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ドッペルゲンガーくん おかわり(3/5)

2020.03.08.Sun.


「使って」

 優菜の掌にハンカチが乗っかっていた。俺にそれをどうしろってんだろ。ぼうっとした頭で考え、あ、俺鼻血出したんだったと思い出し、受け取った。

 優菜と初めて会った日のことを思い出した。高校入ってすぐ、ガラの悪い同級生に絡まれた俺を優菜が救ってくれた。すごく恐くて強い優菜にビビッたけれど、俺が怪我してるの見て絆創膏を差し出してくれた優菜の女らしさが意外でそのギャップに惹かれた。

 俺ってギャップ萌えなのかも。別におかしくないのに、俺の口からハハ、と乾いた笑い声が出た。

「ごめん、あたし、頭に血がのぼって……。ヤケになるなよ」

 優菜が髪をかきあげかきむしる。苛々してるときの癖。

「優菜が謝ることじゃねーよ、全部俺が悪いんだ。俺と尾崎くんの問題なのに、優菜に相談した俺が馬鹿なんだよ。こういうことは尾崎くんと話し合わなきゃ意味ないのにさぁ。そりゃ尾崎くん怒るよね。俺のこと信用できないよね。なんか今日は自分の馬鹿さ加減が心底嫌んなった。もう死にてーもん」
「死ぬなって。ヤケになんなって。あたしが悪かったって言ってんじゃん」

 駐車場の縁石から腰をあげて優菜が俺の前に立つ。優菜にも迷惑かけちゃったな。尾崎くん、けっこうひどいこと言ってたし。

「ごめんな、優菜。尾崎くんにかわって俺が謝る。ほんとは尾崎くん、優しくていい奴なんだ、だから怒んないでよ。俺はほんとに、二人が仲良くなれると思ったから紹介したんだけどなぁ」
「どうすんの、これから。あいつ、真っ青な顔で走ってっちゃったけど」

 その時の尾崎くんの顔を思い出したらまた胸が苦しくなった。泣きそうだ。

「とりあえずメールして、電話して、会いにいって謝る」
「許してくれるかなぁ。あいつ、相当頭固そうだったよ? 会ってくれるかどうかもわかんないんじゃない?」
「仕方ないよ、許してもらえるまで謝るしかない」

 よっ、と俺も立ち上がった。鼻血も止まったみたいだ。出口に向かって歩き出す。

「帰んの? 単車で送ろうか?」
「いーよ、歩いて帰る。尾崎くんに電話したいしさ」
「なんかほんとごめん」
「気にすんな、俺のせいだ」

 優菜は責任感じてか、暗い表情で俯いた。

 優菜と別れてすぐ尾崎くんに電話した。留守電に繋がる。謝罪のメールを送り、また電話したが結果は同じ。

 尾崎くんを怒らせただけじゃなく、傷つけてしまった。やっぱり会わせるんじゃなかったと果てしなく後悔する。

 家に戻ってからまた電話。無視。一時間ごとに電話したけど全部無視。たくさん出したメールの返信も一通もない。

 直接会いに行きたいけど、俺は尾崎くんの家を知らない。中学がいっしょだった太田に訊いてみたけど家に行ったことはないから知らないって返事。喧嘩したのかって、逆に聞かれて、相談したくなるのを堪えて何でもないって電話を切った。これは俺と尾崎くんの問題、だから自力で解決するんだ。

 明日の月曜、塾の日だから、また駅前で待ち伏せしよう。尾崎くん、来てくれればいいけど。明日の夜まで、長くなりそうだ。

 ~ ~ ~

 なんの連絡もないまま朝がきて、俺は学校に行った。優菜がまたごめんって謝ってきた。駅前で待ち伏せして話し合う計画を話したら、うまくいくといいな、頑張れよと励ましてもらった。俺頑張る。

 放課後になり、俺は急いで駅に向かった。尾崎くんの塾は六時から。家で時間潰してもきっと落ち着かないから駅で待つ。待ってると、付き合う前のことを思い出す。

 太田から伝授された「ドッペルゲンガー作戦」、それを実行する初日、尾崎くんに初めて話しかける第一声、あれはほんとに緊張した。俺の芝居が見破られたらどうしようかと、すごく不安だった。

 何回か人違いの振りをして尾崎くんに話しかけていたら俺はますます尾崎くんを好きになっていった。太田から言われるまま、文ちゃんという架空の人と付き合えることになったと話したら、もうこれで顔を見なくて済むから清々すると言われて傷付いたけど、それも作戦のうちだという太田の言葉を信じて、一週間後、また会いにいった。

 結果として太田の言う通り、俺たちは付き合えることになったけど、あれでうまくいかなかったら俺、どうしてただろう。

 俺ってばあの時も他人に頼ってたんだよなぁ。自分のことなのに、太田の言いなりになって、これって責任転嫁ってやつだよなぁ。情けないなぁ俺。だからこんなことになったんだ。俺のせい、バチが当たったんだな、きっと。

 今日会えたら尾崎くんに謝って、ちゃんと話し合おう。優菜の言ったこと、なにがほんとでなにが嘘か、ちゃんと説明しよう。

 待ち遠しかった午後六時。近づいてくるにつれ俺の心臓がバクバク鳴り出す。恐い。会いたかったのに、尾崎くんに会うのが恐くなってきた。許してくれるかな。このまま別れることになったらどうしよう。不安でたまらない。

