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悪戯の代償(1/1)

2019.12.31.Tue.
 夕飯を食べているとき、母さんが思い出したように言った。

「そういえばお隣の正樹くん、帰って来てるらしいわよ」

 うっそーほんとにーと姉が驚く横で俺は飲んでたみそ汁が気管に入ってゴホゴホむせていた。

「なにしに帰ってきたの? まさか結婚の報告とか?」

 身を乗り出す姉に母さんはしかめっ面で首を横に振った。

「会社クビになったんだって」

 まじでーとテーブルを叩きながら姉が笑う。俺は茫然とその笑い声を聞いていた。頭のなかでは正樹くんとの思い出スライドショーが始まっている。

 部屋でタバコを吸ってる正樹くん。勉強机に向かう正樹くん。俺にゲームを教えてくれる正樹くん。一緒にテレビを見る正樹くん。居眠りしている正樹くん。高校の制服姿の正樹くん。

 優しくてちょっと悪そうで、だけどそこがかっこよくて。俺の憧れのお兄さんだった。

 あの日、まだ小/学生だった俺に悪戯してくるまでは――。

『健一、どうだ? ここを擦ったら気持ちよくなるだろ?』
『この白いのが精液だ』
『このこと、おばさんにも誰にも言うなよ』

 口止めされなくてもあんな恥ずかしいこと誰にも言えなかった。このさき言うつもりもない。

「ごちそうさま!」

 正樹くんとの思い出話に花を咲かせる母さんたちから逃げるように俺は自分の部屋に引っ込んだ。

~ ~ ~

 正樹くんとはあの日以来まともに顔を合わせていなかった。あのあと正樹くんは大学に通うために家を出て一人暮らしをはじめ、実家には数えるほどしか帰ってきていないようだった。 

 何年経ったのかと指折り数えてみる。

 8年。俺はあのときの正樹くんと同じ高校3年生になっていたが、小4の男の子相手に性的な悪戯なんかしたいとは思わない。興味もわかない。正樹くんはなにを思って俺にあんなことをしたんだろう。正樹くんはホモなんだろうか。ショタコンってやつなんだろうか。

 とにかく俺は正樹くんのせいで人生を狂わされた。いまなら正樹くんに面と向かって理由を聞ける気がする。文句を言える気がする。帰って来ているなら、明日にでも家に行ってみよう。

 窓をあけてお隣を覗きこむ。正樹くんの部屋の明かりは消えている。

 正樹くんはどんな大人になったんだろう。そんなことを思っていたら下から鼻歌が聞こえてきた。

 俺の家の前をフラフラした足取りで誰かが歩いている。千鳥足で鼻歌なんかうたっているところを見ると酔っ払いみたいだ。

 酔っ払いは俺んちの玄関前に立ち止まると表札に顔を近付けた。

「えっとぉ……神崎……? 違うじゃねえかよ」

 ひとりで悪態をつきながらまたよろよろ歩き出す。俺は窓を閉めるのも忘れて部屋を飛び出していた。

「正樹くん!」

 自分の家のまえでポケットをゴソゴソやっていた正樹くんは、ゆっくりとした動作で顔をこちらに向けた。

「どちらさまぁ?」

 呂律のまわらない口調で誰何する。

 つかつか歩み寄って俺は驚く。正樹くんってこんなに小柄だったっけ?

「俺のこと、忘れた?」

 正樹くんを見下ろす。なにご機嫌に酔っ払ってんの。なに俺のこと忘れちゃってんの。なにその無精髭。かっこいいと思ってんの。ばっかじゃないの。

「えー……誰だっけ」

 へにゃりと正樹くんが笑う。ほんとに俺のこと忘れたの? あんなことしておいて? 俺の人生めちゃくちゃにしたくせに?

 ムカツク。

「健一! 隣の!」
「あはー、健一な。でかくなったなぁ、おまえ」

 また前に向き直ってポケットをごそごそやる。家の鍵を探しているらしい。

「話あるんだけど」
「明日じゃだめ? 今日は友達と飲んでへべれけですよ俺は」
「今日、いますぐ」

 正樹くんは肩をすくめながら小さく息を吐き出した。子供の相手は疲れるなぁヤレヤレみたいな感じだすの、やめてくんない?

 小/学生のころよく遊んだ近くの公園に移動した。正樹くんは落ちてる石を蹴っ飛ばしている。スリッパで。会社クビになって無精髭生やしてスリッパはいて飲みに行くなんて駄目な大人の見本のような人だ。

「なんで会社クビになったの?」
「んー。大人の事情」
「なに」
「誘った女が部長のコレだったんだよ」

 正樹くんは小指を立てた。

「そんなことで?」
「男の嫉妬は恐ろしいんだぞぉ、おまえ。なりふり構わず嫌がらせしてきやがったあのハゲ親父。我慢できなくなって手ぇ出してコレ」

 とクビを切るジェスチャーをする。

「自業自得じゃん」
「女とはまだ一回もヤッてなかったんだぞ」

 一回でもヤッてたら満足だとでも?

「っていうかさ、正樹くん、女に興味あるんだ?」
「僕も健康な男なんで」

 なにキリッと顔作ってんの。

「俺、正樹くんはホモなんだと思ってたよ。しかもショタ」
「おいおい、なに情報だよそれ」
「俺情報ですけど?」

 正樹くんは力ない微笑を浮かべながら、脱力したように肩をさげて俺を見た。

「忘れたとか言わせないから」
「言わねえよ」
「覚えてんだ? 俺になにしたか」
「うん、えーっと、あれだろ、たぶん、あれ。いやこっちかな?」
「ふざけんな」
「わはー、怖い、健ちゃん」
「子供の俺にあんな悪戯しておいて」
「イタズラだなんて卑猥っ」

 グーにした手を口元に持ってきて正樹くんは身を捩った。その態度からは反省も俺への後ろめたさもなにも感じられなかった。

「責任とれよ」
「え? 俺のお嫁さんになる?」
「あんたのせいで俺、ホモになったんだからな」

 ふざけた笑い顔のまま正樹くんの表情は固まった。笑った形のまま開いた口がすげえ腹立って殴ってやりたくなる。

「あれから俺、女無理になったんだからな。男しか興味わかなくなったんだからな。どうしてくれんだよ」

 女子のブラジャーの紐がブラウスごしに透けて見えると同級生が騒いでいるころ、俺は友達の股間に興味津々だった。おっぱいってどんくらいやわらかいのかなぁとエアおっぱいを揉む友達に、俺はおまえのちんこの舌触りはどんなだろうなと生唾飲み込んでいた。

 真性ホモ。

 女にはまったく食指が動かず、俺のおかずは男ばかり。こうなったのもすべて小/学生のときに体験したあの出来事のせいだ。

「いや、おまえもともとそっちの気が……」
「どの口がそんなこと言えんの?」

 俺は正樹くんの顎を掴みあげた。あひるみたいに前に突き出た正樹くんの唇に自分の口を近付ける。

 ファーストキスは酒の味がした。

~ ~ ~

 夕方になって正樹くんは帰ってきた。玄関前で腕組んで待つ俺を見ると回れ右して引き返そうとする。

「こら待てそこの駄目人間」

 あたりを見渡した正樹くんは、『おたく? え? 私? 違う違う』みたいな一人芝居をしたあとまた歩き出した。そういう人をくったような態度、すっげえむかつくんですけど。

「そこの小児性愛者、あんただ、あんた」

 正樹くんは足を止め、振り返って足早にこちらへやってきた。

「そういうこと大きな声で言っちゃいけません」
「でも事実じゃん」
「事実なわけあるかぁ! まえにも言ったけど、俺はおまえをからかっただけでホモでもショタでもロリでもねえよ」
「俺を弄んだくせに」
「トラウマ与えたことは謝る! まさかそんなに免疫ないと思わなかったんだよ。受験のストレスが溜まってたから深く考えなかった。俺が悪かった。この通りだ」

 拝むみたいに手を合わせて俺に頭をさげる。

「ほんとに悪いと思ってんの?」
「思ってる思ってる。あ、そうだ、ほらあれ、慰謝料? 渡すから」

 ズボンの後ろポケットをまさぐりクシャクシャの札を数枚引っ張り出した。

「金なんかいらない。正樹くんの部屋行きたい」
「えっ、これじゃ足りない? あこぎだねぇ、旦那。俺はもう素寒貧だってのに。仕方ねえ、小銭も持ってけ!」

 ジャラリと硬貨数枚も取り出す。

「いらない。正樹くんの部屋に行きたい」

 俺は一語一句ゆっくり噛みしめるように言って聞かせた。やっと観念したのか正樹くんは大きな溜息をついた。

 正樹くんの部屋は8年前とほとんどかわっていなかった。学習机もベッドも学生時代に使っていた当時のまま。天井には当時人気絶頂だったグラビアアイドルのポスターも残っている。ハンガーで壁にかけていた学生服がなくなったかわりに、部屋のすみに大きな鞄が置いてあった。一人暮らしの部屋から持ってきた荷物だろう。

「なんか飲む? お茶? コーヒー? カルピス?」
「座って」

 なんだかんだ口実を作って正樹くんは部屋を出ていこうとする。俺が睨みながらベッドを指差すと正樹くんはふてくされたような顔でベッドに腰をおろした。

「毎日毎日パチンコ行って飽きないの?」
「今日は競馬」
「まじめに働く気ある?」
「おまえは俺のオカンか」
「もしかしてさっきのが全財産?」
「おうよ」

 一万数千円しかなかった。

「なっさけな」
「こんな大人にはなるなよー」
「ならないよ」

 隣に座って肩に手をまわしたら、正樹くんは体を強張らせた。落ち着かないみたいに目を泳がせている。

「もしかして俺が怖い?」
「うん。ケツに栓したほうがいい?」
「それ誘ってる?」
「ばかっ、俺がしたこと以上のことはしない約束だろ!」

 あの夜公園で交わした約束。俺をホモにした代償を、自らの体で払ってもらう。8年前正樹くんにやられたことをやり返すのだ。

「こっち向いて。目、閉じて」

 油をさしてないロボットなみにぎこちなくこっちを向いた正樹くんはぎゅっと目を瞑った。

 固く閉じられた唇に自分の唇を重ねる。無精髭を剃ったのは俺への配慮なんだろうかと頭のすみで考える。

「な、なぁ、俺、あんときおまえにキスはしなかっただろ」

 俺を押し返した正樹くんは顔を真っ赤にさせながら言った。

「どうせ覚えてないくせに」
「覚えてますぅー」

 肩をつかんで体当たりするみたいにベッドに押し倒した。はなせ馬鹿とわめく口を口で塞いで股間を擦り合わせる。俺のはとっくに勃っていたけど正樹くんはぜんぜんでがっかりする。

 下に手を伸ばしてズボンの前をくつろげる。その中に手を挿し入れ直に握ったら正樹くんは小さく呻いた。

「健一、こんなのまずいって」
「そのまずいこと、小/学生の俺にしたのは正樹くんじゃんか」

 体を起こし馬乗りになる。自分の勃起も取りだして、二本一緒に握って扱きあげた。俺のから溢れる先走りですぐ手がぬるぬるになる。

「あんときはよくわかんなくてなんか怖かったけど、いまはすげえ気持ちいいよ。正樹くんは?」
「はい、気持ちいいです」

 正樹くんは顔の前で両腕をクロスさせる。上気した頬とか荒い息遣いとか、時折唇を舐める舌がなんとも艶かしい。

 正樹くんの言うとおり、8年前キスはしなかった。だけど俺は正樹くんにキスがしたい。だって俺はこの8年間ずっと正樹くんのことを想ってきたからだ。

~ ~ ~

 テストの結果を見せたら母さんに一時間説教くらい、その夜、帰ってきた父さんにもたっぷり1時間絞られた。

 やっと解放されたと思ったら今度は風呂上りの姉から「ばっかじゃないの」と思い切り見下した目で見られた。

「うるさいな。ほっとけよ」
「あんた最近正樹くんに付き纏ってるでしょ」
「付き纏ってねえよ」

 図星のため声がすこしこもった。俺はあれから正樹くんの部屋に三日とあけずお邪魔してはキスしたり性器を触ったりしていた。つい先日は我慢の限界がきてフェラまでしていた。あのとき正樹くんはひどく慌てていたけれど、混乱しながらも俺の口のなかで射精した。

「あんたは昔からそうよね。実の姉より他人の正樹くんに懐いてたもんね」
「正樹くんのほうが優しいからね」
「正樹くんの弟として生まれてくればよかったんじゃない」
「俺もそう思うよ」
「最近口調まで正樹くんの真似して。ついでに本命に落ちるところも真似すればいいわ」
「えっ……、正樹くん、滑り止めだったの?」
「弟のくせにそんなことも知らないの」

 ふんと鼻を鳴らして姉は自分の部屋へと戻っていった。

 本命の大学には落ちていたのか……。 

 確かに正樹くんは受験生だというのによく俺の相手をしてくれていた。母さんから注意を受けて俺が遠慮していると新しいゲームあるぞと誘ってくれたり。

 帰ろうとする俺に「いつでも遊びに来いよ」と漫画本を貸してくれるのでそれを返しに行っては正樹くんの部屋にお邪魔して遊んでもらった。

 どっちかというと俺より正樹くんのほうが楽しんでいるふうだった。

 そりゃ本命大学に落ちもするよ。

~ ~ ~

 親がうるさいのでしばらく正樹くんちに行くのは我慢して勉強した。だけど学校で授業を受けていても家で英単語覚えていても頭の片隅には正樹くんがいて、夜中はいつも正樹くんをネタに自慰する毎日だった。

