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君が笑った、明日は晴れ(59/89)

2020.05.31.Sun.
1話前話

 先輩の行動はあきらかにおかしかった。

 まず、キスの仕方が夏休み前と違った。いつも僕からキスするからか、先輩は受身になることが多いのに、今日はなぜか積極的で抵抗感も一切ない様子だった。

 おまけに自分から言い出して僕のものを触ってくるなんて、今まで一度もなかったことだ。

 手で扱きながら僕の首にキスした。目が眩むほどの快感の中、僕はいってしまった。相手をしているのが先輩だと思えないほどのかわりぶり。

 誰かに仕込まれたとしか思えない。

 浦野? あいつは夏休み中、ほとんど毎日僕にメールを送ってきたし、嘘をつけるタイプじゃないから、先輩と何かあったらすぐ顔や態度に出ていたはずだ。そんな素振りはまったくなかったらきっと違う。第一、浦野が先輩に影響を与えるほどのテクニックを持っていないことは僕が一番よく知っている。

 だとしたらカンサイか? クラスで見る限り、カンサイと先輩はそんなに仲が良さそうには見えなかった。僕の知らない間に連絡を取り合い、夏休みに会っていた可能性はあるが、先輩の微妙な指使いはカンサイの大きな体には不似合いで、カンサイに仕込まれたとは考えにくい。

 だったら他に誰がいる?

 バイト先、海の家の誰かなのか?

 先輩のやり方は女を相手にしてきたものじゃない、間違いなくなく男を相手に経験してきたものだ。でなきゃ、浦野とのことを差し引いても先輩が自分から「やってやる」なんて言い出すわけないし、なんの躊躇もせず僕のを握って扱き上げ、吐き出したものをわざわざ僕に見せてきたりはしない。楽しんでいる。そこが今までと一番違うところだ。

 誰に仕込まれた? 先輩、誰にそこまで慣らされちゃったんですか?

※ ※ ※

「河中、お前、何考えてる」

 トイレの個室に押し込まれた先輩が非難の目で見てきたが、そんなもの気にならないくらい、正直僕は切羽詰っていた。

 先輩はいつも僕の知らないところで誰かと関係を持つ。体育倉庫でカンサイと、浦野の家で浦野と、そして夏休みには僕の知らない誰かと。

 ノンケなのに、僕を入れて4人の男と経験がある。もしかしたらそれ以上かもしれない。

 僕がきっかけだったのは間違いない。それ以降、先輩の抵抗感はどんどん薄れ、いつの間にか積極的にさえなっている。それなのに、僕とはどうだ? 最後までした性交渉なら、僕が知る限り、カンサイや浦野よりは多いが、キスの回数や肌を合わせた回数なら浦野の方が多いかもしれない。

  先輩に嫌われまいと、僕が遠慮し過ぎていたんだろうか。もっと積極的にいっても良かったんだろうか。

 夏休みを落ち込んだまま過ごさずに、彼女なんて気にしないでもっと会いに行けば良かった。会いに行って家に誘ってキスしてそれ以上のこともすれば良かった。

 でないと先輩はどんどん僕から離れていく。そんな焦燥を感じ、僕は背中にじっとり汗をかいていた。

「僕が考えているのはいつも先輩のことだけです」
「そういう意味じゃなくて、こんなとこで何する気かって聞いてんだよ」
「身体検査。ここで先輩を抱きます」
「ばっ、ここトイレだぞ」
「夏休みに男と寝ましたか?」

 先輩に近づき、首筋にキスした。

「寝てねえよ」
「正直に答えて下さい。でなきゃ、ほんとにここでしますよ」
「させるかよ」

 首を舐め上げながら、ズボンのベルトを外し、緩んだ前から手を中に差し込んだ。もう固くなっているそれを外に引っ張り出す。

「わかるんですよ。先輩、男と寝たでしょう?」
「だったら? お前に関係あるか?」

 関係? ないでしょうね、先輩には。でも僕には大有りなんですよ。他の誰にも先輩に触らせたくないんです。僕以外の誰とも寝て欲しくないんです。

「認めるんですね」
「さあな」

 口の端をあげ、先輩がニヤリと笑った。僕は理性を保てなくなった。




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君が笑った、明日は晴れ(58/89)

2020.05.30.Sat.
1話前話

「誰か来たらどうすんだ、丸見えじゃねえか」
「大丈夫、ここは角だから人も来ませんよ」
「店員が来る」
「その前に済ませちゃいましょう」

 くそボケっ。

 河中に膝枕なんてさせるんじゃなかった。2人とも火がついちまった。ソファに座る俺の前に河中が跪いて、股間に顔を埋め、口を動かしている。

「ん……っ」

 森下さんとのセックスで俺、どこがどう感じるのか自分ですっかり把握してしまって、河中が舌しか使わないことを不満に思っている。もっと強い刺激を欲している。

 俺のを咥えながら河中が上目遣いに見てきた。ぞくっとするほど色っぽい表情。俺の反応を見ながら目を細めて笑った。

「もう口はなせ、出る、から」

 飲む、という意思表示のつもりか、河中が強く吸い上げてきた。やめろって、あんなクソまずいもん飲むなよ。

 実は俺、一度だけ森下さんのを飲んだことがある。独特のにおいと味。そのあと口直しに酒を飲んだり煙草を吸ったりしたが、不快感はしばらくずっと残ったままだった。

 森下さんは、飲み方にコツがある、あとは慣れだと言っていたが、俺は一生慣れそうにない。律子にもぜったい飲ませるつもりはない。

「いいんですよ。出しても」

 俺が躊躇っていると河中が声をかけてきた。こいつも人のを飲むことに慣れているんだろうか。それとも本当は無理しているんだろうか。

 もういっか、そんなこと……。

 どうでもよくなってきた俺は、低く呻いて河中の口に射精した。

※ ※ ※

 河中はウーロン茶を何口か飲んだ。それだけであの味が消えるとは思えないが。

「お前、平気なのか」
「何がです?」
「飲むこと」
「先輩のだから平気です」

 俺のじゃなかったら無理ってことか? ってことはやっぱり無理してるってことか。

「べつに出していいんだからな」
「僕に気を使ってくれてるんですか」
「そういうんじゃねえけど、わざわざ飲むもんでもねえだろ」
「そうかもしれない。でも興奮してたら飲みたくなってくるんです」
「お前は、平気か」
「はい、だから先輩のだったら……」
「じゃなくて、お前は出さなくて平気かって聞いてんの」

 え、と河中は口をポカンと開いた間抜け面で俺を見た。俺がお前のことを気にかけるのがそんなに意外か? 戸田といい、こいつといい、俺が少し優しいところを見せるとすごく珍しそうな顔をするから感じが悪い。