 駅から人がおりてくる。その中に、下を向いて歩く尾崎くんがいた。俯いてるせいか、顔に影がおちて表情が暗く見える。

 尾崎くんがまっすぐこっちに歩いてくる。塾のときいつも持ってる鞄を肩からさげて、ダルそうな歩き方でやってくる。機嫌が悪いのはすぐわかった。

「尾崎くん」

 びくびくしながら声をかける。それで初めて俺に気付いたみたいで、ハッと弾かれたように顔をあげた。俺を見たとたん眉間に縦皺を刻み、口を真一文字に結んで睨んでくる。そんなふうに見られたことないから、俺はビビりまくる。

「あのさ、ごめんね、俺……メール送ったんだけど、読んでくれた?」
「なにしにきた」

 低い声、冷ややかな眼差し、ものすごい威圧感。ますます萎縮する俺。

「あ、謝りたくて、ちゃんと話し合いたくて」
「馬鹿の一つ覚えか」

 尾崎くんが冷笑する。様になってるから恐い。

「あんたはなんでもかんでもすぐ謝るよな。謝っておけばいいと思ってるんだろう。場を収めるために謝るだけで、反省も後悔も学習もしなんだ。あんたの言葉は軽すぎる。実感がこもってない。本当は悪いと思ってないんだろ? 自分が悪者のまま終わるのが嫌だから自分のために僕に謝りに来たんだろ? ふざけるなよ、ぜったい許してやるもんか。あんたから受けたこの仕打ちはぜったい忘れない、ぜったい許さない」

 言うと尾崎くんは俺の前を通り過ぎて行った。俺はなにも言い返せなかった。尾崎くんの言うとおりだと思ったからだ。

 俺はなにかあるとすぐ謝ってきた。怒られるのがいやだから、嫌われるのがいやだから、相手に悪く思われるのがいやだから。謝ればすべて収まると思っていた。俺ってなんてズルくて卑怯なんだろう。

 遠ざかる尾崎くんの背中。それを見ていたら目の表面が乾いたみたいにジンと熱くなって、涙が出てきた。

 俺をおいてかないでくれよ。尾崎くんに捨てられたらどうしていいかわかんないよ。

「尾崎くん、俺」
「もう二度と僕の前に現れるな」

 ピシャリと言い放ち、尾崎くんは塾の中に入っていった。まるで俺との関係を断ち切るみたいに、乱暴に扉を閉める。

 俺は心臓の上のあたりをわし掴んだ。胸が痛くて苦しくて涙が零れる。こんなとこで泣いたら恥ずかしいぞ俺。だけどもう止まらない。拭いても拭いても涙が出てくる。

 ビルとビルの狭い隙間に入って俺は泣いた。こんなにツラいなら死ぬしかない。嫌われたまま生きていくなんて俺にはできない。

 どうやって死ぬ? ビルから飛び降りる? 後片付けする人が大変そうだし、電車に飛び込むのもたくさんの人に迷惑をかけるし、首吊りは死に様が恐ろしいらしいし、薬はすごく苦しいらしいし、水死と焼死なんてありえないし、簡単に、苦しまず、人に迷惑かけない方法ってなんだ?

 その時、俺の携帯電話が鳴った。もしかして尾崎くん? 涙も止まって電話に出る。

『あたしだけど』

 優菜だった。体中の力が抜けるほどの落胆。

「なんだ、優菜か」
『その声の調子じゃ、うまくいかなかったっぽいね』
「もーいいんだ、俺、死ぬから」
『だからヤケになるなって。とりあえず今日は帰って寝な。昨日ろくに寝てないんでしょ? だから悪い方向に考えちゃうんだよ。一晩寝てすっきりすれば元気も出るって。そしたらまた尾崎に会いに行けばいいじゃん。その頃にはあいつも冷静になってるよ。そうだよ、二人ともまだ冷静じゃないから駄目なんだよ、こういうのはちょっと時間置いたほうがいいんだって。あたしを信じなって』

 優菜の明るい声を聞いてると、そうなのかなーて気がしてくる。俺って単純だ。そりゃ死ぬより尾崎くんと仲直りできるほうがいいに決まってるし。

「じゃあ、そうしてみる。今日は帰って寝る。んでまた会いに行く」
『そうそう、それでこそ男の子だ』

 うん、俺、男の子だからめげない。

 家に帰った俺は速攻でベッドにダイブ。なにも考えないで、頭を空っぽにして目を閉じる。寝られるかなーと心配だったけど、意外に早く意識がなくなった。

 ~ ~ ~

 次に目が覚めたとき、部屋のなかは真っ暗だった。何時だと腕時計を見る。午後九時過ぎ。あ、尾崎くんの塾が終わる時間だ、と思ったら一気に目が覚めた。

 優菜の言う通り、少しでも眠ったおかげか、さっきまでの死にたいほどの悲壮感は薄れていた。ちょっと寝ただけでいい気分転換になったみたいだ。かわりに勇気がわいてくる。なんだか全てうまくいきそうな予感さえしている。

 いまから急げば尾崎くんの帰りに間に合うかもしれない。次こそちゃんと話し合おう。このまま別れるなんてぜったいいやだと伝えよう。我侭になってもいいから、やりなおしてもらえるように頼んでみよう!

 胸に希望が灯る。俄然わいてくるやる気と勇気。俺ははりきって家を飛び出た。




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