 そろそろ欲求不満が爆発しそうで今日はなんと言われても正樹くんちに行こうと決めていた。

 学校から帰って着替えていたら母さんが部屋に顔を出した。文句を言われるのかと身構える俺に「正樹くんが外で待ってるわよ」と言う。

「正樹くんが?」
「今日は遊びに連れてってくれるんだって」
「うそっ、いいの?」
「ストレス溜めてると体に悪いからって。あんた最近頑張ってたからね。いいわよ今日一日たっぷり遊んでらっしゃい」

 急いで家を出ようとする俺に母さんは一万円を握らせてくれた。ありがとうとお礼をいうのもそこそこに、俺は玄関の戸をあけた。

 家の前に白い車と、それにもたれて手を振る正樹くんがいた。

「どうしたのその車」
「レンタカー」
「まじで」
「どこ行きたい」
「どこって」
「まぁとりあえず乗りたまえ。僕の運転テクを見せてあげよう」

 助手席に乗り込んだ俺がシートベルトを締めると正樹くんは車を出した。まえもって用意していたのだろう、正樹くんがオーディオを操作すると、8年前正樹くんの部屋でよく聴いたバンドの曲が流れてきた。

 ♪自動車なら僕の白いので許してよ

 この部分のために白い車をレンタルしたのだとしたらちょっと笑ってしまうな。ただの偶然だろうけど。

 海の見える県外までドライブ。砂浜に座りこんで夕日が沈むのを眺めたあと、再び車に乗り込んで次は映画鑑賞。近くの店で和食の夕飯を済ませ、次に正樹くんが車をとめたのはラブホテルの駐車場だった。

 驚く俺にウィンクして正樹くんは車をおりた。さっさと部屋を決めてずんずん歩いていく。

「正樹くん、どういうつもりだよ」

 部屋に入るなり訊いた。

「先に風呂入る?」
「えっ、いや、あとでいいけど」
「じゃ俺が先な」

 備え付けの棚からタオルとバスローブを取りだして正樹くんは浴室へと消えた。

 一人取り残された俺は軽くパニックだ。正樹くん、どういうつもりなんだろう?

 俺の欲求不満を察してわざわざここへ連れてきてくれたんだろうか? それとも俺が本当に望んでいることがなにかわかった上でここへ? 正樹くんにその覚悟があるのか? 俺はどうすればいいんだ?

 悩んでいたら正樹くんが出てきた。おまえも入ってこいと言われ、その言葉に従った。

 風呂から出ると正樹くんはベッドの上でビールを飲んでいた。俺が所在なさげに立っていると缶ビールをサイドボードに置いて手招きする。俺はベッドの上に正座した。胡坐を組んでる正樹くんは顎を掻いたり首を掻いたり落ち着かない様子。

「なんで今日に限っておとなしいんだよおまえ」
「えっ、だって」
「いつもは人んち来てすぐ押し倒すくせに」
「いいの?」
「こっちはそのつもりでここ来たんですけどー」

 ごくりと生唾を飲み込む。腰を浮かせて正樹くんにキスする。軽く開いた口にどきどきしながら舌をさしこんだら、正樹くんに頭を抱えられた。そのまま後ろへ倒れるので、俺も一緒に倒れこんだ。

 はだけたバスローブ。当然その下はなにも身につけてなくて俺はやすやすと正樹くんの性器に触れることができた。キスしながら手を忙しなく動かす。完全に立ち上がるのはあっという間で、俺の手淫に正樹くんが喘ぐ。いつもは家のなかだから声を抑えてたんだと気づく。

 下へさがって先端を口に含んだ。滔々と溢れるものを舌先で誘い出しながら吸い上げる。

「どう? 気持ちいい?」
「あ、はい」

 どうして敬語なんだろうと思いつつ口と手を動かす。頭上から正樹くんの荒い息遣いと感じ入った声が聞こえる。

 口をはなしてサイドボードを見る。小さいかごに入ったボトルを手に取る。そのラベルを確かめる俺を、正樹くんが不安そうな顔で見ている。

「そのつもりなんだよね?」

 たっぷり間を取ったあと正樹くんは「はい」と頷いた。

 ローションを手に出した。それをお互いの股間に塗りたくると抜群に滑りがよくなった。後ろの穴にもたっぷり塗った。正樹くんの体はガチガチに固まっている。

「ここ、嫌だったんじゃないの?」

 指を出し入れしながらきいてみる。俺だってむりやりしたいわけじゃない。

「もうここまできたら引き返せないかと」
「そうだよね。正樹くん、気づいてたんでしょ。俺がずっとこうしたかったの」
「あー、はい。バックに怯える日々でした」
「じゃあどうして急にやる気になったの」
「大人としてけじめをつけようと思いまして」

 俺が責任を取れと言ったからか。あんなの正樹くんに触れるための口実で本気じゃなかったのに。まさか正樹くんがここまで責任感じてくれるとは思わなかった。

「じゃあ入れるよ」

 指を抜いた。

「う、あ、はい」

 裏返った声で正樹くんが返事をする。あんたのこと、好きでたまらないよ。

~ ~ ~

 朝になってホテルを出た。高速の手前のファミレスで朝食をとって家路へと向かう。

 俺は何度も隣の正樹くんを盗み見た。前方を見つめる正樹くんの横顔はかっこいい。素早い車線変更とか、信号待ちで退屈そうにステアリングを指で叩く仕草とか、渋滞を避けるためにカーナビを操作する真剣な顔つきとか。もうすべてがかっこいい。俺は正樹くんにくびったけだ。

 昼前に寄ったアウトレットモールで昼食をとりあれこれおしゃべりしながら買い物をした。これからもこうやって正樹くんとデートしたいと夢が膨らむ。

 家に到着したのは夕方で、昨夜は温泉で一泊したことにしようと口裏を合わせてから別れた。

 レンタカー会社へ向かう白い車を見送る俺は、最高に幸せだった。

~ ~ ~

「知り合いのつてで再就職できそうだって昨日、出てったの。正樹から聞いてない?」

 俺はおばさんの言葉が理解できなかった。正樹くんを訪ねて入った玄関先で一瞬我を忘れて茫然となった。

「聞いてませんけど」
「やだ、ほんとに? 昨日一日いっしょにいたのにどうして話さなかったのかしらね。そういえば温泉どうだった?」
「えっ、あぁ、まぁ、はい、よかったです」
「親の私も招待されたことなんかないのよ。あの子、健ちゃんのこと本当の弟みたいに思ってるからねぇ」

 だけど俺は正樹くんから家を出ることなにも聞いてませんけど。一言も。そんな素振りもみせなかった。

「こっちに帰って来てまた健ちゃんが遊びに来てくれるようになったでしょ? すごく喜んでたわよ。照れて口には出さなかったけど」
「いや、たぶん迷惑してたと思います」

 たぶんじゃなくて絶対だ。

 会えば8年前の責任を取れと正樹くんに迫った。性格上拒めない正樹くんの弱みにつけこんだ。俺は卑劣だ。

 だから正樹くんは逃げた。楽しいデートを演出して俺に最高の思い出を作ると責任を果たしたと言わんばかりに忽然と姿を消した。一人暮らしの部屋に戻ると話せば面倒なことになると思ったから俺には内緒で出て行ったんだ。

「そんなことないわよ。健ちゃんに会った最初の夜、あの子ずっと健ちゃんのこと話してたんだから」
「最初の夜……、正樹くん、俺のこと忘れてましたよ。声かけたら誰って言われたもん」
「照れくさかったのよきっと。一年くらい前に、偶然健ちゃんを見たってわざわざ電話してきたことがあるくらいよ。忘れるわけないわ」
「嘘だ」
「ほんとよ。女の子とふたりで歩いてたって。あれって彼女かなって私に聞くのよ。私が知ってるわけないのにねぇ」

 おばさんはケラケラと笑う。

 女の子とふたりで歩いたことなんて……一度だけあった。高2の文化祭。買出しを命じられてクラスの女子とふたりで街に出た。そのあと俺たちはクラスのやつらから付き合っちゃえとからかわれて大変だった。

 正樹くんが見たのは本当に俺だったんだろうか。詳しく聞くと時期と場所は一致した。

「でも正樹くんは俺になにも教えてくれなかった」

 いじけたように言うと、おばさんは俺を思いやるような目をして、

「きっと別れちゃうのが寂しかったのね。あの子よく健ちゃんが本当の弟だったらよかったのにって言ってたから。あ、そうだ、正樹の携帯電話の番号知ってる? 教えとくわ」
「いえ、いいです。お邪魔しました」

 軽く頭をさげて玄関を出た。自分ちへ向かう途中、涙が溢れてきそうになったが歯を食いしばってこらえた。

 俺も悪かったけど、正樹くんのこの仕打ちも相当だ。あのひとは笑顔でひどいことをする。

 8年前だって笑いながらこっちに来いと手招きした。俺は嫌だ、やめてと言ったのにやめてくれなかった。

 そこではっと気づいた。

 おまえと遊んでるとストレス解消になるよという正樹くんの言葉を信じて遊びに行っていたが、いまになって思えばどこまで本心だったのかわからない。

 もしかしたら空気を読まずに付きまとう俺のことをとてつもなく煩わしく思っていたかもしれない。だからあんなことをしたのかもしれない。

 家の前に立ち止まって俯いた。道路にポタリと滴が落ちた。

~ ~ ~

「カンパーイ!」

 四つのグラスがぶつかりあう。俺のはジュースだけど他の3つのグラスには酒が入っている。隣の姉は酒が飲めるのが嬉しいみたいで一気に飲み干している。

「合格おめでとう」

 朗らかに父さんが言う。母さんは横で嬉しそうににこにこしてる。俺は喜びより安堵のほうが大きかった。本命の大学に無事合格できたこと。受験勉強はもう終わったということに安心していた。

 今日は合格祝いとして特上鮨が食卓に並んでいる。俺がリクエストした焼肉は次の週末に連れていってくれるらしい。

「でもさぁ、これから健一どうすんの? 大学遠いんじゃないの?」

 ウニを頬張りながら姉が言う。

「仕方ないから学校の近くに部屋を借りるしかないわね」
「いいよなー。なんで私より先にこいつが一人暮らしなわけ」
「一人暮らしは大変なんだぞ。いままで母さんがやってくれてたことをぜんぶ自分でやらなきゃならないんだからな」

 母さんが作ったお吸い物を啜りながら父さんが言う。

 俺はべつに一人暮らしなんかしたくない。姉のようにバスで往復できる場所にあったら家から通いたい。

「合格祝いはなにがいい? 時計か? 万年筆か?」

 チョイスが昭和だなと思ったけど口には出さず「PS3」と答えて父さんを呆れさせておいた。

 食事のあと風呂に入って部屋のベッドに寝転がった。

 正樹くんがいなくなってから俺はとり憑かれたように勉強に勤しんだ。正樹くんは無理だった本命大学に是が非でも受かってやると、まるで復讐めいた気持ちで机に向かっていた。皮肉にも正樹くんのおかげで合格できたようなものだった。

 溜息をついて寝返りを打つ。股間に手が伸びる。考えないようにしていても頭に浮かんでくるのは正樹くんのことばかり。惨めな気持ちでズボンのなかに手を入れた。

~ ~ ~

 昼過ぎに寝ぼけ眼のまま下におりるとリビングのソファに正樹くんが座っていた。俺を見るなり、

「やっとお目覚めかい、お寝坊さん」

 と白い歯を見せて笑う。一瞬で目が覚めた。

「なんでここにいんの」
「あんたが起きるの待っててくれたんじゃないの」

 台所で洗い物をしている母さんが口を挟む。

「俺を? なんで?」
「一人暮らしする部屋、まだ決まってないって聞いたから」
「だから?」
「俺もワンルームがちょっと手狭になってきた頃でさぁ、引っ越そうかと思ってんのよね」
「で?」
「うん? いやだから、いっしょにどうかと思って」
「なにが?」
「いっしょに部屋探そうかと。ついでにいしょに住んだらどうかなと」

 俺は呼吸も忘れて正樹くんの顔を見つめた。洗い物を終えた母さんがやってきてベンチソファに腰をおろす。

「どうする? 母さんは正樹くんと二人暮らししてくれたほうが何かと安心なんだけど」
「え」

 今度はなにも知らない母さんの顔を見た。

「それにふたりの家賃合わせたらそこそこ広い部屋を借りられるでしょ? ワンルームなんて狭い部屋よりよくない?」
「そりゃそうだろうけど」
「あんたがどうしても一人暮らしがしたいって言うなら別にいいけど」

 また正樹くんに顔を戻して俺は口をパクパクさせた。正樹くんは苦笑して、

「いっしょに住むかどうかは別として、とりあえず部屋見にいくか?」

 とあげた手には車のキーが揺れていた。

 車に乗ってしばらくのあいだふたりとも無言だった。なにを言えばいいのかわからない。なにを聞けばいいのかもわからない。正樹くんの本心が俺にはさっぱりわからない。

「あ、そうそう、合格おめでとう」

 思い出したように正樹くんが言う。どうも、と俺は口を尖らせた。

「どういうつもりなんでしょうか」
「んー? なにが?」
「俺といっしょに住むとかって」
「あーそれですか。嫌ですか」
「意味わかんない」
「あはは、怒ってますよねー」
「怒ってねえけど。嫌われてたんだってわかってすっげえ傷ついたし落ち込んだ」
「嫌う? 俺がおまえを? んなわけあるかぁ」
「じゃあなんで何も言わずに俺のまえからいなくなったんだよ」
「私もかつては受験生だったわけですよ。だから健ちゃんには学業優先してもらいたかったわけですよ」
「だからなんで」
「俺がそばにいても毒にしからないってこと」

