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やりなおし(2/3)

2019.09.08.Sun.
<前話>

 高校で高山と別れたあと、俺はしばらくインポになった。高山と付き合ってる間は少なくとも勃起はした。それが別れてさらに悪化した。やっぱり別れるんじゃなかったと後悔したけど、平気そうな高山の顔を見たら俺のことそんなに好きじゃなかったんじゃんと腹が立って卒業まで無視を続けた。

 高山が謝ってきたら許すつもりだった。やり直したかった。でも最後まで高山が俺に話しかけてくることはなかった。卒業式の打ち上げから帰ってきた夜、高山とは完全に終わったんだと思うと、涙が止まらなくなった。

 うっすら期待していた高山からの連絡がないまま、大学生活が始まった。

 幸い友達はすぐにできる性格で、広く浅い付き合いの友人が何人かできた。俺と違って友達を作りにくい高山は大丈夫だろうかと心配だった。

 大学生活も慣れて私生活も落ち着いた頃だった。友達の一人の女の子から告白された。ちょうどインポが治った時期で、これも縁だと思って付き合うことにした。

 彼女と深い仲になった時は、正直使い物になるのか不安だった。イチかバチかの賭け。そういう雰囲気になるとどうしても高山にされた酷いことを思い出して不安がわきおこる。

 一度成功すると自信がついて、二度目からは不安なくセックスできた。完全復活だ。彼女とのセックスでは、ことさら彼女を慈しんだ。彼女を抱きながら、どうして高山は俺にあんな真似ができたんだろうと悲しい気持ちになった。

 彼女とは8カ月ほど付き合って別れた。俺が他の奴を好きになってしまったからだ。そいつは男だった。物静かで、いつもひとりでいた。高山に雰囲気が似ていた。だから気になり、好きになった。そいつを見ているといつも高山を思い出した。

 高山もひとりきりなんじゃないか、とか。

 俺みたいなお節介な奴に目を付けられて、あっさり心を許してたらどうしよう、とか。

 高山が俺を好きになってくれたのは、他に親しい奴がいなかったからなんじゃないか、とか。

 もしかしたら今頃、他の誰かと付き合っているのかもしれない。そう思うと苦しくてたまらなかった。

 高山に似ているそいつとは少しだけ仲良くなった。そいつのことを知れば知るほど高山との違いが気になった。俺はぜんぜん高山を吹っ切れていなかった。

 だから同窓会で高山に話しかけられたときは動揺しまくりだった。しかもあの頃を反省して謝りたいと言う。本気だというのは目を見てすぐわかった。謝罪だけするとさっさとトイレを出て行こうとしたから慌てた。

 本人を目の前にすると当時の記憶が嫌でも蘇る。痛みと苦しみと屈辱と悲しみ。好きだという気持ちだけで簡単に水に流せることじゃなかった。だから、やり直したいと言われたときにすぐ頷けなかった。でもこのまま別れるなんて絶対嫌だった。

 また痛い思いをしてもいいと覚悟の上で、俺はもう一度高山を信じることにした。

 いまの高山は高校生の頃と違ってすごく誠実だ。俺を大事にしてくれているのが言動の端々に表れている。

 高山への不信感はもうほとんどないと言っていい。高山を思ってオナニーもしてる。俺はもう大丈夫なのに、高山が手を出してこない。

 簡単に許さないと言った手前、俺からは手を出しにくい。ああ、すごく、じれったい。

 ~ ~ ~

 金曜の夜、思いきって高山を食事に誘った。ガツガツしてた高校時代と違っていまの高山なら仕事で疲れてるからと断ってきても不思議じゃない。心配だったが、「俺もいま連絡しようと思ってた」と返事をもらって、小躍りしてしまった。

 待ち合わせ場所に現れたスーツ姿の高山を、事前に調べて予約しておいた店に連れて行って食事をする。

 隣のテーブルに座った女二人組が高山を見て目配せしあっている。なにを言いたいのかはわかる。高山は格好いい。でも残念、俺の彼氏だ。

 酒を飲んで二人ともほろ酔いで店を出た。高山が腕時計を見る。帰る時間を気にしている。

「た──、高山っ」
「ん?」
「あしっ、明日休みなんだし、俺んち寄ってかない?」
「え……いや、でももう遅いし」
「だからっ、泊まってけばいいじゃんって」

 高山の顔から笑みが引いていく。酔いも醒めたような顔で目を泳がせる。なんで高山の方がそんな反応するわけ?

