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ズッ友だょ

2018.03.31.Sat.
※アンハピエン

「ああぁっ、ああぁんっ、イクゥ! イッちゃううっ!! もっと奥まできてええっ!!」

 と交尾真っ最中に「邪魔するぞ!」と合鍵使って入って来たのは井上だ。

 俺はイキ損ね、相手の男は「えっ、おわっ、ええ?!」と慌ててちんこを抜いた。

「だ、誰?! なに?! 知らない! 俺知らないから! こいつが俺誘ってきたんだし!!」

 とそいつは俺のせいにしながら服を拾いあつめ、パンツ一丁で部屋を出て行った。

「邪魔してくれたな」
「邪魔するぞと言った」
「やっぱ合鍵返してもらおっかな」
「お前が俺に押しつけてきたんだ。いつだって返すぞ」

 井上は鈴がついたキーホルダーを指で回した。三ヶ月ほど前、付き合ってた彼氏に振られておかしくなっていた時、俺が井上に渡した。

 彼氏だった男は既婚者で子供が成人したら離婚して俺と一緒になると言っていたのに、子供が成人する前に「男の君じゃやっぱり将来が見えないから」とか今更な理由で俺を振った。

 自棄になって限度以上の酒を飲み、ハッテンバで男漁りをし、ハメ撮り写真を持って彼氏を待ち伏せしたり、家族や会社にバラすぞと脅してさらに嫌われたりしていた頃、俺の奇行の噂を聞いた井上が様子を見に来てくれた。

 馬鹿なことをする俺を叱り、立ち直るよう励ましてくれた。

 既婚者の戯言を見抜けなかった俺を間抜け呼ばわりする奴はいてもこんなふうに親身になってくれたのは井上だけだった。だから俺は次、鍵を渡したくなる男が現れるまで井上に合鍵を預けた。

 井上とは高校で同じクラスだった。

 高校時代に親と学校にゲイバレした。当時付き合っていた束縛の強すぎる先輩が俺のクラスメートにまで嫉妬心を燃やして教室で色々喋ってくれたせいだ。

 おかげで学校には行きづらくなるわ親は泣くわで、俺だって相当参った。息子の同性愛を受け入れられなかった俺の両親は高校を辞めて働くことを勧めてきた。さっさと自立して家を出てけということだった。

 言う通りにした。学校を辞めて家で荷造りしてた時、当時クラス委員だった井上がロッカーに置きっぱなしだった俺の私物を持って来てくれた。

 荷物を俺に渡した井上は半ば強引に部屋にあがり込んできた。

「学校を辞めるそうだな。高校くらい卒業したらどうだ。今後苦労するぞ」

 真面目そうな奴という印象しかなかった井上と面と向かい合ってしゃべったのはこの時が初めてだった。

「いやぁ、井上も俺がホモだってわかったっしょ。学校行ってもからかわれるだけだし」
「ホモがバレたくらいなんだ」
「他人事だよねー」
「俺は心配して言ってる。こうすれば他人事じゃないか」

 俺の肩を掴んでぶつかるようなキスをしてきた。あまりに突然の出来事に俺は目をぱちくりさせて絶句だ。

「ホモが二人になれば珍しくなくなる」

 なんて真顔で言うんだ。

「井上もホモなの?」
「違う」

 ってきっぱり否定するからぶん殴ってやろうかと思ったけど。

「なんで優しくしてくれんの」
「自殺するんじゃないかと心配してる」
「こんくらいでしないよ。俺、図太いから」
「本当か?」

 疑り深く俺の嘘を見抜いてやろうとまじまじ見つめて来る。自殺のじの字も頭になかったから思わず吹き出した俺を見てやっと井上は安心したようだった。

 帰り際に「一応俺の連絡先を渡しておく」と携帯電話の番号を記した紙きれをくれた。

 それ以来、定期的に連絡を取りあう仲になった。成人してから酒を飲みにいったり。俺の恋愛相談に乗ってもらったり。小説家になるのが夢の井上の原稿を読んで素人ながらアドバイスをしたり。良好な友人関係を続けていた。

