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誠意の見せ方(1/3)

2019.08.20.Tue.
※美人局。義兄弟

 あの人のことが苦手なんだが背に腹はかえられない。嫌味も言われるだろうが、仕方がない。

「お金貸してくれそうなアテがあるんで電話していいですか」

 思いきって言ってみたら、チンピラなお兄さんは俺を睨めあげた。

「警察に電話すんじゃねえだろうなあっ?! そんなことしてみろ、まじでおめえの会社まで行って人の女に手出したこと言いふらしてやっからな!!」
「しません! 義理の兄です!!」

 さっきまで俺に気があるふりで可愛かった怜奈ちゃんが冷たい目で俺を見る。その顔はもう愛嬌たっぷりの可愛い顔じゃない。俺を敵、というより、カモとしかみていない。

 冷静になってみれば最初から不自然だったんだ。ひとりで飲んでたらめちゃくちゃかわいい怜奈ちゃんが「横いいですかあ?」っていい匂いを振りまきながらやってきた。俺なんかがモテるわけないのに。

 怜奈ちゃんとの会話は弾んだ。当たり前だ。カモの気分を盛り上げるのが怜奈ちゃんの役割だから。すすめられるまま酒を飲んで良い感じに酔っぱらって「場所変えません?」って怜奈ちゃんのお誘いにもホイホイついていって。

「ちょっと酔っちゃった。休憩しませんかあ?」

 って怜奈ちゃんが俺を連れこんだのはラブホテル。嫁の顔が頭をチラついたけど、こんなの浮気の数にも入らない。一夜限りの風俗みたいなもん! と自分を誤魔化してホテルの部屋に入った途端、「ひとの女になにしてくれてんだゴラアアッ!!」って強面のお兄さん登場。

 あとはもう免許証取られて、誠意見せろって脅されて、財布の有り金全部取られた。これじゃ少ないって言われて、財布のひもは嫁が握ってるから俺がおろせる金はないって正直に白状したのに、なんとかしろ、の一点張り。

 そんな時頭に浮かんだのが義兄だった。聞くところによると有名企業に勤める高給取りらしい。あの人結婚もしてないし、仕事が趣味みたいなひとだから金はそうとうためこんでいるはずだ。

 出てくれよ、と怖々期待しつつ、義兄に電話をかける。呼び出し音が切れた。

「あ、あのっ、お久しぶりです、尚之です」
『久しぶり。尚之くんが電話してくるなんて珍しいね。どうかした?』
「あのー、非常に申し上げにくいんですが……」

 これこれこういうわけで、と今夜のことを話したら電話の向こうから大きな溜息が聞こえた。

『馬鹿か、君は。いまどき美人局だなんて。そんなものに引っかかる愚か者が令和になってもまだ存在したなんて驚きだよ。深雪は知っているのか?』
「知らないです。言えないです」
『だろうな。言わなくていい。深雪がかわいそうだ。それで俺にどうして欲しいんだ』
「お金を貸してもらえないかなーと。あの、10万。必ず返しますから」
『当たり前だ。君の助平心になぜ俺が10万くれてやらないといけないんだ。こっちはまだ仕事中だっていうのに、それを抜け出して君の尻ぬぐいのために10万持ってラブホテルへ行けっていうのか?』
「そういうことになります、はい、すいません」
『この借りは高くつくぞ』

 やっぱこの人に電話したのは間違いだった、と後悔したがもう遅い。ホテルの場所を伝えると、『おとなしく待ってろ』と電話は切られた。

 一時間ほどして俺の携帯が鳴った。部屋の番号を伝える。しばらくして扉をノックする音。対応のため向かった怜奈ちゃんの彼氏を押しのけ、義兄がズカズカ部屋に入ってきた。床に正座する俺、ベッドに寝転がる怜奈ちゃんを見て、また盛大な溜息をつく。

「10万持ってきた。これでいいんだな」

 腕を組んで出口を塞ぐ怜奈ちゃんの彼氏に義兄が言う。

「なんだあ、その態度はよおお。怜奈はレ/イプされそうになった被害者なんだぞお?! その慰謝料をたったの10万ぽっちで済ませてやろうって言ってんのに、そっちがそういう態度取んなら出るとこ出てやろうかあ?! あぁん?!」

 と義兄に顔を近づける。さっきから思ってたけど、この人言動がいちいち任侠映画に出てくる昭和やくざぽいんだよな。しかもチンピラ役の。

「10万で済ませてやろうというのはこっちの台詞だ。出るとこ出る? 上等だ。警視庁に知り合いがいるからそいつを呼んでやる」

 と背広のポケットからスマホを出した。彼氏が「なんだとっ!」と顔色を変える。

「ちなみに、部屋に来る前に5分経って俺が出て来なければすぐ警察を呼ぶようフロント係に言ってある。騒ぎになったらあがりの時間が遅くなるぞと脅しておいたから、今頃時計を睨みながら受話器を握りしめている頃じゃないか? 警察を呼ばれて困るのはそっちだろう。ふたりが酒を飲んだ店の防犯映像なんて警察が言えばすぐ見れる。先に声をかけたのはどちらかで、警察の心証はかなり違うと思うがね。それにもし万が一同じ店に君が映っていたら、状況は圧倒的に君たちに不利になる。それでも警察を呼ぶか?」

 義兄は腕時計を叩いた。早口でまくしたて考える隙を与えない。義兄のやり口だ。

 彼氏は必死に考え事をしているようだが嘘と真、それを確かめる時間も材料もない。最終的に「覚えてろよ!」と吐き捨てると、義兄から10万引っ手繰って部屋を飛び出した。「待ってよー」と怜奈もあとを追う。バタンと扉が閉まって、義兄の冷たい目は、俺に向いた。