「どっちかと言うと平気じゃないですけど……」

 戸惑いを隠せず、河中は微妙な笑みを浮かべて頭をかいた。

「こっち来て座れよ」
「はぁ……」

 間が抜けた返事をして河中は隣に腰をおろした。扉に背を向けて座り、河中の背後から前に手をまわして熱いその場所を触った。

「先輩?!」
「黙ってろ」

 河中の耳元に囁く。いつも俺を追い詰めて楽しんでいやがるくせに、いざ立場が逆転すると簡単にうろたえる。やっぱりこいつ、まだまだガキだ。

「せん、ぱい」

 擦れた声で呼ばれた。河中の四肢が突っ張って背中が反り返る。えらい感じてやがんな。チロチロ溢れてくる先走りを絡めとり、手の平全体を使って優しく擦った。

「はっ、あ、ど、して」
「何が」
「こんなの、今までないっ」
「たまにはしてやろうと思って」
「うそ、嘘だっ」

  河中が俺の頭を抱え込み、首をひねって顔を寄せてきた。感じ入った表情で切なげに俺の口元を見つめている。こいつ、こんな顔してたら学校中の奴に犯されるんじゃないかというくらい、不覚にも股間直撃の悩ましげな表情だ。

 手を動かしながらキスした。深く密着することができなくて、河中の口の端から唾液が零れる。

「ふっ、あっ、あ」

 河中の細い指が俺の腕に食い込む。呼吸が早くなった。

「もう出そう?」

 聞くと何度も頷いた。最後の絶頂にまで追い上げるために手を動かす。甘い匂いのする首筋にキスし、軽く歯を立てた時、河中の熱いものが俺の手に吐き出された。

「たまってた?」

 白い液体まみれの手を顔の前にかざしてやると、河中は言葉を詰まらせて俯いた。いつもの仕返しだ。

「扉開けろ、手洗ってくる」

 身繕いしながら河中は扉をあけた。廊下を出て視線を走らせるが誰もいない。少し離れたトイレに入って手を洗った。河中も入ってきて俺の隣で手を洗う。頬がまだ赤い。

「先輩、僕ね、いますごく幸せなんです。だからこんなこと言いたくないんですけど」

 手を洗い終わった河中が顔をあげ、まっすぐ俺を見た。目が据わっている。怖いくらいに無表情。それが今、幸せだって言った奴の表情か? 妙に気圧されて固唾を飲み込んだ。

「なんだよ」
「先輩、夏休みの間、誰かと寝ました?」

 静かに河中が言った。

 内心ギクリ。森下さんとのこと、なんでバレたんだ?

「俺に彼女いるの知ってんだろ」
「彼女のことを言ってるんじゃないんです。キスの仕方が今までと違いました。今まで僕にしなかったことまでして、おかしいです。慣れてるみたいでした」

 抑揚のない声でいいながら、河中がじりじりと俺に詰め寄って来る。どうしたんだ、こいつ。いつもならもっとキャンキャン騒ぐくせに、いやに冷静に……。いや、違う、こいつ、キレたんだ、本気で。

「お前の勘違いだろ」
「勘違いかどうか、確かめさせてくれませんか」
「なに、どうやって」
「身体検査です」

 河中とは思えない強い力で腕を引っ張られ、トイレの個室に連れ込まれた。勢い良く扉がしめられ、鍵が下ろされた。




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君が笑った、明日は晴れ(57/89)

2020.05.29.Fri.
1話前話

 男を痴/漢する男もいるのか。

 胸糞の悪い話だ。痴/漢てやつは立派な犯罪だ。そりゃ中には冤罪もあるだろうが、明確な意思を持って触る奴は許すことが出来ない。

 律子も電車通学で、何度か痴/漢にあったことがあるという。その時も俺は頭にきた。同じ男として卑劣なことをする痴/漢野郎が許せなかった。

  河中が痴/漢にあったと聞いても同じように許せない気持ちになったのは、こいつが泣きべそかいていたからだろう。

 いつも通りしれっと話していたら心配もしなかったが、目に涙をためてそのことを俺に打ち明けた河中は、男だろうが女だろうが関係なくただの「被害者」だった。それも年端もいかない小/学生の頃からそんな目にあってきたと言うのだ。だから俺もムッとなり、つい河中を慰めるように頭を撫でていた。

 その直後河中に抱きつかれた時はまた別の意味でムッとなったが。

 次の電車がくるまであと5分ほどある。ホームにもまた人が集まってきた。河中の涙はもう止まっていてホッとする。俺はどうも人の涙には弱いらしい。

「なんか面倒臭くなってきたなぁ」

 これから学校に行くのが。今日はどうせ始業式。行っても行かなくても問題ない。

「俺、このままサボるわ。じゃな」

 河中に向かって手をあげ、階段に向かって歩き出した。

「えっ、サボるって……、先輩! 本気ですか!」

 河中が驚いた声をあげ、俺のあとをついてくる。

「お前は学校行けよ」
「でも、先輩は?」
「俺は……そだな、カラオケでも行ってもう一眠りする」
「だったら僕も行きます!」
「お前はついてくんな」
「嫌です、行きます」

 ズンズンと河中が俺の前を歩いて行く。何を張りきっているんだか。

 駅前のカラオケボックスに河中と2人で入った。ドリンクを注文し、俺はソファの上で横になった。その途端欠伸が出た。

「先輩、何か歌います?」
「寝る」

 自分の腕を枕にして横向きになって目を閉じた。

 物音に薄目を開けると河中が自分の鞄から参考書を取り出し、テーブルに広げるのが見えた。こんなとこ来て勉強するなら学校行けばいいのに。

 河中はウーロン茶を一口飲んでテーブルに置くと、筆箱からシャーペンを取り出し、それを口にあてた。目線はテーブルの参考書を睨んでいる。考え込む時の癖なんだろうか。

 口からシャーペンをはなし、何か書き出した。伏せられた目許に長い睫毛の影が落ちている。夏休みは家にいることが多かったのか、肌の白さは休み前とまったくかわっていない。

  散髪も行ってないのか、前より髪が伸びている気がする。現に今も邪魔そうに前髪をかきあげた。

 河中と目が合った。

「何ですか?」
「勉強すんなら帰れば」
「……ですよね。実はまったく集中できないんです。ここは勉強するには向かないや」

 と、シャーペンをテーブルに放り投げた。

「河中、こっち来い」

 俺の頭の上のスペースを手で叩いた。ハイ、と返事をして河中が立ち上がる。俺も上体を起こして場所をあけてやった。きょとんとした顔で河中がソファの端に座る。

「どうしたんですか」
「枕かわり」

 河中の膝の上に頭を乗せてまた寝転がった。女の子のようにやわらかくはないが、丁度いい高さだ。

「えっ、先輩?」

 河中が赤い顔をしてうろたえていたが、それを無視して俺は目を閉じた。横顔に痛いほど河中の視線を感じたが、しばらくしたらそれも気にならなくなった。

  ふわりと、優しく甘い匂いが鼻をかすめる。河中の匂い。何の匂いなんだろう? 洗濯洗剤か? 柔軟剤? 家の匂い? 河中の母親の顔が頭に浮かんだ。少女のような母親にぴったりの匂いだ。