「イイノカ?」

 機械みたいな固い声だった。喋り方忘れたんかよ。

「いいから誘ってんだろ」
「着替えも、なにも用意してないのに」
「俺の貸してやるよ。小さいかもしんないけど。洗濯してもいいし」
「……宝生が迷惑じゃないなら、お邪魔しようかな」

 そう言う高山の笑顔はみっともないくらい引きつっていた。

 俺に触れないくらい、高山は過去のことを反省している。それは充分わかった。いつまでも中/学生みたいな付き合いは俺が嫌だ。俺だって高山とのセクスに不安がないわけじゃない。でも好きだからやり直したんだし、やり直したからにはセックスだってしたい。

 昔と違う高山とのセックスで気持ち良くなりたい。高山にも気持ち良くなってもらいたい。ちゃんと恋人同士として、愛しあいたい。
 移動の電車のなかで高山は無口だった。俺の話を聞いてはいるが、どこか落ち着かない様子だ。

 緊張してるというより、俺にビビってる? そんな感じで俺のほうが気を遣った。

 マンションに到着して部屋に入る時も躊躇の顔を見せた。そんなにビビられたらうまくいくことも、うまくいかなくなるじゃないか。

 和ませようとあれこれ話しかけたが全部裏目。どんどん高山の口数は減って、ついには笑顔さえ見せなくなった。青ざめた顔でテーブルの一点凝視。俺が悪いことしてるみたいじゃん。

 付き合い始めた初日に俺にキスして、その週末には俺を抱いたくせに。反省しすぎの高山に内心ため息をついた。もう今日はセックスは諦めよう。せめてキスして、抱き合いながら一緒に眠りたい。あの頃まったく甘やかしてくれなかった分、高山に甘えたい。

 気持ちを切り替えて、とっとと寝ることにした。

「先にシャワー浴びる?」

 テーブルを凝視したまま高山はビクッと肩を震わせた。ギギギ、と音がしそうなぎこちなさで俺を見て「サキニハイレヨ」とまた音声ガイダンスみたいに言う。

 俺が風呂入ってる間にこいつ逃げそうだな、と思って寒気がした。冗談じゃなく、本当にいなくなっていそうな気がしたからだ。

「なあ、高山」

 床に手をついてにじり寄る。高山は顔を強張らせた。

「今日は、エロいこと無し、な。一緒に寝るだけ」

 なんだか屈辱ではあったが、高山を安心させるために言った。高山は今度は俺を凝視した。そしてコクンと頷いた。あの、隙さえありゃ俺にちんこ突っ込みたがった高山が大人しくお預けを受け入れたのだ。人が変わりすぎだ。こんなの高山じゃない。

 俺は本当に駄目な奴だ。昔の高山に戻って欲しいと密かに思ってる。俺に魔法が使えるなら、キスで元の高山に戻してやるのに。

「高山……」

 顔を近づけた。高山の目が見開かれる。
 頬に手をあて、唇を寄せた。触れる寸前、体を押し戻された。手で口を隠し、高山は顔を背ける。

 それはないだろ。いくらなんでも、それはあんまりだろ。ショックなんてもんじゃない。傷ついたなんて言葉じゃ足りない。

「なんで?! 俺とキスすんの嫌なのかよ」

 違うんだ、と高山は首を振る。

「なにが違うんだよ、指一本俺に触らねえで、これで付き合ってるって言えるのかよ」
「違う、おまえに無理をさせたくないんだ。俺が急かすような真似をしてたなら謝る。そんなつもりはなかったんだ。俺に合わせてくれなくていい。お前が本当にその気になるまで俺は待つから」

 はあ? なに言ってんだこいつ。

 高山はいたって真面目だ。本気で俺がまだレ/イプみたいな抱かれ方で傷ついた高校生の頃のままだと思ってるんだ。なんかもう、怒り通り越して呆れ果てて脱力した。

 なにから説明しよう。俺はもう成人した男で、性欲があるってところから? ばかばかしいが、本当にそこから説明が必要な気がしてきた。

 頭を抱えていると高山の携帯が鳴った。ごめん、と高山は電話に出た。

「夏樹? ごめん、いまちょっと取込みちゅう──、どうしたんだ? 落ち着いて話して」

 ナツキって誰だよ。女か? どういう関係?

「……うん、うん……大丈夫なのか? 病院は? うん……行ったほうがいいって……今から? ちょっと……難しいかな」

 ちら、と高山が俺を見た。なにかトラブルのようだ。

「そういうんじゃなくて……いまちょっと……うん……うーん、わかった、ちょっと確認してみるから。あとで折り返す、いい? じゃあね」

 通話を切ると、申し訳なさそうに俺を見る。もうなにを言われるかわかる。

「ごめん、知り合いが怪我して今すぐ来て欲しいって言うんだ」
「あー、いいよ、わかった。行ってあげなよ」
「ごめん、この埋め合わせはするから。ほんとに、ごめんな」

 嘘つき。電話の前とあとで顔つきが違う。ほっとした顔してんじゃねえよ。

 鞄を持つと急いで玄関へと向かう。途中で足を止めて振り返った。

「宝生に嘘をつきたくないから正直に言うけど、電話の相手、前に付き合ってた5歳年上の男なんだ。俺もよくわかんないんだけど、今付き合ってる男に暴力振るわれたらしくて。怪我してるし取り乱してて心配だから様子だけ見てくる。絶対なにも、変なことはないから」

