と一つになりたい」

 相手が先輩ならともかく、浦野相手にこんなセリフを言うなんて自分で言ってて気持ち悪い。それでも浦野には効果があった。潤んだ目がゆっくり見開かれ光を宿す。

「ほんとに? 本気でそう思ってる?」
「うん、本気。浦野が好きだよ。だから、僕を受け入れてくれる?」

 浦野はしばらく考えたあと、決意したようにしっかり頷いた。



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