 言い返そうと息を吸いこんだがそのまま飲み込んだ。確かに正樹くんがいなくならなかったら俺は勉強そっちのけで正樹くんに会いに通っただろう。毎晩盛りのついたサルみたいにオナニーしたことだろう。その結果受験に失敗していたと今だから冷静に思える。

 正樹くんは俺のためを思って姿を消した。俺が憎かったわけじゃないんだ。安堵したと同時にひらめいた。

「もしかして正樹くんが本命落ちたのって俺のせい?」
「なはは。それは明らかに俺の勉強不足。おまえのせいじゃないよ」
「ほんとに?」

 正樹くんの太ももに手を乗せ、その顔を覗きこむ。正樹くんはチラと俺と目を合わせると安心させるように頷いた。だからといって俺の心に広がった疑惑の黒い雲は追い払えない。もしかしたら人生の邪魔をしたのは俺のほうだったのかもしれないのだ。

 顔を伏せて黙っていると、俺の手に正樹くんの手が重ねられた。

「俺さぁ、一人っ子じゃん? だからおまえのことほんとに可愛くて仕方なかったんだよね。毎日毎日、おまえが遊びに来るの楽しみに待ってたんだよ。おまえにかっこよく思われたいから必死にゲームの練習しておまえよりうまくなってさ。おまえの好きそうなお菓子用意しておいたり、おまえが退屈しないように漫画買っといたりさ。おまえに好かれるためにいろいろやってたんだぜ」

 俺はゆっくり顔をあげた。

「ほんとに?」
「おうよ。おまえが好きすぎてあの日、手ぇ出しちゃったわけですよ。あとで死ぬほど後悔したし、おまえに会うのもめちゃくちゃ怖くて避けてた。あの夜声かけられたときも逃げ出したいくらいびびってた」
「だからとぼけたの?」
「うん、なんかワンクッション起きたくて」

 声をあげて笑ったあと、正樹くんはふいに真剣な顔つきになった。

「こんなきったねえ大人と関わらせちゃいけないと思いつつも、前みたいに会いに来てくれる健一くんが可愛くてたまらんかったわけです」
「それ、俺のこと好きってこと?」
「はい。きみが合格したと知ってすっ飛んでくるような浅ましい男なんです僕は。今度はちゃんと付き合えないかと淡い期待を抱いてるんです」

 ちらりと俺を見る。正樹くんの流し目はとても色っぽかった。

 本命大学に合格できなかったのは俺のせいじゃないと正樹くんはきっと死ぬまで言い張るだろう。ちゃらんぽらんだけど本当に優しい人だから。

 いまさら過去に戻ってやり直すことは出来ないけれど、このさきの未来をよくする努力はできるはずだ。それも、ふたりで。

「俺もずっと正樹くんが好きだった。正樹くんといっしょに住みたい」

 正樹くんの口元に笑みが浮かぶ。

「じゃあふたりで愛の巣を探しに参りますか」


(初出2012年)


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距離(2/2)

2019.12.25.Wed.
<前話>

 今度は俺の提案で、公園でキャッチボールをした。二人とも少年野球経験者。

 始めは肩ならしのキャッチボールが、次第に本気に。暑くなって上着を脱いで我に返る。

「疲れた。休もう」
「そこの自販で飲み物買ってくる」

 山中がスポーツドリンクを買って戻ってきた。

「近くの池で貸しボートがあるって。行こう」

 と、山中は、斜め前を指差した。ドリンクを飲みながら、公園の中を移動する。山中が受付をすまし、ボートに乗り込んだ。

「うわ、揺れる」
「気を付けて」

 傾く山中の腕を持ってやった。

 山中がオールを漕いで池の真ん中へ。

「意外に疲れる」
「かわる?」
「頼む」

 今度は俺が漕いだ。

「気持ちいいなぁ」

 山中がボートのへりにもたれかかり、目を閉じた。俺は漕ぐのをやめ、山中の顔を見つめた。何時間でも見ていられる気がした。



 雨の日は山中の家でDVD鑑賞会。俺の苦手なスプラッター系のホラー映画を見させられた。痛々しくて画面から目を逸らした先に、欠伸をする山中。

「寝る?」

 最近仕事で疲れているようで心配になる。

「悪い、先、寝る」

 俺の肩を持って立ち上がり、ベッドの上に寝転がった。

「俺、帰るよ」
「なんで?泊まってけば」

 布団をひっぱりあげ、俺に背を向けた。テレビを消し、俺も布団の中に潜り込んだ。

「布団、冷たい。寒い」

 理由をつけながら、山中の背中に抱きつく。前に手をまわし、肩口に顎を乗せ、密着する。

「お前の手、冷たい」

 山中が文句を言った。

「お前の体、あったかい」

 山中を湯たんぽかわりにして眠った。



 今日は直帰。接待終わり、山中にメールした。

『いまどこ?』

 しばらくして『家にいる』と返事。山中の家に向かった。

「今夜泊めて」

 山中の顔を見るなり言った。

「お前、酔ってるね」

 苦笑しながら中に入れてくれた。先を歩く山中の背中に抱きついた。

「山中、彼女いる?」
「いたらお前を泊めたりしない」

 それもそうか。洗面所には、俺の歯ブラシが置いてある。半同棲みたいだと浮かれる俺。

 寝支度をして、二人でベッドへ。横向きに山中と向き合い、あれこれ話をした。

 酒のせいで気が緩んでいる。山中の口や首筋に目がいく。触れたい、という欲求がわきあがる。

 脳の薄皮一枚下に押しこめた自分のマイノリティを意識せずにいられない。

 まずよな。山中と親しくなるのは嬉しいが、これ以上のめり込むのは危険だ。傷つく結果が待っているだけ。少し距離を取ったほうがいいだろう。



 数日後、喫煙ルームで山中に会った。

「おす」

 片手をあげて挨拶したが、山中は暗い顔でかすかに笑っただけだった。

「どうした?」

「今晩、時間ある?家に来てくれないか」

 その時に話す、と山中は喫煙ルームを出て行った。不穏な前置き。

 仕事が終わり、山中の家へ行った。

「本社に異動になった」

 暗い顔で山中が言った。本社に異動。頭のなかでその意味を理解するまで少し時間がかかった。

「あ……、おめでとう、良かったな」

 かろうじて繋いだ言葉。

 所詮、俺の運命なんてこんなもんだ。俺が心配するまでもなかったんだ。俺が距離を取る前に、山中は俺から離れて行く。

 いつだってそうだ。大事な物はこの手に掴む事は出来なくて、俺の脇をすり抜け、手も届かない場所へ行ってしまうんだ。

 むしろ、本気になる前で良かった。

「どうしてそんな暗い顔なんだ。栄転じゃないか」
「自信がないよ」

 弱々しく山中が言った。

「今までの頑張りが評価されたんだ。お前ならやっていける」
「俺はそんなに強くない」

 頼りなく呟き、山中は目を伏せた。その姿に理性が切れて、俺は山中を抱きしめた。

 こういうとき、なんと声をかければいいかわらかない。不器用な人間はいざという時、まったくの無能になる。

「ごめん、俺、何言っていいかわからん」

 山中は俺の肩に頭を乗せてきた。胸のドキドキが聞こえているかも。

「せっかくいい友達が出来たと思ったのに。お前と離れるのも嫌だよ。離れたくない」

 普段とは違う声でそんな言葉を吐く。山中の肩を持ち、顔を近付けた。山中の唇に、俺の唇が触れる。

 人生で初めてキスするみたいに緊張した。なのにこれ以上ないほど興奮した。止められなくて舌を入れた。

 山中の目を覗きこむ。二人とも荒い呼吸、切羽詰った顔つき。余裕なんてない。

「どうしよう」

 助けを求めるように聞いていた。

「どうしたらいいんだろう」

 山中も困っているようだった。



 キスしながら服を脱いだ。素肌に触れた時、眩暈がした。俺に組み敷かれ、山中が赤面した。

 引かれるかも、と思ったが、これが最後なら躊躇は後悔のもとだ、と山中の股間に顔を埋めた。もう、先走りを滲ませている。

「ハァ……ァ……んっ」

 声から山中が感じているとわかる。

「おまえ……男としたことあんの。なんか、慣れてるっぽい」

 愛のあるセックスはないよ。

「山中は?」
「俺もない、お前が初めて」

 それが特別な言葉に聞こえる。そして実際特別なことだ。俺にとっては。

 山中が俺の口に出した。それを飲み込む。体を起こした山中が「飲んだのか」と驚いていた。

「次は俺が」

 屈みこんで俺のものを口に咥えた。拙いフェラなのに、すごく感じる。愛しくて頭を撫でた。

「顔にかけてもいい?」

 断られると思ったが、山中は意外にあっさり「いいよ」と言った。

 間際に山中の口から引き抜き、手で扱いて顔に出した。白い液体が山中の口元を汚し、下に垂れて落ちる。

「なんかごめん」

 手で自分の精液を拭う。たまらなくなってキスした。舌を絡ませていると、垂れてきた俺の精液が唾液に混じった。

 また勃ってきて、股間を押し付けた。「あっ」と山中が声をあげる。お互い扱きあって、射精した。壊れたみたいに、何度もエレクトしては精を出した。



 二週間後、山中は本社へ行った。

『俺もそっちに行けるように頑張るから、お前も頑張れよ』

 メールを送った。

『了解。ドリフ、全部見てないよな。また見に来いよ』

 と山中。すぐに返信。

『次の休みに会いに行く』


(初出2009年)


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こんばんは

2019.12.24.Tue.
仕事してるとクリスマスやら正月やら、関係なくなってきますね~……

せっせと小説を書いていたんですが、ちょっと停滞しているので、昔書いた小説を再利用しようと思います!
このブログ始める前にやってたサイトの小説なんですが、そこの更新の仕様がわからなくなってネタも浮かばんということで放置してたらいつの間にか閉鎖されていました笑

更新滞りそうだしせっかくだからこっちで使おう!と、アーカイブから拾えるものを拾ってきました。
閉鎖してるし、これ書いたの私!って主張したところで証明する手立てがないんですが、話の傾向とか乏しい語彙とか、読んでいただいたら同じ人間が書いたとわかってもらえると思います(たぶん)

ぼちぼち公開していこうと思います。
とりあえず今日1つ。暇つぶしに読んでやってください。
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距離(1/2)

2019.12.24.Tue.
 ちょっと一服、と喫煙ルームにこもり、携帯電話のワンセグでナイター中継なんぞを見る。応援している球団がサヨナラホームラン。

「よっし!」

 思わず声に出してガッツポーズ。自販機の横に座っている男も、同じタイミングで同じようなことをしていた。

 同時に顔をあげ、同時に笑った。きっとあいつも携帯電話でナイター中継を見ていたのだろう。

 きっと隣の課の奴だ。俺と同じくらいの二十代後半。ストライプのワイシャツを着た爽やか系のそいつは、咥えていた煙草を灰皿でもみ消し、喫煙ルームから出て行った。

 さて、俺も仕事に戻るとするか。さっさと仕事を片付けて、今日は一杯やって帰ることにしよう。きっとうまい酒が飲めるぞ。ありがとう、サヨナラホームラン!



