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三食ゲーム付き(3/3)

2020.03.29.Sun.


「触って」

 手を前田の股間に導かれる。指先に当たったものは、やはり驚くほど熱かった。仕方なく握って上下に扱く。

 前田は俺のズボンに手をかけ、下着ごとずりおろした。露出された下半身には、前田と同じように勃起したものがあった。その状態のものを他人に見せたことは一度もない。未経験な羞恥が俺の頬を熱くする。

 机に頬ずりしていた時のように、前田は恍惚とした表情を浮かべながら手を動かした。たまにピクリと眉が動く。その度、感じた吐息を漏らした。それと同じ反応を、俺も前田に見せていた。

 性器だけを晒した格好でお互いのものを扱き合う。嫌悪や羞恥というものは、峠を越えるとどうでもよくなるものらしい。今はただ、出してしまいたいと、それだけだった。

 目を閉じ、手つきを早くする。俺の表情から終わりが近いことを読み取り、前田も手の動きを早くした。喘息のようなせわしない息をしながら、俺は前田の手の中に射精した。

 全部吐き出した後、頭の中はしばらく真っ白になる。つい、前田をイカせることも忘れて余韻に浸っていた。

「杉村ぁ、僕やっぱり、君の中に入れたいよ」

 擦れた声で前田が切なげに訴えてくる。

「こんなもの入らない」

 けだるく答える俺の肛門に前田の指が押し当てられた。途端、ダルさは吹き飛んで体に力が入った。

「入るよ、みんなここ、使ってるんだもん」

 グリグリと指を押し込んでくる。みんなって誰だ。

「こんなもの入れられたら切痔になる」
「僕がクスリ塗ってあげるから」
「死んでも嫌だ」
「ねぇ、杉村、僕、考えたんだけど」

 こんな時になんだ、と前田を睨む。まだ射精していない前田は、頬を赤く染めながらウットリ俺を見ていた。

「そんなにゲームが好きなら、僕のところでずっとゲームしてたらどうかな? もちろん、今すぐは無理だけど、僕が就職して君を養える時がきたら、僕のところに就職しない?」
「就職?」
「杉村はただ、僕の家でずっとゲームしててくれればいい。それが杉村の仕事。どうかな」

 確かに、レベル上げを請け負う会社があったら就職したいと思っていたが……。こいつと一緒に暮らせば俺は外に働きに出なくてもいいのか? 本当にゲームしているだけでいいのか?

「そんなうまい話……」
「たまにこうしてエッチなこともするけどね」

 やっぱり――。舌を鳴らすと前田は苦笑した。

「仕事はゲームとセックスだけ。三食昼寝付きで好きなだけ家にこもっていられるよ」

 三食昼寝付き……。今はまだ十六歳だから親の扶養で面倒をみてもらっているが、十年後も同じ状況では笑えない。俺もいつか自立して働かなくてはならない。このまま登校拒否を続けていれば俺は間違いなく留年する。それでも行かなければ退学ということになる。中卒で雇ってくれる職場は限られている。頭じゃわかっているが、どうしても学校に行く気にはなれない。そこに価値や意味を見出せないのだ。

 押し黙った俺の迷いを嗅ぎつけ、前田はさらにまくしたてた。

「ゲームは好きなんだろ? エッチだって気持ちいいことなんだからそのうち絶対好きになるよ。一生誰ともエッチしないって決めてるわけじゃないんだろ? その相手が僕だから迷ってるんだろ? だけど考えてもみてよ、気持ちよくセックスするだけで、あとは何もしなくていいんだよ。料理も掃除も洗濯も全部僕がやる。杉村は好きな時に好きなことをしてくれればいいんだ。ただ、僕と一緒に暮らして、僕とセックスするだけ。それも気持ち良く、ね」

 俺の手の中で前田の性器がドクンと脈打ち膨らんだ。何を想像したんだ。

「毎日……か?」
「セックス? そうだな、週三回でどう?」

 週に三度、前田の性処理に我慢して付き合ってやればいいのか――?

 急に下半身が軽くなった。体を浮かせた前田が、俺のズボンを足から抜き取っていた。

「一度、試してから考えたら?」

 と腰を持って裏返す。尻を割って中心に指を入れてきた。

「やるなんて言ってねえ」
「これは僕に嘘をついたペナルティでもあるんだよ、杉村」

 ズクと指が奥まで入った。息が詰まるような圧迫感に背中が反った。

「どうして俺なんだ、どうしてそんなことするんだ」

 思わず泣き言を漏らした。ゲーム三昧で三食昼寝つきは確かに魅力的な就労条件だが、週に三度もこれを我慢できる自信は微塵も持てない。

「中学の時、僕はいじめられそうになったことがあった。その時、クラスの奴を止めてくれたのが杉村だった」

 前田は指を二本に増やし、中で関節を曲げる。

「覚えてない……っ」

 脂汗を額に浮かべながら呻った。

「ね。杉村はそういうことが当たり前に出来ちゃうんだよ。僕にとっては忘れられない出来事でも、杉村にとっては些細な出来事なんだ。僕はずっと杉村に憧れてた。杉村みたいになりたくて、君のことばかり見ていたら、いつの間にか好きになってた」

 指が抜かれた。ほっとしたのも束の間、次の瞬間には指より太いもので貫かれていた。本当に切痔になる!

「頼むよ杉村、僕のそばにいてよ。杉村が何不自由ない生活を送れるよう、僕がんばって働くから。だから僕のところに来てよ」

 真摯に訴えかけながら、前田はちゃっかり腰を動かした。体の奥深くをえぐられる感覚に焦りがわいた。

「動くな、脱肛するっ」
「そんな簡単に脱肛したりしないよ」

 引きずられそうで布団にしがみついた。この異物感と痛みを耐え続けることが果たして俺に出来るか? 無理だ。こんなことを続けるなんて、俺にはとても無理だ――。

「…………条件がある」
「なに?」

 ピタリと前田の動きが止まった。

「俺が欲しいと言ったものは何でも買い揃えろ」
「もちろん、出来る範囲で」
「ゲームしている時は邪魔するな」
「しないよ」
「俺は家事は一切やらない」
「杉村の部屋も僕が掃除するよ」
「俺の部屋は自分でする。俺の持ち物には一切触れるな」
「わかった、約束する」
「契約書を書け。一年目の違約金は百万。学生の間、一年ごとに五十万増やす。社会人になってからは百万ずつ増やす」
「僕は絶対に契約破棄なんてしないよ。杉村こそ、途中で嫌だなんて出て行かないでよ」
「行って欲しくなかったら、おまえは高給取りになれ」
「――なるっ、僕、がんばるよ!」

 再び前田の腰が動いた。興奮して勢いづいた前田は激しく腰を振る。これが気持ち良くなるなんて考えられない。この行為を好きになる日が来るなんて想像もできない。前田に騙されたのだろうか。苦痛を噛み締めながら、決断を早まったかと早速後悔した。

 背後から聞こえる前田の息遣いが速く、荒くなった。うわ言のように俺の名を呼ぶ。

 どうしてそこまで必死になれるのか、前田の言動は俺の理解を超えている。取るに足らない過去の出来事をいつまでも覚えていて、挙句男相手に好きだと言ってくる。自分が働くかわりに、俺にはずっと家でゲームしていろと言う。たとえ性交渉という条件がつくとしても、家事もやらない、子供も産めない俺を養って何のメリットがあるのか。正気の沙汰とは思えない。それが――俺には理解不能な――恋というものなのだろか。

 俺の腰を掴む前田の手に力がこもった。直後、息をつめて前田は吐精した。

 ※ ※ ※

 契約書の内容はこうだ。

 前田と同じクラスの間、俺は学校に通うこと。クラスが分かれた時にはその強制力は消滅する。社会人になった前田の収入が安定したら同居をする。働かなくていいかわりに、義務として前田と週三度の性行為。

 前田は、出来るだけ好条件の仕事につき、出世の努力を惜しまぬこと。三食昼寝付きという環境を維持して俺を養い、俺が欲しがるゲームに金を出し惜しみしないこと。ゲームの時間を邪魔しない。家事全般は前田がやる。ただし、俺の部屋は例外とする。俺の持ち物に許可なく触らない。

 一年目の違約金は百万円。二年目以降、学生の間は一年ごとに五十万円増やす。社会人になってからは一年ごとに百万円増やす。

 無収入の俺が契約を破棄したい場合、前田の希望によって契約終了の期限を五年まで延長できることとする。

 どちらに有利な契約なのか、よくわからない。感情が醒めた時、前田にとって俺はお荷物以外の何物でもないだろうし、中年になってから放り出された時――しばらくは違約金で生活出来るだろうが――俺は路頭に迷うことになる。

 どちらにも分が悪い、賭けのような契約だった。そのことがわかっているのかいないのか、前田は喜々とした表情で契約書にサインした。

「はい、杉村もサインして」

 眼前につきつけられる契約書。これに名前を書いたが最後、俺の人生は決まってしまうのだ。前田に食わせてもらいながら、家に引きこもってゲームばかりしていていいのだろうか。夜になれば我慢しかない前田との性行為だ。本当にそれでいいのか。男として、人として、それで――。

「杉村、早く」

 前田が俺をせっつく。急かすな、これは人生の岐路なんだ。大事な場面なんだ。

 そういえば、俺は勘がいいほうだった。ダンジョンに入り込んだ時も、地図を見なくてもあまり迷わず進むことが出来た。攻略本が役に立たない、運だけが頼りの宝箱の選択の時だって、俺は当たりを選ぶことが多かった。

 前田からこの話を持ちかけられた時、迷いながらも、無理だと思いながらも、俺はその道を選んだ。自分の直観力を信じるしかない。

 ――ままよ!

 意を決して、俺は契約書にサインをした。


(2010年初出)

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三食ゲーム付き(2/3)

2020.03.28.Sat.
<前話>

 口を諦めた前田は、今度は背ける俺の首筋に吸いついてきた。ベロリと舐めあげられ、全身総毛だった。

「気色悪いことするな」
「じゃあ、キスしてもいい?」
「駄目だ」
「じゃあ、学校に来てくれる?」
「どうしてそうなる」
「僕、中/学生の時からずっと杉村のことを追いかけてたんだよ。杉村に近づくために一生懸命勉強だってしたし、性格だってかえるように努力した。同じ高校に行って同じクラスになれたのに杉村が来てくれないんじゃ意味がないよ」
「知るか」

 短く弾き返すと、それが気に障ったのか前田はムッと眉を寄せた。

「来てくれなきゃ、毎日来るよ」
「毎日無視する」
「窓を破って中に入るよ」
「おまえの親に連絡して窓ガラス代を請求する」

 唇を尖らせた前田の眉間の皺が深くなった。

「じゃあ、今ここで杉村を犯す」
「どうしてそんな話になるんだ。犯罪だぞ」
「今度は警察に連絡する? 男に犯されましたって、言えるの、杉村」

 前田の顔がまた近づいてきた。それから逃れるために精一杯右を向く。耳に口を寄せて前田が笑った。「ふふっ」と吐息が耳にかかる。

「杉村、お風呂入ったでしょ? いい匂い。ちょうどいいね」

 と匂いを嗅ぐ鼻先で首を撫でられた。それと同時に、前田の下半身が押し付けられた太ももで、異様な変化を感じ取った。ある一部分が、明らかに硬く大きくなっていた。

「前田、おまえ」

 俺と目が合った前田は恥ずかしそうに一度目を伏せたが、すぐ視線を戻し、挑むように見てきた。開き直りとも取れる微笑が口元に浮かんでいる。

「僕は本気だよ」

 囁くように言う。前田は体をずらし、膝で俺の股間を押した。

「本当はこんなことするつもりじゃなかったけど、杉村が学校に来ないって我侭言うなら、仕方ないね」

 刺激に応じて性器が大きくなる。この三日、ゲームばかりしていて性処理はおろそかになっていた。俺の意思とは無関係に、前田の膝なんかで感応してしまう。

「待て、前田」
「学校、来てくれる?」
「考える」
「行くって言ってくれなきゃ、やめないよ」

 俺の右手から前田の手が離れていった。その手が下がって俺の股間を掴む。思わず息を飲んだ。本当に犯されてしまう――そう思ったらさすがに焦った。

「わかった、行く」
「本当?」

 スエットのズボンの中に前田の手が忍びこんできた。勃起したものを下着越しに優しく包みこまれる。長い指が形をなぞるように動いた。全身の毛穴が開く。

 体重を乗せられている上、体格でも力でも敵わない。家には誰もいないから助けを呼ぶ相手もいない。前田が本気を出せば、俺は間違いなく犯される――好きでもない男に。

「行く、学校に行く」
「約束だよ?」

 俺の顔を見ながら、前田が憎たらしい顔で笑う。女子から騒がれる顔は、今の俺には怖気立つものでしかない。

「もし約束を破ったら、今度は本当に犯しちゃうからね?」

 指を動かしながら、前田は更なる恐怖を引き出す言葉を吐いた。こいつ、狂ってやがる。

「行く、行くからもうどけっ」

 ありったけの力で前田を押しのけ、起き上がった。

 ラスボスでパーティが全滅しかけた時より慌てた。今まで貞操の危機など感じたことはなかったが、これほど恐ろしい状況だとは考えもしなかった。あとになって急に心臓がドクドク鳴りだして、苦しく感じられる。胸を押さえたらその鼓動が手に伝わってきた。

