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ノイローゼ・ハイスクール(3/4)

2020.01.20.Mon.


 俺のまわりに変態が寄ってくるのは、俺自身が変態だからなのかもしれない、と最近考える。少なくとも普通じゃない。授業の終わった放課後、誰もいなくなった校舎の端にあるトイレで、担任の性器をしゃぶるなんて、マトモな男子高校生のやることじゃない。

「冬休みのあいだしっかり勉強したか? あんまり成績が悪いと俺でも誤魔化せないんだからな。やるべきことはやれよ。それが学生の本分なんだからな」

 教え子を犯す変態教師がエラソーに。

 倉岡は濃い精液を口のなかに吐き出すと、なんのつもりか犬を相手にするみたいに俺の頭を撫でてトイレから出て行った。

 俺はすぐさま残滓を便器に吐き出した。口中の唾液を集めてカラカラになるまで吐き続けたあと、水道の水で口をゆすって倉岡の味を消そうと躍起になった。

 どうしてザーメンてのはこうもマズイものなんだろうか。この中に数え切れない何億という精子がウヨウヨ泳ぎ回っている。魚の踊り食いを連想してさらに気持ちが悪くなる。女はよく平気で飲めるな。いや、愛しい男のために我慢して飲んでいる、とういのが正解だろう。俺はエロDVDの女優と同じで、金のため、自分の利益になることだから我慢が出来る。

 何度もうがいをしてトイレを出た。外は暗くて窓には俺の顔が映る。さっきまで男の性器をしゃぶっていた俺の顔が。いたたまれないほどの嫌悪感がして、窓から顔を背けた。

 廊下を行き、階段の途中で座りこむ。鞄から取り出した煙草を咥え、火をつける。苦味が口のなかに広がる。

 近頃、ぼうっとしたとき思い出すのは決まって木崎のことだ。あいつの生命力に俺は強く惹かれる。男らしい言動とか、たまに見せる優しさとか、屈託のない笑顔とか、なにもかもが俺の胸に響いてくる。

 まさか自分が男を好きになるなんて思いもしなかった。それもこれも、俺が丹野や倉岡の相手をしているからだろうか。変態の相手をしていたから、俺まで変態になってしまったんだろうか。

 だとしたら木崎に申し訳ない。あいつが俺に抱くのは純粋な友情だけ。なのに俺ときたら、木崎を意識しまくってまともに会話すらできない。最近じゃ顔を見ることさえできなくなっている。ふざけて肩にまわされた腕に、壊れるほど心臓が高鳴る。無理なんだから諦めろって自分に言い聞かせてるのに、木崎が女といると苦しくなる。嫉妬なんて見苦しいまねしたくないのに、相手の女を嫌いになってしまう。

 ふぅと白い煙を吐き出す。俺もこの煙のように消えてなくなってしまいたい。

 やたらと腰が重くっていつまでも階段に座っていた。尻と足から俺の体が冷えていく。根元まで火がきた煙草を床で揉み消し、二本目を咥える。さっき使ったライターを探していたら、踊り場の角から山本が顔を出したので驚いた。

「山本……なにしてんだよ、もうとっくに帰ったはずだろ」
「ん、忘れもん」

 階段をあがってきた山本は低い声で言うと俺の隣に腰をおろした。ポケットからライターを取り出し、俺の煙草に火を近付ける。火がついたのを確認すると、またポケットにライターをしまった。

「忘れ物は見つかったのか?」
「あぁ」
「なに忘れたんだよ」
「ちょっとな」
「なんか怒ってる?」
「別に」

 物静かな山本なんて珍しいから不気味というより不安になる。俺、なにかしたっけと思い返してみるが、帰る間際の山本は普段通りだったはずだ。まさかと思うけれど、俺と倉岡がやってることを知られてしまったのか……?

