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ラプラスの悪魔(3/3)

2019.08.17.Sat.


「すぐ用意するね」

 部屋に入るなり、夏目は腕まくりするように着ているものを脱いで全裸になった。そしてエプロンでもつけるように首輪をつけた。これが一番問題な気がする。普通にしてれば、神永に好きになってもらえるんじゃない? こんなに好かれて尽くされて、神永も悪い気はしないはずだ。

「悪いね。呼ばれたからってまたお邪魔しちゃって」
「いいよ」

 神永は今日も口数少ない。

「今日は常夜鍋だってさ」
「鍋か」

 ひとりごちると神永はちらりとエアコンを見上げた。夏目から聞いた汗かきエピソードを思い出して吹き出しそうになる。

「夏目さんってほんとに神永のこと好きだよな。全身から好きオーラダダ漏れてるもん」

 はは、と神永が笑う。

「ぶっちゃけ神永はどうなのさ」

 テーブルに身を乗り出し、声を潜めて訊いてみた。神永は笑みを消し、俺をじっと見た。何も言わない。

「嫌いだったら、さっさと追い出すよな。そう命令すりゃいいんだし」
「嫌いじゃないよ」
「その言い方はずりいよ」
「あの人は男だから」
「男とか関係なくない? 好きかどうか、神永の気持ちが大事だろ」
「あの人ああ見えてすごく優秀なんだ」

 神永はキッチンの夏目に目をやった。

「過去の罪悪感だか知らないけど、しょうもない男の奴隷に収まる器じゃないんだよ」
「神永はしょうもなくないよ。俺のがしょうもない。それに夏目さんは好きで奴隷になったんだろ。あの人の気持ちをないがしろにしてやるなよ」
「やに肩持つな。俺にはわかる。あの人はいつか絶対目が覚めて後悔する。何年かして自分がしたこと思い出してのたうちまわる。俺のことなんか、忘れたいって思うようになる」
「夏目さんに忘れられたくないのか?」

 神永は軽く目を見開くと押し黙った。喋りすぎたと言うように口を固く結ぶ。

「なんだよ。神永も夏目さんのこと好きなんじゃん。振られんのが怖いから夏目さんの気持ちに応えないって卑怯だろ」
「違う。あの人の人生を壊したくないだけだ」
「じゃあ、さっさと追いだしゃいいじゃん。神永がズルズル先延ばしにしてんのも、夏目さんの人生に充分影響与えてると思うけど」

 神永の態度がじれったくてついきつい言い方になった。神永は難しい顔でまた黙ってしまった。

 ふたりして興味もないテレビに視線を注ぐ。

「もうすぐできるから、テーブルの上、場所空けといて」

 夏目がこっちに向かって声をはりあげる。重かった空気が少し軽くなった。神永がテーブルの上を片付けている間、俺はお茶椀やらお箸やらを運んだ。

 夏目が作った常夜鍋はおいしくて箸が止まらなかった。ビールもおいしい。神永も汗を流しながら頬張っている。夏目はそんな神永が愛おしくてたまらないという顔で汗を拭いてやっていた。

 俺がいない夜も、二人はこうして夕飯をとっているんだろう。夏目が作ったおいしいご飯を、神永は汗をながしながら食べる。夏目はにこにこ笑いながらそれを眺める。どんなに優秀で出世しようが金持ちになろうが、これが夏目にとって幸せなことなんだろう。こんなに愛されているのに、怖がって尻込みしている神永は馬鹿だ。

 食べ終わったあと、デザートにスイカが出た。そういえば今年初めて食べる。種を吐きだしながら、無言の神永を見た。夏目はキッチンで食器を洗っている。

「これ食べたら帰るよ」
「そうか」
「お節介焼いてごめん」
「いや、別に」

 神永は俺と目を合わさない。強情。意地っ張り。

「夏目さんを本気で追い出したいなら、こう言えばいいよ。お前の顔なんか見たくない、出てけって」

 神永の目が俺を見た。いや、睨んだ。

「……え?」
「さっき、スーパーの帰りに夏目さんが言ってた。神永にそう言われたら、ここ、出てくんだってさ。自分からは離れられないから、神永から言われるの、待ってるんだって」
「あの人がそう言ったのか? ここを出て行きたいって?」
「いつまでも神永の重荷でいられないって言ってた」
「……そうか」