 帰る間際に爆弾落としやがった。もう言葉も出てこなかった。力なく笑って頷いて見せることしかできない。高山は安心した顔をすると「ほんとごめん」と部屋を出て行った。入る前とは違って、少しの躊躇もなく。

 高山を見送った玄関からしばらく動けなかった。

 あいつ、本質はなにも変わってない。独りよがりで、自分勝手で、嫌な奴。

 俺を大事にするとか言って、また泣かせてんじゃねえよ。高山なんかインポになっちまえ。



 怪我した元彼のもとへ急行した高山からその夜、メールがきた。

『怪我はたいしたことなかった。宝生と一緒だったことを話したら、恋人を置いて元彼のところに来るなんて馬鹿かって怒られた。それと俺を呼び出したこと、知らなかったとは言え悪いことしたって。ごめんだって。俺も宝生に謝らないと。絶対埋め合わせするから。宝生の好きなもの食べに行こう。また近いうちに連絡する』

 返事はしなかった。

 ~ ~ ~

 いや、俺だって女の子と付き合ったし。好きになった男もいた。高山が俺と離れていた期間、誰かと付き合ってたってぜんっっっっっぜんおかしくない。むしろ、人付き合い苦手な高山がよくそこまで親しい付き合いができたもんだと感心する。

 別にぜんぜん怒ってないし。ぜんぜん平気だし。

 高山を手懐けたのがどんな男なのかはちょっとは気になるけど。そいつとはやることやってたのか、ちょっと聞いてはみたいけど。もう終わった奴とのことなんて、俺には関係ない。

 だから俺から高山の元彼の話はぜったいしない。

「夏樹ってーの? 元彼」

 仕事終わりに落ち合った居酒屋。まだ注文したビールも届いていないのに俺の我慢は長くもたなかった。

 お通しの枝豆を食べて高山が頷く。

 俺たちはいまだに苗字で呼び合ってるのに、そいつのことは下の名前で呼んでんのか。5歳年上だって言っていた。まさか高山が甘えたりしてたのか?

「暴力ふるう彼氏とか、やばいじゃん」
「最初はそうでもなかったらしいけど、だんだん束縛強くなって、夏樹がそれに文句言ったら急に怒りだしたんだって。もう別れるって言ってた」

 今彼前にして、まだ元彼をファーストネームで呼ぶかね。

「怪我のほうはどうなん?」
「殴られたとこは痣になったけど、だんだん目立たなくなってるって」
「ふーん」

 てことは、こいつら最近も連絡取りあったってことだ。俺とは一週間ぶりの再会なのに。

「別れたのに仲いいんだな」
「普通だよ。……あ、俺無神経だったか? ごめん」
「いや、別に」
「ちゃんと言ってくれよ、俺そういうのあんまよくわかってないから。夏樹にもそれでよく怒られたし」

 胸がモヤモヤする。お前らまだ切れてないんじゃないかって、言ってしまいそうだ。

 タイミング良く店員がビールを運んできた。何か言うかわりにため息をついた。

「……やっぱり怒ってるよな」

 ため息を見られていたらしい。高山は顔を曇らせた。

「怒ってないって」
「ほんとのこと言えよ」
「言ったらおまえ、また前みたいにキレるじゃん」

 苛々してつい突き放すような言い方になった。はっと高山が黙る。

 高山と初めてセックスした日、がむしゃらなだけの愛撫に俺が痛い止めろと言っていたら「痛いっていうなよ!」と逆切れされた。それがショックで俺は高山に強く言えなくなった。

 高山が俺を気持ち良くさせようと必死なことはわかっていたから、真逆の反応を見せる自分の体が申し訳ないのもあって、つい、我慢するほうを選んだ。

 咄嗟にそれを思い出すなんて、実はけっこう根に持っていたようだ。

 覚えているのか、高山もバツの悪そうな顔で俯く。

「……もうキレたりしないからちゃんと言ってほしい。俺もちゃんと聞くから」
「どうだか。結局さあ、おまえって口ばっかなとこあるじゃん。俺のこと大事にするとか、かわった自分を見て欲しいとか。耳触りのいいことばっか言ってさ。やり直してまだ一ヶ月程度だけど、俺にはおまえが変わったとは思えない。前と同じ、独りよがりで嫌な奴だよ」

