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ドッペルゲンガーくん(3/3)

2020.03.02.Mon.


 怯える今田の手を引いてホテルに入った。部屋の中に来ても今田はそわそわと落ち着きがない。まだ文ちゃんとそこまで経験してないんだな。付き合って一週間だから、キスくらいかな。……キスはしたのか。自分で考えたことにむかついた。

 今田の肩を持ってこちらに向かせ、僕は自分から唇を押しつけた。初めてキスした相手が男か、頭の隅でそんなことを思ったが、すぐ柔らかな感触に夢中になった。見様見真似で舌を入れて口の中をまさぐる。

「んっ」

 鼻から抜けるような声が聞こえた。色っぽい。男なのに、馬鹿の今田のくせに、すごく色っぽい。僕はどうしようもなく興奮している。

 今田のほうが背が高くて、僕は爪先立つのに疲れ、今田をベッドに押し倒した。上になってさらに唇を貪る。

「はっ、あ……ちょ……っ」

 喘ぎながら今田が軽く僕の体を押し返す。弱い抵抗。五分ほどキスしていた。それだけで頭がぼうっとなるほど気持ちいい。キス以上のことをしたら、もっと気持ちよくなるのだろうか。

 目を動かし、ベッドのそばのアイテムを確認する。ティッシュ良し。あれはコンドームか、良し。あのボトルはなんだ? もしかしてローションか? ならば良し。

 今田の制服のボタンを外した。

「えっ、わ、ちょ」

 慌てた今田が体を起こし、僕の手を握る。

「ちょっと待って、ぶ、文ちゃん」

 こんなときに別の男の名前を呼ばれるのってショックだな。僕を文ちゃんだと思い込んでいるなら今夜のことはひどい思い出になるようにしてやろうか。そうしたら今田は文ちゃんを嫌いになって僕のところへ来るかもしれない。

 邪悪な考えに思いを巡らせていると、今田に両手で頬を挟まれた。

「本気なの?」

 額をひっつけて真面目に聞いてくる。

「本気だよ」
「駄目だよ」

 意外にも今田は即座に拒否した。僕が尾崎悟だと見破られたのか。がそんな心配は必要なかった。

「俺、君のことがすっごく好きなんだ。初めて見た時から大好きなんだよ。大事にしたいって思ってるんだよ。勢いだけでこんなことしたくないよ」

 今田は本物の馬鹿だった。馬鹿の上に、嫌になるくらい純情だった。そこまで思われている文ちゃんが心底羨ましかった。そして猛烈に嫉妬した。

「僕はあんたが好きだ、あんたにも僕を好きになってもらいたい」

 文ちゃんとしてでなく、尾崎悟として告白した。だけど今田は文ちゃんから言われたと思って泣くほど感激している。泣くなよ。慰めるだけの余裕、いまの僕にはないんだから。こんな思いをしなきゃいけないなんて、入れ替わるのもなかなか辛いな。

「俺、嬉しい、嬉しいよ」

 今田はヒックとしゃくりあげた。

「俺も好き、大好き、もうね、理屈抜き、運命だったんだよ俺たち」

 黙っててくれ。キスして口を塞いだ。今田も積極的に舌を絡めてくる。僕が制服を脱がせても抵抗しない。あらわになった胸板にもキスする。小さな突起を口に含んで舌で転がす。

「はっ、あ、んっ」

 ビクビクと今田の体が浮き上がる。僕の愛撫に感じてくれてる。ツツと舌を這わせながら下におりていく。

「だめ、だめだよ、そんなとこ……」

 弱々しい声。それを無視して半立ちのものを咥えた。いままでまともな恋愛経験のなかった僕が、キスした上フェラまでしている。だけど相思相愛の相手じゃない。やっぱり僕はまともな恋愛なんて出来ないのかもしれない。