 暗い声。丸めた背中にがっくりと落ちた肩。素直じゃない。俺に言われただけでそんなにグラグラ気持ちが揺れるくせに、本気で夏目を手放す気なんかないじゃないか。

「神永が言えないなら、俺が言ってあげるよ。夏目さーん! ちょっとこっち来てよ!」
「え、おいっ」

 首を傾げながら夏目さんがやってくる。慣れってこええ。俺もいつの間にかこの人の全裸を見慣れている。

「神永が、夏目さんのこと嫌いだって。もう顔も見たくないって。だから出てって欲しいんだって」

 穏やかな笑顔だった夏目さんから笑みが消え、顔からみるみる血の気が引いて、真っ白になった。

「俺は言ってない!」

 大声で神永が否定する。慌てて立ちあがり、夏目の両腕を掴む。こんな神永を見るのは初めてだ。

「俺はそんなこと言ってない! 言ってないぞ!」

 茫然としている夏目の体を神永が揺する。顔を覗きこみ、何度も「言ってない」と繰り返す。

「俺がいらないなら、死ねって言って、お願い……秀人」

 聞こえていないのか、夏目は青ざめた顔のままポロポロ涙を零した。

「そんなこと言うか。俺にはあんたが必要なんだ。いなくなられると困る。だからここにいろ。ずっと俺のそばにいろ、いてくれ、頼む」
「いていいの……?」」
「いていい。いて欲しい。俺のそばにいて欲しいんだ」

 わっ、と夏目は泣きだした。大の大人が手放しの号泣。神永はひしっと抱きしめて、子供をあやすように夏目の体を撫でた。

 あ、そーだ。アイス買ったんだった。

 二人の横をすり抜け、冷蔵庫からアイスを出す。ガリガリ君をたべながら、2人の愛の素を出た。

 ○ ○ ○

 講義のあと講堂を出たら神永に呼び止められた。夕飯のお誘い。よろこんでOKの返事をした。

 神永とスーパーで買い物をしてからマンションに向かった。
 夏目はまだ仕事でいない。

「夏目さんとはうまくいってんの?」
「おかげさまで」
「よかったね」

 神永の顔がほんのり赤くなった。素直に感情表現できるようになってきたんじゃない? これも愛の力?

「まこ兄が、どうしてもお礼したいって」
「夏目さんのことまこ兄って呼んでんの?」
「昔からそう呼んでる」
「なにそれ、くそかわ」

 ついこの前までは反抗期の中/学生よろしく夏目のことをずっと「あの人」呼ばわりしてたくせに。なに。この変わりよう。

「俺も感謝してる」
「へええ」

 顔がにやける。

「俺も行き詰ってたんだと思う。だから飲み会の帰り、家に寄っていいかってお前に言われた時、断らなかったんだと思う。いまの状況を変えたくて。お前に変えて欲しくて」
「俺っていい働きしたよな」
「ありがとう」
「いいってことよ」

 神永と友情を育んでいたら夏目が帰ってきた。

「いらっしゃい、すぐご飯作るね」

 と言いながらネクタイを緩める。首輪こそしないが、全裸になるのは変わらない。

「なんでまだ全裸になる必要があるんですか。もう奴隷じゃなくて、恋人でしょ」
「楽だから」

 と夏目がはにかむ。楽? こうなってくると単純に夏目が裸族なんじゃないかと思てきた。 それともただの変人。釈然としないが、神永は当然の顔で受け入れているので外野がとやかく言うのはやめた。

「秀人、味見して」

 小皿を持った夏目が神永の横に座る。煮物っぽいものをフーフーしてから神永に食べさせる。

「おいしい?」
「おいしい」
「良かった。俺もちょっと味見」

 と俺が見ている前でキスをする。動きとか長さからして、ディープキスだ。俺がいること忘れてんじゃないかこいつら。呆れて目を逸らそうとしたら、夏目の天を向く一物が目に入った。うわ……。

「うん、おいしい。秀人はどこを食べてもおいしいね」

 と、夏目は神永の首に抱きついた。

「ちょちょ、ストップ! それ以上は俺が帰ってからにしてくれ!」
「あはは、ごめんごめん」

 悪びれもせず夏目が笑う。この前号泣してなかった?

「開き直りすぎじゃね? あんた、神永にいたずらしたこと死ぬほど反省してなかった? そのわりに神永にフェラしたりしてたよな? 俺知ってんだかんな。泊まったとき寝たふりしてたけど起きてたから!」
「反省はしてるけど、好きな人がすぐそばで寝てたら我慢できなくなっちゃったんだもん。口でさせてってお願いしたら秀人もさせてくれたし。それに奴隷のお仕事って言ったら性処理でしょ」
「神永、こいつぜんぜん反省してねえぞ。付き合うのは考え直したほうがいいと思う」
「秀人に変なこと吹きこむのやめてよ」

 神永の頭をぎゅっと抱え、夏目が俺を睨みつける。

 その瞬間、とんでもない可能性に気付いてしまった。

 これ全部、夏目が仕組んだことだったんじゃないか……?

 最初からこれを狙って甲斐がいしく世話を焼き、健気に反省したふりをして、ほだされた神永が自分の手に落ちてくるのを待っていたんじゃないのか、と。

 偶然街で会った俺を夕飯に誘ったのも、なかなか進展しない状況に焦れたから。俺にいろいろ話してくれたのも、お節介を焼いた俺が神永になにかアクションを起こすことを期待して。

 全部計算だったとしたら──

「夏目さん、あんた、恐ろしい奴だな」
「秀人がいないと生きていけないのは本当だもん」

 いたずらがバレたような顔で悪魔は笑った。





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