 数日後の帰り、エレベーターホールでエレベーターを待っていると、この前喫煙ルームで一緒になった男がいた。向こうも俺に気付いて、曖昧な笑みを浮かべた。

 顔は知っているが、名前を知らない関係というのは、こういう時、どういう態度を取ればいいのかといつも悩む。

 軽く会釈し、頬を持ち上げるだけの微笑を返した。

 やってきたエレベーターに乗り込む。移動する箱の中で沈黙を守る俺たち。途中の階で、六十代のおっさんと四十代のおっさんが入ってきた。六十が四十に向かって、口から泡を飛ばしながら説教をしている。こんな場所でそんなことしなくてもいいじゃないか。だいたいアンタ、やかましいよ。はた迷惑だ。場所をわきまえてくれ。

 二人は俺たちより先におりた。閉じた扉へ向かって「ばっかじゃなかろか」俺が呟くと、すぐ後ろで「ルンバ」と男が言った。

 はっと振り返り、目が合うと、男はニヤと笑った。

「さくらと」
「一郎」

 二人とも同時に吹き出した。

「どーして知ってんの、それ。おたくまだ二十代でしょ」
「そっちこそ。さくらと一郎、知ってんじゃん」

 男は砕けた調子で言う。悪い奴じゃなさそうだ。好感を持った。

「俺、岸野です」
「どうも、山中です」

 エレベーターが1階についた。

「これから帰り?」
「まぁ。そっちは」
「同じく。よかったらメシどう」
「いいねぇ」

 ノリもいい奴そうだ。俺は山中を行き付けの店に連れて行った。そこで山中がお笑い好きだと知った。今のお笑いも好きだが、昔のお笑いの方が好きだという。

「カックラキンとかね、ドリフとかね、俺、好きで、DVD持ってるしね」

 酒を飲んでほろ酔いで山中が言う。

「えっ、DVD持ってんの? 見たいなぁ」
「見に来ればいい。今度誘う」

 酒の席の約束だと、期待しないで頷いた。



 数日後の昼休み、俺の課に顔を出した山中が手招きしていた。

「今夜は?」

 俺がやってくるなり、いきなりそう言った。

「何の話?」
「ドリフ。見に来るって」
「あぁ、それ」

 ずいぶん酔っていたように見えたが、覚えていたのか。驚きつつ、「今日、何時終わり?」俺の問いに、「今日は八時にはあがれる」と即答する。

「俺もそれに合わせる。どこに待ち合わせる?」

 山中は顎に手をあて、しばらく考えてから「じゃあ、喫煙ルームで」と言った。

 OKと返事をし、別れた。

 ついこの前知り合ったばかりなのに、もう家に行く事になっている。早すぎる展開がいっそ愉快だった。



 スーパーで酒とつまみを買いこんでから山中の家へ行った。ワンルームに一人暮らし。物は多いが、綺麗好きなのか部屋は整頓されていた。本棚にはお笑いのDVDと映画のDVD、タイトルが有名な小説と、ビジネス書が並んでいた。

「あっ、これ見たかったんだよね」

 洋画を一本抜き取った。

「見る?」

 グラスをテーブルに置いた山中が俺の手からDVDを取り上げ、セットして戻ってくる。リモコンで再生ボタンを押して、俺の隣に座りこんだ。

「ドリフは」
「また今度見ればいい。字幕でいいな。吹き替えがいい?」
「字幕で」

 リモコンを操作する山中を横目に見る。また見に来てもいいのか。当たり前のように言われるのが嬉しかった。

 その映画は3時間越えの長編で、見終わったら日付がかわっていた。

「終電ないなぁ」
「タクシーで帰るよ」
「泊まってけよ」

 山中はなんでもない風に言う。俺だけがドキドキしていた。

「俺、寝相いいほうだから安心して」

 同じ布団で寝るのか。

 知り合って日も浅い山中の家に、初めて遊びに来た日に、いきなり泊めてもらうことになった。



 休日、また山中と会った。外で食事をしてから山中の部屋に行き、そこでお笑いのDVDを見た。二人とも笑うポイントが同じだった。

 知り合ったばかりなのに、昔からの友人のような気安さがあった。大変居心地が良い。

「ちょっとごめん」

 俺に断りをいれ、ノートパソコンを開く。持ち帰った仕事を片付ける山中の顔は真剣。こういうところに女は惚れるのか、とキーボードを叩く凛々しい顔を見ながら思った。ギャップにときめくのは、女だけじゃない。



 山中はゴルフをしたことがないと言う。なので山中を打ちっぱなしに連れて行った。

 接待でたまにやるだけの俺の腕前は、素人に毛がはえた程度。二人とも、練習というより、遊びの感覚だった。

「俺が見本見せるから。いい? チャーシューメン!」

 山中が「へたくそ」と笑う。

「じゃ、つぎ俺ね。見てて。巨人大鵬卵焼きっと!」

 リズムの悪い掛け声でスイングする。意外にボールが飛んだ。

「俺って才能あるんじゃない?」

 調子に乗ってそんなことを言った。

 そのあと、今度は山中に連れられてパチンコ屋へ行った。山中はスロットにハマッていた。経験のない俺は、ビギナーズラックにも見放され、2万をすった。

「俺が3万勝ったから、差し引き一万の勝ちか」

 というわけで、その夜は山中のおごりで焼肉を食べた。



 番号とアドレス交換をした。さっそく山中からメール。

『釣り行ったことあるか?』

 ない、と返信。

『次の休みに行かないか?』

 いいよ、と返信。

 そして休日、二人で釣りに出かけたが、一時間たってもあたりがなく、飽きた俺たちは貸道具屋に釣具を返し、早々にひきあげた。

「経験あるんじゃないの?」
「ないよ。だから誘った」

 山中の運転で、ドライブを楽しんだあと、食事をして帰宅。その夜、山中からメール。

『次の休みはどこに行こうか?』

 頬がじんわり熱くなった。




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恋人宣言(2/2)

2019.12.14.Sat.
<前話>

 真夜中に電話が鳴った。相手は木原。何時だと思ってるんだ。寝たふりをしてやろうと思ったけど、木原の性格上俺が出るまで鳴らすと思い直して通話ボタンを押した。

『なに先に帰ってんだよ』

 ご機嫌な大声。酔ってるのか?

「邪魔したら悪いと思って」
『なんの邪魔だよ。お前の付き添いで行ったのに置いて行くとか酷いだろ』

 電話から聞こえる音や気配から、木原は屋外にいるらしい。早足で歩いているのか、少し息遣いが乱れている。

『電車止まってるし、財布に金入ってねえし、行けるとこまでタクシー乗ったからすっからかんになったわ』

 そんな時間まで誰とどこでなにをしてたんだか。冴島の顔が浮かんで消える。

『革靴履いたから足痛えしさ』

 常識的に考えたら多くの人はもうとっくに寝ている時間にわざわざ電話かけてまで、そんなどうでもいい話をしなきゃいけないのかお前は?

「俺、寝てたんだけど」
『悪い悪い、もうすぐ着くから』
「はっ?! 着く?!」

 玄関へ顔を向ける。耳から聞こえる足音と、外から聞こえる足音が重なった。

『開けて』

 声と同時にノックの音。どの面下げて来たんだ、あいつ。

 文句を言ってやらなきゃ気が済まない。ついでに恋人ごっこも終わりだ。

 鍵を開けるなり、木原が中に入ってきた。案の定酒臭い。「一時間くらい歩いたから疲れた」と俺に抱きついてくる。

「いま何時だと思ってるんだよ。俺寝てたのに」
「俺が電話する前から部屋の電気ついてたけど」
「そ、それは、消すの忘れてただけで!」
「俺が帰ってくるの待っててくれたんだ?」
「待つわけないよね! 俺が! なんで?! 意味わかんないんですけど!」

 焦る俺を見て木原はアハハと笑った。ご機嫌かよ。そりゃずっと好きだった冴島と抱き合って顔擦り合わせてイチャイチャしたら笑いが止まらないよな。

「待っててくれたのに悪いんだけど、今日は疲れたから寝かせて」

 なにその俺が何かを期待して待ってたみたいな言い方!!! さっさと寝ろよ! いや、寝るな。帰れ!

 両手を広げて通せんぼしたら、木原は靴を脱ぐ手を止めた。

「ん、なに?」
「泊めない! 帰れ!」
「なに拗ねてんだよ」
「拗ねてない、ずっと思ってた。なんでいつも俺んち泊まりに来るんだよ」
「付き合ってんだから別に普通だろ」
「付き合ってない! もうやだ! ほんとは木原くんのこと、ずっと嫌いだったし!」

 笑い飛ばそうとしたけど、俺の真剣な顔を見て木原は笑みを消した。

「なに怒ってるんだよ」
「逆になんでわかんないのか聞かせて欲しいんだけど! とりあえず時間見れば?!」
「起こしたなら悪かったけど、ひとりの部屋に帰んのがやだったんだよ。騒がしかった場所からいきなり一人きりの部屋に帰ったら落差すごくて寂しいだろ」

 だからいつも飲み会のあとは俺の部屋に来ていたわけか。俺に会いたいわけではなく。ただひとりになりたくないという身勝手な理由で!

「話は明日にしようぜ。もう今日は疲れた」

 とまた中に入ろうとするから体を押し戻した。

「泊めないって言った! 帰れよ! そういう人の話を聞かないところ、高校の時から大嫌いだった!」
「俺のこと好きって言ったくせに」
「あんなの嘘だよ! 木原くんが喜ぶから言ってただけで、内心では好きになるわけないだろバーカって思ってた!」
「なんで」

 一丁前に傷ついた顔をする。

「俺になにをしたか忘れたわけじゃないよね! 俺は一生忘れない! 一生許さない!」

 一応罪悪感はあるらしく、木原は険しい顔で目を伏せた。

「だったらなんであんとき警察につきださなかったんだよ。わざわざ証拠の動画も撮っておいてやっただろ」
「あんなもの人に見せられるわけないだろ! 卑怯者!! ばか! 強/姦魔!」

 俺に罵声を浴びせられても木原は反論もしないで俯いた。

「付き合ってるふりしたのも、木原くんを振るためだし! 俺のこと好きにさせてから、振ってやろうと思って、ずっとタイミング見てただけ! 木原くんのことなんか、俺が好きになるわけないだろ!」

 言いたいこと全部言ってすっきりする。反撃に暴力でも振るわれたら敵わないと内心少しビビリながら木原の反応を窺う。木原は腰に手をあて、面倒臭そうなため息をついた。

「俺のしたことが許せない?」
「そうだよ!」
「俺のことが嫌い?」
「そう言ってるだろ!」
「じゃあ別れる?」
「わっ……別れるって俺が先に言ったんですけど!」

 木原から言い出したみたいな空気を出されて慌てて反論する。それじゃ俺のほうが振られたみたいになるじゃないか。

「お前がそう望んでるなら俺はどうしようもないけど、なんで今日? いきなりすぎない?」
「俺のことほったらかして冴島とイチャイチャしてたよね! ほんとは俺なんかじゃなくて冴島のことが好きなんだろ? そりゃそうだよね! 俺と冴島じゃ月とスッポンだし! 俺のこと好きだなんだって言ってたのも嘘だろ! 俺のことちょろいと思ってたかもしんないけど俺だって木原くんのことちょろいって思ってましたから! 近くにいた俺なんかで手を打って冴島くんのこと忘れようとしたんだろうけど、そういうのお見通しだから! 同窓会で久しぶりに会って仲直りもできたみたいだし? もう肉便器の俺なんか用済みだろ! だから俺から別れてやるって言ってんの!」  

 興奮して支離滅裂に叫びながら、俺が自ら振られにいってる流れになっていることに気付いたがもう口から出したあとだった。

 木原はポカンと馬鹿面晒していたけど、しばらくしてニヤーッと満面の笑みになった。

「なんで笑うんだよ!」
「だっておまそれ……嫉妬だろ」
「嫉妬お?! なんで俺が! もともと二人は親友同士だし相思相愛おめでとうございますって俺別になんの感情もわかないですけど!」
「顔真っ赤にしてなに言ってんだよ。近所迷惑だからとりあえず声抑えて、中に入れろ」

 俺を押しのけ木原があがり込む。行かすまいと俺は木原の腕を掴む。楽しげな顔で振り返った木原は俺にヘッドロックをかけた。そのまま奥の部屋へと引きずられた。

 出てけ帰れとわめく俺を無視して木原はちゃっかりシャワーを浴び、いつか自分が冷蔵庫に入れたビールまで飲んだ。

 濡れた髪をタオルで拭きながら「で? なんだっけ?」とまたニヤニヤ笑う。

「帰れってずっと言ってるよね、なにお風呂入ってビール飲んでるの?! 頭おかしいんじゃない?」
「俺と別れるんだっけ?」
「そうだよ!」
「恩田のこと好きにさせてから振るんじゃなかったの?」
「俺のことなんか好きじゃないだろ! 冴島くんの身代わりだったくせに! 時間の無駄だからもうやめるんだよ!」

 叫びながら自分で自分の言葉にショックを受ける。俺は冴島の身代わり。充分知っていたつもりだったのに、この半年の間、木原が俺を恋人みたいに扱うから、それ全部嘘だったんだと思ったら意外にショックだった。なんでこんなにショックなんだ。

「俺のほうこそ、冴島の身代わりだと思ってたけど」
「木原くんが冴島くんの身代わりなんて務まるわけないだろ」
「ふはっ、わかってんじゃん。あんなスーパースターのかわりになんて俺ら凡人がなれるわけないんだよ。お前のこと、誰かの代わりだなんて思ったことねえよ。誰もお前の身代わりになれないのと一緒でな」
「……クサイ台詞」
「だな。俺もそう思うけど、俺らは付き合ってんだからいいんじゃね?」

 伸びてきた木原の手が俺の項にかかる。

「恩田のこと好きにさせてから振るんだろ。俺まだお前のことぜんぜん好きじゃねえぞ」

 あんなに何度も俺に好きだと言って俺にも言わせたくせに……! やっぱり言葉だけで本心じゃなかった。俺にぜんぜん本気じゃなかったんだ。馬鹿みたいだ。少し絆されかけてた自分が惨めすぎる。鼻の奥がツンと痛くなった。視界が滲む。こいつの前で泣いたらなにを言われるかわかったもんじゃない。絶対泣くもんかと目に力を込める。

「お前のどこがいいのか自分でも説明できないんだけど、ぜんぜん飽きないんだよな。毎日見てられるっていうか、ずっと見てたいっていうか。可愛いんだよ、お前のこと、全部。好きだって何回言っても足んねえのよ。お前が初めて俺のこと好きだって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだぜ。好きな相手に受け入れてもらえるってそれもう奇跡みたいなもんだろ。その瞬間からぜんぜん歯止め効かねえの。これからまだまだお前のこと好きになってくと思う。自分でも笑っちまうくらい、お前のこと好きだし、可愛いし、夢中なんだよ」

 最後ちょっと照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに木原は笑った。思いがけない長い告白。本音か嘘か、もうそんなの考える余裕はなかった。

