FC2ブログ

うすらひ(4/18)

2019.10.22.Tue.


 周防たち新人に任された最終試験の発表会が迫っていた。部長たちの前でプレゼンし、重箱の隅をつつくような攻撃を耐え抜き、納得させてやっと合格をもらえる。チームを監督する社員の評価にもつながるから、今回その役割の古田さんもピリピリしている。

 この時期になると新人たちは昼も夜も話しあいのため一緒に行動することが増える。だから最近、周防と一緒にご飯に行けていない。

 先週末は、俺に用事があって会えなかった。今週末は周防が無理で会えない。来週こそ出かけられたらいいが。

 たまに顔を合わせても他に誰かがいて、挨拶とか当たり障りない世間話しかできない。本音の会話は夜のメールだけ。

 最近は仕事中俺のことを見ている余裕もないようだ。たまに俺が見ると、周防はパソコンに向かっているか、チームの仲間と会議室にこもっているかしている。

 そんな時、たいてい周防の隣には立花がいる気がする。俺が彼女を警戒しすぎなのか、たまたまなのかはわからない。そしておそらく、周防はそんなことちっとも気にしていない。

 そういうところがたまらなく愛しいと思う。周防がけなされるのは嫌だが、周防の魅力に誰も気付かないでくれとも思う。俺だけが知っていればいい。

 昼休み、「トイレに行く」という周防の声を聞いて俺もあとを追った。近くで少し話ができればいいと思っていたが、他に誰もいないことがわかったら、衝動的に周防をトイレの個室に連れこんでいた。

「久松さん?」

 驚いて俺の名前を呼ぶ周防に自分からキスした。トイレでキスだなんて最悪なシチュエーションだが、キスどころかまともに顔も合わせない日が続いて限界だった。

 ぽかんと目と口を開けっぱなしの周防を置いて個室を出た。あとから周防が大きな体を小さくして出てきた。

「会社ではしちゃいけないんじゃなかったんですか」
「俺がしたいときはいいんだよ」
「そんなのするいです」
「いやだった?」
「いやなわけないじゃないですか。久松さんからしてくれるなんて驚きました。もうずっと我慢してたから、嬉しかったです。もう一度していいですか」
「やだよ。こんな場所で二回も」
「今日、仕事終わったら一緒にごはん行きませんか」
「俺はいいけど、周防は仕事なんじゃないの」
「今日は立花さんに用事があるみたいで、久し振りに残業なしなんです」
「そういうことは早く言えよ」

 すみません、と周防が笑う。がっついた俺がばかみたいじゃないか。

「それじゃ、またあとで」
「久松さん」

 呼び止められて振り返ったらおでこにキスされた。

「夜まで我慢できなかったので」

 不意打ちのかわいい悪戯だ。なのに俺はなにも反応できなかった。ただびっくりして周防を見上げた。目が合うとニコリと周防が笑う。心臓がボンと音を立てた。急に恥ずかしくなって、周防の顔を直視できなくなった。耳が熱い。背中に変な汗が流れる。

「早く仕事終わらせろよ」

 やっとのことでそれだけ言うと早足でトイレを出た。じわじわと首元が熱い。鏡を見なくても顔が赤いのがわかる。

 もしかしたら俺は、自分が思うより周防のことを好きになっているのかもしれない。

 ※ ※ ※

 昼休憩から戻った周防は精力的にバリバリ仕事をこなした。フロア内の移動も長い足を有意義に使って高速移動する。気持ちが急くのはわかる。俺もいつも以上に仕事に集中し、見事定時にあがることができた。

『少しだけ残ることになりました。一時間だけ待ってもえ前んか』

 よっぽど慌てていたのだろう、打ち間違いのあるメールに笑みが零れる。一時間くらい待ってやるさ。「がんばれ」と店の場所をメールで送った。

 ひとりでゆっくり食事をしながら、男同士で入れるホテルを検索した。会社から近いのは論外。口コミで点数が低いところも嫌だ。駅から遠いのも億劫だし。

 適当な場所に適当なホテルを見つけ、地図を確認した。そのあと男同士のセックスのやり方を調べた。高校のとき、公祐とすることを想像して一度勉強済みだが、そのおさらいだ。

 知れば知るほど食欲が遠のいていく。こんなところでのんびり食事なんかしている場合じゃないんじゃないか? いますぐ薬局へ行っていろいろ道具を揃え下準備したほうがいいかもしれない。幻滅されたくないし、失敗もしたくない。