「約束だからね。明日からちゃんと学校に来てよ、杉村」

 前田は右手を前に出し、小指を立てた。

 ※ ※ ※

 俺が二度目のプレイをしている間、前田は毎日やってきた。前田に犯すと脅され、学校に行くと言いはしたが、最初からそんなつもりはなかった。指きりさせられたがそんなものに効力はない。口約束を破ったところで俺が負う責任は何もないのだ。俺の言葉を信じた前田が甘っちょろいというだけだ。

 前田は約束が果たされないと気付いた翌日から家にやって来た。家の戸締りは完璧。部屋の雨戸も閉めたから、窓を破られる心配はない。雨戸まで壊すようなら、その時は警察に連絡だ。

 母親がいない間は無視して過ごしたが、仕事が休みで母親がいる時に来た時は、少し緊張した。さすがのあいつも、俺の母親を押しのけてまで部屋に来るほど非常識ではなかった。長い間玄関で俺の母親に詰め寄っていたが、「本当に今は留守でいないのよ」と同じことを何度も言われて諦めて帰って行った。誰か来ても留守で通すよう、俺から母親に強く言っておいたのだ。

 そのうち諦めて俺のことは忘れるだろう、そう高を括っていた。俺は昔から、人を好きになる気持ちがよく理解できなかった。恋愛ごとに夢中になる奴の気が知れなかった。好きな奴を前にすると顔が赤くなって挙動不審になる、四六時中、そいつのことを考えてしまう、そんなことを言う奴を、俺は醒めた目で見ていた。前田にしてもそうだ。俺を好きだという感情は、一時の熱病のようなもの。あるいは勘違いから生まれた擬似恋愛なのだと思っていた。

 それが俺の間違いだったと認めるに至ったのは、前田との約束を破った五日目、週明けの月曜だった。

 あいつは担任を引き連れやって来た。担任は俺を学校へ呼ぶことをとっくに諦めていたから、前田に説得されてついて来たに違いない。こしゃくな真似をする。

 担任がやってきたのに玄関先で追い返すわけには行かず、俺の親は二人を中に招き入れた。

 しばらく三人分の話し声が聞こえていたが、いつしか二人に減り、かわりに階段をあがってくる足音が聞こえた。

 やっていたゲームを放り出し、俺はドアノブに飛びついた。両手でがっちり握る。いつか感じた大きく跳ねる心臓の苦しさがまた迫ってくる。

「杉村、中で怯えてるの?」

 笑いを含んだ前田の声が、扉の向こうから聞こえた。

「約束を破るからいけないんじゃないか。開けてくれないかな」

 俺の手の中でドアノブが回った。必死に抵抗したがノブは回され、体当たりされた扉は俺まで弾いて開いた。床に尻持ちをつく俺を、中に入ってきた前田が見下ろす。

「学校に来るようにって、先生がおばさんと話してる。杉村は僕と話をしようか」

 ゲーム音楽に気付いて前田の目がテレビに逸れた。

「またゲームしてたの? この前もしてたよね」
「学校に行くより、ゲームをしていた方がマシだからな」
「僕があんなに頼んだのに?」

 しゃがみこんで俺の頬に手を添える。前に触れられた時も思ったが熱い手だ。きっと平熱が高いのだろう。

「明日、明日は学校に行く」

 床に膝をついた前田が顔を寄せてきた。その目は俺の口元を見ている。

「また口先だけなんだろ? もう騙されないよ」
「今度は本当だ」
「じゃあ、契約書を書いてくれる?」
「書く」

 犯されるくらいなら学校に行ったほうがいい。前田の目を睨みながら頷いた。満足してにっこり笑った前田が、自分の鞄から紙を一枚取り出した。

「はい、契約書。サインして」

 と、机にそれを置いた。事前に契約書なんて用意していたのか。どこまでも小賢しい奴だ。渋々サインした。

「これでいいだろ、もう帰れ」
「約束を破ったペナルティは受けてもらわないと」

 構える前に腕を掴まれ、ベッドに投げ出されていた。前田がすかさず俺の上にのしかかる。

「言ったよね、犯すって」
「前はただの口約束だ、なんの拘束力もない」
「そんなこと言うんだ。はじめからそんなつもりで行くなんて言ったんだ? じゃあ、あの契約書も、なんだかんだ理屈をこねて反故にするつもりなんだろ?」
「違う、次はちゃんと守――ッ!」

 前田に口を塞がれた。すぐ舌が入ってきて、中を傍若無人に舐めまわす。

「やめ……っ」

 逃げても背けてもしつこい追いかけてくる。開いた口の端から唾液が垂れた。抵抗を試みたが、俺がこいつに力で勝てないことは以前、証明されている。それでも前田の体を押し返そうと暴れた。

「学校来ないでずっとゲームばっかりしてるの?」

 首に前田の唇が触れる。手が、服の中に入り込んでくる。アンダーシャツをたくし上げ、直に触られた。

「学校なんかくだらねえ」

 なんのつもりか乳首を触ってくる。俺は女じゃないんだぞ。ひねるな、痛い。

「せっかく同じクラスになれたんだよ? 学校に来てよ、同じ班になって修学旅行も一緒に行こうよ」
「馬鹿、舐めるなっ」

 前田は乳首を口に含んで吸ったり、軽く歯を立てたりする。噛み切られたら痛そうだ、と俺は冷や汗を流した。

「僕と同じクラスの間は学校に来てよ、クラスが分かれたら来なくてもいいから、そのほうが僕も安心だから……」

 乳首をいじっていた手が下におりた。撫でるようにズボンのなかに侵入し、性器を握る。

「どこ触ってるんだっ」
「一緒に、気持ち良くなろう?」

 揉むように性器を触ってくる。太ももに感じる前田の股間も、いつのまにか大きくなっていた。そんなもの、擦りつけてくるな。

「ねぇ、僕のも触ってよ」
「嫌だ」
「じゃあ入れさせて」

 どこに何を――。気付いて言葉を失った。どうしてここで難易度があがるんだ。普通、レベルをさげた妥協案を提示する場面だろう。

「わかった、触ってやる」
「さすが。杉村は物分りがいいね」

 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。前をくつろげた前田が、俺の下半身で馬乗りになる。下着から引っ張り出された前田の性器は、俺が大きくするまでもなく、怒張し、反りかえっていた。



消えた初恋 1

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三食ゲーム付き(1/3)

2020.03.27.Fri.
 先日、発売されたばかりのRPG。不眠不休でがんばった甲斐あって、レベルMAXでラスボス戦。卑怯な呪文でパーティが全滅しかけたが、なんとか勝利を収めてエンディングまで辿りついた。

 俺はレベルを上げる作業が大好きだ。何時間でも厭きることなくやり続けられる。レベル上げを請け負う会社があったら、俺はそこに就職したい。

 コントローラーを床に置き、立ち上がった。長時間の胡坐のせいで膝が少し痛んだ。

 一階におりた。親は共働きで家には誰もいない。しんと静まり返ったキッチンで湯をわかし、カップラーメンに注ぐ。これが俺の朝食兼昼食兼、三時のおやつ。いつの間にか16時前だった。

 出来上がったカップラーメンを食べ終わると部屋に戻り、ゲームをセーブしてからシャワーを浴びた。

 次は攻略本を見ないでプレイしよう。一度目は攻略本を見ながら完璧にプレイする。二度目は本なしで遊びながらプレイする。それが俺のやり方だ。

 風呂からあがり髪を乾かす。二階に戻ろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。当然、無視する。俺は電話にも出ない。またチャイムが鳴った。

 しつこいな、と睨んだ玄関から、扉を叩く音と俺を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、杉村、いるんだろ? 僕だ、前田だ、開けてくれよ」

 同じクラスの前田。無意識にチッと舌が鳴った。

 前田とは中二の時も同じクラスになったことがある。女子からうける美少年顔だったが、引っ込み思案で根暗な印象。成績は俺に次いで良かったが、明るいとは言えない性格のせいで、男子からは相手にされない奴だった。

 似たような成績だったから同じ高校に進学した。たまたまクラスも同じになった。

 高校に入ってすぐ、俺は登校拒否を始めた。何もかもがくだらなく思えたのだ。毎朝制服を着て、時間を気にしながら登校し、号令がわりのチャイムによって行動を縛られ、その場限りの上っ面な友情ごっこに飽き飽きしてしまったのだ。集団という一個に自分が取り込まれ埋没する――吐き気がするほどの嫌悪感だった。

 これなら家でゲームをしているほうがマシだ。だから俺は学校に行くことをやめた。

 そういえば、俺がまだ学校に行っていた最初の頃、同じクラスになった前田が話しかけてきたことがある。

「僕たちまた同じクラスになれたね」

 なぜか嬉しそうに笑っていた。しばらく見ない間に、前田は人の目を引くほどの男前になっていた。髪の手入れもしていて笑顔も絶やさない明るい奴にかわっていた。

 打って変わって俺は、一日中机に突っ伏して寝ているような暗い奴になっていた。誰も俺に話しかけてこない。気にもかけない。俺は教室に在って無いような存在だった。前田だけが、やたらと俺に話しかけてきた。

 お節介な前田に返事をすることが面倒臭かった。優等生気取りの正義感が鬱陶しかった。だから返事をすることもやめてずっと無視していたら、クラスメイトの俺への評価は最悪なものになっていた。そんなこと、どうでもいいが。

 学校に行かなくなってから、前田は家にやってくるようになった。母親がいる時は母親が対応した。いない時は居留守を使って無視した。俺に会えないのに、あいつは懲りもせず週に二度は俺の家にやってくる。必要のないプリントや、ノートのコピーを届けにくる。担任からはすでに見放されているのに、前田だけがしつこい。

 前田がそこまでする理由――ひとつだけ、思いあたることがある。俺と同じ町内に住んでいる伊藤沙希が目当てなのだろう。中学三年の時、俺と伊藤は同じクラスだった。卒業間近な放課後、忘れ物を取りに戻った教室で、違うクラスの前田が伊藤の席に座り、うっとりした顔で机に頬ずりしているのを目撃してしまった。すぐ引き返したから、前田は俺に見られたとは気付いていないはずだ。前田は伊藤に会える偶然を期待して、俺の家にやってくるのだ。

 下心を見透かされていると知らない前田は、表でまだ大声を張り上げている。

「おーい、杉村! 今日は大事な話があるんだ、いるんだろ? 顔出してくれよ!」

 近所迷惑な大声で俺を呼ぶな。

 今回はすんなり帰ってくれなさそうな気配だった。仕方なく玄関に向かい、扉を開けた。

 前田が俺の顔を見て相好を崩す。半開きの扉を強引に開いて、断り無く玄関に入ってきた。

「今日はお母さん、いないの?」

 と、俺の肩越しに奥を覗きこむ。

「いねえよ。なんの用だ」
「杉村の部屋に行ってもいい?」
「断る」
「今日はほんとに大事な話があるんだよ。長くなるから……ね? いいだろ?」
「嫌だ」
「用件が終わったらすぐ帰るから」