「さっきのは新しい恋人か?」

 小脇に抱えた封筒をテーブルに置いて井上は床に胡坐をかいた。原稿があがったから俺に見せに来たのだろう。いい奴だがいつも連絡なしに突然来るのだけは直してほしい。

「なりそうだったけど、もう無理かな」
「俺のせいか」
「違くてさ。責任転嫁の言い訳しながら逃げてく男なんて、ろくな奴じゃないでしょ」
「なるほど確かに」
「それ、原稿?」
「読んでくれるか」
「そのために来たんでしょ。金ちゃんはもう読んだ?」
「金吾にはまだ見せてない」

 金ちゃんは井上と同じサークルの奴だ。井上と仲が良く、俺もたまに一緒に飯を食ったりする。俺がホモと知っても態度をかえなかった気のいい奴だ。

「待って、コーヒー淹れる」

 俺がコーヒーをいれている間に井上はベッドへ移動して仰向けに寝転がった。さっきまで俺が男とイチャついていた現場だ。目撃もしたのにそこへ寝転がれる無頓着さはある意味井上らしい。

 コーヒーカップをテーブルに置いて原稿を手に取った。いつもお堅い文章で内容は未知との遭遇みたいなヘンテコなものが多い。今回もその路線では行きつつも、内容は恋愛ものだった。意外だ。

 主人公は男。男は花屋の女に一目惚れをする。仲良くなるために毎日花屋に通い、花を買って帰る。常連になった男と女との会話は増える。

 男の望み通り親しくなったある日、店が終わる頃迎えに来てほしいと女に頼まれる。男は言われた通り迎えに行った。家まで送ってほしいと言われて送った。

 アパートの前で女からキスをされた。唇は不思議な感触だった。掴んだ腰は実感がないほど細かった。間近で見た目は真っ黒だった。

 男は得体の知れない感覚に襲われてぞっとしたが、女に誘われるまま部屋に入った。明かりのない暗闇のなか、手探りで女を抱いた。女の顔は目の前にあるのに、体のあちこちで女の息遣いを感じた。

 果てても女はまた求めてくる。何人もの相手をしているような感じがしたという。疲れ果て男は眠ってしまう。

 目が覚めた時、女はいなくなっていた。そのかわり、蜂の死骸が部屋中に落ちていた。おしまい。

「なんだこれ」

 思わず言ってしまった。いつも意味がわからないまま終わることが多いが今回はさらに意味不明だ。

「結局なに。女って蜂だったの?」

 ベッドを見ると井上は目を瞑っていた。寝ている井上の肩を軽くゆさぶると目が開いた。

「なんだ」

 起こされて不機嫌そうに言う。

「読んだ。意味わかんない」
「もう読んだのか。女の正体は蜂だ。といっても地球外生命体で一匹の女王蜂とその他大勢の働き蜂で人間に擬態している。女王蜂から出されるフェロモンによって擬態がバレない。人間と性行為をするのは子孫を残すため。自分たちより体が大きく力が強い人間の精子を欲しがって地球にやってきたんだ」

 解説されても俺には理解できなかった。

「テーマがよくわかんないな」
「男と女は互いに理解しえない存在なのになぜ惹かれ合うのか、だ」
「恋愛ものなんて珍しいね」
「たまにはな。それで藍田に質問に来たんだ」
「俺に質問って?」
「俺は女と付き合ったことがない。つまり、女としたことがない。セックスってどんな感じなんだ? 想像だけじゃ補えない」
「俺に訊くの?! 俺だって女としたことはないよ?!」
「でもセックスはしてるだろ。さっきだって。女の立場からでもいい、何でもいいから教えてくれ」
「そりゃ俺はウケだけど、女の立場ってわけでもないよ?」
「やっぱり気持ちいいのか?」
「気持ちいいからしてんだけど……下手な奴もいるけどさ」

