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うすらひ(7/18)

2019.10.25.Fri.


 今日は秋冬用のカーペットを買いに家具屋へ行く予定だった。

 ソファに座ってテレビを見ていたら、準備のために部屋のなかをバタバタ動いていた美緒が「洋ちゃん、これ、忘れてるよ」と俺の目の前に指輪を突きだした。

「ああ、ごめん」

 受け取り左手の薬指に嵌める。

「2人で出かけるときはちゃんとつける約束でしょ」
「忘れてただけだって」

 もう、と口を尖らせながら、美緒はまた寝室へ戻った。

 結婚した当初は毎日指輪をつけていた。でも一度失くしかけてからは休日以外外すようになった。「まだ独身気分を味わいたいんでしょ」と最初は文句を言っていた美緒も、一度自分が仕事場のトイレに忘れてからは「無くされるよりはまし」と容認してくれるようになった。

 そのかわり休日は絶対つける、と約束した。今日は本当に忘れていただけだ。

 指輪を弄りながら、周防のことを思った。

 同僚は全員、俺が結婚したことを知っているが、新入社員の周防はおそらくまだ知らないだろう。騙すつもりじゃなかったが、結果的にそうなってしまった。

 周防に告白された時は、適当に好奇心を満たしてから、後腐れのないように関係を終わらせるつもりで、バレたらバレた時だとあえて俺からは言わなかった。「関係」と呼べるようなものにする気すらなかった。

 一時の気の迷い、ただの火遊び、思い出作り、その程度で終わらせようと思っていたのに。まさかこんなにのめり込むとは思わなかった。

 結婚していることがバレたとき、周防はどういう反応をするだろう。潔癖な反応しか思い浮かばない。怒るだろう。俺を責めるだろう。そしてすぐ俺との関係を終わらせるだろう。今後、仕事以外では会話すらなくなる。そんな未来が容易に想像できる。

 できればずっと黙っていたい。でもいつか必ずバレる。その前に俺から言うべきか。バレたとき、知っていると思っていたととぼけるべきか。

 悩んでいたら、「お待たせ、行こう」と美緒に肩を叩かれた。

 近所のスーパー以外で、2人で出かけるのは久しぶりだ。美緒は百貨店の販売員だから休みは不規則で基本俺とは合わない。だから周防と週末出かけることができていたわけだが、最近「いつも週末出かけてるみたいだけど、誰とどこに行ってるの?」と探りを入れられた。

 周防のことは、俺が新入社員の教育係りになったときに美緒には話してあったから、あのときの後輩だよ、と嘘をつく必要はなかった。男同士だから、仲がいいんだね、と微塵も疑われない。

 来月の休みに周防と泊りで出かけるかも、と言ったときも、良い顔はしなかったが反対もされなかった。

 男同士はこういう時都合がいい。

 駅から電車に乗って移動した。今日行く店は美緒がネットで見つけた家具屋で、北欧家具を多く扱っている店らしい。

「そういえば後輩の周防くん」

 いきなり美緒の口から周防の名前が出てきてギクリとした。

「え、周防がなに」
「バレーの選手だったんでしょ。この前何気なく検索してみたら出てきたんだけど、けっこう強かったんだね」

 とスマホを俺に見せてきた。高校バレーの試合の記事だ。アタックを打つネット越しの選手の画像。よく見ると周防だった。思わず顔を近づけて見た。

 今より髪が短くて、顔つきも幼い。でも試合中とあって目付きは鋭い。

 記事の下のほうに別の写真もあって、「試合に勝って仲間とハイタッチする××高校主将の周防選手」と笑顔の周防がいた。くしゃりと顔を潰した笑い方。見ているこっちまで顔がほころぶ。

「絶対モテてたよね、この頃」

 画面を覗きこんで美緒が言う。

「高校のときは誰とも付き合ってなかったらしいよ。付き合ったのは、大学でひとりだって言ってた」
「嘘ぉ。部活に集中してたのかな。今は? 彼女いるの?」
「彼女はいないよ」

 彼氏はいるけど。

「性格に問題あるの?」
「ないよ、すごく真面目でいい奴だよ」
「絶対女の子が放っておかないでしょ。本人が気付いてないだけなんじゃない?」
「その可能性はあるかも」