 前田は靴を脱ぐと勝手にあがりこんできた。

「おい、前田」

 止める声を無視して階段をのぼっていく。その背中に舌打ちしながら、俺もあとに続いた。

 部屋に入った前田はあたりを見渡し「ここが杉村の部屋かぁ、案外綺麗に片付いてるんだね」と感心した様子で言った。母親を入れないかわりに、掃除はこまめに自分でしている。埃にまみれた生活なんてごめんだ。

「用件は?」

 俺が言うと、テレビの前に座った前田は鞄を手繰り寄せた。俺も前田の正面に腰をおろした。

「これ、修学旅行のパンフレット。それと、授業のコピー」

 前田が差しだしたパンフレットには沖縄の文字。うちの高校は一年の時に修学旅行がある。今年は沖縄のようだ。

「行かない」

 突き返したら腕を掴まれた。

「そろそろ修学旅行の班作りとかあるから、学校に来て欲しいんだ」
「俺は学校にも修学旅行にも行かねえよ」
「駄目だよ、来てよ。杉村と一緒に行きたいんだ。同じ思い出を持ちたいんだよ。せっかく同じクラスになれたんだ、せめて今年だけでも学校に来てよ」
「嫌だ」
「行くって言ってくれなきゃ、これから毎日家に来るよ」
「迷惑だ」
「それが嫌なら学校に来てくれる?」
「どうしてそこまでする?」
「それは……」

 口ごもった前田は頬を赤くして目を伏せた。

 高校生の前田は、ソフトな外見、明るい性格で、男子からも女子からも好かれていた。清潔そうな面にみんなが騙されていた。こいつは好きな女の子の机に頬ずりするような奴だ。俺はすぐその場を離れたから見ていないが、もしかしたらあのあと、頬ずり以上のことをしていたかもしれない。登校拒否の俺を心配する振りをして、伊藤の家のまわりをウロつくような奴だ。どんな変態的な欲求を隠し持っているかわかったものじゃない。

 その口実に俺が使われるのは我慢がならなかった。

「バレてるぞ」
「えっ」

 前田が顔をあげた。

「中三の時、誰もいない放課後の教室でおまえが机に頬ずりしてるの、見たんだ、俺」

 前田の顔がみるみる赤くなっていった。焦点の合わない目が挙動不審に揺れ動く。見るも不様に動揺する前田を、俺は冷静に眺めていた。

「おまえの下心はとっくに気付いてた。だからもう、親切面してお節介焼くな」
「あれ……見られてたんだ……」

 神経質な仕草で襟足の髪を撫で付ける前田は、中/学生の頃に戻ったような控え目な佇まいだった。

「だったら言い逃れ出来ないね。あんな形でバレちゃうなんて恥ずかしいな。僕を……軽蔑する?」

 窺うように俺を見てくる。確かに、伊藤の机にうっとり頬ずりしているのを見た時は気持ち悪い奴だと思ったが、軽蔑するほどじゃない。

「別に」

 俺の返事を聞いた前田は、安心したようにほっと息を吐いた。

「実は中学二年の時から好きだったんだ。しつこいよね、僕なんかに好かれたって迷惑だよね」

 と自嘲するように笑う。どうして俺が前田の恋の相談に乗ってやらなきゃいけないんだ。

「さあな、嬉しいかもよ」

 投げやりに答えた。

「えっ、う、嬉しい?」

 前田は目を輝かせて俺に詰め寄って来た。こいつは自分が女子から格好いいと騒がれている自覚がないのだろうか。謙遜にしてはわざとらしすぎる。

「見た目はいいんだし、頭だって悪くない。おまえから好かれて迷惑に思う奴は少ないんじゃないか」
「そ、それってつまり、OKってこと?」

 そこまで知るかよ。興奮して俺の手を握るな。

「ちゃんとした返事が知りたいなら告白してこいよ」

 俺の手を痛いほど握り締めていた前田が急に両手を広げて抱きついてきた。いきなりのことで反応が遅れ、俺は押し倒されるように後ろへひっくり返った。その時、後頭部を床にぶつけた。痛みに顔を顰める俺に耳に、「好き、好きだ、杉村」と言う前田の声が聞こえた。

 好き――俺が? こいつは何を言ってるんだ?

「待て、おまえが好きなのは伊藤だろ? 俺に告白してどうする」
「伊藤? 誰それ?」

 肘をついた前田はきょとんと首を傾げた。この場面で白を切るのか。こいつの思考回路はめちゃくちゃだ。

「おまえが頬ずりしていた机の持ち主だ」
「僕が頬ずりしたのは杉村の机だよ」
「何を言ってる。あれは伊藤の――」
「あぁ、そっか、そうだった」

 前田は俺の言葉を遮り、思い出したように言った。

「最初、席を前後で間違えちゃったんだ。杉村が見たのは、僕が間違えて前の席に座ってる時だよ」

 前の席? 間違えた? 俺と伊藤の机を――? あぁ、そういえば、伊藤と席が前後したことが一度あった気がする。中三も終わりの頃だった。確かに頬ずりする前田を見た時期と一致する。じゃあ、こいつは本当に伊藤じゃなく、俺の机に頬ずりしていたのか? 世にも幸福そうな顔で?

「俺が好きなのか?」
「好き、大好き」

 満面の笑顔で前田は頷く。こいつの目当ては伊藤ではなく、そのまま俺だったのか。

「男同士なのに?」
「杉村が男でも女でも関係ない」

 と、目を伏せた前田の顔がおりてきて、お互いの唇が触れ合った。前田は角度をつけて、俺の口に唇を押しつけてくる。熱くぬめったものが俺の唇をこじ開け中に入ってくる。

「舌、入れんな」

 前田の体を押しのけた。

「人の口、犬みたいにベロベロ舐めてんじゃねえ」
「だって好きなんだもん」

 胸を押す俺の手を掴んで、前田はまた顔を近づけてきた。顔を背けた俺の頬に、前田の唇が押しつけられる。

「俺はおまえのことが好きじゃない、はなれろ」
「さっきはあんなに思わせぶりな態度とったくせに」
「どこが――、お前の好きな奴が伊藤だと思っていたからだ」

 追いかけてくる前田の口から逃れながら言った。いつの間にか両手首を捕まれ、床に押さえ込まれていた。ひ弱な印象があった前田なのに、背丈も体重も俺より上回っていた。体勢の不利を差し引いても、今の俺じゃ前田に敵わない。




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DL開始のお知らせ

2020.03.18.Wed.
※1ヶ月ほど上に固定しておきます

再録集のDL販売が始まりましたのでお知らせに参りました!

不埒なブログ短編集 第1集
デジケ特価(税込)105円です!

いつもの DiGiket.comさんにて販売しております!
前もその仕事の速さに驚いた記憶があるのですが、今回もめちゃ早くて申請したその日に登録されてて度肝抜かれました。すごすぎない…?

いつも通り、なんの捻りもないタイトルです。
ブログから下げた過去作ばかりです。体裁整えたくらいで内容はまったく変わりなし。
気が向いたときにでもどうぞ~^^

以下折りたたみで、収録作タイトルを載せておきます!

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ドッペルゲンガーくん おかわり(5/5)

2020.03.10.Tue.


 尾崎くんの指が俺の中で動く。指を抜いた尾崎くんは、その手でコンドームを取った。俺はそれを横取りしてゴミ箱に捨てた。

「今日はいらない、そのままがいい。生で尾崎くんを感じたいんだ」

 尾崎くんを抱き寄せながらベッドに倒れ込む。俺の耳元で「いいの?」と尾崎くんが囁く。俺の返事は「早く」。

 俺の中に尾崎くんが入ってくる。自分で足を抱え持ち、その進入を手伝った。押し広げられたソコ。弾力はあるが、芯を持って硬いものがズブズブ中に埋もれていく。入れられただけでイッちゃいそうになる。

「平気? 動くよ」

 少し擦れ気味の尾崎くんの声。すぐ目の前に切なげに目を伏せた尾崎くんがいる。セックスしてるときの尾崎くんは超かっこいい。俺のために汗をかいて一生懸命体を動かす。その姿を見るたび、俺は尾崎くんに惚れなおしてる。

 尾崎くんがゆっくり腰を動かした。中を擦られ、そこから快感の熱が全身に広がる。

「ふ…っ…あ……あぁ……もっと、尾崎く……」
「もっと? 気持ち良くしてほしいの?」
「うん、ほし……い、もっと、動いて……」

 まだ尾崎くんの大きさに慣れたわけじゃないけど、今日はめちゃくちゃにして欲しい気分でせがんだ。ローションでたっぷり中を濡らしてもらったし、多少きつくても大丈夫なはず。

 いくよ、と前置きして尾崎くんは腰を動かした。最初は徐行みたいなスピードだったけど、だんだん勢いに乗って速くなる。抜き差しされる肉の摩擦につられ、ローションもグチャグチャと音を立てる。なんかすっげーやらしい音。

「んあぁっ、んっ……そこ、きた……」
「ここだね」

 含み笑いで尾崎くんが言う。本腰入れて突きあげてくるものが、やたらめったら俺の前立腺を押して擦って刺激する。ビリビリと火花が散るような快感の稲妻が俺の体を走りぬける。こうなったらもう尾崎くんのペースだ。

「あぁっ…はぁっ…あんっ…や…そこ、いいっ……尾崎く…んっ…そこ、もっ…してっ……もっと…あぁんっ…んっ……ぁあっ」

 俺はただ、快楽を貪るだけの淫乱な生き物になりはてる。意識がぶっ飛ぶほどの快感に怯えながら、もっと欲しいとおねだりして尾崎くんを締め付ける。

 尾崎くんもそれに応えるように腰を振る。パンパンと肉のぶつかる音がする。ローションと精液と汗とで、音が少し湿ってる。

「もぅ…あ…っ…はぁ、あん…い、い……あぁん…んんっ…おざき…く、ん…気持ち、いいっ…やっ…あっ…あぁっ…」
「ここ、自分で触って」

 尾崎くんに手をつかまれ、導かれた先は俺の胸の上、指先に当たる小さい突起。

「そこ、触られるの好きだろ? 自分でいじってごらんよ」

 俺の腕から手をはなすと、尾崎くんはさらに激しく腰を動かした。息もつまるほどの深い挿入。ぎりぎり先っぽだけ残して外に出る、その直後ズドンと俺の直腸をえぐるように突きあげる。冷静でいられるわけないんだ。

 言われた通り俺は自分の乳首を弄った。ぷくりと立ち上がったそれを指の先で弾いたり摘んだりする。それを尾崎くんに見られてると思うと余計に興奮する。

「すごくやらしい顔してるよ……自分でわかってる?」
「わかん…な…っい…んあぁっ…あんっ、あっ、あ、んんっ」

 もうなにがなんだかわからない。俺の顔? そんなの知らないよ。尾崎くんのほうこそ、イクの我慢してるみたいな、すっごいエロい表情してる。それ見たら切ない感じになって、俺の尻に力がこもる。股間のものが痛いくらい張れ上がって、先っぽがジンジン熱く熟れる。

「君がそんなだから、僕も理性を失ってしまうんだ」

 言葉のリズムに合わせて尾崎くんが俺を責め立てる。頭の中は霧がかかったみたいに、真っ白になっていく。

「あふっ…っ…んんっ…もうやっ…だめ、イッちゃう…俺、イク…おざきく…いっしょに…イッて…あはっ…あ、んっ、イッて…いっしょにイッ…っ…!」

 俺がイクのとほぼ同時に、俺の中の尾崎くんがぐっと力を入れたのがわかった。俺の中に尾崎くんの精液がドクドクと注ぎ込まれる。生でないと味わえないこの感覚。あとが面倒だとか関係ない。尾崎くんのものを体で受け止める、それがたまらなく嬉しい。

 最高……俺たち、相性ばっちりじゃん。

 今度は俺が腕枕をして、ベッドの上に寝転がっていた。尾崎くんは満たされたような、少し眠たそうな顔をしている。可愛くて抱きしめる。すっぽり俺の腕に収まる体。二度と離したくない。誰にも渡したくない。

「そういえば、優菜となにをあんなに楽しそうに話してたんだよ。二人で笑ってたじゃん、俺ちょっと嫉妬しちゃったんだけど」

 いま思い出しても、相手が優菜だってわかってても嫉妬する。

「ああ、あれ? 君の癖について話してたんだ」
「俺の癖?」
「君は嘘をつくとき声が裏返るんだ。覚えてないか? 初めて君が僕に声をかけてきたとき、あのときも声が裏返ってた。わかりやすい癖なのに本人は気付いてない。だから簡単に嘘を見抜けるって話してたんだ」

 そんな癖、あったなんて知らなかった。どうりで優菜が俺の嘘を見破るのうまいわけだよ。

「僕たちが仲直りできたのは優菜のおかげだ。お礼言っておいて。ついでに僕も少し言いすぎたと謝っておいてくれ」

 ん? いま、優菜って呼んだ?