 俺の言葉に高山がショックを受けてる。傷ついて瞬きも忘れて茫然としている。これは八つ当たりだ。俺より正しく信頼関係を築いていただろう元彼に嫉妬してる。

 でも言った言葉は嘘じゃない。ほんとのことを言って欲しいというから今まで我慢してたことを言っただけだ。まあ、ちょっと攻撃的で言い過ぎかなとは思うけど。

「……どういうことろが独りよがりだと思うか教えてほしい。直すから」

 なにか言い返してくるかと思いきや、ずいぶん殊勝なことを言う。こいつほんとに高山なのかよ。

 褒められるべき態度なのに、俺はなぜこうも苛々してしまうんだろう。

「そのくらい自分で考えろよ」

 俺にもわからないのに、教えられるわけがない。高山は困った顔で黙り込んだ。

「そういう顔やめろよ、飯がまずくなるだろ」
「ごめん」

 ぱっと顔をあげる。でもすぐ視線が下がる。目元に暗い影が落ちる。俺が虐めてるみたいじゃないか。

 ふと気付いた。今の俺って昔の高山みたいだ。あの頃の高山も、受け身な俺に無性にイラついていたんだろうか。態度は従順でもその腹の内は読めなくてもどかしかったのかもしれない。だからどんどん俺に冷たくなって酷いことも平気でするようになったんだろうか。俺が何も言わなかったから。

 今更だけど、言わなきゃ駄目だったんだ。衝突を怖がって我慢したってなにも改善されない。高山はそれに気付いたから「ほんとのことを言え」って言ったんだろう。

 ガヤガヤとうるさい店内。なのに俺たちのテーブルだけお通夜みたいな重苦しさ。

「……やっぱり、俺とは無理か?」

 雑音に紛れて消えそうな小さな声だった。うっかり聞き逃すところだった。

「やっぱり俺と付き合うのは嫌だったか? だったらもう、これ以上は──」
「なんでそうなるんだよッ!!」

 頭に血が上って大声で怒鳴っていた。なのに全身から血の気が引いた。別れ話なんか絶対させない。絶対別れない。

 俺の剣幕に高山が驚いて目を見張る。

「おまえのそういうとこだよ、独りよがりって言ってんのは! わかれよ! 元彼の話なんか誰も聞きたくないに決まってるだろ! でもそれ表に出すのみっともないから平気って言うしかないだろ。元彼に呼び出されてホイホイ行くなよ。怪我してるなんて聞いたら止められねえだろ。俺ももう大人だし、おまえに手出して欲しいって思ってんのに、なんでぜんぜん触ってこないんだよ。なんで全部言わなきゃわかんねえんだよ。こんな恥ずかしいこと言わせんなよ。おまえほんと嫌な奴だ」

 一回口から出したらあとはもう止まらなかった。それにいま勢いで言わなきゃ、当分言える気がしない。

 高山は呆気に取られて口を閉じることも忘れてる。高校生のときにこのくらいぶっちゃけることができていたら、俺と高山は別れなかったかもしれない。同じ轍は踏みたくない。もう二度と高山と離れ離れになりたくない。

「なんか言えよ」
「えっ、あ」

 我に返ったように高山が間抜けな声をあげた。前髪をかきあげて、ガシガシ頭を掻く。

「やっぱ俺って駄目だよな。そこまで言ってもらわなきゃわかんないんだから。言わせてごめん。あと……俺も、おまえに正直に言うことがある」

 まっすぐ俺を見る。テーブルの上、身を乗り出してくるから、俺も距離を詰めた。

「……俺、インポかもしれない」

 くそ真面目な顔でどんなことを言うのかと思ったら。高山には悪いけど吹き出してしまった。

「笑い事じゃない」

 いつまでも笑い止まない俺に高山がおしぼりを投げてくる。

「だってそんな思いがけないワードぶっこんでくるんだもん、笑うだろ」
「俺はけっこう気にしてるんだぞ。高校生のときはおまえに酷いことばっかして、一回も良くしてやれなかっただろ。俺なんかに触られるのも嫌だろうなって思ってたし、もしそういうことすることになっても、また満足させられないんじゃないかって怖くて仕方なかったんだ」
「だから俺が部屋誘った時、あんなにびびってたんだ?」
「あの日から勃たない」

 ぽつりと呟くように高山が言う。俺はまた笑い出しそうになって口を押さえた。高山なんかインポになっちまえって、俺の呪いが効いたのかもしれない。

「なあ高山。そんな深刻に考えることはねえよ」

 すっかりしょげてしまった高山に声をかける。

「今すぐホテル行こう」
「俺の話聞いてたか?」
「高山はなにもしなくていいよ、俺がお前の体に触りてえの」

 素直に本音を口に出すことが、こんなに気持ちいいことだったとは知らなかった。戸惑い顔の高山の手を指先で撫でた。それだけで俺はもう勃起しそうだった。



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