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おかえり(4/6)

2020.02.17.Mon.



 山本が三日とあけず俺に会いに来る。仕事が終わるのを待ち伏せされていたことも何度だってある。頻繁に姿をあらわす山本は寮の社員にも知られるようになり、名前まで覚えられていた。

 食堂で夕食をとっていたら、休憩でコーヒーを飲みに来た社員から「山本くん来てたぞ。またあとで寄るってよ」と教えられた。とたんに食欲が失せた。

 仕事をかえようか。知り合いのいない場所へ行っていちからやり直す。住所は誰にも教えない。母親には仕送りをすればいい。丹野からも逃げられる。

 そんなことを真剣に考えはじめたら落ち着かない気分になった。仕事中もいつ辞めるか、そればかり考えていた。

「最近元気ないな、おまえ」

 仕事を終えてタイムカードをきるとデスクの池島が声をかけてきた。閉店するといつもやっているパソコン業務。なにかしらの数字をごまかしていると薄々気付きながら、みんな知らないふりをしている。

「夏バテ、ですかね」
「ちゃんと食ってるか」
「食べてますよ」

 ネクタイを弛めながら笑ってみせる。

「おまえ明日休みだったよな。このあとちょっと付き合えよ」
「あ、なんか奢ってくれるんですか」
「給料日前の俺に無理させんなよ」

 池島はパソコンに向きなおった。池島がほかのスタッフを食事に誘ったことがあるのか俺は知らない。少なくともそんな話は聞いたことがない。プライベートが謎な人物。休みの日は出かけていることが多い。以前、バイトの女の子から、休日はなにをしているのかと聞かれ、よその店に偵察に行ってると答えていたが、池島はそこまで仕事熱心じゃないから本当かどうか疑わしい。

 更衣室で制服を着替えてからまた事務所へ戻って池島の仕事が終わるのを待った。日付がかわる直前、ふたりで店を出た。

 山本はどうしているだろう。まだマンションの前で俺の帰りを待っているだろうか。もう諦めて帰っただろうか。暗がりで佇む山本の姿を想像したら胃が痛くなった。

 寮のほうは振り返らずに、先を行く池島のあとをついて歩いた。

 池島が向かったのは店から二十分ほど歩いたビルのサウナだった。よく来るのか慣れた様子で受付をし、ロッカーの前でさっさと服を脱ぐ。自販機でタオルを二枚買うとその一枚を俺にくれた。

 狭い廊下に扉が並ぶ。カラオケボックスのような印象だ。そのひとつの扉を池島が開けてなかに入った。予想以上に狭い個室。むっと蒸し暑くすぐに汗が吹き出た。

 板を渡しただけのベンチに腰をかける。二人でギリギリの室内。膝を閉じていないと池島とぶつかってしまう。

 五分が限界だった。風呂に入ったあとのように体中が汗で濡れていた。拭っても拭っても溢れてくる。目にも汗が流れ込んで何度も瞬きで押し出した。

「山本って友達となんかあったか?」

 黙っていた池島が急にしゃべり出した。膝に腕を乗せた前傾姿勢で覗きこむように俺を見ている。

「いえ、別になにもありませんけど」
「最近よく来てるみたいだな」
「すいません」
「泊めてやってんのか?」
「あ、いえ。そんなには」
「禁止されてるわけじゃねえけど、あんま部外者出入りさせんなよ」
「はい、すいませんでした」

 このことを言いたくて池島は俺を誘ったのかもしれなかった。パチンコ屋にはトラブルがつきものだ。従業員が関わる犯罪もないではない。まだ半年も働いていない俺が信用されないのも無理はない。

 サウナを出たり入ったりして一時間。池島がやっと「出るか」と言ってくれた。池島はさっぱりとした顔をしていたが、俺は初めてのサウナ体験でくたびれていた。

 サウナを出ると駅前通りの商店街に連れて行かれた。見逃しそうな細い横道に入り、壁にへばりついたような狭い立ち飲み屋ののれんをくぐる。

 普段あまり酒をうまいと感じない俺も、この時ばかりは五臓六腑に染み渡るビールがうまいと心底思えた。

 焼き鳥をつまみに酒をちびちび飲んでいる池島の横で俺は酒をがぶ飲みし、水分が行き渡ると餃子やらから揚げやらを頼んで平らげた。

 店を出てすぐ吐いた。煙草をふかす池島が呆れたように笑いながらなにか言う。地面が綿のようにふわふわする。誰かに裾を引っ張られたみたいにバランスを崩して倒れこんだ。手を伸ばした。池島が手を掴んだ。引っ張り起こされ、息のかかる距離で池島と見つめあう。