「ちょっと待てよおい。どうして尾崎くんが優菜って呼ぶんだよ。こないだ会ったばっかなのに、しかも喧嘩してたくせにおかしいじゃん」
「やきもちか? だったら僕は来栖さんって呼ぶよ」
「違うよ! 俺のことも壮也って下の名前で呼べっつってんの!」

 いまだに俺のことは「あんた」とか「今田」って呼ぶくせに! 喧嘩したことで優菜と友情深めたのか? だからって俺より親しく呼び合うなよな!

「わかったわかった、だったら君も僕を悟って呼べよ」
「当たり前だっつーの! 言われなくても悟って呼ぶっつーの!」

 膨れっ面をする俺に、尾崎くんが苦笑する。

 喧嘩して俺たちはさらに仲良くなった、気がする。雨降って地固まるってやつだな。ついでに綺麗な虹も出てたらいいな。



(初出2010年)


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ドッペルゲンガーくん おかわり(4/5)

2020.03.09.Mon.


 俺が到着したとき、塾から、授業を終えた生徒がまばらに出てくるところだった。尾崎くんはいつも早めに出てくるから、もう駅に向かって歩いているだろう。走って追いかければ間に合う! 俺は急いで尾崎くんを探した。

 いつかの雨の夜、俺が雨宿りをしたビルの前で、尾崎くんを見つけた。

 尾崎くん!

 叫ぼうとした開いた口から声は出なかった。大口開けたまま、俺の目は、尾崎くんの横を並んで歩く女の子に釘付けになった。ショートカット、ミニスカート、黒のブーツ、顔はみえないけど可愛い感じ。

 誰だあれ。いままで女の子と並んでる尾崎くんなんか見たことない。しかも話が弾んでいる様子で、女の子がなにかいえば尾崎くんもなにかいい返す。女の子が笑えば尾崎くんも笑う。

 モテないなんていってたくせに、ずいぶんその子とは打ちとけてるじゃないか。自分で優しくないなんて言っておきながら、実は女の子には優しいんじゃないか。どうして俺以外のやつに笑いかけるんだよ。尾崎くんの笑顔は俺だけのものだろ!

 なんだろ、すっげーむかつく。尾崎くんが女の子と話してるだけなのに、いっしょに帰ってるだけなのに、すっげーむかつく。尾崎くんの横は俺の場所なんだ。他の誰にも譲ってやるかよ!

 いまなら尾崎くんが優菜に嫉妬した気持ちがよくわかる。俺も自分の知らないところで女の子と会ってほしくない。俺たちのことを、他の誰かに話してほしくない。言いたいことがあるなら直接俺に言ってほしい。

 やっぱり俺って馬鹿だ。自分がその立場にならないとわかんないなんて。尾崎くんが愛想つかすのも無理ないよな。

 二人は俺に気付かないほど会話に夢中で、駅前に来ても立ち止まって話しこんでいた。俺は少し離れたところの電柱に隠れてそれを盗み見る。

 女の子がなにか言って尾崎くんの腕を触った。あの女……! 馴れ馴れしいにもほどがあるぞ! 尾崎くんも頭掻いて笑ってんじゃないよ、デレデレすんなよ。女の子が異性の体を触るのは相手に気があるからだと雑誌で読んだ。あのアマ、尾崎くん狙いか。俺の尾崎くんを口説くつもりか! もう許せん、これ以上黙って見てられるか!

 電柱の影から出ると、俺はツカツカ二人に歩み寄った。

「尾崎くん!」

 がしっと肩を掴んだ。驚いて振り返った尾崎くんは、俺を見てさらに驚いていた。大きく見開いた目で俺を見あげている。

「話、あるんだけど」

 トゲトゲしい口調。つい喧嘩腰になってしまった。知らない人が見たら、俺が尾崎くんに絡んでいるように見えるんだろうけど、いまはそんなこと気にしてる時じゃない。

「悪いけど、君は一人で帰ってくれるかな」

 と、尾崎くんの隣の女を一瞥する。視線を尾崎くんに戻して――俺はもう一度隣の女を見た。

「え?」

 二度見三度見してやっと「優菜……?」それが誰か気付いた。

「なんて恐い顔してんの、それが仲直りにしきた奴の顔か?」

 優菜はショートの髪を揺らしながら笑った。

「髪……髪が……」

 今日学校で会ったときはいつも通り長かったはずだ。どうして毎日手入れを怠らない自慢の髪を……!

「けじめなんだってさ」

 尾崎くんが答えた。

「けじめ?」
「君の信頼を裏切って、言ってはいけないことを言った。頭に血がのぼっていて、あることないこと口走った。そのせいで僕たちが喧嘩してしまったから、その責任をとって、髪を切ったんだそうだ」
「優菜、そんなこと」

 優菜は短くなった髪をかきあげて、小さく肩をすくめた。

「もとはといえば、あたしが尾崎に会わせろって無理言ったのがいけないんだし。相談されたことを本人に言っちゃいけないのに、壮也はあたしを信用して相談してくれたのに、あたしはそれを裏切ってあんな真似しちゃったからさ。どうしても二人には仲直りしてもらいたかったんだ。別に髪くらい……また伸ばせばいいだけの話だって」

 と俺の肩を叩く。俺は驚きと戸惑いと感動とで、わけがわからなくなっていた。

「彼女から全部聞いた。僕たちは一度、きちんと話し合ったほうが良さそうだね」

 尾崎くんが言うと優菜が「そうそう、それがいい」と頷く。

「じゃ、自分のけじめはつけたし、あたしは帰るね。あとは壮也、自力でキバんな」

 片目をつぶって優菜が来た道を引き返す。俺のためにわざわざ来てくれた。しかも大事な髪まで切って。髪は女の命なんだろ、俺のためにそこまでしてくれなくていいのに。優菜は俺より格好よくて男らしい。

「優菜、ありがとう!」

 背中に叫ぶ。前を向いたまま優菜が手を振る。感動している俺の肩に、尾崎くんが手を乗せた。

「僕たちも行こう」

 どこに? 問うだけ野暮というものだ。

 ~ ~ ~

 いつものホテルにチェックイン。服を着たまま俺たちはベッドに寝転がってお互いを抱きしめ合った。

 俺は尾崎くんの腕枕の上で、心を込めて「ごめんなさい」と謝った。

「俺はエッチしたくないんじゃなくて、久し振りに会ったときは話もしたいんだ。いつも会話は後回しで、時間がないからってのもわかるんだけど、もう少し、お互いのこと話し合える時間が欲しい。それに尾崎くんが塾休むのもいやだ。俺のせいで成績下げてほしくないし、お金も無駄使いして欲しくない。これが、俺が尾崎くんに言いたかったこと」
「わかった」

 よく話せた、という風に尾崎くんが俺の頭を撫でる。

「次からちゃんと僕に話してくれ、他の誰かから聞きたくないよ」

 いつもの優しい声で言う。

 許してもらえた嬉しさと、改めて尾崎くんに悪いことをしてすまないという気持ちとで、俺は鼻をグズグズ鳴らしながら頷いた。

「うん、ごめん。俺、無神経で馬鹿で鈍感で情けなくて最低の彼氏でごめん。俺も気をつけるから、尾崎くんも俺の悪いとこみつけたらすぐ言って、なおすから俺」
「わかった、君も僕の悪いとこ見つけたら教えてくれ、できるだけなおす努力はするから」

 言い回しが尾崎くんらしい。

 耳にぴたりとつけた尾崎くんの胸から、トクントクンと心臓の音が聞こえてくる。そのかすかな音すら愛おしい。

 俺は少し頭を持ち上げて尾崎くんを見た。穏やかな微笑を浮かべ、目を閉じている。とても幸せそうな顔。それを見て俺も幸福に包まれる。だけどそれだけじゃ物足りない。

「尾崎くん……今日は、しないの?」

 こんな場面なのに、浅ましく訊ねる俺。尾崎くんの目がゆっくり開く。

「今日はしない。しなくても満たされてるし、僕も反省した。初めて出来た恋人だから、つい夢中になって、君の体のことも気持ちのことも、なにも考えずにひとりよがりだった。君の元カノに言われて目がさめたよ。お互い思いやってこそ恋人同士なのに、ごめん」

 俺の頭を抱き寄せて額にキスしてくれる。それだけで俺の体は爪先まで痺れたようになる。

 俺は飛び起きると尾崎くんの上に跨った。

「したい。しよう。俺が我慢できない」

 戸惑う笑みを浮かべる尾崎くんの口に、俺は自分の唇を押し付けた。

 

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ドッペルゲンガーくん おかわり(3/5)

2020.03.08.Sun.


「使って」

 優菜の掌にハンカチが乗っかっていた。俺にそれをどうしろってんだろ。ぼうっとした頭で考え、あ、俺鼻血出したんだったと思い出し、受け取った。

 優菜と初めて会った日のことを思い出した。高校入ってすぐ、ガラの悪い同級生に絡まれた俺を優菜が救ってくれた。すごく恐くて強い優菜にビビッたけれど、俺が怪我してるの見て絆創膏を差し出してくれた優菜の女らしさが意外でそのギャップに惹かれた。

 俺ってギャップ萌えなのかも。別におかしくないのに、俺の口からハハ、と乾いた笑い声が出た。

「ごめん、あたし、頭に血がのぼって……。ヤケになるなよ」

 優菜が髪をかきあげかきむしる。苛々してるときの癖。

「優菜が謝ることじゃねーよ、全部俺が悪いんだ。俺と尾崎くんの問題なのに、優菜に相談した俺が馬鹿なんだよ。こういうことは尾崎くんと話し合わなきゃ意味ないのにさぁ。そりゃ尾崎くん怒るよね。俺のこと信用できないよね。なんか今日は自分の馬鹿さ加減が心底嫌んなった。もう死にてーもん」
「死ぬなって。ヤケになんなって。あたしが悪かったって言ってんじゃん」

 駐車場の縁石から腰をあげて優菜が俺の前に立つ。優菜にも迷惑かけちゃったな。尾崎くん、けっこうひどいこと言ってたし。

「ごめんな、優菜。尾崎くんにかわって俺が謝る。ほんとは尾崎くん、優しくていい奴なんだ、だから怒んないでよ。俺はほんとに、二人が仲良くなれると思ったから紹介したんだけどなぁ」
「どうすんの、これから。あいつ、真っ青な顔で走ってっちゃったけど」

 その時の尾崎くんの顔を思い出したらまた胸が苦しくなった。泣きそうだ。

「とりあえずメールして、電話して、会いにいって謝る」
「許してくれるかなぁ。あいつ、相当頭固そうだったよ? 会ってくれるかどうかもわかんないんじゃない?」
「仕方ないよ、許してもらえるまで謝るしかない」

 よっ、と俺も立ち上がった。鼻血も止まったみたいだ。出口に向かって歩き出す。

「帰んの? 単車で送ろうか?」
「いーよ、歩いて帰る。尾崎くんに電話したいしさ」
「なんかほんとごめん」
「気にすんな、俺のせいだ」

 優菜は責任感じてか、暗い表情で俯いた。

 優菜と別れてすぐ尾崎くんに電話した。留守電に繋がる。謝罪のメールを送り、また電話したが結果は同じ。

 尾崎くんを怒らせただけじゃなく、傷つけてしまった。やっぱり会わせるんじゃなかったと果てしなく後悔する。

 家に戻ってからまた電話。無視。一時間ごとに電話したけど全部無視。たくさん出したメールの返信も一通もない。

 直接会いに行きたいけど、俺は尾崎くんの家を知らない。中学がいっしょだった太田に訊いてみたけど家に行ったことはないから知らないって返事。喧嘩したのかって、逆に聞かれて、相談したくなるのを堪えて何でもないって電話を切った。これは俺と尾崎くんの問題、だから自力で解決するんだ。