 なに真面目に答えてんだ俺。だんだん恥ずかしくなってきた。

「やってみればいいよ。井上も」
「簡単に言うな。相手がいない」
「俺は?」
「藍田?」

 びっくりした顔で井上は俺を見た。できるか、できないか、それを見定めるように俺の体の上を井上の視線が這う。

「ホモセックスもさあ、経験のうちって言うよ。いつか小説のネタにできるし。昔の文豪のなかには、そっち経験者多いとか聞くし」

 井上の腕を掴んで引きよせた。少し抵抗されたが、決心がついたのか力が抜けた。

「お前はこんなに簡単に誰とでも寝るのか?」

 驚きと少しの非難が混じった声に胸が痛む。

「男って基本、ヤリたくなったら頭のなかそればっかでしょ」
「俺は違う」
「ん、もう黙ってようね」

 井上の股間に顔を埋めた。ズボンの上からそれを食む。ゆるゆると刺激を与え続けていたらそこが盛りあがり硬くなってきた。

 チャックをさげて前を開く。パンツのゴムをひっぱったら勃起ちんこが顔を出した。咥える寸前、おでこをおさえつけられた。

「待て。やっぱりこんなのおかしい」
「ここまできてお預けとか。さっき俺の邪魔したの忘れた? 消化不良で溜まってんだから」

 井上の腕を払ってちんこを咥えた。大人になってから知り合って寝てきた男のちんことなんらかわらないのに、井上のちんこはやはり特別だ。

 夢中で舐めた。咥えてしゃぶって啜って舐った。

 思い出して井上を見上げた。難しい顔で俺を見ていた。目が合うと、井上は慌てて横を向いた。

 口を離し、ベッドの枕元に置いてあったコンドームを井上にはめた。

「男と女は体が違うけど、気持ちよさはきっと同じだと思うよ」

 井上にまたがり腰をおろした。さっき逃げていった男が充分に解してくれていたからすんなり入った。落ち着いていた体がまた興奮の火を点す。ただ入れただけなのに、もう気持ちがいい。

 井上は情けない顔をしていた。

「気持ちいい?」
「わからない」
「俺は気持ちいい」

 擦りつけるように腰を前後に揺らした。井上は食い縛った歯の隙間から吐息を漏らした。

「セックスしてるよ、俺たち」

 両手で井上の頬を挟み、正面を向かせる。戸惑う目が左右に泳ぐ。

「井上のちんこでイッちゃう」
「そんなこと言うな」
「井上の勃起ちんこが俺の奥まできてるよ。硬くて男らしくて、俺すごく気持ちいい。動いて。井上も動いてよ。俺のケツマンコ、ぐちょぐちょに掻きまわして」
「いつも、そんななのか?」

 俺の痴態に井上が引いてる。

「いつもこんなだよ。だって気持ちいいもん」

 腰を上下に振った。井上が呻く。

「はあぁっあっああぁん、イク、イクッ、もうイッちゃうっ!!」

 ビュルルッと勢いよく精液が飛び出した。井上は茫然とそれを目で追っていた。早くイッちゃいなと井上を締め付ける。顔を歪めて井上も果てた。

 荒い呼吸を二、三して、井上は俺を押しのけた。ずるりと俺のなかから井上が抜ける。コンドームの先にはちゃんと精液が溜まっていた。

 井上は急いでそれを外すとゴミ箱に叩きつけた。

「怒ってる?」
「怒っ……て、いいのか俺は」
「いいんじゃない。強/姦されたんだから」

 井上は「ごうかん」と呟いた。自分がいまされたこと、ちゃんと理解してなかったのかもしれない。

「でもま、一応はセックスだよね。どう、小説の為になった?」
「あまり参考にならない気がする」
「だろうね。もしかしてだけど、井上、好きな子できた?」

 井上の顔がみるみる赤くなっていった。珍しく恋愛小説なんて書くから怪しいと思ったんだ。

「わかってて、お前は俺にあんなことをしたのか」
「一回やっとけば、いざその子とするとき余裕持てるよ」
「大きなお世話だ。わかっててあんなことするなんて、お前は性格が悪い」
「えへへー。井上の童貞、欲しくなっちゃったんだもん」
「意味がわからない」
「俺がずっと井上のこと好きだったって言ったら理解できる?」

 井上は静かに息を飲んだ。その目が不安げに揺れたのを俺は見てしまった。

「あっははは! 嘘に決まってんじゃん」

 俺の大笑い。迫真の演技。張りつめた空気が一気に緩む。井上は安堵の表情を見せたあと、ムッと眉間にしわを寄せた。

「からかうな。一瞬でも本気にしただろ」
「ごめんごめん。最近ノンケをつまむのが好きでさ。井上も良かっただろ? また俺の穴、使っていいからね」
「そんな言い方はやめろ」