 河中の手がおずおずと俺の頭に触れた。ためらいがちに髪の毛を撫でつけている。細い指先が俺の耳に当たった。もう片方の手が俺の肩の上に置かれ、骨格や筋肉を確かめるように指先が微妙に動いた。

 自分の都合しか考えず膝枕なんてさせたが、これってこいつを変に勘違いさせたりしないかな? そもそも男が男に膝枕してもらうってどうよ? 今更気付く。

 夏休みの間、森下さんと会えば部屋で酒を飲むかセックスするかの生活をしていたから、この程度のスキンシップが普通か異常かの区別も曖昧になっている。かなり夏休みボケしてるな。やばいぞ。

 肩を触っていた河中の手が腕へと下がり、前にまわした俺の手の平に重なった。指の間に指を入れて握り締めてくる。背中に河中の体重がのしかかる。耳にキスされた。

「何してんだ、河中」
「起きてたんですか」

 横目で睨むと河中がくすっと笑った。

「夏休みに会えなくて寂しかったんですよ。これくらい許してくれてもいいじゃないですか」
「これくらいで済むのか、お前」
「それ以上のことしてもいいんですか」
「馬鹿者。ここをどこだと思ってんだ」
「個室のカラオケボックス」

 顔を覗きこまれ、唇にキスされた。当然のように舌が入り込んでくる。繋いでいた手が外れ、ズボンの上から性器を握られた。やべ、反応しちまう。

「個室に2人きり。目の前には無防備に寝そべる先輩。こんな生殺しの状況で勉強なんて出来ませんよ」

 布越しにそれを擦って刺激してくる。すでに半勃ち。焦る俺より余裕のない河中の表情。どうしておまえがそんなに切羽詰った顔してんだ。



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君が笑った、明日は晴れ(56/89)

2020.05.28.Thu.
1話前話

 新学期が始まった。

 なのに僕の心は、海の家で先輩の彼女を見た時からずっと憂鬱に沈んだままだ。

 夏休みの間、何度も浦野から連絡がきて会いたいと言われた。不自然にならない程度に断って間をあけ、適当に付き合った。

 浦野はすっかり僕とのセックスにはまってしまったようで、浦野の家にあがると同時にキスされ服を脱がされるということが何度もあった。そのまま玄関で最後までしてしまったこともある。サカリのついた猿か、と呆れてしまうが、先輩からしたら僕も浦野とかわらないのだろうと思うと、切ないような情けないような気持ちになり、自分の姿とだぶる浦野が憐れに思えて優しく出来たりもした。

 でも僕の気持ちは浦野には向かない。僕の全ては先輩に向けられている。僕は浦野との関係を清算する方法を考え始めていた。浦野が聞きわけてすんなり別れてくれるといいけれど、女の子と付き合ったこともなかった浦野の初心な恋心を思うとそれも難しそうで、また先輩に泣きつかないよう慎重にしないと、僕の苦労は水の泡だ。

 自分で仕掛けたこととはいえ、海の家の件以降すべてにやけっぱちなっていた僕は、浦野とのことを投げ出してしまいたくなっていた。それをしないのは浦野を先輩に近づけさせないため、その独占欲が原動力だった。

 先輩とはあの日以来会っていない。何も言わずに帰った僕を少しは不審に思ったり心配したりしただろうか。先輩のことだからきっとそれはないな、と僕は自嘲する。

 ああ、体がダルい。考えることも億劫だ。

 夏バテをひきずっているような僕だったが、駅に現れた先輩を見て途端に思考がクリアになったのには、我ながら現金だと笑ってしまった。

「おはようございます、先輩。ずいぶん焼けましたね」

 夏休み前よりさら焼けた先輩は「まぁな」といつもの素っ気無い返事を寄越した。

 欠伸をしながらホームに入ってきた電車を見ている。開いたドアから先輩が先に電車に乗り込み、僕もそのあとに続いた。混雑した車内。先輩と密着できるから僕は好きだ。

 電車の揺れに合わせ、僕は少しずつ先輩に近づく。吊り革を持って窓の外を見ている先輩の横顔をこっそり盗み見する。ポケットに入れた左手に僕の腕が触れる。

 電車が大きく揺れた。つんのめるように先輩にぶつかってしまったが、先輩は平然と僕を受け止め「大丈夫か?」と珍しく優しい言葉をかけてきた。それだけで僕は有頂天になってしまう。

 はいと返事をして、そっと先輩の腕を持った。先輩が一瞬咎めるような視線を送ってきたが、振り払わず黙っていた。車内が混雑していたから腕を動かせなかっただけかもしれないけれど。

 手のひらから先輩の体温が伝わってくる。薄い皮膚の下の筋肉を感じる。僕が幸せを噛み締めていたら、下半身に違和感を感じた。誰かが僕の股間を触っている。先輩の右手は吊り革、左手はポケットの中だからもちろん先輩じゃない。いったい誰が?

 目だけであたりを見渡したがぎゅうぎゅうのすし詰め状態で誰だかわからない。その手はズボンの上から僕のものを何度も指でなぞり、先をチョンチョンと刺激してくる。痴/漢だ。屈辱と羞恥心にカッと顔が赤くなった。

 指の感触でそれが男だとわかる。僕は小さい頃からオジサンに好かれるタイプらしく、今までにも何度かこういう経験はあった。だけど中学にあがるとそれも減ってきてこの1、2年はなかった。

 久し振りにこんな目にあったからショックで動けずにいた。握った先輩の手に力がこもる。先輩が気付いて僕を見た。

「なに?」

 囁くような声で言う。僕は無言で先輩の顔を見つめた。先輩、助けて。以前ならすぐに振り払えたのに、今はどうしてだかそれが出来ない。

 痴/漢の手が先をきゅっと握った。

「!」

 思わず反応してしまった自分が情けない。

「なんだよ、どうした?」

 先輩がいぶかしんで眉を寄せた。僕は何もいえずに俯いた。情けない。痴/漢の手によって僕のものが大きくなっているなんて言えるわけない。

「酔ったか?」

 僕は俯いたまま首を横に振った。

「気分悪いのか?」

 違うんです、先輩。僕、痴/漢に触られて抵抗できないでいるんです。

 痴/漢の手の平が僕を包み込むように握った。もうやめてくれ!

