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苦い珈琲(1/2)

2019.12.01.Sun.
<宙ぶらりん愛で殴る面倒臭い二人>

 俺が夕飯の支度をしている間、水沢は大学の課題をしていた。今年の春から大学生になった水沢は前よりさらに大人っぽくなってかっこいい。机に向かう横顔も、考えこんで伏せる目許も、シャーペンをくるくる回す長い指も、全部に見とれてしまう。

 ピロン、と水沢のスマホが鳴った。勉強を中断し、水沢はスマホを見た。最近よくスマホが鳴る。高校時代の友達に加え、大学で新しくできた友達からも、頻繁に連絡がきている。

 あくびをしながら水沢は返事を打つ。大学と、バイトと、友達からの誘いと、俺の相手で疲れている。

 無理しないで自宅に帰れと言ってやらなきゃいけないんだろうが、一日会わないだけで俺がもう寂しい。昨日も一昨日も会えなかったから、今日は泊まっていってほしいのが本音。

 高校生の頃、水沢は卒業したら一緒に暮らそうと言ってくれた。水沢はもう忘れているのかもしれない。それとも勢いで言っただけで、本気じゃなかったのかもしれない。あれを蒸し返すのは重荷になるような気がして、俺からは言い出せない。

「うわー、まじかよー」

 顔をしかめて水沢は体をのけぞらせた。

「どうした?」
「バイト、いまから来てくれって。なんか体調不良の奴が出て人が足んないんだって」
「急だな」
「あー面倒臭え」

 と言いつつ、水沢は机の上を片付け帰り支度を始めた。いま俺が作ってるお前の晩飯は?

「先生ごめん、今日は帰る。また夜に電話すんね」

 俺の肩を掴み、お詫びのキスをして水沢は玄関へ向かった。

「明日は?」
「明日はせっちんたちと約束してるから、時間あったらこっち寄る」

 せっちんは水沢の高校のときの友達だ。俺も顔を知っている。あいつらは本当にただの友達だから浮気の心配はない。

 明日は泊まれるのかと確認しようとしたら、俺のスマホの着信音が聞こえてきた。そっちに気を取られている間に、「じゃまたね」と水沢は部屋を出て行ってしまった。

 学業とバイトの両立で忙しいのはわかる。それに友達を大事にしていることも理解しているつもりだが、最近すれ違いが多い気がする。

 俺は水沢がいなくなった学校で教師を続け、卒業した水沢は大学生になり新たな交友関係を築いてる。水沢はどんどん先のステージへ進んでいるのに俺だけずっと同じ場所にいる。置き去りにされたような寂しさは拭えない。

 部屋に戻り、鳴り続けるスマホを手に取る。登録外の番号。間違い電話かもしれないが、仕事関係の可能性もあるので電話に出た。

「はい」
『洋平か?』

 突き放すような冷たさを感じる低音の声。すぐに誰かわかってしまった。

「前島、さん?」
『久しぶりだな。元気にしていたか?』

 少し笑いを含んだ声。ちょっと人を見下したような顔まで想像できる。

「何の用だよ」
『結婚したこと、まだ怒っているのか?』

 呆れて絶句した。こいつは俺がまだ前島を引きずっていると思っている。何年経ったと思ってるんだ。

「自分勝手なあんたのことなんか、もうとっくに忘れてたよ」

 電話の向こうで前島は笑った。

『悪かったよ。だからもう拗ねるのはよせ、親の気を引きたい駄々っ子みたいだぞ』

 強がりの発言だと思っているらしい。俺を子供扱いして優位に立とうとするやり方。なにも変わってない。

「勝手にそう思ってればいいよ。もう切るから」
『会って話せないか?』
「冗談。いまさら何の話をするって言うんだよ」
『電話で話す内容じゃない。都合のいい日を教えてくれ。俺が君の家へ行ってもいい』

 人の話を聞いちゃいない。自分の要求が通って当然という態度もかわらない。

「来るな、顔も見たくない」
『まだ引っ越してないんだな?』

 含みのある言い方。俺がここでずっと前島を待ち続けていたと思っているんだ。前はこの自信過剰なところが魅力に思えていたが、いまはただひたすら鬱陶しくて面倒だった。

「本当に迷惑だ。もう新しい恋人もいる。邪魔しないでくれ」
『新しい恋人? 俺より良い男なのか?』

 赤の他人になったいま、前島のこの発言は噴飯ものだった。

『会わせてくれ。洋平にふさわしいかこの目で見てみたい。明日そっちへ行っていいか?』

 来るなと言っても来るだろう。こんなことなら引っ越しておけばよかった。

「うちは駄目だ。前によく行った喫茶店、覚えてる? そこで13時。なんの話か知らないけど、用件終わったら俺はすぐ帰るから」
『わかった。洋平に会えるのを楽しみにしてるよ』
「楽しみにするな、気持ち悪い」
『そう怒るな。ほったらかしにして悪かったよ』

 ぞわっと鳥肌が立った。

「じゃあ切るから」

 前島の返事を聞かずに通話を切り、スマホをテーブルに戻した。明日水沢はいない。うちに寄ると言っていたがどうせ夜の話だろう。2、3時間くらい家をあけてもどうってことはない。

 しかし一体、今頃俺に何の用だ。嫌な予感しかしない。

 ~ ~ ~

 午前中に掃除やら洗濯を済ませてから待ち合わせの喫茶店へ向かった。本格珈琲を出す店で、前島はここの常連だった。いつも店の奥の席に座り、珈琲を飲みながら小一時間小説を読んで過ごす。そのあいだ俺はほとんど無言で待たされた。

