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成長痛(2/3)

2019.08.03.Sat.
<前話>

 今日は歩くことも辛いほど痛みが酷かった。朝は車で学校まで送ってもらった。当然体育は見学で、時間をかけて辿りついた保健室ではまた藤園が勉強をしていた。

「先生は?」
「いない。すぐ戻るって出て行った」

 ノートから顔をあげないで返事をする。近寄って覗きこむとまだ習っていない数学の問題を解いていた。

「藤園って頭よくて羨ましい」
「ガリ勉って言いたいんだろ」
「言わないよ。俺勉強も体育も得意じゃないから、なんか一個得意なのがある奴ってすごいと思う」
「確かに何も誇れるものがない奴って悲惨だよな」

 顔をあげたと思ったら蔑むように笑う。やっぱり藤園って嫌な奴だ。

「その顔の傷、どうしたの?」
「……別に」

 笑みを消して藤園はまた顔を伏せた。頬にできたばかりの擦り傷があった。

「もしかして、松田?」

 シャーペンを動かす手が止まった。

 この前の保健室の一件から、松田と川崎の藤園への当たりが強くなっていた。わざとぶつかったり、教室中に聞こえる声で藤園の嫌味を言ったり。

 無視が一番、と藤園は相手にしていなかったが、だんだんエスカレートしている気がしていた。

「お前に関係ない」
「先生に言ってみたら? 俺も小学校のときちょっといじめられたことあってさ。先生に相談したらマシになったから」
「お前が?」

 興味が湧いたのか、藤園は顔をあげた。

「小/学校の頃、俺すげえ太ってたんだ。なにすんのもトロいから、松田みたいな奴にからかわれて、けっこうツラかった」
「いまは全然太ってないな。どうやって痩せた?」
「痩せたってか、成長した? 中学入ってすぐ体調崩してちょっと痩せて、そんでしばらくしたら急に背が伸び始めたんだ。落ち着いたと思ってたけど、また最近伸びてるみたい」
「あー、成長痛がどうとか言ってたな。そんなに痛い?」
「めちゃ痛い。ここ来るのも足引きずって来たし」
「だったらボケっと立ってないで座れよ」
「えっ」
「あ?」
「いや、うん」

 ベッドで寝るために来たんだけど、とか。一緒に座っていいんだ、とか。誘って?くれたのがなんか嬉しい、とか。

 この時俺はちょっと動揺した。

「いま何センチ?」

 藤園はシャーペンを置いて、隣に座った俺を見た。

「175くらい」
「でけえ」
「うち家族全員でかいから」
「ムキムキ?」
「や、そこまでは。ただなんかでかい。骨太? なのかな」
「腕太いよな。脂肪? 硬い。筋肉じゃん」

 藤園の白い手が俺の腕を無遠慮に掴む。細い指にそわそわする。

「ちょ、くすぐったい」
「お前のこといじめてた奴、ぼこってやれよ。いまのお前なら楽勝だろ」
「いいよ。喧嘩したことないし、暴力好きじゃないし」
「そんなだからいじめられるんだろ。一生負け組でいいのかよ」
「負け組とか……、誰か殴らなきゃ勝てないなら、負け組でいいよもう」
「俺だったらぜってえ嫌だけどな」
「藤園は勝ち組だね。親が医者とか」
「まあな。俺も医者になるし。くだらねえ底辺の奴らと、いつまでも同じとこにいる気はないね」

 もう将来のことを決めているのが単純に凄いと思った。しかも医者を目指すなんて、簡単な道のりじゃないはずだ。並大抵の努力では達成しえない高い目標。藤園が大人に見えた。

「お前もしばらく体育見学するなら、勉強教えてやろうか?」
「えっ」
「嫌ならいいけど」
「助かる! 今度から俺も勉強道具持ってくる」

 微笑みながら藤園が頷いた。嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちになった。

 それ以来、教室のなかでも藤園と話すようになった。

 ♢♢♢

 藤園の顔は整っている。でも口から出てくる言葉は、お世辞にもきれいとは言えない。口を開けば誰かの悪口。俺に対しても嫌味。基本、自分以外のクラスメートを下に見てる。

 体調不良じゃなければ、今頃中高一貫校で質のいい教育を受けていたのに、とよく愚痴をこぼす。中学受験をしていたとは知らなかった。実力不足か、本当に体調不良だったのかは、どっちでもいい。藤園と同じ中学になれて良かったと密かに失敗を喜んだ。

 藤園は嫌味だし、性格も悪いけど、その分俺も言い返していたから、付き合い自体は意外と楽だった。

 いつも俺が言い負かされる側だったけど、たまに俺のカウンターが決まることもあって、そんなとき藤園は文字通り絶句して、じんわり顔を赤くさせた。照れ隠しと苛立ち紛れに俺を殴ったり蹴ったりしたけどぜんぜん痛くなくて、逆にかわいいなあ、と妙な気を起こさせた。

 すぐ、放課後も遊ぶようになった。藤園はほとんど毎日なにかしらの習い事にでかけていて、なかなか遊ぶ時間が取れない。塾までの時間のほんの30分とか。ピアノが終わってからの20分とか。

 たまに習い事がない日もあって、そんな時はお互い門限ギリギリまで一緒に遊んだ。藤園の大きい家に遊びにいくこともあった。藤園の部屋にはテレビもゲームも揃っていて、俺が見てないビデオを見たり、ゲームをしたり、テスト前には真面目に勉強したりもした。

 外へ買い物に行く日もあった。俺が選びに選びぬいたTシャツを一枚買っている間に、藤園はTシャツ2枚と靴とベルトを買った上に、昼飯を奢ってくれることもあった。

 生活レベルの違いをまざまざ見せつけられて、ナチュラルに見下す発言もされたが、不思議と嫌な感情はわかなかった。そんなの当たり前だという藤園の態度があまりに自然すぎて、俺も卑屈になる必要がなかった。

 松田たちはあいかわらずだった。藤園を見ながらいやらしくニヤニヤ笑う。小声でなにか話したあと爆笑する。全部藤園をネタにしてるってことが、外野にもわかるやり方で。藤園を揶揄した言動はしょっちゅう見かけた。机の上のものを落としたり、すれ違いざまわざとぶつかったりすることもあった。

 さすがに藤園が言い返したら、ここぞとばかりに松田は喧嘩腰になった。喧嘩になれば藤園はぜったい勝てない。それがわかっていて、わざとふっかけているのだ。藤園もそれは承知しているから決して手は出さない。俺がそばにいるときは俺が間に入って止めた。

 藤園と一緒にいる俺も松田たちに敵視されるかと思ったが、なぜか普通に話しかけられた。たいていが藤園のことを悪く言う内容。

 金持ってるから一緒にいるんだろ、と言われた時はカッとして違うと言い返した。金以外、あいつと一緒にいて得なことある?とも。

 得なことはあった。

 勉強を見てもらったおかげか期末テストの点は思っていたより良かった。それになにより、藤園と一緒にいるのは楽しかった。俺たちは馬が合った。たまに価値観の違いで衝突もしたが遠慮なく言い合えたし、最終的には個人の自由だと、お互いを認め合うことになった。

 性格も、考え方も、生活レベルも、なにもかも違ったが、俺たちはそれを認め合って楽しめる仲だった。

 こんな友達は藤園が初めてだった。だから夏休みがとても楽しみだった。






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