 不機嫌に言うと井上はテーブルの原稿を手に取った。パラパラと読み返す。俺はそのうなじを見つめる。

 高校の時、学校を辞めるなと俺にキスしてくれた同級生。あの日からほんとはずっと好きだ。さっきは勢いで告っちゃおうかとも思ったけど、井上の不安そうな目を見たらそんな気失せた。

 最初から無理だとわかってる。だから井上の次に好きになれそうな男を必死に探す毎日だ。

 結ばれることも諦めることも無理なら、せめて友達でいたい。失うくらいなら永遠に友達でいい。





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利害関係の終了(2/2)

2018.03.02.Fri.
<前話はこちら>

「はい、プレゼント」

 理恵子から渡された大きな包みを開けると350/1戦艦大和のプラモデルだった。

「それ欲しいって言ってたでしょ」
「うん、ありがとう」
「お誕生日おめでとう」

 8月21日、今日は俺の誕生日だ。理恵子がうちに来て夕飯を作ってくれた。何度も遊びに来ているから食器の場所もわかっているし、親とも打ち解けている。理恵子が手洗いで席を外した時は「あなたたち、いつ結婚するの?」と母親に訊ねられた。

 今日で28歳。そろそろ結婚を考えてもおかしくない年齢。俺も以前は結婚するなら理恵子とだろうと漠然と思っていた。理恵子とは気が合うし、堅実で家庭的なところは結婚相手に求めていたものだし、親にも気に入られている。なんの問題もない。

 でも正直なところ、結婚したいと強く思えない。

 理恵子からのプレゼントがプラモデルだとわかった時、「またそんな子供みたいなもん」と笑いそうな人の顔を思い出していた俺に、そんな資格もない気がする。

 食事のあと、理恵子は母親と一緒に片付けをした。洗い物を並んでする姿はもう嫁と姑だ。良好な関係を築く二人に俺は感謝して喜ぶべきなんだろうが、ただわけもなく焦りを感じる。

 このままでいいのか。本当にこのままでいいのか。

 片付けが終わった理恵子を二階の部屋に連れて行った。

「そろそろお父さん帰ってくる時間じゃないの? 私なにかアテ作ろうか?」
「いいよそんなの。母さんがやるし。そろそろ遅いし帰った方がいいんじゃない」
「タクシーで帰るから平気よ。さっきお母さんが今日は泊まっていったらだって。どうしよう?」
「ないよ」

 強い口調で否定してしまった。理恵子の顔がみるみる曇る。

「最近、変だよ。なに考えてるかわからない」
「別に何も」
「私といてもぜんぜん楽しくなさそう。他に好きな人でもできた?」

 瞬時に、先輩のことが頭に浮かんだ。名古屋へ移動になって最初の一ヶ月は週一で電話をくれていたのに、二ヶ月目くらいからぜんぜん連絡がこなくなった薄情な人のことが。

 先輩が名古屋に行ってもう五カ月。予定では来月戻って来るはずなのにそんな話はぜんぜん聞かない。

「やっぱりいるんだ、好きな人」

 確信したように理恵子が言う。怒るというよりは呆れた口調だった。

「薄々そんな気はしてたんだ。前にここで変な物見つけちゃった頃くらいから、なんか様子がおかしかったもん」

 変な物とはエネマグラや前立腺バイブのことだ。あれを捨てられた頃から俺の様子はおかしかったというのか。女の勘というやつは怖ろしい。

「で、どうする気なの」

 決断を迫られている。俺の中でこれまでの価値観や常識、理性と本能、過去や未来、様々なものが天秤にかけられてグラグラ揺れた。

 理恵子を選ぶことが正解。結婚して子を設け、いつか孫をこの手に抱く。人生安泰。誰にも迷惑をかけず、人からうしろゆびをさされることもない。

 そこまでわかっていながら、俺は理恵子に頭を下げていた。

「ごめん」
「ごめんじゃないよ、ばか」

 理恵子の声が涙で濁っている。それを聞いても頭を上げなかった。

「本当にごめん、俺と別れてください」



 やっと親から解放された零時前に先輩から電話がかかってきた。今までほったらかしにしていたくせに急になんだろう。しかも今日。誰かから何か聞いたみたいなタイミングだ。

「はい、お疲れさまです」
『まだ起きてた?』
「ええ。さっきまで家族会議でしたから」
『なんかあったのか?』

 理恵子が泣きながら帰り、どうしたと詰め寄る母親に彼女と別れたことを告げると、何も今日じゃなくてもと怒られ、なにが不満なんだと質問攻めにされ、やっと落ち着いた頃に父親が帰宅してまた同じことを繰り返していたらこんな時間になっていた。先輩には言えない。