 明日の月曜、塾の日だから、また駅前で待ち伏せしよう。尾崎くん、来てくれればいいけど。明日の夜まで、長くなりそうだ。

 ~ ~ ~

 なんの連絡もないまま朝がきて、俺は学校に行った。優菜がまたごめんって謝ってきた。駅前で待ち伏せして話し合う計画を話したら、うまくいくといいな、頑張れよと励ましてもらった。俺頑張る。

 放課後になり、俺は急いで駅に向かった。尾崎くんの塾は六時から。家で時間潰してもきっと落ち着かないから駅で待つ。待ってると、付き合う前のことを思い出す。

 太田から伝授された「ドッペルゲンガー作戦」、それを実行する初日、尾崎くんに初めて話しかける第一声、あれはほんとに緊張した。俺の芝居が見破られたらどうしようかと、すごく不安だった。

 何回か人違いの振りをして尾崎くんに話しかけていたら俺はますます尾崎くんを好きになっていった。太田から言われるまま、文ちゃんという架空の人と付き合えることになったと話したら、もうこれで顔を見なくて済むから清々すると言われて傷付いたけど、それも作戦のうちだという太田の言葉を信じて、一週間後、また会いにいった。

 結果として太田の言う通り、俺たちは付き合えることになったけど、あれでうまくいかなかったら俺、どうしてただろう。

 俺ってばあの時も他人に頼ってたんだよなぁ。自分のことなのに、太田の言いなりになって、これって責任転嫁ってやつだよなぁ。情けないなぁ俺。だからこんなことになったんだ。俺のせい、バチが当たったんだな、きっと。

 今日会えたら尾崎くんに謝って、ちゃんと話し合おう。優菜の言ったこと、なにがほんとでなにが嘘か、ちゃんと説明しよう。

 待ち遠しかった午後六時。近づいてくるにつれ俺の心臓がバクバク鳴り出す。恐い。会いたかったのに、尾崎くんに会うのが恐くなってきた。許してくれるかな。このまま別れることになったらどうしよう。不安でたまらない。

 駅から人がおりてくる。その中に、下を向いて歩く尾崎くんがいた。俯いてるせいか、顔に影がおちて表情が暗く見える。

 尾崎くんがまっすぐこっちに歩いてくる。塾のときいつも持ってる鞄を肩からさげて、ダルそうな歩き方でやってくる。機嫌が悪いのはすぐわかった。

「尾崎くん」

 びくびくしながら声をかける。それで初めて俺に気付いたみたいで、ハッと弾かれたように顔をあげた。俺を見たとたん眉間に縦皺を刻み、口を真一文字に結んで睨んでくる。そんなふうに見られたことないから、俺はビビりまくる。

「あのさ、ごめんね、俺……メール送ったんだけど、読んでくれた?」
「なにしにきた」

 低い声、冷ややかな眼差し、ものすごい威圧感。ますます萎縮する俺。

「あ、謝りたくて、ちゃんと話し合いたくて」
「馬鹿の一つ覚えか」

 尾崎くんが冷笑する。様になってるから恐い。

「あんたはなんでもかんでもすぐ謝るよな。謝っておけばいいと思ってるんだろう。場を収めるために謝るだけで、反省も後悔も学習もしなんだ。あんたの言葉は軽すぎる。実感がこもってない。本当は悪いと思ってないんだろ? 自分が悪者のまま終わるのが嫌だから自分のために僕に謝りに来たんだろ? ふざけるなよ、ぜったい許してやるもんか。あんたから受けたこの仕打ちはぜったい忘れない、ぜったい許さない」

 言うと尾崎くんは俺の前を通り過ぎて行った。俺はなにも言い返せなかった。尾崎くんの言うとおりだと思ったからだ。

 俺はなにかあるとすぐ謝ってきた。怒られるのがいやだから、嫌われるのがいやだから、相手に悪く思われるのがいやだから。謝ればすべて収まると思っていた。俺ってなんてズルくて卑怯なんだろう。

 遠ざかる尾崎くんの背中。それを見ていたら目の表面が乾いたみたいにジンと熱くなって、涙が出てきた。

 俺をおいてかないでくれよ。尾崎くんに捨てられたらどうしていいかわかんないよ。

「尾崎くん、俺」
「もう二度と僕の前に現れるな」

 ピシャリと言い放ち、尾崎くんは塾の中に入っていった。まるで俺との関係を断ち切るみたいに、乱暴に扉を閉める。

 俺は心臓の上のあたりをわし掴んだ。胸が痛くて苦しくて涙が零れる。こんなとこで泣いたら恥ずかしいぞ俺。だけどもう止まらない。拭いても拭いても涙が出てくる。

 ビルとビルの狭い隙間に入って俺は泣いた。こんなにツラいなら死ぬしかない。嫌われたまま生きていくなんて俺にはできない。

 どうやって死ぬ? ビルから飛び降りる? 後片付けする人が大変そうだし、電車に飛び込むのもたくさんの人に迷惑をかけるし、首吊りは死に様が恐ろしいらしいし、薬はすごく苦しいらしいし、水死と焼死なんてありえないし、簡単に、苦しまず、人に迷惑かけない方法ってなんだ?

 その時、俺の携帯電話が鳴った。もしかして尾崎くん? 涙も止まって電話に出る。

『あたしだけど』

 優菜だった。体中の力が抜けるほどの落胆。

「なんだ、優菜か」
『その声の調子じゃ、うまくいかなかったっぽいね』
「もーいいんだ、俺、死ぬから」
『だからヤケになるなって。とりあえず今日は帰って寝な。昨日ろくに寝てないんでしょ? だから悪い方向に考えちゃうんだよ。一晩寝てすっきりすれば元気も出るって。そしたらまた尾崎に会いに行けばいいじゃん。その頃にはあいつも冷静になってるよ。そうだよ、二人ともまだ冷静じゃないから駄目なんだよ、こういうのはちょっと時間置いたほうがいいんだって。あたしを信じなって』

 優菜の明るい声を聞いてると、そうなのかなーて気がしてくる。俺って単純だ。そりゃ死ぬより尾崎くんと仲直りできるほうがいいに決まってるし。

「じゃあ、そうしてみる。今日は帰って寝る。んでまた会いに行く」
『そうそう、それでこそ男の子だ』

 うん、俺、男の子だからめげない。

 家に帰った俺は速攻でベッドにダイブ。なにも考えないで、頭を空っぽにして目を閉じる。寝られるかなーと心配だったけど、意外に早く意識がなくなった。

 ~ ~ ~

 次に目が覚めたとき、部屋のなかは真っ暗だった。何時だと腕時計を見る。午後九時過ぎ。あ、尾崎くんの塾が終わる時間だ、と思ったら一気に目が覚めた。

 優菜の言う通り、少しでも眠ったおかげか、さっきまでの死にたいほどの悲壮感は薄れていた。ちょっと寝ただけでいい気分転換になったみたいだ。かわりに勇気がわいてくる。なんだか全てうまくいきそうな予感さえしている。

 いまから急げば尾崎くんの帰りに間に合うかもしれない。次こそちゃんと話し合おう。このまま別れるなんてぜったいいやだと伝えよう。我侭になってもいいから、やりなおしてもらえるように頼んでみよう!

 胸に希望が灯る。俄然わいてくるやる気と勇気。俺ははりきって家を飛び出た。




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ドッペルゲンガーくん おかわり(2/5)

2020.03.07.Sat.
<前話>

「なんか、いろいろ、むかつくんだけど」

 優菜の話をしたら、尾崎くんは笑った顔のまま青筋を立てた。これは初めて見る表情だな。ちょっと恐いよ尾崎くん。

「まず第一に、いまだに元カノと連絡とりあって尚且つ会ってるってのが気にいらない。第二に、僕の許可なく、僕とのことを他人にペラペラ話してほしくない。君はどうか知らないけど、僕はプライベートなことを誰彼構わず話したりしないんだ。そして第三、僕の意思を無視して勝手に紹介する約束なんかしないで欲しい。君の元カノなんかに会ったって時間の無駄だ、そんな時間があるなら二人きりでいたいよ僕は、君はどうか知らないけど!」

 最後は感情を爆発させて大きな声を出した。普段取り乱さない尾崎くんが珍しい。

「俺だって二人きりのほうがいいけど、たまには誰かいたっていいんじゃないかなぁ」
「それが君の元カノ?」

 尾崎くんはフンと鼻を鳴らした。そして肩をすくめて「意味がわからない」と首を振る。

 確かに俺も無神経なところがあったけど、優菜と会うことまで気に入らないなんて言われるとは思わなかった。あいつとは別れたあとも気の合う友達として付き合いを続けてきたし、これからも続けていきたいと思っているのに。

「優菜はいい奴だよ。尾崎くんも会えばわかるって。きっと気が合って楽しくなるよ」
「僕はごめんだ。どうして会わなきゃいけない。どうしてそんな話になった?」
「え、えと……」

 最近エッチばかりで疲れ気味だと優菜に相談したとは言えない。ついさっき、そこのベッドで尾崎くんとセックスしてあられもない痴態をさらした俺がそんなこと言えるわけない。説得力ねーし。

「新しい恋人が出来たら紹介しようって、前から約束してて」

 緊張したら声が裏返ってしまった。尾崎くんに嘘をつくのは心苦しいけれど、正直に言えばきっと激怒する。だからぜったい言えねー。

「ふん、それで、馬鹿正直に男の恋人が出来たってその女に話したのか。なんでも話すんだな君は。口止めしないとあちこちで言いふらされそうで恐いよ。元カノ以外で、あと誰に話したんだ? 親? 兄弟? 学校の友達? さっき外ですれ違ったおじさん? 少しは常識的にものを考えてくれ。僕の気持ちはまったく無視か? ひどいじゃないか」

 尾崎くんはソファから立ち上がると、ハンガーにかけていたコートを羽織った。尾崎くんがこんなに怒るなんて初めてだ。俺が悪いんだけど、なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか。

「優菜以外、誰にも言ってないよ」

 小さな声で尾崎くんに伝える。顔だけこちらに向けた尾崎くんは「当然」と吐き捨てる。

「帰んの?」
「もう時間だ。あんたも早く帰る仕度しろよ」

 久し振りにあんたなんて呼ばれた。付き合う前は何度も呼ばれたけれど、親しくなってから聞くと、すごく距離を感じる言葉だな。それだけ尾崎くんが怒ってるってことだ。

 のろのろ帰り仕度をする俺を、尾崎くんはちゃんと待っててくれた。顔は恐くて目つきは冷たいけど、俺を放っていかないんだ、やっぱり優しい。

 ホテルを出て駅に向かって歩く。尾崎くんが黙ってるから俺も静かに隣を歩く。しばらくして尾崎くんが大きな溜息をついた。

「どうして僕がいままで誰とも付き合わなかったと思う? モテないからだよ」

 自虐的な口調だった。見ると口元をゆがめて笑っている。

「そんなことないよ、尾崎くん、かっこいいし」
「君の元カノに会って、品定めされるんだろう? 背の高さとか、顔の良しあしとか、性格は明るいか暗いか、ノリはいいか悪いか。僕は無駄にプライドが高いんだ。他人に否定されるのは耐えられない。見定める視線にさらされるとわかっていて、親しくもない人に会いにいきたくない」

 尾崎くんはツラそうに目を伏せた。俺は尾崎くんの全部が好きだけど、尾崎くんは自分の容姿に自信がないみたいだ。確かに身長は俺のほうが高いけど、尾崎くんだって平均はあるし、気にしてないと思ってた。そんなコンプレックスを持ってたなんて驚きだ。