 舌の先に独特な味のものを感じた。今田の先走りか。初めての相手が今田で良かったよ。僕のこと好きじゃなくても、僕は君が好きだから、なんだってしてやるよ。

 吸い上げながら顔を上下に動かす。指は今田の乳首をいじりながら、舌と頬を使って性器を揉みしだくように舐め上げた。

「あっ、あ……ぅん……く、だめ、だめ、やめて、出ちゃうよ、やだよ……」

 今田に肩を揺さぶられたが続けた。今田の精液を飲みたかった。これで最後なら、余すところなく、今田の全てを味わいつくしたかった。僕は速度をあげた。

「ああぁっ、だめってば、ほんとに、だめっ、あっ……やだ……やっ……イッちゃうよ、あ、イク……ごめん、おざき、くん!」

 最後の言葉に僕は動きを止めた。次の瞬間口の中に溢れるほど吐き出された精液をのどに詰まらせ、大きく咳き込んだ。

 苦し、マズッ! いや、待て、いま、なんて言った。尾崎って呼ばなかったか? 僕の聞き間違い? 違う、いくらこいつの滑舌が悪いからって、文ちゃんと尾崎くんの区別がつかないほどじゃない。じゃどうして文ちゃんじゃなく、尾崎と呼んだんだ?

「ど、して……?」

 涙目になりながら今田を見る。自分で気付いていないようで、今田は「出しちゃってごめんね」と手を合わせた。

「どうして、僕を尾崎って呼んだんだ?」

 今田がハッと息を飲む。失敗を思い出したバツの悪そうな顔で目を泳がせる。僕の頭に一つの可能性が閃く。

「最初から僕が尾崎だとわかっていた?」
「ごめん!」

 ベッドの上に今田は土下座した。待て待て、落ちつけ僕、冷静になるんだ、よく考えるんだ。

「いつから僕が尾崎だと……いや、そうじゃないな、そうじゃない……」

 もつれていた糸がほどけるように、いろいろなものが見えてきた。

「最初から文ちゃんなんて……存在、しないのか?」

 シーツに頭をこすりつけ、今田は「ごめん!」と叫んだ。つまりは肯定。文ちゃんは存在していない。

 文ちゃんと僕を間違えたのも、最初からこいつの芝居、嘘だったわけか。僕に似ている人物を作り、人間違いのていで僕に話しかけてきた。

「どうしてそんなこと?」
「尾崎くんが好きだから! これはほんとに嘘はないよ! それだけは信じて!」

 今田は必死の形相だった。短い付き合いだけれど、それが演技でないことはわかる。

「さっき泣いたのは」
「尾崎くんから好きだって言われて嬉しかったんだよ。それが文ちゃんの振りしてるだけでも、俺、すっごい嬉しかったんだよ」

 その目にまた涙が浮かび、あふれたものがポタリと下に落ちた。目元に口を寄せると、今田は目を閉じた。少ししょっぱい涙を舐めとる。

 まだ混乱しているけれど、とりあえず僕たち、両思いってことでいいんだよな。小賢しい真似をされたことは不愉快だが、それもこれも僕に近づくため、僕を好きであるが故だと許してやろう。

「あれは文ちゃんの振りして言ったんじゃない、僕の本心だ」

 目を開けて「ほんとに?」と訊ねてくる今田は頼りない小動物のようだった。安心させるように僕はゆっくり、力強く頷いた。

 今田が飛び掛かってくる。抱きしめられたまま、今度は僕が押し倒された。今田からの熱烈なキスを受けながら服を脱がされていく。

 今田が塾の帰りを待ち伏せしていたのは、僕が制服を着ていない、且つ、いつも決まった時間と場所に現れるからだろう。制服が違えば人間違いという前提が成立しにくいし、僕と同じ学校という設定にしたら、僕に文ちゃんという架空の人物を探されてしまう。それじゃ計画がうまくいかなくなる。

 今田の頭が胸元にさがり、僕の平らな胸を吸い上げる。いつの間にか全裸になっていた僕の股間は、なんら手を加えられることなくフル勃起。それを今田が掴んでゆっくり扱いていく。

 他人に触られるのってすごく気持ちいい。人の肌の温もりや感触って、とても落ち着くし、心地がいい。すべてを今田にゆだねてもいいと思えてくる。

「気持ちいい?」

 遠慮がちに今田が問う。

「……気持ちいいよ」

 僕の声と息遣いが乱れる。

「よかった、俺、下手かもって心配した」

 可愛いことを言う。

「じゃあ、もうかわってもらえる? 僕はこっちのほうが性に合ってるみたいだ」

 再び今田をベッドに寝かせる。イチかバチかで、ベッドの脇のボトルを掴みとる。蓋をあけて中身を出すと、僕の読み通り、ローションだった。

「入れるよ」

 ん、と体を硬くする今田の後ろの穴に指を差し込む。あったかいな。早くこの中に入りたいな。僕は一生恋人を作れずに、童貞のまま死んじゃうかもしれないと絶望した時期もあったけれど、これで大丈夫だ、はれて童貞卒業だ。

