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はじまる(1/8)

2019.07.19.Fri.
※エロ極薄

 馴染みの店で仕事終わりに一杯。ここでいい出会いがあれば御の字。カランと鳴った店の扉。常連たちは素早く一瞥。入ってきたのは新顔だ。年は二十代後半。背が高くてスーツが似合う。はっきりした顔の作り。二枚目。髪は天パ?

 新顔は入り口で店を見渡した。空いてる席を見つけて歩き出す。ラッキーなことに僕の隣。

「ここ、いいですか?」

 断りを入れてくる青い声。爽やかで滑らかで心地よい。

「どうぞ」

 愛想振るつもりはなかったが、自然と笑みを浮かべて答えていた。最近なかった当たり客。他の客から嫉妬と羨望の視線が刺さる。

 新顔が頼んだのはウーロンハイ。こういう店は初めてなのか居心地悪そうに何度か尻をモジモジさせながら、抑えきれない好奇心からあちこち視線を動かした。

 そんな感じで座ってたらすぐ誰かに声かけられちゃうじゃん。

「仕事帰り?」

 誰かにツバつけられる前に僕がツバをつけてやろう。

 新顔はパッと顔を明るくして体ごと僕のほうへ向き直った。

「そうです。君は学生さん?」
「あはは、こう見えて社会人ですよ。仕事終わり。服装自由なとこなんで」
「お洒落ですね。髪型も」
「職業柄そう見せなきゃいけないとこあるんですけどね」
「職業柄?」
「美容師」
「あー、どうりで」

 新顔のウーロンハイが届いた。ママのケンちゃんがグラスを置いた時、僕に向かって下手糞なウィンクをした。僕もニヤリと笑い返す。

 僕はしーちゃん、と自己紹介したら新顔はたくみと名乗った。

「たっくん? たくちゃん?」
「たくみで」

 くしゃりと笑う。目が線になる。上がる口角。歯が白い。そして肌がきれいだ。程よく焼けていて陰気な雰囲気が一切ない。僕より年上だろうに擦れた感じもない。

 当たり障りない世間話をしながらこっそりたくみを観察する。髪は間違いなく天パだと思う。でもそれをうまく活かしてセットしている。いまは前髪を下ろしているけど、あげたらもっと男前があがる。鼻筋が通っていて、人中は深め。唇は意外と分厚い。顎はしっかりめ。きっと親知らず全部揃ってる。

 たくみはとても社交的だった。無理して場を盛り上げようとか話を繋げようとしてるんじゃなく、元からおしゃべりが好きなんだろう。身振り手振りを交えて、大きな体をゆさゆさ揺すって。

 そんな隙だらけだから、他の男も会話に割り込んできちゃったじゃないか。

 たくみは平等に、みんなの顔を見つめて話した。声をかけられたらそっちを向いて受け答えをし、相槌が聞こえたらそっちに向き直って頷き返す。くだらない話で大盛り上がりだ。男子校の休み時間かよ。

 僕のゲイバーデビューは散々だった。上京ありきの学校選び。自分がゲイだってことは気付いていたけど、田舎じゃなかなか出会いがなくて、ネットで欲求不満を晴らす日々。募る憧れ。こっちに暮らし始めて一週間も待たずに二丁目へ向かった。事前に調べておいた若者向けのバーを目指したが見つけられずに迷子になった。スマホの地図を見ながらキョロキョロしていたら、いきなりガタイのいいお兄さんに声をかけられプチパニックに。

 逃げるようにその場を離れ、たまたま見つけた店に決死のダイブをしたのがケンちゃんのいるこの店だった。

 入った瞬間、全員の目がこちらに向いた。喧噪は止み、音楽さえ止まった気がした。それだけでカーッと頭に血が上って倒れそうになった。

「いらっしゃい。こっちきて座ったら?」とケンちゃんが声をかけてくれなかったら、僕はなけなしの勇気をはたいて入った店から逃げだしていただろう。

 縮こまってコーラを啜る僕に、ケンちゃんが色々話しかけてくれた。常連客も温かく迎え入れてくれて、それだけで泣きそうになった。

 初めてなら相手選びは慎重に。誰でもいいなんて考えちゃだめ。これから嫌でも長いゲイライフなんだから初めてだけは大事に、特別な人と。

 優しい言葉にたまらず僕は泣いた。女の子と恋愛をしたほうが問題は少ない。思春期の頃はそれで悩みもした。とにかく一回経験してしまえば迷いはなくなる。僕は初めてを「捨てる」つもりで二丁目に来たのだ。

 ケンちゃんが僕にそんな話をしてくれたのは、僕の覚悟を見抜いていたのと、未経験の僕にイロハを教えてやろうと狙う男たちへの牽制だったんだと思う。

 僕の二丁目デビューはこんな感じ。泣いたり笑ったり、空気読めてない言動もあったと思う。たくみとは大違いだ。

 たくみのウーロンハイが残りわずかになっていた。僕のボトルからたくみに一杯奢った。

「ありがとう、しーちゃん」

 ただ本名を明かさないだけのニックネームも、たくみに呼ばれるとくすぐったくて誇らしい。我先に他の奴らも名乗りだす。ケンちゃんが「全員覚えた?」って意地悪言ったら、たくみは一人一人顔を見つめながら名前を当てていった。僕以外、覚えなくていいってのに。

