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うすらひ(3/18)

2019.10.21.Mon.


 週に1、2回、仕事が終わってから周防とご飯に行くのが恒例になった。どうせなら新規開拓しようと、行ったことのない店を選んだ。当たりもあれば外れもある。周防は好き嫌いがなく、しかもたいていの料理を美味しいと言って食べた。

 自分のほうが多く食べるから、と毎回律儀なまでに別会計。

 食事が終わると「また明日」と駅で別れた。いつも俺になにかしたそうな顔で、結局なにもしてこない。タイミングも場所もないのだから仕方がない。いきなりホテルに誘ってくるような男でもない。俺も周防のそういうところを気に入っていた。

 今日はタイ料理屋で食事をしたあと、軽く散歩しようと公園を通ることにした。ふたりになるための口実だ。

 隣を歩く周防はタイ料理がおいしかったと感想を言っている。今度タイに行ってみたい、とも。

「旅行好きなの?」
「好きです。学生の頃は金がなかったんで貧乏旅行ですけどたまに行ってました。自転車で北海道まで行ったこともありますよ」
「自転車で? すごいな。大変だっただろ」
「きついはきつかったですけど楽しかったです。優しくしてくれる人が多くて、そういう人たちに助けられながらなんとか目的地まで行けました。帰りは疲れて飛行機乗っちゃいましたけど」
「俺には片道も無理だよ。そういうのは学生ならではだな。働きだすとなかなか行けないだろ」
「そうですね。落ち着いたらまたどこかに行きたいですけど……ずっと一人旅だったんで、今度は久松さんと一緒に行きたいです」
「旅行か……いいな、行きたいな」
「今度行きましょう。下調べとか予約は僕がやります」
「じゃあ俺は行きたいとこ、考えとくよ」

 立ち止まった周防に、そっと手を握られた。

 もう少し行けば公園を出てしまう。ここなら暗いし、他に誰もいない。周防もずっと機会を探していたのかもしれない。

「久松さんとこんな話ができると思っていなかったから夢みたいです」
「ちゃんと起きてるよ」
「キスしてもいいですか?」
「どうぞ」

 周防の腕につかまり、目を閉じる。少し待つと唇に温かい感触がおりてきた。そういえば今日も香辛料たっぷりのタイ料理を食べたあとだ。周防とキスするのはいつもタイミングが悪い。

 だがそんな心配は無用だった。2、3秒で周防は離れた。キスをするのは今日で2度目。今回もチュッと軽く触れるだけで終わる。それすら精一杯だと言わんばかりに、キスのあとの周防は顔を赤らめ、汗をかき、俺と目を合わせられなくなる。

「次の休み、デートしてくれませんか」

 俯いた周防が言った。デートと言うかわいい単語に笑みが浮かぶ。

「いいよ、どこに行こうか」
「久松さんの行きたいところで」
「そうだなあ……映画観に行く? 学生の頃はよく映画館まで行ってたけど、最近行けてないんだ」
「はい、じゃあ映画を観に行きましょう」

 駅に行くまでに待ち合わせの場所と時間を決めた。初デートが決まって周防は嬉しそうだった。

 ※ ※ ※

 デート当日。シャワーを浴びてから待ち合わせ場所へ向かった。周防は先に来ていて俺を見つけると駆け寄ってきた。

「今日はありがとうございます」
「仕事じゃないんだから、堅苦しいのはやめろって」
「はい」

 周防はデニムにパーカーというラフな格好。まだ学生っぽい格好だが、背が高いせいか幼くは見えない。伸びてきたら短く切っているだけの髪型をどうにかすればもっと印象が良くなるのに勿体ない。

 周防の同期には立花のほかに女性があと1人いる。ガリガリに痩せていて化粧毛もなく髪もひっつめで、こう言っちゃ悪いが女性としての魅力に欠ける。

 あからさまに立花と区別する男性社員もいるなか、周防だけは誰であっても態度を変えない。優しいのもそっけないのも、誰とも区別をつけない。

 周防は見た目で判断しない。だからか、自分の見た目にも無頓着だ。

 センスのいい服を着て、ブランドの時計をつけ、髪もセットすればきっとモテるようになる。上っ面しか見ない村野のような奴に「あいつは背だけ」だと言われることもなくなるのに。それが自分のことのように悔しく思う。

 せっかくのデートにアニメやホラーは違うよな、と公開したばかりの洋画を見た。謎解き要素の強いミステリーものだ。最後のどんでん返しが鮮やかで見た後はすがすがしい気持ちすらした。

 周防も同じ感想だったようで、オチがわかった上でもう一度見てみたいと楽しそうな口ぶりに安心した。

 映画のあとは近くの公園を歩いた。昼の公園じゃ手さえつなげないが、ただ話をしながらブラブラ歩くだけでも楽しい。

 秋口とはいえまだ陽射しには夏の気配が残る。俺はジャケットを脱ぎ、周防は腕まくりをした。自販機で飲み物を買い、並木道沿いのベンチで休憩する。少し汗をかいた肌に、ひんやりとした風が心地いい。