 電車がホームについて人がどっと降りていったのと同時に、痴/漢の手も離れていった。

「ほんとにお前、どうしたんだ?」

 何も知らずに先輩が言う。僕は顔をあげた。

「お前、泣いてんの?」

 先輩が目を見開く。泣いてはいない。涙が零れる寸前だった。

「来い」

 先輩が僕の腕を掴んで電車をおりた。背後でドアが閉まり、電車が動き出す。ここ、学校の最寄り駅じゃありませんよ。

 電車をやりすごし、先輩は誰もいなくなったホームのベンチに僕を座らせ、その前に立った。

「体辛いのか? だったら早く言えよ」

 僕の体調が悪いのだと先輩は思ったようだ。僕は手の甲で涙を拭い、「違うんです」とようやく声を出した。

「じゃ何だ」
「僕、さっきの電車の中で、痴/漢にあってたんです」
「はぁ?」

 予想外だったようで先輩は大きな声をあげた。

「お前女みたいだもんなぁ。って、どこ触られたんだ?」
「か、下半身」
「男ってわかってて痴/漢されたのか?」

 僕は小さく頷いた。先輩の大きな溜息が聞こえた。

「ばか、お前、抵抗しろよ」
「前なら出来たのに、今日はなんだか出来なくて」
「感じたか?」
「違います!」

 からかうような声に慌てて否定する。

「痴/漢なんて久し振りだったから、ちょっと混乱したみたいです」
「久し振りって、そんなに経験あるのか?」
「小/学生の頃、塾の行き帰りに電車を利用してたんですけど、その時はよくありました」

 先輩は何も言わずに顔を顰めた。こんな僕を軽蔑したのだろうか。それとも呆れて言葉もないのかな。

「なんだよそれ」

 ボソッと呟いたあと、僕の頭に手を乗せて、

「今度痴/漢にあったら俺に言え。俺がぶっ飛ばしてやる」

 と僕の頭を撫でてくれた。

 嘘みたいな出来事。たまらなくなって先輩に抱きついた。

「おい、河中、暑苦しいことするな」

 駅のホームで抱き合うなんて恥ずかしいこと普段なら出来ないけど、今はそうせずにいられなかった。先輩が僕を心配してくれた。痴/漢を相手に怒ってくれた。今度から助けてやると言ってくれた。僕にたいしてことごとく冷淡な態度をとる先輩が、言葉にあらわして僕に優しくしてくれた! 僕もう死んでもいいかも! 痴/漢様様だ!

 先輩に引き剥がされてまたベンチに座らされた。

「なに恥ずかしい真似してんだ」
「だってこんな嬉しいことないですよ」
「痴/漢にあって何が嬉しいんだ変態」
「違います、そっちじゃなくて」
「もういい、黙れ」
「先輩」
「心配してやって損した」

 心配してくれたんだ……!! 僕はまた感動して抱きつきたくなったが、これ以上先輩を不機嫌にさせるのが怖くてぐっと堪えた。どうして今日はこんなに優しくしてくれるんだろう? 神様からのプレゼントなのかな。僕、今日死んじゃうのかな。そうだとしてもこんな幸せな気分で死ねるなら本望かもしれない。



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君が笑った、明日は晴れ(55/89)

2020.05.27.Wed.
1話前話

 2人並んでベッドに横になり、天井を見上げてぼんやりしていた。いつの間にか窓の外が白んでいる。

「シャワー浴びる?」

 森下さんが俺に訊ねる。

「ダルい。眠い」
「俺も眠い」

 ゴロンと横向きになって俺の胸に腕を乗せた。その手が乳首を弄ぶ。

「やめろって」
「空っぽになるまで出したもんね」

 今度は下におりて俺の陰嚢を優しく揉んだ。

 結局ゆうべは何回出したんだ? 4回? 5回? 忘れてしまった。とにかく疲れた。もうクタクタだ。バイトに行くのが面倒で仕方ない。このまま寝てしまいたい。

「君の順応力の高さには感心するよ。ほんとは経験あったんだろ?」

 正直に答えてもいいか。もう嘘をつくのも面倒だし。

「まぁ、少しは」
「やっぱりね。初めてであんなに感じるなんておかしいと思ったよ」

 ……初めて河中とした時もけっこう感じた俺っておかしいのか?

「でも意外。山口君って男にまったく興味なさそうだったのに。気付いてる? 女と男とで接客時間がぜんぜん違うんだよ。特に、好みなんだろうなって女の子の時はやたら丁寧な接客をしていたし」

 まじでか。俺にはそんな自覚まったくない。好みのタイプまでバレているのかと思うと少し恥ずかしい。次から気をつけよう。

「先にシャワー浴びてくる。あとで起こしてあげるから、君は寝てていいよ」

 森下さんは立ち上がって浴室へ消えた。俺は目を閉じ、少し眠った。

※ ※ ※

 森下さんの車で一緒にバイトに行った。2人揃って姿を現した俺たちを見ても、誰も何も言わない。偶然会ったと思っているのか気に留めるほどのことでもないのか。

 仕事中、何度も欠伸が出た。森下さんと目が合うと、意味深に笑いかけてくるのが気恥ずかしかった。

 それから森下さんに何度か家に誘われ、何度か断り何度か家に行ってセックスした。

 気持ちのない体だけの関係は気楽で良い。スポーツを楽しむような感覚だった。

 戸田からメールがきた。先生に泣きついて、追追追試でようやく合格にしてもらったのだそうだ。

 今頃はじめる短期のバイトも見つからず、俺が働く海の家に来て自棄になって片っ端から女の子に声をかけ、ことごとく振られていた。憐れな奴だ。

 戸田が不憫になり、太田さんに頼んでバイト終わりに一緒に花火をしてもらった。夏の思い出がこれだけだとしたら気の毒すぎるが、何もないよりはマシだろう。

 夏休みもあと一週間という頃、女の客にナンパされた。こういう時に戸田の馬鹿はいない。俺が1人で女2人を相手にした。

「海の家ってね、女だけじゃなくて男にもモテるんだよ」

 ある日、森下さんが言った。

「あのお客さん、さっきから女の子じゃなくて男ばっかり見てるだろ、きっとゲイだよ。見ててごらん」

 と、森下さんはテーブルに座った男の接客についた。何か話をし、笑い声をたてている。

 こちらに戻ってきた時俺にウィンクして見せた。注文のビールと枝豆を男のテーブルに運んでいく。

 男が驚いた顔で何かを言った。森下さんは男の体に触れながら耳元に何か囁く。男は何度か頷いたあと携帯電話を取り出した。番号の交換でもしているのだろうか。

 森下さんが戻ってきた。すれ違いざま、

「今晩彼と会うことになった」

 と小さな声で囁いた。なんという早業。俺もこの調子でこの人に食われちゃったんだよな。苦笑するしかない。

 そんなこんなで夏休みが終わった。あっという間の短い夏休みだった。



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君が笑った、明日は晴れ(54/89)