 嫌な思いをさせてまで優菜に紹介しなきゃいけないわけじゃない。会わせるってことになったのも優菜の思いつき、話の流れでそうなっただけだ。あとで優菜に文句言われても謝ればいいんだし、俺は尾崎くんが一番大事だし。

「ごめん、俺、なんも考えてなかったからさ。優菜には断るよ」
「もういいよ」

 目をあげた尾崎くんは、ふて腐れたように言った。

「約束してきたんだろ、会ってやる。ただし今回限りにしてくれよ、こんなくだらないことで君と喧嘩したくない」
「うん……ごめん」

 申し訳ない気持ちで一杯だった。軽々しく会わせると約束してきたことをとても後悔した。

 ~ ~ ~

 駅の近くにあるファミレス、そこで優菜が待っている。せっかくの休みなのに、と尾崎くんは機嫌が悪い。早く終わらせてデートしようとなだめすかしてファミレスまで連れてきた。

 店に入って右手、窓際の奥で優菜が手を振っていた。店員の案内を断り、優菜が待つテーブルへと行く。優菜はにやついた顔で、俺の尾崎くんを上から下まで舐めるように見た。そんなに無遠慮に見るなよ、失礼なことするなって言っておいたのに、もう。

 尾崎くんは優菜から顔を背けて窓の外を見てる。店に入る前より眉間の皺が深くなってる。

「へぇ……、これがオザキくん」

 優菜がぽつりと言った。尾崎くんの目元が神経質にぴくと動く。

「あ、えーと、こいつ、優菜。俺の前の彼女。で、こっちが尾崎くん、俺の恋人」
「どうも」

 ずっと窓の外を見たまま、地の底から響くような低い声で尾崎くんは言った。優菜の目が挑発的な輝きを増す。

「さーさー、座って座って尾崎くん」

 先に座席について尾崎くんの腕を引っ張った。頑なに優菜から顔を背けたまま尾崎くんも隣に座る。

 やってきた店員に、とりあえずドリンクバーを注文し、飲み物確保。尾崎くんはつまらなそうな顔でウーロン茶をすする。テーブルに腕を載せた優菜は、少し前傾姿勢になってそんな尾崎くんを見ている。さっきより目つきが好戦的だ。

「なんかさぁ」

 沈黙を破って優菜が口を開く。

「思ってたより地味だよねぇ、尾崎くんって。壮也と付き合ってるなんて信じらんないんだけど」

 あきらかに挑発するような言い方だった。俺が優菜を注意する前に、尾崎くんが言い返した。

「そういう君はずいぶん派手だね。厚化粧でケバいし、つけてる香水も匂いがきつくて下品だし。年上に見られたいのか? ニ十代後半に見えるよ。今田と付き合ってるころは姉と弟に見られたんじゃないか? まさか親子ってことはないだろうけど」

 口元に手を当て、尾崎くんはクックと笑った。意地の悪い笑い方。優菜の目が吊りあがっていく。

「ちょ、ちょっとふたりとも、そういうのは」
「はぁ? なに言ってんだよ、おまえみたいなダセェ奴に言われたくないんだけど? おまえなんか、壮也と並んで歩いてたって恋人に見られもしねえくせに」

 俺の声は優菜の声にかき消されてしまった。やめろよ、尾崎くんにそんなこと言うなよ。尾崎くんも尾崎くんだ、いつも冷静なのに、優菜の挑発に簡単に乗るなよ。優菜を怒らせちゃ駄目なんだってば。

「女のくせになんて口が汚いんだ。本当に今田の彼女だったのか? 付き合ってるつもりでいただけの迷惑女だったんじゃないか?」
「はぁ? 女のくせにとかってなに? いつの時代の人? ばっかじゃないの、男のくせに性格こまけー、器ちっせー。こんなのと付き合ってたら苦労するよ壮也」

 優菜がちらとこっちを見たので、やっと俺も喋れると思ったが、尾崎くんのほうが早かった。

「おまえには関係ないことだ。俺とこいつのことに口出しするな。出歯亀根性か? 見た目だけじゃなく性格も下品だな。卑しさが全身から滲み出ている。それを隠すための厚化粧か? あぁ、なるほどね! だったらもっと塗りたくったほうがいい、もういっそのこと真っ黒に塗りつぶしてしま――ッ」

 尾崎くんは最後まで言いきることが出来なかった。優菜がコップをひっつかみ、中に入っていた氷ごと、尾崎くんにぶっかけたからだ。目を瞑った尾崎くんの頭から、ぼたぼたとメロンソーダと氷が零れ落ちる。

 優菜の突然の暴挙に、俺は大口あけて絶句していた。なんてことするんだよ……!

「ギャハハハハハハッ! 一回やってみたかったんだよねぇ、これ! おもしれぇ!」

 コップをテーブルに叩きつけて優菜が大声で笑う。うっすら目を開けた尾崎くんは、目にも止まらぬ早業で、自分のウーロン茶を優菜にぶっかけた。尾崎くんと同じように、優菜の頭からウーロン茶が滴り落ちる。

 あぁ、尾崎くんまでなんてことするんだ!

「てめぇ、上等じゃねえか……表出ろ!」

 キレた優菜が叫ぶ。駄目だ、止めないと駄目だ。

「や、やめろよ二人とも」

 隣の尾崎くんの腕を掴んだけれど、それを振り払って二人は店の外に行ってしまった。まわりの客が冷たい目で俺を見ている。思いきり目立ってるし。恥ずかしいし。

 俺も二人のあとを追いかけた。レジで千円払って「すみません、おつりいいです」とそそくさ店を出た。

 二人は駐車場で向き合っていた。優菜はやる気マンマンの戦闘モード、尾崎くんも完全にキレてるのか、目が据わってる。

「喧嘩なんかするなよぉ、優菜も冷静になれって、尾崎くんも女の子相手に本気じゃないだろ? 頼むよふたりともぉ」

 俺の情けない声はふたりの耳には届いてないみたいだ。こっちを見もしない。

「おまえ、あたしが誰かわかって喧嘩売ってんのか? 命知らずの暴走天使、極悪蝶の特攻隊長、来栖優菜とはあたしのことだ馬鹿野郎!」

 優菜が啖呵を切ると、尾崎くんはプッと吹き出した。だめだめ、そういう態度、優菜が一番むかつくんだから! 優菜はレディースである自分に誇りを持ってる。それを馬鹿にされたら一番頭にくるんだ。尾崎くんに前もって言っとくんだった。

「極悪蝶? 暴走族か?」

 尾崎くんは口の端を持ち上げた。

「どうりで無神経なわけだ。おまえらは人の迷惑なんかかえりみないで、法律無視して暴走行為をする迷惑集団だろ。そんなおまえが人並みの神経なんか持ってるはずないものな。だからそんな恥ずかしい化粧で堂々と表歩けるんだろ」
「てめぇ、女だからって舐めてんのか!」

 優菜が尾崎くんに殴りかかる。平手なんかじゃない、グーだ、グー。尾崎くんの顔に狙いを定めて拳を振りかざす。俺は咄嗟にふたりの間に入り、次の瞬間、優菜の鉄拳を顔面で受けていた。脳が揺さぶられ、視界も揺れる。久し振りの優菜のパンチ。前より威力、増してんじゃん。もう喧嘩やめろよ。

 崩れ落ちる俺を尾崎くんが抱きとめた。

「大丈夫か」

 驚いた顔で俺を見ている。鼻が痛い、鼻……手で触ったら血がついた。鼻血出してるよ俺。かっこ悪ぃ。尾崎くんに見られちゃったよ、もう、最悪。

「おい、てめぇ、尾崎! 壮也盾にしてんじゃねえよ卑怯者! おまえは壮也にふさわしくねえ、壮也も迷惑がってんだ、いますぐ別れろくそ野郎!」
「ちょ、優菜、なに言ってんだよ」

 慌てて体を起こす。俺は迷惑がってなんかない。別れろなんて縁起でもないこと言うな。ほんとに別れちゃったらどうしてくれんだよ。

「迷惑って、どういうことだ?」

 真後ろで響く尾崎くんの低い声。ものすごい恐い顔で優菜を睨みつけている。俺は優菜に向きなおって首を振った。言うな、なにも言うな。

「壮也はなぁ、おまえと寝たら疲れるからもうしたくねえって言ってんだよ。おまえ、しつこがられてんだよ。嫌われてんだよ。気付けよばぁか!」

 唾を飛ばしながら吐き捨てる。頭が煮えたぎる優菜に俺の願いは届かなかった。それに事実じゃないことも言ってるし!

「ち、違うよ、違う、尾崎くん、あの」

 振り返って見た尾崎くんの顔は、すっかり色を失って真っ白になっていた。人間って、本当にショックなことがあると本当に顔面蒼白になるんだな。優菜の言葉を信じた尾崎くんは俺の声も聞こえてない様子で茫然自失。

「会えばすぐホテル連れ込んでんだろ。おまえの頭ん中それしかねえのかよ。壮也を都合よく扱いやがって、おまえのほうこそ最低のゲス野郎だ!」

 優菜が追い討ちをかける。やめろ、もう黙ってくれ。

 俺の声は聞こえないのに、優菜の声はちゃんと聞こえてるみたいだった。尾崎くんの黒目が動いて俺を見た。

「そんなことまで話したのか……」

 絶望感漂う弱々しい声。もう死ぬ寸前みたいな。このときになって初めて、俺は尾崎くんがいっていた言葉の、本当の意味を理解した。二人の問題なのに、しかも性生活って一番プライベートなことを他人に話しちゃいけなかったんだ。尾崎くんが怒るのも当然だ。なのにどうして俺、むりやり優菜に会わせちゃったんだろう。尾崎くんはあんなに嫌がっていたのに。

「ご、ごめん、尾崎くん」

 尾崎くんの顔が泣きそうに歪んだ。俯いて手を握りしめる。

「おまえがなにか隠してるなってのは気付いてたけど……まさかまた騙されてたなんて思わなかった。陰で僕のこと笑ってたんだな。付き合ってみたらやっぱり僕なんか好きじゃないって気付いて、別れたいからまたこんな芝居打ったんだろ? しかもこんな辱めを僕に与えて……」

 顔をあげた尾崎くんの目は真っ赤だった。ズキッと俺の心臓が痛む。

「それは違う、俺、そんなつもりじゃない」
「じゃあどんなつもりだったんだ? あの女を僕に紹介した真意はなんだ? 僕と別れてあの女とヨリを戻したいんだろおまえは!」

 俺に言葉を叩きつけると尾崎くんはすくっと立ち上がった。俺は手を伸ばしたが、それが届く前に、尾崎くんは駐車場から走り去ってしまった。



蜜果(3)

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ドッペルゲンガーくん おかわり(1/5)

2020.03.06.Fri.
<前話「ドッペルゲンガーくん」>

※今田視点、元カノ登場

 尾崎くんは俺と違って勉強がよくできる。なのに最近、塾を休んでまで俺とのデートの時間を作ってくれるから、俺は尾崎くんの成績が下がるんじゃないかと気が気じゃない。

 それに週に一度はホテルに通ってる。全部尾崎くんが払ってくれる。お金のほうは大丈夫なのかと訊ねても、

「僕がいままで孤独で惨めな人生を歩んできたのは、君と出会うまで無駄使いさせないための神の計らいだったんだ。僕は無神論者だけれど、今回ばかりはその存在を信じてもいいという気になったね。友達がいなかったし、趣味もないから、お年玉もお小遣いもたくさん残ってるんだ。だから君はそんな心配しなくていい」

 俺に気を使ってこんな嘘をつく。ぱっと見は恐そうで近寄りがたい雰囲気なんだけど、尾崎くんは本当はとても優しい。俺みたいなのが尾崎くんの恋人でいいのかと心配になる。

 電車が到着したみたいで、駅からたくさん人が出てきた。その中に尾崎くんもいた。俺を見つけると笑顔で手を振る。だから俺も手を振り返す。

 何度もメールのやり取りをしたし、電話で声も聞いていたけれど、やっぱり直接会えるのが一番嬉しい。一週間ぶりの再会だから、その喜びはひとしおだ。この一週間、期末考査で会えなかったのだ。