 俺の涙腺は崩壊した。

「嘘だっ、うぞっ、う゛う゛ぁ゛……ッ」
「嘘でこんなこっぱずかしいこと言えるか」

 木原は俺の頬を両手で包みこみ、親指で涙を拭った。漫画とか映画でしか見たことないやつだ。

「だって゛……冴島くんと……うぐっ……抱き合ってっ、泣いてた……! 恋人みたい゛に……イチャイチャしてた……ッ!」
「そりゃさ、俺と冴島には野球部でずっと一緒にやってきた三年間があんだから、久し振りに会ったら胸も熱くなんだろ。お前が言う通り俺はあいつのこと好きだったけど、久し振りに目の前で見た冴島に恋愛感情はぜんぜん湧かなかった。一緒にきつい練習乗り切ったこととか、勝てた試合のこととか、帰り道のくだらねえ話とか思い出して懐かしかった。人一倍努力してたのもよく知ってるから、いまあいつがプロで頑張ってんのすげえ誇らしいなって、そういうのが一気にこみあげてきただけで、好きとかいう意味の涙じゃねえから」

 喋っているあいだ木原はずっと優しい目で俺を見ていた。俺の勘違いでなければそれは、「好きだ可愛いどうしてやろう」と饒舌に語っているように見えた。

「恩田のは、どういう意味の涙なわけ?」
「さっ……冴島くんの身代わりは嫌゛だ……ッ!!」

 自分でも驚くような言葉が口から出てきた。クソックソッ、こんなはずじゃなかったのに! 半年間も恋人ごっこをしていたせいで情が湧いた。木原と離れることを想像したら怖くて寂しくてたまらなくなった。木原はすぐかわりを見つけられるだろうけど、俺のことを好きだの可愛いだのと色ボケした目で見てくれる奴はこの先二度と現れない。あとにも先にも、きっと木原しかいない。

「号泣するくらい俺のこと好きなんだから、別れる必要ないよな」

 涙と鼻水で汚い俺の唇に、木原はためらうことなくキスをした。頭のなかでなにかが弾けた。木原に抱きついて押し倒した。

「おい?」

 なにかわかった顔で木原がニヤニヤ笑っている。ズボンとパンツをずりおろし、木原のペニスを頬張った。木原は木原で、ベッド下へ手を伸ばして、ゴムやらローションやらの用意をしている。今日は疲れてるとか言っていたくせに。ちんこのほうもすぐやる気になった。

「お前から誘われんのって初めてだよな、感動なんだけど」
「お、俺から誘ったっていいだろっ、こ、こ、こいびとどうしなんだから!」

 高らかに宣言する。恋人ごっこはもう終わりだ。俺のストーカー気質を知っている木原ですら、俺の執念深さには気付ていないだろう。泊まりに来た日は必ずスマホのチェックをされているだとか、脱いだ服に誰かの名残りがないか匂いを嗅がれているとか、たまに尾行されているとか。恋人同士なんだから、これからも遠慮なくやらせてもらう。

 タコみたいに絡みついて一生離れてやるもんか。



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恋人宣言(1/2)

2019.12.13.Fri.
<視線の先><ターゲット><奇跡>

 思い付きで「好き」と言った日から、木原は調子に乗りまくりだ。俺の嘘だとも知らずに。彼氏面にも拍車がかかる。今日も部屋へやってくるなり「ただいま」って俺にキスしてきた。

 そもそもここはお前の家じゃないし俺の家だし。ただいまおかえりと言い合う意味がわからない。でもまだ木原のことを好きだと演技中だから、ありがたくもないキスを受けるし「おかえり」とも言ってやる。

「そういえば恩田はどうすんの?」

 コンビニで買ってきた飲み物を勝手に人んちの冷蔵庫へ入れながら木原が振り返る。

「どうするとは?」

 主語を抜かして会話を始める奴は総じて自分勝手な馬鹿野郎だと思っている。

「同窓会。案内のハガキきただろ」
「え、知らない」
「実家に届いてんじゃない」

 木原は鞄からハガキを取り出して俺に見せた。○○高校××年度卒業生の皆さん!という見出しの案内状。木原の言う通り実家に届いているのかもしれないが、友達と呼べる人間がいなかった俺がこんなもの行くわけない。

「木原くんは行くの?」
「行かねえ。だるい」

 木原はずっと野球に青春を捧げて来てのに高校最後の年、後輩にポジションを奪われた。勉強を口実に早々に引退して、かつての仲間からは腫物扱いされていた木原が、過去の自分と向き合う場所へは行きたくないだろう。野球からも仲間からも冴島からも逃げるような弱虫野郎に、そんな勇気があると思えない。

 そういえば冴島は来るんだろうか。卒業後、プロへと進んだ冴島は一年目からテレビをにぎわす大活躍だった。夜のスポーツニュースで、爽やかなまま変わらない冴島をよく目にする。

 もう俺なんかが手の届かない遠い存在になってしまった。おかげで、わざわざストーキングしなくても、冴島の姿はテレビで見ることができる。

 木原はどういう気持ちで画面に映る冴島を見ているんだろう。好きだという気持ちを伝えず、手近なところにたまたまいた俺なんかで手を打って、早まったと後悔したことはないんだろうか。

 俺のことを好きだと言ったけど、本当はまだ冴島のことが好きなんじゃないだろうか。これは純粋な好奇心と、俺の復讐に必要な情報だ。俺のことを本気で好きにさせてから最高のタイミングで木原を振ってやるという、計画のため。

「俺、行こうかな。木原くんも行こうよ」

 俺が誘うと木原は顔を顰めた。

「お前、同窓会とか行くタイプじゃないだろ。友達一人もいなかったくせに」

 一言余計なんだよ。

「死ぬまでに一回行っておくのもいいかと思って」

 少し考えたあと、木原は「同窓会でボッチとか悲惨だろ。お前の付き添いで行ってやるよ」と恩着せがましく言った。

 その後、自分ちみたいに完全にくつろいだ木原はうちでご飯を食べ、セックスして、当然のように泊まって行った。

 朝一の講義のため俺より先に出る支度を終えた木原が「行ってくる」と布団にくるまる俺のデコにキスした。

「い、行ってらっしゃい」

 ぎこちなく言う俺に、木原は朝から蕩けたような笑みを残して部屋を出て行った。俺が木原と偽りの恋人になって半年が経っていた。

 ~ ~ ~

 同窓会には普段着で行くつもりだと言うと、呆れ顔の木原に店に連れて行かれた。せめてジャケットは着ろと、木原に言われるまま試着したら「七五三かよ」と笑われた。ないよりましと購入したジャケットを着て、木原と一緒に会場のホテルへ向かった。

 受付を済ませる前から、木原は誰かに呼び止められた。俺にも見覚えのある面々。おそらく元野球部だ。冴島の盗撮をしていた頃、トリミングしたなかにこんな顔の奴らがいた気がする。

 卒業して二年も経つと、赤の他人が抱える悩みや問題なんか忘れてしまうものなんだろう。元野球部の奴らは「久し振りだな!」とクスリでもキメてんのかと疑いたくなるテンションで木原に絡んでいった。適当に受け流す木原のことが大人に見えたくらいだ。

 元野球部のジャンキー共はチラと俺を見たが、誰だか思い出せないようで見て見ぬふりをした。俺だってお前らなんか知らない。

 受付をし、会場へ入ったあとも、木原は5分と経たず、誰かから声をかけられた。元野球部の奴ら、元クラスメートの奴ら。どいつもこいつも、卒業後木原の口から名前を聞いたこともないような奴らなのに、旧知の仲のように馴れ馴れしい。

「冴島が来てるぞ」

 野球部の誰かが隅の人だかりを見ながら言った。何事だと思っていたが、あの人垣の向こうに冴島がいるらしい。まさか来るとは思わなかった。プロの野球選手になった冴島が、騒ぎを承知でたかが高校の同窓会なんかに顔を出すとは。

 冴島の名前を聞いて、木原は一瞬顔を強張らせた。

「あとで行ってみるわ」

 とその場は躱したが、まだ飲んでるドリンクの存在を忘れて新しいドリンクを手に取った行動に動揺が見られた。名前を聞いただけでこのうろたえよう。俺を好きだと言っておいて本当はまだ冴島を意識しまくっている。

 冴島を取り囲む人だかりはなかなか減ることがなかった。それを恨みがましく睨む女が数人。懐かしい、冴島の親衛隊の奴らだ。さすがに卒業後の同窓会でまで大きな顔はできなかったと見える。

 せっかく安くない会費を払ったのだから腹いっぱいにして帰ろうと、俺は木原から離れて皿に料理を盛った。木原はいまクラスメートだったらしい女3人に囲まれている。

 180センチ以上身長があって、顔も不味いわけじゃない、かつては野球部レギュラー、しかも冴島の親友ポジションだった木原のことを一方的に知っている女も多い。奴らの手元にはスマホ。フルフルして連絡先を交換している。

 木原のスマホにはずらっと知らない名前が並んでいる。LINEのやりとりも複数人と頻繁。つまんない話をしてる暇があったら勉強しろよと言いたい。

 一画がざわっと騒がしくなった。見ると冴島のいる場所で、元野球部たちがガードするように取り囲んでいる。誰かが「野球部集まれ!」って声をかけた。

 数人が声のかかった方へ向かう中、木原は動かず、スマホを見ていた。絶対聞こえてるだろ。この期に及んで聞こえないふりをするとか子供か。

「木原、お前もこっちこい」

 見逃してもらえるはずもなく、名指しで呼ばれ、木原は仕方ないって諦めの顔でスマホをポケットに戻して野球部の輪へ向かった。かつて苦楽を共にした仲間同士、肩を叩いたり熱く抱擁しあったり。

 適当に周りに合わせていた木原の前に、冴島が立った。木原もガタイは良い方だが、やはりプロ野球選手と比べると平凡な体つきだった。親友同士の再会を無関係な奴らも感動の眼差しで見守る。

「木原」

 久しぶりに聞いた冴島の生の声。ずっと追い続けてきた日々を思い出して鳥肌が立った。

「冴島」

 木原の声は、らしくなく弱々しい。

 冴島はくしゃっと笑うと木原を抱きしめた。木原も冴島を抱き返す。冴島の肩に顔を埋める木原の体が小刻みに震えているように見えた。もしかしたら木原は泣いているのかもしれない。冴島は高校生に戻ったような笑顔で木原の頭をガシガシと撫でた。

 ただ、見つめ合い、名前を呼び合っただけで。2人はそれだけで疎遠になっていた溝を飛び越え、分かり合い、一瞬で親友だった昔に戻ったのだ。

 木原は俯いたまま目許を拭った。やはり泣いていたらしい。他の奴らも嬉しそうに木原と冴島の体を叩く。その間ずっと二人は肩を組んだままだった。

 野球部の奴らは最後に円陣を組んだ。野球部伝統の掛け声を会場に響かせたあと、また二人は抱き合った。他の参加者たちから拍手が湧きあがる。なんだこの茶番は。

 今までのわだかまりなんか忘れたみたいに、いやその分を埋めるみたいに、木原と冴島の距離は近い。顔を突き合わせ、額を擦りつけあって、ベタベタしている。冴島がドストレートだって? 案外、その気があるんじゃないのかと疑いたくなるイチャつきぶりだ。

 泣いたことを冴島に慰めrられ、からかわれ、木原も満更じゃない顔だ。デレデレしやがって。

 食欲が失せた。料理で山盛りになった皿をテーブルの端に置いた。

 これではっきりした。木原はまだ冴島が好き。俺を好きだと言ったのは気の迷い。いや、ホモセックスできる無料の肉便器を手に入れるための嘘。ただのでまかせ。

 恋人ごっこの期間が思いがけず長引いたから、本気かも、なんて一瞬でも真に受けてしまった。危ない危ない。木原が俺に優しかったりしたのは、都合のいい肉便器を逃がさないため。恋人同士みたいな言動も、肉便器に情が湧いただけ。

 写真撮影するぞ、って幹事が叫んでたけど、無視して会場を出た。そのまま電車に乗って家に帰った。その間、俺のスマホはうんともすんとも言わなかった。俺がいなくなっていることに、木原は気付いてもいないだろう。気付いた時にはもう遅い。




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続Aからのメール(2/2)

2019.12.08.Sun.
<前話>

 ローションを取って大家のちんぽの上でひっくり返した。垂れ落ちる透明の液体を、全体へ行き渡らせる。

「大家は男としたことあるのか?」
「ないですけど、アナルセックスはしたことありますよ」

 大家に手を掴まれた。ぐいと引っ張られてバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。

「ここでして欲しいって女と昔、付き合ったことがあるんで」

 俺の後ろへまわった大家が、ちんぽの先を肛門に押しあててきた。ローションまみれの先端をヌルヌル擦りつけてくる。

「俺のちんぽ、欲しいですか?」
「欲しい」

 浅ましく即答した。大家の亀頭がぐぬ、と押し込まれる。最近ずっとおもちゃばかりだった。やっぱり本物は違う。断然いい。しかも俺がずっと目をつけていた大家の勃起ちんぽ。嬉ションならぬ、嬉射しそうだ。

「全部入りましたよ」
「ありがとう」
「はは、ちんこぶち込んで礼言われたのは初めてですよ」
「おまえの好きに動いていいから。俺を道具だと思ってくれ」
「ふうん、市井さんてそっちの人なんですか。じゃあ遠慮なく好きにやらせてもらいますよ」