2020.05.26.Tue.
1話前話

 ベッドに寝かされ、また濃厚なキスをした。一糸纏わぬ姿。森下さんの唇が、口から首、胸へと移動していくのを目を瞑って感じながら、異様に気持ちが昂っていくのを感じていた。そこに愛情はない。ただ、やりたいだけの単純明快な欲望。

「んっ」

 乳首を軽く噛んで吸われた。体の奥からむず痒いような痺れた感覚が走りぬける。

「ほんとに感じやすいね、君は」

 くすっと森下さんが笑った。その吐息にすら感じる。森下さんは舌で乳首を転がしながら、また後ろに指を入れてきた。なんだかジンジンとする。

「いまさら待ったはなしだよ。俺も止められないからね」

 上体を起こした森下さんはゴムをはめ、指を抜いたそこに猛ったものをあてがった。一瞬の恐怖と不安。ぐっと押し込まれたものが俺を引き裂くように中に進んでくる。やっぱりすごい圧迫感がある。

 全部いれたところで森下さんはふぅと息を吐き出した。

「全部入ったよ」

 俺の手を取って繋がった場所を触らせた。ほんとに一部の隙間もなく、俺が森下さんのを咥え込んでいる。河中以外で初めての男だ。

「すごいね、山口君のここ。俺のに絡んで吸いついてくるよ。これを使わないなんてもったいないな」

 河中にも似たようなことを言われた気がする。俺ってそんなにイイのか? 自分で味わえないのが残念だ。

「逆に使わないでいたほうがいいかもしれないな。これを味わったらみんな君の虜になるよ」

 言いながら森下さんがゆっくり腰を動かした。森下さんのが出て行き、また戻ってくるのをありありと感じる。それに合わせて俺の理性も剥がされていく。

 森下さんのがあの場所をこすって行ったり来たりするたびみっともないよがり声があげた。

「本当に初めてなのか? 信じられないんだけど」

 笑みを浮かべて森下さんが言う。ほんとは初めてじゃねえよ! こんなに感じるなんて自分でも信じられねえよ!

 森下さんが俺の前を触った。

「あっ、触んな!」
「もうイキそう? こっちから我慢汁が零れてる」

 それを指に絡めてしごきあげる。

「あぁ、やめ……、まじで、やだって」
「一回出したほうが楽だよ。まだまだ夜は長いんだし」

 キュッと先に刺激を与えられ、俺はまた声をあげた。

「男同士でやるのも気持ちいいもんだろ」
「ああ」
「俺ももうイキそうだから、一緒に」

 森下さんの手つきが早くなった。それと同時に腰の動きもせわしなくなる。

 俺が射精した直後、森下さんも俺の中でイッたらしいのをヒクつく動きで感じた。

 息を整えたあと、顔を見合わせ自然とキスした。俺の額にはりついた前髪を、森下さんが優しい手つきですくいあげ、後ろに撫でつける。そこへ口付けながら腰を引いて俺の中から出ていった。

「どうだった?」
「どうって、そんなこと聞くか?」
「もう一回したい。俺一回出しただけだからね」

 俺に覆いかぶさって森下さんがあちこちにキスしてくる。

「君も感じる前にいっちゃって楽しめなかっただろ」

 いや、充分感じたけど。

「後ろ向いて」
「?」
「四つん這い」
「ばっ、イヤだよ!」
「恥ずかしいのは最初だけ」

 腕をすくって、うつ伏せにされた。腰を持ち上げられ、そこに指を突っ込まれる。痺れたような感覚のそこは、指をすんなり受け入れ、かきまわれるとさっきの快感を思い出して膝が震えた。

 背後でゴムをつける音が聞こえた。森下さんの手が俺の腰を掴み、大きくなったものをグッと尻に入れてきた。さっきイッたばかりなのにすごい回復力だと、その大きさ硬さに感心する。

 森下さんが腰を振って打ちつけてくるうち、俺もまた気持ちが高まっていき、四つん這いという屈辱的な姿勢で男を受け入れているにも関わらず声をあげていた。

「嘘みたい、俺、もうイキそう……」

 森下さんの呟く声が聞こえた。動きを止め、長い息を吐き出したあと、俺の背中を上から下へ撫でた。

「何してんだよ」
「イキそうだから休憩」
「入れたまま休憩するなよ」
「会話も楽しまなくちゃ」

 背中にキスしながら手を前にまわし触ってくる。俺はもう無理だと思うけど。

「ハマって男と遊びまくるなよ」
「そんなことしねえよ」
「君さえ良かったら、バイトが終わっても俺と会わない? 嫌になったら俺のこと無視してくれて構わないし」

 セフレってことか? この人は河中やカンサイたちと違って俺のことを好きだと言わないし、あとくされはなさそうだけど。

「もちろんエッチ無しで話だけして帰ってもいいし。俺もそのへんは空気読むつもりだから」
「……あとで携帯の番号教えるよ」
「うん」

 嬉しそうに返事をして森下さんはまた腰を動かした。いつの間にか俺のものが立ちあがっていた。俺って奴はもう……。

 森下さんに手を掴まれ、自分のものを握らされた。

「もうイクから」

 擦れた声で言い、激しく腰を打ちつけてくる。

「ハマったのは俺の方かも」
「あっ、あっ、もっと、ゆっくり」

 ズブリと奥まで貫かれた深い結合に目がチカチカした。枕に顔を押し付け歯を食いしばる。握った屹立を無意識にしごいていた。

「あっ、イクッ」

 森下さんの小さな呻き声を聞きながら俺も果てた。



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君が笑った、明日は晴れ(53/89)