「ごめん、待たせたね」

 白い息を吐きながら尾崎くんが笑みを浮かべる。近くでその笑顔を見られるだけで俺は幸せな気持ちになる。

「行こう、はやく二人きりになりたいんだ」

 尾崎くんが俺の手を取ってずんずん歩き出す。行き先はホテル。今日、たしか塾の日だったはずなのに、また休むつもりなのかな。俺のせいで成績が下がっちゃうのはいやだな。

 常連となったホテルの部屋に入るなり、尾崎くんがキスしてきた。俺のほうが背が高いから、尾崎くんは上を向いて背伸びしている。可愛くって愛しさが込み上げる。抱きしめたら強い力で抱きしめ返された。

 二人で浴室に移動した。そこでもシャワーを浴びながらイチャイチャする。尾崎くんはいままで誰とも付き合ったことがない。当然セックスもしたことないはずなのに、俺の感じる場所を探し当てるのがうまい。そこを刺激して俺を乱れさせる。

 俺はいままで女の子相手に焦らしたことなんかないけど、尾崎くんはたまに意地悪く俺を焦らしておねだりさせる。恥ずかしいけど俺もそれを口にしちゃう。だって好きだから。やらしい尾崎くんも大好きだから。

 浴室で一回抜いて、ベッドに移動。お互い逆向きに寝て、目の前にある股間のものをしゃぶりあう。付き合いだして一ヶ月くらいだけれど、いったい何回セックスしただろう。

 尾崎くんは性欲が強いみたいで、付き合い始めの頃は毎日セックスした。俺の尻の穴、もうガパガパになるんじゃないかと心配した。

 最近ようやく落ち着いてきたけれど、一週間ぶりの今日はどうなるかわかんない。尾崎くんの舌使い、すごく荒々しい。フェラしながら俺の尻をいじる指も、急いた感じで余裕がない。俺もうイッちゃいそう。

 先に俺が果てた。尾崎くんにもイッてもらおうと思ったけど、口はもういいって四つん這いにさせられて、後ろから挿入。

 一週間ぶりだからかな、少しきつい。だけど、身震いするほど尾崎くんの形に感じる。俺の中に入ってる、そう思うだけで、気持ちが昂ぶる。

 尾崎くんが腰を動かす。俺も気持ちよくなって声を出す。自分から腰を振る。締め付ける。また勃起する。

 尾崎くんに会うまでホモなんてありえねーって思ってたけど、自分が男に掘られるなんて死んでもありえねーって思ってたけど、もう俺いま尾崎くんにゾッコンだから、中に入れるより、入れられて幸せ感じる体になっちゃったから、もう女の子は愛せない。好きにはなれるかもしれないけど、前みたいに女の子見ただけでヤリたいとは思わない。

 逆に心まで女に近づいたのか、会えばすぐエッチしようと迫られたときの女の本音、みたいなもんまで理解できるようになってしまった。俺だって尾崎くんとセックスしたいけど、一週間ぶりに会ったときくらい、少しは会話も楽しみたいわけで。

「ふっ、んあぁ…ッ…あっ……やっ、そこ……尾崎く……そこ、いいっ……もっと、し…て…っ…」

 なんて喘いでたら真実味もないわけだけども。

 俺は早々に三度目の射精をする。断っておくけど、俺は早漏じゃない。尾崎くんが長いんだ。強すぎるんだ。本当にいままで誰とも経験ないのかな。

 そんなこと考えるいとまも与えず、尾崎くんがズンズン突きあげてくる。どこが感じるか尾崎くんは知り尽くしてる。敏感なとこを尾崎くんが擦ってく。頭のなかで火花が散る。精液は出てないのに俺はイッてしまう。人生初のドライオーガズム。これか。これがそうか。もう何も考えられない。頭真っ白。悲鳴みたいな俺の喘ぎ声。おかしくなる。俺、気持ち良すぎて狂っちゃうよ。

 ~ ~ ~

「っつーか、あたしにどうしろってのよ」

 前カノの優菜はストローでグラスの中の氷をかきまわした。興味のなさそうな顔で自慢の長い髪をかき上げる。俺が男と付き合ってるって聞いたのに、それについて驚きも質問もなにもないわけか? 別れた男には関心ゼロか?

「いや、だからさ……俺、付き合ってるとき、おまえにエッチばっかせがんで悪かったなーって反省して……」
「もうそれはいいよ、終わったことだもん、しつこくて鬱陶しかったけどさ。いま、自分がその立場だからってあたしに相談されても困るよ。それ聞いてあたしにどうしろってのよ、そんなの相手の男に言えっつーの」

 もっともなことを言って優菜はグラスのなかのジュースを飲み干した。

「おかわり入れてこようか?」
「じゃお願い」

 ドリンクバーだから何杯でも飲んでくれい。優菜のメロンソーダといしょに自分のコーラもおかわりして、テーブルに戻った。

「壮也は優しい子だもんね、好きになったらイヤって言えないんだよね」

 優菜は同情するように俺を見た。

「イヤじゃないよ、俺も尾崎くんのこと好きだもん、俺だってしたいもん。だけどさぁ、こないだのテスト終わってから三日とあけずヤッてんだよね。さすがに疲れるっつーか、お金も心配だし、成績さがったら俺のせいだし」
「てかなんでそんな頭いいのと付き合ってんの。話合うの? いっしょにいて楽しいの? 実はそいつ、ヤリたいだけで壮也と付き合ってんじゃないの」
「それはないよ」

 ムッと言い返す。それは……ないはずだ。そりゃ他の人から見たら俺たちつり合ってないのかもしれないけど、尾崎くんはすごく優しいし、愛されてるって実感してるし、心も通じ合ってるって思ってるし。あれがヤリたいための演技だなんてありえない。

 でももし優菜の言う通りだったら? いやいや、俺が尾崎くんを信じないでどうする。でも恋は盲目というし、俺、尾崎くんに夢中で冷静な状態じゃないし、傍目には俺って利用されてるだけに見えるのかもしれない。

 うわ、心臓痛ぇ、誰かに掴まれたみたいに、ぎゅうって苦しくなった。やだな俺。利用されてるうちはいいけど、飽きて捨てられちゃったらどうしていいかわかんないよ。

「ごめんごめん、泣くなよ、ちょっと言ってみただけじゃん」

 涙ぐんだ俺を見て優菜が苦笑する。手を伸ばして俺の頭をなでなでする。以前なら優菜の胸に顔を埋めて泣きたいって思ったんだろうけど、いまは尾崎くんに慰めてもらいたかった。なのに尾崎くんはいない。今日は俺が説得したから塾に行ってる。会えないと思うとよけい、悲しくなる。

「じゃあさ、今度そいつに会わせてよ、本気か遊びか、あたしが見抜いてあげる」

 少し考える。優菜は嘘を見抜くのがうまい。付き合ってるとき、俺がついた些細な嘘もあっというまに見破られてしまった。そういう才能の持ち主なのだ。だから今回、尾崎くんの相談をするときも、包み隠さず全て話した。

「尾崎くんに聞いてみないと。嫌だっていったら、連れてこれねーよ」
「友達に紹介されんの嫌がるなんて器ちっさいね」
「……連れてくる、連れてくるよ」

 尾崎くんの器が小さいと思われるのは嫌だ。なんとしても優菜に紹介せねば。


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ドッペルゲンガーくん(3/3)

2020.03.02.Mon.


 怯える今田の手を引いてホテルに入った。部屋の中に来ても今田はそわそわと落ち着きがない。まだ文ちゃんとそこまで経験してないんだな。付き合って一週間だから、キスくらいかな。……キスはしたのか。自分で考えたことにむかついた。

 今田の肩を持ってこちらに向かせ、僕は自分から唇を押しつけた。初めてキスした相手が男か、頭の隅でそんなことを思ったが、すぐ柔らかな感触に夢中になった。見様見真似で舌を入れて口の中をまさぐる。

「んっ」

 鼻から抜けるような声が聞こえた。色っぽい。男なのに、馬鹿の今田のくせに、すごく色っぽい。僕はどうしようもなく興奮している。

 今田のほうが背が高くて、僕は爪先立つのに疲れ、今田をベッドに押し倒した。上になってさらに唇を貪る。

「はっ、あ……ちょ……っ」

 喘ぎながら今田が軽く僕の体を押し返す。弱い抵抗。五分ほどキスしていた。それだけで頭がぼうっとなるほど気持ちいい。キス以上のことをしたら、もっと気持ちよくなるのだろうか。

 目を動かし、ベッドのそばのアイテムを確認する。ティッシュ良し。あれはコンドームか、良し。あのボトルはなんだ? もしかしてローションか? ならば良し。

 今田の制服のボタンを外した。

「えっ、わ、ちょ」

 慌てた今田が体を起こし、僕の手を握る。

「ちょっと待って、ぶ、文ちゃん」

 こんなときに別の男の名前を呼ばれるのってショックだな。僕を文ちゃんだと思い込んでいるなら今夜のことはひどい思い出になるようにしてやろうか。そうしたら今田は文ちゃんを嫌いになって僕のところへ来るかもしれない。

 邪悪な考えに思いを巡らせていると、今田に両手で頬を挟まれた。

「本気なの?」

 額をひっつけて真面目に聞いてくる。

「本気だよ」
「駄目だよ」

 意外にも今田は即座に拒否した。僕が尾崎悟だと見破られたのか。がそんな心配は必要なかった。

「俺、君のことがすっごく好きなんだ。初めて見た時から大好きなんだよ。大事にしたいって思ってるんだよ。勢いだけでこんなことしたくないよ」

 今田は本物の馬鹿だった。馬鹿の上に、嫌になるくらい純情だった。そこまで思われている文ちゃんが心底羨ましかった。そして猛烈に嫉妬した。

「僕はあんたが好きだ、あんたにも僕を好きになってもらいたい」

 文ちゃんとしてでなく、尾崎悟として告白した。だけど今田は文ちゃんから言われたと思って泣くほど感激している。泣くなよ。慰めるだけの余裕、いまの僕にはないんだから。こんな思いをしなきゃいけないなんて、入れ替わるのもなかなか辛いな。

「俺、嬉しい、嬉しいよ」

 今田はヒックとしゃくりあげた。

「俺も好き、大好き、もうね、理屈抜き、運命だったんだよ俺たち」

 黙っててくれ。キスして口を塞いだ。今田も積極的に舌を絡めてくる。僕が制服を脱がせても抵抗しない。あらわになった胸板にもキスする。小さな突起を口に含んで舌で転がす。

「はっ、あ、んっ」

 ビクビクと今田の体が浮き上がる。僕の愛撫に感じてくれてる。ツツと舌を這わせながら下におりていく。

「だめ、だめだよ、そんなとこ……」

 弱々しい声。それを無視して半立ちのものを咥えた。いままでまともな恋愛経験のなかった僕が、キスした上フェラまでしている。だけど相思相愛の相手じゃない。やっぱり僕はまともな恋愛なんて出来ないのかもしれない。

 舌の先に独特な味のものを感じた。今田の先走りか。初めての相手が今田で良かったよ。僕のこと好きじゃなくても、僕は君が好きだから、なんだってしてやるよ。

 吸い上げながら顔を上下に動かす。指は今田の乳首をいじりながら、舌と頬を使って性器を揉みしだくように舐め上げた。

「あっ、あ……ぅん……く、だめ、だめ、やめて、出ちゃうよ、やだよ……」

 今田に肩を揺さぶられたが続けた。今田の精液を飲みたかった。これで最後なら、余すところなく、今田の全てを味わいつくしたかった。僕は速度をあげた。

「ああぁっ、だめってば、ほんとに、だめっ、あっ……やだ……やっ……イッちゃうよ、あ、イク……ごめん、おざき、くん!」

 最後の言葉に僕は動きを止めた。次の瞬間口の中に溢れるほど吐き出された精液をのどに詰まらせ、大きく咳き込んだ。

 苦し、マズッ! いや、待て、いま、なんて言った。尾崎って呼ばなかったか? 僕の聞き間違い? 違う、いくらこいつの滑舌が悪いからって、文ちゃんと尾崎くんの区別がつかないほどじゃない。じゃどうして文ちゃんじゃなく、尾崎と呼んだんだ?

