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はじまる(8/8)

2019.07.26.Fri.


 長い時間をかけ夜遅くまで愛しあった僕たちは、早朝、電話の呼び出し音で起こされた。鳴っているのはムカイさんのスマホだ。相手が誰だかわかるとムカイさんは舌打ちした。

「クドウだ」

 ムカイさんはなんにもないと言うが、面倒臭そうな言い方に親密めいたものを感じてしまう。

「ほっとけ」

 と枕の下にスマホを隠し、ムカイさんは僕を抱きしめてまた目を閉じた。すぐさま枕の下でスマホが鳴る。しつこく、鳴る。

 大きな舌打ちのあと、文句を言いながらムカイさんは電話に出た。

「何時だと思ってるんだおまえは」
『もう六時だぞ』

 近くにいる僕にもいつものクドウさんの声が聞こえた。

「年寄りか。こっちはさっき寝たとこなんだよ」
『隣にいるのは渋樹か?』

 クドウさんは確かに勘がいい。

「そうだ。邪魔すんなよ」
『俺のおかげだろうが。晩飯いっしょにどうだ。ついでに渋樹も連れて来い』

 場所と時間を告げるとクドウさんは電話を切った。

「つくづく勝手な奴だ。どうする、渋樹。面倒だし、別に行かなくてもいいけど」
「いいですよ。行きましょう。クドウさん、他に誘う友達いないんだと思いますよ」

 割と本気で言った僕の言葉にムカイさんは声をあげて笑った。一見すると怖いくらいの仏頂面だが、笑うとかわいい。僕はこの人の笑顔に何度だって恋に落ちるだろう。

 その後、昼過ぎまで寝た。起きてシャワーを浴び、遅い昼食を軽くとって、夕方になるとふたりで待ち合わせの店に向かった。僕とムカイさんが初めてキスをした店だった。奇しくも前回と同じ部屋に通された。

 先に来ていたクドウさんはもう食事を済ませ、空になった皿を前に一杯飲んでいた。もちろんノンアルだろう。

「遅えぞ」

 もう目が据わりかけている。どうしたらノンアルで酔えるんだ。

 僕とムカイさんはメインの食事に鍋と、サイドメニューをいくつか注文した。クドウさんと三人で乾杯する。クドウさんが僕たちを見てニヤニヤ笑った。

「なんすか」
「昨日はヤリまくったのか? 俺のおかげだってわかってんのか」
「もー、ほんとデリカシーないわ、この人」

 ムカイさんは苦笑しながら煙草に火を付けた。

「おまえのおかげだってわかってるよ」
「わかってりゃいい。ここの会計、おまえ持ちな」
「またかよ。おまえのほうが稼いでるだろ」
「それとこれとは別だろうが。おまえらの恋のキューピッドだぞ、もっと崇め敬え」

 そういえばこのふたりの職業を僕はまだ知らない。訊いていいものか迷っていたら、「クドウは歯医者だぞ」とムカイさんが教えてくれた。

「歯医者?! ちゃんと患者さんと会話できるんですか?!」
「どういう意味だ、うり坊コラ」
「集荷に行ってる奴から聞く話じゃ、医院の中ではちゃんとまともにやってるらしいぞ」
「集荷って?」
「歯の詰め物とかインプラントとかを作るための模型を回収してるんだよ。俺は技工物を作る技工士」

 業種が近いって、そういう意味だったのか。ムカイさんがすんなり職業を明かしてくれたことがなんとなく嬉しい。付き合いたてだし、根掘り葉掘りきくにはまだ遠慮がある。

「手に職系ですね。僕と同じだ」
「渋樹は美容師だろ。今度切ってくれよ」
「僕、スタイリスト一年目ですよ。失敗するかも」
「構わねえよ。俺で練習すりゃいいだろ」
「いまの髪型似合ってると思いますよ。あ、でももっと短いのも似合いそう。昨日思ったんですけど、ムカイさんってきれいな頭の形してるんですよね」
「俺の前でイチャイチャしてんじゃねえよ」

 クドウさんがおもしろくなさそうに文句を言う。ムカイさんとこうなったからってのもあるけど、たくみと別れる原因になったクドウさんがもうぜんぜん憎くない。

「そういえばたくみはどうしてるんですか?」

 鍋をつつくついでにクドウさんに訊ねる。クドウさんも箸を伸ばしてきた。

「あいつどうにかしろよ。この前医院にまできたぞ、あのストーカー野郎」
「え、それやばくないですか」
「やべえどころじゃねえよ。他の患者の手前追い返すわけにもいかねえしよ。口んなか見たら虫歯一本ねえし。とりあえず歯石とってやったらあいつ、今度はホワイトニングの予約取って帰りやがった。また来る気だぜ」
「元はと言えばおまえが下手なちょっかい出したのが悪いんだろ」
「俺に説教すんな」