2020.05.25.Mon.
1話前話

「あれ、もうなくなったな」

 10本近く買った酒がもうなくなってしまった。森下さんは冷蔵庫を開け、

「これが最後」

 と、ワイン一本とビール三本を持って戻ってきた。その足がふらついて危なっかしい。グラリと倒れて俺にしなだれかかってきた。

「大丈夫? 飲みすぎだろ」
「ごめんごめん。そんなことより君、今晩どうするの? もうすぐ終電の時間だけど」

 え、と時計を確認したら零時前。

「車で送る?」
「そんなに酒飲んでちゃ無理でしょ」
「うちに泊まる?」

  視線をあげて俺を見る森下さんの目が一瞬光って見えた。

「俺を警戒してる?」
「いや、べつに」

 ほんとは警戒してます。

「男子校で経験あるんだろ。触り合いしたんだろ」

 俺の首に腕をまわし、森下さんが顔を寄せてきた。

「男同士で触り合いしてどうだった? 気持ちよかった?」
「普通、かな」
「下手だったんだ、相手の奴」

 いや、ほんとはかなり気持ち良かったし、何度もイカされた。一応そいつらの名誉のために心の中で言い訳する。

「俺にさせてみない?」
「酔いすぎだよ、森下さん」
「いいじゃない」

 森下さんが口づけしてくる。酒臭いキス。俺も酒を飲んで相当酔っていた。森下さんに押し倒されてもおとなしくキスを受け、舌を絡ませた。

 森下さんの手が俺の服を脱がせる。俺も森下さんの服を脱がせた。

「いいの、ほんとに」

 耳元で森下さんが囁く。夏休み。海。酒を飲んだ夜。理性が弱まり、本能が暴走するには充分な条件が揃っていた。

「俺も酔ってるみたい」

 すでに反応を見せていた俺のものを森下さんが握る。

「一緒にシャワー浴びよう。潮で体がベタついて気持ち悪いだろ」

 森下さんに引っ張り起こされた。

 狭い浴室でシャワーを浴びた。俺も森下さんも興奮して股間のものはマックス状態。森下さんが床に跪く。なにをするのかと思ったら俺のものを口に咥えた。音をたててうまそうにしゃぶる。

「あっ、まっ……タンマ、出る」

 恥ずかしいことに俺はあっという間に果ててしまった。森下さんは口を拭って立ち上がり、俺の首に舌を這わせながら、

「まだ出したりないだろ。男同士がどうするか、俺がじっくり教えてあげるよ」

 と囁く。知ってる。どうするのか、俺は知ってる。だから余計に期待して興奮した。

 ボディソープを泡立てた森下さんは、それで俺の体を泡まみれにした。行ったことないけど、ソープに来た気分。全身くまなく綺麗にされる。股間のものはしごくように洗われ、また硬くなった。

 森下さんは今度は違うものを手のひらに出した。透明でトロトロとしたモノ。ローションなんてものを浴室に常備している森下さんの用意周到さに驚くやら呆れるやら。

「男同士はね」

 と俺の尻に手を滑らせその中心にローションを塗りたくる。

「ここを使うんだ。噂程度では聞いたことあるだろう」

 ぬめりを利用して長い指が中に入ってきた。あ、この感触久し振り。俺はぎゅっと目を瞑った。

「後ろ向いて、壁に手をついて」
「えっ」
「いいから、ホラ」

 体を反転させられた。言われた通り壁に手をつく。中に入れた指を動かしながら、森下さんは同時に俺の前も触ってきた。二点同時責めですか。やばい、俺また簡単にイクかも。

「あっ、そ……っ」

 体がビクッと反応する。河中に開花させられた前立腺という急所を森下さんの指が探し当てたのだ。

「ここは男が感じるポイントなんだ。だから気持ちいいだろ?」

 遠慮なく、俺の反応を見ながらそこをいじってくる。

「あっ、やめ」
「感度いいね、山口君。ほんとにここは経験ないのか?」

 肩に顎をのせて顔を覗きこんでくる。返事をする余裕もない俺は、壁についた手の間に顔を埋め、勝手に出てくる声をかみ殺すことに必死だった。

「はぁ、あぁ、もう、出る……」
「まだ出すなよ。うしろも充分ほぐしたし、続きは部屋でやろう」

 森下さんの言う続きが何を意味しているのか充分理解した上で俺は頷いた。

 森下さんは微笑み、シャワーで泡を洗い流していく。後ろは特に丹念に。恥ずかしくて死ねる。



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君が笑った、明日は晴れ(52/89)

2020.05.24.Sun.
1話前話

「これ、置きにきただけだから」

  ビールのケースを置いて、俺はいそいそその場を離れた。森下さん、あのストーカー男と付き合ってたのか。森下さんの浮気が原因で修羅場になり、一度は別れたがストーカー男が未練を持ってる、そういうことらしい。

「待って、山口君」

 あとを追って森下さんがやってきた。

「さっきのことだけど」
「誰にも言いませんよ」
「驚いた?」
「まぁ、それなりに。俺、男子校通ってるから、そういう話題にはもう慣れてるし」

 現に俺も経験者だし。

「男子校ってやっぱりそういうの多いんだ?」
「多いすよ。ある意味入れ食れかも」
「あはは、乱れてるなぁ」
「さっきの奴、もういいの」
「あぁ、彼ね。別れたのにしつこくてね。それより、このあとのことだけど……」
「もうこんな時間か」

 俺は時計を見て言った。17時前。仕事が終わる時間だった。

「買い物どこでします? 飯は何を奢ってもらおうかな」

 森下さんの顔がパッと明るくなった。ストーカー男とのやりとりを俺に見られて遠慮していたようだ。

「何でも好きなの奢るよ。焼肉にする?」

「いいねぇ、肉」

 というわけで今日の晩飯は焼肉に決定した。

※ ※ ※

 海から少し離れたワンルームマンションが森下さんの住まい。焼肉を食べたあと、コンビニで酒とつまみを買いこんで部屋にあがった。カーテンをあけると、窓から小さく海が見えた。本当に海が好きなんだな。

 エアコンをつけた森下さんが、俺の横に並んで立つ。

「波の音がないと逆に眠れなくてさ」
「聞こえる?」

 耳をすましたが俺には聞こえない。

「夜になると遠くからかすかに聞こえるよ。それより何飲む?」

 テーブルに置いたコンビニの袋からチューハイ、カクテル、ビール、ツマミを取り出す。俺は缶チューハイをもらった。

「とりあえず乾杯」

 と、森下さんはビールをクイっと呷った。

「俺を軽蔑しないでくれてありがとう」
「何の話?」
「俺がゲイだって知っても君は態度をかえなかった。たいていは理解ある振りを見せて、俺から離れていくんだ」

 以前の俺ならそうしたかもしれない。でも河中やカンサイたちと色々経験した今、それを否定したら自分をも否定しなくちゃならないことになる。

 それにそんなに驚くほどのことでもない気がするのだ。阪神ファンか巨人ファンかで騒ぐところを、俺はメジャーリーグが好きだと言われたくらいのスカシ感はあるが、その程度の嗜好の違いにしか思えないというか。それは俺がどっちの「良さ」も、身をもって経験したからかもしれない。

