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相方自慢(1/4)

2020.02.03.Mon.
<前話>

※ファンによる犯罪、冗長、暇な時にどうぞ

 仕事を終え、コンビニに寄ってから帰宅した。玄関の鍵をあけ、靴を脱ぎ、奥へ。部屋の明かりをつけたら、見知らぬ女が立っていた。
「おかえり、ミヤ」

 ~ ~ ~

 マネージャーと一緒に警察から聴取を受けていたら、連絡をもらったらしい夜明がやってきた。今日も夜明の出待ちをしていたシャンゴリラの市原とご飯を食べに行ったはずなのに。

「お疲れ。どういう状況?」

 パトカーと警察官を横目に夜明が言った。

「家に帰ったら知らない女の人がいた」
「こっわ。何もされてないか?」
「俺は無事。女の人ももうパトカー乗ってどっか行ったし」
「目的は?」
「まだよくわかんない。とりあえず、俺んちでご飯作ってた」

 夜明は顔を顰めた。

「お前のファン?」
「……たぶん。空き部屋が出るのをずっと待ってたって言ってたから」
「わざわざお前と同じマンションに部屋借りたのか?」

 俺は頷いた。

「ベランダから侵入したらしいよ。俺と同じ階に住んでて、ベランダ伝って入ってきたんだって」

 夜明の顔がさらに険しくなる。マネージャーのヤスミンと2、3言葉を交わすと「行くぞ」と夜明は俺の肩を叩いた。

「行くってどこに」
「俺の家だよ。今晩ここでは寝られないだろ」

 確かに。目を瞑ったらさっきの女の人の顔が浮かんできそうだ。明かりがついた部屋に、ニタニタ笑いながら立っている女の姿が。

 あとはマネージャーに任せることにして、簡単に荷造りすると夜明と一緒にマンションの下へおりた。マンション前には夜明が乗ってきたタクシーが待っていて、ふたりでそれに乗り込んだ。

「そういえば市原とご飯だったんじゃないの?」

 車が走りだしてから夜明に訊いてみた。

「飯はもう食って軽く飲んでたんだけど、ヤスミンが慌てふためいた様子でミヤの家に不法侵入があったって電話かけてくるから、なんのドッキリかと思ったわ」

 窓の外を見ながら夜明が苦笑する。芸人やっていると不測の事態が起こるとドッキリ?と疑ってしまう。これはもう職業病だ。

「え? ドッキリ?」

 夜明が振り向いて確認してくる。ドッキリだったらどんなにいいか。いやドッキリでもあれもうトラウマ級のやつだから。

「ドッキリ?って俺がききたい」
「だよな。お前、顔色すげえ悪いもん。大丈夫か?」

 夜明の優しい言葉に、不覚にも涙腺が緩みかけた。実はかなり怖かったし、今もまだ少し震えているくらいだ。

 部屋のなかに女が立っていた。一瞬でパニックに陥った。腰を抜かし、悲鳴にならない声をあげ、足掻くように床の上で四肢を動かして玄関のほうへ逃げようとした。

 怖々振り返ったら女は微動だにせず笑ったまま俺を見ていた。泥棒? 幽霊? もしかしてドッキリ?

 テレビかもしれないと思ったら、簡単に逃げられなくなった。壁伝いに立ちあがってなんとか誰何した。答えずに女は「ウケる」と笑った。

「とりあえずご飯作ったから食べて」

 旧知の仲のように女は俺に話しかけてきた。カメラを持ったクルーの突撃はなし。女の様子もなんとなく尋常でない。これはおかしい。女が背を向けたすきにトイレへ逃げ込み、マネージャーに電話をかけた。ドッキリではない、すぐに警察を! と指示を受け、急いで警察へ電話した。

 トイレから出たら、女に手招きされた。一緒にご飯を食べよう、と。機嫌を損ねたらなにをされるかわからない。それにまだドッキリの可能性が万が一にも残っている。仕方なくテーブルについた。

 一方的に捲し立てられる女の話を聞きながら警察を待った。人生で一番長い待ち時間だった。

 やってきた警察を見て女は激怒するかと思ったが「ウケる」とまた笑った。その笑った顔を見て背筋がぞっとした。正気だと思えなかった。警察が女を連れて行き、俺は別の警官から事情を聞かれた。

 何度も「知り合いではないですね?」と確認された。痴情のもつれを疑われたのかもしれない。そうこうしている間にヤスミンがやってきて、俺が芸人で、ほんの数十分前まで仕事だったことを証明してくれた。女との関係を聞かれても「三宅はここ数年、恋人はいませんよ!」と、半笑いで否定してくれたので、俺が女と無関係だと信じてもらえた。

「市原と飲んでたのに、ごめんな」

 迷惑をかけた夜明へ謝罪する。

「謝るな。お前は悪くないだろ。しばらく俺んちにいればいい」
「……惚れてまうやろ」

 はは、と笑って夜明はまた窓のほうへ顔を向けた。

 夜明のマンションの前でタクシーが止まる。支払いは俺がした。ネタの打ち合わせで通いなれた夜明のマンション。夜明が鍵を開け、扉を開ける。その瞬間、さっきの光景を思い出して心臓がドキドキと苦しくなった。瞬きしないで扉の向こうを睨む。夜明がスイッチを押して部屋のなかが明るくなった。誰もいない。なのに心臓は爆発しそうなほど脈打って、固くなった膝は軽く震えた。