「何か用ですか?」
『ああ、誕生日おめでとう。忘れるとこだった。ギリセーフだな』

 反射的に壁の時計を見た。日付がかわる二分前。

「俺の誕生日知ってたんですか」
『前に聞いたろ。プレゼントやれなくて悪いな』
「いらないです。覚えててくれただけで嬉しいです」
『なんだ。今日はやけに素直だな。変なもん食ったか』
「今までどうしてたんですか。ずっと音信不通でしたけど」
『仕事に決まってんだろ』
「名古屋の女の子は可愛いですか?」
『めちゃくちゃ可愛い』
「プライベートも忙しそうですね」
『誘導尋問卑怯だぞ』

 わかっていたことだけど、俺の知らない場所で知らない女の子たちと仲良くしてる先輩を想像させられるのは嫌だった。

「彼女できたんですか?」
『そんな暇あるか。お前のほうは? 家族会議ってもしかして結婚決まったとか?』
「違いますよ。先輩には関係ないことです」
『俺にも招待状送れよ』
「だから違いますって」

 ふぅん、と言ったきり先輩は黙った。

「先輩がそっちに行ってそろそろ半年ですね。いつこっちに戻って来るんですか?」
『まだわかんねえな。早くそっちに戻りたいよ。こっちにはお前みたいに面白い奴、いないからな』

 そんな言葉で簡単に嬉しくなってしまう。ついさっき彼女と別れたばかりだというのに。

「早く帰って来ればいいじゃないですか」
『簡単に言いやがって。ていうかあれだな、久し振りにお前の声聞いたらやばいな。会いたくてしょうがない』
「ホームシックですか? 今から会いに行きましょうか?」

 電話の向こうで先輩が驚く気配。俺だってこんなことを言うなんて驚きだ。急に恥ずかしくなった。

『今から? まじで?』
「冗談ですよ。何時だと思ってるんですか」
『だよな。冗談でも嬉しかった。そろそろ切るわ。お前も明日仕事だろ』
「ええ。じゃあおやすみなさい」
『おやすみ』

 通話を切ってからさっきの会話を思い出してみた。気の利いたことが言えていたらもっと会話は続いていたかもしれない。

 俺だって久し振りの先輩の声はやばかった。耳に少しこそばゆくて、胸がくすぐられるようで、切なくて苦しくて、後先考えずに会いに行きたかったのが本音だ。

 先輩はああ言っていたけれど、本当に俺が会いに行ったらきっと困惑するだろう。でもあの人は優しいからそんなこと表には出さない。俺に会いたいと言うのも、先輩がみんなに言う社交辞令みたいなものだ。

 理恵子を泣かせてまで別れたばかりなのに、俺の頭の中は先輩のことでいっぱいだ。

 ※ ※ ※

 当初の予定の半年が過ぎても先輩は戻ってこなかった。

 名古屋へ出張に行った人から聞いた話では、名古屋支社はなかなか大変なところらしい。支社長は口ばっかりでなにもしない無能、そんな上司のせいで社員全員の士気は低く、社員の間でイジメがあったり、真面目に働く者が白い目で見られるような環境らしい。
 先輩は支社長と他の社員の間を取りもってやったり、イジメ問題を解決したり、なんとか良い方向へ持って行こうと孤軍奮闘中とのことだ。

 彼女なんか作る暇もないと言っていたのは本当だったようだ。

 そんな状態の名古屋支社からまともな社員を出せないという本社の判断で、秋になっても冬になっても先輩は戻ってこなかった。
 世間にジングルベルが鳴り響く頃、俺の方から先輩に電話してみた。