 森下さんのようにそっち一本で来た人にはそれなりに辛い経験もあるようだから軽々しく「気にするな」とは言えないけれど、少なくとも今の俺に偏見はない、と思う。

「あいつとは長かったの?」
「半年くらいだったかな」
「森下さん、浮気するタイプに見えないのに」
「そう? ゲイのカップルの破局の原因はどっちかの浮気って相場が決まってる位、浮気は珍しくないんだ。男同士だからね。君も男だからわかるだろう」
「あぁ、わかる」

 俺も律子と付き合っていたって、他の女に目がいくし、うまくいけば相手をして欲しいと思う。

「下半身は別の生き物だからなぁ」

 でなきゃ、河中やカンサイ相手に勃たないし、イカないって。

「山口君、男子校なんだろ。男同士で経験あるの?」

 触れられたくない話題。

「俺はないよ、まぁ、ふざけて触りあった程度かな」

 気恥ずかしさから嘘をついた。やっぱり俺はノーマルな男だし、男に掘られて感じました、なんてゲイの人相手でも言いたくない。

「ふざけてねぇ、君は間違いなくノンケだろうけど、相手はどうだかわからないよ。案外君のことを好きだったりしてね」
「あはは、まさかぁ」

 誤魔化すようにチューハイを一気に飲み干した。河中もカンサイも浦野も俺のことを好きだと言ったよ、確かに。

「まぁ、襲われないように気をつけることだ」
「はは……」

 もう襲われてバッチリ経験済みなんですけど。




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君が笑った、明日は晴れ(51/89)

2020.05.23.Sat.
1話前話

 今日は曇りで客の入りはいまいちだった。

 だから従業員みんな手持ち無沙汰になることが多く、暇な時間を持て余し気味だった。

「一昨日、彼女が来たんだって?」

 俺が休みの昨日、律子がきた事をバイトの誰かから聞いたらしい森下さんが、俺の隣に来て言った。

「すごい可愛いらしいじゃないか」
「まぁ、ふつうですよ」

 彼女を褒められて悪い気はしない。

 律子は今まで付き合った女の中で一番外見がいい。歩いているだけですれ違う男が振り返ってまで律子を見てくるくらいだ。

「彼女がいるのに女目当てでここでバイトしてるのか? 呆れた奴だな」
「それとこれとは別でしょ」

 実際、別問題だ。律子と付き合っていたって他の女に目がいくし、あわよくば親しい関係になりたいと思う。俺は永遠に狩人でいたいんだ。

 そういえば河中の奴、俺が終わるまで待っていると言っていたのに姿を現さなかった。俺の様子を見に来たという律子に気付いて、気を利かして帰ったのかもしれない。あいつにそんな気遣いができるとは意外だが。

「浮気するのもいいけど気をつけろよ。バレたら面倒だからな」
「あれ、その口ぶり、森下さん、もしかして経験者?」

 おそなしそうな顔して、この人もそれなりに場数踏んでるんだな。

「うん、まぁ、ひどい目にあったよ」
「へぇ、どんな?」
「どんなって……修羅場だった」

 修羅場……。律子は一度や二度の浮気で騒ぐような女じゃないが、俺も少し気をつけよう。

 もし、俺が男と寝たことがあると知ったら律子はどんな顔をするだろう? やっぱり驚くか。軽蔑されるか。案外面白がって話を聞きたがるかもしれないな。あれはなかなか肝の据わった女だから。

 男の客が一人入ってきた。顔を見て「あ」と気付く。森下さんの大学の知り合いという男だ。

 男はチラチラを店内に視線を飛ばし、俺の隣に立つ森下さんを見つけると睨むように見てきた。やっぱり今日も険悪な雰囲気。なんだ?

 森下さんも男に気付いていて、目を合わせないように俯いていた。迷惑しているのは一目瞭然。

「なんかわけあり?」
「……うん、まぁ」

 いいにくそうに口ごもる。

「今日は暇だし、ここは俺らに任せて、森下さんは裏で発注済ませちゃえば?」
「いいの? 悪いね」

 いたたまれないように、森下さんはそそくさ裏手へひっこんだ。森下さんに付き纏うストーカー男がチラと俺を睨んで来た。おいおい、俺は無関係だろう。

 男は昼前までいたが、森下さんが戻ってくる気配がないので諦めて帰った。

 ほっとした顔で森下さんが戻ってくる。

「ありがとう、助かったよ」
「にしてもしつこい男だね。なに恨まれるようなことしたの? 女取ったとか?」
「まぁそんなとこ」

 曖昧に頷いた。あまり言いたくないみたいだから、俺も深追いせずにおいた。

 昼休憩は森下さんと一緒だった。くだらない馬鹿話ついでに、今日のお礼をしたいからと食事に誘われた。

「おごり?」
「もちろん」
「それなら今日はとことん飲んでいやなことパーッと忘れましょ」
「山口君は未成年だろ」
「かたいこと言わない」
「だったら俺の家に来る? ここから近いんだけど。君さえ良かったら」
「じゃ、飯のあとは森下さんちで飲み明かしますか」
「明日もバイトだろ。ほどほどにしてくれよ」

 と森下さんは苦笑した。

 午後は晴れて日差しが強まり、急に忙しくなった。気温が上昇してビールが飛ぶように売れる。空になったビール瓶を裏に運んでほ欲しいと店長に言われ、積み重ねた3ケースを持って裏に行った。結構重い。

 一歩一歩踏み締めるように進む俺の耳に押し殺した声が聞こえてきた。

「だから、ひどいことを言ったのは俺が悪かったって、何度も謝っただろ!」

 聞き覚えのない声。誰だ? ケースが邪魔で前が見えない。体勢をずらして声の主を確認すると、帰ったと思っていたストーカー男だった。あいつまだいたのか。俺に背を向けて立っているのは森下さんだ。掴まってしまったらしい。

「そのことを言ってるんじゃないよ。浮気したのは俺が悪いんだし、どんな言葉で罵られても仕方ないと思ってる。俺が言ってるのはお前にもう気持ちがないってことを言ってるんだ。もう好きじゃないんだよ。俺も何度もそう言っただろ?」 

 ……なんの話だ?

「俺はおまえが浮気したっていい。またやりなおしたんだよ。頼むからもう一度ちゃんと話をしてくれよ。電話をかけても無視するからこんなとこまで会いに来たんだぞ」
「バイトの男の子がね、お前のこと変な客だと思ってるよ」

 そのバイトの男の子って俺のことだよな?