「ど、して……?」

 涙目になりながら今田を見る。自分で気付いていないようで、今田は「出しちゃってごめんね」と手を合わせた。

「どうして、僕を尾崎って呼んだんだ?」

 今田がハッと息を飲む。失敗を思い出したバツの悪そうな顔で目を泳がせる。僕の頭に一つの可能性が閃く。

「最初から僕が尾崎だとわかっていた?」
「ごめん!」

 ベッドの上に今田は土下座した。待て待て、落ちつけ僕、冷静になるんだ、よく考えるんだ。

「いつから僕が尾崎だと……いや、そうじゃないな、そうじゃない……」

 もつれていた糸がほどけるように、いろいろなものが見えてきた。

「最初から文ちゃんなんて……存在、しないのか?」

 シーツに頭をこすりつけ、今田は「ごめん!」と叫んだ。つまりは肯定。文ちゃんは存在していない。

 文ちゃんと僕を間違えたのも、最初からこいつの芝居、嘘だったわけか。僕に似ている人物を作り、人間違いのていで僕に話しかけてきた。

「どうしてそんなこと?」
「尾崎くんが好きだから! これはほんとに嘘はないよ! それだけは信じて!」

 今田は必死の形相だった。短い付き合いだけれど、それが演技でないことはわかる。

「さっき泣いたのは」
「尾崎くんから好きだって言われて嬉しかったんだよ。それが文ちゃんの振りしてるだけでも、俺、すっごい嬉しかったんだよ」

 その目にまた涙が浮かび、あふれたものがポタリと下に落ちた。目元に口を寄せると、今田は目を閉じた。少ししょっぱい涙を舐めとる。

 まだ混乱しているけれど、とりあえず僕たち、両思いってことでいいんだよな。小賢しい真似をされたことは不愉快だが、それもこれも僕に近づくため、僕を好きであるが故だと許してやろう。

「あれは文ちゃんの振りして言ったんじゃない、僕の本心だ」

 目を開けて「ほんとに?」と訊ねてくる今田は頼りない小動物のようだった。安心させるように僕はゆっくり、力強く頷いた。

 今田が飛び掛かってくる。抱きしめられたまま、今度は僕が押し倒された。今田からの熱烈なキスを受けながら服を脱がされていく。

 今田が塾の帰りを待ち伏せしていたのは、僕が制服を着ていない、且つ、いつも決まった時間と場所に現れるからだろう。制服が違えば人間違いという前提が成立しにくいし、僕と同じ学校という設定にしたら、僕に文ちゃんという架空の人物を探されてしまう。それじゃ計画がうまくいかなくなる。

 今田の頭が胸元にさがり、僕の平らな胸を吸い上げる。いつの間にか全裸になっていた僕の股間は、なんら手を加えられることなくフル勃起。それを今田が掴んでゆっくり扱いていく。

 他人に触られるのってすごく気持ちいい。人の肌の温もりや感触って、とても落ち着くし、心地がいい。すべてを今田にゆだねてもいいと思えてくる。

「気持ちいい?」

 遠慮がちに今田が問う。

「……気持ちいいよ」

 僕の声と息遣いが乱れる。

「よかった、俺、下手かもって心配した」

 可愛いことを言う。

「じゃあ、もうかわってもらえる? 僕はこっちのほうが性に合ってるみたいだ」

 再び今田をベッドに寝かせる。イチかバチかで、ベッドの脇のボトルを掴みとる。蓋をあけて中身を出すと、僕の読み通り、ローションだった。

「入れるよ」

 ん、と体を硬くする今田の後ろの穴に指を差し込む。あったかいな。早くこの中に入りたいな。僕は一生恋人を作れずに、童貞のまま死んじゃうかもしれないと絶望した時期もあったけれど、これで大丈夫だ、はれて童貞卒業だ。

 僕の指をくわえ込む今田は、顔も体も赤く染めて壮絶に色っぽい。時折、なにかスイッチが入ったみたいに、僕の指の動きに合わせて体を震わせる。感じているみたいだ。本当にここで感じることができるんだな。感心しつつ、面白くなっていろいろ中で動かしてみた。

「あっ、や……、そこっ、尾崎くん、へんな感じした……、もう、やだって……!」

 ビクビクと体を浮かせる。本当にこいつは可愛い。初めて手にいれた恋人をぜったい手放すものか。いままで恋愛したことがなかった僕の執念はすごいんだぞ。

「尾崎くん、俺、イッちゃうよ……」

 半泣きになって今田が訴える。だから? 僕はとぼける。

「だから、もう……入れてよ、俺、もたないよ」

 擦れた声で甘えたように言う。めちゃくちゃにしたくなるほど可愛い。

「いままで何人と付き合った? 僕はゼロだ」
「俺、ふ、たりっ……、尾崎くん入れて三人……!」
「男? 女?」
「おんな、ふたりとも……あ、あっ」

 僕の指が抜けると名残惜しそうに尻を締めつけた。安心しろ、またすぐ入れてやるから。

「僕が初めての男、だね」

 今田の腰を引き寄せながらズブリと突き入れる。丹念に丁寧にほぐした甲斐あってか、一気に奥まで入り込んだ。想像以上に温かくて柔らかい。全体からぎゅうぎゅう僕を締めつけて絡みついてくる。これは癖になる。

「は……あ、あぁ……、すご、尾崎くん……俺、幸せすぎてどうにかなりそう」
「なっていいよ、僕が責任取ってあげるから」

 僕はゆっくり腰を抜きさしした。そうやってだんだん今田の中が僕の形に慣れていく。摩擦によってローションが温められ、滑りがよくなり、グチャグチャと卑猥な音を立てる。スムーズに、早くなっていく腰の動き。夢にまで見たピストン運動。

「うっ……んっ、あっ、あぁっ……、恐いよ、こんなに……感じちゃっていいのかな……あ、んっ」

 いいに決まってる。お互い敏感な部分を擦り合わせてるんだ、感じなくてどうする。気持ち良くならなくて、体を繋げた意味があるのか。

「あっ、んあ…っ…あっ……あっ……お、ざき、くんっ……気持ち、い……気持ちいいよ……は、あん!」

 気持ちいいと言われて嬉しくなる。夢中で腰を振った。今田を気持ちよくさせるため、僕が気持ちよくなるため。僕のすべてを、今田に捧げるため。

 恋愛にうつつを抜かす連中を馬鹿にしてた。好きだの嫌いだの一喜一憂して騒ぐ奴らを見下していた。僕のほうこそ馬鹿だった。人を好きになるってなんて素晴らしいことなんだろう。今田の勇気がなければ、僕はこの感情を知らずにいたんだ。

「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ……」

 うわ言のように繰り返す。17年、誰にも言えなかった言葉、誰にも捧げることのできなかった愛情、ありったけ全部を、僕は今田の中に注ぎ込んだ。

 ~ ~ ~

「今年の文化祭、あのときに俺、尾崎くんに一目惚れしたんだよねぇ。ちなみに文ちゃんの由来も文化祭から」

 ホテルを出て、僕たち二人は駅に向かって歩いていた。いろいろ聞きたいことがあった。そのひとつがまず、いつどこで僕を知ったのか。

「尾崎くんさ、焼きそば作ってただろ? 親のカタキ! みたいな、すっごい恐い顔で。作り終わったらダルそうな感じ丸出しで、嫌々店番してたっしょ?」

 覚えてる。今年の文化祭、うちのクラスは露店を出した。交代で店番をしたのだが、途中よそのクラスを見る約束があるとか、友達が来てるから案内してくるとか言って、一人、また一人と抜け、最後は僕だけになってしまった。三十分ほど、僕一人で店番をさせられた。

 今田が言う通り、僕は嫌々焼きそばを作っていた。誰も来るなというオーラを全身から発散させまくっていた。あれのどこに一目惚れする要素があったんだ?

「すっげえ恐い顔で焼きそば作ってんなーって思って見てたんだけどさ、途中、小さい子供がやってきて、尾崎くん、その子にやきそば奢ってやっただろ? あれってお金足りなかったんじゃないの? だからお金はもういいって追い返してたんだろ? 俺見てたよ」

 あー……、あったな、そんなことが。小学校低学年くらいの子供が焼きそばを買いに来た。だけど300円しか持ってなくて500円の焼きそばは買えなかった。面倒だったから、一皿渡して追い返したんだ。

「すんごい嫌そうな顔してたくせに、すんごい優しいことするからさ、俺、惚れちゃったんだよねぇ」

 思い出してしみじみ語る。優しさというより、ただ店の前でベソかかれたのが面倒だったから奢っただけなんだけど。それにあのあと、お金入れてないし。奢ったというか、パクッたのを渡したというか。まぁいい。今田のなかで美化されているものをわざわざ汚す必要はない。

「僕はそんなに優しくないよ」
「優しいよ、尾崎くんは」

 僕が優しくなれるのは今田に対してだけだ。それもあえて言う必要はないか。

 駅の前についた。

「だけど尾崎くん」
「うん?」
「ほんとに俺なんかでいいの? 尾崎くんが言うように俺馬鹿だし、男同士だし、得なことなんかなんもないよ?」

 逆に僕なんかでいいのかと問いたい。本当に優しくて可愛い奴だ。

「そばにいてくれるだけで僕は充分幸せだ」

 顔を赤くして今田はコクリと頷いた。黒幕が誰かわかったことだし、今田とは次に会う約束をして駅で別れた。この近所に住んでいるのは、文ちゃんではなく、今田本人だった。

 ~ ~ ~

「あいつがバラしたのか?」

 黒幕はずばりおまえだ、と指差したら太田はすんなり認めた。

「バラしてないよ、残る登場人物で黒幕に当てはまるのはおまえだけだ。うちの文化祭は入場券がないと入れない。おまえは友達が来たからと僕に店番を押し付けた。友達って今田のことだったんだ、そうだろう?」 
「しかしそれだけじゃ俺が黒幕だって言いきるには甘いな」
「ドッペルゲンガー作戦、とでも言っていたのか?」

 太田はハッとした顔つきになった。図星か。安直なコードネームだ。

「あの馬鹿にあんなまどろっこしいやり方は思いつかない。あいつは僕を紹介して欲しいとおまえに言ってきたはずだ。おまえはそれじゃ面白くないから、こんな手の込んだくだらない遊びを思いついたんだ。僕には恋愛経験がないから、例え人違いでも口説かれたら簡単に落ちるとか言って、あいつを口車に乗せたんだろう。辻褄合わせの細かい指示は、おまえが裏でその都度出していたんだ、違うか」

 天井を見上げて太田はゆっくり首を振った。

「ご名答。あいつが馬鹿じゃなけりゃバレなかったのに」
「俺の今田をおまえが馬鹿って言うな」
「ずいぶんあいつに入れ込んでる様子だけど、俺を責めるのか?」
「責めたりしないよ、おまえの掌で踊っていたのかと思うとむかつくけど、今回は見逃してやる。ただし今後、僕たちに余計な手出ししてきたら許さないからな。……井本さんと言ったっけ?」

 太田は本気の動揺を見せて顔色をかえた。井本は太田が中学の頃好きだったという女子。二度告白して二度とも振られたらしい。昨夜、今田から聞き出した。聞き出したのはそれだけじゃない。井本のメールアドレスもついでに教えてもらった。

「今回のお礼に、僕がかわりに告白メール送っておいたから」
「えっ、お、おまえ……!」

 ちょうどその時、太田のポケットから携帯の着信音が聞こえた。時間通り。いいタイミングだ。

「出ろよ、きっと井本さんからだ」
「えっ、なんで」
「告白の返事は電話で直接して欲しいって書いておいた。いまがちょうど指定した時間だ」

 教室の時計を見た太田は、僕に向きなおると憎々しげに舌打ちした。

「おまえってほんとに性格悪いな」
「お互い様だ」

 にっこり微笑む。そんな僕を睨みつけながら太田は携帯電話を取り出し、耳に当てた。会話を聞かれたくないのか、僕から離れていく。案外、三度目の正直があるかもしれないぞ。そんな可能性は限りなく低いだろうけれど。振られたって僕には関係ない。ざまあ見ろと笑ってやるよ。


(初出2010年)


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