「疲れましたか?」
「そんなに。たまに体動かすと気持ちいいな。歩いてるだけで運動とは言えないけど」
「散歩は立派な有酸素運動ですよ」

 周防に疲れた様子は微塵もない。

「いまはもうバレーはやってないの?」
「やってないですね。一緒にやってくれる人もいないですし」
「うちの会社、野球部ならあるんだよ。バレー部作ったら案外人が集まるかもよ」
「僕がバレー部作ったら久松さんも入ってくれますか?」
「俺はいいや。やるより見る派だもん」
「僕もいまは見る派ですね。高校生のときに実業団から声をかけてもらったことがあるんですけど、大人になってもバレーをしてる自分が想像できなくてお断りしました」

 周防が自分の話をするなんて珍しい。

「すごいじゃん。有名な選手だったんだ?」
「有名なんかじゃないです。昔から背だけ高かったから内定選手として声をかけてもらっただけです」
「でもそれだけで普通スカウトされないだろ」
「練習次第である程度技術は磨けますから、将来性を買ってもらったんだと思います。それが冷静にプレーヤーとしての自分を振り返るきっかけになりました。僕はそこそこできるけど、才能はなかったんですよね。上手な人がたくさんいるプロの世界では通用しないと思って高校を卒業したらバレーはきっぱり辞めました」
「なんか俺、悪いこと訊いちゃった?」
「そんなことないです。バレーに未練はないし、こうして久松さんに会えたんですから、僕の選択は間違ってなかったですよ」

 真顔でこういうことを言うんだ、この男は。

「周防ってすごいね」
「なにがです?」
「そういうの、恥ずかしげもなく言えるところが」
「久松さんが好きで好きで仕方ないんです。伝えないと胸がいっぱいになって溺れそうになるんです」

 真正面から好きだと伝えられて、俺のほうも呼吸困難に陥りそうだ。

 公祐はこんなふうにハッキリ言わなかった。態度だけは充分に好きだと伝えてはきたが、肝心なことは何も言わない。俺も公祐の気持ちに気付いているのに知らんぷりをして思わせぶりな態度で公祐を翻弄した。そんな遊びも楽しかった。

 でもいまは、剥き出しの感情をぶつけられることが快感になっている。もっと好きだと言って欲しい。態度でも言葉でも示して欲しい。それこそ溺れるほどの愛情で。

 最初は美味しいとこ取りだけして、後腐れのないよう、別れるつもりだった。周防だって将来のことを考えたら男同士でずっと一緒にいられないことはわかっているだろうし、心も体も満たされたら正気に返って飽きるか、次へ行くかするだろう。

 だったらそれまでは、身を焦がすほどの熱量で俺を好きでいてほしい。それを実感させ続けて欲しい。

 人から好かれることで得る優越感と快感は、麻薬のように癖になる。それに気付かせたのは公祐だが、それを思い出させたのは周防だ。俺も身を差しだすのだから、相応のものを与えてくれなくては吊り合わない。

「いつも、そうなのか? 今まで付き合った相手にも、そういう感じで」
「はい、割と伝えるほうかもしれないですね。前の彼女には重くてうっとうしいと言われましたけど」
「今まで何人と付き合ったんだ?」
「一人です。大学のときに」
「なんで別れたんだ?」
「僕といてもつまらないからって振られました」
「見る目ないな、そいつ」
「そんなことないです。僕は本当につまらない男ですから」
「俺の彼氏の悪口、言わないでくれるかな」
「えっ、彼氏……って、僕のこと、ですか?」

 周防は自分の顔を指さした。俺が頷くと、くしゃりと顔を潰して笑った。本当に嬉しいとこういう笑い方をするのか。

 キスしたくなったが、こんな場所じゃ無理だった。どうしても周防に触れたい。苦肉の策で、周防の手から空になった空き缶を取った。その時、軽く手を握った。はっとした顔で周防が俺を見る。いまにも抱きついてきそうな気配を感じてベンチから腰をあげた。

「行こうか」

 ゴミ箱にゴミを捨て、散歩を再開した。

 そのあと軽く食事をして、夜景の見える店で軽く飲んだ。誘われたら応えるつもりだったのに、店を出たら周防は駅に向かって歩き出した。

「今日はありがとうございました。またデートしてくれますか?」
「今度は周防の行きたいところに行こう」
「はい。ではまた、月曜日に。おやすみなさい」

 折り目正しくお辞儀をする周防と駅で別れた。

 夜、寝る時間になって周防からメールがきた。

『今日は本当に楽しかったです。いまもまだドキドキしています。今日は眠れないかもしれません。久松さんを好きになって良かったです。それでは、おやすみなさい』

 読み終わったら溜息が出た。周防の声を聞きたかった。文章じゃなく、周防の穏やかな声で好きだと言って欲しかった。

『俺も楽しかった。次、どこへ行くか考えといて。ちゃんと寝るんだぞ。おやすみ、また月曜日に』

 返事を送る。月曜の朝をこんなに待ち遠しく思ったのは初めてかもしれない。



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