 抜けると焦るほど引き抜くと、すぐさま根本まで叩きこんできた。まだ大きさにも形にもなれていないから急に中をゴリゴリやられて思わず呻き声が漏れる。大家にも聞こえたはずだが、気にも留める様子もなく腰を振っている。

 俺の穴を大家のちんぽが傍若無人に出入りしている。その想像をするだけで興奮する。

「……うっ……んう……あっ……ああっ」

 大家にケツ穴を犯してもらいながら、自分のちんぽを扱いた。すぐに射精の兆し。

「はあっ、あっ……イクッ、ああっ、イクぅ……イクッイクッ」
「存分にどうぞ」

 大家の声を聞きながら射精した。ビタビタと俺の精子がシーツにぶちまけられる。萎れていくちんぽを握りしめながら余韻を噛みしめていると、いきなり大家はちんぽを抜いた。

「えっ……?」
「ちょっと体位変えるだけですよ」

 体をひっくり返された。仰向けになって大家と向き合う。大家は俺の足を掬い上げ、またちんぽを挿入した。いつの間にかすっかり大家の形に馴染んでいる。抜けている間、すっぽり穴が開いたように物足りなさを感じるほど。

「市井さんのイキ顔、やばいからまた見たかったんですよ。忘れてました。まだイケますよね」
「えっ、連続ですぐは」
「市井さんなら大丈夫ですよ。だって俺が見たいって言ってるんですよ」

 大家が微笑む。見慣れたやる気のない笑顔。いつもと少し違うように見える。ゾワゾワと言いようのない感覚が腹の底を撫でた。

「が、頑張ってみる」

 俺の返事を聞いて大家はまた腰を打ち付けてきた。アナルは女としか経験のない大家が、前立腺の場所を知らないのは仕方がない。一度目は大家に犯されている状況に興奮して射精できたが、連続二度目となるとさすがの俺も厳しい。

「もう少し、浅い場所を擦ってくれないか」

 恐る恐る要求してみる。

「浅い……このへんですか?」

 大家は素直に場所をかえてくれた。

「もう少し、出口に近いとこ」
「あー、前立腺ですか。そっか、男だから、そこ擦ってやんなきゃ駄目なんですね」
「ごめん」
「謝らなくていいですよ。イキ顔見たいってわがまま言ったの俺ですから」
「なんでそんなに俺のイキ顔見たいの?」

 大家はふふっと笑った。

「会社で隠れてオナッてたとき、市井さんのイキ顔、すっごい不細工でしたよ」

 思い出しているのか、大家は可笑しそうに笑い続ける。中にいる大家のちんぽから笑いの振動が伝わってきてなんか怒るに怒れない。そりゃ三十路に足突っ込んだ俺のイキ顔なんか見れたもんじゃないとは思うけど。不細工って率直すぎないか。オブラートに包んでくれてもいいじゃないか。

「そんなに笑うなよ」
「俺、不細工なものが好きなんですよね。ブサカワってやつ。市井さんもブサカワでしたよ」

 ブサカワは褒め言葉なのか?

「キスします?」
「えっ、いいのか?」
「いいですよ、キスくらい。笑ったお詫びです」
「は~……かっこいい」

 見とれて思わず本音が漏れる。大家は声をあげて笑った。

「俺、セックスの最中にこんなに笑ったの初めてですよ」

 言うと体を傾けて俺に口付けた。触れるだけのやつかと思ったら舌が入ってきた。人とキスするのはいつぶりだろう。ハッテンサウナで知らないおじさんとして以来か。あ、いらん記憶を掘り起こしてしまった。おじさんは忘れていまは目の前の大家に集中だ。

 舌を絡め合う。大家の唾液はなんだか甘い気がする。首に腕をまわし、夢中で舌を吸った。

 クスクス笑って大家が離れていく。

「そんなくっつかれたら動けないですよ」
「ごめん」

 がっついた自分が恥ずかしい。

 大家に膝を持ち上げられた。体が折れ曲がる。ほとんど真上に大家の顔がきた。

「そうまでして俺の不細工なイキ顔が見たいのか」
「見たいです」

 ぬう、とちんぽが引かれる。カリの段差がちょうど俺の前立腺を擦った。

「んっ」

 小刻みにちんぽが動く。

「んっはあっ、あっ」

 かと思ったら長ストロークで肉筒全体を擦られる。

 仕事覚えの早い大家らしく、少しの情報と俺の様子から前立腺の場所はすでに把握済みらしかった。的確にそこを擦る。

 ちんぽが切なくなってきて握った。先走りで濡れるそれを高速でシコる。

「はっ、はあっ、んんっ」
「俺、さきイキます」

 手つきを緩め大家の顔をガン見する。大家がイク瞬間を見逃すなんてできない。大家は目を閉じ眉を寄せた。薄く開いた口から噛みしめる歯が見えた。コンドーム越しでも、大家のちんぽが脈打ったのがわかった。改めて生中出しでないのを残念に思った。大家の精子を捨ててしまうなんてもったいない。

 ふう、と息を吐いて大家は目を開けた。

「見てたんですか」
「めちゃくちゃカッコよかった」
「そんなわけないでしょ」
「ほんとに、まじで、大家はいつでもかっこいいよ」
「今度は市井さんの番ですよ」

 照れ隠しで大家は話を終らせると俺のちんぽを握った。まさか手コキまでしてもらえるなんて。

 ヌチャヌチャと音を立てて大家の手が動く。近くで大家に見られながら、俺は不細工なイキ顔を晒して果てた。

 ※ ※ ※

 自分が出した精液を洗い流して部屋に戻ると、大家は携帯電話を見ていた。もう俺になんか興味を失ったようだ。贅沢にもそれを寂しく思いながら、邪魔をしないように静かにパンツを穿いた。

「市井さん」

 携帯から顔をあげ大家が俺を呼ぶ。

「さっき言ってたAのことなんですけど」
「ああ、それは」

 何から話そうかと考えていたら大家は俺に携帯を見せてきた。

『うちの奴隷が世話になったようだがそれは俺の所有物なので返却を求める。今後手出しはやめてもらいたい。聞き入れられない場合は、こちらにも考えがある。A』

 メールの文面を見て言葉を失った。さらに大家が開いた添付画像を見て腰を抜かした。俺と大家がホテルへ入る姿が写っていたからだ。

「さっき送られてきたんですけど、市井さんが送ったんじゃないですよね。風呂入ってたし、携帯はそこに置いてあるし」

 俺の携帯はテーブルの上に置きっぱなしだ。大家は顎を撫でて考えこんだ。俺はAからのメールにパニックを起こした。タクシーを使い、尾行にも気を付けてT駅に行ったつもりだ。もしかしたら俺じゃなく大家のあとをつけられたのかもしれない。

「誰かと、俺のことハメようとしてます?」

 大家の目が険呑な光を帯びる。意味を理解するまで数秒かかった。俺の仕業だと大家に疑われている。

「ち、違う! 俺もAに脅されて……!」

 仕方なく、俺がM男であること、一ヶ月前にネットでご主人様を募集し、Aとメールのやりとりをしていたことを明かした。証拠としてこれまでのメールのやり取りも見せた。

「Aってやばい奴じゃないですか」

 俺を信じてくれたのか、大家の目から険が消えた。

「俺もまさかこんなことになると思わなくて」
「俺をAだと思ったんですか?」
「一瞬、もしかしたらって」
「今日、会社のみんなに送られてきたポルノ動画も、Aですか?」
「たぶん」
「会社の人間なのは間違いなさそうですね」
「うん。変なことに巻きこんでごめん。もう大家には仕事以外で関わらないから」

 俺とラブホテルに入っていく画像を会社でバラまかれたら。俺は身から出た錆だが、巻き添えを食らった大家には申し訳なさすぎる。

「……そうですね、もともと俺は関係ないし、奴隷とかご主人様とか変態プレイに巻きこまれただけですから、被害を被るまえに手を引かせてもらいますよ」

 ベッドから腰をあげ、大家は帰り支度を始めた。自分から言い出したし、それが最善だとわかっているのに、大家に見放されたら泣きたくなるくらい心細くなった。

 これから俺は一人きりでAからのメールに怯えて暮らさなくてはいけないのだ。画像や動画をばらまかれるかもしれない恐怖を常に抱えながら。

 背広を羽織った大家が振り返った。

「じゃあ、お先に失礼します」

 いつもの気だるげな微笑で会釈すると大家は部屋を出て行った。俺にウインクひとつ残して。

 テーブルの上で携帯が振動した。

「ヒッ」

 思わず悲鳴のような声が出る。恐る恐る携帯を取り、メールを確認する。

 ただのダイレクトメールで安堵の息を吐いた。手から携帯が滑り落ちる。俺はこれからどうなるのだろう。




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続Aからのメール(1/2)

2019.12.07.Sat.
<前話「Aからのメール」>

※一瞬獣/姦描写あり


『奴隷のくせにご主人様の言うことがきけないのか? 残念だ。画像をみんなに見てもらうことにしよう』

 読み終わるのと同時にパソコンの画面にメール受信の通知がきた。俺だけじゃなく隣にも、そのまた隣のパソコンにも同じ通知がきているようだった。

 俺は震える手でマウスをクリックした。

「なにこれ?!」

 女性の悲鳴があがった。それを皮切りにあちこちで悲鳴と驚きの声があがる。みんなパソコン画面を見ていた。

 金髪女性が馬のペニスを頬張っている動画。悪趣味この上ない。

「誰の仕業だ!!」

 部長の怒鳴り声が響いた。思わず体がすくむ。手だけじゃなく、震えは体中に広がった。吐き気がする。眩暈がする。

 一時騒然となったが、悪質な悪戯として処理された。フリーメールから送られたもので犯人捜しに時間を割いている暇もない。全員の動画を削除したら、外部からのハッキングの可能性もあるので社内SEへの報告で終わった。

 その後は仕事どころじゃなかった。Aと大家を間違えたことでAの機嫌を損ね、今回の騒ぎに繋がった。あれはタイミング的にも内容的にもAの仕業とみて間違いないだろう。Aがその気になれば、俺がいままでAに送った画像や動画を全世界へ発信できるのだ。

 恐ろしい。ただの趣味でしていたことが原因で俺は破滅するかもしれない。見ず知らずのAに猥褻画像を送りつけた自身の浅はかさを死ぬほど後悔した。

 携帯が振動する。新着メールが一件。恐る恐る開く。

『顔が青いぞ』

 ばっと顔をあげてあたりを見渡した。誰も彼もが俺には気にも留めないで自分の仕事をしている。みんな怪しくも無関係にも見える。

 またメール。

『俺を怒らせるとどうなるかわかっただろう? わかったなら頷け』

 完全に見張られている。コクコクと何度も頷いた。

『だったら、いますぐ、オナニーしろ』

 文面を見て泣きそうになった。確かに俺はM男だが、破滅を望んでいるわけじゃない。日常のなかにささやかなスリルを紛れ込ませてそれを楽しみたいだけだったのに。

 目許に力を込めた。泣いても解決しない。机にぴったりくっついて座った。あたりを見渡し、右手を股間へ。幸い隣の席の奴はいない。パソコン画面を睨みながら机の下で右手を動かす。

 恐怖心と裏腹に俺のちんぽはすぐ勃起した。バレたときのことを考えたら怖くて仕方ないのに扱く手は止まらなかった。

 乱れる呼吸を必死に飲みこむ。平静を装う。大きく手を動かせない。手首から下だけを小刻みに動かすしかない。時間がかかりそうだ。

 まわりを警戒しながらオナニーを続ける。デスクに向かう大家が目に入る。大家がAだったらよかったのに。今からでも本当は自分だとネタばらししてくれないだろうか。

 願うように見ていたら大家と目があった。さっきトイレでしたフェラの味が口のなかに蘇る。手の中でちんぽがビクビク震えた。

 席を立った大家が俺のところへやってきた。顔を寄せてくる。

「何してるんですか」
「……ッ……」
「ここがどこだか、わかってるんですか?」
「ふ……っ……ん、はあ……ッ」

 前かがみになり、ちんぽを握りしめる。俺がなにをしているか大家にバレている。ブルブル体が震える。耳にかかる息遣いと、鼓膜を震わせる大家の声。根本をきつく握っていないと射精してしまいそうだった。

「ド変態じゃないですか。さすがに引きますよ」
「はあっ……ぁ……っ!!」

 我慢のしすぎで痛くなってきた。視界が滲む。イキたい。辛い。苦しい。助けを求めるように大家を見上げる。大家はからかいと軽蔑が半々の薄笑いで俺を見下ろしていた。

「───ァ……グ──ッ」

 ちんぽを握りしめる手に強い脈動。ドロリと生温かいものが指の隙間から垂れるのを感じた。

「イキ顔、やばいですよ」

 苦笑交じりに言うと大家は自分のデスクヘ戻った。胸を圧し潰されそうな疲労感のなか、ティッシュに手を伸ばし汚れをふき取った。このままゴミ箱に入れたら臭いでバレてしまう。引きだしをあさり、社用封筒に丸めたティッシュを突っ込んで折りたたみ、また引き出しに戻した。

 直後Aから『よくやった』とメールがきた。

 ※ ※ ※

 今日はいつもより一日が長く、精神的疲労がすごかった。すぐ家に帰って布団に潜り込みたい。急いで帰り支度をしていたら「市井さん」と大家に声をかけられた。大家はまだワイシャツ姿だ。

「市井さん、飯行きませんか」

 現金にも喜んでしまう自分がいる。でもすぐAを思い出して気持ちが萎れた。

「いや、あの、今日はちょっと……」

 またAを怒らせてしまったら大変だ。

「聞きたいことがあるんですけど、これ見てもらっていいですか」

 手招きされて大家の隣に立つ。大家が指さすパソコン画面に、大股を開いた俺のオナニー動画。ヒュッと喉がなった。

「これ、俺の机ですよね」

 音は消されているが、画面のなかの俺はハアハアしこってフィニッシュを迎えた。大家の机に吐きだされた精液を映して動画が終了する。昨夜Aに送った動画。なぜ大家がこれを? やはり大家がA?