「そういえばなんか仲のよさそうな男がいたなぁ。あいつとなんかあるのか?」
「まさか、あるわけないよ。ノンケだよ、彼」

 えー……っと、なんとなく状況がつかめてきたぞ。とりあえず俺、ここにいちゃマズイよな。じりっと一歩下がった。

「もう俺仕事に戻らなきゃ」
「待ってくれって、頼むから」
「ごめん、もうお前とは付き合えない」

 森下さんが振り返った。ケースを持ってじりじり下がる俺を見つけ、その目が見開かれる。

「山口くん……」
「どうも」

 間抜けに笑い返した。




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君が笑った、明日は晴れ(50/89)

2020.05.22.Fri.
1話前話

「こいつ、1年の河中」
「よろしくね、あたし太田麻衣っていうの。高2」

 先輩に紹介された太田さんはうそう言って僕に笑いかけてきた。日焼けして小麦色の肌をおしげもなくさらす露出の高い服装。服、とは言えないな。水着のビキニにショートパンツ、下はサンダルという格好だ。金髪に近い色まで脱色した髪を後ろで無造作にまとめ、取りこぼした遊び毛を手でいじりながら僕をじっと見てくる。

 顔は整って可愛いけど、僕の苦手なタイプ。

 先輩はきっと僕の反応を見て楽しむつもりだ。現に今もニヤニヤ笑っている。

 宮本さんとの一件があるから僕も免疫ができて驚かないけど、暇つぶしで人を弄ぶ先輩の癖、なおして欲しいと本気で思う。

「太田さんがお前のこと気に入ったんだって」
「ちょっとー、山口君、あたしそんなこと言ってないよ」
「へぇ、じゃ、なんで俺に紹介してなんて言ったの。気に入ったからでしょ」
「そうだけどぉ」

 太田さんが先輩の腕を掴んで左右に振った。ちょっと、僕の目の前でいちゃつかないでくれませんか。いい加減、腹立つんで。

「河中、お前はどうなんだ、太田さんみたいなタイプ」

 先輩に聞かれ、僕は『ぜんぜんタイプじゃない』と言いたいのを我慢して、

「可愛いと思いますよ」

 と答えた。

「だって。良かったね、太田さん」
「なんか照れる」

 太田さんは先輩の腕にしがみついて肩に顔を埋めた。ちょっと、恋人同士みたいに先輩にくっつくな!

「太田さん、先輩みたいなタイプはどうなんですか?」

 僕の言葉に太田さんは顔をあげ、先輩を見た。

「かっこいいし、優しいけど、ちょっと男らしすぎるっていうかぁ。あたし、かわいい系の子が好きなのよね」
「プッ」

 先輩、フラれた。僕が吹き出したのを見て先輩が睨んで来る。僕だって反撃しますからね。

「でも、こないだあたしの友達が来たんだけど、その子が山口君のことかっこいいって言ってたよ」
「ほんと? 今度紹介してよ」
「いいよ」
「先輩、彼女いるでしょ!」
「えっ、彼女いないって言ってなかったっけ?」

 聞いていた話と違ったらしく、大田さんが意外そうに聞き返した。余計なことを言った僕を先輩は鋭く睨む。僕は目を逸らし、ウーロン茶を飲んだ。

「彼女とは最近うまくいってなくて」

 苦しい言いわけをして先輩は太田さんの肩を叩いた。

「じゃ、俺仕事戻るから」

 と、去っていく。まったくもう。女のことばっかり考えてないで、ちゃんと仕事してください。

 太田さんは先輩を見送ったあと僕の前に座り、顔を近づけてきた。

「今日、遊びに行かない?」
「すみません、今日は人と待ち合わせてるんです」
「彼女?」
「いえ、あ、まぁ、似たようなもんです」

 嘘はついてない、はず。

「そっかぁ。彼女いるのかぁ。あたし、こういう外見だけど二股とか遊びの付き合いとかはNGなんだぁ。残念」

 思っていたより、いい子かもしれない。そう見なおした次の瞬間、

「山口君ってほんとに彼女とうまくいってないのかな? 実は初日に見た時からけっこう気に入ってるんだよね。別れたらあたしにもチャンスあるかなぁ?」

 なんて言い出した。前言撤回。先輩より僕がタイプだと言ったばかりじゃないか。

「彼女とは順調みたいですよ。なんか、結婚の約束してるとかしてないとか」

 言いながら自分で傷ついた僕は正真正銘のバカだ。

 結婚。日本の法律では僕は先輩とは結婚できない。先輩はいつか僕以外の誰かと結婚してしまうんだろうか。白のタキシードを着て、隣の誰かに向かって優しく微笑みかけたりする日が来るんだろうか。

 想像したら泣きそうになった。

 注文したウーロン茶を飲みながら先輩の働きぶりを眺めて過ごした。仕事と割り切っているのか、お客さん相手には愛想がいい。僕の時とは大違い。

 同い年くらいの女の子たちへの愛想は特にいい。楽しそうに喋っている先輩を見ているだけで辛くなってくる。もし僕が女として生まれていれば、先輩はあんなふうに優しい言葉使いと、軽い冗談を交えながら僕に笑いかけてくれたのだろうか。

 好きだと告白した時だって、「男は無理」なんていきなりフラれることもなく、少しは可能性を考えてくれた?

 どうして僕、男に生まれちゃったんだろう。

 だんだん気持ちが落ち込んでいく。ウーロン茶で体が冷えたせいかもしれない。あんまり長居も悪いし、そろそろ出た方がよさそうだ。

 最後に先輩に挨拶したかったけど、先輩は大田さんと談笑中で席を立った僕に気付いてもいない。がっかりしながら海の家を出た。

 どこを見ても男女のペアばかりが目に付く。自分が世界で一人きりになったような気がしてくる。自分がゲイだって自覚した日から覚悟していたつもりだったけど、好きな人が自分以外の誰かと幸せになるのを見るのは想像以上にツラそうだ。

 僕は誰もいない岩場の日陰に座り、落ち込んだ気持ちのまま時間を過ごした。

 ※ ※ ※

 17時過ぎ。僕はまた海の家に向かった。太田さんには見つかりたくないな。そう思いながら歩いていた僕の足が途中で止まった。

 海の家の前で、先輩が知らない女の人と腕を組んで話をしていた。髪の長い綺麗な人。先輩はポケットに手を入れたまま、その人と親しげに話をして笑っている。昨日今日知り合ったんじゃない雰囲気。

 直感で先輩の彼女なんだとわかった。 初めて見た。少し、意外だった。太田さんのように派手なタイプの人だと勝手に想像していたが、実際は黒髪で肌も白く、意外にも女のいやらしさがまったくない人だった。

  この人とは遊びで付き合ってるんじゃない、別格なんだ。そう知るに充分な特別な雰囲気。純白のウェディングドレスがとても良く似合いそうだ。

 今日は最悪の日だったみたいだ。来るんじゃなかった。僕は身を翻し、一人で帰った。




morning lover

アルーンの続編ー!
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