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はじまる(4/8)

2019.07.22.Mon.


 店が定休の月曜日、一人で買い物に出かけた。たくみは仕事。誘う友達がいないわけじゃないけど、たまにはひとりになりたかった。

 靴下と下着を買ったあと、昼をどうしようかと考えていたらたくみからメールがきた。先日お泊りした時に、連休を取って温泉旅行に行こう、と誘われていた。いいね、と返事をしてから、たくみは自分で調べた旅先の候補をいくつかメールしてくれる。

 この温泉はここがいいとか。ここだとレンタカーを借りて他の観光地も見てまわれるとか。ここは評判がいいけどちょっと遠いから二泊する? だとか。

 マメだ。本当にマメだ。

 僕もマメに返事を送り返す。すぐさま長文のメールが返ってくる。気合い入れて送り返すためにビルの壁際に寄って文字を打つ。

「渋樹?」

 名前を呼ばれた気がして顔をあげた。歩道を歩く通行人。ひとりが立ち止まって僕を見ていた。黒い上下。中は白。

「ムカイさん」
「昼間に店の外で会うと誰だかわかんないな」
「ですね。ムカイさん、今日は休みなんですか?」
「休日出勤の振り替え。平日に休みって久しぶりだよ」
「今日はひとりなんですね」
「みんな仕事だからな。そっちも仕事のメール? トラブルか?」
「違いますよ」
「彼氏にメール?」
「あ、はい。今度温泉行こうって話してて、その打ち合わせっていうか」
「あいかわらずイチャイチャしてんのか」
「ムカイさんだってミノルくんでしたっけ? イチャイチャしてたじゃじゃないですか」
「そりゃあセックスする仲なんだから、イチャイチャしないでなにすんの」
「でしょ」
「温泉かあ。いいな。ヤリまくりだな」
「それが目的で行くんじゃないですよ」
「ビッチになりやがって」
「ビッチじゃないです。人聞きの悪い」
「このあと暇か?」
「えっ」
「昼飯は?」
「まだですけど」
「行く?」
「あー、僕まだ買い物終わってないから」
「そっか、じゃまたな」

 片手をあげると、ムカイさんは雑踏のなかへ消えていった。

 当初予定していた買い物はまだ終わってない。それは本当だ。でも別に急ぎじゃない。食事のあとでも良かったし、別の日でも構わない。

 ムカイさんの誘いを断ったのにはちゃんと理由がある。もしふたりでいるところを知り合いに見られて変な噂流されても困るし、たくみに悪いと思うし、ムカイさんのお相手のミノルくんにも勘違いされたくない。

 ていうのは僕のなかの良い子ちゃんな言い訳。

 本当の理由は、ムカイさんを好きになっちゃいけないから。

 僕のゲイバーデビューの日、ムカイさんも実は店にいた。結局その日は一言も喋らなかったけど、僕の一目惚れだった。あの人の顔や立ち居振る舞いが好きだな、とチラチラ盗み見してた。でもムカイさんは待ち人の男が来たら店を出て行った。あっけなく失恋。

 そのあとケンちゃんから、初めてなら相手は慎重に選んで大事にしなって言われてなかったら、僕はヤケを起こしてどこの誰ともわからない男と寝てたかもしれない。

 それにあとから聞いたムカイさんの噂はどれもこれも酷くて、僕にはとても相手がつと まるとは思えなかった。

 ムカイさんは付き合う相手をコロコロ変えるタイプだが、僕は一人と長くじっくり付き合いたいタイプ。

 二股されたら絶対許せないし、修羅場になったら僕もナイフを振り回すかもしれないし、さっきみたいに、彼氏がいるのに別の男を食事に誘うのも嫉妬するし。

 付き合いかたの価値観が違いすぎる。

 ムカイさんが僕を選ぶかどうかは別として、こちらからあえて踏みこまないし、適度な距離を保つようにしている。だって好きになっても、苦しくて泣かされるのはきっと僕のほうだ。

 合わないとわかっていても、悔しいことに、いまだに僕の目にムカイさんはかっこよく映るし、相手が変わるたびにモヤモヤするし、別れたと知ると喜んでしまうし、僕の方をちょっとでも見ないかしらと思ってしまう。

 本当に付き合ったらきっと大嫌いになって顔も見たくなくなるんだろうけど、一度お預けをくらった料理は、実際口にするまで期待値あがりっぱなしだ。

 いまはたくみと付き合っている。たくみを裏切るようなことはしたくない。ムカイさんの食事の誘いを断ったのは、間違いなく正解だ。

 胸を張ってたくみにメールの返信を送った。温泉旅行は箱根に決まった。

 ※ ※ ※ 

「これ、箱根のおみやげ」

 ケンちゃんに、僕とたくみから、うり坊饅頭を渡した。

「ありがと、悪いね、ていうか箱根行ってたの?」
「うん、連休取ってふたりで温泉行ってきた。超気持ちよかった」
「わあ、羨ましい。この仕事始めてから温泉とか旅行とか行けないからなあ」

 ケンちゃんはおみやげを開けると常連の客にも配った。いつも誰かにおみやげをもらうとケンちゃんは客にも配る。だから二箱買っておいた。

 うり坊を受け取ったなかに、珍しい人がいた。忘れたころに店にやってくるクドウさんだ。初めて見た時は顎が外れそうなくらいびっくりした。じろじろ見つめるのは失礼だってわかってても、目が吸い寄せられる。そんくらい美形の人。齢は29か、30歳だったはず。