「申し開きはあるか。あるなら聞いてやる」
「ないです。申し訳ありません。助けて頂き、ありがとうございます」

 深々義兄に頭をさげた。また溜息。

「まったく。深雪は君のどこがよくて結婚したんだ?」

 声が移動する。頭をあげると、義兄がベッドに腰かけていた。

「あの、警察が来るんじゃ?」
「はったりだ。この程度のことで警察の手を煩わせるまでもない。それに本当に警察が来たら君は無実を証明できるのか? 女が襲われそうになったと言えば、警察はその方向で調べるしかないんだ。そうなったら面倒事が増えるだけだ」

 言いながら室内を見渡す。サイドボードの備品を見つけて「こんなものまで揃えているのか」とひとりごちる。

「もしかして、お義兄さん、ラブホは初めてですか?」
「大事な女性をこんな場所に連れこもうとは思わないな。……深雪と来てないだろうな?」

 慌てて首を振った。けど、結婚するまえ、何度かラブホには行った。ほんとのことを言ったら殺されそうだ。

「ならいいが。さっきの女は深雪とは似てもにつかないタイプに見えたが、深雪のなにが不満であんな女に引っかかったんだ」

 長い足を組み、身を乗り出す。俺はタイミングを逃して正座したまま。そろそろ足の感覚なくなってきた。

「深雪に不満なんてないです。仕事しながら家のことも全部やってくれますし」
「ではなぜだ」
「酒に酔ってたっていうにもありますけど、やっぱ、俺も男ですから、目の前にヤレそうな空気だしてる子がいたらいっちゃうじゃないですか。据え膳食わぬはっていうし」
「猿か。君に理性はないのか。女とみれば誰でもいいのか。だからあんなしょうもない手口にひっかかるんだ。百歩譲って独身なら勝手にすればいい。俺には関係ない。だが深雪と結婚して縁続きなったいまは違う。君の恥は俺の恥でもあるんだ。君が親からどんな教育をされたのかは知らないし、興味もないが、俺たちに迷惑をかけるのだけは金輪際やめてくれ。俺たちは据え膳に飛びつくような下品な育てられ方をしていないんだ。こんなこと、深雪が知ったらショックで寝込むだろう。俺も義弟がここまで馬鹿だったなんて知ってがっかりだ。失望したよ」

 まったく長々とよく喋る口だ。俺のことはいい。でも俺の親のことを悪く言うのだけは許せない。俺の親はどっちかっていうと躾けにはうるさいほうだった。俺がだらしないのは俺個人の問題だ。親は関係ない。

「……いませんした」

 怒りを押し殺し、声を吐きだす。

「なんだって?」
「すいませんでしたって言ったんですよ! さっきから黙って聞いてりゃネチネチネチネチ嫌味ばっかり! そんなだからいつまで経っても結婚できないんですよ! どんなに条件良くても性格がこれじゃ誰も嫁にはなってくれないでしょうね! 俺が女でも嫌ですもん! 料理から掃除から洗濯から、やることなすこと、全部チェックして上から目線の説教してきそうですもんね! 家のなかがそんなじゃ息がつまるってもんですよ!」
「なっ、なに……君に俺のなにがわかるって言うんだ……! 訂正しろ! 謝罪して、訂正しろ!」

 義兄は顔を赤くして怒鳴った。こんなに取り乱した義兄は初めて見る。

「図星ですか?! だからそんなに目くじら立てて怒ってんでしょ!」
「違う! 俺はまだ結婚する気がないだけで、結婚できないんじゃない!!」
「どうだっていいですよ、俺には関係ないですもん」

 もう帰ろう。バカバカしい。膝に手をついて立ちあがる。膝が痺れてよろめいた。目の前には義兄。押し倒すように倒れ込み、2人折り重なった。

「なにふざけてるんだ!!」
「ふざけてんじゃないですよ。足が痺れてるんです。うるさいから耳元で喚かないでくださいよ。男のヒスってみっともないですよ」
「ひ、ヒスってなんか!」
「それをヒスって言うんです」

 なにを言ってもヒスだと言い返されると思ったのか義兄は黙った。足が痺れて何かに触れるだけで痛い。

「悪いんですけど、もうちょっとだけこのままでいさせてくださいよ。足が痺れて動けないんです。すぐ収まると思うんで」
「早くしろ。こんなの……誰かに見られたら一生の恥だ」
「はは、大げさな。まあ、いまの俺たちってゲイカップルにしか見えないでしょうね。ついでにキスしちゃいます?」

 義兄への腹立たしさはまだおさまってなくて、ちょっとからかうつもりで言った一言だった。義兄はこの手のことが苦手というか、猥談は下品!って考えの人だったから、弱点を突いただけのつもりだったんだ。

 案の定、義兄は顔を真っ赤にして、慌てて手で口を隠した。

「あははっ、冗談ですよ。本気にしたんですか。いくら節操のない俺だってお義兄さん相手にそんな気分にならないですよ。俺だって一応、相手は選びますから」
「……さっき、君のご両親を貶した腹いせか」

 わかってたんだ。黙って目を見つめたらふいと逸らされた。

「さっきは確かに俺が言い過ぎた。こんなバカバカしいことに巻きこまれて腹を立てて、言ってはいけないことを言った。君のご両親を侮辱するつもりじゃなかったんだ。すまなかった。謝罪する」
「えっ? なんですって?」
「悪かったと言ったんだ! 聞こえているくせに性格の悪い!」

 俺を睨む目は気のせいか潤んで見える。深雪の性別をかえて美形にしたようなお義兄さんの顔。さっきそんな気にならないと言ったけど、これ案外イケるかもしれない。そう気付いたら確かめたくなってしまった。元来好奇心は強いほうなんだ。




10DANCE 5巻

あんな終わりかた生殺しだ~!

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