「クリスマスプレゼント送りたいんでそっちの住所教えて下さい」
『なにくれんの?』
「テンガとローション」
『シャレになってねえよ』
「そんなに溜まってるんですか?」
『いまお前に会ったら猿みたいにやりまくるわ』
「俺を思い出しながら使ってください」

 教えてもらった住所はクリスマスプレゼントを送ったあとも控えておいた。

 年末。今年最後の仕事を定時までに終わらせ、忘年会の誘いも断って駅へ向かった。コインロッカーに預けておいた鞄を持って夜行バス乗り場へ急ぐ。事前に購入しておいたチケット。行き先はもちろん名古屋。

 名古屋に到着したのは23時30分。そこから先輩がいま住んでいるマンションまではタクシーを使った。部屋の明かりはついていた。先輩がいることにほっとする反面、誰かと一緒だったらどうしようと不安が膨らむ。サプライズは百害あって一利なしというのが俺の考えだったじゃないか。なにをとち狂っているんだ。

 もともと振られる覚悟でやってきた。いまさら尻込みしても仕方がない。

 エレベーターがないので階段をのぼった。通路からの景色を見た女は何人いるのだろうか。いないといいけど。

 扉の前で立ち止まり深呼吸した。インターフォンを押したら最後だ。先輩は俺を見て驚くだろう。どうしてこんな時間こんなところにいるんだと言うだろう。

 少しでも喜んでくれるだろうか。迷惑がられるだろうか。困った顔をされたらすぐ帰ろう。優しいあの人はそんな顔すぐに隠して俺を中に入れてくれるだろう。よく来てくれたと喜んだふりもしてくれるに違いない。そんなのいたたまれない。

 よし、と気持ちをふるい立たせ、インターフォンに指を伸ばした。その時だった。

 コートのポケットに入れておいたスマホが鳴った。緊張状態のときだったから心臓がとまるかと思った。慌ててポケットから出すと先輩からだった。

「は、はい」
『おー、お疲れ』
「お疲れさまです」

 俺がそこにいることに気付いているのか? 思わず勘ぐりたくなるタイミングだった。

『明日から休みだろ?』
「はい。先輩も」
『実家帰るついでに、お前の顔見とこうと思って。会える?』
「えっ」

 会えるも何も、もうそこまで来てるんですけど。

『明日か、明後日』

 いや、今日いますぐにでも。

『おい、なんか言え。いまから家出んだから』
「え?」

 ガチャッと目の前の扉が開き、スマホを耳に当てた先輩が出て来た。俺を見てあんぐり口を開ける。

「いっ……?! お前……なんでこんなとこいんだ?!」
「先輩に会いに来ました」
「まじかよ?!」
「先輩と一緒に年越すって、去年約束しましたから」

 目を見開いたあと、先輩は俺に抱きついてきた。

「まじかー……めっちゃ嬉しいんだけど……」
「俺もっ……嬉しいです。ずっと先輩に会いたかったから」

 体を離した先輩が不思議そうな顔で俺を見る。

「なんか、雰囲気かわった?」
「そりゃ十カ月も経ったらかわりますよ。彼女とも別れたし、俺、実家出たんですよ。先輩がいつ帰ってきてもいいように。新しい部屋が見つかるまで俺んとこいればいいと思って」

 何かを察したように先輩はゆるく息を飲みこんだ。

「マメに連絡くれたのは最初の一カ月だけだし。かと思ったら誕生日に電話くれるし。半年だって言ってたくせにぜんぜん戻ってこないし。俺はずっと待ってるのに」
「仕事なんだからそりゃ仕方ねえだろ」

 困ったような優しい先輩の声。

「一緒に年越そうって話も忘れられたんじゃないかって」
「忘れるわけないだろ。だから俺も今からお前んとこ行こうと思って、ほら」

 足元に置いていた鞄を先輩は靴の先で蹴った。

「お前が来てくれたんなら帰る必要なくなったな」
「実家に行くんじゃ」
「そんなの、帰省の口実に決まってんだろ」

 先輩は俺を抱きよせてキスした。

「俺のこと好きか?」

 ゴクリと唾を飲みこんだ。いま素直にならないでいつなるんだ。一生後悔する気か。

「好きです、もう、ずっと前から、先輩のこと好きです……っ」
「俺もだ」

 俺の震える声を体ごと先輩は受け入れてくれた。




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利害関係の終了(1/2)