 前島は今日も常連気取りで、いつもの場所でいつものように小説を読んでいた。マスターに会釈し、前島の向かいに腰を下ろした。

 俺が来たのに前島は小説を読み続ける。秋深くなってきた外と比べて温かい店内。漂う珈琲の匂い。口に蘇る当時の苦い味。俺の存在を無視して読書する前島。タイムスリップしたかのようだ。

「話す気がないなら帰るぞ」

 以前の俺なら前島が口を開くまで待ち続けたが、いまは違う。俺の粗相に、前島は軽く眉を寄せた。ため息をつきながら栞を挟むと本をテーブルの隅に置いた。

「なにか注文したらどうだ」
「あんたの用件次第」
「あいかわらずだな」

 前島は苦笑しつつ珈琲カップに口を付けた。なにが「あいかわらず」なのか問い詰めたいところだ。おまえに俺のなにがわかる。なにを知っている。知ったかぶりができるほど俺に興味なんかなかったくせに。

「あと十秒待つ」

 袖をまくり腕時計を見た。秒針が進む。

「離婚した」

 思わず前島の顔を見た。そして笑ってしまった。

「おめでとう」
「皮肉はよせ」
「原因は?」
「向こうの浮気。きっちり報復してから別れてやったがね」

 奥さんが浮気した理由が俺にはよくわかる。自分勝手で、他人を愛することができない不感症。セックスも自己中で、こいつと付き合っているあいだ満ち足りたことなんか一度もない。

「あんたはその性格直さない限り、誰とも一緒になったら駄目だと思うぜ」
「ああ、その通りだ。俺を理解できる人間しか、俺とは付き合えない。物は試しと結婚してみてそれがよくわかった」

 自分の非を認められない前島らしい言い方だ。

「待たせたな、洋平」

 いきなり手を掴まれた。柔らかく温かい感触が気持ち悪くて咄嗟に手を引こうとしたが強い力で引き戻された。

「放せよ、誰もあんたのことなんか待ってねえよ」
「もう意地を張るな。本当に新しい男はいるのか?」

 その存在すら、こいつは俺の嘘だと思っているらしい。

「いるよ、だから放せ」
「どうせ俺への当てつけなんだろう。君は昔から俺の気を引こうと、子供じみた悪戯をすることが好きだったものな。あの頃は相手にしれやれなかったが、これからは洋平のことをちゃんと構ってやるから、もうそろそろ機嫌を直せ」

 親指で俺の手の甲を撫でる。好きでもない男から言い寄られることがこんなに気持ち悪いことだったとは。

「冗談じゃねえ、放せ」

 力任せに振り払った。前島は一瞬ムッと顔を歪めたが、すぐ笑みの混じった困り顔になった。

「そんなに寂しい思いをさせていたんだな。これからはそんな思いはさせない。だからもう素直になれ。いつまでも意地を張っていたって仕方ないだろう」

 言葉が通じない。意思疎通ができない。昔からその傾向はあったけど、こんなに酷かったか? 唖然とした。もう何を言っても無駄だと悟った。その瞬間、俺のなかで何かが切れた。

「もう二度と連絡してこないでくれ。俺はいま新しい恋人ができて幸せなんだ。それを壊そうとするなら徹底的に戦う」
「まだそんなことを言うのか」
「そいつはあんたとぜんぜん違うタイプだ。何度も俺のことを好きだと言ってくれるし、無理してまで会いに来てくれる。セックスも愛情がこもっててあんたと大違いだ。今だから言うけど、あんたとやって満足したことなんか一度もない。独りよがりなセックスでさっさと終わって、俺が不満に思ってることすら気付いてなかっただろう。あんたは他人に興味がもてないんだ。自分しか愛せないかわいそうな奴だ。それにすら気付いてない。同情はするけど俺を巻きこむな。俺はもうあんたが好きじゃない。今は他に好きな奴がいる。そいつは俺の望むことをなんでも叶えてくれる。だから俺もなんでもしてやりたいと思える。あんたには思えない。もし俺たちの邪魔をするなら、あんたの実家にも職場にも、洗いざらいぶちまけてやる」

 淀みなく言葉が出てきた。吐き出しながら冷静でいられる自分に驚いた。以前の俺ならきっと泣きわめいていただろう。そして前島に言葉巧みに言いくるめられ、俺の謝罪で終わる。それがパターンだった。

 前島は思わぬ反撃に顔をひきつらせた。怒りで顔を赤くしたり、青くなったり、また赤くなったり。平静を装いながら珈琲を飲むが、カップを持つ手がわなわな震えていた。セックスの拙さを指摘されるのは男として最大の屈辱だろう。俺だって言いたかなかったが、今の前島に聞く耳を持たせるのはこれしか思いつかなかった。

「本気で言っているのか?」
「ずっと本気で言ってるよ」
「それでいいんだな。後悔しないな?」

 いつまでも自分の優位を保っていたい前島の精一杯の虚勢。哀れだ。

「あとで泣きついても遅いぞ。これが最後のチャンスだ。いま謝るなら許してやる」
「あんた、ほんとどうしようもないな」

 席を立った。前島が俺を見上げる。その時ほんの一瞬だけ、気弱な表情を見せた。こんなうだつのあがらない中年男のどこに惚れたんだろう。いまになって不思議で仕方がない。

「もう二度と連絡してくんな」

 くるりと身をひるがえし出口へ向かう。前に立ちふさがる人物を見て腰を抜かしそうになった。

「み、みずさわ?! なんで、ここにっ」

 水沢がにこりと笑う。

「お金、ここに置いておきます」

 とマスターへ声をかけ、水沢は俺の手を掴んだ。



呪術廻戦 1

アニメ化あああぁぁ!!(歓喜)

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