 クドウさんは下戸なのでいつもノンアルコールのスパークリングワインを飲む。度数0パーセントなのに酔っぱらったような絡み方や暴れ方をするちょっと変な人だ。

「渋樹のみやげ?」

 すでにクドウさんはノンアルで酔っぱらっていた。目が据わっている。

「うり坊って。渋樹が食ったら共食いじゃねえか」
「どういう意味すか」
「だっておまえの頭の色、うり坊みたいだろ。それにいつまでもガキっぽい」

 ガハハ、と笑う。黙っていれば美形。口を開けば残念な人。

 今日初めて見たのか、たくみは圧倒されて苦笑い。

「渋樹って呼ばれてるの?」

 たくみが僕に耳打ちする。

「あ、うん。何人かは。年上の、古参メンバーが多いかな」
「ふうん」
「なにふたりでヒソヒソやってんだよ、俺も混ぜろ」

 クドウさんが僕たちの肩に腕をまわして寄りかかってきた。

「もー、重い! 面倒臭いなあ」
「お? 彼氏めちゃイケメンじゃん。渋樹にはもったいねえよ、俺にくれ」
「やだよ、酔っ払いはあっち行ってろ」
「ノンアルでどう酔っぱらえるんだよ、俺はそこまで器用じゃねえよ、馬鹿か」
「うるさいなあ、まじで邪魔」
「口悪いな、このブリッコ。ケン坊、あんたちゃんとこいつの教育やってんのか?」

 今度はケンちゃんに絡み出した。ケンちゃんも困り顔で「クドウちゃん、自分の席戻んなって」と扱いに困っている。

「ヘン、どいつもこいつも俺のこと邪険にしやがって」

 僕たちから離れたクドウさんはもたつく足で自分のテーブルへ歩き出した。足が絡んでつんのめる。

「危ないっ」

 咄嗟に立ちあがったのはたくみだ。床に手をついたクドウさんを助け起こした。

「大丈夫ですか?」
「やっさしー。やっぱイケメンじゃん。渋樹やめて俺にしろよ」

 止める間もなかった。クドウさんはたくみの後頭部に手をまわすといきなりキスした。たくみの目が見開かれる。僕も同じだ。

「もう、あんたなにやってんだよ!」

 慌ててクドウさんを引きはがした。勢いがよすぎてクドウさんが尻もちをつく。たくみは絶句して放心状態。してやったりの顔で舌なめずりするクドウさん。ちゃっかり舌まで入れやがったのか。

「クドウちゃん、ふざけすぎ。そんなことするなら出禁にするよ」
「ただの挨拶だろ。ケン坊は過保護なんだよ」

 クドウさんは立ちあがって汚れた尻を払った。そのタイミングで店の戸がカランと鳴った。みんなの視線が集中する。

 店の異様な空気に、いぶかしげな顔で入ってきたのはムカイさんだ。
 
「なんだ?」
「なんでもねえよ。おっせーんだよ、いつまで俺を待たせる気だ」
「おまえが呼び出したんだろう」

 ふたりはここで待ち合わせをしていたようだ。この組み合わせは意外だった。

「ムカイちゃん、もうクドウちゃん連れてって」

 ケンちゃんがしっしと手を払う。

「おまえまたなにかやらかしたのか」
「へへ、渋樹のイケメン彼氏にキスしてやった」
「ばかだろ」

 呆れ顔のムカイさんがクドウさんを連れて店を出て行く。扉が閉まる一瞬、ムカイさんと目が合った。

「台風一過っていうか、やっと嵐が去ったね」

 ケンちゃんの一言でなごやかな空気が戻る。本当にあの人は嵐のような人だ。巻きこまれる方はたまったもんじゃない。

「大丈夫? たくみ」
「あ、うん、びっくりしたけど」
「ちょっとあの人おかしい人だから」

 あはは、とたくみが苦笑い。もう笑うしかない? 目の前で彼氏が別の男とキスするのを目撃した僕はどんな顔すればいい? たくみを責めるのはお門違い。でも心穏やかではない。だってたくみはどこか上の空だ。

「トイレ行ってくる」

 とたくみはトイレに消えた。ずいぶん動揺している。

「クドウちゃんには困ったもんだね」

 注文していないのに、だし巻き卵が出てきた。これってやっぱり……。ケンちゃんを見る。ケンちゃんは僕と目を合わさない。

「そういえば、クドウさんとムカイさんって、仲悪くなかったっけ?」

 以前は、たまに顔を合わせるといつも口喧嘩していた。

「最近は悪くないみたいだよ。あいかわらず言い合いしてるけど、仲悪いのも乗り越えたっていうか。なんでも言い合えて楽みたい」
「へえ、そうなんだ。純粋に飲み仲間なの? クドウさん飲めない人なのに」
「いまはそうだと思うけど。まあ何かの弾みにくっつくことはあるかもね」
「あの二人が付き合ったら喧嘩も激しそう」
「ほんとに。でも案外、ああいう性格同士、意外とうまくいって長続きするのかもね」
「そうかもね」

 戻ってきたたくみと少し酒を飲んでから店を変え、食事のあと、たくみのマンションに移った。

 大好きな恋人といるのに、僕はこの時間にあまり集中できなかった。クドウさんを支えて店を出て行くムカイさんの姿が、何度も頭にちらついた。





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