「いつ学校に戻ってきたんだよ」

 探りを入れると、ずっと前を見ていた山本が俺のほうに顔を向けた。笑みのない無表情な山本なんて初めて見る。少し、怖い。

「そんなことよりさ、倉岡とはいつからああいう関係なんだ?」

 ──やっぱりバレてたのか。

 俺はすぐさま諦めた。言い訳やごまかしなんてきかない。それはさっきまで倉岡の相手をしていた俺が一番よくわかることだ。山本がなにを見、なにを聞いたのかは知らないが、数時間前まで友達だと思っていた男が実は薄汚いホモ野郎だということには気付いたはずだ。確信を持っていま、俺のまえに現れたんだろうから、白状するしかない。

「冬休みの、前」

 明日からもう友達ではなくなる山本の顔を見ながら俺は答えた。山本にバレたら木崎にも知られることになる。木崎といっしょにいられなくなるのは、いまの俺にはなにより辛いことだが、これも身から出た錆びというやつだろう。

「なんで……、おまえ、ああいうおっさんがタイプ? だから女に興味なかったのか?」

 山本の眉間に皺が寄る。理解しがたいといった表情。俺だって、どうして自分だけがこんな目に遭うのか教えてほしいよ。

「タイプのわけないじゃん。俺さ、成績悪いから進級ヤバめなんだって。うちの家計を考えたら留年とか無理だし、倉岡の言いなりになれば進級させてくれるっていうから、仕方なくだよ、俺だって嫌々なんだぜ」
「そんなん……犯罪だろ」

 信じられない事実に、山本が弱々しく呟く。俺はそれを鼻で笑い飛ばした。

「訴えたら俺、留年決定じゃん。学校中に知られたら進級も留年も関係ないけどさ。別に学校なんか辞めてもいいんだけど、親がどうしても高校は行かせたいみたいだし、俺も遊んでられるのは高校卒業までって覚悟してるから、もう少しこのぬるま湯に浸かってたい、みたいな? うち貧乏だからね、多少の犠牲は仕方ないって思ってるよ」

「だからって、あんな……倉岡の相手かよ」
「そーさ。あいつのデカマラしゃぶって、最後にはケツの穴に突っ込まれんの。もう慣れたもんだよ」

 歯軋りしながら山本が顔を伏せた。怒りとか憎悪とか嫌悪とか、そういったものがいま、山本の心をぐちゃぐちゃに掻きまわしているのだろう。世間じゃ不良だのなんだの言われてるけど、本当は素直でまっすぐな性格だから、俺と倉岡の関係は正視に耐えないおぞましさだろう。それが当たり前の反応だよ。最初から抵抗もしないですぐに諦めて、金のため、点数のために男に抱かれることを選ぶ俺とは違う、真っ当な反応だ。

「クソッ」

 山本が壁を殴った。

「俺があいつを殺してやる」

 俯いたまま、山本が唸る。

「そんなことしてくれなくていい。俺は納得してるんだから」
「俺が嫌なんだよ!」

 と叫んだ山本の目が真っ赤になっていた。どんなときも余裕の笑みを浮かべている山本が泣くなんて意外だ。それも俺のために。

「聞いて山本、俺さ、ちょっと前まで倉岡のことどうしようもない変態だと思ってたんだけど、どうやら俺も変態だったみたいでさ、最近、そんなに嫌じゃなくなったんだよ」

 嘘だ、と山本が力なく首を振る。

 確かに丹野や倉岡に抱かれるのは苦痛以外のなにものでもないが、相手が木崎だったら、という空想に逃げる手段を最近見つけてからというもの、目を瞑って耳さえ塞げば、俺の体に触れる指や舌、肌の感触を木崎だと思って耐えることができるようになった。時には空想に入り込みすぎて、現実との区別が難しいときだってある。そんなときは驚くことに快感を得ることだってあるんだ。

 それは同時に、俺も変態なんだって裏付けされることにもなったけど、逆に否定し続けていた男を好きになるって性癖を認めるきっかけにもなった。じたばたしたって現実はかわらないし、俺が木崎を好きになってしまった感情が消えるわけでもなし。

「そういうわけだから、俺のために倉岡を殺すとか言わないでくれ。山本がそこまで怒るほどのことじゃないんだから」

 煙草を消して立ち上がる。顔を歪めたままの山本が、そんな俺を見上げている。

「明日からおまえら二人に話しかけないし、近寄ったりもしないから安心してくれ。できれば倉岡とのこと、誰にも言わないでくれると助かる」
「言うわけねえだろ」

 舌がのどに張り付いていたみたいな山本のしゃべり方だった。俺はありがとうとだけ言い残し、その場を去った。

 ※ ※ ※

 倉岡とのセックスを我慢し続けた甲斐あって、俺はなんとか進級できることになった。俺と倉岡のただれた関係を知っても、誰にも口外しなかった山本には感謝しなければならない。それだけじゃない、あんなことを知ったあとでも、山本は以前とかわらず俺と友達でい続けてくれた。ふたりきりになったときは、たまにいたわりの言葉さえかけてくれた。