2018.03.01.Thu.
<「利害の一致」→「凹の懊悩」→「メリクリあけおめ」>

※健全

 テキパキ動いているようには決して見えないのに先輩は意外に早く仕事を終わらせる。無駄口を叩くのは自分の仕事が一段落ついてからだったり、口を動かしながら手もしっかり動かしていたりするからだ。

 あと、口癖のように「疲れた」とか「早く帰りたい」とか言っているせいで、怠け者の印象を持たれてしまう。それがわざとなのかはわからないが、損なことをしていると思う。

「おい、まだか」

 缶コーヒーを飲み終わった頃に隣の机に座っていた先輩が言った。

「もう少しです」
「それ十分前も言ったぞ」
「待つのが嫌なら先に帰ればいいじゃないですか」
「メシの約束したろ」
「メシならいつでも行けるじゃないですか」
「もう焼き鳥の舌になってんの。今日は絶対焼き鳥」
「他の誰か誘ったらどうです?」
「誰よ。もう誰も残ってねえじゃん」

 一部を残して照明の落とされた夜のオフィスを先輩は見渡した。

 俺だってこんな時間まで残業なんてしたくない。でも同期の小泉が退職した穴埋めを誰かがしなきゃならない。「お前、手が早いからできるよな?」って部長はそれを俺に振った。俺はできるだけ定時で帰りたい一心で仕事をしてただけなのにそれが裏目に出た。

「これで、終わり」

 ファイルを上書き保存した。ある程度は終わらせた。明日確認しながら完成させるほうが、急いでいまやるより正確だろう。

「よし、帰るぞ」

 コートと鞄を持って先輩はすぐ立ちあがった。急かされるように片付けをし、フロアを出た。ほかに利用者のいないエレベーターに先輩と二人きりで乗り込む。減っていく数字を眺めていたら、先輩に肩を叩かれた。振り返ると同時にキスされていた。

 仕事場で何をする。一瞬は焦ったが、もう誰もいないんだし、と好きにさせた。

 先輩はキスが好きだ。何度もするし、時間も長い。それに特別ななにかを見出そうとしてしまいそうになる。これは遊びじゃなくて、本気なんじゃないかと。

 勘違いする前に目を開けて先輩の頭越しに表示を見る。もうすぐ1階に到着する。

「先輩、もう止めないと」

 軽く胸を押したら簡単に引いた。先輩はにやついた顔で熱をはらんだ視線を送ってきた。

「鳥八って持ち帰りできたよな。今日は俺んちで食うか」
「別にどっちでもいいですけど、どうしたんですか急に」
「仕事してるお前ってなんかエロいよ。待ってる間ずっと早く服ひっぺがしてやりてえって思ってた」

 俺だって気だるげな表情で待ってる先輩に色気を感じていた。食事なんかどうでもよくて、早くヤリたいって気持ちは俺も同じだった。

「じゃあ、どっかその辺のホテル行きますか?」
「俺んち泊まってかねえの?」

 驚いた顔が俺を見る。

 今年は先輩の家で年を越した。元旦は昼頃まで先輩とベッドの中で過ごし、遅めの昼食を食べたあとまたセックスして夕方ごろに初詣に行った。帰るつもりだったのに先輩に引き止められて二泊した。恋人同士みたいにずっとイチャイチャしていた。

 あれ以来、先輩は当たり前のように俺を家に誘い、週末は泊まって行けと言うようになった。洗面台のコップには俺の歯ブラシが並んでるし、クローゼットには私服も置いてある。

 最近は彼女の理恵子より先輩と過ごす時間のほうが多い。

「明日も仕事ですけど」
「ちゃんと夜は寝かせるよ」

 エレベーターが一階に到着した。先輩は俺の返事を待たず先に出た。

 鳥八に寄ってから先輩の家に二人で帰った。さっきの雰囲気じゃすぐセックスするかもと思っていたのに、先輩は俺に洗濯物を取り込むように頼むと自分は風呂掃除に行った。ワイシャツの袖をめくった姿で戻って来ると、今度は台所に立って食事の支度を始める。