 夜明に余計な心配はかけたくないから、平静を装って、先に行く夜明のあとを追う。いつきても掃除の行き届いたきれいな部屋。

 入るなり「手洗いうがい」と洗面所のほうを指さされ、素直に従った。鏡に映る自分を見てぎょっとした。真っ白な顔。血の気が引くとこんなに顔色がなくなってしまうのか。

 手を洗い、うがいをしたついでに軽く顔を洗った。

 部屋に戻るとダウンジャケットを脱いだ夜明が入れ違いで洗面所へ行った。1人になって改めて部屋を見渡す。いつ誰が来ても恥ずかしくない整理整頓された部屋には、俺たち以外、誰もいない。鼓動もようやく元に戻って、手足の緊張も解れてきた。

「ミヤ、お前メシ食ったのか?」

 戻ってきた夜明が言う。

「あ、弁当家に置いてきた」
「さすがにもうヤスミンも帰ってるだろうしなあ。カップ麺ならあるけど」
「食べたい」

 キッチンに行った夜明が俺のためにカップ麺を作る。

「ほら、3分計っとけよ」

 と汚れひとつないガラステーブルにお湯の入ったカップ麺を置くと夜明はソファに座った。

「ありがと。トイレ借りていい?」
「どうぞ。ていうか、そんな断りいれなくていいから」

 トイレの前に立って、ノブを掴む。一瞬先の光景が頭に浮かぶ。扉を開けたら見知らぬ笑う女。そんな想像をしたら、怖くて開けられなくなった。収まった心臓がまたドックンドックン大きく鳴り始める。

「ミヤ? どうした?」

 俺がトイレの前で固まっているから夜明が声をかけてきた。

「やっぱ……、飯食ったあとに行こうかな」

 苦しい言い訳。夜明が納得するはずもなく眉を顰める。

「なに? 言えって」
「いや、ほんとに、ここきたら引っ込んだって言うか」
「正直に言わないならちんこ揉むぞ」

 とソファから立ちあがろうとする。

「わかった、言うって!」

 慌てて言うと夜明は尻を戻した。

「玄関開けて電気つけたら知らない女がいたからさ、なんか、扉開けたら中にいそうな気がしてちょっと怖いんだよ。いないってわかってるんだけどさ」

 納得した顔で小さく頷くと夜明はソファから腰をあげ、俺のかわりにトイレの扉を開けた。たとえ夜明の家のトイレでも、夜明が開けたとしても、さっきの恐怖をまだ引きずっている俺は、扉が開く瞬間はやっぱり怖くて鼓動が苦しくなる。中に誰もいないとこの目で確かめてやっと安心できる。

「行って来い」

 夜明に尻を叩かれ、トイレに入った。用を足し、トイレを出る。腕を組んだ夜明が壁にもたれて待っていた。

「中から出てくるときは平気なのか?」
「あ、言われてみれば平気だった」

 少し考える素振りを見せたあと、「こっちは開けられるか?」と夜明は玄関の扉を指さした。俺は言われた通り、玄関の扉を開いた。これも平気だ。

「ふん。じゃあ、これは?」

 今度は浴室の扉を指す。俺のマンションと同じ中折れタイプの扉だ。取っ手をに手をかけ引っ張って開けた。

「中から開けるときと、こういう、すりガラス風になってるのはぜんぜん怖くない」

 腕を組んだまま夜明はなにやら考えこんだ。しばらくして「あんなことがあった直後だからな。怖くなるのも仕方ねえよ」と俺の肩を叩いた。

「ラーメン伸びる前に食えよ」
「あ、忘れてたっ」

 奥の部屋へ戻ってラーメンを食べた。そのあと、女がいたときの状況を夜明に詳しく話した。その最中、ヤスミンから電話がかかってきて、被害届を出すかどうか、今後のマスコミ対策、騒動の落としどころの相談なんかをした。

 明日も朝から仕事だ。とっとと寝よう、と寝支度をする。たまに友達や後輩が泊まりに来るから、と言いながら夜明は予備の布団を出してきた。

「狭くて寝辛いと思うけど」

 とソファの上に置く。ここまでしてもらって俺には感謝しかない。きっとホテルに一人で泊っても眠れなかった。そもそも、ホテルのドアを開けられず中に入れなかったかもしれない。入れたとしても、トイレには行けずに詰んでただろう。

「ごめんな、夜明にまで迷惑かけて」
「次俺に謝ったら向こう一年お前がネタ考えろよ」
「もう絶対謝らない」

 寝る前にもう一度夜明に扉を開けてもらってトイレに行った。

 ソファの上で布団をかぶる。目を閉じたら浮かんでくる女の顔。あれは一生忘れられないかもしれない。今日の出来事は現実味があるようでないような。もう俺自身は落ち着いているつもりだが、意味不明なことを捲し立てる女を思い出したりするとどんどん眠気が遠のいて行く。目が冴えて、なかなか眠れそうにない。あんなことがあったんだから当然と言えば当然。

 明日も仕事なのに。今日の事件、明日にはニュースになってたりするのかな。なんて言えばいいんだろう。茶化す感じはきっと駄目だよな。神妙に。皆にも注意喚起する感じで。ベランダの鍵はちゃんとかけましょうって。

 はっと飛び起きた。夜明が寝ているベッドに飛び乗って、その向こうにあるベランダの鍵を確認した。施錠されていてほっとする。

「なんだ、どうした?」

 夜明が布団から顔を出して言う。

「鍵、かかってた」

 少し俺の顔を見つめたあと、「大丈夫だから、もう寝ろ」と夜明は珍しく優しく微笑んだ。





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