 正直、その優しさは逆に身に堪えたけれど、我慢強い山本の友情のおかげで木崎のそばにいられるのだから、それくらいなんともない。

 今日は終業式だった。留年せずにこの日を迎えられたことが嬉しい。もし運が良ければまた木崎と同じクラスになれるかもしれない。次は倉岡につけこまれないように、きちんと勉強をしよう。最後の挨拶をする倉岡を見て決意する。

 なかには別れを惜しんで教室に残るやつらもいたけれど、ただクラスがかわるだけだろ、と冷めてた俺たちはとっとと教室をあとにした。

「忘れもんした」

 下駄箱で靴を履きかえていると山本が言った。

「そんなもん、次でいいだろ」

 面倒臭そうに木崎が言う。

「ばっか、学年かわんだから、次はねえんだよ。おまえら先行っててくれ、すぐ済むから」

 俺たちに笑顔で手を振って山本は来た道を戻って行く。木崎と俺は顔を見合わせ、行くか、と頷きあって学校を出た。

 木崎と並んで道を歩く。ドキドキと高鳴る俺の鼓動。もしかして山本は、俺が木崎を好きだってこと見抜いてて、気をきかせてくれたのかな、なんて馬鹿なことを考える。

 木崎に誘われるまま駅前の飲食店に入って山本を待った。

「あいつ、遅えな。すぐ済むんじゃねえのかよ」

 時計を見た木崎が、苛々とテーブルを指で叩く。店に入ってまだ五分と経っていない。俺はいつまでもこの時間が続けばいいと願うけれど、短気な木崎はそうじゃないみたいだ。

 それから五分ほどが過ぎて、木崎の携帯電話が鳴った。

「山本だ」

 と言って携帯に出る。

「おまえ、なにしてんだよ、駅前で……あ? 河端? いるよ……なんで……わかったわかった、待ってろ」

 俺に向かって携帯電話を突き出す。

「おまえにかわろって」
「俺に? ご、ごめん」

 俺は携帯電話を持っていない。恐縮しながら携帯を受け取り耳に当てる。

「もしもし? どうしたんだよ、俺たちずっと待ってんだぞ」
『河端、聞いてくれ』

 山本が俺の言葉を遮る。なぜか声が甲高く、息が荒い。運動をしたあとみたいだ。

『おまえに隠してたことがあるんだ。おまえが倉岡と寝てるって知った日な、本当はおまえを待ち伏せしてたんだ。俺……俺、ずっとおまえのこと好きだったんだ。ずっとおまえのことだけ見てた。おまえが木崎を好きなことは知ってる。おまえはいつも俺じゃなくあいつを見てたからな、すぐに気付いたよ』

 思わず正面の木崎を見た。目が合うと木崎は「ん?」と眉をはねあげる。まさか木崎は気付いていないよな? そう願いながら首を振り、視線をテーブルの上に落とした。俺の動揺なんてお構いなしで、山本が続ける。

『俺に気がないのは仕方がない。俺もおまえとどうこうなりたいとは考えてない。ただ、俺がこんなことをした理由だけはちゃんと知ってて欲しかったんだ』
「こんなこと?」
『たったいま、倉岡を殺した。もうダブる心配もないから、別にいいだろ?』
「なっ……や、山本っ……おまえ、なんてこと……!」
『むかついてたから殺した、俺が警察で話す動機はこれだ。おまえだけは本当の理由を知っててくれ。脅しておまえを抱くような倉岡を許しておけなかった。俺はおまえを愛してるんだ。おまえのためなら何人だって殺してやる』

 声も出なかった。頭のなかは真っ白でなんの言葉も浮かんでこない。いぶかしんだ木崎が、俺の手から携帯電話を取り上げる。

「山本? おまえ、河端になに言ったんだ? こいつ、顔面蒼白になってんぞ……え? なんだって? なに……おまえ、なんの冗談だよ……倉岡を……殺したって……?」

 険しい表情で俺と目を合わせた木崎の顔から血の気が引いて行く。それに合わせて木崎の声も小さく遠くなる。前後不覚になるような浮遊感から足元が覚束ない。頭の中がぐるぐるまわってる。気持ちが悪い。山本はなんて言ったんだ? 俺を愛しているだって? 俺のために倉岡を殺しただって? なんてこと。なんてことをしてくれたんだ。

 いつの間にか俺は全身びっしょり汗をかいていた。急に悪寒が走り、身震いすると同時に嘔吐していた。




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