 僕の指をくわえ込む今田は、顔も体も赤く染めて壮絶に色っぽい。時折、なにかスイッチが入ったみたいに、僕の指の動きに合わせて体を震わせる。感じているみたいだ。本当にここで感じることができるんだな。感心しつつ、面白くなっていろいろ中で動かしてみた。

「あっ、や……、そこっ、尾崎くん、へんな感じした……、もう、やだって……!」

 ビクビクと体を浮かせる。本当にこいつは可愛い。初めて手にいれた恋人をぜったい手放すものか。いままで恋愛したことがなかった僕の執念はすごいんだぞ。

「尾崎くん、俺、イッちゃうよ……」

 半泣きになって今田が訴える。だから? 僕はとぼける。

「だから、もう……入れてよ、俺、もたないよ」

 擦れた声で甘えたように言う。めちゃくちゃにしたくなるほど可愛い。

「いままで何人と付き合った? 僕はゼロだ」
「俺、ふ、たりっ……、尾崎くん入れて三人……!」
「男? 女?」
「おんな、ふたりとも……あ、あっ」

 僕の指が抜けると名残惜しそうに尻を締めつけた。安心しろ、またすぐ入れてやるから。

「僕が初めての男、だね」

 今田の腰を引き寄せながらズブリと突き入れる。丹念に丁寧にほぐした甲斐あってか、一気に奥まで入り込んだ。想像以上に温かくて柔らかい。全体からぎゅうぎゅう僕を締めつけて絡みついてくる。これは癖になる。

「は……あ、あぁ……、すご、尾崎くん……俺、幸せすぎてどうにかなりそう」
「なっていいよ、僕が責任取ってあげるから」

 僕はゆっくり腰を抜きさしした。そうやってだんだん今田の中が僕の形に慣れていく。摩擦によってローションが温められ、滑りがよくなり、グチャグチャと卑猥な音を立てる。スムーズに、早くなっていく腰の動き。夢にまで見たピストン運動。

「うっ……んっ、あっ、あぁっ……、恐いよ、こんなに……感じちゃっていいのかな……あ、んっ」

 いいに決まってる。お互い敏感な部分を擦り合わせてるんだ、感じなくてどうする。気持ち良くならなくて、体を繋げた意味があるのか。

「あっ、んあ…っ…あっ……あっ……お、ざき、くんっ……気持ち、い……気持ちいいよ……は、あん!」

 気持ちいいと言われて嬉しくなる。夢中で腰を振った。今田を気持ちよくさせるため、僕が気持ちよくなるため。僕のすべてを、今田に捧げるため。

 恋愛にうつつを抜かす連中を馬鹿にしてた。好きだの嫌いだの一喜一憂して騒ぐ奴らを見下していた。僕のほうこそ馬鹿だった。人を好きになるってなんて素晴らしいことなんだろう。今田の勇気がなければ、僕はこの感情を知らずにいたんだ。

「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ……」

 うわ言のように繰り返す。17年、誰にも言えなかった言葉、誰にも捧げることのできなかった愛情、ありったけ全部を、僕は今田の中に注ぎ込んだ。

 ~ ~ ~

「今年の文化祭、あのときに俺、尾崎くんに一目惚れしたんだよねぇ。ちなみに文ちゃんの由来も文化祭から」

 ホテルを出て、僕たち二人は駅に向かって歩いていた。いろいろ聞きたいことがあった。そのひとつがまず、いつどこで僕を知ったのか。

「尾崎くんさ、焼きそば作ってただろ? 親のカタキ! みたいな、すっごい恐い顔で。作り終わったらダルそうな感じ丸出しで、嫌々店番してたっしょ?」

 覚えてる。今年の文化祭、うちのクラスは露店を出した。交代で店番をしたのだが、途中よそのクラスを見る約束があるとか、友達が来てるから案内してくるとか言って、一人、また一人と抜け、最後は僕だけになってしまった。三十分ほど、僕一人で店番をさせられた。

 今田が言う通り、僕は嫌々焼きそばを作っていた。誰も来るなというオーラを全身から発散させまくっていた。あれのどこに一目惚れする要素があったんだ?