「いきなり仕事中にこんなもの送りつけてこないでくださいよ。悪趣味にもほどがあるでしょ」
「えっ……?」

 驚いて顔を窺う。大家は俺の様子を見て片眉を持ち上げた。

「もしかして、市井さんが送ったんじゃないんですか?」
「ち、ちが……俺じゃない……。大家がAじゃないのか……?」
「は?」

 とぼけているようには見えなかった。本当に大家がAじゃないとすると、この動画を大家に送りつけた本物のAがいるということだ。

「Aってどういう意味ですか」

 素早くフロアを見渡す。もう半分が帰宅している。この中にきっとAがいる。俺と大家の姿をいまもどこかから見ている。

「ここでは言えない。外で……どこか、2人きりになれる場所じゃないと」

 どこで聞かれているかわからない。極力声を潜めた。聞きとるために大家が顔を近づける。こんな状況なのに胸が高鳴った。

「なんかよくわかんないけど、わかりました。じゃあ一時間後にT駅に待ち合わせってことでいいですか」

 俺と同じように小さな声で、大家は会社の最寄り駅から3つ離れた駅を指定してきた。頷いてから自分の机へ戻り、鞄を持った。大家は仕事が残っているらしく椅子に座ってキーボードを叩く。昨日俺が座ってオナニーした椅子で。

 動悸がする。大家からそっと目を逸らし、先に会社を出た。

 時間を潰してから待ち合わせのT駅へ向かった。タクシーで近くまで行き、尾行がないか確認しながらT駅まで歩いた。大家は先に来ていて、俺を見つけると例の気の抜けた笑みを浮かべた。

「先に何か食べるか?」
「あとでいいですよ」

 大家がスタスタ歩き出す。俺には馴染みのない路地を迷いのない足取りで進んでいく。そして一軒のホテルの前で立ち止まった。

「ここでいいですか?」
「えっ? えっ?」

 ホテルと大家を何度も交互に見る。

「えって、こういうことでしょ。2人きりになれる場所」

 大家は躊躇なくホテルの敷居を跨いだ。パネルを一瞥しさっさと部屋を決めると横のフロントで鍵を受け取った。一連の動作が慣れ過ぎている。ここへ来るのは何度目だ。

「大家、悪いんだけど、俺そんなつもりじゃなくて」
「話は部屋で聞きますよ」

 あ、もしかして2人きりで話ができる場所ってことでラブホだったのか? 俺はどこか静かな店でと考えていたのだが。確かにここなら完全に二人きり。誰かに盗み見られることも盗み聞きされることもない。

 早合点を恥じていたが、大家は部屋に入るなり「軽くシャワー浴びてきます」と風呂場へ行ってしまった。話をするだけなら風呂に入る必要なくないか?

 と思いつつ、念のため尻を解して大家を待った。出てきた大家に勧められ俺もシャワーを浴びる。これもう完全にヤル流れだよな。

 部屋に戻ったら、大家はベッドに寝転がってテレビを見ていた。気だるげに俺へ視線を移して「話、します?」と聞いてくる。俺は腰に巻いていたタオルを外し、首を横に振った。

 据え膳食わぬは男の恥。ベッドに乗って「いいのか?」と最終確認。

「そのつもりで俺を誘ったんでしょ」

 2人きりになれる場所を指定したのはAの目から逃れるためで、本当に最初はこんなつもりじゃなかった。でも大家は最初からそんなつもりで俺と問答し、ここへやってきてシャワーを浴びたのだ。聞くだけ野暮な話だった。

 大家にのしかかり、胸にキスした。シャワーあがりのさらりとしたちんぽを優しく触っているとすぐ固くなってきた。

「市井さんて男が好きなんですか」
「うん」
「俺がタイプ?」
「わりとど真ん中」
「はは、気持ち悪い」

 と言いながら大家のちんぽは萎えるどころかバッキバキに勃起した。

「またしゃぶってくれます?」

 最初からそのつもりだ。場所を下がり、大家のちんぽを咥えた。唾液を全体へ馴染ませ、粘膜全部を使ってちんぽを扱く。大家の精子が飲みたい。のどを広げ、さらに奥へ亀頭を咥えこんだ。

「やば。気持ちいい」

 のどをオナホに見立て、大家のちんぽを絞る。無意識にか大家の腰が揺れている。

「市井さん、トイレでもしてくれたでしょ。だから今度は俺が気持ち良くしてあげますよ。ケツにちんぽ突っ込まれたいですか?」

 いいのか? という思いが大家を見上げる目にモロに出ていたと思う。大家は俺と目が合うと軽く笑った。

「もう口はなしていいですよ。さすがに一日に何発も出すのは俺もキツいですから」

 大家の精子は会社のトイレで飲ませてもらった。今度は尻に中出ししてほしい。

 しかしそれを言い出す前に、大家は備え付けのコンドームをちんぽに装着してしまった。さすがにいきなり生中出しをねだるのは調子に乗りすぎか、と自分を納得させる。それに真っ黒いコンドームは見た目がとてもエロかった。



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苦い珈琲(2/2)

2019.12.02.Mon.
<前話はこちら>

 水沢に手を引かれ、引きずられるように店を出た。離れる店の窓から、中で茫然としている前島が見えた。

「待て、水沢、おまえなんでここに? いつから?」

今日はせっちんたちと遊んでるはずだろう?

「先生のあとつけた」

 あっけらかんと水沢が言う。

「ど、どうして」
「昨日、俺が帰るとき先生の電話鳴ってたじゃん。部屋でてからなんか気になって、実は盗み聞きしてたんだよね。虫の知らせってやつかな。そしたらなんか訳ありっぽい感じだし。待ち合わせしてるし。これもう尾行しなきゃダメでしょ」
「友達と遊ぶ約束してたじゃないか」
「恋人の一大事に、友達と遊ぶわけないじゃん」

 俺を優先してくれた。不謹慎にも嬉しくなってしまう。

「さっきの、先生の前の彼氏?」
「え、ああ」
「俺と正反対のタイプ。先生ってほんとはああいうのが好きなの?」
「そういうわけじゃない。あの頃は俺もまだ若かったから年上の男に惹かれただけで、あいつがタイプとかいうわけじゃ」
「そ。良かった。先生はいま俺にぞっこんだもんね? 後ろの席で全部聞かせてもらったよ。なんで俺じゃなくあいつに言うのか意味わかんないけど。なんでも俺にしてあげたくなるんだよね? じゃあしてもらおうかな」

 細い道を何度か曲がって、水沢はホテルの前で立ち止まった。

「言っとくけど、黙って元彼に会いに行ったこと、俺めちゃくちゃ怒ってるから」

 店のなかで見せたようににこりと笑う。嫌な予感に冷や汗が止まらない。

 ~ ~ ~

 部屋に入るなり、水沢は俺に「フェラして」と言い放った。言われた通り跪いてフェラをする。

「飲んでね」

 俺の頭を押さえこみ、喉の奥で射精した。噎せる俺をひっぱり立たせ、ベッドに突き飛ばす。うつ伏せの俺に、水沢が跨る。

「水沢、俺が悪かった。謝るからっ」
「なにが悪いかわかってんの?」
「わかってる、お前に黙って行くべきじゃなかった」
「わかってないよ、先生」

 下着ごとズボンを脱がされた。腰を持ち上げられ、尻たぶを左右に割られた。その奥へ水沢は舌を這わせた。

「水沢!」

 羞恥と驚きから大きな声が出る。水沢は構わず舐め続ける。指で触られることはあっても、舐められたことは人生初で、恥ずかしさと申し訳なさで精神的死亡を体験する。

「水沢っ、いやだ、やめろ!」

 ずぞ、と中に舌が入ってきた。ゾゾゾ、と体に震えが走る。嫌悪ではない。真逆のものだ。指のように固くなく、ペニスのように太くもない。軟体の温かいものが形をかえてこじ開けてくる。柔らかな舌先がなかの壁をなぞっている。周辺に水沢の熱い息遣い。

 これ以上ない、罰だ。

「俺が悪かった! だから、頼む、やめ……ッ……あっ、いやだ、水沢……!」

 俺の頼みを無視して水沢は続ける。さらに前を手で弄られて、勝手に涙が溢れてきた。

「いやだ、ああ、水沢、頼む、俺が悪かったからっ、もう止めてくれ」
「あいつは先生のここ、舐めたことあんの?」
「あるわけない! あいつはそんなこと俺にしたことない!」
「満足したことないんだっけ? 俺とのセックスはどう? 満足できてる?」
「見ればわかるだろ……!」

 首をひねって水沢を睨む。俺の泣き顔を見て水沢は笑顔になった。

「俺まだ怒ってんだよ。先生が男と付き合ってたなんて知らなかったし、俺とぜんぜんタイプ違うし、俺に黙って会いにいくし。なに口説かれてんの? 襲われたらどうすんだよ。もっと危機感持ちなよ。先生って俺の彼氏じゃないの?」

 ローションで濡らし、指を出し入れしながら水沢がもっともな不満を言う。

「ごめん、俺が悪かった! あいつのことは言うタイミングがなかっただけで、隠してたわけじゃないんだ」
「ふーん、でも俺に黙って会いに行くんだ?」

 ぐりぐりと中で指が回転する。

「じゃないと、うちに来るっていうから仕方なく……っ」
「強引にされてたら今頃あいつとホテル行ってたんじゃない? 先生押しに弱いから」
「そんなことあるわけないだろっ」
「どうだか」

 と言いながら俺の前立腺をこりこりと刺激する。腰が勝手に跳ねあがる。

「お、おまえだって悪いんだぞ!」
「俺が? 逆切れですかー? 責任転嫁やめてくださーい」
「昨日もバイトが入ったからって帰るし、今日も友達と遊ぶって言うし、俺のことほったらかしにしてただろ!」
「ほったらかしにしてたわけじゃないよ。俺がなんのためにバイト頑張ってたと思ってんのさ」
「友達と遊ぶためだろ!」

 やけっぱちに喚いたら「こら」と尻を叩かれた。痛い。

「それ本気で言ってんの? だとしたらまじで怒るよ」

 体をひっくり返された。真剣な眼差しの水沢が俺の顔を覗きこむ。

「もう怒ってんじゃねえか」
「今までのは怒ってるフリだし。プレイだよ、プレイ」

 どういうプレイだ。

 優しい苦笑を浮かべながら、水沢は俺の涙を拭った。

「高校卒業したら一緒に暮らそうって俺言ったよね? 先生のワンルームじゃ狭いから、もっと広いとこ探そうと思って、その資金貯めるためにバイト頑張ってたんだよ。そりゃたまに友達と遊ぶこともあるけどさ、俺が誰より優先してんのは先生のつもりだよ」
「一緒に暮らす話、覚えてたのか」
「言い出したの俺だし忘れるわけないじゃん。先生こそ、忘れてただろ」
「ずっと覚えてたし、ずっと待ってた。金なら俺が出すのに」
「だろー。そう言われると思ったから黙って金貯めてたの!」

 水沢は俺の足を割り開き、その中心へ亀頭を押し当てた。

「最近先生のこと構ってあげらんなかったことは俺も自覚あるから謝るよ。大学生って意外と忙しくて時間なくてさ。バイトは目標金額貯まったから回数減らすつもり。今まで我慢してたぶん取り返すからそのつもりで覚悟してよ、先生」

 ずぶ、と固くて太いものが中に入ってくる。俺を死ぬほど満足させるものだ。その予感と期待に体中に甘い痺れが走る。

「は──ァ……ああ──ッ!!」
「え、うそ、もうイキそう?」
「い、あ──ッ、まだ、動くな……!!」

 白い閃光が見えた。体が硬直する。

「きっつ……! 先生、もうイッたの? 早くない?」

 すさまじい快感に脳みそがショートしたようだ。水沢の問いに答えられない。快感が波紋上に体の隅々へ広がって行く。それをやり過ごすことで精一杯だった。

「先生、大丈夫? すっごい締め付けてくんだけど」

 水沢と目が合った瞬間、また強烈な快感がぶり返して体に力が入る。制御できない。

「先生、きついって。もしかしてまたイッてる? ドライ? 止めらんないの?」

 声にならない。何度も頷いた。イキ続ける感覚が続く。それが怖くてまた涙腺が緩んだ。

「───ハアァッ……! みず、さわ……ぁ……ああ……!!」
「大丈夫、動かないから、安心していいよ」

 優しい手が俺の頭を撫でる。年下の元教え子にあやされている。なのにこの上なく安心する。

 何度も大きく息を吐いた。体から無駄な力が抜けていく。そして自覚する。自分でどうしようもないほど俺は水沢のことが好きだ。

「水沢、好きだ、すきっ……!!」

 しがみついて繰り返し言う。

「わかってる、俺も好きだよ、先生」

 この声も温もりも、手放すことなんてできないだろう。想像しただけで恐ろしい。
 
「もう、動いていいぞ」
「いいの? もう少し待った方がいいんじゃない?」
「一緒にイキたい。俺のなかに欲しい」
「先生、どんどんやらしくなるね」
「誰のせいだ」
「俺のせい?」
「他に誰がいる」