 焦りと迷いのあいだで右往左往していたら『もうすぐ着きます』と周防からメールが届いて軽く絶望した。いや、今日すると決まったわけじゃないし。

 しばらくして息せき切った周防が店に現れた。

「遅くなってすみません」

 俺の前へやってくるなり頭をさげる。走ってきたらしく額に玉の汗。途中で暑くなったのかネクタイが緩んでいた。

「お疲れさま。そんなに慌てて来なくてよかったのに」
「早く久松さんに会いたかったんです。食事はもう終わったんですか?」
「ああ、俺は軽く食べたよ。周防も食べるだろ、早く座れよ」
「僕はいいです。じゃあ、行きましょうか」
「えっ」

 伝票を取りあげ、周防はレジへ向かった。自分で払うと言ったのに、待たせてしまったので、と支払いをするとさっさと店を出る。

「どうしたんだよ、なにをそんなに急いでるんだ?」

 大股で歩く周防の背中を慌てて追いかける。周防がぴたりと立ち止まり、振り返った。なにか言いかけて口を閉じ、俺の腕を掴んで路地の端に連れて行く。いやに思い詰めた顔をしている。

「周防?」
「ごめんなさい、僕、余裕ないですよね。早く久松さんと二人きりになりたくて。ずっと仕事で一緒にいられなかったから」

 それは俺も同じ気持ちだ。

「自分で思ってた以上に、久松さんのことが恋しかったみたいです。今日、トイレで別れてから、久松さんのことばかり考えていました。夜会えるのが楽しみで仕方なくて……、キスして抱きしめたいってずっと思ってて……。久松さんが嫌じゃなければ、今日は2人きりになれる場所へ行ってもいいですか?」

 どこまでも正直な男だった。

 周防が不安そうに俺を見る。腕を掴む手からも緊張が伝わってくる。俺まで手足が強張った。心臓が高鳴り、また顔が熱くなる。

 さっき店で調べたHow toが頭をよぎって返事に困った。周防は男同士のセックスを知っているのだろうか。男を好きになったのは俺が初めてなら経験もないはずだ。何も知らずに、男女と同じようにその気になればできると思っているのかもしれない。

 俺だってそう思っていた。でもきっと男女のセックスでも、女性は事前に何かしらの準備をしているのだろう。

「嫌なら、断ってくれていいので」
「嫌じゃないよ」

 咄嗟に答えていた。これ以上渋ったら周防は諦めてしまう。俺だって誰の目も気にせず周防と抱き合いたい。このまま帰るのは俺にとっても苦痛だ。

 ホテルなら設備も整っているし、備品も充実している。なんとか乗り切れるはずだ。いざとなれば今日は嫌だと言えばいい。周防は嫌がる俺をむりやり抱くような奴じゃない。

「知り合いに会うと困るから……、ちょっと離れたホテルなら」

 一緒に調べるふりをして、さっき見つけておいたホテルへ誘導した。近くまではタクシーで移動し、そこから人目を憚りつつホテルまで辿りついた。男女でも気恥ずかしいのに、男同士で中に入るのはかなりの勇気が必要だった。でも部屋に入って周防に抱きしめられたら、やましさも恥ずかしさも全部消えた。

 背中に腕をまわし、深く息を吸いこんだ。周防の匂いを肺の隅々にまで行き渡らせる。汗が混じっていても不快じゃない。むしろ体の芯が甘く痺れた。

「汗臭いでしょ、先にシャワー浴びてきます」

 俺のおでこにキスしてから、周防は浴室へ消えた。心臓が耳元でドクンドクンと鳴る。俺はついに男とセックスするんだ。興味を持った当初は公祐とするんだと思っていた。いまは、公祐に誘われたとしても俺は断るだろう。

 出てきた周防と入れ違いに風呂に入った。そこでできる最低限の準備を自分に施す。いままでまともの触ったことのない場所を今日は念入りに綺麗にする。あとで周防に触られるかもしれないと思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

 初めてでなかなかうまくいかないし、これでいいのかと不安が残る。長く待たせるわけにもいかず、仕方なく浴室を出た。

 バスローブ姿の周防がベッドに腰かけていた。頭からタオルをかぶり、前傾姿勢で俯く姿は試合前のボクサーのようだ。

 俺が近づいても周防は顔をあげなかった。またなにか不安になっているのだとすぐわかった。あるいは自己嫌悪でも感じているのかもしれない。

 頭のタオルを取ると、周防は顔をあげた。やっぱり申し訳なさそうな表情をしている。肩に手をおいて、俺からキスした。今日はいつもみたいに押しつけ合うだけのキスはしない。