 箱に入っていた焼き鳥を皿に移して温め直し、それを待つ間に飲み物や箸や取り皿を用意する。先に食事をする気らしい。

 洗濯ものを畳み終わったあと先輩を手伝い、テーブルに向かい合って座って焼き鳥を食べた。これなら普通に店で食べてくればよかったじゃないかと思わなくもない。

 食事のあと二人で風呂に入った。少しイチャついてから風呂を出て、今度こそセックスした。アナニーとアナルセックスに興味がある者同士が酔った勢いで始めたセフレの関係。恋愛関係でもないのに体を繋ぐのはどういう意味があるのだろう。ただ欲望を解消する目的だけで、こんなに続くものだろうか。

 先輩は前の彼女に振られて以降、誘われる合コンには参加しているようだが女を欲しがっている様子はない。性欲が解消されると、恋人が欲しいという欲求も収まるものなのだろうか。

 先に言っていた通り、先輩は一回で終わらせて俺を寝かせてくれた。後ろから俺に抱きついて、足も巻きつけて眠る。柔らかい部分がたくさんある女の体じゃなく、男の俺を抱き枕にする。

 先輩、もしかして俺のこと好きになったんじゃないですか?

 何度かのど元まで出かかった言葉。まだ外へ出したことはない。否定されることがわかっているし、そんなことを思うお前はどうなんだと逆に質問されたら答えられる気がしないからだ。

 家や外で携帯の着信や通知音が鳴るとまず頭に浮かぶのは先輩の顔だ。休日、どうしているだろうと考えるのは理恵子のことではなく先輩のことだ。一緒にいて罪悪感を感じるのは理恵子といる時。時間が早く進むのは先輩といる時。

 この心理状態に名前をつける勇気は、俺にはまだない。

 

「起きろ、寝坊助」

 肩を揺さぶられて目が覚めた。先輩はとっくにワイシャツ姿で、俺は慌てて飛び起きた。

「すいません」
「もう朝飯できるから顔洗って来い」

 言われた通りベッドを出て顔を洗いに行った。すでに洗濯機が回っている。昨夜俺が脱いだパンツもきっとこの中だろう。

 部屋に戻るとテーブルには朝食が並んでいた。先輩はパン派なのに俺に合わせてご飯にしてくれている。

「いつもすいません。今度は俺が作ります」
「エッグベネディクトとか作ってくれんの?」
「……レシピ検索してみます」
「冗談だろ」

 ハハ、と先輩が笑う。こんな朝が続けばと、つい思ってしまうじゃないか。

「あー、そのうちお前の耳にも入ると思うから先言っとくけどさ」

 食べ始めて五分、二本目のウィンナーをケチャップにつけて食べようと口を開いた時だった。

「なんですか?」
「俺、三月から名古屋だから」
「え……?」
「新しい支社の立ち上げ要員だってさ」

 なんでもないことのような口調で先輩は言う。

 立ち上げにかりだされるのは能力を評価されているからだ。見ている人はちゃんと見ているということだ。

「どのくらいの期間ですか? すぐ帰ってくるんですよね?」
「最低半年つってたかな」
「半年も?」
「俺に会えなくなんのは寂しいか?」

 先輩がにやりと笑った。自分が前のめりになっていたことに気付いて姿勢を戻した。

「別に。急に言われたから驚きましたけど」

 いつもの癖で言い返して後悔した。もう少し素直になりたい。

「だよな」

 そう笑う先輩が少し寂しそうに目を伏せたので、「一緒に飯食う人が減ったのは寂しいですけど」と慌てて付けたした。

「お前には彼女がいんだろ」

 責めるでもからかうでもない、普通の口調だった。なのにひどく俺を傷つけた。

 そのあと、口に入れる料理は味がしなかった。先輩となにを話したかも覚えていない。いつのまにか電車に乗っていて、気付くと会社についていた。

 先輩が移動する話は数日後にはみんなが知ることとなり、移動の一週間前には送別会も開かれた。泣いている女子社員が何人かいた。

 先輩になんて言葉をかけていいかわからず、「お元気で」と他人行儀に見送った。





STAYGOLD(3)

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