「すっげえ恐い顔で焼きそば作ってんなーって思って見てたんだけどさ、途中、小さい子供がやってきて、尾崎くん、その子にやきそば奢ってやっただろ? あれってお金足りなかったんじゃないの? だからお金はもういいって追い返してたんだろ? 俺見てたよ」

 あー……、あったな、そんなことが。小学校低学年くらいの子供が焼きそばを買いに来た。だけど300円しか持ってなくて500円の焼きそばは買えなかった。面倒だったから、一皿渡して追い返したんだ。

「すんごい嫌そうな顔してたくせに、すんごい優しいことするからさ、俺、惚れちゃったんだよねぇ」

 思い出してしみじみ語る。優しさというより、ただ店の前でベソかかれたのが面倒だったから奢っただけなんだけど。それにあのあと、お金入れてないし。奢ったというか、パクッたのを渡したというか。まぁいい。今田のなかで美化されているものをわざわざ汚す必要はない。

「僕はそんなに優しくないよ」
「優しいよ、尾崎くんは」

 僕が優しくなれるのは今田に対してだけだ。それもあえて言う必要はないか。

 駅の前についた。

「だけど尾崎くん」
「うん?」
「ほんとに俺なんかでいいの? 尾崎くんが言うように俺馬鹿だし、男同士だし、得なことなんかなんもないよ?」

 逆に僕なんかでいいのかと問いたい。本当に優しくて可愛い奴だ。

「そばにいてくれるだけで僕は充分幸せだ」

 顔を赤くして今田はコクリと頷いた。黒幕が誰かわかったことだし、今田とは次に会う約束をして駅で別れた。この近所に住んでいるのは、文ちゃんではなく、今田本人だった。

 ~ ~ ~

「あいつがバラしたのか?」

 黒幕はずばりおまえだ、と指差したら太田はすんなり認めた。

「バラしてないよ、残る登場人物で黒幕に当てはまるのはおまえだけだ。うちの文化祭は入場券がないと入れない。おまえは友達が来たからと僕に店番を押し付けた。友達って今田のことだったんだ、そうだろう?」 
「しかしそれだけじゃ俺が黒幕だって言いきるには甘いな」
「ドッペルゲンガー作戦、とでも言っていたのか?」

 太田はハッとした顔つきになった。図星か。安直なコードネームだ。

「あの馬鹿にあんなまどろっこしいやり方は思いつかない。あいつは僕を紹介して欲しいとおまえに言ってきたはずだ。おまえはそれじゃ面白くないから、こんな手の込んだくだらない遊びを思いついたんだ。僕には恋愛経験がないから、例え人違いでも口説かれたら簡単に落ちるとか言って、あいつを口車に乗せたんだろう。辻褄合わせの細かい指示は、おまえが裏でその都度出していたんだ、違うか」

 天井を見上げて太田はゆっくり首を振った。

「ご名答。あいつが馬鹿じゃなけりゃバレなかったのに」
「俺の今田をおまえが馬鹿って言うな」
「ずいぶんあいつに入れ込んでる様子だけど、俺を責めるのか?」
「責めたりしないよ、おまえの掌で踊っていたのかと思うとむかつくけど、今回は見逃してやる。ただし今後、僕たちに余計な手出ししてきたら許さないからな。……井本さんと言ったっけ?」

 太田は本気の動揺を見せて顔色をかえた。井本は太田が中学の頃好きだったという女子。二度告白して二度とも振られたらしい。昨夜、今田から聞き出した。聞き出したのはそれだけじゃない。井本のメールアドレスもついでに教えてもらった。

「今回のお礼に、僕がかわりに告白メール送っておいたから」
「えっ、お、おまえ……!」

 ちょうどその時、太田のポケットから携帯の着信音が聞こえた。時間通り。いいタイミングだ。

「出ろよ、きっと井本さんからだ」
「えっ、なんで」
「告白の返事は電話で直接して欲しいって書いておいた。いまがちょうど指定した時間だ」

 教室の時計を見た太田は、僕に向きなおると憎々しげに舌打ちした。

「おまえってほんとに性格悪いな」
「お互い様だ」

 にっこり微笑む。そんな僕を睨みつけながら太田は携帯電話を取り出し、耳に当てた。会話を聞かれたくないのか、僕から離れていく。案外、三度目の正直があるかもしれないぞ。そんな可能性は限りなく低いだろうけれど。振られたって僕には関係ない。ざまあ見ろと笑ってやるよ。




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