 煙草をよけて顔を近付けた。口の端に触れる。たまらなくなって俺は笑い出した。

「しゃんと立て。帰るぞ」

 池島に抱えられるように誰もいない商店街を歩く。

「ホテルないんですか、このへん」

 池島は答えない。

「俺ね、初めてじゃないんですよ、男とやるの。こう見えて意外と経験豊富なんです」

 へらへら笑いながら池島の顎に手を添える。誰でもよかった。この体にこもる熱を取り去ってくれるなら、池島でも丹野でも、誰でもよかった。

 煙草をとりあげて口を寄せる。直前でかわされた。乗り気じゃない池島の態度に安堵するような腹が立つような。

「ゲロ臭いんだよ、おまえ」

 苦笑交じりの一言。少しだけ酔いがさめた。



 誘いに乗らない池島と部屋の前で別れた。うえにあがっていく足音を聞きながらポケットに手を入れて鍵を探り出し、部屋の扉をあける。靴を脱ごうとして足がもつれ、玄関に倒れこんだ。冷たいフローリングに頬をひっつけていたら溜息が出た。

「なにやってんだ俺」

 明日からどんな顔で池島に会えばいいんだ。酒の勢いでとんでもない告白をしてしまった。しかもホモだと思っていた池島に相手にもされないなんて滑稽すぎる。

 背後で物音がした。重くなってきたまぶたをあける。

「主任?」

 首をひねって後ろを見る。眠気も酔いも吹っ飛んだ。

「山本」
「大丈夫か」

 俺が起き上がるのと山本が屈みこむのはほぼ同時だった。狭い玄関で間近に顔を合わせる。暗くても山本が怒っているのはすぐわかった。普段は優しい二重が吊りあがっている。

「どうして、ここに」
「待ってた。ずっと」
「ずっと」
「今日、仕事休みだから」
「そうなんだ」
「いっしょにメシでも行こうかと思って」
「ご、ごめん」
「さっきの、誰?」

 池島の話題が出た途端、きゅっと締めつけられたように胃が痛んだ。

「主任。上司だよ。メシ誘ってもらって」
「メシだけじゃないだろ?」

 山本の唇が左右に持ち上がる。こんなに恐ろしい微笑を俺は見たことがない。

「メシ、だけ」
「サウナも行ったろ」
「見て……俺をつけてたのか」
「そのあとメシ行って、あいつにキスしてただろ」

 暗がりで山本の目が光る。俺は身動きできずに、近づいてくる山本の顔を見つめた。

「あいつが好きなのか?」

 唇に山本の息がかかる。どちらかが顎を少しもちあげただけで唇が触れ合う距離。眩暈がするほど近い。

 俺は声も出せずに首を横に振った。

「好きじゃないのか?」

 今度は縦に首を振る。山本がふっと笑った。

「好きでもないのに、キスできるのか?」

 どちらにも振れずに俺は固まる。

「だったら俺にもしてくれるか?」

 山本が顎を持ちあげたので、俺たちの唇は簡単に合わさった。手をついて前のめりになる山本から逃げるように俺は後ろに手をついて体勢を維持した。

 山本は角度をかえて何度も口付けてきた。乾いていた唇が湿り気を帯びてくる。友達だと思っていた山本の柔らかな唇に戸惑う。

 山本はむりやり中に入ってこようとしなかった。俺も体が硬直して口をあけることはなかった。

 しばらくして山本は離れていった。

「ごめん」

 震える声で謝罪する。

「ごめん、河端」
「山本」

 立ち上がると山本は素早く部屋を出て行った。間際に見た顔が泣きそうに歪んでいたので、俺はなにも言えなくなった。




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