 キスをする。水沢の舌が熱い。お互いの口腔内をまさぐり合い絡め合う。ゆっくり水沢は腰を動かした。さっきみたいな正気を失うほどの快感はこない。じっくり体を熱くするような気持ちよさが広がって行く。

「先生、気持ちいい?」
「いいっ、気持ちいいっ」

 確かめられて素直に頷く。気持ちいいと、言葉にする。心身ともに満たされる。こんなに幸せでいいのかと思う。

「んっ、ああっ、もう、出るっ……水沢も、一緒に……きてっ」
「うん、一緒にいこう、先生」

 激しめに揺さぶられた。強い摩擦。昇り詰める感覚。奥に熱い迸りを感じながら、俺も水沢の名を呼んで果てた。

 ~ ~ ~

「明日、一緒に不動産屋行こうよ。部屋探しに」

 ホテルを出て、俺の家へ2人で向かう。その道中、水沢が言った。迷いは一瞬で消えた。俺はもう水沢がいないと駄目だ。だから水沢の将来だとか考えるのはやめて、自分勝手になることにした。

「本当にいいのか? あとで後悔しても遅いぞ」
「同棲嫌だって言っても、むりやりするけどね俺は」
「一緒に暮らしたら今以上に束縛して鬱陶しくなるぞ」
「先生こそ、俺に隠れて誰かに会えるなんて二度と思わないでね」

 上等だ。一生水沢を離す気なんかないし、離れてやる気もない。

「ついでにお墓も探す?」

 水沢の言葉に吹きだした。笑いが収まらない。やっぱり水沢はエスパーだ。俺が望む以上の言葉をくれる。水沢に気付かれないよう、目尻の涙をそっと拭った。




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苦い珈琲(1/2)

2019.12.01.Sun.
<宙ぶらりん愛で殴る面倒臭い二人>

 俺が夕飯の支度をしている間、水沢は大学の課題をしていた。今年の春から大学生になった水沢は前よりさらに大人っぽくなってかっこいい。机に向かう横顔も、考えこんで伏せる目許も、シャーペンをくるくる回す長い指も、全部に見とれてしまう。

 ピロン、と水沢のスマホが鳴った。勉強を中断し、水沢はスマホを見た。最近よくスマホが鳴る。高校時代の友達に加え、大学で新しくできた友達からも、頻繁に連絡がきている。

 あくびをしながら水沢は返事を打つ。大学と、バイトと、友達からの誘いと、俺の相手で疲れている。

 無理しないで自宅に帰れと言ってやらなきゃいけないんだろうが、一日会わないだけで俺がもう寂しい。昨日も一昨日も会えなかったから、今日は泊まっていってほしいのが本音。

 高校生の頃、水沢は卒業したら一緒に暮らそうと言ってくれた。水沢はもう忘れているのかもしれない。それとも勢いで言っただけで、本気じゃなかったのかもしれない。あれを蒸し返すのは重荷になるような気がして、俺からは言い出せない。

「うわー、まじかよー」

 顔をしかめて水沢は体をのけぞらせた。

「どうした?」
「バイト、いまから来てくれって。なんか体調不良の奴が出て人が足んないんだって」
「急だな」
「あー面倒臭え」

 と言いつつ、水沢は机の上を片付け帰り支度を始めた。いま俺が作ってるお前の晩飯は?

「先生ごめん、今日は帰る。また夜に電話すんね」

 俺の肩を掴み、お詫びのキスをして水沢は玄関へ向かった。

「明日は?」
「明日はせっちんたちと約束してるから、時間あったらこっち寄る」

 せっちんは水沢の高校のときの友達だ。俺も顔を知っている。あいつらは本当にただの友達だから浮気の心配はない。

 明日は泊まれるのかと確認しようとしたら、俺のスマホの着信音が聞こえてきた。そっちに気を取られている間に、「じゃまたね」と水沢は部屋を出て行ってしまった。

 学業とバイトの両立で忙しいのはわかる。それに友達を大事にしていることも理解しているつもりだが、最近すれ違いが多い気がする。

 俺は水沢がいなくなった学校で教師を続け、卒業した水沢は大学生になり新たな交友関係を築いてる。水沢はどんどん先のステージへ進んでいるのに俺だけずっと同じ場所にいる。置き去りにされたような寂しさは拭えない。

 部屋に戻り、鳴り続けるスマホを手に取る。登録外の番号。間違い電話かもしれないが、仕事関係の可能性もあるので電話に出た。

「はい」
『洋平か?』

 突き放すような冷たさを感じる低音の声。すぐに誰かわかってしまった。

「前島、さん?」
『久しぶりだな。元気にしていたか?』

 少し笑いを含んだ声。ちょっと人を見下したような顔まで想像できる。

「何の用だよ」
『結婚したこと、まだ怒っているのか?』

 呆れて絶句した。こいつは俺がまだ前島を引きずっていると思っている。何年経ったと思ってるんだ。

「自分勝手なあんたのことなんか、もうとっくに忘れてたよ」

 電話の向こうで前島は笑った。

『悪かったよ。だからもう拗ねるのはよせ、親の気を引きたい駄々っ子みたいだぞ』

 強がりの発言だと思っているらしい。俺を子供扱いして優位に立とうとするやり方。なにも変わってない。

「勝手にそう思ってればいいよ。もう切るから」
『会って話せないか?』
「冗談。いまさら何の話をするって言うんだよ」
『電話で話す内容じゃない。都合のいい日を教えてくれ。俺が君の家へ行ってもいい』

 人の話を聞いちゃいない。自分の要求が通って当然という態度もかわらない。

「来るな、顔も見たくない」
『まだ引っ越してないんだな?』

 含みのある言い方。俺がここでずっと前島を待ち続けていたと思っているんだ。前はこの自信過剰なところが魅力に思えていたが、いまはただひたすら鬱陶しくて面倒だった。

「本当に迷惑だ。もう新しい恋人もいる。邪魔しないでくれ」
『新しい恋人? 俺より良い男なのか?』

 赤の他人になったいま、前島のこの発言は噴飯ものだった。

『会わせてくれ。洋平にふさわしいかこの目で見てみたい。明日そっちへ行っていいか?』

 来るなと言っても来るだろう。こんなことなら引っ越しておけばよかった。

「うちは駄目だ。前によく行った喫茶店、覚えてる? そこで13時。なんの話か知らないけど、用件終わったら俺はすぐ帰るから」
『わかった。洋平に会えるのを楽しみにしてるよ』
「楽しみにするな、気持ち悪い」
『そう怒るな。ほったらかしにして悪かったよ』

 ぞわっと鳥肌が立った。

「じゃあ切るから」

 前島の返事を聞かずに通話を切り、スマホをテーブルに戻した。明日水沢はいない。うちに寄ると言っていたがどうせ夜の話だろう。2、3時間くらい家をあけてもどうってことはない。

 しかし一体、今頃俺に何の用だ。嫌な予感しかしない。

 ~ ~ ~

 午前中に掃除やら洗濯を済ませてから待ち合わせの喫茶店へ向かった。本格珈琲を出す店で、前島はここの常連だった。いつも店の奥の席に座り、珈琲を飲みながら小一時間小説を読んで過ごす。そのあいだ俺はほとんど無言で待たされた。

 前島は今日も常連気取りで、いつもの場所でいつものように小説を読んでいた。マスターに会釈し、前島の向かいに腰を下ろした。

 俺が来たのに前島は小説を読み続ける。秋深くなってきた外と比べて温かい店内。漂う珈琲の匂い。口に蘇る当時の苦い味。俺の存在を無視して読書する前島。タイムスリップしたかのようだ。

「話す気がないなら帰るぞ」

 以前の俺なら前島が口を開くまで待ち続けたが、いまは違う。俺の粗相に、前島は軽く眉を寄せた。ため息をつきながら栞を挟むと本をテーブルの隅に置いた。

「なにか注文したらどうだ」
「あんたの用件次第」
「あいかわらずだな」

 前島は苦笑しつつ珈琲カップに口を付けた。なにが「あいかわらず」なのか問い詰めたいところだ。おまえに俺のなにがわかる。なにを知っている。知ったかぶりができるほど俺に興味なんかなかったくせに。

「あと十秒待つ」

 袖をまくり腕時計を見た。秒針が進む。

「離婚した」

 思わず前島の顔を見た。そして笑ってしまった。

「おめでとう」
「皮肉はよせ」
「原因は?」
「向こうの浮気。きっちり報復してから別れてやったがね」

 奥さんが浮気した理由が俺にはよくわかる。自分勝手で、他人を愛することができない不感症。セックスも自己中で、こいつと付き合っているあいだ満ち足りたことなんか一度もない。

「あんたはその性格直さない限り、誰とも一緒になったら駄目だと思うぜ」
「ああ、その通りだ。俺を理解できる人間しか、俺とは付き合えない。物は試しと結婚してみてそれがよくわかった」

 自分の非を認められない前島らしい言い方だ。

「待たせたな、洋平」

 いきなり手を掴まれた。柔らかく温かい感触が気持ち悪くて咄嗟に手を引こうとしたが強い力で引き戻された。

「放せよ、誰もあんたのことなんか待ってねえよ」
「もう意地を張るな。本当に新しい男はいるのか?」

 その存在すら、こいつは俺の嘘だと思っているらしい。

「いるよ、だから放せ」
「どうせ俺への当てつけなんだろう。君は昔から俺の気を引こうと、子供じみた悪戯をすることが好きだったものな。あの頃は相手にしれやれなかったが、これからは洋平のことをちゃんと構ってやるから、もうそろそろ機嫌を直せ」

 親指で俺の手の甲を撫でる。好きでもない男から言い寄られることがこんなに気持ち悪いことだったとは。

「冗談じゃねえ、放せ」

 力任せに振り払った。前島は一瞬ムッと顔を歪めたが、すぐ笑みの混じった困り顔になった。

「そんなに寂しい思いをさせていたんだな。これからはそんな思いはさせない。だからもう素直になれ。いつまでも意地を張っていたって仕方ないだろう」

 言葉が通じない。意思疎通ができない。昔からその傾向はあったけど、こんなに酷かったか? 唖然とした。もう何を言っても無駄だと悟った。その瞬間、俺のなかで何かが切れた。

「もう二度と連絡してこないでくれ。俺はいま新しい恋人ができて幸せなんだ。それを壊そうとするなら徹底的に戦う」
「まだそんなことを言うのか」
「そいつはあんたとぜんぜん違うタイプだ。何度も俺のことを好きだと言ってくれるし、無理してまで会いに来てくれる。セックスも愛情がこもっててあんたと大違いだ。今だから言うけど、あんたとやって満足したことなんか一度もない。独りよがりなセックスでさっさと終わって、俺が不満に思ってることすら気付いてなかっただろう。あんたは他人に興味がもてないんだ。自分しか愛せないかわいそうな奴だ。それにすら気付いてない。同情はするけど俺を巻きこむな。俺はもうあんたが好きじゃない。今は他に好きな奴がいる。そいつは俺の望むことをなんでも叶えてくれる。だから俺もなんでもしてやりたいと思える。あんたには思えない。もし俺たちの邪魔をするなら、あんたの実家にも職場にも、洗いざらいぶちまけてやる」

 淀みなく言葉が出てきた。吐き出しながら冷静でいられる自分に驚いた。以前の俺ならきっと泣きわめいていただろう。そして前島に言葉巧みに言いくるめられ、俺の謝罪で終わる。それがパターンだった。

 前島は思わぬ反撃に顔をひきつらせた。怒りで顔を赤くしたり、青くなったり、また赤くなったり。平静を装いながら珈琲を飲むが、カップを持つ手がわなわな震えていた。セックスの拙さを指摘されるのは男として最大の屈辱だろう。俺だって言いたかなかったが、今の前島に聞く耳を持たせるのはこれしか思いつかなかった。

「本気で言っているのか?」
「ずっと本気で言ってるよ」
「それでいいんだな。後悔しないな?」

 いつまでも自分の優位を保っていたい前島の精一杯の虚勢。哀れだ。

「あとで泣きついても遅いぞ。これが最後のチャンスだ。いま謝るなら許してやる」
「あんた、ほんとどうしようもないな」

 席を立った。前島が俺を見上げる。その時ほんの一瞬だけ、気弱な表情を見せた。こんなうだつのあがらない中年男のどこに惚れたんだろう。いまになって不思議で仕方がない。

「もう二度と連絡してくんな」

 くるりと身をひるがえし出口へ向かう。前に立ちふさがる人物を見て腰を抜かしそうになった。

「み、みずさわ?! なんで、ここにっ」

 水沢がにこりと笑う。

「お金、ここに置いておきます」

 とマスターへ声をかけ、水沢は俺の手を掴んだ。



呪術廻戦 1

アニメ化あああぁぁ!!(歓喜)

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