 とふくれっ面で僕たちの鍋の具をどんどん食べる。さっき食べたとこなんじゃないのかこの人。

「あのー、素朴な疑問なんですけど、たくみと付き合う気はまったくないんですか?」
「ねえよ、からかったら面白そうな奴だとは思ったけど、まさかあんなやべ―奴だとは思わなかった。だいたいあいつもタチだろ」
「えっ、クドウさんも?」

 僕が驚くとクドウさんにギロリと睨まれた。

「なんだよ、どう見ても俺はバリタチだろうが」

 興味がなさすぎてクドウさんがどっちかなんて、今まで深く考えたことがなかった。ただなんとなく、ネコなんじゃないかと、この見た目の印象で勝手にうっすら思いこんでいた。

「だったらたくみにもそう言えばいいんですよ。あいつ、自分が抱かれる側は想像できないって言ってたし」
「俺に抱かれたくて付き纏ってたんじゃねえのか」
「その可能性もなくはないですけど、クドウさんのこと守ってあげたいとか言ってたし」

 クドウさんは綺麗な顔を思いっきり歪めた。それこそ苦虫を噛み潰したように。

「そういうことは早く言え」

 たくみがまだ付き纏い行為を続けるようなら、またなにか策を考えようと話が纏まった。食事を終え、店を出た。どこかで飲むか、という流れ。

「ケン坊の店でいいだろ」

 僕とムカイさんは顔を見合わせた。

「なんだおまえら。ケン坊の店じゃいやなのかよ」
「おまえが変なこと言うからだろ」
「気にするこたねえだろ。ケン坊のせいで時間無駄にしてんだし、見せつけてやれよ。そしたらケン坊も諦めるしかねえだろ」

 僕たちはまだ気が進まなかったけど、強引なクドウさんに連れられてケンちゃんの店までやってきた。先にクドウさんが入る。扉がカランと鳴る。懐かしい音に胸が締め付けられた。

 次いでムカイさんが入った。中から明るいケンちゃんの声が聞こえる。ムカイさんに続いて僕が顔を出すと、ケンちゃんは思いきり目を見開いた。一瞬にして消えた笑顔を目の当たりにして、クドウさんが言っていたことは本当だったんだと確信した。

 ケンちゃんはすぐ笑顔を取り戻した。

「いらっしゃい、しーちゃん。久し振りだね」
「うん、この前は酔っぱらってごめんね」
「いいよ、いいよ。ほら座った座った」

 ムカイさんが待ち合わせのときにいつも座る、L字の短いほうへ僕たちは座った。ケンちゃんの笑顔が少しひきつったように見えた。

「珍しいね。この三人で飲みに来るなんて」
「ケン坊、こいつら付き合ってるから」

 クドウさんが僕とムカイさんの背中を叩く。ケンちゃんはもう驚かなかった。

「店に入ってきた二人を見て、そうじゃないかと思ってたよ」

 目を伏せて微笑む。ケンちゃんは本心を隠すのがうまい。僕にはもう、ケンちゃんがなにを考えているのかわからない。

「ムカイちゃん、しーちゃんのこと頼んだよ。それと、待ち合わせに使うんじゃなくて、たまにはうちで飲んで行ってよね。これは店の奢り」

 と僕たちの前にグラスを並べた。

 ケンちゃんの本心は僕にはわからない。ムカイさんのことは諦めたのか、僕を恨んでいるのか、いまもまだムカイさんが好きなのか、いつもの笑顔からは読み取れない。

 やっぱりもう、この店には来ないほうがいいんじゃないだろうか。

「しーちゃん」

 ケンちゃんに呼ばれて顔をあげた。

「良かったね。お似合いだと思うよ。幸せにね。俺も嬉しいよ」

 優しい言葉に目がじわっと潤んだ。何度も強く瞬きをして涙を散らした。切なくてたまらなかった。

 目聡いクドウさんが僕が泣いていることに気付いてからかう。それをムカイさんが窘める。ケンちゃんが笑う。常連客がやってきて、店が一層にぎやかになる。

 僕はこの店が好きだ。





非BL。癒し。

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