「たくみってゲイに見えないね」

 横取りされてたたくみがやっと僕のほうを向いた。

 またくしゃっと笑って頭を掻く。

「うん。実はまだ確信もてないんだ」
「どういうこと?」

 とケンちゃん。

 高校・大学とずっとカバディに打ち込んで恋愛とは縁が薄かった。いままで付き合った彼女は二人。たまに誘われたりモーションかけられるのはなぜか男が多く、ありえないと断ってきたが、仕事に余裕も持てて人生を考えたとき、自分は男といるほうが気楽だと気付いたのだそうだ。

「いいなって思うのが、男だったりして。ちゃんと確かめなきゃなって」
「だからゲイバーに来たの? 本気で確かめる気なら出会い系のほうが手っ取り早いよ」

 僕の反対に陣取った、高校教師のすうさんが言った。すうさんは遅咲きのゲイ。既婚者で女子高生の娘が一人。最近できた恋人は卒業生の元教え子。子供が成人したら奥さんとは離婚して、その教え子と一緒に住むつもりらしい。

 たくみはすうさんに向き直った。

「まだそこに踏みこむ勇気は持てなくて。だって、そういうことするわけでしょ? いざ本番って時にやっぱり俺が無理で、相手を傷つけちゃったら悪いじゃないですか」

 慎み深い本音だ。みんな「ああ~」と納得の相槌を打っているけど、頭のなかじゃどうにかたくみを落とせないか、せめてお近づきになりたいと、その策略を巡らせているはずだ。

 経験なくて、擦れてなくて、配慮があって、男としての魅力と自信をスーツと笑顔で増幅させているような男。視線と会話が自分に集まっても怯まない。むしろ背筋を伸ばし胸を張る。かと思ったらふとした瞬間、シャイな笑顔を見せて親近感を抱かせる。魅力の塊。

 この初物を頂きたいとみんな虎視眈眈。

「たくみくんはどっちなの? 抱くほう? 抱かれたいほう?」

 踏みこんだ確認をしたのはすうさんの後ろから首を伸ばすサスケ。この店に通い始めた頃、忍者っぽい服を着てたからという理由でこのあだ名がついたらしい。

「俺は、抱くほう、かなあ」

 少し考える素振りを見せながらたくみが言う。サスケを始め、何人かが落胆の溜息。

「抱かれる自分が想像できないし。そっか、みなさん、どっちかなんですよね。しーちゃんはどっちなの? とかって、訊いても良かったのかな?」

 不意打ちに振り向いて首を傾げる。サスケに勝ち誇った笑みを向けていた僕は慌てて顔を作り直してたくみの目を見返した。

 照明のせいで輪郭のくっきりした目がキラキラ光ってきれいだ。こんなにまっすぐ見つめられたらキスしたくなるじゃないか。

「俺は抱かれるほう。受け側」
「そっか。やっぱり。そんな気がした。良かった」

 たくみは少し顔を赤くさせながら笑った。子供みたいに嬉しそうに。ストレートな言葉は、とても恋愛に疎かった人とは思えない。ただ素直なだけなのか、本当は遊び倒してただの気まぐれで男と寝てみようと思ったのか。

 まあどっちだっていい。たくみと付き合えるなら。

「タチかネコか、決めつけなくてもいいんだよ。どっちもできる人はたくさんいるしね。何事も経験だよ」

 サスケがまだ食い下がる。

「タチ? ネコ?」

 ウブに訊き返すたくみに、ケンちゃんが攻める側と受ける側だと教えた。

「じゃあしーちゃんはネコ? かわいいね」

 たくみの肩越しに、サスケがあっちを向いてため息をつく姿が見えた。

 そのあとも、別の客が入れ代わり立ち代わり、たくみに声をかけていった。はっきり誘う勇者もいたが、たくみは今日は飲みに来ただけだから、と断った。親しげに、しかし毅然と。仕事場でのたくみの姿も想像できるようだった。きっと優秀に違いない。

 齢も仕事も学生時代所属していた部活も、僕とたくみはぜんぜん違う。性的傾向の共通点がなければ、きっと知りあうこともなかった。

「俺、そろそろ」

 グラスの残りを飲みほして腰をあげた。たくみが慌てた顔で僕を振り返る。

「帰るの?」
「明日も仕事だし」
「そっか。それじゃ仕方ないね。今日はしーちゃんのおかげで楽しかったよ」
「俺別になにも」
「最初に俺に声をかけてくれたのしーちゃんだよ」
「それくらい」

 下心ありありだっつーの。

「不安だったから嬉しかったんだよ。またここで会える?」
「うん。次は日曜に来ると思う」
「じゃあ俺も日曜日に来るよ」

 たくみがスーツのせいか、なんだか仕事の話をしているみたいな感じになる。たくみの言葉にはいやらしさがない。好意を示されているとは思うんだけど、これがたくみの素っていう可能性も捨てきれなくて僕も踏みこめない。

 じゃあねってみんなにも挨拶して店を出た。今頃イス取りゲームが始まってるに違いない。誰が隣に座るのか。たくみは誰かにお持ち帰りされてしまうのか。

 それはそれで仕方がない。タイミングが合わないってことは縁がないってことだ。次の日曜日顔を合わせたらそっけなくされてしまうかもしれない。たくみは誰かと一緒で、僕は疎外感を味わうかもしれない。それもこの世界の常だ。この程度でへこたれてたら恋人なんか作れない。




上半期1位おめでとうございます!
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