 唇を使って周防の口を開かせた。隙間へそっと舌の先を乗せる。周防に舌を吸われ奥へ引っ張られた。それと同時に腰を引きよせられた。まっすぐ立っていられなくなり、周防の膝の上へ跨る。太ももに熱く硬いものが当たった。周防が勃起させている。それを感じて、胸に甘酸っぱいものが広がった。

 周防の頭を抱えこみ、唇を押しつけた。人の気配に怯えることなくキスを貪る。舌を絡ませあい、お互いの体を触りあった。周防の手がバスローブのひもを解いた。前がはだけ、素肌が晒される。俺も半立ちだった。周防はそっと優しい手つきでそれを触った。

 土壇場になって男同士の行為に引いてしまうんじゃないかと思ったが、俺も周防もその心配はなさそうだった。遠慮がちだった手はしっかり俺を掴んで急き立てるように上下に動いた。

 キスの合間に呼吸をする。呼吸の合間にキスをする。周防は眩しそうに目を細めて俺を見つめた。俺が少しでも目を逸らすと、こっちを向いてとキスでねだってくる。

「周防……っ」

 俺の声は周防の大きな口に吸収された。俺の口のなかで周防が俺を呼ぶ。どうしようもなく、体が昂った。俺も周防を触りたいと思って手を伸ばした。高熱の屹立を握った瞬間、頭がクラクラした。いつも控えめな周防にしては、驚くほど男らしくて立派だ。

「きもちいいです」

 少し擦ってやると周防は切なく顔をしかめた。嘘偽りのない言葉だというのは反応を見ればわかる。こういう時、男は正直で無防備だ。

 お互い扱き合って射精した。周防が汚れた手を拭いてくれる。そして潤んだ目で俺を見つめて深い溜息をつくと、またキスしてきた。飽きることなく、何度も長く口付けをかわす。

 好きという気持ちで溺れないよう、言葉じゃなくキスでそれを俺に伝えているように思えた。その証拠に俺のほうが饒舌なキスに溺れてしまいそうになる。

「嘘みたいだ」

 周防がぽつりと呟いた。

「なにが」
「久松さんが僕の腕の中にいる。それが嘘みたいです。こうして抱き合っているのも、夢みたいで信じられなくて現実味がない。一度僕のことを殴ってくれませんか」
「いいけど、そんなことしなくてもこれは現実だよ」
「自分がこんなに欲深くて浅ましい人間だと思いませんでした」

 いきなり天地がひっくりかえったと思ったら、周防を見上げていた。ベッドに寝転ぶ俺に周防がのしかかってくる。

「嫌だったら言ってください」

 言うと周防は俺の首筋に顔を埋め、そこに唇を押し当てた。チュッチュと音を立てながら体のあちこちにキスをする。くすぐったいような、気持ちがいいような。

 周防はまた俺のものを握った。自立を促すように擦られる。すぐ血液が集まる気配。俺も同じように手を動かした。他人の男性器に触る嫌悪感はまるでなかった。むしろ愛おしいとさえ思う。思いきり甘やかして可愛がってやりたい。

 俺の顔の横に手をついて、周防が息を詰めた。手の平と腹に生温い液体がかかる。

「ごめんなさい」

 ティッシュに手を伸ばす周防の首に腕をかけた。

「俺もイカせて」

 耳元に囁くと大きな手が戻ってきた。周防にキスされながら俺も果てた。

 汚れをふき取り、ベッドに横になった。周防が俺を抱きしめる。俺も抱き返す。目を合わせ、唇を合わせる。隙間がなくなるまで体を密着させた。もどかしい。まだ足りない。もっと近づきたい。自分の体が邪魔だった。

 時間ぎりぎりまで抱き合い、触りあった。

 精液でべとついた体をシャワーで洗い流してからホテルを出た。心地よい疲労感に自然とふたりとも無口になる。

 駅が見えてきた頃、「もう少し一緒にいたいです」と周防が言いだした。

 俺も同じ気持ちだが、これ以上遅くなるわけにはいかない。

「明日も仕事だろ。また今度、ちゃんと時間作ろう」
「……はい」

 子供みたいにシュンと肩を落とすので、ホテルに戻って一泊しようか、と勢いで言ってしまいそうになる。

「また明日な」
「はい、また明日」

 改札を抜けて周防と別れた。帰りの電車のなかで、周防の腕の強さと胸の温もりを思い返した。何度も長くキスしたせいで、少し唇が腫れぼったい気がする。指で触れる。顔がニヤけそうになるのをなかなか止められなかった。

 その夜、周防から今夜のことに触れた熱烈な恋文が届いた。

 

関連記事
スポンサーサイト
[PR]