 南と立花の顔が頭に浮かんだ。

「今度家に連れておいでよ。いつも洋ちゃんから話しを聞いてるから、なんだか他人って感じしないし」
「そのうちね」

 そんな日はきっと永遠にこないだろうけど。話を合わせる罪悪感がないわけじゃない。俺は心のどこかで、いまの生活がずっと続くと高をくくっていたのだ。だから美緒にも周防のも、平気で嘘をつけたし、騙すことができたのだ。

 ~~~

 店は家具屋というより、カフェのような外観だった。実際店の入り口にはテーブルと椅子が置いてあって、客がコーヒーを飲んでいた。よく見ると店に入ってすぐの場所にカフェがあった。

 2階建てで、1階はファブリック類、2階に大型家具が展示されていた。美緒は目を輝かせて色々見て回った。今日買う予定じゃないものまで手に取って俺に感想を求めてくる。これを時間の無駄だと思っていたら結婚生活は続けられない。

 やっと目的のカーペットコーナーへ辿りついた。あれがいいこれがいい、と手触りやサイズを見ていたが、値段が高い、と買わずに店を出た。

 結局、新婚当時に家具を買い揃えた大衆向けの家具屋へ行くことになった。そこでも美緒は必要のないガーデニング用品やカーテンを見て回る。いい加減歩きつかれてソファ売り場で座って休憩をした。

 待つ間暇なので周防の記事を検索する。注目選手だったらしく、電車で見た記事以外にもいくつか出てきた。アタックを打つ直前の綺麗なフォームの写真や、ブロックが決まってガッツポーズを取る写真なんかが出てきた。ユニフォームに身を包んだ若き周防は文句なしにかっこよかった。

 美緒が言う通り、絶対モテただろう。バレーに集中するために告白を断ってきたのか、本当は付き合っていたのか。今度会ったとき、そのへんを突いてみよう。きっと恥ずかしがって慌てるだろう。

「なにニヤニヤしてるの」

 いつの間にか美緒が戻って来ていた。

「周防の記事読んでた。会社の後輩がネットにのってるって変な感じだよ」
「わかる。私の先輩がカリスマ販売員ってテレビ出たときも、なんか別人みたいに見えたもん」

 それよりこれどう、と美緒はランチョンマットを俺に見せてきた。どうせ美緒がよく見ている料理ブロガーの影響だろう。使わないだろ、と思ったがこういう場合は「いいんじゃない」が最適解だ。

「ソファも欲しいよね」
「あるじゃん」
「あれは急いで買っちゃったから、なんか妥協したっていうか。革張りより布製のが良かったな」

 美緒は近くのソファに腰を下ろした。北欧家具屋でもソファを見ていたっけ。

「布製は汚れたら終わりでしょ」
「カバーするもん」
「それより俺はこたつが欲しいな。そろそろ寒くなってきたし」
「こたつはだめ、いらない。置いたら部屋が狭くなるでしょ」
「冬はどうするの」
「こたつ以外にも暖房があるじゃない」
「冬はやっぱこたつでしょ」
「だーめ。マイホームを手に入れたら買ってもいいよ」
「当分先じゃん」
「頑張って頭金貯めよう!」

 俺の肩をポンと叩いて、「ちょっと食器見てくるね」と美緒はまた売り場巡りへ戻った。元気だと感心する。

 いつまでも売り物のソファに座っているのもな、と俺もベッドコーナーへ移動してみた。興味のないベッドを見ながら、周防の家にこたつを置けないものか、と考えた。引っ越し祝いに買ってやろうか。あの家具ひとつ置いてない部屋はあまりに殺風景だ。

 そうだ、あの部屋にはテレビもテーブルもなかった。テーブルくらいなら、安いやつを買ってやれないこともない。そういえばソファ売り場の近くにテーブルが置いてあったな、と振り返ったときだった。

 こちらをじっと見ている長身の男と目が合った。私服だったが、それが誰かすぐ、わかった。

 ゾ、と全身から血の気が引いた。頭が真っ白になり、一瞬でパニックに陥った。

 なんでここに周防がいるんだ?! 偶然? 尾けてきた? いつからそこに?

 疑問と言い訳が頭のなかにあふれ出した。いや、美緒と一緒だったところを見ていないかもしれない。そんな希望的観測は、周防の暗い表情を見て消え去った。心拍数が限界まで跳ねあがり、じと、と背中に汗をかいた。

 周防は全部悟ったに違いなかった。悲しい、やるせない目で、無言のうちに俺を責めていた。

「周防、あっちに折りたためるテーブルがあったぞ」

 男が近づいてきて周防の背中を叩いた。一緒に買い物に来た友人だろう。微動だにしない周防に首をかしげ「どうした?」と顔を覗きこんだ。

「……いや、なんでもない」

 周防は首を振るように俺から視線を外し、友人と売り場の通路へ消えた。

 ドッドッ、と心臓が早鐘を打って破裂しそうだった。流れるほどの汗をかき、体は小刻みに震え出した。

 まさか、こんな最悪な形で周防に知られるなんて。

 もう弁解の言葉すら頭に浮かばない。それほど焦り動揺していた。

 とにかくここにはいられない。周防にこれ以上美緒と一緒の姿を見せられないし、美緒がもし周防に気付いたら──。

 美緒に電話をかけながら、もつれそうになる足で出口へ向かった。

『どうしたの?』
「もう買い物は終わった? ちょっと気分悪くなってきたから、もう帰りたいんだけど」
『大丈夫? すぐ支払いしてくるから』
「ごめん、先に外に出てるよ」

 美緒より先に周防が出てきませんように、と祈りながら店の外で待った。買い物を終えた美緒が先に出て来て安堵した。

「大丈夫?」
「うん、ごめん。今日はもう帰ろう。買い物はまた今度ゆっくり付き合うから」
「それはいいけど。ほんとに大丈夫? 顔、真っ青だよ」
「大丈夫、ほんとごめん」

 逃げるようにその場を去った。

 家に帰っても立ち直ることは出来ずにベッドで寝て過ごした。俺のことを心配しつつ、夕飯の買い出しのために美緒は一人で出かけた。

 俺は周防にメールをするべきかずっと迷っていた。でもなんて書けばいいのかわからない。

「実は結婚してるんだ、騙してて悪かった」
「あんな場所で会うなんて奇遇だな。一緒にいたのは引っ越しを手伝ってくれた友達か?」

 どっちも違う。火に油を注ぐだけの気がする。

「俺が結婚していることは周防も知っていただろ?」

 責任転嫁も甚だしい。

 夜まで悩んだが、結局勇気がなくて何も送れなかった。

 

わるい子の愛しかた1

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